久しぶりのSSで品質の保証は出来ません。
「っ.....」
深夜の孤独な厨房に響く皿を置く音。
「出来た....」
疲れからか、椅子に沈む様に座り大きな一息をつく。
しばらくぼーっと座って休憩していると、廊下から足音が聞こえてくる。それは昔から良く聞いた靴の音で、憧れの音で、忌避したい音でもある、そんな複雑な音。
「まだやってるのか」
音の正体が厨房のドアを引き姿を現す。
「お父さん....」
昔っからの憧れの存在で、嫌な存在のお父さん。
そんなお父さんは俺の料理に気が付いたのか近くに寄ってきて、その皿を持ってチェックする。
暫し無言とひしひしとした空気が俺の身体と厨房を支配して気が気じゃない。
「....何だこれは」
そんな空気を破る一言、それはお父さんの口から発せられたその言葉だった。
「なんだって....今度のテストで出す奴だけど....」
「...これを出すのか?」
お父さんの声色と剣幕には何時までも慣れないし、反射で怯えてしまう。
「出すのかと聞いてるんだ」
また怒られる。あぁ嫌だな、
「....うん」
俺がそう答えた瞬間、頬に強い衝撃が加わり視界が揺れる。打たれたと分かるまで一瞬の遅れがあったが、直ぐに理解した。
「今すぐやり直せ、こんな物出せる訳がないだろ」
冷たい声色でそう言い放つお父さん。俺は俯いたまま何も言えずにただ突っ立っているだけだった。
「何度言ったら分かるんだ、何度言ったら覚えるんだ」
いつも絶対に認めてくれない。否定ばっかされて、叱られて、叩かれて、でもそれでも必死に我慢して期待に応えようと頑張ったんだ。
なのに、それなのに、いつもお父さんは、冷たく突き放してくる。
もう....もう嫌だ....料理なんてしたくない.....
「晃希!聞こえているのか!」
その大きな声にはっと我に帰る。顔を見上げるとそこにはため息をついて呆れたお父さんが居た。
「ったく....なんでこんなのを指名するかね....」
そんな言葉を呟きながらお父さんは厨房から出ていった。
俺はただ黙って料理を捨てて、また一からやり直し始める。朝日が昇るまでずっと、やり直し続ける。その間ずっと目頭が熱かった。
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あれからしばらく日が経って自室で勉強していると急にお母さんからリビングに来るよう言われた。何事かと思い急いで行くと、そこには神妙な面持ちのお父さんとどこか不安げなお母さんが居た。
「どうしたの....?」
恐る恐るそう問うと、お母さんがとりあえず椅子に座るよう促してくる。
椅子に座ると俺の目の前に1枚の紙が差し出される。
「なにこれ?」
「取り敢えず読みなさい」
そう言われその紙を手に取る。そこには契約書と書かれていて、
「専属料理人としての契約書だ」
今まで黙っていたお父さんが口を開き、そう言う。
「え、?いや、なにそれ、」
混乱と動揺でそんな受け答えになってしまう。専属料理人?俺が?一体誰の....?
「お父さんの職場の社長さんにね、桐藤家の人からお話があったそうなの」
お母さんが説明してくれる。桐藤家、?聞いた事がない。俺が知らないだけで有名な家系があるのだろうか。
「それで、お父さんの息子の貴方が良いって直接指名があったそうで....」
俺に?ますます混乱してくる。俺なんかよりお父さんの方が絶対いいのに.....
「晃希、」
不意に名前を呼ばれてビクッとしてしまう。だけど直ぐに向き直って
「お前は、料理人になる覚悟はあるのか」
「え、?」
いきなりそう問われる。愚問と言いたい、料理人になる覚悟、そんなのとうの昔に済ませた。
俺はすこし笑みを浮かべながらこう答える。
「今更?」
その答えを聞いてお父さんは
「....そうか」
そうとだけ言って再び黙ってしまう。
そして次にお母さんが口を開いて、桐藤家について事情を話してくる。
「あのね、桐藤家は遠いところの名家なの、」
「遠いところ?でも日本でしょ?」
その俺の返答にどこか残念そうな表情を浮かべて本当の事を教えてくる。
「違うの、日本じゃないの、」
日本じゃない?え?でも、明らかに日本名じゃん。そんな俺の混乱も意に介せず次へと話を進めるお母さん。
「もっと、遠い所なの、それも想像もつかないような」
「もう二度とここに帰って来れないかもしれない、それぐらい遠いところなの」
“もう二度と、帰って来れない。”その言葉を聞いて、さっきの混乱しながらも楽観的な考えが一気に混乱の一途へと変わる。
自分なりに理解していると、不意に
「今の話を聞いても、行くのか」
お父さんがそう問うてくる。
だけど、今、この場ぐらい正直になってもいいだろう。だから、俺はこう答える。
「....正直言って、分からない」
「だけど、多分、俺は行くと思う」
その答えに驚いた表情を浮かべるお父さん。そんな顔は何時ぶりだろうか、
「俺は料理人になりたかった、そして今、その夢が叶うチャンスが目の前にあるんだ」
もうこの先は言わなくても十分伝わるだろう。
俺は行く、たとえどんなに遠いところだとしても、夢を叶える為なら、何処まででも行く。
お父さんもどこか覚悟を決めたような表情をしていた。
「そうか、」
そう言って立ち上がると徐ろにケースを取り出すお父さん。そして、そのケースを俺に渡してくる。
「これは、?」
「包丁だ、お前にやる」
包丁、それは料理人にとって命で、最も大切なもの。それを託す時、何を想うのだろうか。
今の俺にはまだ分からない。