千年後まで御機嫌よう   作:エクシーク

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第2話:狂信 ―流魂の名のもとに―

はじまりは祈りだった。

 

それは太古、ルイコン教の黎明期において「魂は流転し、肉体はその器にすぎない」と説かれた、穏やかな信仰の形であった。

死者を恐れず、輪廻を敬い、魂の還る場所を尊ぶ――それが彼らにとっての“救い”であった。

 

しかし、時の流れは思想を腐らせる。

数百年の時を経て、教義は記憶の層に埋もれ、言葉は伝承の中で形を変えていった。

やがて、人々の間で囁かれるようになったのは、こうした言葉であった。

 

「肉体は穢れ、魂は結晶となる」

「我らは死を通じ、真理に触れる」

 

この言葉が、後にかつての狂信を生み出す種となった。

 

 

彼らが最初に姿を現したのは、およそ三百年前のこと。

大陸の北端、雪に閉ざされた、とある廃都においてであった。

 

飢えと疫病で荒廃した地において、ある教主が現れた。

その者は滅びゆく信徒たちに、まるで救済者のように語りかけたという。

 

「この世界の真理は、すでに形を持っているのだ」

「それがヒルコである。死を超え、魂を留める器だ」

 

こうして、ルイコン教の教義は歪められた。

 

“魂の循環”を重んじるはずの信仰は、いつしか“魂を結晶として永遠に留める”という異形の思想へと変貌していったのだ。

 

教主の説く「真理」を受け入れた者たちは、自らの死を恐れなくなり、むしろ歓喜をもってそれを受け入れた。

そして、死者の魂を宿したヒルコを「真理の結晶」と称え、その光を崇拝しはじめた。

 

やがて彼らは、自らを“アニマ=ノア”と名乗った。

 

「魂(Anima)」と「方舟(Noa)」という二重の救済の象徴を重ね、“魂の還る方舟”=「ヒルコこそ人類が目指すべき真理であり、我々はその真理へと導く方舟である」 という思想を体現したものである。

 

彼らはヒルコを奪い、分け与え、増やし、そして世界を「ヒルコに還す」ことを目的とした。

 

その理想は狂気そのものであった。

 

彼らは人の命を「循環を止めた未熟な魂」と見なし、

それをヒルコに取り込ませることで「完成させる」行為――すなわち自爆――を“奉納”と称したのだ。

 

惨劇の中で祈りを捧げ、血と灰の海で「流魂の詩」を唱える。

死にゆく間際、誰もが笑っていたという。

 

なぜなら、彼らにとって死は終焉ではなく、“真理に溶ける歓び”であったからだ。

 

皮肉にも、彼らが模倣したのは、かつてサンノオバの意向で引き起こされた、ザムドを生み出すための爆発事件と酷似していた。

 

しかし、そこには決定的な違いがあった。

 

サンノオバたちが扱っていたのは、サンノオバの秘術によってのみ生成される“真正ヒルコ”――

死者の魂を包み、ザムドを生みだすことのできる、神性を宿した存在だった。

 

だが、アニマ=ノアの用いるのは“人工ヒルコ”であった。

それは、魂の記憶を持たず、ただ肉体を食い破り、生命の殻を模倣するだけの偽物。

 

そこから生まれるのは、もはや人でもザムドでもない――かつてヒトガタと呼ばれていた、虚無の影にすぎなかった。

 

彼らはその違いを知らなかった。

あるいは、知ろうとしなかった。

 

生まれ落ちたヒトガタたちを「真理の化身(ザムド)」と呼び、崇め、祈りを捧げ続けた。

無数の街が血に沈み、聖堂が崩れ、空には灰色の風が舞った。

それでも彼らは言うのだ。

 

「我らの祈りは届いた。世界はヒルコに還る」

 

その声は、やがて宗教ではなく“疫病”となった。

思想は理性を食い、信仰は命を削り、祈りは血で書かれた預言書へと変わっていく。

 

そして今――千年ぶりの大巡礼を前に、アニマ=ノアは再び蠢き始めている。

彼らの旗には、かの"天女"の姿が描かれていた。

その身体には太母のヒルコが絡みつき、その瞳はまるで世界の救済を見通しているかのようだった。

 

 

 

 

彼らが“天女”――ナキアミの存在を知ったのは、ある古文書の発見がきっかけだった。

 

アニマ=ノアが誕生してから数十年後、北の大地にあるオオユエの遺跡群の一角で、半ば風化した文書が見つかった。

その表紙にはこう記されていた。

 

『白き従者と天女の福音』

 

この書を遺したのは、かつて胎動窟の管理人であり、アキユキとナキアミの旅の証人でもあった青年、シロザだった。

 

彼は髪をたなびかせながら、終わりなき静寂の洞窟で人々を迎え入れ、

その口で、紙で、石壁に、二人の物語を刻み続けたという。

白い髪と澄んだ瞳を持つ青年であった。

 

かつて、アキユキとナキアミが命を賭して世界を救った後も、シロザはその地に留まり続け、すべてを見届けた一人でもある。

 

彼は、滅びの跡に佇む聖地で、何年も胎動窟を管理してきた。

そして訪れた旅人たちに、このような言い伝えを残したという。

 

「天女は太母の夢より生まれ、白き従者と共にこの世を渡り歩いた。

彼らは人々を救い、ヒルコを鎮め、やがて長い旅路の果てに眠りについた」

 

彼は、その物語を“伝説”ではなく“記録”として残そうとした。

それは確かにあった事実――救済と別離、そして再生の物語。

 

 

だが、時の流れは残酷だった。

シロザが没してから数百年、伝承は断片化し、神話として語り継がれるうちに、いつしか本来の意味を失っていった。

 

そしてアニマ=ノアの手に渡ったとき、それは狂信の礎と成り果ててしまったのだった――。

 

 

 

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