オンロからの通信 ~Intermission   作:六位漱石斎正重

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 ヘルヴァにシオダ基金の運営をなかば押しつけられた形になった状況に憮然とするオンロ。ヘルヴァのような小娘に、一方的にしてやられたままでは居心地が悪い。オンロはこの生意気な小娘を少しばかり驚かせる形で、もう一つのニュースを切り出す。
 だが、このニュースを聞いてヘルヴァは激怒し、事態はオンロの想定外の状況に陥っていく。ヘルヴァを激怒させたニュースとは……



第6話 怒りの炎

 オンロの家系に『やられたらやり返す』という格言はなかったが、『やられてもやられっぱなしで黙っていろ』という格言もまた存在しなかった。オンロはこの生意気な小娘に小さな反撃をするつもりだった。オンロは十分にもったいつけながらヘルヴァに話しかけた。

 

「実は、さらにもう一つ厄介な問題があるのだが……」

「なーに? これ以上厄介な問題があるっていうの?」

「ああ、シオダの埋葬は既に終わった。生前、彼女が埋葬希望地を伝えていなかったこともあり、病院都市エルファー郊外の公共墓地に彼女は埋葬されている」

「そう……」

 

 ヘルヴァはそれ以上言うべき言葉を見つけられず黙り込んでしまった。

 

「ヘルヴァ……シオダは惑星メディア出身だったな?」

「ええ、いまさら何?」

 

 どういうつもりなの?オンロは何をいいたいのかしらとヘルヴァは訝った。

 

「彼女の外見が他の人たちとは異なり、老化に対する顕著な変化がなかったのも知っているな?」

「それがどうかしたの? シオダは亡くなったわ、いまさらそんなことを話題に持ち出して何のつもり?」

 

 オンロの口から意外な話が出て不機嫌さを隠すこともなくヘルヴァはそう言った。

 

「ああ……実はその『老化に対する顕著な変化がなかった』ことの秘密を探りたがっている、クソムシみたいな連中がシオダの墓を暴こうと政治家に圧力をかけているんだ……」

 

 それを聞いたヘルヴァは、オンロのあまりの衝撃的な報告に絶句してしまったが、なるべく平静を装って静かに彼に話しかけた。

 ヘルヴァは話はじめの時点では冷静な自分を自覚していたが、途中から憤怒の感情が心の中からあふれ出してくると、猛然と怒り狂って叫んだ。

 

「いいこと? そんなことは()()()私は許さないわよ? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」

 

 もしヘルヴァの自由になるデバイスがオンロの顔の近くにあったら、すぐにそのデバイスのコントロールを奪って彼の頬をしこたまなぐりつけただろう。そのような激しい火山噴火のような怒りだった。

 

 驚いたのはオンロだ。まずい! 切り口を間違えたか……この話をすることで、これからヘルヴァに行う提案を受諾させやすくするという胸算用だったが、完全に裏目に出てしまった。一瞬後悔するオンロだったが、なだめるようにヘルヴァに話しかけた。

 

「待て、ヘルヴァ落ち着け! 私の説明の仕方が悪かった!」

 

 だが、ヘルヴァの怒りは瞬時に臨界点を突破して、すでにオンロの声は耳に届いていなかった。それでもしばらくしてオンロの声が耳に届くようになったのは、今までに積み重ねてきた厳しい訓練と極度に発達した強力な殻心理学(シェルサイコロジー)による条件付けによるものなのだろうと、彼女の脳の冷静な部分はそのように判断した。

 

 抗いがたくしつこいほどに心に何重にもからみつくようなきつい条件付けが、ヘルヴァの激しい感情を強制的に抑えつけようとしているのを、彼女は自覚した。

 これほどの激しい怒りにかられたことは、ヘルヴァの記憶にある限りでは存在しなかったはずだが、何とか努めて冷静さを保ちつつ、抑えきれないマグマのような激しい怒りの感情を心の隙間からほとばしらせながら、言葉を絞りだすように再びヘルヴァは話し出した。

 

「なるほど、私は医務局所属の『華奢な』偵察船で非武装だわ……強固な防御シールドもなければ、戦艦に設置されているような大砲もないわ。でも、静止衛星軌道上で機動できる頭脳船って、かよわいソフトパーソンには想像もつかないこともできるのよ?」

 

 オンロはヘルヴァの言に不吉なものを感じて黙り込んだ。

 

「例えば、静止衛星軌道上から直径1kmの岩塊を地上に落下させたとするわ……」

 

 その努めて冷静なヘルヴァの言葉を聞いて、オンロはぞっとするような光景を頭の中に浮かべた。

 

「もの三十分もたたないうちに、落下速度は秒速十二kmを超えるわ。無論、大気の摩擦熱で岩塊はある程度削られるけど……」

 

 まるで摩擦熱で岩塊が削られることには、注意を払う意味がないといったようなあざけりの口調だった。殻心理学がうまく機能していなければ、ヘルヴァは激しく嘲笑しながらオンロを徹底的に挑発しただろう。

 物理的な力を伴わない相手への抑制されたあざけりは、怒りのエネルギー放出の一種の代償行為で、殻心理学でガチガチに縛られているヘルヴァには数少ないストレスの転換行為の一つだった。

 

「これほどの質量をもった岩塊が地表に激突したらどうなるか……故人の墓を暴くような人間の皮をかぶったケダモノが、自分自身で判断をする間もなく……また、なんとかする方法もなく、瞬時に蒸発させられることになるわね」

 

 彼女にはそんなことはできない! ()()()()()()()()()()()()……それは十分すぎるほどわかっているオンロだったが、コロナのような激しい高温の怒りをそのまま無理矢理氷に閉じ込めたようなヘルヴァのその話し方を聞いて、もしかすると……という想いをオンロは捨て切れずにいた。

 

「ヘルヴァ……」

「いい? 私が【条件付け】に縛られているからといってそういったことができないと考えていると、代償をそのちっぽけな命であがなうことになるわよ? 脅しじゃないわ! 私は、やるといったことはどんなことがあっても、絶対に実行するわよ!」

 

 潮時だ……怒りに震えながら、だが、できないのがわかっていて虚勢を張るしかない、つらそうなヘルヴァの話し方を聞いて、オンロはそう思った。

 

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