勅命は下された。
「大帝より直々に賜りし命である。第八機動艦隊においては、直ちに残存戦力を集結させ、"ヤマト"追撃に当たるべし」
メーザーが告げた時、通信スクリーンに映る各分艦隊司令の顔に、光が差し込んだように思われた。艦橋要員の鯨波が回線を湧き立たせる。250万隻悉くの艦内で歓声が巻き起こっているなら、それは銀河を飛び越えてどこまでも響くだろう。
『鳴呼、これを望外の喜びと言わずしてなんと呼びましょうか!全能たる大帝は、我らに再び戦う道をお与えになられた』
メーザーにとって右腕とも言うべきコズモダートが、歓喜に打ち震えている。
戦い抜いた果ての死を、味方に、敵に、己自身に課している男だ。雪辱の機を与えられた、そんなことに留まる話ではない。ガトランティスにとって、それは己が造られた意味そのものを取り戻すに等しい。
宇宙の一角を埋め尽くす大戦艦の大軍勢をもって、遥か遠方の文明を惑星ごと撃ち滅ぼす戦略砲撃戦法。 "レギオネル=カノーネ"の陣は、メーザーの指揮により間もなく完成を見る筈だった。
あの敵、"ヤマト"はたった一隻でそれを覆した。陣の動力源たる紛い物の太陽を、惑星をも砕く"大砲”で撃ち抜き、発生した干渉波が大戦艦の機関部を蝕む。陣形を構築していた大戦艦は、忽ちのうちに物言わぬ鉄塊と成り果てて漂い始めた。
信じられないことに、“ヤマト"は死に体となった第八機動艦隊を蹂躙するどころか、跳躍してその場を立ち去ったのである。指揮官のコダイという男は、命まで奪う気はないため逃げろとまで言った。メーザーにとっては、宇宙の法則そのものが転回したような衝撃だったのだ。
「喜ぶべし。"ヤマト"と刺し違えし我らの武名は、大帝の御手で新生せし宇宙にて、不朽のものと語り継がれることであろう!」
敵を生かして逃すことは、味方の死という形で返ってくる。艦隊を一撃で沈黙せしめる敵に、それが分からぬ筈もない。その疑問は形容し難い熱を持ってメーザーの心に巣食った。怒りと屈辱を煮えたぎらせてやまぬ何か。それを消し飛ばすには、憎き”ヤマト"を沈める他に道はない。
旗艦たる白い大戦艦を魁とし、エンジンノズルを滾らせて駆け出す大戦艦は、五百隻に届くかどうかだ。それも膨れ上がるように船体が爆ぜ、流血のような爆炎が噴き出すものが大半を占める。元より、当座の修理を可能とする科学奴隷を連れてはいなかったのだ。
構うものか。"ヤマト”に食らいつき、諸共に沈む時と機会を与えられさえすれば。激情の坩堝と化した大戦艦の群れが、跳躍態勢に入った。
その全てがミルには見えている。狙撃陣形の成れの果て、勅命を受けて狂喜する将兵、満身創痍の身を押して進発する艦隊。
無意識に浮かべていた笑みは、下らないものを蔑み、嘲笑うものだった。
ガトランティス。造られし命。アケーリアスから派生した人型種族、知的生命体に付き纏う感情という名の呪縛から解き放たれた、純粋にして高潔なる真の"愛"を体現する者。
第八機動艦隊はそれを穢した。幾十代にも渡るクローニングの中で削ぎ落とされた筈の情動に振り回され、激情に突き動かされるという前例を作ってしまった。
辺境で暴れるだけの三級品とは事情が違う。あちらは単なる失敗作だが、今回は完成されきった筈の個体が堕落したのだ。
過ちは正す。在るべきガトランティスの姿を改めて知らしめるため、彼らには生贄となってもらう。戦って死ぬ栄誉が許されると考えること自体、感情に囚われたがための迷妄である。
「ミル君」
傍らに座す男の発する声。ノルの聴覚は、燃え盛る恒星の熱さと、宇宙の闇が湛える冷たさを同時に感じ取っていた。年齢に比して若々しい顔は貴公子然としている一方、近づくことも躊躇われる翳りを浮かべている。
「私は"ヤマト"と戦えると聞いて、ここに来たのだが?」
その名が意味するのはガミラスの覇権国家へ押し上げた英雄であり、乱心の挙句に臣民を虐殺せんと試みた独裁者でもある。アベルト=デスラー。大ガミラスの永世総統だった男は”ヤマト"に敗れ、今やガトランティスの、というより大帝の客将となっていた。
「執念、を見たい。我らに無縁のそれを見物したいと、大帝の御意向です」
微かな怯みと不快感を押しやるように、ノルは努めて冷淡な声を出す。この男は誰に対しても、相手が這いつくばるのを見下ろすような目つきで対するのだろうか。
「ただし、取引という概念は我らにもあります」
「"ヤマト"と戦う場を得る見返りとして、暴走の兆しがある艦隊を誅伐する。忘れてはいない。……しかし、徹底しているね。呆れるほどに」
「兆しを見せる相手に猶予を与えたところで、時間の浪費でしかない。感情に振り回されることのない即断こそ、ガトランティス隆盛の礎」
「それが揺らぐ事態ともなれば、大帝も心穏やかではいられない、か」
どこまで知悉したうえで、デスラーは挑発じみた発言を繰り返しているのか。ミルには不気味でならない。
ガトランティスの各艦隊には、諜報体と呼ばれる間者を監視役として送り込んでいる。本人すら意識しないまま、彼らが目にした光景、耳にした言葉が情報化されているのだ。それは恒星間通信思念波であるコスモウェーブとなって、寸分の遅れもなく彗星帝国に送信、集積される。ミルのように、コスモウェーブを送受信できる個体も、自ら体験するように知覚できる。
それが仇となった。消し去った筈の情動を蘇らせずにはいられないほど、第八艦隊の直面した事態は強烈に過ぎた。コスモウェーブを介して、数多のガトランティスがそれを見、己自身に降りかかったものと認識したのである。
汚染は爆発的に広がっていった。銀河間空間に点在する機動部隊が待機や集結の命を無視し、“ヤマト"への敵意と好奇心に駆り立てられるままに攻撃を仕掛け、次々と格好撃破されてゆく。それらの暴走は氷山の一角に過ぎないのだ。
第八艦隊への制裁程度で終わらせるつもりなどない。ガトランティスを蝕み始めた穢れを纏めて取り除く、ある意味では好機が到来していた。覇業の行末を左右する大任を与えられた自負が、ミルにはある。
「だから第八艦隊の逆襲に同心する艦隊に集結を命じ、諸共に一掃すると」
「できないとは申されないでしょうし、するなとも申し上げません。これほどの艦を下賜されたからには、貴方にもせいぜい励んでいただきたく」
漆黒の宇宙を青く染め上げるその巨艦には、万民の上に立つ王の居城の風格があった。満天の星を睨め付ける、目玉の如き発光部が黄金に輝く。
”ヤマト"討伐に臨むデスラーに、大帝は唯一無二の特別な座乗艦を与えていた。ガミラスの頂点にあった男だからと、外観、武装、機関に至るまで、ガミラスとガトランティス両国の技術が融合している。建造を命じられたガミラスの科学奴隷達は感極まり、落涙する者も少なくなかった。
デスラーが母星と国民に対し何をしたか、無論のこと全て伝えてある。だのに、だ。堕ちたりといえど、かつての偉大な指導者を奉じ、過日の栄光に縋ろうとするように見えて、ミルは失笑したものだ。
”ノイ・デウスーラ"。総統の新たな座乗艦を意味する艦名こそ、その甘さの現れだろう。
翼のように大きく迫り出した両舷には砲熕兵器が並び、前後左右に睨みを利かせている。貫通力の高いガミラスの有砲身砲に、対空性能に秀でたガトランティスの輪胴砲塔。電磁力で船体下部に三十発以上懸吊している超巨大ミサイルは、直撃させれば敵艦隊を一掃しうる火力を秘めている。
そして、艦首には”ヤマト”と同じく"大砲”が備わっていた。余剰次元の爆
縮を招来し、小宇宙そのものを解き放つ決戦兵器。総統直々の命で開発されたというそれが、"デスラー砲”の名を冠せられたことは、驚くに値しない。
宇宙の何者も抗えない、圧倒的な力の具現。その光をもって、ヤマト"を、延る汚染源を悉く浄化する。ガトランティスは正道に立ち戻るのだ。
「では、出航と参ろうか。全艦、ゲシュ=タム航法に移行」
デスラーの命令一下、ガミラス製の機械人形が配置に着いて作業に当たる。
”ノイ・デウスーラ"の艦橋で、有機物の肉体を持つのはミルとデスラーだけだ。まるで真意の窺い知れない男と一対一で向き合っている事実を、ミルは痛感せざるを得ない。
跳躍の準備が整った。四次元時空を貫く大穴に向け、青き巨影は翼をはためかせた。