『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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殺人哄証:《Sword of GodDeath:ゼームレス》への二千年に及ぶ私の熟考
ノヴァク・金猫(犯罪者、教会に居候してる、笑い方が変、その瞳が持つ色彩は真の意味で黄金である)―①


 

 

 

 1996年3月某日。夜。

 照明の明かりがぼんやりと照らす質素な部屋で、一人の少女が静かに手を組み合わせて目を閉じていた。小さな声音で呟くのは眠る前の祈りの言葉だ。

 ──そんな折である。

 部屋に唯一ある窓が、外から勝手に開いた。物音に祈りの句を止めた少女が目を開くと、そこには女が一人いた。

 見たことのない色をした瞳と髪を持つ、若い女性だった。

 

「あなたは……」

「やあこんばんは『世紀の聖女』さん。桜が綺麗な夜だから、あなたを誘拐しに来たんだ」

 

 唐突な宣言にも、少女は動じることなく微笑んでみせる。

 

「あらまあ。それはとてもすてきなお誘いですね?」

「なんか思ってた反応と違うな……」

 

 女は眉根を詰めて首を傾げていたが、すぐに切り替えた。

 

「まあいいや。どうする? 来てくれるかな?」

「もしかして今からでしょうか。でしたら少しお待ちください。支度をして、あと書き置きもしておかないと……」

 

 少女はてきぱきと身支度を済ませていく。壁にかけてあった黒の修道服に着替え、靴を履き、小さな鞄に日用品を詰め込んだ。テーブルに書き置きを残しておくのも忘れない。

 

『とても素敵な女性に誘われたので、一緒に行くことにしました』

 

「なんか……なんか違う気がする……!」

 

 さらさらと走るペンの動きを目で追っていた女が狼狽えながら呟く。そんな女へと、少女はにっこりと笑いかけた。

 

「準備できました!」

「あ、うん、みたいだね。……じゃあ行こっか?」

「はい。──ところで、あの。あなたのお名前はなんですか?」

「私はノヴァク。ノヴァク・金猫」

 

 女の名前を、少女は生涯忘れることはないだろう。

 

「よいお名前ですね、ノバさん」

「ンフフ。そうでしょ?」

 

 女が嬉しそうに大きく頷くから、少女もまた嬉しくなって笑顔になった。

 

「申し遅れました。私の名前はアルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアル。セオと呼んでくださいね」

「君を、じゃあ──セオさんって呼んでもいいかな?」

 

 言いつつ差し出されたノヴァクの手に、セオはそっと自身の手を重ね合わせた。柔らかく暖かい感触に、鼓動は早鐘を打ち始める。

 薄暗い夜の室内にあっても、もしかしたら赤面しているとわかってしまうかもしれない。

 だけどそれならそれで構わない気がした。

 何故なら。きっと、これは──。

 

 

 ◇

 

 

 世間の極一部において女の行いは誘拐と呼ばれるが、世には罪に名を与えることはできても、罰を与える執行機関がなかった。

 結果として彼女達は誘拐犯と被害者だというのにとある街に居着くことになり……2人の出会いから1年が経った。

 

 

 

 

 

 1997年3月某日。

 神事を執り行うために存在する“聖隷指定都市”の一つ。誰もが端的に『都市』とだけ呼ぶ街の、中心にある広場にて。

 桜が満開の春の日差しの中、噴水の縁でノヴァクは饅頭を頬張っていた。二十歳そこそこの見た目、ぶかぶかすぎて肩からずり落ちたパーカーとダメージジーンズというラフな出で立ちは1年前から変わらない。隣に座る少女セオもまた、修道女らしく黒い服を着た姿に変わりはなかった。

 ――唐突に、無数の重量物が崩れ落ちる轟音が響き渡った。

 道行く人々の足が止まり、なんだなんだと震源地へと目を向ける。

 

「む。京谷堂新作のチョコミントあんこ饅頭、これは新時代のフレーバーだね……」

「ノバさん、ノバさん、あれを見てください」

「……んむん。んぐんぐ」

「ノバさん、ノバさん……」

「そう急かさないでセオさん。京谷堂のおまんじゅうはこれで最後だからしっかり味わっておきたいんだ」

「京谷堂はどの街にでもあるチェーン店だと思うのですが……」

「大量生産されたあんこにもね、それはそれで良さってものがあるんだよね」

 

 口端に黒い粒をつけながら満面の笑みを浮かべるノヴァクに、隣の少女はほほえましいものを見る顔になった。

 

「ノバさんノバさん、あんこが付いていますよ」

「むっ。……セオさんセオさん、舐めとれない位置に付いてる?」

「あらまあ、ふふふ。ノバさんとても面白い顔になっていますよ」

「と、取れない……」

 

 舌を出して非常に残念な顔をしているノヴァクに、少女の微笑みは慈愛で深く大きな笑みに変わる。

 

「あんなにお口を開けてかぶりつくから……。待っていてくださいね、……はい、取れましたよ」

「あんがとー」

 

 取り出したハンカチを丁寧に折り畳み、ポケットに仕舞い直す少女の仕草は非常に楚々としたものだ。

 “教会”規定の、黒を基調とする模範的な修道女の恰好。アクセサリーの類はない質素な出で立ち。長い亜麻色の髪を太い三つ編みにするのが信仰心と乙女心がせめぎ合う中で生まれた彼女なりのお洒落の妥協点だろう。

 アルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアル。

 ノヴァクは、少女をセオと呼ぶ。

 神々への信仰に篤い敬虔な信仰者だ。

 

「それで? 何かあったの? セオさん」

「何かあったもなにも、先ほどとても大きな音がしました。ほら、あっち」

 

 そんなセオがつんつんと指差して示す先――広場の端の方には大きな人だかりができており、人々の垣根の隙間からはやや険悪な雰囲気で言い争う二人の男女が見て取れる。

 

「ふむ」

 

 唇の上に残っていたチョコとあんこの甘さの残滓を、ぺろりと舐めとりつつノヴァクは少しだけ思案して。

 

「事件の匂いかな」

「事件の匂いですね!」

 

 女の言葉に少女の言葉が重なった。ノヴァクを横から見上げる少女の瞳は興味深々といった様子だ。

 その、混じり気のない黒の瞳が放つ艶と光沢。キラキラと輝く眩しさにノヴァクは苦笑を浮かべた。

 

「ノバさん、やはり事件は放っておけませんよね?」

「いいんじゃないの。放っておいても」

「もう! またそんなことを仰る!」

「だってさあ、ほら」

 

 同じ表情のまま女は右手の人差し指をピンと伸ばして空へと向ける。指の向かう先には果てなどない青空が広がっている。

 天には、主な輝きが三つあった。

 

「解決なんかされなくったってこの星は回るし……」

 

 一つは恒星に等しい光量を放つもの。形状は真円。

 二つはそれより幾ばくか光量は落ちる。その形状が槌であることが肉眼でもはっきりと分かった。

 三つは、先の二つより更に薄暗く輝く筒だ。節くれだったその形状は穴を開けた人の指骨のようにも見える。

 

「神様ってやつは呑気に浮いてるよ」

 

 それら三つの発光体を見上げながら、ノヴァクはそう言った。

 

「それにねセオさん」

「?」

「今日はとても良い天気をした日だ。花見でもしながらうたた寝したい気分にならない?」

 

 ノヴァクがその場でごろりと横になった。陽に透けるような金色の髪が軽やかに広がる。気ままな仕草にセオが「まあ」と口に手を当てて驚くのを、おかしそうに笑った。

 

「セオさんセオさん、事件なんて放っておいて私と一緒にお昼寝でもどうですか?」

 

 ぽんぽんと女はセオと自分の間にある隙間を叩く。

 

「それはとても素敵なお誘いですね」

「でしょうでしょう」

「ですがノバさん、ここは神の御所です」

「ほう。神さまのおんところ」

「ええ、主の方々の」

「セオさんは神々のために善くあろうとするのかい」

 

 声音は少し冷めざめとしている。

 

「善きものであろうとする私を、神はいつも見守ってくれていますから」

 

 対しセオの言葉には暖かいもの以外がなかった。

 少女は毎日の神々への祈りを欠かさない、敬虔な信仰者だ。毎週日曜日のミサをこれまで忘れず行ってきた清らかな心の持ち主だ。

 セオは、人より少しだけ信心深く、人より少しだけ信仰に篤く、人より少しだけ善行を慈しむことができる少女だった。そして同時に、今この星で生きる599億人の中で誰よりも優しく、きっと世界で一番愛情深くあることができる少女だろう。

 

「ノバさんノバさん、さあ、行きましょう!」

「今日もセオさんは元気いっぱいだねー。『世紀の聖女』ってみんなセオさんみたいな感じだったのかな?」

「ええきっと。百年前も、二百年前も、始まりの1年目も。間違いなく!」

 

 尋ねる頃にはセオは立ち上がり、その小さな手で女の手首をつかんで引き上げている。

 吊られる形で体を起こしたノヴァクへとセオは眩しい笑顔を向けた。

 その笑みはきっと可憐なものだったのだろうが、空に浮かぶ三つの輝きが逆光となりノヴァクからははっきりと見えない。

 

「さあ、善行を!

 困り果て迷える人々に灼かな祝福を!

 私は、ノバさん、神のお導きを信じています」

 

 “教会”の上位聖職者たちが見たら卒倒しそうなほど模範的な修道女らしい振る舞いに、ノヴァクは笑う他ない。

 

「フフフセオさんは今日も楽しそうに生きてんね」

「はい。ノバさんと一緒だと毎日があっという間です」

「ンフフ」

 

 女の笑みには、セオの在り方を嘲るような嫌味っぽさや、皮肉の様子はひとかけらもなかった。ただただ少女に掴まれるままの手首を、その気になれば簡単に振り払えるというのにそのままにして、女は立ち上がった。

 

「……仕方ないなあセオさんは」

 

 セオという少女が見せる純粋な信仰心は揶揄する気も起きないほどに硬く、そして力がある。

 本物の恒星が衛星たちを掴んで離さないほど強烈な重力を放つように。

 

「よしやるか! 行こうセオさん」

「はい!」

 

 そうして二人は人だかりの方へと足を向けた。するすると雑踏をかき分けると、――目に入るものが幾つか。

 運搬中だったのだろう丸太が幾つも地面に転がっていた。丸太を縛り固定していたらしき縄もある。

 指示がなくなりその場で停止する荷馬車の馬が二頭。丸太の傍で真っ青にした顔で平謝りする男に、同じく血の気を失った顔で女が震えている。

 

「わ、わざとだったんでしょ?」

 

 と、女。

 

「違います!」

「嘘よ、こ、この……ひ、人殺し!」

 

 周囲の人々が更に騒ぎ始める。

 人殺し、人殺し、殺人未遂……? などいう言葉がノヴァクとセオの耳にも入ってくる。

 状況を僅かだけ静観していたノヴァクは、これ以上女が理性を無くす前に行動に移ることにした。

 

「こんにちは。おまんじゅうは好き?」

「は――はあぁ?」

 

 唐突に声を掛けられて、先に反応したのは平謝りしていた男の方だった。自信たっぷりな張りのある声音に、目を丸くした男の視線と、周囲の人々の眼が一切に向けられた。

 

「ノバさんは甘味を摂ると気分が落ち着くと言いたいのです」

「私が食べちゃったけどね」

 

 ノヴァクは人々の視線がさも心地良いとでも言いたげに笑っている。 

  

「なんなんだあんたらは……」

「ふむ。そうだなあ、どう言えばいいかなあ」

 

 問いかけは困惑まじりで、だから無数の答え方があった。

 『だれ』と尋ねたつもりだったなら答えは簡単だ。

 

「この子の誘拐犯」

「この方にユウカイされ中です」

「???」

「……誘拐」

 

 『なぜ』という意味でなら、さして大した答えは用意できない。しいて言うなら『なんとなく』。

 『いつから』と――そういった意味だったなら、その答えは『1997年前』だ。

 

 

 

 1997年前のことだ。

 質量の神、有機創成槌《真理大数11/12(イレニトエル)》は初めに人を21人創り、次に星を作り、その後に100万人を地に置いた。

 

 1997年前のことだ。

 熱量の神、擬似恒星鏡《GHAPS(ガープス)》はボイド空間に輻射熱と重力を取り寄せた。

 

 1997年前のことだ。

 力学の神、外敵祝福筒《骸=なる物=たる者(ゥエル・ェル・ァアル)》は極超新星爆発(ハイパーノヴァ)を連続誘発して宇宙の四十分の一を死の世界にした。

 

 

 

 この星の衛星軌道上に実在する神々。

 槌と鏡と筒。

 それらは現実的な効力を持った存在として被造物たる人間を祝福した。祝福したが、同時に規則を作り、そして要求もした。

 

「困ってるんでしょ? 事件なんでしょ? だったらこの私にお任せだ。どんな不思議な事件も私がばっちり解決してみせるよ」

 

 《真理大数11/12(イレニトエル)》は殺人を許さなかった。

 《GHAPS(ガープス)》は経済行為そのものを許さなかった。

 《骸=なる物=たる者(ゥエル・ェル・ァアル)》は……まあ、話すまでもない。

 惑星総人口599億人。

 年間犯罪数、世界平均1.2件。

 この星に住まう人々は当然の常識として神を受け入れ、誰もが崇め奉り、世界規模をした宗教の主軸に据えた。

 

 

 その星に飢えという概念はなかった。食糧は不足があれば衛星軌道上の神が投げてよこした。

 その星に疫病というものはなかった。重篤な問題が発生する前に衛星軌道上の神が人を害するものを破壊した。

 その星に戦争という言葉はなかった。兵器という概念さえ人々は思いつきもしなかった。

 

 

 誰かに罪があっても、罰を人が人に与えられない、裁けない――裁く必要のない星。

 楽園の星は誕生からもう間もなく2000年が経とうとしている。

 世紀級神事『聖体断裂』を二年後に控える中、『都市』では黄金の瞳を持つ女と、そんな女と行動を共にする聖女が居た。

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