千年後まで御機嫌よう   作:エクシーク

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第5話:変遷 ―時代の揺らぎ―

あれから数えておよそ――1000年――。

その長大な時間の中で、人の営みも、技術も、そして世界の〈あり方〉そのものも、幾度となく姿を変えてきた。

 

 

1000年前――蒸気機械や初期的な内燃機関が主流で、技術水準は近代へ向かう途上にあった。しかし、この時代を特徴づけていたのは何よりも「赤宙石」の存在である。浮遊性を持つこの資源は、燃料としても軍事利用としても極めて高い価値を持ち、世界最大級の鉱脈を抱えるカミナキ連山は、南北いずれにとっても国家の未来を左右する戦略拠点となっていた。そのため、この山の所有権を巡る緊張は、南北の対立を長年深め続ける火種の一つとなっていた。

 

同じ頃、宗教勢力であるルイコン教は、サンノオバの秘術によって真正ヒルコを生み出し、その器からのみ誕生するザムドを「迷い続ける者」として特別視し、その内面性や精神性を何より尊んでいた。一方で、南北の技術者たちはザムドの力を科学的に解明し、人工的に再現したヒトガタを兵器として生み出した。両者の技術には共通点が多かったにもかかわらず、ザムドを〈魂の探求の象徴〉として扱う宗教思想と、ヒトガタを〈武力〉として扱う現実主義的な価値観は、互いに相容れるものではなかった。

 

赤宙石を巡る利権争いと、ザムドとヒトガタの背後にある思想の断絶。この二つの軸が1000年前の世界を形作り、そして南北が決定的に分かれゆく根本的な要因となっていたのである。

 

 

 

800年前――南北が互いの思想や赤宙石などを巡った戦火がようやく止み、焼け野原に残された人々は“再び歩き出す”術を探していた。

 

かつてアマウの原で垣巣が唱えた「南北の統一」の理念は、彼の死後100年以上が経ったこの時代になってようやく、かつて敵同士だった人々の中に根を張り始め、技術は戦ではなく「復興」と「共存」のために使われるようになる。

 

この時代の技術は戦後の復興期に近く、赤宙石はまだ主要なエネルギー源として扱われていたものの、かつてほどの“権力の象徴”ではなくなった。宗教観も大きく変化し、ルイコン教は排他性を失っていた。

 

そして、人々は「命の回復」に神聖さを見いだし、科学者も軍人も医師も、等しく“命に仕える者”と呼ばれるようになる。

 

パラダイムは〈支配〉から〈再生〉へ。

壊すための科学が、癒やすための科学へと転換していった時代である。

 

 

600年前――争いが遠のき、物質的な豊かさが人々の生活を包み始める。

 

世界は高度経済成長期の勢いを思わせる繁栄に包まれていた。

赤宙石に代わる新たなエネルギー技術が生まれ、社会の仕組みが大きく変わっていく。統一後の長い平和が続いたことで、南北という概念すら徐々に薄れ、「ひとつの世界」という意識が当たり前になっていった。

 

かの大巡礼の伝説は学校教育の一部として簡素に扱われ、宗教ではなく文化の根として受け継がれた。一方で、ヒトガタ兵器根絶の記録は、倫理教育の中心を担い、「二度と同じ過ちを繰り返さない」象徴として語られる。

 

人々は未来への希望に満ち、競争よりも発展、対立よりも生産を重視する価値観へと進んでいった。

 

だがその一方で、魂の「使い捨て」も始まる。

人工的に作られた心、模造された記憶――。

 

それらは便利さと引き換えに、「本当の自分とは何か」という問いを再び人々に突きつけた。

この時代のパラダイムは〈生の膨張〉。

 

人間が自らの限界を破り、神の領域を再び覗こうとした時代でもある。

 

 

400年前――繁栄の極みは、いつも虚無の影とともにある。

豊かさを手に入れた社会は、次第に「夢を見るための仕組み」を自ら作り始めた。

魂は人工の夢に接続され、人々は「現実よりも幸福な虚構」住まうようになる。

 

都市は光に満ち、夜を知らぬ街となったが、そこに生きる者の多くは他者とのつながりを失い、

「心が生きる場所」を見失っていった。

 

現実と夢の狭間を彷徨いながら、“何が真の生”なのかを問い続ける者たち。

彼らの出現は、この時代のパラダイム「幸福の定義」を揺るがすこととなる。

 

 

200年前――千年前の大巡礼から八百年の時を経て、文明は再び都市と制度を取り戻していた。だが、その光の下には、目に見えぬ疲弊と倦怠が横たわっていた。二百年前――すなわちアニマ=ノア誕生の時代――それは「再生」の名を借りた均質化の時代であった。

 

一般の人々は世界各地で都市と呼ばれる、光に満ちた場所で暮らしていた。そこでは衣食住の大半が自動化され、かつて人々を悩ませた貧困や争いの多くは姿を消していた。だが同時に、彼らの生活は極度に管理され、快適さと引き換えに「選ぶ」という行為の意味を失っていった。

 

空は薄く灰がかり、常にどこか機械的な青をしていた。人工光が昼夜を分かたず街を照らし、住民たちはそれを当然のものとして受け入れていた。

彼らの価値観の中心は〈平穏〉だった。だがそれは「何も起こらないこと」を意味し、挑戦や未知への欲求は「不安定」「危険」として排除された。

 

一方で、アニマ=ノアが誕生した地――旧文明の研究植域ともいえる北端の地域は、全く異なる様相をしていた。そこは、かつての技術を掘り起こし、封印された遺物を解析する人々が集う領域であり、既存の秩序から切り離された「異郷」だった。

 

標準化された街から見れば、そこは貧困で危険な辺境。だが、その地ではまだ、人が「魂の流転」を願う原始的な衝動が息づいていた。

アニマ=ノアはまさにそのような環境の中で生まれた存在だった。彼らにとって、安定とは腐敗であり、停滞とは死であった。彼らの中に流れる思想は、既存世界の「閉塞的な幸福」に対する無言の反抗でもあった。

 

一般人たちは、アニマ=ノアのようなものが存在していることを知らなかった。いや、あるいは理解していなかった。

彼らにとって幸福とは「苦しまないこと」であり、「迷わないこと」だったからだ。彼らは誰かが提示する指針に従い、争いも葛藤もない日常を「進化」と呼んだ。

 

しかしアニマ=ノアは、そうした「完成された社会」を前にして、逆に強烈な不全感を覚えていた。――人が〈理想〉を持たない世界は、本当に我々人類が進むべき道であるのか?と。

 

この時代のパラダイムをひとことで言えば、「理性による安定支配」である。感情は制御され、進歩は均一化され、芸術や思想は装飾品としてしか許容されなかった。だが、それでもごく一部の人々――廃棄された旧知識を拾い集め、風化した言葉に耳を傾ける者たち――は、密かにこの世界の底に流れる虚無を一身に受け、〈理想〉という名の内なる衝動に身を委ねつつあった。

 

その成れの果てがアニマ=ノアという存在であり、〈理想〉という概念の暴走である。

 

人々が忘れた“想う”という行為を、かつて天女と呼ばれた一人の少女は再び形にしようとした。だが、その伝承は狂信的な〈理想〉によって曲解され、この時代の人々にとってはあまりに危険な火種にすぎなかった。

 

こうして、二百年前の世界は、水面下のうちに二分されていった。

 

――〈平穏〉を願う多数と、〈理想〉を信仰する少数。

 

それは静けさを湛えながら、次の大巡礼に向けて臨界へと近づいていく矛盾の構図だった。

やがて、この断層の裂け目から、アニマ=ノアという存在が世界へと放たれることになる

 

 

そして――現代は、この「定義なき時代」である。

 

南北の区別はとうに消え、かつての国家も宗教も、今や“概念”としてのみ残っている。

魂の研究は完成に至り、人の心を数値として観測できるまでになったが、

それによって世界はむしろ「不確かさ」を失いすぎてしまった。

 

AIが魂を模倣し、機械が感情を理解するようになったことで、

「人間とは何か」「魂とは何か」という問いが新たな形で蘇る。

 

この時代のパラダイムは〈再定義〉。

過去に築かれた理想も信仰も疑われ、

多くの者が「真実」ではなく「解釈」を信じて生きるようになった。

 

対してアニマ=ノアの思想は、こうした相対的な世界観とは真逆の方向に向かう。彼らにとって魂とは数値化できるものではなく、まして模倣できるものでもない。魂とは唯一性であり、不可侵であり、体系化や再定義によって扱われるべき対象ではない。

 

現代社会が「答えのない世界」を当然とし、「解釈の多様性」を価値とするほど、アニマ=ノアはそこに深い拒否感を抱く。なぜなら彼らの思想は、ヒルコという名の〈真理〉で構築されており、数値化によって一元的に理解される世界は、この〈真理〉を冒涜するものだと考えているからだ。

 

この決定的な思想の断絶は、彼らを徐々に妄信へと傾斜させていく。

現代のパラダイムが相対化と再定義を積み重ねるほど、彼らの中で「絶対的な〈真理〉」という観念は反比例するように肥大していく。人々があらゆる価値を“解釈”として扱うようになればなるほど、彼らはその価値観を否定し、「我らこそが世界のあるべき姿を理解している」という確信に囚われていく。

 

こうしてアニマ=ノアは、世界の主流から外れるほどに、自らの思想を“唯一無二の正義”として抱え込み、相対化されることを拒む強度を増していく。現代世界が「真実は複数ある」と受け入れるほど、彼らは「真実は一つしかない」と信じ込むしかなくなり、その閉じた確信が妄信へと変わっていくのである。

 

そして千年ぶりの大巡礼を目前に、アニマ=ノアという名の〈真理〉を身に纏った狂信の怪物が、その姿を世に現していく――

 

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