千年後まで御機嫌よう   作:エクシーク

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第21話:鎮魂 ー白き光の抱擁ー

ヒトガタ兵器がすべて光の粒となって消え去り、広場には一時の静寂が訪れた。しかし、その静寂は平穏を意味するものではなかった。

 

アキユキの白き姿を仰ぎ見るアニマ=ノアの構成員たちは、一様に魂を抜かれたような表情で立ち尽くしていた。彼らがこれまで「異端」として呪い、抹殺しようとしてきた男は、いまや彼らが数百年かけて信奉し、その再来を待ち望んできた「白き従者」そのものの神々しさを纏っていたからだ。

 

自分たちの信じてきた大義名分が、皮肉にも自分たちの手で破壊しようとしていた存在によって体現されている。その決定的な矛盾は、妄信的な彼らの精神を支えていた最後の理性を粉砕した。

 

「アア……アア……!」

 

誰かが悲鳴のような声を上げたのを合図に、広場に異様な光景が広がった。動揺はすぐに、自暴自棄にも似た凄まじい熱狂へと塗り替えられていく。

 

彼らはもはや、組織の命令に従っているわけではなかった。かつてナクセナが予見した通り、彼らが求めていたのは崇高な理念などではなく、自分という空っぽな容器を埋めてくれる「終わりなき虚無」への同化だったのだ。

 

名を持たず、居場所を持たず、己の生に何の意味も見いだせなかった孤独な魂たちが、最後の一線を越える。生き残っていた構成員たちのほぼ全員が、憑りつかれたように懐から変異薬を取り出し、競い合うようにして自らの肉体に突き立てた。

 

「救いを……私に救いを!」

「箱舟へ!あの真理の中へ!」

 

百を超える肉体が同時に弾け、広場は再びどす黒い霧に覆われた。誕生したのは、これまでの刺客とは比較にならないほど肥大化した、数多の「黒い影」の軍勢。彼らは人間としての形を捨て、プラーナさえも邪悪なヒルコに侵食させ、ただ魂の飢えだけを形にしたような異形の集団へと成り果てた。

 

アキユキは再び身構えた。完全体としての感覚が、押し寄せる闇の圧力を捉える。しかし、黒い影たちが一斉に放った無数の触手を目にした瞬間、アキユキの動きが僅かに止まった。

 

(……なんだ、これは)

 

これまでの黒い影は、獲物を引き裂くための鋭利な刃として触手を振るってきた。だが、今目の前の軍勢が伸ばしてくる無数の腕は、攻撃というにはあまりに弱々しく、迷い、震えていた。

 

それは殺意ではない。

闇の中に沈みゆく者が、必死に光を求めて空を掻くような、縋りつくような挙動。

 

その触手の先から伝わってくるのは、刺すような敵意ではなく、言葉にならない「寂しさ」と、己の空虚さに耐えかねた魂の「悲鳴」だった。

 

アキユキの脳裏に、先ほどのヒトガタたちの救済、そしてナキアミの慈愛に満ちた声が響く。アニマ=ノアという人間の肥溜めに集まった彼らもまた、かつてナキアミが救おうとしたヒトガタたちと同じだった。ただ救われたいと願い、その方法を間違えてしまっただけの、哀しき「迷い子」たちなのだと。

 

(……そうか。そうだったのか。この影たちも、あのヒトガタたちも、何一つ変わりはしなかった……)

 

アキユキの中で、戦うための高揚が静かな慈愛へと溶けていった。

どうすれば、肉体もプラーナも失い、魂だけで彷徨う彼らを救えるのか。完全体となった彼が導き出した答えは、破壊ではなく「受容」だった。

 

そのとき、一体の黒い影が、ふらふらとした足取りでアキユキの元へ近づいてきた。

 

 

それはかつて体格の良かった刺客の成れの果てだったが、今の姿はまるで道に迷い、親を探す幼子のようにも見えた。その黒い腕が、震えながらアキユキの純白の外殻に触れようとする。

 

周囲の影たちがその光景を注視するなか、アキユキは攻撃の構えを解いた。

彼は、その禍々しい黒い影を拒絶することなく、大きな、白い腕で優しく抱きしめた。

 

「もういい、もういいんだ。……悪かったなぁ……今まで気づいてやれなくて」

 

アキユキの身体から溢れ出す蒼きシリウスの光が、影の冷たい闇を包み込む。

アキユキのプラーナが触媒となり、影の中に閉じ込められていた怨嗟と空虚を、温かな安らぎへと書き換えていく。

 

抱きしめられた影は、一瞬だけびくりと震えた。

だが、次の瞬間、その内側から濁った色が抜け、透き通った光が溢れ出す。影は満足げな溜息のような音を漏らすと、雪が解けるように、静かに消滅していった。

 

それは死ではなく、成仏だった。

数百年、呪われた箱舟に閉じ込められてきた魂の一つが、ようやく「導き手」の手によって流魂の輪へと還された瞬間だった。

 

 

 

一等星の光を浴び、一体の影が救われていく光景は、広場に残るすべての存在を震撼させた。

 

一体、また一体と、黒い影たちがよろめきながらアキユキへと手を伸ばす。これまで冷酷な刺客として、あるいは言葉を持たぬ怪物としてアキユキの前に立ちはだかってきた者たちが、いまや母を求める幼子のように、あるいは道に迷い果てた巡礼者のように、必死に「白き従者」の衣を掴もうとしていた。

 

アキユキは、己の白い腕に触れる影たちの震えを感じながら、形容しがたい奇妙な気分に陥っていた。

 

千年という果てしない旅路の果てに、ようやく見定めた「最後の敵」。人々の想いの連鎖を否定し、世界をひとつの虚無に閉じ込めようとしたアニマ=ノア。だが、その組織を構成していたのは、強大な理想を掲げる悪魔ではなく、己の生まれた意味さえ分からず、何かに縋らなければ一歩も歩けないほどに空っぽな「人間」たちの成れの果てだった。

 

「……そうか。あんたたちも、ただ……」

 

そう呟きかけたアキユキの感覚が、背後に迫る強烈な「不協和音」を捉えた。

 

「テンニョサマ……。テンニョサマァァッ!!」

 

それは、救済を求める声というにはあまりに鋭く、狂気に満ちた咆哮だった。

 

広場の一部にいた影たちが、アキユキという導き手を無視し、胎動窟の巨大な扉へと殺到したのだ。彼らはアキユキの与える穏やかな安らぎではなく、扉の向こうに眠る「天女」の力を力ずくで引き出し、自らの空虚を埋め尽くそうとする、狂信の毒をいまだ失っていなかった。

 

「なっ……まずいっ!」

 

アキユキの目の前で、数体の影たちがどろりと溶け合い、ひとつの巨大な塊へと変異した。幾重もの黒い触手が複雑に編み上げられ、先端が超硬質のドリルのように鋭く回転を始める。それは胎動窟の封印――ナキアミの心の殻を、物理的に抉り取ろうとする暴挙だった。

 

アキユキは足元に縋り付く影たちを優しく振り払い、一足飛びに扉の前へと割り込んだ。

ドリルの先端が石の扉を貫く寸前、アキユキは両腕を左右に広げ、全プラーナを前面に集中させた。

 

「――ッ!!」

 

かつて尖端島の空で、ヒルケン皇帝の放つ暴力的な突進を食い止めた時と同じ、純白の大楯が形成される。

 

ギギギギギギギギィィィィィィッ!

 

黒いドリルが白い盾に激突し、火花とプラーナの残滓が火砕流のように周囲へ飛び散った。一点に集中された数体分の黒い影の出力は、完全体となったアキユキの身体を扉ごと押し潰さんばかりの圧力を伴っていた。

 

だが、苦難はそれだけではなかった。

 

「私ニモ!」「救イヲ!」「光ヲォォッ!!」

 

正面のドリルと拮抗するアキユキの背後、そして左右から、救済を渇望する残りの影たちが一斉に押し寄せたのだ。彼らは攻撃の意図を持たず、ただ「光」に触れたいという一心で、無数の触手をアキユキの身体に絡みつかせていく。

 

アキユキの視界が黒い影に覆われていく。

 

首を絞め、足を固め、翼を封じようとする、何万もの孤独な魂の重み。正面からは扉を破ろうとする殺意のドリルが、周囲からは己を呑み込もうとする悲痛な執着が、アキユキという一人の「導き手」を八つ裂きにしようとしていた。

 

(くそっ……力が……削がれる……!)

 

プラーナを全開にし、どうにか押し包まれるのを防ぐが、防戦一方であることは否めなかった。

 

これまでのアキユキなら、翼を振るい、生命電流砲の一撃で周囲のすべてを灰に帰していただろう。だが、いまの彼にはそれができなかった。

 

絡みついてくる影たちの本質を知ってしまったからだ。

 

彼らは、アニマ=ノアという歪な箱舟に乗り合わせる他なかった、名前のない被害者たちだ。ここで彼らを焼き払えば、それは彼らが何百年も受け続けてきた拒絶を、救世主であるはずの自分が繰り返すことになる。

 

何より、かつてナキアミが望み、夢見続けた「優しい世界」が永劫に失われてしまう。

 

「大丈夫だ……!逃げたりはしない!必ず救ってやるから……!」

 

アキユキは歯を食いしばり、盾を維持しながら叫び続けた。

ドリルが盾を削る不快な音と、影たちが漏らす安息のない呻き声。

 

彼は反撃を捨てた。

ただ、すべてを受け止める防波堤となることを選んだのだ。たとえその代償として、自らの光が闇に塗り潰されようとも。

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