『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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神の炎(Theory of Everything)”、降臨―③

 

 

 

 

『都市』どころか惑星表面積十三分の一近くにまで展開されるインフラ供給設備の根幹。ありとあらゆるエネルギー媒体へ変換可能な万能ユニットが、“神の炎”が盗まれた。

 その事実に、ノヴァク・金猫という女の頭脳は自動的に推理を始めた。  

 

「……」

 

『神殿』の奥。埃が積もる床に靴の跡が一人分。迷いなくユニットに向かってる。……躊躇い無しか。なるほど、衝動的な犯行ではないな。随分計画を練っている。

 さっきの神事に実行犯が紛れ込んでいたか。

 盗まれて数時間。

 教会内部犯? いや、信仰に篤い聖職者が神を裏切るとは考えにくい。それに“教会”の警護なんてザルも同然だ。教会関係者を装うのは難しくない。……とはいえ単独とは考えづらいな。身分の偽装、計画の実行にも。複数名の協力がいる。協力者の規模は不明、規模の不明な集団ほど撹乱には向く。合理的だ。

 撹乱……関係者多数……以前の偽装死体と同じだな。

 “犯罪者達”。

 今頃は都市から逃げ出そうとしている……──まだ間に合うかもしれない。漁火(イサリビ)にこの事実を伝えれば、

 

「……」

 

 口を開きかけるが、そこまで考えてふと止まる。

 頭脳の内側をかつての会話が駆け巡ったのだ。

 0()0()9()9()()

 初めて実行された世紀級神事『聖体断裂』の後にあった、かつての恋人との明確な決別。

 

『神なんかの意思はどうでもいいよ、ハイファティ』

『……だけど神だけが私達の道しるべよ』

『なら君たちが一人で歩いていけるようにするよ。私が神様なんてものを皆殺しにすればいいんだから。……そうでしょ』

 

 古い会話だ。

 あの時も似たような状況だった。当人たちにはどうしようもない現実だけがあり、解決策ははっきりとしていなかった。 

 

『だから、答えは要らない。神様なんかの考えを理解する必要なんかどこにもない』

 

 あの頃からずっと、ノヴァク・金猫という女は『答え』に執着することを止めた。大いなる神々の意思に、そこに秘められた神意に、意味を求めることは無意味だと悟ったから。

 天秤は常に揺れている。大事な点は、何を基準に揺れているのかだ。

 伝えるべきではないとノヴァクは思った。

 伝えなくとも、ノヴァク・金猫の計画に支障はない。人類が苦渋の2025年を迎える必要はそもそも無いのだから。

 しかし。

 ……そういう意味で言えば、──もうダメかもしれない。 

 

「……」

「ツアワリ。大丈夫だ。君には何の落ち度もない。責任を感じる必要なんかどこにも……」

 

 見る先。膝から崩れ落ちたツアワリ・桜花の体は細い。14歳の少女は俯き、ただ震えることしか出来ないでいる。

 “神の炎”はインフラ供給の根幹だ。四半世紀に一度しか天上の神から贈られることのない人々の生活上欠かせない存在。それが盗まれたということはつまり、向こう25年の人類は生きていくことが困難になる。それがどれほど悪辣な未来を招くかなど誰にだって想像できるはずだ。

 強烈な悪意。

 善意ばかりで生きてこられた人類には、まだ14歳の少女には立ち直ることさえ難しい現実。 

 

「わた、し……」

 

 心は、保たないだろう。折れてしまうのだろう。

 挫折し、息さえ苦しく、俯いて悪意の嵐が過ぎるのを耐える他ない。

 何せツアワリ・桜花は14歳の少女だ。

 弱くて当たり前だから。

 ……だというのに。 

 

「私……!」

 

 少女が奮い立つのは速かったのだ。

 

「──私、探しにいきます!」

「……」

 

 ノヴァクはじっと少女を見つめた。顔を上げた少女が立ち上がり、漁火の支えを振り払って自分の足だけで立つのを。ただ静かに。

 

「一人で行くつもりか? どこにあるのかわかってるのか?」

「わかってなんかないよ!」

「だったらッ」

「インフラそのものなんだよ! 多数の人々の生活が崩壊するんだよ!」

「……! ツアワリ、いったん落ち着こう。……“神の炎”の交換作業には時間が掛かる。猶予はまだあるんだ」

 

 そう。それが今回の盗難事件におけるもっとも恐ろしい点だ。

 事件解決に時間的猶予が与えられている。

 それはつまるところ、事件解決に向けた選択を許されているということだ。

 ──試されている。

 この事件を仕組んだ悪意ある誰かは、“教会”がどういった反応をするのか笑いながら観察している。

 

「“教会”の人員をすぐに手配する。緊急事態だ、なりふり構わず徹底的に探し回る。だから、大丈夫、私に任せてくれ」

 

 漁火が選んだような選択を……時間を掛けたありきたりな解決方法を、きっと待ち望んでいる。

 だけどそれでは──。

 きっと同じ結論に至っているのだろう、ツアワリ・桜花は首を横に振った。

 

「……それはいつになるの?」

 

 ツアワリ・桜花の焦燥は。

 少女が奮い立つままに抱き留めた、焼き焦がれそうな想いは、そんなありきたりな解決を否定する。

 

「都市中を探せるだけの人手を集めるのにどれだけ時間が掛かるの? 犯人が今もっとも欲しいのは、盗んで、逃げ切るまでの時間なんじゃないの?」

「だけどなあ……ッ!」

 

 切実に言い募ろうとする漁火の心が、その苦し気な声音に現れていた。

 現実的な解決策を打ち出せる『大人』の対応、それが漁火の判断だ。

 個人による解決でなく組織力を活用した解決。そのために時間を掛け、正しい判断と選択を繰り返し続ける。……なるほど、何ら間違いではないだろう。時間は与えられているのだから、恐らく漁火は『答え』に辿り着く──どうしようもないほど手遅れなったとしても。

 だがそれは、ツアワリ・桜花が待っていられる速度ではない。

 

「私、誰かの悪意に負けたくない」

「──!」

 

 少女の胸の内に宿りだしたものは何だろう? ……ひたすらに口を閉ざして観察する。焦燥を散りばめた黒の瞳が、どうしてそうまで頑なに現実的でない解決策へと走ろうとしているのか。

 大人と子供──『答え』に至ろうとする人類の所業の、両極端の天秤を見つめ続ける。

 

「私じゃない。この悪意は私個人に向けたものじゃない、“教会”相手でもない──世界に対してなんだよニイナ!」

「だったら尚更、私達は団結すべきだ……!」

「団結する時間が待てない! どんなに無意味でも、か弱い抵抗でも。私の信じる善行が──信仰が! 誰かの意図も理解できない悪意に一瞬だって負けるなんて受け入れません!」 

 

 ツアワリ・桜花は必死になって声を張る。悲痛に裂かれる喉の震え。

 だけど、それでも、少女は懸命に胸を張って背筋を伸ばした。

 

「神がいます。

 神を信じて人は善く在ろうと努めます。

 神を起点に、人が抱いた信仰への尊厳があります!」

 

 たった14年しか生きていない少女だ。少女の言葉にあるのは、乗っているのは、ツアワリ・桜花という人間が得られたものしか無い。

 

「毎日を誰かの助けを感じながら生きていくんです。私にできないことを誰かに託して、だから私は司祭でいられるんです。そこにあるのは、通じ合っているのは……利益なの? 誰か特定の集団だけが得をすればいいといった利己心? ──違うよニイナ。信仰心を基にした優しさと善意だけがここにはあるんだ」

 

 だというのに、大人をも黙らせるほどの“力”があった。鼻で笑えるかもしれない青い理屈を黙らせられる大人がここにはいなかった。

 

「もし、もしも神が私達の歴史を否定しても──信仰によって成り立った私達の幸福を、誰かの悪意が圧し潰そうとしていても──!」

 

 ツアワリ・桜花は前を見た。

 自らの両足で立ち。幼い両手を拳に変え。震えの走る背中を、それでも曲げることなく。

 一心に見つめる。

 迷うことなく“神の心”へと意志ある眼を向ける。

 少女の声には、もう、震え一つ走っていない。

 

たと(・・)え神(・・)であ(・・)ろうと(・・・)私達(・・)の祈り(・・・)を邪(・・)魔で(・・)きない(・・・)

「──」

「積み重ねた歴史(プライド)を……無下にされていい理由なんかどこにもない!」

「────」

 

 息を呑んだのは、ノヴァク・金猫だった。

 少女の迸る想いを込めた目と口を向けられた、神の偶像ではなかった。

 

『神が百年に一度要求するこの神事が、果たして神の悪意なのか試練なのか……私には分からない』

 

 ノヴァク・金猫は思い出す。

 この世界で初めて声をかけてくれた女が、出会ってから99年後のある時に、凄絶な贄の神事が終わってから呟いた言葉を。

 

『だけど、私達は団結しなければならない』

『善意の力を誇示してみせる』

『この程度で折れる祈りなどないと、私たちは神に証明する』

 

 0099年(・・・・・)

 当時の自分は納得できなかった。

 目の前にあったどうしようもない現実を受け入れられなかった──そして今、あの頃と同じ目をした人間がここに居る。

 

「『神に縋るのではなく、神を思いやること。それこそを私は信仰と呼びたい』」

 

 あれから1900年も経っているというのに。

 今でもノヴァク・金猫は諳んじることができる。

 

「『真に足る信仰とは、同じ世界で生きていく(ともがら)同士で寄り添い合えるだけの充足だから』」

 

 言葉に、ツアワリがこちらを一心に見つめた。少女の黒い瞳に宿る強烈な意志は、……あの時悲しみから泣いてばかりいた人々の前に立った、ハイファティ・花疵(カシ)の見せた表情と同じだ。

 

「ツアワリ・桜花、君はハイファティの言葉を体現するつもりでいるのかい」

「……そうです。世界で初めて行われた『聖体断裂』の後に、教皇がそう仰った通りに、……私は声をかけます。助けを求めます。私一人でできるはずはないって分かってるから、私は私にできる最大限を……」

 

 強い目つきをして、だけど……唐突に。

 ツアワリが俯いた。

 

「……だ、だから」

 

 声がか細くなる。

 不安定な心の揺れ幅がそのまま形を結んでしまった弱気が、少女の強さを覆い隠して再び姿を現す。

 

「わかってます。わかってるんです。私、馬鹿じゃないです。私……ただの司祭です」

「……」

「もう……手遅れかもしれない。神の炎は手の届かないところまで運ばれてるかもしれない。教会の力を頼るべきなのかもしれない。それでも……今、ここで諦めたら、もう何もかも手遅れになりそうで」

 

 ツアワリ・桜花は無策に突き進む少女ではない。それをツアワリ自身が一番理解している。

 

「私だけじゃ、無理なんです。私はただの14歳で、それだけだから」

 

 俯き。震え。祭服の裾を引き絞って握る少女の両手。

 悔しいだろう。

 怖いのだろう。

 恐ろしいのか。

 

「お願いします。お願いします……っ」

 

 ──あって当然の日々を、生きていけなくなる人がいることが。

 

「あって当然の日々を生きている人がいるんです!」

 

 ──なくてはならない毎日を、生きていけなくなる人がいることが。

 

「なくてはならない毎日を願いと祈りでもって生きていこうとしている人々が、この街にはたくさんいるんです!」

 

『ぽたり』、『ぽたり』と。

 自重に従う少女の前髪がその表情を隠す。だけど奥から透明な雫が何度も零れ落ちた。純粋な想いによって結晶化した懇願が、今、無機質な床を打つ。

 

「助けて、ください」

 

 …………結論は、結局一緒だ。

 現実的な解決策を打ち出した漁火も、願いと祈りから待つことを受け入れられなかったツアワリも、どのみち二人ともが個人による解決を前提としていない。

 人ひとりに宿る力がそれほど大きくないと知っているから。出来る限度があると分かっているから。

 得られる『答え』には許容の限界値がある。

 だから、天秤が揺れる対象は常に一定だ。

 

「異端審問官」

「それは私の事か、金猫」

 

 ……だというのに。

 今、明確に、ノヴァク・金猫の行動は傾いている(・・・・・)

 

「君は敬虔な一人の信徒として、神に仕え異端を裁く聖職者として、犯罪者を弾劾するのだろう」

「ああそうだ。けど、それがなんだ」

 

 大人と同じ結論を得ているのに、耐えきれなかった少女がいたのだ。

 天秤が揺れる基準。それが明確に切り替わっているのを、自覚した。

 

「私は今から正真正銘の異端になるよ」

「何をするつもりだ、犯罪者(・・・)

「私は私が愛する人類の求めに応じ、剣を鞘から解放する」

「────」

 

 砕くのなら好きにすればいい。けれど……どうか許されるなら、もう少しだけ待ってほしい。 

 言葉を口にするのは野暮に思えた。だから息を呑んだ漁火を放って、泣き続ける少女へと向き直る。

 ツアワリ。

 ツアワリ・桜花。

 ハイファティ・花疵と同様に“(チェーンブロッサム)”を冠する者よ。

 

「ツアワリちゃん。私ね、事件に答えは要らないと思う──でもこれには少しだけ続きがあるんだ」

「続き……ですか……?」

「うん」

 

 恥ずかしくて、あんまり人前で話せない本音。

 その始まりがどこにあったかといえば、それは千と九百と九十年を遡る。

 

「過去の悲しみや辛苦から泣き疲れてしまうような生き方をしてほしくないと、私はアルフヘイヴ・聖桜の死に際を見てそう感じた。今でもそうなんだ」

 

 0007年(・・・・・)

 その日、初めて人と人との間に子が生まれた。

 その日、初めて人々は同類の死を経験した。 

 

「──アルフヘイヴ・聖桜(セオ)? “聖者(インペリア)”その人の名前が、どうして今……」

「『答え』なんて気にせず、君たち人には『今』を笑って生き続けてほしいんだ」

 

 定命の人類に理解できる時間のスケールではない。

 だから多くを語らず、背を向けた。そして操作コンソールの前に立つ。

 

「私は君たちとは違う所から来た存在で、気づけば命という概念を持たないまま生きている──1997年という歴史の全てを見つめ続けてきた。悪いことも沢山したし、神様はどうにも好きになれない」

 

 言いつつ操作コンソールに触れた。

 五指の接触と同時に、平滑な画面には電源が灯り、接触者の情報を確認する。

 

「それでも私は君たち人類を、君たちを主役としたこの星を愛している」

 

 暗いばかりのタッチパネル上には二行だけ言葉が踊った。

 

 

 

 access check:《Sword of GODdeath:SSELMEEZ》.

 Welcome,Administrator.

 

 

 

 

 そして、操作コンソールの先。『神殿』の奥にある“神の心”。パイプ群が変化する。

 音もなく揺れ動き、捻じれ曲がり、やがて滑らかに──音を無くして、一つの物体がパイプ群の奥からせり上がった。

 現れたのは細長い棒状の物体。

 薄い縦長の空洞を持ったそれを見て、人類は気付く。

 鞘だと。

 

「馬鹿な。“神の心”から引きずり出した……いや、作りだした……? そんな機能があるなんて聞いたことがない」

「“神の心”の本質は分子印刷機(モレキュラープリンター)なんだ。創世の頃にこれをインフラ供給設備として設定した人がいたから、2000年近くをそのように稼働しているに過ぎないよ」

 

 そして、インフラ供給設備と設定される前は万能の器物創造設備だった。機能を試すために作られた無数の試作品を貯蔵している、万物創造の機械設備だ。

 “神の心(モレキュラープリンター)”へとノヴァクは迷いなく歩き出した。パイプ群の中から現れた鞘へと一直線に向かう女へと、背後のツアワリが呆然と呟く。

 

「ノヴァクさん、あなたは……あなたは何者なんですか……?」

「異世界人と呼ぶ人もいた。宇宙人と呼ぶ人もいた。ここではない所から来た異種存在とも呼ばれた。その全ては正しい認識だけど、それでも私は私をこう自認している」

 

 神が人を21人作り、星を作り、人を配置した。

 神は人と意思疎通を図らず人を助け、人は神へ己が信仰を捧げることを宗教とした。

 神が計らった星の歴史において戦争は起きず、争いは起きず、暴力の為の道具は求められなかった。

 それでも、何かを傷つける為だけの存在は、星に不時着してしまった。

 

「星の異物──剣」

 

 剥き身のままでは危ないからと、誰もが刃を持つ道具に鞘を用意する。それは坂道に置かれた石が勝手に転がり落ちていくのと同一の、当たり前の摂理だろう。

 だから鞘を、女は手に取った。

 

「大丈夫。君が泣く必要はどこにもない。君のような誠実で頑張り屋さんな女の子が、悲しみから泣くような世界を私が容認しないのだから!」

 

 そうして振り返る。呆然とこちらを見つめる人々へと確かな笑顔を浮かべてみせる。

 初めて笑いかけてくれた人間と同じように。

 

「私は君が好きだ」

「なっ」

 

 途端、少女の顔が真っ赤になった。林檎のように。薔薇のように。可憐な朱色を、心地よく思おう。

 うん。

 そう。

 ……そうだね。

 誰かの悪意に折れることなく、誰しもの好意に心を揺れ動かすことができる貴女は、錫の音が鳴るほどに美しい心をしている。そのような人類こそを、ノヴァク・金猫という女は狂おしいほどに愛しているのだから。

 

「ツアワリちゃんの笑った顔が好きだ!」

「──」

 

 言葉に嘘はなく、その意思を持って強く確かに見据える──少女を呆けた顔で見つめる他なかった大人ひとりを。

 ツアワリ・桜花を産湯に漬けて洗い、不器用にも確かな愛情で育てることができた誠実な女を! 

 

「君もそうでしょ、漁火ッ! ──だったら今! 私達がすべきことは何!?」

「……! ──ああ! 勿論だ金猫!」

 

 発破に、明確な炎が焚き上がるのを感じた。悪意にも屈さず立ち上がれた少女の成長を眺める他なかった女の顔に、垂れ目の瞳に、非常に大きな意思が宿った。

 漁火は立ち上がる。即座に、強靭な大腿の筋力でもって。

 

「ああだこうだ言ったがなツアワリ! 私がツアワリの味方じゃなかった時なんか、君が生まれてから一度だってないんだ!」

「……っ!」

 

 少女の瞳が震え、唇はわななき、引き結ばれる口元の硬さ──その強さ。決して弱さを見せまいと潤む瞳をぐしぐしと袖で拭うツアワリ・桜花を前に、漁火の決意は固まった様子だった。

 

「やるぞ。やれるな、異端者!」

「請われる必要もない。“神の炎”を取り戻す!」

 

 少女を置いて女二人が階段を昇って行った。

 何か声を掛けようとしたらしき呼気を背中に感じ、だからというわけでもないがノヴァクは首だけを巡らせる。

 

「待ってて!」

 

 歯を見せて笑ったのは決して強がりではない。

 

「君が笑っていられる明日を、私達が取り戻すから!」

 

 その言葉は、どのような代償を支払ってでも結実する未来そのものだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 階段を昇りきり、礼拝堂を抜ける最中。背後を歩く異端審問官は言った。

 

「いろいろ聞きたいことがある。……だけどいい、今は問わない。それで、どうやって探す」

「話してる時間も惜しい。簡潔に私の出した結論を伝えるね」

 

 双方の言葉は簡潔だ。事実として会話をするための時間も惜しい。

 漁火へと振り向くこともなくノヴァクは先ほどの推理を語った。

 

「これは単独犯による犯行じゃない。恐らく……以前の偽装殺人事件と関係してる」

「“犯罪者達”か」

 

 女の声音に驚きの色は無い。直近で起きた事件との関連を疑っていたのだろう。ノヴァクは続けた。

 

「規模の不透明な犯罪組織が関与している。教会が即座に反応することを想定して、複数名が外形だけ真似た“神の炎”を持ち運んでいる可能性が高い」

 

 “神の炎”の外形は人ひとりで抱えられるほどに小さな石棺だ。“神の炎”がどのような形をしているか事前に知っていたなら、偽造品を作ることはさほど難しくない。ノヴァクが予想する通りなら、偽の“神の炎”を抱えた者達が、今も『都市』から逃げ出すために馬車に乗るか走っているに違いない。

 

「その全員を無策に拘束するのは不可能だぞ。伝令が間に合わない」

 

 漁火の指摘はもっともだ。技術発展を重要視しなかった人類史において、最速の情報伝達手段とは口頭だ。──しかしそれでは四方八方に逃げ惑うブラフ達への対処としては不十分に決まってる。

 だが、しかし、ここには自称宇宙人がいる。

 

「だから私がいるよ漁火」

「……何をするつもりだ」

 

 言ったとして現生人類には理解できないだろう。

 これからすることは、推理や検証の要素を飛ばして“答え”だけを獲得する、そういう行いだ。

 

「本物の“神の炎”を探し出す。手段の説明は省くよ」

「……」

 

 だから簡潔な事実だけを告げた。背後の女は息を呑むこともせず、その先に続く言葉を待っているような気がした。

 口元を浅い笑みが飾る。

 ……ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリー。彼女との付き合いはこれで何十年になるんだったか。追い、追われ、憎まれ口を叩き合い、だけど不思議なところで協調できる。

 

「だけど……私はそれでもただの凡人だ。私自身に超越的な力はないし、物理的に離れた所へ瞬時に移動することはできない」

 

 立ち止まり、それに合わせて鳴り止む背後の足音。

 振り向く。──空いている片手を漁火へと差し出した。

 

「実行犯を君に捕まえてほしい」

 

 さて、ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーは異端審問官だ。敬虔な信仰を神に捧げる上位聖職者だ。ノヴァク・金猫のような犯罪者の言葉に耳を貸すのか──。

 

「──……感謝する」

「感謝?」

「ツアワリを想っての行い。あんたと私の意思が同じ方を向いていることに、今はただ感謝したい。これ以上の会話は不要だ」

 

 ──爽やかな笑い方だった。

 まるで、真冬の、雲一つない快晴を思わせる開放的な笑い方。

 ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーという女の性根そのものを現すようなすっきりとした顔だ。

 

「さあ金猫、私を使え。残念ながら頭の硬い私だが、この肉体だけは自慢できる」

 

「やってみせろよ奇跡の御業を」──言いつつ確かに、叩くようにして握り返された片手の感触。そこには罪も、異端も、宗教も、何一つ無いと思えた。

 個人が個人へ抱いた愛を優先することに畏れは無い。

 だから、異物であろうと静かに……頷いた。

 

「漁火、外で待機してて──の前に」

 

 ごそごそとパーカーのポケットに手を突っ込み、取り出したのは小石サイズの物体。漁火の手に無理やり握らせたそれはよくよく見れば、人の耳にすっぽりと嵌まりそうな形状をしている。

 

「はいそれ耳にはめて」

「なんだコレは」

「んー。無線式インカム兼網膜投影機」

「?」

「糸電話の糸がないバージョン、かな」

「イトデンワ???」

「宇宙人の秘密アイテムってことで」

 

 意味も分からないまま女が耳穴に嵌めたのを確認してから、二人は分かれた。

 漁火は聖堂の庭へ、いつどこへ進むように指示が飛んできてもいいように。

 金猫はと言うと、『都市』全域を見下ろせるようにこの街で最も高い位置へ──。

 

「──さて」

 

 鐘楼への階段を昇りながら、思い出す。

 1990年前のこと。

 冷たくなったまま二度と起きることはなかった、初めての死者。彼女が死に際に呟いた一言を。

 

『あなたは何を願ってもいいのよ』

 

 ……安らかな顔だったな。

 まるで眠っているみたいにアルフヘイヴ・聖桜は死んだんだ。

 

「誰も悲しみから泣かなくていい星が欲しいな」

 

 夢想が、口元を淡い笑みにした。

 歩きながら。

 足を上げながら。

 

「誰も苦しんで諦めてしまわない星であってほしいなって」

 

 重力に逆らい、高きへと昇りつめ続けて。

 

「ハイファティ。……セオ(・・)

 

 螺旋階段を上っていく。

 塔の隙間から差し込む夕陽は茜色を増し、疑似恒星である《GHAPS》はその輝きを弱めていく。

 

「大丈夫。大丈夫だ。何も心配はいらない──私は君たちに、君たちに続くすべての生きとし生ける命に、これからも続く朝日を見せてあげるんだ」

 

 言葉を聴く者は居ない。独り歩む鐘楼への道に賛同者は誰一人として。

 それでもいいのだと、夕日の中で笑みが語る。

 口以上に物語る。

 

「私は行くよ。人と共に、この星の外へ──この宇宙の全てへと」

 

 そうして段上を昇りきった先。

 見下ろす『都市』の絶景を、神が放つ茜色が焼き焦がすように染め上げる。地平線の彼方までが美しく燃え上がる昼と夜の(あわい)

 

「だから、まだ終わりなんて君たちには与えない。インフラの破壊? その程度で私は君たちの歴史を終わらせられないんだ……!」

 

 全身を鮮血にも似た夕陽色にしたノヴァク・金猫が、鞘を天へと掲げた。

 剣無き鞘を、その先端を天へ。 

 

「初めて話しかけてくれた二人のためにも、誰一人として捨てることはない──!」

 

 そして。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ゼームレス、抜剣」

 

Order Acceptance.(宣託認識)

Hardware Check.(子機確認)

【《Sheath of GODmuder(鏖殺しの鞘):()SLAVEES(スラベス)》,Start.(実装)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日。

 その瞬間。

 静止衛星軌道。

 高度約36000kmにて。

 

 

 

 二つの神が、動いた。

 

 

 

 一つは槌。

 数多の製造ラインと分子印刷機の増築によって構成された万物創造工場。

 二つは鏡。

 疑似恒星として星を照らす、ネットワーク上で繋がる衛星との連携で惑星に昼夜を模造する光の代替鏡。

 人を栄えさせるための器物二つが、その姿勢を変更させていた。 

 神は観測する。

 神は見つめ続ける。

 同じ(・・)く静止(・・・)衛星(・・)軌道(・・)に存(・・)在す(・・)る神(・・)でな(・・)いも(・・)のを(・・)

 地に向けて射出された一条の輝き、黄金の閃光を。

 

 

 

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