オンロからの通信 ~Intermission   作:六位漱石斎正重

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 物理療法士シオダが死んだ。その恐るべき凶報に絶句するヘルヴァ。オンロにとっては娘の命の恩人であり、ヘルヴァにとっては『親友』だった。
 シオダが正式に偵察員の訓練課程を履修していたら、恐らく二人はこの上ないほど息の合ったパートナーとなっただろう。ヘルヴァには、それが実現しなかったことが残念に思えてならなかった。
 だが、凶報ばかりではなかった。オンロは希望にあふれるニュースをも同時に持ち込んでいたのだ。オンロがもたらした希望にあふれるニュースとは……



第3話 物理療法士シオダの死

 オンロから聞かされた話はヘルヴァにとって、とても平静で受け入れることのできない凶報だった。それでも、彼女はシオダの最後をどうしても知る必要があった。シオダはヘルヴァにとって、まさに数少ない『親友』と呼べる間柄だったからだ。

 

 そんな彼女の複雑な心情を推し量るべくもなく、オンロが話を続ける。

 

「物理療法士シオダは亡くなった。2ヶ月前のことだ。前から無理な仕事が祟って、身体の中はボロボロだったらしい。もう手の施しようがなかったんだ……」

 

 それを聞いたヘルヴァは何か言わなければならないと、思った。だが、一言も声を発することができなかった。

 

 ヘルヴァの返事を待たず、オンロが話を続ける。

 

「しかし、今思い返しても驚きを禁じ得ない……彼女が惑星メディアの出身だったのは聞いていた……だが、それでも信じがたいことに、彼女の死因は……多臓器不全、つまり……」

 

 オンロが話している途中で、ヘルヴァは割り込むように言葉をかぶせた。

 

「つまり、老衰ね……」

「君は知ってたのか!?」

 

 驚きのあまり、目玉が飛び出すのではないかとヘルヴァが心配するほど、オンロは目を見開いて叫んだ。

 

「ええ……以前、シオダがそれとなくほのめかすようなことを口にしたから……」

 

 ヘルヴァは、惑星ヴァン・ゴッホで宇宙病生存者の社会復帰計画の任務を一緒に遂行していた物理療法士シオダのかすれるようなつぶやきを思い出していた。

 

「わかるの……自分の身体の事だから……死にかけているのよ……たぶんね」

 

 シオダは確かにそう語った。怒りでも悲しみでもない、だが、諦観というのは言いすぎのような気もする。その時にシオダが顔に浮かべた表情は、ただ自分の運命を素直に受けとめることを決めた、そんな表情だった。

 

 ヘルヴァが回想していることに気付く様子もなく、オンロは話を続ける。

 

「一見、うら若い女性にしか見えなかったんだがな……だが、動きは機敏さを失っていたし、しばしば理由のない頑なさを示すこともあった。まるで、ダダをこねる子供か……あるいは、生活習慣を崩されるのを嫌う頑迷な老人のように……」

 

 そうささやくように力なく語ったオンロの悲し気な表情を見つめて、ヘルヴァは軽く唇をかんだ。

 

「いずれにせよ、私は有能な同僚であると同時に、娘の恩人でもある人を失ったわけだ……」

 

 それっきり黙りこくってしまったオンロのあとを引き継いで、ヘルヴァは言葉をつないだ。

 

「そして……私は【親友】を永遠に失ったというわけね」

 

 ジェナンを失ったとき、これ以上の悲しみは存在しないと思ったけど……悲しみに慣れるということはないのね。シェルパーソンとして長い年月を生きることを強いられた私は、これからもこのような悲しみを経験していかなければならないのかしら、そう考えてヘルヴァは気が重くなった。

 

 しばらく間が開いた後、ハッと我に返ってオンロはヘルヴァに語りかけた。

 

「悪いニュースばかりじゃない。明るいニュースもある」

 

 本当に明るいニュースだといいのだけれど……ヘルヴァは心の中でそう言った。

 

「私の娘のことだが…」

 

 そうだっ、なんで今まで忘れていたのかしらと、ヘルヴァはハッとしたが黙ったままオンロの次の報告を待った。

 

「もう今では他人の力を借りなくてもなんとか歩けるし……かろうじて言葉による意思疎通が可能になった」

 

 それを聞いたヘルヴァは幾分明るい表情を浮かべたが、そのあとのオンロの言葉を聞いて再び表情を曇らせた。

 

「もっとも、シオダが言ったように、野原で走り回るといったことは……恐らく二度とできない、とは思うがね……」

 

 ヘルヴァの想像に反して、オンロは自分の娘の状態にそれほどがっかりした様子は見せなかった。今まで、さんざんいろいろな治療法を試して、それらがことごとく効果を発揮しなかったのを知っているからなのかもしれない。

 片言でも会話ができ、自分の力で歩くことさえできる……これ以上の喜びがあろうか、という力強い表情を浮かべるオンロだった。

 

「そう……でも、あなたの娘さんが少しでも回復してよかったわ」

「私の娘は、まだ幸運な方だ。再パターニングが幾人かの患者に効果を及ぼしたのは事実だ。だが、残念ながら再パターニングが効果を発揮した患者は多くはないんだ。遅かったのさ、処置を行うのが……」

 

 この世界では、確実に有効な方法があるとわかっていても、『タイミング』という気まぐれなピエロが常に邪魔をする。ヘルヴァは黙ったまま、オンロの次の言葉を待った。

 

「考えても見ろよヘルヴァ……身体を全く動かすこともできず、意思表示もできない。そんな地獄が1カ月も半年も続く。まともな知性ならこの時点で耐えられずにゆっくりと神経回路が閉じていく……そして復帰は永久にできなくなる」

 

 高度な医学的知識を身につけていなくても、今のオンロの説明は十分な納得のいくものだった。オンロは悔しさをにじませるような表情で、吐き捨てるように言った。

 

「もう少し早くシオダの物理療法が受け入れられていれば!」

 

 オンロの肩がわずかに震えるのをヘルヴァは知覚デヴァイスの端にとらえた。この誇り高い男に、後悔でうち震える姿は似合わない……ヘルヴァは力を込めて語りかけた。

 

「あなたのせいじゃないわ! あなたもシオダも、最善の方法ではなかったかもしれないけれど……全力を尽くしたじゃない! あなたとシオダは最高のチームだった。あなたたちにできなかったことが他の人たちにできたと思って?」

 

 それを聞いたオンロはうつむいたまま、みじろぎもしなかったが、その内はっと我に返って、オンロは話し始めた。

 

「おっと、忘れてた。シオダから君へあてての遺言が2つある」

「遺言? シオダが私に?」

「ああ……」

 

 シオダが自身の死期を悟ったとしても、私宛に残すような遺言って何なのかしら、と訝るヘルヴァだったが、何も言わずオンロの次の言葉を待った。

 

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