『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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神の炎(Theory of Everything)”、降臨―②

 

 聖堂地下、『神殿』。

 操作コンソールがあるだけの実にシンプルな室内には、今、人々の興奮と歓びが無音のままにひしめいていた。その一室に集まったほとんどすべての人が自らの胸の前で手を組み、祈りを捧げている。中には涙を流している者さえいた。

 彼らが恭しく見つめる先は、操作コンソールとその前に立つ少女の、更に奥へと向けられている。

 ──そこには石棺にも似た小さな物体が二つあった。

 複雑に組み上げられたパイプ群の中央で横並びになった、二つの石棺。“神の炎”──究極の変換効率を持った根源的エネルギー貯蔵ユニット。

 

「ユニット、安定。交換シークエンスへ移行……」

 

 操作コンソールの前に立つ少女がそう言った。少女……ツアワリは自身の額に浮かぶ汗を懐から取り出したハンカチで拭くと、大きな深呼吸をひとつ。

 そうしてからくるりと振り向き、『神殿』に集まった無数の“教会”関係者に向けて宣言する。

 

「“神の炎”の受取は、只今を以て終了しました……!」

 

 言葉に、一人の女が椅子から立ち上がった。太い骨格、引き締まる筋肉で2メートル近い体を鎧うショートヘアーの女はツアワリと目を合わせ、しっかりと頷いた。

 

「神事監察官ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーは、確かに“神の炎”がツアワリ・桜花の下に受け取られたことを確認した」

 

 形式ばった言い方は、それが儀式の終わりを意味するものだからだ。神事監察官──神事が滞りなく遂行されたことを監理・報告する者の言葉によって、ツアワリはもう一度操作コンソールへと向き直る。

 平滑な石板じみた操作コンソールに少女が手をかざすと、“神の心”と『神殿』との境から壁がせり上がった。音もなく現れた壁はぴったりと天井まで到達すると、人々の目には“神の心”も“神の炎”も見えなくなる。

 それが神事『光桜拝謁』の終わりだった。

 銘々に祈りを捧げていた人々が、各々満足したタイミングで席を立ち『神殿』から去っていく。操作コンソールの前から離れたツアワリもまた、親しい者の傍に向かった。

 

「お疲れ様ツアワリちゃん!」

 

 ニイナの隣で椅子から立ち上がった金髪金眼の女が笑顔で手を振る。

 

「はい。頑張りました!」

「ああ本当に。ツアワリはよく頑張ったよ」

「そうかな? えへへ……」

 

 普段よりもずいぶん弛んだ表情で、ツアワリはふにゃふにゃと笑った。部屋中の弛緩した雰囲気に当てられているのだろう。数時間にも及ぶ神事の進行役をこなしたのだから、張り詰めた緊張の糸が切れた後の疲労はかなりのものに違いない。

 ツアワリ・桜花は主席司祭だ。四半世紀級神事の進行役を任される聖職者だ。けれど、どこまでいっても14歳の少女であることには変わりないのだ。

 

「ンンン……!」

 

 ノヴァクは少女の心労を思うとたまらなくなった。

 体内で駆け巡った衝動をこらえきれなくなり、生真面目な少女の腰に両腕を回す──そのまま勢いでツアワリを抱き上げた。

 

「ちょ、ちょっとノヴァクさん!?」

「ツアワリちゃんはすごい! お礼にくるくるしてあげるよ!」

「いきなり人を抱き上げるなー!」

 

 突然のことに顔を真っ赤にする少女と、少女を抱えてくるくる回る女。二人の様子を、『神殿』を去っていく人々が優しい目つきで見つめていた。

 一人を除いて。

 

 

 ◇

 

 

 ──聖堂の塔から鐘の音が鳴る。

 それは正しく神事が遂行されたことを示す祝福の音だ。聖堂を取り囲んでいた人々が一斉に湧き上がり、色めき、口々に感謝と祈りの言葉を謳い始める。

 神事の終わりは祭事の始まり。

 神への信仰を、今度は人々が喜びの時間に変えていく……そんな夕暮れ時。

 

「なんだ。あんたもここに来たのか」

「漁火じゃん」

 

 背後からの声に、ノヴァクは振り向いた。

 螺旋階段を昇りきった女が挨拶交じりに微笑んでいた。女、漁火の軽やかな毛先が冷涼な風に揺れている。

 

「君もここからの眺めを見に来た感じ?」

 

 ノヴァクは耳周りの金髪が風にそよぐのを手で押さえながら、自分の隣で同じように腰を下ろした女にそう尋ねた。

 漁火はその優し気な輝きに満ちた垂れ目を、眼下の光景にじっと向けつつ頷く。

 

「ああ。昔から、何か良いことがあった日はここから『都市』を眺めるんだ」

 

 二人は今、鐘楼に居た。聖堂にある無数の塔の幾つかは大きな鐘を備えており、それを鳴らすために人が上り下りできる螺旋階段を持つ。眺望目的で解放されている場所ではないため、聖堂関係者でないと立ち入りできない。

『都市』を見下ろせる小高い丘の上に建つ聖堂の、更に一際高い位置にある鐘楼。そこからは赤い煉瓦の屋根が立ち並ぶ『都市』を一望できた。

 茜色、空の果てから染みゆく紫紺──地平線の先に沈み行く疑似恒星鏡《GHAPS》の輝きも。

 次々に灯されていく照明、特別な日にしか作られない菓子や料理を提供する露店、道行く人々の活気にあふれた様子、笑顔……。

 

「いい眺めだよなあ」

「今日は余計にね」

 

 普段はいがみ合う二人も今日ばかりはどこかすっきりとした面持ちをしていた。二人ともの知己である少女が、四半世紀に一度の大役を立派に務めたことへの清々しい喜びがノヴァクと漁火の顔にはあった。

 しばらく夕暮れ時の『都市』を眺めていると、漁火がガラス瓶と、これまた小さなカップ2つを懐から取り出した。

 

「どうだ。飲まないか」

 

 ガラス瓶の中では赤い液体が揺れている。葡萄酒だろう。

 

「いいの? 上位聖職者様がお酒なんか飲んで」

「いいのさ、こういう時くらい」

 

 ノヴァクも漁火も滅多に酒を飲まない。二人とも、共通した事情から酒に酔うことが難しいからだ。

 とはいえ飲みたくなる日だってあるにはある。

 

「これでしばらく戻れないんだ。あんたと話したいこともあるしな」

「へー」

 

 大して酔えない女が、酒の力を借りてでもしないと喋れないこと。……碌な事ではなさそうだし、二人きりで飲むというのも面白くない。

 

「そういうことならセオさんとツアワリちゃんも呼ぼっか!」

「ああ。それがいいな」

 

 ……意外と大事な話ではないのか? 二人きりでないと出来ない話ではない? 

 疑問に思いながらも、ノヴァクは漁火と共に鐘楼を降りて礼拝堂に向かった。

 

「誰もいないな」

「どっちかは居ると思ったけど……」

 

 ──セオもツアワリも居ない。となると管理人宿舎だろう。

 聖堂を出て管理人宿舎に向かえば、庭先で花に水やりをする修道服姿の少女がいた。栗色をした太い三つ編みが夕暮れの日差しを受けて眩しく艶めく。

 

「セオさーん!」

「ノバさん」

 

 女に名を呼ばれ、顔を上げた少女が微笑んだ。夕暮れ時でも変わらず煌めく黒い瞳が柔らかく緩んでいる。

 

「ご機嫌ですね?」

「うん。なんせお祭りだからね」

「一年前からノバさんはお祭が大好きでしたものね」

「セオ様、これからツアワリも呼んで四人でちょっとした宴会でもしようかと思うのですが……いかがですか?」

「もちろん参加します。うふふ、とても楽しそうですね」

 

 快く頷いたセオの様子に、漁火がほっと胸をなでおろす。ノヴァクは辺りを見回した。

 

「ツアワリちゃんはどこだろ? セオさん見てないかな」

「礼拝堂で先ほど見かけましたが……何かを探している様子でしたよ。お手伝いしたかったのですが断られてしまいまして、それ以降は見かけておりませんね」

「……わかった! ツアワリちゃん連れて来るからここで待ってて!」

「はい」

 

 手を振るセオに見送られて、ノヴァクは漁火と共に宿舎を離れる。聖堂に向かいながら隣を歩く漁火を見上げた。

 

「礼拝堂……いなかったよね?」

「ああ。行き違いになっているのかもしれないな」

 

 道を行く二人を、なだらかな風が通り過ぎていく。陽が落ちて僅かに冷えた風──薄着のノヴァクが小さく体を震わせた。

 ノヴァク達がもう一度礼拝堂に入っても、やはりツアワリの姿はどこにも無かった。

 

「おかしいな。聖堂から外に出てはいないと思うが。もしかして鐘楼に居るんだろうか?」

「うーん。それこそ変な話じゃない?」

 

 聖堂は、礼拝堂を中心に据えた構造をしている。礼拝堂自体の出入り口が無数にあるが、基本的に聖堂内の別施設へ行く際にはそのいくつかある出入り口を経由する必要があるのだ。鐘楼から降りてきたというのにツアワリと出くわしていない以上、鐘楼へ行き違いになっている可能性も低いだろう。

 

「礼拝堂に居ないんだとすると……」

「あり得るのは、『神殿』か」

 

 二人以外誰もいない礼拝堂に真っ赤な夕陽が差し込んでいる。鏡と槌と指骨を模した大きなステンドグラスは夥しく輝き、複雑な影絵をノヴァクと漁火の足元に落とした。

 ノヴァク達は礼拝堂の奥にある階段を降りて行った。十数段降りた先にあるのは、つい数時間前まで神事が行われていた『神殿』だ。

 

「……」

「……」

 

 ノヴァクも漁火も、無言だった。二人の足取りに、女達の表情に、先ほどまでの穏やかな様子はない。

 やがて無機質な照明の輝きに包まれた一室がノヴァク達の視界に現れた。清潔な、辺の長さがすべて等しい正方形の部屋。『神殿』は、平時はぴたりと閉じきっている奥の壁が何故か下がりきっていた。

 そして。

 

「ツアワリちゃん」

 

 少女は、居た。

 呼ばれた名に、黒の祭服に身を包んだ体を大きく跳ね上げて。抑えきれない震えを隠すこともできずに振り向いたツアワリ・桜花の顔は。

 普段なら生真面目さから吊り目がちな猫目も。

 皺のより安い眉間も。感情の強さが現れたような柳眉も。

 

「ふ、二人とも、……ど、どうしてここに」

「探してたんだ」

 

 ──血が抜かれたみたいに蒼白の、弱弱しい顔。 

 少女の背に、複雑に組み上げられた巨大な機械群があった。無数のパイプが接続されたとしか許容できない機械の中央には、宙に浮いた石棺がある。

 普段は姿を見せることのない“神の心”。ツアワリの横にある操作コンソールに触れなければ開くことのない『神殿』の奥。

 

「な、ないん、です」

 

 石棺は、たった数時間前まで二つあったはずだった。

 

「神事が終わった時には確かにあったのに、……様子を見に来たら。こっ、こんな、こんなものが」

 

 もつれる舌をどうにか必死になって動かす少女が、震えの大きな両手を差し出す。漁火も、ノヴァクも、少女が手に持つものに目が行った。

 一枚の紙だった。

 丁寧な筆跡で、数行の文章が書かれていた。

 

 

 

 

 

『場当たり次第に壊し!』

『狂ったように騒ぎ倒し!』

『ありとあらゆる罪を犯し!』

『今日は神を騙る者達の炎を消す!』

 

 

 

 

 

 は、……はっ、と。

 少女の呼吸が荒い。

 息をしているのに出来ないと、苦し気に胸元を握り掴む少女の片手。──漁火が即座に動いて、ツアワリの傍らに立った。気遣わしく小さな背中を撫でつつ、ツアワリをその場に座らせる。

 

「私、私──頭が真っ白になってっ」

「いい。いいんだ。何も喋るな。今はゆっくり息を吸って、吐くだけでいい」

「……」

 

 過呼吸になるほど急激なストレスに晒された少女。涙が流れ切った頬の跡。──漁火が、音を無くして臍を噛んだのが分かった。

 ……ノヴァク・金猫は見た。

 その場に崩れ落ちた少女の背後。

 一つしかない“神の炎”を。

 

「“神の炎”が……インフラ供給の根幹が、盗まれました……」

 

 

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