『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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神の炎(Theory of Everything)”、降臨―①

 

 真夜中。

『都市』のはずれに、金属加工を請け負う工房がある。日中は鍋やフライパン、金物類の製作や修理を生業としているどこにでもある工房として稼働しているが、人々が寝静まる深夜の頃にはその様相が一変する。

 金属加工を行う工房独特の、古い油と燃料の臭いが染みついた部屋の中。

 設備の稼働音が外に漏れないよう、徹底して防音処理が施された一室。

 間取り図にも載っていない部屋の中で、複数人が机に向かって一心に作業していた。

 

 別室から大小無数のパーツを運んでくる役割、加工済みのそれらパーツ類を組み合わせる役割、出来上がった『それ』を検査し動作確認をする役割──各々が各々の役割を誠実に全うすることで、効率よく次々に出来上がる『それ』。

 大きな木箱に詰められていく『それ』の形状を、この世界の誰もどのように許容すればいいのか分からなかった。『それ』は長大なパイプを主に据えて構成されており、手で持つためのグリップや、パイプと同一線上の先へと照準を合わせるためのパーツ、他にも指を引っ掛けられそうな突起などが付いている。

 

 『それ』を組み上げている人々は皆、一様に無言。

 誰しも顔が虚ろで、どこかぼんやりとした目つきだった。自分たちが何をしていて何のために生きているのか分からない表情……夢でもみているかのような、意識が混濁しているかのような……。

 ──異質な雰囲気が蔓延る室内で、口を開く者がいた。

 

「剣というものを知っているかしら」

 

 それは女だ。部屋の隅で椅子に腰かけ、膝の上に本を広げて目線をそこに落としたまま、女は穏やかな口調をしている。その隣には壁に背もたれて作業を見つめる男もいた。腕組みをしていた男が、隣の女へと目線を向けた。

 

「剣って、あの剣か?」

「ええ。あの剣。ちょっと描いてみてくれない?」

「いいけど……」

 

 近くの机からメモ用紙とペンを持ってきた男が、立ったままさらさらと手を走らせる。「ほらよ」と差し出された紙を、女は顔を上げて受取り──描かれたものを見て淡く微笑んだ。

 無骨なデザイン。

 真っ直ぐな両刃の身幅。

 シンプルな柄、握り。

 まさに『あの剣』だ。誰もが『剣』という言葉から連想する直剣の形状。

 

「ねえ、これは何のためにあるもの?」

「なんの為って、そりゃあ人を殺すためだろ」

「──あなた、武器という言葉を知ってる?」

「ブキ? なんだそれ」

 

 女の微笑が明確な笑みに変わる。真意を掴み切れない男が頬を指で掻いた。

 

「じゃあ剣の実物を見たことはある?」

「……そういえばないな。ああ、俺は人生で一度も剣を目にしたことがない」

「本や、絵でも?」

「本とか絵でもだ」

「おかしな話だとは思わない? あなたは剣を一度も見たことが無い。言葉としてしか知らない。なのにこうして、まさしく剣と呼ぶべきものを絵に描ける。ちなみに大体の人に聞いても同じような絵を描くのよ」

「……確かにな。変な話だ」

 

 男は女から返された紙をしげしげと眺めた。自分で描いたものがまったく信用ならないと、まるで痴呆の入った老人のような目つきだった。

 

「武器を知らない。兵器などという概念もない。だか(・・)ら剣(・・)など(・・)とい(・・)う存(・・)在は(・・)そも(・・)そも(・・)誰も(・・)作っ(・・)たこ(・・)とが(・・)ない(・・)。だというのに私達は剣が何であるかを理解している。世界の大半の人々は剣を見たことさえないのに、剣という概念を知っているこの矛盾」

 

 剣。それは包丁や鋏とは明確に用途が違う、人が人を殺すために作られたものだ。剣というものを一度も見たことがない男でさえそう認識している──武器という言葉、兵器という概念を持っていなかったとしても。世界中の共通認識、一般常識の一つとして。 

 

「人を殺すための道具。だというのに、世にある剣は僅か三本であり、そしてそれらは人を殺せないわ」

「『スレイヴイレスは神でない者に三本だけ作られた』……か」

「それ、“教会”の最高機密よ。あちこちで言わないでね」

「わかってるよ」

 

 男女の会話は流暢に、そして密やかに続く。手指だけが滑らかに動く虚ろな顔をした人々とは対照的に、奇妙なほど生き生きとした表情で。

 

「さて。誰が剣という概念をこの星に持ち込んだのかしらね?」

「……あんたが言いたいのはつまり、明らかに矛盾だらけの『剣』というものは、この星には本来無かったってことだろ? なら結論は一つじゃねえか」

 

 男は手の中にあった紙をくしゃくしゃに握り潰した。どうでもいいと言わんばかりに、部屋にあったゴミ箱へと投げ捨てる。

 剣を描いた紙屑が軽々しい放物線を描く中、男は気楽そうに言った。

 

「空の上から降ってきたんじゃないか?」

「──」

 

 ゴミ箱へと丸められた紙は落ちる。音一つ立てずに。雑な扱いで。

 ただ一人、笑みを消して目を瞠る女を除いて、世界は平穏そのものだった。

 

「あなた、頭いいわねえ……」

 

 呆然とした様子でつぶやいた女はまたその表情を笑顔へと変えた。何度も繰り返し使うために、顔の形が変わっても同じ笑みを浮かべられる機械のように。感情が反映されない、笑っていない笑顔。

 女は笑いながら独り言を呟いた。

 

「宇宙からやって来た剣……それは元々どんな名前をして、どのような形をしていたのかしら」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 1997年6月某日。神々が約束した青一色の晴天。

 その日、『都市』の聖堂を囲う柵の周囲には凄まじい数の人々が集まっていた。誰も彼もが礼儀正しい装いをして、厳粛な面持ちをしている。

 彼ら彼女らの視線が一心に集う聖堂は、大きく分けて2つの構造部を持っている。

 一つは『礼拝堂』。

 多数の人間が訪れ、多くの人々の祈りを受け入れられる、世界有数の大きさを誇る礼拝堂だ。

 そしてもう一つが、聖堂地下に広がる『神殿』。こちらは人々が祈りを捧げるために存在するのではなく、人々が生きていく上で欠かせないインフラ供給設備の中枢、“神の心”──エネルギー転換炉を擁する。

 

 『都市』全域……どころか『都市』の周辺地域に点在する他の聖堂とも接続されている、ガス・電気・水道──ありとあらゆる生活インフラ供給網の中心。

 1977年前の稼働時から一度として人類が自らの手で運用したことのない、完全無人インフラ供給拠点。

 保守、稼働計画、規模、構造、全容──ほぼ全てが未知の原理で構築されており、人類が限られた時間の中で理解することは決して不可能だと結論付けられたもの。神の名を冠する未解明存在の中でも最上級の未知、そして人類の生活基盤そのもの。

 それが“神の心”だ。

 操作コンソールの類を一切排し、無人状態で稼働し続ける“神の心”は、無尽蔵にエネルギー供給を行っている訳では無い。転換炉と人類が呼んでいるように、大元となる物資を消費することで各種エネルギー媒体へと変換されている。

 

 『大元となる物資』、それは聖堂の最も高い塔より伸びる“神の足(カーボンナノチューブ)”──軌道エレベーターによって神々から贈られる、人類への実効力を伴う祝福だ。

 祝福の名を“神の炎”。

 万能の、エネルギー供給ユニットである。

 

 そして今日、1997年6月のある日。

 それは“神の心”が定めた、25年に一度しか行われない“神の炎”交換当日。

 人々は自分たちが生きていくために神が与える祝福の受取を、25年に一度の神事を、こう呼んでいる。

 『光桜拝謁』。

 

 本来なら自由に開放されているはずの聖堂が、今日だけはその門を硬く閉ざし入門者を選別しているのは、『光桜拝謁』が人類の生存という意味でも、人類の信仰という意味でも、非常に重要な意義を持つからだ。出席できるのは“教会”の上位聖職者やその親族など関係者のみであり、誰もが信心深く、四半世紀級神事の重みを理解しているからこそ誰もが口を噤む。

 

「ツアワリ、あまり緊張しないようにな」

「わかってる」

 

 ──聖堂地下。

 ほとんど人が立ち入ることを想定していない設備構造をした“神の心”に、唯一人の出入りを想定して備え付けられた『神殿』。無機質な一室はすべての辺が同じ長さの正方形をして、人が呼吸するための換気扇があり、複数人が椅子を並べられる程度のスペースが用意され、一段高い壇上にはシンプルなデザインをした平たい石板(・・・・・)がある。

 その平たい石板はどのような原理か不明ながら、人が手をかざすと色と形が石板上に浮かび上がる──石板の前に立つ少女自身あまり詳しく知らないが、“教会”では石板を操作コンソールと呼ぶらしい。

 

「とはいうものの、緊張はするよね……」

 

 操作コンソールの前に立つ形で、きっちりとした祭服に身を包んだ少女がいた。真面目さを形にしたかのように纏め上げられた黒のポニーテールも、普段から曲がることのない背筋も、いつも以上に気合が入っているのか崩れることが無い。

 少女は、名をツアワリ・桜花(オウカ)。もう間もなく訪れようかという“神の炎”受取の時間を待ちわびている主席司祭であり、今回の『光桜拝謁』の神事進行役を務めていた。 

 さて、そんな折である。

 

「──おおーいツアワリちゃーん!」

 

 厳かな静謐の最中に、場違いなほど明るい声が響き渡る。思わずツアワリが振り向くと、礼拝堂と繋がる階段を降りて『神殿』へ入ってくる女が一人。オーバーサイズのパーカーを腕に引っ掛け、素肌の露出が多いノースリーブセーターという、いつも通りの恰好。手提げ袋片手に満面の笑みをしている。 

 椅子に座っていた無数の参列者が何事かと振り向く中、まったく気にした様子もなく女──ノヴァク・金猫は壇上を上がった。

 

「の、ノヴァクさん。どうしたんですか?」

「応援に来たんだ!」

 

 世界的に見ても重要な神事の直前だとしても、女の態度に変化が無いことがツアワリには驚きだった。この人には緊張というものが無いのかもしれない……そう思わせるほどに晴れやかな、いつもの笑顔。

 女が手提げ袋から白いハンカチを差し出す。

 

「はいこれ。セオさんからの差し入れ。『柑橘系の香水が掛けてあります。緊張したら使ってください』だってさ」

「セオ様から……」

「セオさんも誘ったんだけど、今日は礼拝堂でお祈りしたいってさ」

「立派なことです」

 

 セオ。アルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアル。四半世紀級神事『光桜拝謁』よりも尚一層重要な意義を持つ、百年に一度しか行われない世紀級神事『聖体断裂』における最重要存在、人類代表血統(インペリアル)の少女。

 神が直接創造した“聖者(インペリア)”の直系であり人類代表血統(インペリアル)でもあるセオは、あまり“教会”関係者が多く集まる場所に顔を出したくないのだろう。自分が信仰に篤い者達の前に姿を現せばどのようなことになるかを理解しているのだ。……それほどに『聖体断裂』のインペリアルであるという事実は、重いのだから。

 

「セオ様はセオ様なりに、自身の信仰に真摯でありたいんだと思います。このハンカチ、大事に使わせてもらいますね」

「うん。私も空いてる席で見守ってるから。ツアワリちゃん頑張ってね!」

「はい。街の教会を預かる身として、とても大事な仕事ですから」

 

 むん! と空いてる片手を握り拳にしてキメ顔をするノヴァクが場違いでおかしくて、少しだけツアワリは噴き出してしまった。口元を抑えて肩を震わせていると、してやったりと笑うノヴァクが手を振りながら壇上を降りる。先ほど声を掛けてくれた異端審問官、ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーが小さく手招きするのに従って、女はニイナの隣の席に腰かけた。

 それを見届けた黒髪の少女が、ずいぶん緊張が解けた様子で淡く微笑み、操作コンソールへと体の向きを正す。

 ──そして神は頃合いを見計らったかのように。

 

 

 

『v゛────────』と、警報音が聖堂全域に鳴動する。

 

 

  

 それは神事の始まりを告げる機械音。

 警報音が途切れてすぐに、事前に用意されていた手順通りにツアワリは操作コンソールへ手をかざした。

 石板に光が灯り、その平滑な表面には枠線を白く協調した図形が浮かび上がる。手形そのものの図形にツアワリは自らの五指を押し当て、 

 

「『ユニット受取、開始』」

 

 言葉と、その行動の直後。操作コンソール上にツアワリ達が用いるものとは異なった文字が浮かび上がった

 

 

 

 access check:CHAIN BLOSSOM.

 Authorization.

 

 

 

 “教会”が古くより遺す聖書において、それは『承認』を意味するという。

 ──操作コンソールの奥にあった壁が突然動き始めた。

 滑らかに、音ひとつ立てずに下がっていく壁。その奥にあったのは、無数のパイプが組み上げられた何らかの機械設備だった。……“神の心”の中枢部だ。そのパイプ群の中心には、人が片手で持てるサイズをした長方形の箱が宙に浮いている。

 照明によって照らされていた『神殿』内部に、少しずつ陽光の輝きが溢れだした。光の差し込む大元は“神の心”中枢部直上から。それは聖堂が擁する最も高い塔が『神殿』と直結しており、その屋根部分を展開しているが為に差し込む輝きだ。

 パイプ群の直上にて、僅かに輝く細い糸。聖堂外周部で祈りを捧げる多数の人々の中で殊更に視力が良い者ならば、軌道エレベーター主要構造体に沿う形で下降してくる小さなコンテナが目視できただろう。それは軌道エレベーター本体と接続されていないにもかかわらず、カーボンナノチューブを経由して実に滑らかに聖堂内部へと空より降りてくる。

 

「“神の皮膚”、反重力機構……」

 

 参列者の誰かがそう呟いたのを、ツアワリの耳が拾った。その言葉に反応するだけの余裕が少女にはなかった。

 なぜなら……。

 

「軌道エレベーター、動作状態良好。ユニット下降速度、正常値範囲内。減速処理、実行承認……」

 

 “教会”が用意したマニュアル通りとはいえ、人生で初めて触れるコンソールの操作に精一杯だったのもあるし。

 何よりも、である。

 

「おい金猫、なんだそれは」

「なにって応援の道具だけど? ンフフ昨日徹夜で作ったんだよねー」

「ほー。団扇か。……んん、団扇に文字を書いたのか?」

「デコレーションうちわ……略してデコうちわって呼んで!」

 

 ──背後の会話があまりにも普段通りすぎる……! 

 操作の合間を縫って、思わずツアワリは一瞬だけ首を巡らせてみた。

 そこには、キラキラした目でこちらを見つめるノヴァク・金猫の姿……その両手で器用に掲げる、五枚の団扇。

 

 

 

『♥お祈りして♥』

『カッコ♥カワイイ』

『♰ 聖 な る 司 祭 ♰』

『ツアワリチャン14歳♥』

『♥説教して♥』

 

 

 

「なんだその団扇?!」

 

 ツアワリの驚愕を隣のニイナがそっくりそのまま言葉にしていた。ニイナのすぐそばでは、女の奇行を参列者の一人──若い女が怪訝そうに見つめている。ノヴァク本人はまったく気にしていない様子で、こちらと目線が合うと……。

 

「ツアワリちゃん頑張ってー!」

 

 何のスイッチが入ったのか知らないが、ニコニコ顔のノヴァクは掛け声まで始めてしまった。ツアワリはもうコンソールに向き直って無視する他ない。他の参列者の動揺した顔が脳裏に浮かぶようなざわめきが『神殿』内部に広がっていく。

 

「いいよーカッコいいよー!」

「ゆ、ユニット、ポイント通過。運搬計画に誤差なし」

「背中から賢さがにじみ出てる! ツアワリちゃんは世界一可愛い! 世界一司祭!」

「セクション進行、しょ、承認……」

「ひゅー! 立ち姿もキマってる!」

「──ノヴァクさんッ!」

 

 ツアワリは十数秒で女を無視することに限界を覚えた。いきなり振り向いた少女の、『もういいから黙れ』の意思を込めた睨め付ける視線に、女が不思議そうに小首を傾げる。

 

「……」

「……?」

「……」

「……!」

 

 こちらの真意を探るような無言の時間は、数秒と経たず──何かにハッとなったノヴァクが団扇を2枚、漁火に押し付けた。

 

「漁火! これ!」

「ん、おお……?」

「合わせていくよ! せーの!」

 

 何故か息がぴったり合う二人が団扇を裏返すと、そこには──。

 

 

 

『寝坊許して♥』

『毎日料理して♥』

『♰♰  超  絶  有  能  司  祭  ♰♰』

『ピザ焼くの疲れた♥』

『ミサさぼらせて♥』

 

 

 

「本当に何なんだこの団扇は!?」

 

 ツアワリは全力で走った。

 それはもうノーモーションで最高速度にまで到達する素晴らしい脚力でノヴァクの前を通過し、制動を掛けることもなく団扇を全て奪い取る。 

 

「────あ、ああー! うちわが! デコうちわー!」

「こんなもので応援しないでください!」

 

 壇上から、肩で息をしながらツアワリはキレた。いつものノヴァクとのやり取りと言えばそれまでだが、参列者も居る前で平然とやられてはたまったものではない。

 

「そんなあ。ツアワリちゃんを応援したくてしたくて、私徹夜で頑張ったのに……」

「お、お気持ちは確かに受取りましたから!」

 

 怒りたいやら喜びたいやら、複雑な困り顔を真っ赤にした少女が今度こそコンソールに向き直る。それきり操作に集中しだした少女の真剣で健気な後ろ姿を、参列者達は先ほどまでの出来事に怒ることもせず見つめた。

 それまで厳かな──例えば少女の一挙手一投足に鋭く向けられていた視線は、ノヴァクとの寸劇のおかげかずいぶん柔らかいものに変わっている。『神殿』内部にあった張り詰めるような雰囲気は、日の当たる礼拝堂のように優しいものに変わっていた。

 おかげでか、ノヴァクの隣では漁火が俯きながら肩を震わせている。

 

「ブフゥッ……ククク……金猫あんたほんと最高。なんだよ超絶有能司祭って……」

「うるさいな。私は本気で応援してたの」

「聖 な る 司 祭」

「いちいち区切るなっ」

 

 団扇を失って手持ち無沙汰になったノヴァクは、自身の膝で頬杖を突きながら神事を眺める。

 

「25年に一度なんだよ? いくら人の手によらない交換作業だからって、責任者のツアワリちゃんが緊張するのなんて決まってるじゃん」

「安心しろよ。“教会”の長い歴史の中でも、『光桜拝謁』が失敗に終わったことは一度もないんだから」

 

 今のところユニット受取作業は順調なようだ。

 決してツアワリ自身が操作している訳ではなく、コンソールが……“神の心”処理機構が要求する手順実行に少女が承認を出しているだけだし、実際交換作業にさほどの心配はいらないのだろう。

 

「なあ金猫、ずっと疑問なんだが……」

 

 こうして座ってツアワリの背中を見守るのも一向にかまわないが、暇なものは暇なのだろう。漁火が随分落とした声量で訪ねてきた

 

「四半世紀に一度って言うなら普通あと2年か3年後にやるもんじゃないのか?」

 

 今年は1997年だ。25年に一度というなら、キリがいいのは2000年なのではないのか……ということを漁火は言っている。

 それは至極もっともな疑問だろう。ノヴァクは苦笑いを浮かべてみせた。

 

「漁火、君は“神の炎”が実際どうやって交換されるか見た事ある?」

「ないな」

 

 隣の女が、その垂れ目をツアワリの奥へと向ける。複雑怪奇なパイプの集合体、その中心点。周囲の機械設備から宙に浮く形で鎮座する長方形の、非常に小さな石棺のような物体──“神の炎”。

 あの石棺じみた外形が、真実石棺に似た封印機構であるとノヴァクは予想している。“神の炎”とまで呼ばれるエネルギー体は小型の石棺の中に封じ込められているのだろう。 

 

「正直詳しいことは分からない。人智の及ぶ領域じゃない。だけど、そのユニット交換には数年の時間を要するものなんだ」

「なるほど、2000年に合わせて交換が済むから……か」

「まあ静止衛星軌道の神が何を考えているのかなんて私には分からないし、実際は数分くらいで交換できちゃうかもしれないけどね?」

 

 “神の炎”を軌道エレベーター経由で投げて寄越す万物創造槌《真理大数11/12(イレニトエル)》は、何を考えてあんな代物を25年に一度世界各地に送り込むのか。そして使用済みになった25年前の“神の炎”を回収するのか。ノヴァクには理解できない。

 何故なら、そもそも、“神の炎”が数千年単位で使用可能な半永久的エネルギー生成ユニットだからだ。

 

「エネルギー変換効率99.999%。世界のインフラを支える純粋エネルギー体。あのミニチュアサイズの棺の中身を、一度は見てみたいものだけど……」

 

『神殿』の奥。25年に一度解放される“神の心”中枢部は、人が立ち入ることをほとんど想定していないのか、薄らと埃が積もっていた。

 

「漁火、知ってる? ここ、『神殿』はね、星が作られた当初から存在したんだ」

「へえ。だから上と雰囲気が違うんだな」

「そうだね。礼拝堂は人が祈りを込めて建てたものだけど、ここは神が目的をもって建てたものだからね」

 

 平滑な床、平滑な壁、装飾のない照明、コンソール、ただ効率だけを求めたインフラ設備群。

 人の信仰心など興味がないかのような空間。人が捧げる信仰とは全く異質な思想が、『神殿』には蔓延っている。 

 神事はつつがなく進む。

 祈りの言葉も祝福の儀式もない、少女の進行説明の声だけが単調に響き渡る。

 

 

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