四次元時空を繋ぐ穴から噴き上がる炎の間久泉を、歯軋りしながらメーザーは睨む。五度の空間跳躍の度、戦力の喪失を示す光景が広がるのは、焦燥を掻き立てるのに十分すぎた。
"レギオネル=カノーネ"を破られたことによる船体へのダメージは、想像を超えて甚大だった。機関を貫いた干渉波は動力系統を通って船体に波及し、航行や攻撃を始めとする全機能に致命傷を与えている。跳躍の前後に爆沈する艦、跳躍に入っていつまでも出てこない艦。
今や健在な大戦艦は150隻を割り込んでいた。健在とは「現時点で沈んでいない」以上の意味を持つ表現ではなく、実際の戦闘に耐えうるかは分かったものではない。メーザーの旗艦も、砲塔が幾つか稼働しなくなっている。
それでも、ここまで残ったのだ。艱難を乗り越え仇敵”ヤマト"を討つ、選び抜かれた精鋭だとメーザーは信じた。
さらに、戦力は減るばかりではない。近隣の宙域にて巡邏の任に就いていた機動部隊が、こちらに同心して続々と駆けつけている。総数はおよそ五十隻。火力に関しては”ヤマト"と対するに心許ないが、大戦艦と組み合わせれば如何様にも術がある。機動部隊の再編と指揮はコズモダートに一任した。
「ここが“ヤマト"が跳躍を終えた一番新しい宙点だな。さらに跳躍した痕跡はあるか?」
空間航跡の探知に支障はなく、"ヤマト"の向かう先は概ね把握できている。足取りを掴ませないため念を入れていることだろうが、先だって襲撃した惑星でこちらの間者を潜り込ませた。通過した航路の特定、次なる目的地の予想はきわめて高い精度で行える。
「ありません。反応を解析するに、"ヤマト"は未だ近辺にいるものと」
「よし、ならば機動部隊を割いて捜索に」
けたたましい警告音が、不吉な実体を伴って艦橋に響く。艦隊の右方から迫る高速飛翔体の群れ。
勢いのままに突き刺さった魚雷が、三隻の大戦艦を両断した。火球を残して四方に爆ぜ散る破片が、直撃を免れた味方の装甲を挟る。満身創痍の船体が、本来ならば小破に留まる筈の被弾で限界を迎えていた。
「メーザー様」
上擦った声の部下が震える指で差す、その方角に見える影。星の光に照らされた輝き。近づいてくる。剣山のように武装を連ねた上部と、曲線を湛える赤い下部。そして正面、六角形に穿たれた砲口。それを見紛う筈もなかった。
「おのれ、"ヤマト"め。こちらの動きに勘付いていたか」
前のめりに”ヤマト"の後背を窺い続けていたつもりが、裏をかかれて側面から奇襲を受けたのである。満足に陣形を取ることも叶わぬまま、"ヤマト"の攻勢を受け止める羽目になった。唸りを上げる"ヤマト"の砲門から青い光条が迸り、艦隊は破壊力の豪雨に曝される。
僚艦が物言わぬ鉄塊に変わってゆく中、"ヤマト"に向けて必死の応射を繰り返す。ある艦は発射しようとした瞬間に砲塔が自壊し、またある艦は狙点も定められないまま"ヤマト"に返り討ちにされた。メーザーの旗艦も、健在だった数少ない輪胴砲塔を吹き飛ばされている。
これが、我が艦隊か。百隻余りに打ち減らされ、正面きっての砲撃戦をまともに行う力すら残っていない。宇宙の星々を踏み砕き、文明を消し去ってきた第八艦隊の勇姿は幻だったというのか。足下の炎を見ながら、メーザーは立ち眩みに耐え続けた。
突如として躍り出てくる影は、自陣からのものだった。危急を察知した機動部隊が駆けつけてきている。"ヤマト"の眼前に飛び出し、大胆にも肉薄攻撃をかけんとする一隊は、コズモダートの直卒部隊であった。一つの輪胴砲塔も遊ばせることなく、光弾の嵐を叩きつける。座乗する空母をも前面に押し出し、纏わりつくように"ヤマト"の足を押し留めている。
有効弾はなく、巡洋艦を二隻沈められたが、メーザーがどうにか態勢を立て直すだけの時は稼いでいた。残存する大戦艦を幾つもの縦列に組み直し、”ヤマト"の正面から突貫させる。
案の定、"ヤマト"は縦列の一つに前進して攻撃を仕掛けてきた。それを見計らい、大戦艦に紛れていた数十のデスバステーターが、湧き出すように現れて空爆を開始する。大戦艦そのものの攻防性能に期待できない今、航空戦力を"ヤマト"に接近させるための隠れ蓑として思い定めた。
デスバテーターが機体に抱えたミサイルを一斉に撃ち放つ。四方からミサイルが目標目掛け飛びかかる様は、百の槍を一点に向け突き出しているようにも見え、”ヤマト"は串刺しになるかと思われた。だが、視界に広がる火球は”ヤマト”爆沈によるものではなく、戦域を塗り潰すかの如き対空砲火で、殆どのミサイルが叩き落とされたためのものだ。
艦の性能だけではない。反応が早い。砲撃戦から、突然の対空戦闘を強いられる混乱に乗じようとしたメーザーの策は、早くも瓦解していた。”ヤマト"は砲塔からビームに代わり、実体を持つ砲弾を撃ち出す。デスバテーター編隊の真中に飛び込んだそれは火球と化し、十数機を道連れにする。
まだだ。まだ、自分はここに在る。生き恥を晒している。”"ヤマト”を沈めねば、それを雪ぐことは叶わないのだ。
ミルが募らせる苛立ちに、デスラーは間違いなく気づいている。その上で、余裕綽々の体で戦見物などに興じているのだ。
どこまでも虚仮にしてくれる。己の愚行によって故国に帰る道もない根無草が、よくぞここまで厚顔になれるものだと、呆れが転じて感心してしまいそうになる。
「敗残の艦隊かと思えば、中々肝の据わった戦いをするものだ。見応えがあると思わんかね、ん?」
貴賓席から舞台を眺め下ろすような口振りだった。冷笑のつもりでデスラーは言ったのかと思いきや、そればかりでもないらしい。
大戦艦の群れが燎原に飲み込まれる中、機動部隊が必死に、"ヤマト"に食らいついている。一隻、また一隻と数を減らしつつも、ビームの牙を剥くことを止めようとしない。旗艦と思しき空母は被弾箇所から煙を吐き、恐らくは艦載機も全て失いながら、“ヤマト”に雷撃を続けていた。
”ヤマト"の砲撃が正面から突き刺さり、圧し潰された空母が炎と破片を撒き散らしながら宇宙に消える。
「認識を改めねばならんようだね」
機械人形に運ばせたものか、上質な酒の入ったグラスを片手にデスラーは言う。
「まるで虫のように冷徴に、機械的に敵を屠るのがガトランティスの在り様だと考えていたが……実に懸命な戦振りと認めざるを得ない」
「ガミラス人は殊の外、記憶力に難がおありのようだ」
拙劣な皮肉と分かりつつも、そう言わずにはいられなかった。この男は、過大なまでの支援を受けてここまで来た理由を、本当に忘れ去っているのではないか。
「何故あの戦場に"大砲”を撃ち込まないのです?"ヤマト"と汚染源を諸共に難ぎ払えば、貴方に課せられた使命はそこで終わり」
「そして私を生かす理由は最早なくなった、大帝にそう上申するつもりかな」
「それも面白いでしょうね」
デスラーは返事もしない。薄い笑みを浮かべてミルを見ているだけだ。その目つきが、自分が第八艦隊に向けていたものと同じだと気づいた時、幼生体の期間を終えていないミルの忍耐の糸が切れた。
「”大砲”を撃つ準備を!」
大仰に周囲を見渡しながら、艦橋の機械人形に向けて命を発した。あくまでデスラーに与えられた艦でミルが発令するのは越権行為に他ならないが、その道理を曲げるだけの正当性があるとミルは信じた。
「ミル君」
艦橋に静寂が降りてくる。ミル一人が、それを認識した。
デスラーが呼びかけたのは、ミルの背中だ。ミルが振り向きさえすれば、デスラーがどんな顔を浮かべているのかすぐに分かるだろう。振り向けない。金縛りに遭ったようにミルは立ち尽くした。その声色は研ぎ上げられた剣の鋭さをもってミルに突きつけられ、激しい眩暈と息苦しさを呼び起こす。ガミラスの独裁者だった男。その事実を今になって思い出した。
「私は戦争をしているのだ」
己のしようとしたことが、誰にとっても無益なことだと、高い代償と共にミルは思い知らされた。この場は大人しく引き下がるしかない。出しかけた命令を撤回して向き直ると、デスラーは常の行まいに戻っている。最早ミルには注意を払う意味を見出していないようで、眼下の戦場に眼を向けていた。
「瞬間物質移送機、動力伝達」
それは”ノイ・デウスーラ"の艦首に搭載された、一対の特殊兵装である。ガミラスの宿将・ドメルが"ヤマト"との決戦に臨む際、彼の旗艦に搭載されたのが、初の実戦投入とされる。
四次元時空を横断する特殊領域を形成することで、跳躍機能を持たない物体にその力を与える。ドメルは空母艦載機部隊を跳躍させ、"ヤマト”に奇襲をかけて大いに苦しめたという。そして、ガトランティスがガミラスの実験部隊を捕え、科学奴隷として開発させたのが、重戦艦に搭載される火焔直撃砲であった。
懸吊された三発の超巨大ミサイルが動き出す。艦載誘導兵器としては最大の規模と火力を誇るだけあって、複数撃ち出された際の威圧感は並外れている。しかし、”ヤマト"はミサイルの射程距離の遥か遠方に在るのだ。そのままでは届く筈もない。
立て続けに瞬く光が視界を埋め尽くし、晴れた後にはミサイルが掻き消えていた。幻術のような光景に構わず、ミルは第八艦隊の諜報体の視覚を借りる。機動部隊をあらかた沈め、大戦艦の掃討に当たろうとした”ヤマト"の右方に、玉虫色の揺らめき。白い塔かと見える超巨大ミサイルが、空間を割いて現れた。
”ヤマト"は驚きながらも、混乱をきたした訳ではなさそうだった。第八艦隊の殲滅という餌に固執せず、ミサイルを迎撃しながら慎重に後退に移る。動き出した"ヤマト"の、今度は左前方から三発の超巨大ミサイル。全く別方向からの攻撃だった。
砲撃によってミサイルは木っ端微塵に砕け散るも、”ヤマト"は少しずつ針路を捻じ曲げられてゆく。攻撃された方角から、包囲されている可能性も考えてのことだろう。戦場を離脱してゆく“ヤマト"の背を、惨憺たる有様の第八艦隊が見送る。
諜報体を通じ、第八艦隊の被害状況を聞く。機動部隊は空母一隻と巡洋艦、駆逐艦三隻ずつを残して轟沈。残存した大戦艦は、開戦前の三分の一未満。そして、事実上の副司令だったコズモダートが戦死。それを聞いたメーザーが歯軋りして俯くのを見て、危うく舌を打ちそうになったミルは、諜報体との同調を打ち切った。
「落胆することはない。 "ヤマト"の向から先は目星が付いている」
何もかも、ミルにとって望ましくない状況。そして、デスラーにとってはその真逆に違いないのだ。
「では参ろうか、真の狩場へ」
いや増すミルの不信感を乗せ、"ノイ・デウスーラ"は獲物を目指して舳先を転じた。