オンロからの通信 ~Intermission   作:六位漱石斎正重

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 シェルパーソン(殻人)。それは心理学をベースに、薬物が生体に与える影響を研究対象とする薬力学を巧妙に組み合わせ構築された【条件付け】によって、緻密にコントロールされた『人間』である。
 彼らには有効な治療手段が見つからず、その多くが先天的肉体の欠陥によって、4歳まで生存する確率が2%以下と診断された人間ばかりだった。

 シェルパーソンの両親は、このまま安楽死させるか、肉体の一部を義体化した<中央諸世界>のシェルパーソンとして生存させるかという、過酷な二者択一を迫られたものの、最終的に彼ら自身の子を<中央諸世界>のサイボーグとして『捧げる』ことに同意する書類にサインせざるを得なかった。

 これは宇宙船をボディとする、シェルパーソンの一人であるヘルヴァという少女の一つの物語である。


第1話 エマージェンシーコール(緊急連絡)

 純白の船体を持つ一隻の宇宙船が、星系ヴェガ内を航行している。この宇宙船は通称ブレインシップと呼ばれる特殊な宇宙船で、船体内部に生身の人間が埋め込まれているサイボーグ船だった。

 

 『埋め込まれている』という言葉はなかなかに刺激的ではあるが、彼らシェルパーソンは、そのほとんどが、赤子の時にシェルパーソンになるための調整手術をうけており、【条件付け】と呼ばれる強力な心理学的技術により、なぜ自分はシェルの中にいるのかといった疑問を持たないように調整されていた。

 この【条件付け】は<中央諸世界>が持つ膨大な臨床結果をベースに、緻密に組み立て上げた強力な心理学的技術で、生身の人間であれば正気を失うような状態でも、全く気にならない心理状態にさせることができた。

 

 例えるなら、生まれた時から盲目の人間が、自分を取り巻く世界が暗黒に包まれているのを疑問には思わない、といった感覚に近いだろうか。彼らにはそもそも光という概念が存在しないからだ。

 

 だが、今まで目が見えていたのに、後天的な理由で目が見えなくなると話は違ってくる。人間は五感からの刺激の内、八割を視覚に頼っているという。

 今まで得てきた情報の多くをカットされるとなると、多くの人はそれに耐えられないだろう。そういった心情をすべてカット、あるいはそれを心の中から追い出す技術が【条件付け】なのだ。まさに恐るべき技術と言えよう。

 

 その宇宙船に埋め込まれている少女は『ヘルヴァ』という名前で、現在16歳になる。彼女は生誕時に重篤な肉体的欠陥をもって生まれてきた赤子だ。そのままでは4歳の誕生日を迎える可能性は絶望的で、彼女の両親は泣く泣く、彼女をシェルパーソンとして延命させる道を選び、自分の娘を永久に手放した。

 

 娘を手放すとはどういう意味か。それは娘の両親が単なる遺伝子上の存在になったという事だ。自身の娘が、シェルパーソン化される過程でいかにおぞましい外科的手術が施されるか、そんなことをわざわざ彼らに教えるのは生産性のない無意味な行為だ。

 

 それに<中央諸世界>の任務は、公にされない非合法なものも少なくない。その点、親子の情愛が任務遂行を困難にすることはあっても、その助けになることはあり得ない。

 シェルパーソンになった子供にとっても、その両親にとっても、シェルパーソンになる、という選択肢を取った時点で袂を分かつ方がお互いのためなのである。

 

 さて、シェルパーソンになったヘルヴァの話に戻そう。ヘルヴァのコールサインは『XH-834』、無論Hはヘルヴァの頭文字だ。彼女の船に乗り込む乗員が確定すると、Xの部分がその人物のイニシャルになる。彼女はブレインシップとしてすでにいくつかの任務に従事していた……

 

 惑星ヴァン・ゴッホの任務から3ヶ月が経過した。別れがあれば出会いもある。悲しみの後には喜びも来る。物理療法士シオダ達と別れてしばらくの間は、切なく、気がふさぎがちだったヘルヴァだったが、そんな彼女にも大きな転機が訪れたのだ。

 

 ついに彼女は新しいブローンを迎えたのだった。キラ・ファレルノヴァ・ミルスキー。くりくりしたアーモンド形の目に深緑色の瞳をもつ、この新しい快活なブローンは-自分の名前を、深みのあるアルトの声でそう伝えた。

 少々目つきがきついのを別にするのであれば……美しい、そういっても言い過ぎではなかった。シオダとは異なり、極めて機敏な動きで、若い女性らしい動作が印象的なブローンだった。

 

 だが、ヘルヴァにはどことははっきりとは説明できないものの、キラの言動に不穏で危険な衝動を感じ取った。しばらくの間、心に大きな傷を抱えていたシオダとチームを組んでいたせいもある。そしてヘルヴァ自身も深い心の傷がいまだに癒えぬままだった。だから、そういった心情に敏感だったせいなのかもしれない。

 

 ヘルヴァはなんとはなしに、この活発な動きのブローンとの付き合いが長くなることを予感してそのときは、詮索を避けた。

 シオダの場合は、どちらかというと、ヘルヴァのほうから話題を提供するのが常だったが、このキラという新しいブローンは、自分から進んで話しかけてきた。出会いの初日に、変なしこりを作りたくない。ヘルヴァはそう思った。

 

 その後もヘルヴァ達にはろくに休みは与えられなかったが、矢継ぎ早に課せられる任務をこなすうち、忙しいながらも充実した日々を重ねていくのだった。

 

 恒星系デネブの第3惑星Ann-Macにワクチンを届け、レグルス基地への帰還の途上、琴座の星系ヴェガ近辺を通過しようとした時だった。

 恒星ヴェガの強力な重力場が船体に与える影響、燃料消費効率や星系通過時間を考慮に入れながら、ヘルヴァが船の進路の再計算をしているさなかにそれは起った。

 

 となりの星系アニゴニ付近からEC (緊急連絡)がヘルヴァのコンソールに飛び込んできた。受信のための接続が完了する前に、発信者の名前を見てヘルヴァは胸が高鳴るのを感じた。

 

 忘れられない……忘れるはずもない。なつかしいあの声……重厚なバスバリトン……ハンサムだが、皮肉屋で、どことなく影があって。でも、自分の娘を世界で一番愛していて……オンロだった。

 

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