『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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怖いか?激辛唐辛子入りチーズ山葵こしあん饅頭のことが……―①

 

『京谷堂』とは、菓子類を主に取り扱うチェーン店である。

『美味しくそして刺激的な菓子で日々に彩りを……』というコンセプトを基に、焼き菓子、砂糖菓子、果物加工品、餡子を使った饅頭や大福などなど多種多様な菓子をショーケース内に並べた小規模な店舗を多数展開している。この小規模店舗を多数展開する戦略で『どこにいっても京谷堂がある』という認知度の高さを利用し、現在では菓子取り扱い店舗の中で一般消費者認知度一位を誇る菓子業界のトップランナーだ。

 多数展開される店舗の中には規格化された菓子も勿論あるが、店舗独自の工夫を凝らしたオリジナル菓子を取り扱う店舗もあり、そういった菓子は京谷堂コンセプトの『刺激的な菓子』を主に意識しているとされている。

 

「ふん、ふん、ふふーん」

 

 ──さて。そんな京谷堂の判が押された紙袋を両手で抱えて小躍りをする、金色の瞳をした女がいる。

 場所は『都市』の聖堂、管理人宿舎。女……ノヴァク・金猫が居候中の質素な一軒家、そのリビングだ。日もまだ昇りきっていない午前の頃合い、宿舎の外──聖堂の方からは多くの人で賑わう喧騒が薄らと聞こえてくる。

 1977年6月某日。

 その日は日曜日。

 どこの街の聖堂でも主への信仰を捧げる神事(ミサ)の日だ。普段は厳かで静粛に包まれる聖堂も、日曜ばかりは祈りを捧げようと集まった人々で賑わいを見せる。

 

「ンフフ1日限定100個のお饅頭……王道のこしあんだ……出来立てほやほや、早起きして並んだ甲斐あったなー」

 

 そういうわけで、紙袋の中にあった饅頭の一つをとりだし、頭上高くに持ち上げて見上げる女に対し、声を掛ける者はいない。

 管理人宿舎の長である主席司祭の少女ツアワリ・桜花(オウカ)も、ノヴァクと共に居候中の身であり『世紀の聖女』と名高い修道士の少女アルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアルも、ミサのために聖堂の方に居るからだ。

 ……一か月ほど前からこの管理人宿舎にはもう一人の同居人がいるが、不得意な事務作業に追われているのか今日は私室から出てきていない。

 

「こっちはチョコ生ハムチーズイチゴ大福……! す、すげェ……『チョコ』に『生ハム』に『チーズ』に『イチゴ』……!? どんな味なのかまったく想像がつかない! 京谷堂すげー! 最先端いってるよ……饅頭界のファッションリーダーだよ!」

 

 だから大の饅頭好きなノヴァクの、それはもうキラキラと輝く黄金色の瞳を遮るものは何もなかった。女の細い手の内で、包み紙の中にあっても異様な存在感を放つ生ハム包みのチーズチョコイチゴ大福は、まるで宝石のような恭しい扱いを受けていた。

 あらゆる角度から饅頭と大福を観察しながら、しばらく「うひょー」だの、「はわわ……」だの、「むほほ……」だの、「おもち!」だの奇妙な声を上げていたノヴァクだったが、いよいよ実食の段階に移ろうとしたのだろう。ノヴァク・金猫が菓子を食べる時にだけ使う青色の小皿を取り出し、そこにそっと菓子を置いた。そして皿の中で光り輝く(ようにノヴァクからは見える)饅頭と大福を前に、女は合掌をした。

 

「おお……饅頭の神よ……今日も美味しい饅頭をありがとう……」

 

 不神信者であるノヴァク・金猫がしてみせた食前の祈りは、厳格な信仰者であるツアワリ・桜花が見れば気絶していたかもしれないほど極めて珍しいもの。祈りのあとで、女は饅頭へと手を伸ばしたが──。

 

「──ノヴァクさーん! ピザ焼きますよー!」

 

 はきはきとした、聞き心地のいい滑舌。若い少女の声音は喋り慣れている者がするような、空気を震わせるそれだ。主席司祭のツアワリが家の外から女に話しかけている。

 ここ最近、『都市』の聖堂ではミサの度にピザを焼いている。料理好きで信仰に篤いツアワリには、平べったくて丸い形をしたピザが、世界に光を降り注いでいる神──疑似恒星鏡《GHAPS》に似ていて縁起が良い物だと思えたらしい。

 料理好きなツアワリの作るピザの味が美味かったのもあり、その縁起の良さから『都市』では既に名物化しているようで、最近では日曜日になるどピザを焼く屋台まで街中で見かける。あの知る人ぞ知る名店『案月食堂』でもピザがメニュー表に並んだのだ。

 人気があるということはたくさんの人が求めるということ。ノヴァク・金猫も料理が出来るということで、ピザ焼き人員としてここ最近は日曜日の度にピザ生地をこねているのだった。

 

「……はーい! 今行くー!」

 

 二か月前までのノヴァク・金猫が見たら泡を吹いているかもしれないほどの従順さで、女は労働の時間を素直に受け入れていた。週七日休みだった年下少女のヒモ女も、労働の後に待っている菓子のうまさを知ってしまったのだ。

 名残惜しそうに机の上に置いた饅頭を眺めるも、

 

「働いた後に食べたら……たぶんもっとうまい! ……はずだよね」

 

 そう呟くとリビングを後にした。

 ──しばらくの後。寝静まったように静けさを取り戻したリビングの隣で、ごとごとと何か重々しい物音が響きだす。やがて物音の発生源は欠伸と共にリビングに入ってきた。

 

「ツアワリー? 金猫ー。セオ様ぁー……」

 

 女だ。凄まじく背が高く、引き締まった肉体を異様な圧をした筋肉で鎧う、ただそこにいるだけで誰もが気圧されるような女。だけど幼い顔つきに垂れ目の丸い瞳をして、うなじを晒す程度のショートヘアーをした、その女の名をニイナ・漁火(イサリビ)=スレイヴイレスパースリーと呼ぶ。

 身長193cm。

 体重456kg。

 家屋の階段を使えば床材を踏み抜き、気を抜くと大抵の椅子は座るだけで破壊する。重金属製の骨と超高密度人工筋肉を全身に移植した異端審問官(スレイヴイレスパースリー)。『教会の剣』、人間でなくなったことで人権を喪失し殺人権を獲得した、世界で三人だけの異端審問官……。

 

「……む。誰もいないのか。そうか、日曜日、ミサか……。しまったな、夜遅くまで仕事で寝坊するなんて……」

 

 漁火は、後頭部に寝ぐせを付けたままリビングを寝ぼけ眼で見まわしていた。重々しい肩書きには似合わない曖昧な目の動きはどう見ても寝起きのそれだ。

 

「はあ。主への信仰も慣れない事務処理には勝てないな……どうしてこう、人は書類が好きなんだ? 私の判子に何の意味があるんだ……」

 

 ぶつくさ呟いている女のお腹が、いきなり『きゅうー』と鳴った。背の高さに似合わず可愛らしい空腹の鐘の音に、漁火は苦しそうにお腹を押さえる。

 

「お腹すいたな……」

 

 女のこげ茶色をした瞳はテーブルの上に置かれた小皿に向かった。そこにはなかなかどうして丸くて柔らかそうな饅頭と大福が一個ずつある。

 

「饅頭、か」

 

 ──ふわああ、と。喉奥からあふれ出た欠伸と共に、漁火の節くれだった大きな手が饅頭と大福を同時に掴んだ。そのまま実に自然な動きで開けたままの口へと二つの菓子を放り込むと。

『もぐもぐもぐ』。

『……ごくん』。

 

「んー。変な味だなあ……」

 

 ぺろりと唇を舐めた女が、少しは眠気の飛んだ目つきでさらに辺りを見回す。背の高さ、鍛え上げられた肉体の通り、漁火は燃費が悪い。舌の上にまだ残っている餡子由来の甘味と色んなものが混ざった変な味を感じ取りつつ、くんくんと鼻を鳴らす。犬みたいな仕草をして、漁火の嗅覚は家の外から流れ込んでくる『いい匂い』に気付いた。

 

「む……! なにやら香ばしい匂いがするぞ!」

 

 炊いた白米も5合程度ならぺろりと平らげる大飯喰らいが漁火だ。可愛らしいサイズをした饅頭二つのことなど胃袋に納まった時点で忘却の彼方だった。

 美味そうな匂いに釣られて漁火が家を出て、そして────。

 そして……事件は起こった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ミサの後である。今日も盛況に終わった神事にホクホク顔のツアワリ、セオと共に、調理器具を家まで運び終えたノヴァクはリビングに挙がった瞬間……真顔になった。

 

「──ない」

 

 調理器具を台所に置いてから、女はふらふらとテーブルの前に立った。ノヴァクの凝視する先はただ一点のみ。青い小皿の上に『あったはずの饅頭と大福』だ。

 その、あまりに感情味を失った一言に、手を洗い終えたツアワリとセオが顔を上げる。

 

「どうしたのですか? ノバさん」

 

 何事にも興味津々だと言わんばかりに輝くセオの瞳は、自分より頭一つ分背の高い女を見上げた。声を掛けられたノヴァクがゆらりと振り向く。ふらふらと歩きだした女は何故かセオの背後に回った。少女がきょとんと小首を傾げれば、被っていたウィンプルの中で、丁寧に編まれた亜麻色の太い三つ編みが少しだけ揺れて──。

 

「ない、ない、ない……」

「ノバさん?」

「ない……!」

「きゃっ」

 

 女は14歳の少女が被るウィンプルをいきなり持ち上げ、その中に顔を突っ込んだ! 

 リビングに差し込む陽光を吸い込み艶々と輝く栗毛に、鼻先を埋めるほどに背を折り曲げている。今までになかった突然の奇行には何があっても微笑を絶やさない『世紀の聖女』と言えどさすがに顔を真っ赤にした。

 

「の、ノバさんノバさん、私の服の中に探し物があるのですか……?」

 

 頬も耳先も首筋まで林檎のように赤くなったセオは、それでも怒ったりすることはなく、羞恥で身を縮み上がらせながらもその場から動かない。何なら背後のノヴァクへ向けて困ったように照れたように微笑みまで浮かべているのは聖女としか言いようがない。

 そうやって女の行いの理由を問う、緊張から薄らと汗まで浮かべている少女の問いに普段ならばしっかりと応えるはずの女は、

 

「ない! ない! ない!!!!」

 

 などと狂ったように同じ言葉を呟きながら、セオから離れて同じく14歳の少女──台所に居るツアワリの下へと駆けだした。

 

「ノバさん──?」

「ちょッ、な、なんですか急に!」

 

 突然の奇行その2に、肩を跳ね上げた猫目の少女。曲がったことが嫌いだと言わんばかりに癖のない黒髪がサラサラと吊られて揺れて、司祭としてきっちり着込んだ黒の祭服(キャソック)の裾が跳ねる。

 ツアワリが身構える中、ドドドと足音を立てて走り寄った女は──いきなり身を低くした。そのまま疾走の勢いを殺さずに両膝で床を滑り、つる────と滑らかな駆動で制動をかける。

 その、体の動かし方を熟知している者が見せる挙動。突然のことに司祭の少女は反応できない。

 そのままノヴァクは膝で綺麗に床を滑り、ツアワリの着る祭服、その裾の間に……つまり膝の間に頭を突っ込んだ。

『すぽり』と。

 それはもう『すっぽり』と。

 

「な、な──!?」

「ないよー!」

「ちょッ、ど、どこに頭突っ込んでるんですか!」

 

 その生真面目さから『だめな大人』ことノヴァクを叱ってばかりのツアワリも、さすがに顔を真っ赤にして怒り狂った。怒り狂う……というよりもいきなり膝の間に現れた人の頭の感触、服越しに伝わる人の体温に、心拍数が一気に跳ね上がっていた。

 そしてツアワリは怒りや羞恥以上に、まずい、と思った。

 何がまずいかと言えば、ノヴァクの背後で呆然としているセオだ。

 

「ノバさん……?」

 

 大事な人に裏切られたような、大事な宝物を取り上げられてしまった子供のような、空白の表情で目を瞠っているのが非常にまずい。気がする。

 

「いいから! 離れて! ください!」

 

 どうにか女を引き剝がす。未だに硬直しているセオの前でツアワリは多少なりとも冷静さを取り戻していた。怒り以上に責任感で場を収めようと、半狂乱のノヴァクの両肩を掴んで揺らす。

 

「一体どうしたんですか急に。いつもはここまで頭のおかしい人じゃなかったじゃないですか!」

「だってないんだよツアワリちゃん! 私のお饅頭が!」

「………………お饅頭?」

 

 そこで声を上げたのは、遅れてリビングに入ってきた漁火だった。満足そうにお腹を撫でさすりながら目を細めていた女は、床に膝を突いて項垂れるノヴァクの一言に、ついといった様子で反応した。

 

「……まさか、机の上においてあったやつか?」

 

 ようやく多少は冷静になったのだろう。涙目で鼻をぐずらせながらも、ノヴァクがコクコクと頷く。

 

「うん。1日限定100個のこしあん饅頭と、新フレーバーのチョコ生ハムチーズイチゴ大福……」

「……」

 

 漁火の、腹を撫でる動きがピタリと止まった。

 

「もしかしてあの青い小皿の上にあったんですか?」

「そうなんだ。今日、がんばって早起きしたんだ。京谷堂の新作って開店前から行列ができるから……新作フレーバーと1日限定の饅頭、働いた後ならもっと美味しいかなって……なのにワクワクしながら戻ったらなくて……」

「……」

 

 漁火の垂れ目が静かに自分の腹部へと向いた。

 

「そ、そういう理由だったのですね。ノバさん可哀想です……」

「ううう、セオさーん!」

「あら。よしよし、よしよし」

「ウウー!」

「……」

 

 漁火の全身から、ぶわ、と一斉に汗が流れだした。

 

「………………スゥーッ」

「ニイナ? さっきからどうしたの?」

 

 普段と違って挙動不審な漁火に、生まれた頃から付き合いがあるツアワリが目を向ける。

 女の顔は既に青い。

 

「──変なものでも食べた?」

「い、いいいいいいいいいやいやいや変なものではなかったぞうん変なものなんかじゃなかった決してへんなものではなかったんだ変なものでは!」

「急にどうしたの……?」

「………………………………………………へんなもの?」

 

 突然の早口に、その内容に、14歳の聖女に縋りついて泣いていたノヴァクが顔を上げる。聖母の笑みをしたセオに背中を撫でさすられながらも、漁火へと向けた金色の瞳に浮かぶものは『疑念』そのもの。

 

「……漁火? まさか……」

「す、すまない」

 

 ガタイのいい女が、観念した様子で目を瞑った。

 

「漁火……!」

「すまん。本当にすまん。腹が……減ってて……」

「漁火ッ!」

「実を言うとチョコ生ハムチーズイチゴ大福はあまり美味くなかったぞ」

「────」

 

 ノヴァク・金猫は感情豊かで表情豊かな女である。笑いたいときは笑い、怒りたい時は怒り、不満がある時は不満そうな表情をする。ころころと表情が変わる様、その表情金の柔らかさは大人だというのに子供っぽいところがある──などとツアワリは勝手に思っていたりする。

 そんな女が。

 ……『無』だ。

 ノヴァク・金猫の表情が、こそげ落ちたように空白だった。

 

「ゆ」

 

 女が力を無くしてその場に倒れた。セオが支えようとするが起き上がろうという意志のない女は、床に仰向けになったままぴくりともしない。ピザ生地を捏ねていたから後ろで一つに結んでいた女の髪が、萎びたように床を這う。

 

「ゆ?」

「ゆ、ゆ、ゆっ」

 

 曖昧に天井を見つめていた女の両目は、不気味な呟きと共に、徐々に力を取り戻していき──。

 そして。

 唐突に。

 

「ゆるさーんッッッ!!!!」

 

 怒りの爆発──あふれ出るエネルギーのままに体を跳ね上げ──その場で三点倒立をしたッ! 

 

「復讐してやるッッッ!!!!」

「──仰臥位からのノーモーション三点倒立報復宣言!?」

 

 女の驚異的な体の柔らかさ、身軽さに漁火が目を瞠る。

 

「ノヴァクさん。寝っ転がるならベッドの上にしてくださいね」

「ノバさんノバさん、床でゴロゴロするのはお行儀が悪いですよ」

 

 少女二人はというと奇行120%状態のノヴァクに呆れかえっている。

 未だに三点倒立のまま漁火を睨む女の視線に、その凄まじい眼力に、漁火は怯んだ。口端にチーズの欠片を付けながら焦った様子で口走る。

 

「この事件…………解決できない……!」

「漁火が大食いなだけでしょ!」

「今日も平和ですねー」

 

 

 

 

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