『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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怖いか?激辛唐辛子入りチーズ山葵こしあん饅頭のことが……―②

 

 

 深夜。

 97年間一度として雨が降らない夜空とはつまり、97年間一度としてそこに雲が無いことを意味する。衛星を持たないこの惑星は、恒星の輝きを反射する灯りの類もなく、また、ボイド空間に星が生成されている都合上夜空を彩る星々の瞬きというものも存在しない。

 圧倒的な虚空の黒。

 灯りがなければ出歩く者など滅多にいない、そういう時間。

 『都市』の聖堂から管理人宿舎へ至る道で、ごそごそと作業をする者がいた。その手に持つ物は大型のシャベル。ガツガツと土を掘る女の眼は、爛々とした輝きで黄金色の光を放っている……。

 

 

 ◇

 

 

 

 さて、数時間後の早朝。二人の少女――セオとツアワリが管理人宿舎の玄関扉から外へ出た。向かう先は聖堂。敬虔な信仰者である二人は決まって同じ時間に起き、同じ時間に朝の礼拝を欠かさない。

 並んで歩いている同い年の二人は、歩いて数分程度の道中を雑談と共に過ごす。今日の話題はと言えば……。

 

「うーん。結局ノヴァクさん、昨日はあれ以降へんなことしなかったですね」

「ノバさんのことです。きっと何か変なことを考えているのだと思います」

「厄介なトラブルを起こさないといいんですけど……」

 

 昨日、楽しみにしていた饅頭を他人に食われ、復讐を宣言したノヴァク・金猫についてだ。話題に事欠かない女が大っぴらに何事かを起こそうと宣っているのだから、それを諫める立場の主席司祭としては頭が痛い――ツアワリは自然と出来た眉間の皺を撫でて解す。

 

「今日も平和な一日でありますように……」

 

 歩きながら手を組み合わせ、簡単な祈りを呟いた。そんな折である。

 

「――おーい! そこの二人! ストーップ!」

 

 声はすぐ前方。……いや、前方斜め下からだ。管理人宿舎から聖堂へと繋がる道は黒い土で踏み固められた簡易なもので、勿論道の下に空間などないはずだが。

 ツアワリが声の主を探すより先に、セオの方が見知った女声の姿を確認した。 

 

「あらノバさん。道に穴を掘って何をしているのですか?」

「落とし穴作ってる!」

「早速平和な一日じゃなくなりましたね!」

 

 ツッコミを入れながらツアワリもノヴァクの姿をようやく認識する。

 ……言葉の通り、女はどうやら落とし穴を掘っている最中らしい。ひょこりと穴の中から後頭部を出して、今も穴から土を掘りだしている。黒い土に穴を掘るものだから女の(・・)姿は(・・)非常(・・)に認(・・)識し(・・)づらい(・・・)

 穴の縁に立つ。深さで言えば1.5メートル程度だろうか。横幅はさほど広くなく、人ひとりがすっぽりと埋まってしまう形だ。

 よくよく見れば周囲には似たような穴が既にたくさん掘ってあった。

 

「ちなみになぜ落とし穴を?」

「漁火に食べ物の怨みは大きいってことを教えてあげるんだ」

「セオ様。こういうのをだめな大人って言うんですよ」

「どこで性根が曲がってしまったのでしょうか……」

「なんか最近2人とも私にひどくない?」

 

 言いつつ満足いくまで掘り終えたのか、ノヴァクがシャベルを持って穴から這い出てきた。体に着いた土汚れを手で払いつつ、女は誇らしげに胸を張っている。大人の女だというのに子供っぽい表情をする辺り、さほど怒っているようには見えないが。

 

「こんな落とし穴にニイナが引っかかるかなあ」

「もちろん私も漁火を見くびってないからね。これだけたくさん穴を掘ったのには訳があるんだよツアワリちゃん」

 

 ノヴァクは道の脇から黒い布を持ってきた。2メートル角程度の布で、かなりの数だ。それを落とし穴それぞれに被せていくが、幾つかの穴は塞がずに放置していた。

 

「見えてる罠があると、人の意識ってそっちにばかり傾くよね。だから避けた先に本命の罠があれば……ズボッ! って感じ。どうどう? この完璧な作戦!」

「カスい復讐ですね」

「仕返しの仕方が陰湿でねちっこいです……」

「か、カス……!? ……二人とも色々言いたいことがあることはわかる! でも夜通し頑張って穴を掘った私の努力というものがあり、昨日頑張って早起きして手に入れた饅頭を味わえなかった怒り怨みというものがあるんだ!」

 

 お願い見逃して! と両手を顔の前で合わせてこちらを拝んでくる情けない大人の女の姿に、ツアワリは大きなため息を吐いた。隣の、なんだかんだノヴァクに激甘な聖女セオも。右頬に手を当てて困り顔だ。

 

「どうしたものでしょうか。ニイナさんがノバさんのお饅頭を食べてしまったのは事実ですし、とはいえここまで大掛かりな仕返しをされるほどではないような気も……」

「……まあ、いいんじゃないですかセオ様。ノヴァクさんの気が済むまでやれば」

「えっ! ツアワリちゃん……!」

 

 普段ならノヴァクのやる馬鹿でアホな所業をこっぴどく叱る側であるツアワリが、呆れかえっているとはいえ黙認する形を取っている。それがよほど意外だったのか、女の瞳はキラキラと輝いていた。

 

「いいのですか? ニイナさん、そろそろ朝のお祈りに来ると思いますけど……」

「見てればわかりますよ」

「ツアワリちゃん……! 好き……!」

「あーはいはい。ほらほら、そろそろニイナも家を出る頃ですよ。あの岩の陰に隠れましょう」

 

 ツアワリは道から外れた所にある大きな岩を指差した。先代の頃に掘り返そうとしたそうだが、地中部分が想像以上に巨大だったそうで結局放置されているという岩だ。ちょうど陰に隠れてしまえば、道からは見えなくなる。

 三人で岩の裏に回ると、丁度いいタイミングで管理人宿舎の扉が開いた。そこから『ぬっ』と姿を現したのは背の高い女だ。子供っぽい顔立ちのまま背だけが異常なほど伸びてしまったような印象を受ける、童顔でショートヘアーの女――名を、ニイナ・漁火(イサリビ)=スレイヴイレスパースリー。

 異端審問官で、神事監察官で、昨日ノヴァクが楽しみにしていた饅頭を食べてしまった張本人だ。

 

「おっ来た来た。漁火のやつ、朝弱いくせして徹夜でもしないと朝のお祈りは欠かさないんだよなー」

「それだけ勤勉で真摯な信仰者ということですよ」

「ニイナさんは夜遅くまで私室で書類作業をしているのですよね? ご立派なことだと思います」

 

 ひそひそ小言で囁き合う中、女は眠気眼のまま、かなり怪しい足取りで前へと進んでいる。昨日も夜遅くまで慣れない事務作業と格闘していたのだろう。女の手指にはあちこちインクらしき黒い汚れがそのままだった。

 

「まったくもう。あれだけ夜更かしはするなっていつも言ってるのに……」

「ツアワリちゃんって漁火のお姉さんみたいだよね」

「放っておけないんです。ほら見てください、あんなに瞼を閉じたまま歩いたら転ぶに決まってるじゃないですか。ああもうあんなに大きく口を開けて欠伸なんかして……朝起きたらまず顔を洗ってっていつも言ってるのに!」

「……お姉さんというよりもママ?」

「ツアワリさんお母さんみたいです!」

 

 などと喋っているうち、いよいよ漁火が落とし穴ゾーンへ近づいた。ノヴァクがわざと隠さなかった落とし穴は道の真ん中、その左右を挟む格好の三つ。更にその間を埋めるように覆い隠した落とし穴が配置されている。

 

「ンフフ寝起きでぽやぽやした頭じゃ、目の前の落とし穴にばかり注意が行って普段なら気付く隠し落とし穴にズッポシ嵌まるに違いない!」

 

 隣の女がしめしめニヤニヤ笑っている。呆れすぎて何も言えないツアワリの見る先、漁火はふらふらと落とし穴へと近寄り。

 落とし穴の存在に気付かずそのまま『見えている落とし穴』へと左足を踏み込んだ!

 

「ね、寝ぼけすぎでしょー!」

 

 小声で叫ぶという器用な小技を披露したノヴァクは、その目を次の瞬間には驚愕で見開くことになる。

 ふらりと揺れる大柄な体。

 そのままバランスを崩し穴の中へ落ちるかというその時――

 

「ん……?」

 

 踏みしめるべき大地の感覚がないことを本能で察したらしい漁火の右足首が、唐突かつ一気に折り畳まれた。一瞬で大股歩きに変じた歩幅は、その長い脚も相まって悠々と落とし穴を跨ぎ、あるべき大地へと着こうとするが。

 

「――甘い! それくらいは想定内だよ!」

 

 ノヴァクのひん曲がった性根は、稀有な“読み”の才能で『見えている落とし穴』の奥に『見えない落とし穴』を配置していた。漁火の左足は黒い布を踏み抜き――直後である。

 

「んん……?」

 

 またしても確かな感覚がないことを瞬時に理解した女が、大股歩きに開き切った歩幅のまま左足首で地を蹴った。

 その挙動に使えた部位は僅かに足首一つだけ。

 だというのに、漁火の足元にあった土くれが一斉に爆ぜた(・・・)

 『ドゴォッ!』という轟音と共に土が空へと舞い上がり、女の肉体は一挙に十メートル以上を跳躍する。

 

「――――」

 

 人間離れした挙動に、ノヴァクが呆然と口を開けていた。そうしている間にも漁火は何てことのないように着地して、

 

「なんだ……? モグラか?」

 

 そう呟くと、まだ寝ぼけているらしい覚束ない足取りのまま聖堂へと歩いていった。

 

「漁火あいつジャイロセンサーでも積んでるのか……!?」

「じゃいろせんさー?」

 

 と、首を傾げるセオ。ツアワリにも言葉の意味は分からない。

 

「まあ何にせよ、ニイナにこういう類の嫌がらせは通じないことがよくわかったと思います」

「ぐ、ぐぐぐ……!」

「ノヴァクさん落とし穴は元に戻しておいてくださいね」

 

 漁火の身体能力からこうなることが分かっていたツアワリが平淡にそう言うと、実に悔しそうにしながらもノヴァクは穴を元に戻す作業に取り掛かった。

 セオとツアワリが朝の礼拝を終え、先に礼拝堂にいた漁火と共に宿舎へ戻る途中もノヴァクはまだ落とし穴を修復中だった。

 

「き、金猫。何をしてるんだ?」

 

 目も覚め切った漁火が、シャベルを使って土を被せているノヴァクの背中にそう声を掛けるが、

 

「なんでもない! 穴を埋めたい気分なの!」

「そ、そうか。……あのな、昨日の事なんだが」

「――漁火が何を言おうとあの時のお饅頭は二度と戻ってこないんだ、お饅頭はもう帰ってこないんだ、お饅頭はあの時泣いていたんだ……」

「う……」

 

 怨念じみた独り言に、意を決した様子の漁火は何も言えなくなってしまっていた。

 

「ほらニイナ。ノヴァクさんは穴埋め作業で忙しいから、話はあと!」

「あ、ああ。うん。そんなに手を引っ張らなくても歩けるから……」

 

 どこか気落ちした様子の漁火を引っ張る形で連れて歩くツアワリに、横に並ぶセオが耳打ちをする。

 

「結構根深い感じでしょうか?」

「結構根深い感じですね」

 

 ノヴァクの怒りについてである。

 『一日寝れば昨日の怨みは忘れられます』みたいな顔で笑うノヴァク・金猫という女は、意外なことにも根に持つタイプらしい。ツアワリにとっての意外な発見は、セオにとっても同じなようだ。

 あまり長引いてほしくないのだろう。栗毛の少女の横顔には不安の憂いがある。

 

「でも、見守っていればいいと思いますよ」

「……ツアワリさんには何か考えがあるのですか? お二人を仲直りさせる方法が?」

 

 考えというほどのものでもない。ただ、知っていることがあるというだけだ。

 

「見ていれば分かります」

「はあ。……ツアワリさんの仰ることなら、信じる他ありませんね」

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 同日。昼下がり。

 主席司祭としての業務に一旦区切りをつけたツアワリが管理人宿舎のリビングで本を読んでいると、紙袋を提げたノヴァクが現れた。

 

「ノヴァクさん。穴埋め終わったと思ったらいなくなって、どこへ行ってたんですか?」

「ンフフ……知りたい?」

「知りたくないですけど」

「知りたいなら仕方ない! これは客のオーダーメイドに応えてくれる菓子職人が作ったお饅頭です!」

 

 人の話を聞かずにノヴァクが紙袋から取り出したのは、見てくれは何の変哲もない饅頭だった。白い餅皮の中はどうせろくなものではないのだろう。 

 

「ンフフただのお饅頭じゃないよ、これは餡子の代わりにわさびが入ってるんだ……!」

「カスの発想ですよノヴァクさん」

 

 落とし穴作戦の次は食べ物作戦ということらしい。やる事は幼稚なのに、発想がカスだからタチが悪い。

 テーブルの上に青い小皿を置くと、そこにノヴァクはわさび饅頭を積んだ。台所の陰に隠れるノヴァクに手招きされて、ツアワリは盛大なため息と共に渋々女の横に並ぶ。

 

「食欲に支配されてる漁火のことだし、わさび饅頭を食べて苦しむに違いないね……。ね、ツアワリちゃん!」

「……見ていれば分かりますよ」

 

 二人で隠れること数分後。リビングの隣室から漁火が現れた。扉を越えると、「んー!」と背伸びをしながら体のあちこちからポキポキ音を鳴らす。

 

「にしてもピンポイントなタイミングですね」

「漁火がこの時間に甘いものを求めて部屋から出てくるのは調査済みだからね。抜かりないよ!」

 

 えっへんと誇らしげなノヴァクの、無駄に計算高い行いにツアワリはため息を吐きたくなってしまう。この知性をもっと有効活用してくれればいいのに……。

 

「む……。饅頭か」

 

 きょろきょろと辺りを見回していた漁火がテーブルの上に焦点を合わせると、その垂れ目をぱちぱちと瞬きさせる。青い小皿に乗った饅頭の数は三つ。周囲に書き置きもなく、漁火からは死角の位置に居る二人以外に人影もない。

 そして、『きゅ~』と鳴る女のお腹。

 漁火は燃費の悪い体をしているのだ。ノヴァクの言う通り、毎日これぐらいの時間になるとおやつを求めてリビングに顔を出してくる。……だからツアワリも昼下がりは宿舎の方に居るようにしているのだが。

 

「た・べ・ろ。た・べ・ろ……」

 

 両手を振りながらノヴァクが呟く。悪戯に引っかかるのを今か今かと待つ悪童の笑みで見つめる先では、お腹に手を当てた漁火が物欲しそうにテーブルの上の饅頭を見つめていたが……。

 

「だ、だめだだめだ。金猫の分かもしれないしな、うん」

 

 ぶんぶんと首を振ると、何度か深呼吸をした後に漁火はリビングを後にした。ぱたんと音を立てて扉が閉まる。……隣のノヴァクを盗み見ると、その横顔には憮然としない表情があった。

 

「……なんでこういう時に限って食べないんだ」

「ニイナなりに反省してるんですよ」

 

 この展開が読めていたツアワリは、ノヴァクの代わりと言わんばかりにニッコリと笑った。

 

「ノヴァクさん。食べ物を粗末にするのは司祭として許しませんからね」

「ぐぐぐ……」

 

 ――さて、数分後。

 それでも空腹に耐えきれなかった漁火が再びリビングに顔を出すと、緑色の餡子が包まれた饅頭を一心不乱に食べるノヴァクの姿があった。その向かい側では何故かとても嬉しそうに微笑んでいるツアワリまで居る。

 漁火はほっと胸をなでおろした。

 

「金猫。やっぱりあんたの分だったんだな。……その。なあ、饅頭、うまいか?」

「う、うひゃいひひはっへふ」

「なんて?」

 

 三つあった饅頭の、最後のひと口を涙と共に呑みこんだノヴァクに、ツアワリが湯飲みを差し出す。お茶を一息に飲み干したノヴァクはやはり涙目のまま漁火を指差した。

 

「こ、これで勝ったと思うなよー!」

「??? あ、ああ。わかった」

「キー!」

「今日も平和な一日ですね」

 

 

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