『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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お子様ランチは如何にして殺人事件に旗を突き立てたのか(not perfect muder)-①

 1997年5月某日。

 そろそろ昼食の準備をしようと冷蔵庫の中身を見ていたツアワリ・桜花が、空っぽの庫内を見ながら言った。

 

「しまった。ストック切れてますね」

「……お! じゃあ市場行かないとだね」

 

 同じように隣で冷蔵庫の中身を見ていた女、ノヴァク・金猫が金色をした眼をワクワクという擬音が聞こえそうなほど輝かせた。

 

「そうですねえ」

「でも今から食材集めてたらお夕飯の時間になっちゃうね」

「そうですねえ……」

「…………オナカガ、スイテ、キマシタネ」

「なんで急に萎びてしまうんですか?」

「……お腹空いたなー。今すぐ美味しいご飯を食べに行きたいな―たまにはな―。いやいやツアワリちゃんの手料理が最強に旨いのはそうなんだけどなー」

「……。……今日のお昼は外で食べますか?」

「そうしようそうしよう! セオさーん! 外食だよー!」

「相変わらず調子がいい人だなあ……」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 『案月(あんげつ)食堂』と言えば、知る人ぞ知る名店として『都市』では隠れた人気のある大衆食堂だ。『都市』の中央部にある聖堂からは少し離れた第四市場のはずれに、自宅を兼ねた2階建ての一軒家として居を構える。席数は少なく、店員も料理人を兼ねた店長一人のワンオペだ。オーダーが混めばしばらく料理が出てこない時もままある。

 だが、メニューがとにかく豊富で、何ならメニュー表にないものも店長の気分次第で作ってくれる。

 無愛想で暇さえあれば店の軒先で煙草を吹かしている若い男が店長だが、料理の腕は確かで、仕入れてくる食材の目利きも良い。“気分次第で”というところがミソで、ある程度親交が深まるとその確率が上がるともっぱらの噂だ――そういう所に弱い女性客から根強い人気がある、なんて話をツアワリは聞いたことがある。

 

「あいよ。アジの塩焼き、お子様ランチ、蕎麦定食」

 

 そんな店長の男ががメニュー表に載っていない料理を3つ運んでくる。さっきから美味しそうな匂いがしている中でお預けを喰らっていた3人――ノヴァク、セオ、ツアワリは目の前の料理に対し口々に喜びの声を上げた。

 

「いただきまーす!」

 

 ニコニコしながら箸を手に取り、さっそく目の前の魚の身を突つきだしたノヴァク。

 

「わあ……おいしそうです」

 

 一枚のプレートの中で小さな遊園地を作り上げたお子様ランチに、混じり気のない黒色をした瞳をキラキラと輝かせるセオ。

 

「ノヴァクさん、お祈りしてから食べてください」

 

 食前の祈りを捧げない無作法な年上の女をそう窘めつつも、久々の外食にはツアワリとて表情が緩むのを抑えられない。

 

「今日に至るまで御身分け給う《ガープス》よ、御身をより善きものへと昇華させられる類まれな烹炊(ほうすい)の業よ、主の御心に感謝します」

 

 両の手を組み合わせ、祈りの祝詞を述べるツアワリ。それに続く形でセオもまた祈りの言葉を口ずさむ。その間にもノヴァクの箸は止まらず、笑顔の女はうまそうに魚を食べている。

 

「ノヴァクさんって小食ですよね」

「フフフ、便利な体だからね」

 

 アジの塩焼き定食でなくて、ノヴァクが頼んだのはアジの塩焼き一尾だけだ。

 旬を迎え丸々と身が付いた美味しそうな魚一尾といえど、ちょこんとしたサイズであることに変わりない。それを箸ひとつで丁寧に骨と身と臓物を分け、まるで解剖でもしているみたいに綺麗に身をパクつく姿は……ツアワリからするとなんだか不思議だ。

 活動量に食事の摂取量が見合ってない? そんな感じ。……いやでもこの人いつも寝てばかりだし、そんなにおかしな話でもないのか? 

 よくよく見なくとも、ノヴァク・金猫の体は薄くて細い。

 

「? どしたのツアワリちゃん。私をじーっと見て。お蕎麦食べてほしいの?」

「そんなわけないですけど」

 

 こちらが見つめていることに気付いた女が、箸の先を咥えながら何度か瞬きをした。――お行儀悪い!

 

「……ノヴァクさんって、腰細いですよね」

「急になになに? セクハラ? セクハラなの?」

「違いますけど」

「またまたぁー!」

 

 ぎゃー! などと変な声を上げたノヴァク・金猫は、わざとらしく顔を赤くして、ヘアゴムでひとつに結んだ髪を揺らしながら体をくねくねさせる。奇怪な行動の癖してその長髪がサラサラと揺れ動くのが何というか納得がいかない。

 

「ツアワリちゃんのえっちー!」

「この人はほんとに……!」

 

 と怒りに震える拳を握り締め、しかし怒りが神からの試練であることを思い出し無理やり猛る感情を沈めていく。ノヴァクのおちょくりに対し毎回本気になっていたら頭の血管が切れてそのうち死ぬ。

 まあいいや。

 ノヴァク・金猫が小食なのは今に始まったことではない。もう少し食を太くして、体に肉を付けた方が健康的だとは思うけれども。

 息を一つ、浅く吐く。感情をリセットするいつもの癖。自分もおそばを食べよう――そう思い箸を取ってようやく、隣に座る同い年の少女が微動だにしていないことに気付く。横を見て、少しぎょっとした。

 

「セオ様? すごいうっとりした顔ですけど、どうされましたか?」

「……とても素敵な眺めです」

 

 同性から見ても羨ましくなるほど綺麗な亜麻色の髪の奥から、これまた見ているこちらが恥ずかしくなるほど蕩けた目つき。一枚のプレートに納まる色とりどりの料理に向けられた熱烈な視線がそれだけ少女……アルマツァーレ・聖桜(セオ)=インペリアルの興奮度合いを示していた。

 

「プリンに、から揚げに、タコさんウインナー、お花の形をしたニンジン……。ノバさんノバさん、ツァワリさんツァワリさん、見てください。ご飯の上に旗が立っています」

 

 セオは生まれる前から世紀代表血統(インペリアル)であることを定められた『運命の聖女』だ。1年ほど前にノヴァクが誘拐するまでは“教会”の手厚い保護下で育ったのだと言う。

 

 ――こういう飲食店にもほとんど来たことがないって言ってたな、セオ様。

 

「ンフフセオさんセオさん、お子様ランチを食べてみたいって前から言ってたもんねえ」

「はい。この年で恥ずかしい限りですが一度も食べたことがないのです。実物を見られて、それを私自身が味わえるなんて……この運命の巡り合わせに、私は喜びを感じます」

 

 お子様ランチとはまさにその名の通り子供向けの、プレート一枚に子供が喜びそうな料理を盛り付けたものだ。メニュー表には載っていないが『案月食堂』にたびたび訪れる祭服の少女を、店主の男は覚えてくれていたらしい。

 

「ナルティバティ! お子様ランチありがとね!」

「ぁー。まア……聖女サマたっての依頼なら叶えねえ(わきゃ)ぁいかねえしなあ」

 

 粗雑な言葉遣い。癖が強く外向きにツンツンした黒髪。ぴくりともしない表情筋と濁った目つきをしているがかなり年若いらしく、まだ20代前半に見える。エプロンを身に纏う姿は料理人のそれだが、包丁を手に持っていると屠殺業でも営んでいるように見える。背も高いので、ツアワリは彼のことが若干怖い……というのは内緒だ。

 

「しばらくミサにも行ってねェしなあ。司祭サンよぉそれで勘弁してくんねえか」

「ミサへの参加は義務ではありませんから。善行の在り方は人それぞれです」

「ゥす。ァざす」

 

 『案月食堂』の店長であるナルティバティ・(ユー)は皿を洗いながら、気だるげにそう言った。

 ノヴァクは小さく手を振ってから、未だにスプーンを両手で持ったままニコニコしっぱなしなセオへと向き直る。

 

「セオさんセオさん、その旗を倒さずに食べきるとなんでも願いが一つ叶うって知ってた?」

「それはとても素敵な話です……」

「私、そーいう下らない嘘つく人キライです」

「ええーツァワリちゃん酷いなあ。――ナルティバティ! 君もお子様ランチの秘密を知ってるよね!」

 

 ノヴァクはナルティバティに対しやけに馴れ馴れしい。半年前、とある事件の後にノヴァクと二人きりで昼食を取ったのが『案月食堂』だった。それ以降ノヴァクはたまに一人でこの店を訪れているらしかった。

 

「…………俺ァただの料理人だからなぁ。そのテの(はなしゃ)ぁ知らねえなあ」

 

 皿を拭き終えたナルティバティがカウンターを出る。聖堂からの移動時間の内に昼飯時のピークは過ぎたのか、店内には三人以外の客がいない。エプロンから小包を取り出したナルティバティが、慣れた手つきで包みの中から引き抜いた紙巻き煙草を口に咥えた。

 『案月食堂』の店長は、注文が入らなければ店の入り口前に置かれたベンチに座り日がな煙草を吸っている。客の前では喫煙しない分別ある姿勢が、彼なりの善行なのだろうとツアワリは解釈していた。

 

「ノヴァクよぉ、あんたそういうくだらねえことばっか()ッてっとそのうち誰からも信用されなくなるぜ」

 

 入口の扉を開けながら、男の、感情味のない横目が女を見つめた。返答を待つ気はなかったのか無愛想な料理人はさっさと店内から出て、扉を閉めてしまう。

 

 ――『くだらない』とは言うけど、『嘘』とまでは言わない辺り、優しい人なんだろうな。私は言っちゃったわけだけど……。

 

 自分の周囲に年上の男性が居ないからか“主席司祭のツアワリ”としてでないと接しづらい相手だが、節々で如実な理性ある行いはツアワリ・桜花という14歳の小娘が思い描く『まっとうな大人』そのものだ。

 

「ンフフすでにだいたいの人から信用されてないから問題ないんだなー」

「そういう問題じゃありません」

 

 対し『まともなじゃない大人』筆頭のノヴァク・金猫は何故かニマニマ笑いながらテーブルを両手でトトトト叩いている。何がそんなに楽しいのやら……。

 

「常に誠実たれと神々も仰っていますよ!」

「嘘とか嘘じゃないとかじゃなく、セオさんのお願いは全部私が叶えるから大丈夫なんだよね」

「そ……そういう問題じゃないと思いますけど……」

 

 さらっと言ってのけた女の言葉に、その直球すぎる好意と善意の向け方に、聞いたこっちの方が赤くなってしまう。

 

「見てください。あともう少しで食べきれそうです」

 

 言われた方は言われた方でさらっとノヴァクの言葉を流すから、一人だけ気恥しくなっているこちらがおかしいのではないかと思い込んでしまうが、……って。

 

「旗がまだ立ってる!」

 

 思わずツアワリはプレートを凝視した。出来立ての時、半球状に整えられたご飯の上に(しか)と経っていた爪楊枝と紙で出来た旗。それは未だに倒れることなくプレートの上で屹立(きつりつ)している。

 デザートのプリンを残していつの間にか綺麗に食べられていた料理の数々の中で、残る白米の内あと一口分をスプーンで掬い取ってしまえば倒れてしまうのは間違いないというのに……。

 

「す、すごい。これは出るかもしれないよ……新記録が……!」

「いつ記録取ってたんですか」

 

 テキトーなことしか言わないノヴァクに呆れ半分ツッコミを入れていると、普段通りのセオがスプーンを残る白米へと向けた。

 一口一口が小さいセオが、旗が突き刺さる白米のいくらかをスプーンで掬い取る。しかし旗は倒れない……! 旗は健在……! 

 

「な――なんてバランス感覚なんだッ」

「……もしかするとセオ様なら出来るかもしれません」

「旗を倒さずにお子様ランチを食べきるなんて……可能なのか!?」

「こうなったら見守りましょう、ノヴァクさん。私は……神に祈ります」

「クッ……こんなに緊張するお子様ランチ、250年ぶりかもしれない……!」

 

 何言ってんだこの人。

 ……とはいえ、馬鹿なことを言うノヴァクに言い返すのも野暮に思えた。

 

「……」

「……」

「お二人ともどうしてそんなに真剣な目つきなのでしょうか……」

 

 不思議そうに小首を傾げるセオがいつも通りすぎるのだ。

 3人しか居ない店内で、響く音といえば厨房の換気扇が回る小さな雑音だけ。気づけば、ノヴァクとツアワリが鳴らす喉の音さえはっきりと聞こえるほどの静寂が場を支配していた。

 そして、やはりいつも通りのんびりした様子の少女がスプーンを残る白米へと差し向け――。

 米を掬い取るスプーンが。

 やはり旗が倒れかけて――。

 

「ああっ、倒れ――」

「――神よ! どうか奇跡を……!」

 

 ノヴァクと一緒に倒れつつある旗を眺めていたその時。

 ――『ガララッ!』と音を立てて勢いよく扉が開いた。

 その、力強く開け放たれた扉によって――――。

 

 

 

 

 力強く開け放たれた扉によって空気の流動が起きその風がノヴァク・金猫の形良い鼻に直撃し「ッくしゅん!」となんだか無駄に可愛らしいくしゃみがその衝撃でテーブルの上に置かれた卓上調味料――七味唐辛子入りの小瓶を倒しそれに驚いたセオが「まあ」と目を丸くしてそちらに意識が向いたままスプーンが傾いたので最後のひと掬いからぽろぽろっと零れ落ちたツヤツヤの白米三粒がこてんこてんとプレートの上を転がった末に旗の周囲を囲む形で停止し腕のいい料理人による絶妙すぎる炊き加減が生み出した粘りと硬さがプレートと旗それぞれに張り付くことで倒れかけていた旗が天に向かってそそり立った!

 

 

 

 

 つまり気づけば旗が白米に支えられる形で自立していたのであった。

 

「――いやおかしくないですか!?」

 

 明らかに何かおかしな事が起きたような気がしたが、あまりにも一瞬のことすぎて何が何だかわからない。だが、とにかく旗は立っている……確かに旗は立っている……!

 

「す……スゲェ……米が旗立ててるよ……」

「まあすごい。これも主の方々の思し召しということなのでしょう」

 

 プレートの上で(ほぼ)自立している旗を前に、当のセオはニコニコと微笑むばかりだ。今しがた起きた摩訶不思議な偶然の連続もセオにとっては『神の思し召し』扱いらしい。

 

「初めてうちの聖堂に来た時からそうですけど……セオ様、相変わらず凄まじい奇跡を起こしますね……」

「ふ、フフフ、セオさんは何たって聖女サマだからね……!」

「ノヴァクさん早めに謝った方がいいと思いますよ」

「大丈夫大丈夫。セオさんのお願い事は私が全部叶えるから」

 

 ――そういう事じゃないと思うんですけど……。

 

「そういう事じゃないと思うんだがな、金猫(アウェリ)

 

 ――……?

 ノヴァクの相変わらずな言葉に嘆息したツアワリが口を開こうとした、それを塞ぐように第三者の声音が鳴り響く。力強く、精気に溢れ、言葉一つで漲るものを予感させる低い女声……。

 声音は入口付近から。

 三人ともが振り向いた。そこには――。

 

「ニイナ? うそ、なんで急に」

「やあツアワリ。元気にしてたかな」

 

 『案月食堂』の店長であるナルティバティは成人男性の中でもそれなりに背の高い部類に入るが、それよりも更に高い身長。まる(・・)で背(・・)骨に(・・)剣で(・・)も挿(・・)し込(・・)んで(・・)いる(・・)ので(・・)はな(・・)いか(・・)()、そう錯覚させるほど伸びた背筋。長い脚、角ばった腕、太い肩。

 垂れ目で、ガタイの良さが似つかわしくない童顔をしたショートヘアーの女。

 決して過剰に筋肉質というわけでもないというのに、引き締まった肉体は異常な密度を誇っているよう。――それが錯覚でなく真実その通りだということをツアワリは知っている。

 

「あんたも元気そうだな、金猫」

「……げー、漁火(イサリビ)じゃん」

 

 身長193cm。

 体重456(・・・)kg。

 全身の骨という骨を外科手術によって置き換えた重金属製の骨格(フレーム)に、筋密度を数倍から数十倍にまで跳ね上げた人工筋肉で鎧う肉体。強靭かつ尋常ならざる身体能力は50mを1.4秒で踏破する。

 人類史が積み上げた生体化学技術の結晶――『教会の剣』。彼女の名をニイナ・漁火(イサリビ)と呼ぶ。

 

「で? 多忙を極める異端審問官(スレイヴイレスパースリー)が何の用?」

 

 正しく言うなら、ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリー。

 世界総人口599億人のうち僅か3人しか存在しない異端審問官。

 とある剣を脊椎に埋め込むことで人権と人間性を捨て、人間でなくなったことで殺人権を獲得した、異端審問・異教徒弾圧を生業とする非人間(・・・)――つまりは犯罪者の天敵である。

 

 

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