何故だ。何故、こうも抜き差しならぬ事態となった。いや、原因は明らかだ。大帝の気紛れで力を与えられ、それを己の物と過信する男。帰る家なき流浪の青虫。異常事態の全ての咎は、デスラーにあるとミルは確信していた。
デスラーが"ヤマト"をわざと泳がせたこと、第八艦隊の処分を先延ばしにしたことが原因で、汚染の拡大がミルの予想を遥かに超えてきた。先だって確保したテレサの依代、惑星テレザートに至る航路に配した幾つもの機動部隊が、次々と持ち場を離れて急行してきている。大帝の爪牙たる者達が、ここまで蝕まれるなど。背中から撃たれたような気分に、ミルは襲われた。
このような筈では。果たすべき粛清は、数百へブロンを経ても終わることがないのでは。迷信じみた恐怖が、ミルの喉元を締めつける。
「ああ、見たまえ。あの原始惑星だよ」
座して愛銃を磨いていたデスラーは徐に立ち上がり、行手の原始惑星を指し示した。惑星になりつつある塵とガスの塊、それを囲繞する岩塊の群れが、俯瞰すると円盤の形を成している。
「ミサイルのジャンプを繰り返し、"ヤマト"をあそこに追い込んだ。こちらに向かいつつある機動部隊の存在は、あちらも探知しているだろう。我らのミサイルを警戒してもいるから、惑星を背として迎撃を選ぶ筈だ」
絶好の機を狙い澄まし、"大砲"で惑星を消し飛ばす。絶好の機とは、無論、"ヤマト"と汚染艦隊が爆心地に入った瞬間だ。
「獲物は小さく、そして光のように速い。狙い撃つことを諦め、破片と衝撃波で飲み込むことは決めていたよ」
「・・・・・・それで"ヤマト"は沈むと?」
「楽観はできないね」
もはや艦隊とすら呼べない敗残兵どもが、"ヤマト"の航跡を辿って現れた。二百五十万隻を算えた筈の大戦艦は、定数の十万分の一しか残存していない。それほどの失態を犯した指揮官が今なお、生きて雪辱の機を窺っているのだ。
宇宙の根幹をなす、不可侵の摂理そのものを穢しているとさえ、若きミルには思われた。
「まだ撃ちませんか?」
「汚染されたという各地の艦隊が参集するのはまだだ。君も、汚染源は一挙に、効率的に除きたいのだろう?」
誰のせいだ、という憤りを言葉にはせず、視線に変えてデスラーの横顔を睨みつける。涼しい笑みのままデスラーが見つめる先では、万全なものなど一隻もない大戦艦達が"ヤマト"追撃を続けていた。
減速もせず、艦首装甲を前面に押し出して岩塊を掻き分ける。"ヤマト"に向けるべき砲撃を、啓開に使うことすら惜しいのだろう。岩塊の密度がやや薄い一帯で、俄かに三隻の大戦艦が躍り出た。火と煙が立ち昇る砲塔は一つも動いていない。目を盲さんばかりのプラズマジェットの輝き。
大戦艦の質量と速度そのものを、"ヤマト"にぶつけようというのだ。既に死んでいる機関に鞭打っての加速は凄まじく、背を向ける"ヤマト"の迎撃すら封じ、衝突を果たすかとすら見えた。
"ヤマト"の後部砲塔が青く煌めく。飛び出した光条は大戦艦ではなく、その左手の巨大な岩塊に突き刺さった。爆風と破片の飛沫が、横合いから大戦艦を浚う。
針路を曲げたのはほんの一瞬だったが、加速する"ヤマト"は迎撃に適した間合いを、早くも確保していた。
競うように飛び出した光と噴射炎が、大戦艦に襲いかかる。青い奔流が、一隻を鼻面から串刺しにして真っ赤な爆炎に変え、左右から挟み込むように着弾した魚雷がもう一隻を真中から両断した。残る一隻は追走に夢中になるあまり、機関の限界すら見極められぬまま、自壊する最期を遂げる。
ミルは歯軋りを抑えられなくなっていた。
「あの艦隊の損耗は見ていられないほどだね。このままでは"ヤマト"を捕捉できなくなる」
「分かり切ったことだ。恃むべからざるものを策に組み込んだ、貴方の」
巨獣が唸る如き振動が両脚を駆け上がってくる。機関が出力を上げた証。見れば、デスラーの足下から、"大砲"の発射装置が迫り上がってくる。だが、この振動は"大砲"の発射態勢を意味するものではない。これはまるで……。
「さぁ、行こうか。ミル君」
何だと?問い質す声を上げられずにいると、宇宙が突然動き出した。輝く線となって後ろに流れてゆく星々。上下左右を満たし始める、岩塊の海。急転する光景と"ノイ・デウスーラ"の急加速に平衡感覚を弄ばれ、ミルは座席の背もたれに手をついた。
「何を、何をしている?」
「戦争だよ」
"ノイ・デウスーラ"は征く。四次元空間を震わす青い翼の羽ばたきが、岩と、熱と光とが入り乱れる戦場への道を拓く。その行手にいる艦の人間は、己が目で確かに見ている筈だ。眼前に現れた、因縁という名の青い巨影を。
「久しぶりだね、"ヤマト"の諸君」
それが相手に聞こえていることを疑いもしないように、デスラーは言った。
「馬鹿な!何故、どうして"ヤマト"の前に姿を晒した!?」
段階的に失われていたデスラーに対する礼節は絶無となり、ミルは敬語を使う必要すら見出し得なくなった。デスラーは狂したのか?否。この男は最初から狂っていた。戦域外から"大砲"で一掃する必勝の戦法を捨て、自ら渦中に躍り出るとは。
糾弾は届かない。デスラーは自らを座乗艦そのものと重ね、間近で"ヤマト"と相対しているつもりのようだ。"大砲"の発射装置を握る青い両手。滲み出る気はどこまでも禍々しい。
「砲雷撃戦用意。目標……"ヤマト"」
デスラーの命令一下、動力伝達を受け「血の巡った」砲塔が踊り出す。前方を指向できる両翼八基のガミラス式砲塔、長大な三本の砲身がそれぞれ波打ち、ただ一隻を狙い澄ます。"ヤマト"は応じるかのように舳先を左に転じ、五基の艦載砲全てをこちらに向けてきた。切先を突きつけ合う二隻。直進と円運動の反航戦。
先手を取って"ノイ・デウスーラ"が吼えた。赤色巨星と見紛う鮮烈な赤い輝き。投擲された光の槍は奔流と化し、途上の岩塊を砂塵に変えながら宇宙を切り裂く。しかし、捉えきれない。半瞬前まで"ヤマト"がいた空間を煮え立たせ、光条は宙空に消えた。
左方に回り込んでくる"ヤマト"を狙い続ける。砲身の一本一本に至るまでデスラーの執念が乗り移ったように、ビームを吐き出すことをやめようとしない。
こちらを左に捉えたまま回避し続ける"ヤマト"。一発が艦尾に直撃したかに見えたが、光の"防壁"を波立たせただけだ。
"ヤマト"の応射。螺旋を描く光が、赤い怒涛を断ち割りながら迫る。ミルは意識せぬまま一歩退いていた。
デスラーが両手に力を籠める。慣性制御でも打ち消し得ぬ激しい揺動が、ミルの視界を転回させた。外から"ノイ・デウスーラ"を見ることが叶えば、数百の噴射装置が魁偉な船体を傾けているのが分かる筈だ。"ヤマト"の砲撃を三発躱し、二発は入射角をずらすことで弾き逸らしている。
発射装置を操縦桿代わりにするだけで、これほど緻密な操舵ができる訳もない。脳波制御、加えて、各部署に配置される機械人形とのデータリンクを用いたものか。
左後方に回り込んだ"ヤマト"が舷側から放った八発の魚雷を認め、大小の輪胴砲塔が回転を始める。放たれる赤い光弾の豪雨は魚雷の全てを掻き消すように叩き落とし、"ヤマト"に降り注いだ。数えきれない波紋が"防壁"上で重なっては消える。その間も前進を止めず、間合いを取った"ノイ・デウスーラ"が、舶先を右後方に転じ始める。"ヤマト"の正面に出る方向だ。
方向転換を終え、十発の超巨大ミサイルを撃ち放つ。それは正面と左右から"ヤマト"に迫り、掴み潰すかのような弾道を描いていた。次は何をするつもりか。いずれかを突破した"ヤマト"を強襲しようというのか。
平衡感覚の失調は突然だった。一片の前触れもなく、ミルは地の底に突き落とされそうになる。そうではない。席にしがみついて、ミルは必死に艦の状況を窺った。ほぼ垂直の軌道を取り、"ノイ・デウスーラ"が急上昇していた。中のミルを置き去りにするほどの加速。
宇宙に上下の別はないが、艦は確かに大空を舞い上がり、"ヤマト"の頭上に踊り出ていた。剣山のように武装を満載した"ヤマト"の背。獲物を定めた猛禽の勢いで急迫する。
「全弾発射」
残存していた二十発のミサイル全てを叩き込む。一個艦隊すら粉微塵に吹き飛ばす火力の滝。前方からのミサイルを排除したばかりの"ヤマト"に、それに倍する雷撃が襲いかかる。
「そうだ、来い」
デスラーの言葉を聞くまでもなく、ミルは眼前に迫る"ヤマト"を見て、息を詰まらせそうになった。超巨大ミサイルの竜巻、その目に当たる箇所は確かに、発射した"ノイ・デウスーラ"そのものに他ならないだろう。それでも尚、迷いなく艦を急上昇させる"ヤマト"の指揮官の判断は、頬を張り飛ばされるような衝撃をミルに与えた。
その影はどんどん大きくなる。砲塔を唸らせながら、"ヤマト"が来る。両翼の主砲は間に合わない。艦橋を守る四基の小型砲が、来るべき交錯のために動き出す。歪んだ充実に満ちたデスラーの顔が、赤と青の光芒に染め上げられた。
たった一度の交錯、その瞬間に解き放たれた光と熱は尋常なものではなかったが、両者の足を止めるには至らない。"ヤマト"の防壁は至近からの砲撃を消耗しながらも耐えぬき、二基の小型砲を吹き飛ばされた"ノイ・デウスーラ”も、戦闘と航行には何ら支障が生じていない。当然だと微笑むデスラーは跳躍を命じ、四次元を貫く光の渦に船体を投じた。
交戦を始める前の座標に戻っている。"ヤマト"が追撃をかけてくるのではとの不安は、流石に杞憂だった。予期せぬ未知の敵に強襲されたこともあり、"ヤマト"は離脱を最優先とするようだ。
その行手を立ち塞ぐように次々と浮かび上がる光点。独断で持ち場を離れ駆けつけた、汚染された友軍だった。艦隊としての秩序も、統一された指揮系統もないのに、"ヤマト"を封じ込めるよう一斉に動き出す。敗残の大戦艦も追い縋っている。
今が、機だ。
「分かっているだろうな」
「勿論だとも」
先程から展開させている発射装置はそのままに、"大砲"を撃ち放つ秒読みが始まる。"ノイ・デウスーラ"の心臓部は、ガミラス製とガトランティス製の蔵合機関だ。次元跳躍を行った直後でも、機関に激しい負荷をかける"大砲"を使用できる。原始惑星を見はるかせば、"ヤマト"と各機動部隊が交戦状態に入っていた。
そうだ。せいぜい最後くらいは、"ヤマト"の足止めをして役に立ってみせろ。"大砲"による永遠の安息を、褒美にくれてやる。"ヤマト"と汚染艦隊を抹殺できれば、傍らの不快な王様気取りも用済みだ。期待と共にデスラーを横目に見ると、何かを手にしていた。銃ではない。より小さい、角ばった何か。
通信に用いる発声装置。それに気づいた瞬間、ミルは血の気を失った。
「やめろ!」
「奮戦するガトランティスの諸君に告げる。私は、大ガミラスのアベルト=デスラー」