オンロからの通信 ~Intermission 作:六位漱石斎正重
そのオンロの急な連絡に驚きながらも、久しぶりの『チームメイト』の連絡に心を躍らせるヘルヴァだったが、久しぶりの彼との会話を楽しんだ後、突然の彼からの報告は思わずヘルヴァを絶句させてしまう、驚くべき内容が含まれていた。その驚くべき報告とは……
暗号通信強度を確認しながら、ヘルヴァは自分の視覚デバイス内に、星系アニゴニから送られてくる微弱な通信を動画として復元した。
動画はところどころ不鮮明だったが、星系アニゴニからこの船までの距離を考えると無理もないことだった。暗号解析のレベルを下げれば、もう少し画質が良くなるだろうが、ヘルヴァはそうする気は全くなかった。アニゴニとの通信過程で混在する可能性のあるコンピュータウィルスが電脳に侵入する可能性があるからだ。
ヘルヴァは強化チタニウムのシェル(殻)内に、生身の肉体が封印されており、さらにその周りには電磁バリアが張り巡らされている。このバリアは、ヘルヴァのシェルに触れようとする不心得者をミリ秒単位の時間で黒焦げにできるほど強力なものだった。
その上、堅固な宇宙船内部にそのシェルが格納されているとあっては、ヘルヴァを物理的に傷つけられる可能性はほぼゼロであるといってよかった。
ところが、通信を通してコンピュータウィルスを送り込まれると、せっかくの【無敵の要塞】の効果が発揮できない。従ってヘルヴァらシェルパーソンは、その教育課程でこれらの電脳防御技術を徹底的に叩き込まれる。
ヘルヴァは<中央諸世界>偵察医務局所属の宇宙船だったが、生体としてのウィルスの知識だけでなく、コンピュータウィルスの知識についても習熟する必要があった。コンピュータウィルスに感染し電脳がハックされた後、数百トンもの船体ごと地上に落下してくるような悲劇は、全体に避けねばならないからだ。
とにかく、自身の視覚デバイスに映し出される上級医務官オンロの姿を見て、ヘルヴァの心は懐かしさであふれていった。不鮮明な画面の向こうから深みのあるバスバリトンの声が聞こえる。
「ヘルヴァ、ひさしぶりだな」
「あら、誰かと思ったらオンロじゃないの!」
「小休憩している間に、たまたま星間航路図に『834』のナンバーを見かけてね。ダメもとで連絡してみたんだ」
3カ月ぶりにその懐かしい声を聞いたヘルヴァはウキウキした気分を努めて抑えながら、応答した。
「元気そうね」
「そうでもない……あれからドマン-デカラト再パターニング法の指導と人員の手配にかかりっきりでね。ほとんどまともに寝てないんだ……」
ドマン-デカラト再パターニング法とは、電気、マッサージなどを通して四肢を刺激し、従来可能であった動きを、繰り返し行うことで自律的に四肢の動きを再現させる機能を回復する物理療法の一種である。まあ一言で言うとリハビリの一種だ。
画面に映るオンロの顔に深い疲労が浮かんでいるのも気がかりだが、より一層ヘルヴァが気になったのは、ヘルヴァが想像する以上にオンロの声に力強さが欠けていたことだった。
ヘルヴァは<中央諸世界>の医務局偵察船として、患者や関係者のSL1(セキュリティーレベル1。一般公開されると国家安全に損害を与える可能性のあるもの)までの情報に、管理者の許可なしにアクセスする権限を与えられていた。
この上のSL2以上の機密情報にアクセスするには、ヘルヴァの功績は著しく不足していた。なんせ、一つの勲章さえ受け取っていない…そう任務中に負傷した兵士たちに贈られるPH(パープルハート。名誉戦傷章)でさえもだ。
もっとも、ヘルヴァはシェルパーソンだから、恐らく生涯PHを受け取ることはないだろう。
ヘルヴァはすぐにアニゴニの病院都市エルファーのオンロの勤務スケジュールと、健康状態の最新情報にすばやくアクセスし、オンロの体調を確認した。こういったチェックは、常に意識する前に自動的に行われた。これはもうヘルヴァの職業病といってもいいくらいだった。
ヘルヴァの思った通り、オンロは過度の睡眠不足に加え、深刻な疲労を積み重ねていた。それは、ヘルヴァが惑星ヴァン・ゴッホにいた時の彼の状態よりいっそう深刻な状態だった。
だが、眠れと言って素直に聞くオンロではなかった。彼は【中央】の上級医務官で、恐ろしいほどの重責を担っている。周りの看護士が気を利かせて眠るように進言しても、余計なことを言うなと激するだけなのはヘルヴァにはわかっていた。ヘルヴァは慎重に、だが、強い意志を込めて語りかけた。
「それはよくないわね、あなたは医務官なんだから。あなたが率先して眠るようにしないと、他の看護士達が眠れないじゃないの!」
「わかってるさ、だが人員がまるで足りてないんだ……全く、何度【中央】に増員の手配を申請しても人を寄こしやしない。【中央】の労働条件はひどいものさ!」
腹を立てながらそう話すオンロを見て、ヘルヴァはクスクス忍び笑いをした。オンロがそのまま話を続ける。
「そもそも私は休暇中だったのにな……上級医務官という名のプロレタリア(賃金労働者階級)なのさ、私は」
オンロらしい……ヘルヴァはそう思ってほほえんだ。まだ、3ヶ月しか経過していないのに、なぜこうも、なにもかもが懐かしく感じるのかしらと、ヘルヴァは思った。
「あいかわらず、あなたはニヒリスト(皮肉屋)なのね」
「ジョークだとよかったんだが、あいにく現実が揺るがないとなると、聖人君主でもニヒリストになろうというものだよ、ヘルヴァ」
オンロと話すうちに、ふと、ヘルヴァは小さな違和感を覚えた。これだけ話してシオダの話題が一つも出てこないのは、一体どういう了見なのかしら……ふと不安を感じてヘルヴァは、シオダの話題を自分から振ることにした。
「でも、あなたにはシオダがいるじゃない。宇宙病生存者の社会復帰計画は進行中なんでしょ?」
だが、ヘルヴァの予想に反して、オンロから返答はなかった。
「オンロ?」
「シオダは……っ……た」
ヘルヴァの聴覚デバイスの感知能力は、ソフトパーソンのそれをはるかに上回る。聞き違いがあるはずもない。だが、それでも何かの間違いかもしれない。いや、間違いであってほしかった。聞きなおす必要がある……ヘルヴァはそう思った。
「えっ?今なんて?」
「シオダは……亡くなった」
「っ!?」
ヘルヴァは胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。