『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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ノヴァク・金猫(犯罪者、教会に居候してる、笑い方が変、その瞳が持つ色彩は真の意味で黄金である)-③

 

 

 同日。夜。

 

 どんな村にも街にも必ず神々を礼賛するための聖堂がある。

 人々が礼拝堂で祈りを捧げ、悩み事を懺悔室で告白し、心の安寧とより善き者になるための信仰を成す……そういう場所だ。規模の大きな街ではパイプオルガンを備える聖堂もある。

 

 “聖隷指定都市”の一つ、長すぎる名前を持つために誰もが端的に『都市』とだけ呼ぶその街にも『聖堂』はあった。

 礼拝堂内部には壁面を覆う巨大なパイプオルガンが佇み、身廊の竜骨型天井(ヴォールト)は床面から50メートルの高さにある世界最大級のもの。

 塔が幾つも寄り集まったデザインは、世界的に見ても重要な神事を行うために古代に建てられたことを建築様式とその大きさで示す。外から最長の塔をよくよく見ると、微細な輝きを放つ糸らしきものが空に向かって真っすぐに伸びているのが分かるだろう。それは成層圏を貫通して静止軌道まで到達する“神の足(カーボンナノチューブ)”──軌道エレベーターの主要構造体だ。神からの物資受取を担う軌道エレベーターは神自身によって建造された御業の産物だが、古くからある聖堂ほど機能として備えていることが多かった。

 

 さて、そんな大聖堂と言って差し支えない規模を誇る『都市』の聖堂、その敷地の隅には宿舎がある。

 荘厳な聖堂とは打って変わって実に質素な、二階建ての小ぢんまりした一軒家。そこが聖堂の管理人──主席司祭であるツアワリの自宅になっている。数名の入居を考慮された広さの家からは清潔な灯りが漏れていた。

 リビングとキッチンが一体化した居間で、空になった皿を前にノヴァクが手を合わせた。

 

「ごちそーさまでした!」

「はい、おそまつさまでした」

 

 食器を取って台所に運びだしたツアワリは耳先が少し赤い。うまいうまいとミャアミャア言いながらノヴァクが食べるからだ。

 

「ぷふー。ツアワリちゃんの作る料理はいつもおいしいねえ」

「ほ、ほめても何も出ませんからね」

「ンフフいやほんとにツアワリちゃんの料理はマジおいしいから。司祭さんじゃなくて料理人にもなれちゃうかも!」

 

 手料理を褒められて悪い気はしないのだろう。「言いすぎですよ」と言いながら、台所に立つツアワリが皿洗いを始める。ツアワリも、同じく聖堂宿舎に居候しているセオも、ノヴァクより食べるのが早い。てきぱきと仕事をこなせるツアワリは二人分の皿を洗い終えていたから手伝いをするまでもなさそうだった。腹も満たし、先に入浴も済ませてしまっている。

 ──もう寝ようかな。やることないし。

 そう考えた女が席を立つと、ちょうど皿洗いを終えたツアワリが手を拭きながらこちらへと振り返った。

 

「ノヴァクさん? どちらへ?」

「部屋に戻ってゴロゴロ!」

「……ノヴァクさん、働かざるもの食うべからずという格言をご存じですか?」

「ふむ……。それは働かない者は食べなくてもよいという意味だね」

「分かってるなら明日庭掃除してくださいね!」

「はーい」

「一緒にお祈り! しましょうね!」

「ほーい」

 

 ノヴァクとセオが二人して聖堂宿舎に居候しだしたのが半年前のことになる。

 経済活動が絶対の禁忌とされるこの星で対価を要求することは出来ないが、善意の奉仕を求めることは神々に許されていた。セオなんかは毎日礼拝堂の掃除をしている。ノヴァクは庭の枯葉を集めて焼き芋を作り、二人に振る舞うなどして「もっとまじめに働いてください!」とまじめな司祭に叱られたりしている。だがツアワリは焼き芋が大好きだ。

 大粒の猫目に怒鳴られながら居間を出る際、ノヴァクはひらひらと手を振った。

 

「おやすみツアワリちゃん。今日はお疲れ様」

 

 昼間の、広場での事件についてだ。

 

「いえ、あれくらいは司祭として当然のことです。……おやすみなさい。ノヴァクさんに穏やかな夜が訪れますように」

 

 律儀にツアワリは手を組み祈りの姿勢を取る。まじめだなあとケラケラ笑って、ノヴァクは居間を出た。

 階段を上り、二階へ。

 二人にあてがわれた一室が廊下の奥にあり、そこがセオとノヴァクの私室兼寝室だった。

 扉を開ける。

 電灯ひとつがぼんやりと照らす部屋の中。セオが、部屋の真ん中で跪き祈り手を組んでいた。

 こちらに背を向ける少女は既に寝間着である質素な長衣に着替えている。壁には丁寧にブラシ掛けされた修道着がハンガーに吊るされていた。

 

「……主よ、今日も生きとし生ける全ての人に御身分け給う《イレニトエル》よ。

 主よ、明日も星の全てに光と熱で豊穣を許し給う《ガープス》よ。

 主よ、今日まで我々を守り給う《ゥエル・ェル・ァアル》よ。

 我々に安らぎを許してくださることに感謝します。

 我々に繁栄を許してくださることに感謝します。

 人類は自らの幸運、恵まれた立場に驕ることなく今日も主の方々が創り給う人類との連続性を証明し……」

「……」

 

 セオは毎日眠る前に祈りの言葉を捧げる。静止衛星軌道にいる神々に届くはずもない祈りだが、それをノヴァクは邪魔しない。話しかけても終わるまで反応しないことを出会ってからの1年で理解している。

 二人で共用しているダブルサイズのベッドに腰かけ、ノヴァクは真摯な祈りを口ずさむ少女を横からじっと見つめた。

 ぴたりと閉じた瞼。まつ毛が長い。綺麗な形をした桜色の唇。三つ編みを解き、ふわふわと緩くうねる亜麻色の髪が部屋の照明で艶めいて輝く。

 

「……」

「……人類は今日も平和です。人類は今日も善きものです。人類は明日も主の方々が敷いた禁を破らず過ごしてゆきます。主の方々においては明後日に至るまでの福音をどうかくださりますよう心から願います」

 

 祈りの言葉がそのようにして締められる。ゆっくりと瞼を押し上げ、ふうと浅く息を吐き──じっと見つめ続ける女の視線に気づく。

 

「あらノバさん。いつからいたのですか?」

「ンフフいつからだと思う?」

「うーん。……わかりません」

 

 少し気恥しそうに、困り眉でセオは笑った。その場で立つと、ノヴァクの隣にセオも腰かける。

 かすかに軋むベッド。軽い物音と共にセオは言う。

 

「今日も素敵な一日を過ごすことができました」

「そう? ならよかった」

「それで、本当に不幸中の幸いの、ただの事故だったのですか?」

「?」

 

 唐突に。

 だけど実に自然な流れで。

 問われた言葉に、ノヴァクは笑い目のまま首をかしげる。

 顔の向きを、改めて隣の少女へと正した。

 

「『あなたみたいな男なんか信用できないに決まってるじゃない』……私、この言葉がずっと引っかかってるんです」

 

 犯罪など一つも起きない『都市』の夜は酷く静かだ。街の喧騒から離れた聖堂の宿舎ならば尚更に。

 誰もが自宅で神々に祈りを捧げた後に眠る頃合い。

 星の無い夜空の下。

 死んだように街が寝静まるまでの(あわい)の最中、二人きりの室内で、少女の声音はかすかな興奮が入り混じる。

 

「思えば最初からあのお二人の男女はどこか緊迫した様子でした。危うく大事故になりかねない状況だったということを差し引いても、なんだか張り詰めたものがあったように思えてならないのです」

 

 セオは昼間の出来事を一つ一つ、思い出すかのように目を瞑る。撚り、束ね上げられた糸を細い繊維にまでバラバラにするみたいな丁寧さで。

 

「もしかしたらあのお二人は、もともと知り合いだったのではありませんか?」

 

 ノヴァクは答えなかった。少女の言葉の続きを待った。

 

「私達は不幸な事故だと決めつけてしまっていた。事実として縄は切れかかっていたのでしょう、丸太も何日も運ばれ続けていたのでしょう」

 

 だけど。

 例えば。

 

「『この人の前で縄が切れてほしい』という些細な願いが、あの男性にあったのだとしたら。管理不行き届きなどではなく、小さな願いと共に管理をわざとしていなかったのであれば……」

「……」

「私達は、事件を事件たらしめる何かを見落としていたのでしょうか」

 

 ノヴァク・金猫は自身が何を問われているのか、問いかけの時点で理解していた。理解はしていたが答える気がなかった。

 少女は興味と疑問で一杯の、煌めくような黒い瞳をこちらへ向ける。創星のころから一つとして星が輝かない夜空よりも尚、セオの双眸は輝きを放つ。

 

「それとも──“何か”を見過ごすように、誰かに誘導されていたのでしょうか」

 

 男女の証言の食い違いを、それぞれが信用ならないからと真っ先に切り捨てたのは誰だったか。

 事件の解釈を早々に『不幸中の幸い』と断定したのは。

 ツアワリ・桜花に事件の詳細を伝えたのは? 

 丸太で手を切ってみせたのも、痛くもないのに声を上げたのも。縄を手に取って広げてみせたのも。

 

「ンフ」

 

 ノヴァク・金猫の表情は崩れない。

 

「そうだなあ。例えば──例えばの話ね」

 

 女の笑顔はびくともしないでセオへと向かう。

 

 

 

「例えばさ。私が、10のマイナス19乗メートル単位の工作精度を発揮する“手”を持ち、この世に存在する全素粒子の運動完全予測が出来るほどの“脳”を持ち、宇宙総領域を視認可能な“眼”を持っていたとしたら、それはつまりどういうことが出来ると思う?」

 

 

 

 言葉の意味を、セオは理解することができない様子だった。

 ただきょとんと瞬きをするばかりで言葉の意味をうまく呑み込めない、空白の表情。当然だとノヴァクは思う。神の物質的な祝福は飢えも戦争も引き起こさなかった。不足があるからこそ渇望を起点に起こり得る技術の発展が、この世界では起きるはずもない。観測機器など碌なものもない文明レベルなのだ、この星は。

 

「私はね、セオさんと同じ形をしているけれど、この星で生まれた存在じゃないよ」

 

 この星には概念としてさえ存在しない言葉をあえて使うなら……。

 

「一年前にも言ったね。私は宇宙人(・・・)だ」

「ウチュウジン……というのが何なのか、やはり私にはわかりません」

「セオさんとは価値観が全然違う人種とでも思ってくれればいいよ」

 

 先の発言の真実性を語らず、女は話を戻す。

 

「皆聞くよね、『真相は?』『事実は幾つ?』、そればかり知りたがる。でも答えるならそうだね──『それを知ってどうするの?』」

 

 ノヴァク・金猫は不信神者だ。

 宇宙人らしく超能力や魔法や神秘の力が扱える……なんて事もないただの女だが、それだけははっきりしている。神など信じていない。

 

「世において事件というのは起こるものだよ。物質がそこに存在し、拡散、集合の後に再び離散を繰り返す性質を持ち合わせる以上、それはカオスな事象だ。あんな神には制御できない。だからこそ大事なのはただ一点」

 

 ノヴァクは両手をそれぞれ掌を上にして差し出した。セオの隣で女の細い手が天秤を象る。

 

「過失? それともまさか、故意?」

「過失か、故意か……」

「だからねセオさん、時系列には意味がないよ。意味を持つのは、意味があるのは、意思だよ。……だけどね、真に大事なものであるはずの意思さえ人は制限されている。殺人行為が絶対の禁忌とされていて、二千年も経つと破ろ(・・)うに(・・)も破(・・)れな(・・)い善(・・)人し(・・)か残(・・)らな(・・)()。だから『できれば死なないかな』程度の感情は、その程度の感情のまま黙殺されて然るべきだ」

 

 言外に、だから殊更に暴き立てるつもりはなかったのだと。

 そう語り。

 結局ノヴァクは、そうして女の中で結論付けられている真相も真実も、何一つ語らずうやむやにした。

 男女がもとより知己の中であり、偶然の事故なんかではなかったとして――何もかもがノヴァクにとってどうでもいい事象の一つだ。

 

「うーん。私としては真相が気になるのですが……」

「知る必要のない事実なんてたくさんあるじゃない? 知られたくない真相を抱える人なんてそれことたくさんいるよ」

「そうでしょうか……」

「そうだよ絶対そう」

「そうなのかもしれません……」

「ンフフ」

 

 隣のセオはノヴァクの言い分を呑みこむのに苦労しているのか、むむむと眉根を詰めて考え事を始めてしまう。まじめな少女だ。なんでもすぐに真に受けてしまう。──苦笑交じりに、女が懐から小さくて丸い物体を取り出した。

 

「てな訳ではいこれ」

「? お饅頭?」

「昼間のね、女の人が迷惑をかけたからって」

「まあ。それはご丁寧に。今度お会いしたらお礼をしなければなりませんね」

 

 昼間の女がもともと持っていた菓子折りを、そのまままるっと貰ってしまったのだ。ツアワリにも渡してあるし、残りは台所に保管してある。

 寝る前なので一個だけの饅頭を、二人で分けた。一口噛めばしっとりとした餡子の柔らかな甘さが舌の上に広がっていく。

 

「ノバさんノバさん、おいしいですね」

「ねー!」

 

 後でまた歯磨きをしましょうねと言われて渋々ノヴァクは頷いた。

 二人でゆっくりと甘い菓子を味わう時間は、それだけで心を満たす。

 

「ね?」

「?」

「こうやって甘いもの食べてればさ、なんかどうだってよくならない? 事件なんて解決しなくても、大事にはならない世界なんだしさ」

 

 ノヴァクは、饅頭は甘いから好きだった。

 甘味は強烈な経験として記憶に残る。明日のお茶請けも今から楽しみで仕方がない。 

 

「確かに事件を解決できなかったらおまんじゅうは食べれなかったよね。でも」

 

 唇をぺろりと舐めとり、ノヴァクは前を向く。ベッドとサイドテーブル、小さな椅子が二つだけの質素な室内を見渡す。

 いつまでもこの部屋で過ごしていいと言われたなら、ノヴァク・金猫は悠久の時をこの部屋で生きるだろう。

 足枷を嵌められて、牢獄で罪を償えと責め立てられても、ノヴァク・金猫はいつまでも獄中にあり続けるだろう。

 喜んで。

 発狂せずに、永遠に。

 

「──いいよ。大丈夫。私はいくらでも我慢できる」

 

 時が、全ての課題を解決できると確信しているから。

 

「毎日こうやって甘いもの食べてのんびりできたら、それって良いことだと思うんだよね」

「そうですねえ……」

 

 隣の少女もまた、まったりと饅頭の後味を名残惜しみながらも頷いた。肯定寄りの首肯は穏やかで、目を閉じる仕草は柔らかい。

 それでもいずれは舌上から甘味は失せる。

 

「ノバさん、あなたの手を取った一年前に言った通りです」

 

 セオが目を開き、真摯な眼差しでノヴァクを見上げた。

 

「私はアルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアル。

 神が直接創造した始まりの21人──“聖者(インペリア)”の直系です」

 

 人類(・・)の起(・・)源は(・・)二つ(・・)ある(・・)

 一つはセオが言った通り、神が自ら創造した21人の直系子孫“聖者(インペリア)”。

 二つは、“聖者(インペリア)”の後に神が創った惑星上で、神が瞬間的な生物進化を促進させたことで誕生した、一応は生物学上のまっとうな進化史を持つ“人間”だ。

 ──だから、姓に聖の字を戴く者は特別な血族を意味する。

 始祖21人の末裔達は、己が名前以上に家名と自らを同化させる。セオがアルマツァーレという本名を持っていたとしても、家名で呼ばれることを求めるように。

 何ら特殊な力を持たなくとも。

 “聖”を持つ者は皆、当代における人類の代表である。

 

「私たち人類は、主の方々が給う祝福なしでは成立できない文明の中を生きています。食糧も、インフラも、何もかもを主の方々の恩恵ありきに依って立つ人類は、天に在らせられる御身に『人はまだここにいる』と証明しなければなりません」

「『神意解釈論』とか『神意学』ってやつ? 人間相手に対話したことがない神様なんかの真意を探ったところで意味ないと思うけどね」

「それでも主の方々が一つ、《ゥエル・ェル・ァアル》の宣告は私達にとって非常に重要な意義を持ちます」

 

 三神は衛星軌道上を周回するばかりで1997年間の一度も人間相手に自身の意思を示したことがない。ただ人類は神によって創られた瞬間に三つのルールが自らに課せられたことを知ったのだ。

 一つ、経済活動の禁止。

 二つ、殺人行為の禁止。 

 三つ、『聖体断裂』の履行。

 

「そのための世紀代表血統(インペリアル)であり、20世紀の人類を代表する私です」

 

 百年に一度の祝祭。神が宣告し人が歴史上最も重要視する世紀級神事がある。

 名を、『聖体断裂』。

 『聖体断裂』はその履行に“聖者”を必須とする。

 惑星規模で行われる神事の、最重要存在。それこそが“聖者”の中でも殊更に重要な役割を与えられた聖女、アルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアルだ。

 

「……」

 

 今、共にツアワリの下で居候をしている少女なくして人類は存続できない。

 比喩でなく真実そのままの意味で、次の(・・)世紀(・・)を迎(・・)える(・・)こと(・・)がで(・・)きず(・・)に絶(・・)滅する(・・・)

『聖体断裂』はそれほどに重要な神事であり、セオもまた世界的に見ても重要な存在だった。

 

「セオさん、あなたに手を差し伸べた一年前に言った通りだよ」

 

 そんなセオを誘拐しようと思い立った一年前の出来事を、女は思い出す。

 初めて出会った場所もこれくらい小ぢんまりした私室だった。

 窓が一つに、ベッドとテーブルと椅子がそれぞれあるだけの質素な内装。それ以外は何もいらないのだと、無私で無欲な在り方を掲げた少女の、祈りの夜を。

 

「セオさんは神の下僕なんかじゃないよ。人一倍信心深くて、人一倍誰にも優しくできる女の子だよ」

 

 話しかけてもセオはこちらに気付くことなく敬虔な祈りを捧げ続けていた。

 それが少しだけ気に食わなかったのを、今でも鮮明に思い起こせる。

 

「セオさん。あなたは神のためだけに生まれたはずはないのだし、インペリアルだからって生まれた時から“教会”に監視されていい理由なんてどこにもない」

「監視……というほど自由がなかったわけではないですよ?」

「じゃあこう言い換えよっか。軟禁」

 

 少女は決して認めようとしないが、1年前までのアルマツァーレ・聖桜=インペリアルは“教会”によって保護下に置かれていた。生まれてからずっと警護が付く生活をしていた。罪を犯す者もほとんどいない世界で何から警護するのかノヴァクには真剣に疑問だった。 

 

「あなた達の重んじる教会教義がセオさんに不自由を強いるなら、枢機卿団の奴らは全員今すぐ土下座して首を吊るべきだ」

 

 当時13歳だった少女が、ただ生まれついての宿命があるからと──それだけの理由で自身の生に何ら選択肢を持てないでいる現状。ノヴァクは少女と出会って、真っ先に不満を覚えたのだ。

 ──だというのに。

 

「……セオさん? どうしてニコニコしているのかな。これでも一年前までのセオさんの境遇には怒ってるんだよ」

「ふふふ。はしたなくてすみません。あの時のノバさんを思い出すとどうしても口元が緩んでしまうのです」

 

 口元をちいさな両手で覆い隠して、くすくすと肩を上下させる少女。足をぱたぱたと上下させるから、ふわふわの栗毛が吊られて緩くうねる。ノヴァクがふくれっ面になるのも面白かったのか、またひとしきり笑ってから。

 

「私は私の生き方に誇りがあります」

 

 朗らかな顔のまま少女はそう言い切った。

 

「主の方々が創った“1997年前の人類”と、今を生きる人々が同じモノであることを証明するための人生。次の100年間を生きる人々の連続性を証す、ただそのためだけにある、私の、巡礼の旅……」

 

 少女の混じり気のない黒の瞳に映るのは、黄金の眼を持つ女だけだ。

 

 

 

「私の神が、私を見つめてくれています。

 私は、だから誇りある私(インペリアル)でありたいのです」

 

 

 

 柔らかく。暖かく。口どけの良い、祈りの言葉。全幅の信頼を寄せた笑顔。

 果てしない信仰をノヴァクは感じた。

 成層圏なんて容易く突き抜けて、天蓋(そら)さえ破れるほどに強固な願いを。

 

「…………………………ンフフフ」

 

 一年前出会った時から何一つ変わらない少女だと、改めてノヴァクは思った。

 自分がどのような状況にあろうとも頑なに清廉な信仰を掲げる修道士。それがセオだ、アルマツァーレ・聖桜=インペリアルだった。……ノヴァク・金猫が持ち合わせていない、芯ある意思を持っているという意味で、女が勝てる道理はどこにもない。

 ──何が14歳の少女に、こうまで堅い意志を灯させるのか。

 

「あーあ。神さまには敵わないね」

「あら。勝負をしているのですか?」

「いっつも負けてばっかだけどね。初めて見上げてからずっと負けっぱなしだよ」

 

 だけど、ともノヴァクは心の中だけで言葉を続ける。

 ──負けているからって何もかもが悪いかと言われれば、まあ、そうでもないな……。

 

「……君を誘拐してよかった」

 

 すぐ隣に、暖かく、血の気の通う体温を持った少女がいるから。

 共に半年の旅をして、『都市』に腰を落ち着ける決断をした。

 くだらない事件も、変な事件も、不思議な事件もあったがどれも悪い思い出ではない。

 世界は平和だったし、誰も彼もが誰かに優しく在れる星だ。アルマツァーレ・聖桜=インペリアルは毎日を笑っていられた。

 

「外の世界で自由に振る舞うセオさんはいつも楽しそうだからね。楽しそうにしてる君に振り回される生活は、刺激的で、愉快な事ばかりで、飽きそうにないや」

 

 一年経っても、今でも、心の底から思う。

 ほんの思い付き。気まぐれ、暇潰しでしかなかった聖女の誘拐は、決して間違いなんかじゃなかったと。

 

「そろそろ歯磨きして、寝よっか」

「はい」

 

 洗面所は一階だ。二人で共に部屋を出る。

 階段を下りるのはいつもノヴァクが先だった。それはセオが譲るからではなく、女に身に付いている自然な所作としてのもの。足を滑らせた後ろの者をいつでも支えれるようにという思いがあっての行いだ。

 一段、二段と先を行き──振り向く。 

 

「明日は何する?」

「──あなたと。ノバさんと一緒にいられるなら何だって」

 

 少しだけ見上げる位置に、手すりを掴んで立つセオがいる。

 部屋と打って変わって暗い階段の中にあっても、窓から差し込む夜の瞬きに月も星もなくとも。

 亜麻色の聖女が微笑んでいるのが、ノヴァクには分かる。

 

「楽しいことを。色んなことを、一緒にしてみたいです」

「うん。よし。じゃあそうしよう」

 

 頷いて、階段を降り、歯を磨き。

 そうして二人で部屋まで戻ると今度こそ眠りについた。二人で同じ寝床を使うのが、一年前からのルールだった。

 

 

 

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