総統の帰還   作:くコ:彡の本棚

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ACT4 そしてエピローグ

 あの青い巨艦の指揮官か。目視できないが、メーザーはそれを確信していた。

『大帝の御恩により新たな艦を与えられ、仇敵"ヤマト"を討つべく、ここに馳せ参じた。眼前の原始惑星を撃ち砕き、諸共に沈めてみせる。このまま戦い続ければ、巻き込まれる諸君らも無事では済まないだろう』

 火花の爆ぜる音に、度々通信を遮られる。無理に無理を重ねてきたメーザーの旗艦が、ついに限界を迎えつつあった。艦内各所で火災が発生し、消火に当たるべき機械人形も、半数以上が機能を停止している。

『だが、私はそれを止めはしない。我が砲撃によって虚しく散ろうとも、その前に"ヤマト"を沈めれば、その栄光は諸君のものだ。永遠の武名をこそ望むならば、戦うがいい。最後まで』

 一方的な通信が終わった。笑止な。何とも分かりきったことを言う。

「戦え!……戦え!」

 通信回線を駆けるメーザーの咆哮は命令などと呼べるものではなく、剥き出しの闘争本能そのものだった。一隻の大戦艦も発砲することはなく、ただ己の質量と速度を武器に"ヤマト”へ挑みかかる。

 分厚い岩塊の壁の向こうに、狙うべき"ヤマト"はいる。岩塊を避け損ねて爆沈する僚艦に、メーザーはもはや目もくれない。皆もその筈だ。ただ一隻、ただ一度、"ヤマト"に全てを叩き込むことができれば。第八艦隊の半壊が遂げられるのは、まさにその瞬間なのだ。

 見えた。"ヤマト"。放たれた砲弾は空母を貫き、ミサイルは蛇のように駆逐艦を追い回す。現れては消える火球の全てが、敢えなく沈められた友軍の成れの果てだろう。突貫してくる巡洋艦を砲弾で砕きながら、"ヤマト"は赤い光弾を周囲に放つ。

 主力兵装である青い陽電子ビームを使っていなかった。跳躍に備え、機関に負担が生じぬようにしているのだ。だとすれば堅牢な"防壁"も展開していないか、出力が下がっている筈。天佑だと、メーザーは思った。

 目指すものへ通ずる道は、今まさに拓かれた。心身が熱い。火災は艦橋直下にも及んでいるが、そうではない。内からどうしようもなく湧き上がる何かが、メーザーを一つの熱源にしていた。残る大戦艦は、ただ一隻。メーザーは突撃を下命する。

 衝撃は、真横から襲いかかってきた。驚愕を覚える間も与えぬ、反対側からの激震。

 何かが外装にぶつかった際のくぐもった金属音が上下左右から、一秒たりとも途絶えることなく響いて、メーザー達の聴覚を不気味に苛み続ける。船体の状態を示すモニター。執拗に、航行不能寸前にあると警告してくる。

「岩塊が」

 船外の監視についていた兵が青ざめている。四方から岩塊の群れに襲われるなど、あり得る筈もない。半ば停止していた噴射装置を酷使して、岩塊の群れを抜ける針路を取っていたというのに。"ヤマト"に視線を向け直したメーザーは、眼前の光景に凍りついた。

 決して目には見えない。しかし確かに、天体規模の竜巻がそこにはあった。原始惑星を中心として荒れ狂う岩塊の渦に、集結したガトランティス艦隊の全てが飲み込まれたのだ。ある巡洋艦は正面から岩に轢き潰され、ある空母は艦橋をもぎ取られて漂流し、またある駆逐艦は流れに抗えず、原始惑星へと落ちてゆく。

 嵐に遭遇した船の絶望と悲哀が、そこには広がっていた。

 そして何より言じ難いのは、"ヤマト"も同様に巻き込まれるどころか、凪いだ海に佇んでいるとすら思えるほど、静穏な状態にあることだ。何かに守られているというより、岩塊の方が"ヤマト"を避けているようではないか。

 あの艦は超常の力でもって、天候すら思うままに操れるのか?メーザーがあまりに馬鹿げた思考をしかけた時、旗艦の足が止まった。響き渡る悲鳴。推進部に直撃、炉心臨界の可能性大。艦橋の設備から散る火花、消える照明。

 そうした中で、"ヤマト"の艦尾から逆る噴射炎は、異様なまでの輝きを放っているように見えた。

「待て──」

 最後の武器である加速すらできなくなった大戦艦。跳躍のために増速し始めた"ヤマト"を、捕捉できる筈もない。目の前から去り行く影。思わず伸ばした手が、上げた声が、永遠に届かなくなったことをメーザーは知った。

 見上げると、光が見える。現れた光点を前に一度瞬きをすると、光は視界一杯に広がっていた。異様なまでの鮮烈さを湛えた大波が、行手の宇宙そのものを塗り潰してゆく。

 それは間違いなく、メーザーを迎えに来た光だった。

 

 己の手で創り出した"無"を、デスラーは見つめた。

 静かだ。そのことに、デスラーは素朴な違和感を覚えずにはいられない。つい先程まで、ここは砲火の入り乱れる戦場だった。舞台となった原始惑星、死闘を演じたガトランティス艦隊。微かな残滓を残して全てが消え散ったのは、偏にデスラー砲の引金を引いたためなのだ。

"ヤマト"はやはり生き延びてみせた。手心を加えたつもりはない。それでも、あの艦はしぶとく逃げ切ってみせるだろうと、心のどこかで知っていたような気がする。

 その手段も尋常なものではなかった。重力を制御するプローブを幾つかの岩塊に撃ち込み、動かすことで、原始惑星を囲繞する岩塊の群れの、軌道共鳴を操作してみせたのだ。地球(旧称:テロン)で言うところの「蝶の羽ばたきが竜巻を呼ぶ」現象だった。

 パターンなどない、非確実性に満ちた岩塊の運動を予測、操作しうるソフトウェアとは何か。かつて銀河の覇権を握った文明、その叡智が息づく遺産に他ならないだろう。銀河を越えて己が下に辿り着いた"ヤマト"に、彼女の託した……。

 突きつけられる気配にデスラーが振り向くと、ミルの手には銃が握られていた。

「私のやり方がそこまで気に障ったかね」

「口を開くな、汚染源が」

 ミルが憤慨するのも無理からぬことだ。ガトランティスの道義に背き、激情に支配された艦隊を粛清する筈の予定が大きく狂い、却って汚染を広げる結果となったのだから。道具であるデスラーの仕業ともなれば、尚更だろう。

 今、ミルにとっては、デスラーこそが最も危険で忌むべき汚染源に他ならなかった。

「飽き飽きだな」

「ああ、全くだ。だがそれももうすぐ終わる」

「そういうことではないよ」

 近しい者に銃口を向けられたのは、これで何度目のことだろう。あまりに回数を重ねてしまうと、ついには飽きてしまうものらしい。デスラーは己自身に失笑した。

 自分に銃を向けた者の顔と名前は、片手で数えられる程度にしか覚えていない。艦隊を糾合し、叛旗を翻さんと名乗りを上げた国家元帥。置き去りにした筈が、思わぬ場所で再会を果たしたジレル人の腹心。

 そして、兄の忘れ形見を産んだ女。

 ミルの銃口はデスラーに向けてぴたりと静止したまま、咆えることはない。デスラーにはよく分かる。頭では撃つと強く念じているのに、指がそれに従わないのだ。引金を引けば、死ぬのは自分の方ではないかと恐怖に縛られている。

"ノイ・デウスーラ"を取り囲む空間の鳴動を察知したミルが、困惑の色を浮かべて周囲を見渡す。機械化兵の「ゲシュ=タム・アウト反応」の声。四次元時空を繋ぐ孔から現れた幾つもの影、目玉が爛々と輝いていた。

「どうだね?これが、真の我が艦隊」

 勝ち誇りながら、デスラーもその数に些か驚いていた。赤い戦闘空母の姿まである。辺境にまで手を伸ばし、かき集めてきたのだろう。彼らの原動力が自分を求めてのものか、それとも今のガミラスに抱く不満か、本当のところを知る術はないが。

 戦闘空母から一隻の内火艇が飛び立ち、接舷を求めてきている。石のように立ち尽くしたミルの手から銃を取り上げながら、自ら会うとデスラーは伝えた。

 

 久方ぶりに顔を合わせたタランは、直角に右手を掲げるガミラス式最敬礼をデスラーに向けてくる。自分にこの姿勢を取る人間が、この宇宙にはまだいると知った。

 当然ながら、「総統ばんざい」の一言はない。そのことを考えた自分を、我ながら浅ましいとデスラーは思った。

「閣下におかれましては、ご壮健のようで」

 しかし、タランとは。自分の下に派遣される可能性のある人物の中で、最も高位の人間といえばこの男だろう。前にすると、デスラーは否応なく思い出す。心に巣食う後ろめたさから、逃れることはできないと。

「タラン。兄君のことだが」

「それについて言葉を交わすのは」

 これほど思かな切り出し方もなかったと、デスラーは自嘲する。少し考えれば分かることだ。

「全てが終わった後にいたしませんか。事は、始まったばかりです」

「……その通りだ」

 気まずさを紛らわそうとすれば、会話は自然と向後の作戦計画を中心とした実用的なものとなる。

 テレザートに通ずる航路に配置されていたガトランティス艦隊はほぼ残らず誘き出され、"ヤマト"の攻撃とデスラー砲によって沈んだ。汚染が拡大するように動いたデスラーの計画の眼目が、そこにある。

"ヤマト"は苦もなくテレザートに達するだろう。そこに展開するガトランティスを蹴散らし、テレサの解放を成し遂げることも期待していい。デスラーの艦隊がテレザートに現れるのは、まさにその時だ。

 優雅とも、勇壮とも到底言えない振る舞いなのは承知の上。卑怯者の汚名を甘受するだけの価値が、テレサという宇宙の神秘にはある。

 艦隊の編成、潜伏場所、予定針路についての話がひと段落すると、タランは艦橋からの景色に目をくれた。崩壊した原始惑星の残滓が漂う宙域、"ヤマト"に一矢報いんと足掻き続けた艦隊の終末の地。汚染源として抹殺を命じられていた彼らを利用した顛末は、既にタランに語っている。

「閣下の謀であったとはいえ、彼らも戦いの中で最期を遂げることができた訳ですな」

「この有様を見て、本心からそう思うのかね」

 デスラー砲に穿たれて空虚になった一帯は、アベルト=デスラーという男そのものだった。亡き兄のように、叔父のように、他者を導くだけの実というものがない。だから、仮初の希望だの栄光だのをでっち上げ、皆を駆り立てる。まるで張りぼてのような。

「分かってはおります」

 気軽な口調のようで、タランの顔は真剣そのものだった。

「我ら閣僚を含む臣民にとって、希望や救済とは、かつての貴方そのものだったのです。都合の良い思い込みだと、どこかで気づいていながら。貴方は皆を裏切らぬために努力と葛藤を重ねられたが、あるいはそれこそが一番の罪であるかもしれない」

 かつてバレラスで見た光景を思い出す。青い肌を持つ者、そうでない者も広場に群がり、総統と呼ばれていた自分の演説に、諸手を挙げて狂喜の声を響かせる。

 救い難いものの集合体、そう侮蔑した。衛星軌道からの一撃で、蒙を啓いてやらねばならないと思った。

 滅びゆく星にしがみつくだけの臣民を育てたのは、デスラー自身だった。全ての咎を星に転嫁して、罪悪感を紛らわそうとしていた自分を、デスラーはようやく見つめ直せるようになっていた。秘密を分かち合う、痛みと重圧から逃げ続けた弱さを。

「この航海の果てに、真なるガミラスの安寧があらんことを。このタラン、身命を擲ちましても」

 タランを乗せて乗艦に戻る内火艇を、デスラーは艦橋から見つめた。十分以上に信任に足る男。そうした者の真の敬意を勝ち取るのに、地道な積み重ねに勝る術はないだろう。

 

 テレザートの動静を窺える潜伏地点を目指し、デスラーはゲシュ=タム航法への移行を命じる。未だ見ぬ青き花咲く大地を目指し、"ノイ・デウスーラ"は嘶きを上げた。

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