『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。 作:てりのとりやき
ある日のことだ。
「――お、今日はツアワリちゃんがピザ作ったんだ」
「新しいレシピなので試してみたくて……。ど……どうですか……?」
「さすがツアワリさんです。とっても美味しいです!」
「ありがとうございます。よかったぁ……また作りますね」
ある日のことだ。
「おお……。今日のピザは昨日と具材が違うね? 複数のチーズだけをトッピングにしたんだ」
「ピザってパンよりも万能かもしれません。具材を乗せて焼くだけというのはお手軽ですし、美味しいですし」
「さすがツアワリさんです。チーズだけなのに美味しいです!」
「そ、そうですか? じゃあまた作ろうかな、えへへ」
ある日のことだ。
「お、おお。今日もピザなんだ」
「はい! いいですよね、ピザ!」
「さすがツアワリさんです。明日は私も作ります!」
「ぜひそうしましょう!」
――嫌な予感は、四日連続で夕食がピザだった辺りからしていたのだ。
◇
ノヴァク・金猫は早起きが嫌いである。
「ノヴァクさん!」
「ウ~」
「ノーヴァークーさーんー!」
「ウウ~」
何故早起きを嫌うかと言われればそこまでしてやることがない無職の暇人だからというのは勿論のこと、朝はだらだら二度寝するのが習慣になっているからだ。
そんな女の肩をぐいぐい揺すり起こそうとする、意思の強そうなはきはきとした少女の声音。人前で喋り慣れているのだろう滑舌の良さ、張りのある響き――聖堂管理人である主席司祭のツアワリだろう。
肩に触れられた辺りで意識が覚醒していたノヴァクだったが、うーうー言いながら抵抗を試みたもののどうやら無駄だったらしい。
「来てください! 早く早く早く!」
「うごぇっ」
女が起きていることに気付いたツアワリが強引に手首を掴み、引きずり起こしたのだ。布団に包まっておまんじゅうモードに移行していたノヴァクを容赦なくベッドから解き放つ怪力は、よほど少女が興奮している証。
「な、なになにどしたのツアワリちゃん」
「いいから早く!」
体に引っかかる布団を剥ぐことも許されずに、ノヴァクはツアワリに引っ張られるまま部屋を出る。同じ部屋で寝泊まりしているセオが既にいなかったのは、聖堂でお祈り中だからだろうか。
階段を降りる時も、居間を素通りして玄関を出た時も、少女はがっちりとツアワリの手首を掴んだままだった。されるがままなノヴァクが今日も今日とて素晴らしい快晴の空、その眩しい青さに目を細めていると――聖堂付近の庭。そこに、見慣れぬ物体があることに気付く。
外形は煉瓦を組み合わせたドーム型。後部から突き出た煙突と、辺りにまとめられている薪の数々……。ドーム型の煉瓦は中を空洞に作ってあるらしく、何かしらを投入するのだろう入口の奥ではちろちろと焚火が燃えている。
なんだあれ。
「ツアワリちゃん? あれは何……?」
「少し前に煉瓦職人の方に依頼していたのが、今朝完成したんです」
ノヴァクの頭から急速に眠気が吹き飛んでいった。脳裏を駆け巡るのは、ここ最近ピザ作りにドハマりしていたツアワリ・桜花の凝り性具合についてだ。
上から下までかっちりとした黒の祭服に身を包んでいる司祭の少女は、よくよく見れば調理中によく使う白のエプロンを身に纏っている。そして、迷うことなく煉瓦造りの煙突付きドームへと直進している……。
「……。………………」
だいたい察しは付いていたが、煉瓦で組まれたあのドーム型の物体は『窯』だった。ある程度近づいた時点でかなりの大きさをした窯だと女は気付く。
「な……なんのためにあんなものを?」
「私気づいたんです。ピザを美味しくたくさん焼くためには、キッチンにあるオーブンでは能力不足だと……!」
何の為に――なんて聞くまでもない。
ツアワリ・桜花は凝り性であり、料理好きであり、生まれて初めて作ったピザが同居人二人に好評だったからもっともっと作りたいと考えているのだ。
「ええーっと、何もそんな大量に焼く必要はないんじゃないの?」
「ノヴァクさん、本気ですか?」
少女が振り向く。針金みたいに癖のない黒のポニーテールがさらさら揺れた。――おいおいマジですか? みたいなジト目をツアワリがしていた。
「よくよく見ればピザって、丸くて《ガープス》に似た縁起のいい形をしていますよね」
「はあ。うん。まあそうだね」
第二の神、疑似恒星鏡《
そしてツアワリの言う通り、この世界において『丸くて平たいもの』というのは神と似た形状ということで、非常に縁起が良いものだとされている。
ノヴァクはだいたい話の流れが読めつつあった。
「つまりですね、ピザ作りは神々へ信仰を証明するための善行であり、祈りなんです!」
「……おー」
なるほどその発想はなかったな。
……窯の前に到着すると、ようやくノヴァクから手を離したツアワリが、実に嬉しそうな満面の笑みをしているではないか。これまで見せたことがないほど可愛らしい笑顔でこちらを見上げるではないか。
「さあノヴァクさん、一緒にピザを焼きましょう! 焼いて焼いて焼きまくりましょう!」
「……でもそんなに焼いても三人じゃ食べきれないよ?」
ダメ元でノヴァクは聞いた。布団からひょっこり顔だけを出し、首を縮めた姿勢で。これから訪れる未来に恐れをなしている弱弱しさが如実に表れている中、ツアワリの興奮度合いは天元を突破していた。
「焼き上がったピザを街の皆さんに食べてもらうのです! ――そうだ! これからは日曜のミサで配っていくのもいいかもしれません!」
「…………えっ毎週? ツアワリちゃん一人で?」
「何を言っているのですか? もちろんノヴァクさんも一緒にですよ?」
「スゥーッ」
話がどんどこまずい方へ向かうので、ついに女は目を閉じ浅い呼吸を始めてしまった。
ノヴァク・金猫は不神信者である。
ノヴァク・金猫は二度寝と昼寝と夕寝とうたた寝を愛する無職の暇人である。
ノヴァク・金猫は年下の女の子の手料理をうまいうまいとニャアニャア言いながら毎日働かずに食べられればそれでよかったのである。
「縁起のいい物を作り、縁起のいい物を食べ、信仰を深め、そして神への感謝と祈りを捧げる! これぞ人間のあるべき姿であり、敬虔な信徒がすべき美しい修行の道です!」
「ろ、労働……? 週に一日
過呼吸になりつつあるノヴァクの様子にも気付かず、ツアワリがくるりと背を向けて、なにやらもじもじしだす。
「あ、あのですねノヴァクさん。私、その……少しあなたのことを誤解していました」
「…………」
「ノヴァクさんは不真面目でサボり癖のついた不信心かつ不敬虔なダメ人間なんだって私決めつけてました。でもノヴァクさんは経験豊富で、私が知らない形で神へ信仰を捧げていた。ちゃんとした大人だったんですよね」
「……………………」
「ノヴァクさんはだから半年前、私に告解を――」
少女が振り向いた時、そこに女は立っていなかった。地面に放り捨てられた布団だけがかつての温もりの残滓を見せていた。
ツアワリの黒い猫目はすぐさまこの場を離れようと抜き足差し足コソコソ足を実行中の、女の細い背中へと向かう。
「ノヴァクさん? どこ行くんですか?」
「いやーちょっと用事思い出しちゃって、へへへ……」
ノヴァク・金猫が変でない笑い方をするときは何かをごまかしている時だと、半年間の同棲生活で少女は十分に理解していた。
「ピザ、一緒に焼きますよね。立派な大人ですもんね」
「ツアワリちゃん。……大人にはね、あるんだよ」
「ピザ焼きますよね?」
「大人には……前だけを見て走らなければならない時があるんだ」
何やら恰好いいことを真剣な声音で語り、――そして女は振り向くことなくサンダルで駆けだした!
「こ、――こらーッ! せっかく見直しかけてたのに! ノヴァクさん! ノヴァクさん逃げるなーッ!」
その日。
1997年4月某日。
過去97年間一度も雨が降ったことのない大地の上。
労働からの逃亡を始めた女と、そんな女を全速力で追いかけ始めた少女がいた。
信仰とプライドを掛けた追いかけっこが今、始まる――。
◇
その後しばらくの間、窯の前で延々とピザ生地をこねる女と、煤まみれになるのも気にせず生地を窯に投入する司祭と修道女の三人が、週末になるとミサに集まった人々に向けてピザを振る舞うようになったという。
「こんなことならピザなんか作るんじゃなかったー!」
「ノヴァクさん! 泣きながら生地をこねないでください!」
「は゛た゛ら゛き゛た゛く゛な゛い゛ッ!」
「情けないことを言うな―!」
女の方はおんおん泣きながら生地をこねていたとも言われている。
「えっほ、えっほ、――ほいや!」
「す、すげえ……セオさんピザ生地空中で伸ばしてるよ……空中大回転だよ……」
「私、ピザ生地造りの才能があったのかもしれません……!」
修道女はピザ生地を空中で回し伸ばす手法を自ら開眼したという噂もあったようだ。
『都市』の聖堂で開かれるミサは縁起がよくて一味違うと、それから大そう人気になった。