オンロからの通信 ~Intermission   作:六位漱石斎正重

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 シオダの墓を暴く者がいるですって!そんなことは絶対に容認できないわ、ふざけないでっ! 怒りで猛り狂うヘルヴァ。シオダの墓を守るためならどんな非合法な手段をも厭わないと彼女は宣言した。
 だが、高度に発達した殻心理学(シェルサイコロジー)の厳しい条件付けに縛られた彼女にはそんなことは不可能だと、誰よりも彼女自身が知っていたのだ。
 オンロはそんなヘルヴァの声の背後に、血の涙を流し虚勢を張るしかない悲しみに満ちた少女の姿をスクリーン越しに見たような想いだった。オンロは少々居心地の悪い思いをしながらも、頭脳船に対する【中央】の『既定の対応』をしなければならなかった……



第7話 少女の慟哭

 オンロは<中央諸世界>の上級医務官としていくつかの責務が課されていた。そのうちの一つが、機会があればそれを逃さずブレインシップのシェルパーソンに【心理的プレッシャー】をかけることだった。

 

 ここ数十年の間、何隻かのブレインシップが突如消息を絶つ事件が発生している。いわゆる【放浪船】がそれだ。世の中の多くの人々が誤解していることだが、シェルパーソンはロボットではない。生身の人間が硬質チタニウムのシェルに封入されている()()なのだ。

 

 強力な心理学的【条件付け】にがっちり心をつかまれて、気まぐれな行動ができないはずのブレインシップが、唐突に放浪船と化して行方をくらます。【中央】は、何としてもその理由をつかまなければならないのだった。

 一隻のブレインシップを建造するためには、世の人々の想像を絶する巨額の費用が掛かっている。ブレインシップがいなくなってしまいました、ではすまない経済的な理由が背後にあるのだ。

 

 堅固なシェルの中に封印されているシェルパーソンには、物理的なプレッシャーはかからない。仮にかかっているとしても【条件付け】によって、プレッシャーを感じないようにされている。

 ならば、放浪船になるきっかけは、心理的なプレッシャーしかないではないか、【中央】はそう考えていた。問題は、その心理的プレッシャーとはどの類のものか、だが……

 

「いい加減にしたまえ、XH! 君には、そんなことはできない()()だ!」

 

 そう厳しい声をオンロから投げかけられたヘルヴァは、思わず唇をキュッとかんだ。やはりオンロには見抜かれていた。

 

 彼は<中央緒世界>の医務局が任命した上級医務官だ。無能な人間を【中央】が上級医務官に任命することはありえない。上級医務官の任官率は偵察員のセレクション(選抜試験)を上回る難易度だ。

 

 上級医務官は例え不眠不休の状態であったとしても、最低72時間は医療行為を続けられるように訓練されている。さらに上級医務官は、自分の専門外の医療措置であっても、最低限の医療措置を患者に施す技術が必要とされる。

 そして簡単な医療器具がある状態で、少なくとも3日間は患者の生命を維持しなくてはならない。患者の容体を極端に悪化させたり、予後が悪化して重篤な障害を患者に残した場合は、即座に上級医務官のセレクションは中断される。そして、生涯二度と上級医務官のセレクションを受けることはできない。

 

「君はジェナンを失ったとき、難民護送船の船長の命令に反して恒星ラヴェルに船首をむけた。ガチガチに固められた殻心理学における強力な暗示。その上、ある程度の肉体への負担を無視して投与される強い薬物」

 

 オンロはしばらく黙って様子をうかがっていたが、ヘルヴァが黙り込んだまま言葉を発しないため、話を再開した。

 

「シェルパーソンではない私には想像する以外の方法がないし、私は脳科学の専門ではないが、恐らく、恒星ラヴェルに船首を向けると思考しただけでも気分が悪くなっただろうな……」

 

 オンロのその独り言のような話しぶりを聞いてヘルヴァは驚いた。彼は上級医務官の選抜試験を突破してきた極めて優秀な人物であることは間違いなかったが、それでもシェルパーソンに関する知識は彼らと接触する機会がなければ座学レベルにとどまっているはずだ。

 それにもかかわらず、ヘルヴァがその時置かれていた状況を正確に言い当てる彼に、改めて畏怖の念を覚えた。

 

 そんな彼女の内心をしるよしもなく、オンロは話を続けた。

 

「暗示による生理作用でサブスタンスPやブラジキニンが急速放出され、知覚末端神経のシナプスに受容されると、即座にパルスが脳に送られる。それと同時に、報酬系受容体のブロック……恐るべき容赦のない痛み、制御できない止まらない悪寒とすさまじい吐き気……まったく、無茶をする娘だな……」

 

 脳科学の専門ではないと言いつつも、正確な分析に基づいたオンロの指摘に、ヘルヴァはますますショックを受け黙り込んだ。

 

「だが、君はそれをやろうとして途中までとはいえ実行した。なんという恐るべき精神力だ! 『愛』がなければできない行為だ!」

 

 オンロの指摘した通りだった。あの時……ジェナンが死んでしまったとき、ヘルヴァ感じた感情は強い後悔と、何もできずにジェナンを目の前で死なせてしまった自分に対する激しい怒りだった。

 

 宇宙船になったシェルパーソンであるヘルヴァは、ロボット三原則というわけでもないが、船内の人間の生命を確実に保護し、可能な限り自身の船体を危険にさらさないよう『条件付け』によって厳しい心理的足かせをはめられている。

 例え思ったとしても、気まぐれで行動を起こせないように()()()()()のだ。その心理的足かせを無理やり引きちぎるようにして、恒星ラヴェルに船首を向けることができたのは、まさに『愛』以外の何物でもなかった。

 

「しかし、【中央】は君の()()を見逃さなかった……惑星ヴァン・ゴッホからレグルス基地に帰還した時、君は『調整』を受けたはずだ! もう、以前のような反逆は二度と起こせない……そうではないかね、XH?」

 

 そう言いながらもオンロは激しく後悔した。いい大人がやることではない……相手は高速に思考する頭脳船とは言え、まだ少女のような年齢だ。オンロはこういう言い方しかできない自分自身を、心底情けなく思った。

 

 それまで黙りこくっていたヘルヴァは、すがるような弱々しい声でオンロに話しかけた。

 

「お願い……オンロ……お願いよ……シオダの墓を暴くなんて卑しい行為を黙認しないでっ!」

 

 ヘルヴァは悲痛な声を絞り出すようにそう言った。

 

「確かに、私は『調整』を受けた。気まぐれでさえ、もうあんなマネはできない! こうして深呼吸すれば、どんな耐えがたいことも和らいで……時間がたてば、完全に忘れることさえできる。そのように私は()()()しまった!」

 

 ヘルヴァはそういうと、再び黙り込んだが、しばらくすると再び話を続けた。直前までの会話と異なり、次の言葉には力強さがこもっていた。

 

「でも、私が今、心の中で感じていることは『本物』だわ! 私は今の私の気持ちを失いたくないっ! 私は()()なのよっ!」

 

 それを聞いたオンロは、ちょっと()()が効きすぎたな……と、いささか居心地の悪い思いがした。

 

「なあ、XH……私が君をいびるために、こんな話をしたと思っているのか? 私たちはチームだったじゃないか……そして、私は今でも、私と君はチームだと思っている。残念なことにトリオからデュオになってしまったが……」

 

オンロはそう優しくヘルヴァに語りかけた。

 

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