──お、いいタイミングで先生、迎えに来てくれたな。
墓地に滑り込む白いバンを見やりながら、デンジは小さく呟いた。午後の陽は傾きはじめ、石碑の影を長く伸ばしている。風は夕方特有のひんやりとしたもので、霊園の土のにおいと、まだ乾ききらない血の鉄の匂いが混じって鼻腔を刺した。空は薄く朱に染まり、雲が夕陽を掠めていく。
遠くで、カラスの鳴き声がひとつだけ響いた。まるで一日の終わりを告げる鐘のように。
「わりいな、マキマさん」
決別の言葉はそれだけだった。あとはただの作業だ。目の前に横たわる“人の形をした肉”を、食べられる形にまで整えるだけの、機械じみた仕事。
解体作業に没頭していると、いつの間にかバンから降りていた岸辺が、肩越しに口を開いた。
「どうやら、一応の決着は着いたみたいだな」
「そうっすね。ポチタとパワーのおかげで、俺ァまた生き延びちまった……」
声が震えた。嬉しさと喪失が同居する、重い心の奥。アキとパワーのことが、冷たい鉛のように沈んでいる。
「……悲観してる暇はないぞ。ここから先はお前一人でやってもらうかな。頭のネジを緩めとけ」
「わかってますよォ、先生。これからマキマさんとひとつになろうってんだ。むしろ嬉しいぐらいですよ」
口先ではそう言った。心の底から嘘というわけでもない。だが、アキやパワーの死は確実に彼を蝕んでいた。笑いながら、体のどこかが冷えていくのを感じる。
大部分の解体を終え、荷台へと運び込んだところで、デンジはあることを思い出した。
「先生、ひとつ質問していいっすか」
「言ってみろ」
「そこにいる、サムライソードみたいな人間って……これからどうなるんすか? 全員死んでるけど」
彼が指差したのは、マキマに操られていた“悪魔の心臓を抱えた人間”たちだ。ポチタとの戦いで、彼らは声を失い、ただの肉塊になっている。だが、トリガーを引けばまたデンジと同じように蘇るはずだった。
「今回の事件で公安はかつてないほどの人手不足だ。利用価値がありそうなら公安に入れることも検討するが……最終決定は上がする。俺にもどうなるかは分からん」
岸辺の返答は淡々としている。だが、その声の端に迷いが混じっているのをデンジは感じ取った。
「ほぉ〜ん……。あのさ、ひとりだけ公安に内緒で連れ帰りたい奴がいるんだけど」
「今はまだダメだな」
「えぇ!? こんだけいればひとりくらいいいじゃねぇかよ」
「今はって言っただろ。マキマはまだ“死んで”ないし、支配の力も消えていない。今生き返らせたって意味はない」
「はいはいはい……なるほどね。マキマさんが死ねば、先生が何とかしてくれるってことか」
岸辺は答えず、ただ荷台の隅に積まれた無言の身体を見下ろした。傾いた陽光が、その無数の顔に冷たく淡い色を与えている。
夕陽が完全に沈む頃、霊園を包む風が止まり、代わりに鈴虫の声がわずかに鳴き始めた。
「……とりあえずこいつらは全部、冷凍保存だ。公安に見つからない場所に隠しておくから、できるだけ急げ。って言っても、こういうのは生理現象だからな。そういう訳にもいかねぇだろうが……」
「なるべく急ぎますよ。もちろん感謝の気持ちも忘れずにね……」
「無駄話は終わりだ。マキマと武器人間を車に運べ」
「わかりましたよっと」
言われた通り、体を抱えて車内へと運び込む。全てが終わり、撤収する頃には、既に日は落ちきっていた。
西の空だけがかすかに明るく、夜の気配を連れていた。
俺はマキマさんとひとつになった。愛の力ってやつか、俺の腹からも便所からもマキマさんが復活することはなかったし、俺が死ぬこともなかった。これで一件落着だ。……なんてな。
マキマさんは結局俺んことは見てくれてなかった。それだけでもすげーショックだ。でも1番キツイのは、この話を誰にも出来ないってことだ。パワーもアキも死んじまった。
「なァポチタ……。俺はどんな夢を見ればいい……?」
公園のベンチにダランと体を預け、ポチタに話しかけてみる。返答がないのが寂しかった。
夕闇が街灯のオレンジに溶けていく。遠くで自転車のベルが鳴る。世界は、何事もなかったように動いていた。
「女とヤリまくりたいんじゃなかったのか」
「おァっ!?」
突如背後から聞こえた声に驚き、自分でもよく分からない声が出た。
「せ、先生かよ。驚かせないでくださいよ」
「驚かせたわけじゃない。待ち合わせ時間にはピッタリだったろ」
「あーはいはい……確かにピッタリっすね。で、今日は一体どういうご要件で?」
「マキマが死んだからな。武器人間の中に気になってるやつがいたんじゃなかったのか?」
言われて思い出す。いや、約束を忘れていた訳ではなかった。ただ、マキマさんとひとつになってからも連絡が無かったから、有耶無耶にされたものだと思っていた。
「いる!いる! 早く会わせてください!」
「そのために来たんだ。車に乗れ」
言われるがままに車に乗り込む。車に揺られること数十分。動きが止まり、降りるように促された。
先生について入り組んだ路地を歩き、地下へと続く階段を下る。たどり着いた部屋には見覚えがある。
「マキマさんから隠れてた部屋か……」
「こっちだ」
案内されたのは、更に奥の部屋。壁には巨大な鉄の扉が鎮座している。先生がドアを開けると、肌を刺すような冷気が部屋に漏れた。
冷凍庫の中へはいると、武器人間達があの時のまま横たえられて、凍っていた。もちろん傷口や服なんかもあの時のままだ。
「約束通り、ひとりだけ連れ出していいぞ」
言われる前に体が動いてた。マキマさんとの戦闘が終わってから、ずっと気になってたのは──レゼのことだけだ。
花を渡してから知り合った、本気で恋をした女の子。「一緒に逃げねぇ?」と言った時のことを今でも鮮明に思い出せる。
あの時、本気で思った。
レゼと一緒にいられるなら、田舎のネズミだろうが、悪魔だろうが、何だってどうでもいいって。
本気で、逃げようとした。
でも──どうしてあの時、二道に来なかったんだ。
どうしてマキマさんの側にいたんだ。
どうして……俺のこと、覚えてなかったんだ。
聞きたいことが山ほどある。
でも、今はただ、もう一度……話したい。それだけだった。
「先生、ありがとうございます。レゼは連れていきますね」
「好きにしろ。今回の一番の功労者はお前だからな。送ってやるから車まで担いでこい」
俺はうなずいて、レゼをそっと抱き上げた。
体が冷たくて、花よりもずっと壊れやすい気がした。
息をするたび、白い煙がふたりの間に立ちのぼる。
何も言えなくなった。音も立てたくなかった。
まるで──これから目を覚ます誰かを、起こさないようにしてるみてぇだった。
キャラ崩壊してないといいなぁ…