国の命運を左右する途轍もない秘密を、兄は土産として遺していた。
”ヤマト"のバレラス侵攻が目の間に迫っていたその頃、ガデル=タランは暗号化されたデータを兄・ヴェルテから手渡される。内容は自身も知らないこと、ようやく解析プログラムの構築に成功したこと、みだりに他者に内容を伝えないことを言い残し、兄は総統の命で任地へ移った。
それが、今生の別れだった。
デスラーの乱心、“ヤマト"との講和、民主政権への移行に伴う混乱を経て、タランは兄から託されたデータの謎解きに着手する。万一にも流出を防ぐために、手動での作業を強いられつつも、ついにその全容が明らかとなる。
愕然とした。背中から噴き出す汗を止められなかった。それは、初めてガミラス統一を実現した太公・エーリク=ヴァム=デスラー主宰による密議。母なる星ガミラスが、五十周期以内に崩壊を迎えるという、定められた破滅。
社稷を担う総理のレドフ=ヒスおよび、艦隊総司令のガル=ディッツには密かに打ち明けた。それは公人としての責任であったし、一人で背負い込むにはあまりに重すぎる秘密だったということもある。全てを知ったヒスは血走った目を見開き、ディッツは髭の下からくぐもった呻きを漏らした。
三人を更に驚かせたのは、かつて絶対の存在として仰ぎ見ていたかつての総統・アベルト=デスラーが密議に名を連ねていたことだ。"ヤマト"のサレザー侵入と前後しての乱心は、この秘密に端を発するのではないか。遷都、大統合、デスラー・ドクトリン。全ての言葉の裏に、ガミラスの寿命が尽きるという危機感があったとしたら。
「未曾有の国難を前にして、我らの力と忠誠は侍むに足らぬと、あの方はお考えであったか」
置いていかれたような寂寥を滲ませ、ヒスは溜息を吐く。口にこそ出さないが、タランにもそういう思いはあった。ディッツも、恐らくそうだろう。
そのデスラーの名が、生者として三人の口の端に上る時が来た。在地球大使として派遣されていた情報部のローレン=バレルは、デスラー体制の復活を望む反乱分子の調査、摘発という密命を帯びている。
そのバレルに対し、他ならぬデスラーからのコンタクトがあったのだ。再起を果たすのに必要な戦力、情報、人材の提供を求めてのものだった。
四半周期を費やした調査の末、呼びかけてきたのは本物のアベルト=デスラーに違いないと、バレルを交えた四人の結論が一致する。奇妙なことに、デスラーは前体制への回帰を企図する勢力を率いる、あるいは連携するどころか、彼らに対して己の存在すらも明らかにしていなかった。復権ではない目的があるとすれば、それはやはりあの秘密なのか。
あまりに出来過ぎている気がした。しかし、迷っている暇はない。デスラーの真意を質すには、彼の提案に乗るしかないのだ。
デスラーに合流する役としてタランが選ばれたたのは、秘密を知る中で比較的身が軽いからだとしか自分では思わなかった。ヒスとバレルは策謀の匂いと無縁の篤実な人柄を、ディッツは最後までデスラーと共に在った重臣の弟であることを根拠とした。
このような経緯で、タランはデスラーと合流するための艦隊集結に尽力した。実態のない部隊をでっち上げて一隻ずつ艦を移動させ、必要な資材を各補給基地から抽出する。既に放棄された基地を潜伏場所として整備する。ヒスとディッツの許可を得てやっているとは言え、己の権限で記録の改竄や物資の横流しを行うというのは、良心が咎めない筈もない。
人員の選定は輪をかけて慎重を期した。水準を満たす能力、秘密を他者に帰らすことのない口の堅さを持ち、前体制回帰派と繋がりのない人材となると、当然ながらその数は極々少数に留まる。機械化兵の比重が大きくなるのも、無理からぬことだった。
「諸君、出立の時が来た」
居並ぶ同志を前にタランは告げた。苦心して集めた艦隊が、いよいよデスラーの下に駆けつける。客将としてガトランティスに身を寄せているデスラーは、それを契機に独立を果たすのだ。
近隣を遊弋するガトランティスの機動部隊が任地を離れ、警戒が手薄になった時が機だと聞いていた。今、まさに想定していた通りの状況が整いつつある。
「我らが合流すべき相手は現在、ガトランティスに身を置いている。一隻でも先走ることがあれば、却って離脱を妨げることとなろう。独断は徹底して戒める。これを銘記せよ」
機に臨んで変に応ず。どれだけ想定しても、しすぎるということはなかった。恙無く合流を果たせば、そのまま監視を逃れつつ分散し、各潜伏場所に向かう。ガトランティスの動きが予想より早ければ、一戦交える覚悟を決めねばなるまい。
そして、特にタランにとって避けては通れぬことがある。”ヤマト"だ。ガトランティスの指令とデスラー自身の希望、恐らくその双方が"ヤマト"を狙っている。
デスラーが“ヤマト”を沈めたその時、タランはデスラーを処断しなければならない。
タランに密命が与えられた際、ヒスとディッツから幾度も念を押されたことだ。
”ヤマト"はガミラス民主政権立の直接的な契機であり、ガミラスと地球の同盟関係の象徴でもある。
前体制の具現であるデスラーが、その"ヤマト"を沈めようものならどうなるか。民主体制に慣れつつある臣民は混乱をきたし、回帰派は狂喜して大々的な工作を始めるだろう。地球で蠢動する、反同盟組織の暴走も懸念される。
デスラーが”ヤマト"撃沈に失敗する、そもそもそのつもりがないのであれば、それでよし。しかし、万が一が起きてしまった場合、政権として打つべき手は何か。
ガミラス史上最悪の独裁者、その地位を失ってなお両国の仲を引き裂く大罪人として、デスラーを討った事実を示さねばならないのだ。
進発用意のため同志が各艦に戻り、一人になった部屋でタランは思索に耽る。
かつての臣下に首を狙われ、大人しく差し出すような男ではない。差し違えることを前提で、ようやく討てるかどあかだろう。
できるのか?かつて大ガミラスに不朽の栄光をすと言じていたかっての主君を、兄の死に対し責任がある男を、己が手で殺めることができるか。
「どうしたものかな、兄さん」
その問いに答えるのは自分自身を置いて他にないことを、タランは知っていた。