『世紀の聖女』セオさんが誘拐犯の私をニコニコ振り回していく。   作:てりのとりやき

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お子様ランチは如何にして殺人事件に旗を突き立てたのか(not perfect muder)-②

 

 

 

 経済活動と殺人を神が禁止した世界では、有史以来一度として戦争が起きなかった。ノヴァク・金猫はそう断言できる。個人間レベルの諍いさえ、あったとしてもその辺にある道具を用いる程度のものだったと。

 兵器(・・)とい(・・)う言葉(・・・)概念(・・)さえ(・・)本来(・・)存在(・・)しな(・・)い世(・・)()

 

 

 

 いつから「そこ」にあったのか、誰にもわからない()がある。

 

 

 

 ……いや、剣という概念の元となった存在と言えるものだ。

 装飾の類はなく、無骨に、両刃の身と柄があるだけの鈍色をした長剣。

 人類が住むための惑星が万物創造の槌《真理大数11/12(イレニトエル)》によって作られた瞬間、1997年前。

 その剣もなぜかそこにあった。

 数は三本。

 銘など誰もが知らないというのに、1997年前、星より先に生まれた人々のうちの一人が……無窮の大地に突き立つ三本の剣を見てこう言った。

 

「意味などない剣、潰れた殺意、一列に並ぶ奴隷──スレイヴイレス。神でない者によって作られた、儀仗の剣……」

 

 意味などない剣(スレイ・ヴ・イレス)

 潰れた殺意(スレイ・ヴィルス)

 一列に並ぶ奴隷(スレイヴ・イレス)

 ──儀仗の剣、スレイヴイレス。

 それは突き刺した対象を、突き刺し続ける間は不老不死にする超常の剣。

 その名が持つ意味を誰も知らない。

 神の被造物ではないからこそ信仰や研究の対象にはなり得なかった剣3本は、人類史2000年弱の最中、それぞれが所有者と共に様々な歴史を歩み続けた。

 一本目は盗まれて久しく。

 二本目は所有者が1977年間、代替わりしない。

 三本目は──。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 いきなり現れた長身の女のお腹が、盛大にきゅうきゅう鳴いた。

 

「……ぁー。飯食うか?」

「よ、よろしく頼む……」

 

 ――などというやり取りから数十分後。

 ひと際背の高い女が座るテーブルには、積み上げられた空の皿が多数あった。頬をリスみたいに膨らませて飯を食う童顔の女の前に『案月食堂』の店主──ナルティバティが大量の料理を運んでくる。

 

「あいよォ、牛のひれ肉香草焼き、鮭のムニエル、卵焼き、焼きそば大盛、唐揚げ大盛、刺身盛り合わせ、素麺大盛、自家製ソーセージ付け合わせ」

「んむ。ん、ん、ん。……うまい! ご飯おかわり!」

「ぉぅ」

 

『ガツガツムシャムシャごくごくもっもっもっもっ』……という気風のいい咀嚼音だけが響いていた。一人黙々と目の前の料理を食べ続ける女の名をニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリー。身長193cm、引き締まった肉体に強靭な筋肉を鎧うショートヘアーの女だ。幼い顔つきの垂れ目だからか、10代と言われても信じてしまう程度に容姿が若々しい。既に食事を済ませていた三人──ノヴァク・金猫、ツアワリ・桜花(オウカ)、セオの三人はただ一人大きく口を開けて配膳された料理の数々を平らげていくニイナを見つめている。それはもう唖然と。

 

「相変わらずと言うか何というか……」

 

 と、ノヴァクが呆れかえったように呟くと、それをツアワリが継いだ。

 

「たくさん食べる人って素敵ですよね」

「えっそういう考え方なの……!?」

 

 絶妙な意見の不一致にノヴァクが目を見開いていると、厨房から小さな吐息が聞こえてきた。見れば、空のお茶碗を手に炊飯器を開けたままのナルティバティが固まっている。男の濁った目つきは一直線に炊飯器の中身を見下ろしていた。

 

「どしたのナルティバティ」

「……もォ米ねえわ。食材も尽きた」

「え──そ、そうなのか」

 

 箸を手にもってほかほかの白米を待ち構えていたニイナが少しだけしょんぼりした。高い身長に反して顔立ちが幼いからか、余計に感情が顔に出ているように見える。

 

「……15合は炊いてたンだけどなァ」

 

 店の規模として小さいとはいえ、飲食店を営むだけあって炊飯器は家庭用のものよりかなり大きい。ノヴァク達が訪れるまでの客がいくらか食べていたとしても、せいぜい半分行けばいい方だろう。つまりニイナは一人で七合以上の米をバクバク食い尽くしてしまい、未だに尽きない食欲を持っているということだ。

 ぴくりともしない表情筋をしているナルティバティが、雰囲気だけで「やれやれ」と語った。エプロンを脱ぐと店の入り口に向かう。

 

「ちょっと市場行ってくるからよぉ、少し待っててくれや」

 

 まだ食えんだろ? とナルティバティがニイナを見る。女は恥ずかしそうに俯いた。

 

「す、すまない。その……美味すぎるのがいけないんだ」

「ヘッ。嬉しいこと言ってくれンねえ」

 

 珍しいことに──非常に珍しいことに、料理人の口端が緩んだ。小さな笑みさえ初めて見るツアワリとノヴァクは目を丸くするうちに、癖のあるツンツン髪をした男が店を後にした。

 驚異のワンオペで効率的に作られた料理の数々を冷めないうちにニイナは食べだす。

 

「……あのナルティバティという男はとても良い男だな。ツアワリもよく来るの?」

「たまにね。それにしてもよく私達がここにいるってわかったね」

「聖堂の者に聞いたんだ。主席司祭は市場に行くついでに外食しに行ったって。『案月食堂』じゃないか、とも」

 

 ツアワリは普段の敬語口調でなく砕けた喋り方をしていた。

 ……この二人は十年来の付き合いだと言う。

 司祭であることを示す黒の祭服(キャソック)、きっちりと纏められた黒のポニーテールから伺える生真面目な印象とは打って違った、年齢相応の態度。ツアワリ・桜花は主席司祭という“教会”聖職者の立場ではあるものの、14歳の少女であることに変わりはないのだろう。

 

「元気にしてた?」

「うん。ニイナも元気そうだね」

「勿論。私が元気じゃなかった時ってあった?」

「うーん。……なかったと思う」

「だよね?」

 

 食事の手を止めたニイナが、向かい合う形で座っているツアワリに手を伸ばす。──長く、そして筋肉質に角ばった腕だ。動きやすさ重視で大きめのサイズをしたカットソー1枚の出で立ちでも、その奥に潜む肉体の狂暴さを隠しきれていない。

 背丈に準じて非常に大きな五指がすっぽりと少女の頭を覆った。岩さえ容易く砕きうると思わせる、節くれだった手指の動きは優しい。女が自前の垂れ目を柔らかく細める。

 

「お……少し背も伸びた。君ぐらいの年の子はちょっと目を離すとすぐ成長する」

「もー。そうやって頭撫でるのやめてよ。私もう14歳だし、司祭なんだよ。しかも人前だし!」

 

 口を尖らせてそうは言うものの、ツアワリはニイナの手をどけようとはしなかった。ノヴァクが同じことをしたら盛大にビンタをされていたと思う。この差は一体……。

 

「あはは。そんなに拗ねないで」

 

 二人のやり取りは微笑ましいものだった。長い年月が培った関係性の深さは、会話に混ざる隙が見つからない。ノヴァクは別に会話に参加したいとは思っていなかったが、ニイナの隣で座る亜麻色の髪をした少女……セオはそうでもなかったらしい。いつ口を開けるかとうずうずしているのが見て取れる。

 そんな折、ようやく機会が訪れた。

 ふいの会話の途切れ目に、こげ茶色の垂れ目が隣の少女に目線を移したのだ。目が合った瞬間をセオは見逃さなかった。

 

「こんにちは。ツアワリさんのお知り合いなのですね。私の名前はアルマツァーレ・聖桜=インペリアル。私ともお知り合いになっていただけると嬉しいです」

 

 名前を聞いてニイナの動きが固まった。カチコチに。

 

「…………アルマツァーレ、セオ、インペリアル……?」

「はい!」

「も、もしかして……貴女は『あの』アルマツァーレ・聖桜=インペリアル、ですか」

「『あの』というのが何なのかわかりませんがセオと呼んでください」

 

 にっこり笑顔を向けられると、女が大慌てで体ごとセオに向き直った。両膝に手を置くもスプーンと箸を握ったままだったことに気付き、油の切れた機械みたいなぎこちなさでテーブルにカトラリーを置く。

 

「ご、ごごごごめんなさいすみませんすみません。てっきりツアワリのお友達だとばかり……知っていたら真っ先に挨拶をしたんです本当なんです」

 

 ニイナはわかりやすく狼狽していた。顔だけ見れば気弱そうな童顔は真っ青になっている。

 

「お気を悪くしないでくださいセオ様。ニイナはこう見えてあがり症の人見知りなんです」

「そ、そんなわけない。全然そんなわけないからツアワリ」

 

 ごほんと一度咳払いをしたニイナが、今度こそセオに向き直って頭を下げた。 

 

「初めましてセオ様。私はニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリー。セオ様にお会いできた奇跡に感謝します」

 

 名前に、称号を冠する者達がこの世にはいる。

 それは“教会”における重要な立ち位置に居る者を示すものだ。

 アルマツァーレ・聖桜=インペリアルが世紀代表血統(インペリアル)であり、世紀級神事『聖体断裂』における最重要存在であるように。ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーもまた世界に三人しか存在しない異端審問官(スレイヴイレスパースリー)だ。

 

「と、というか何でセオ様ほどのお方がここに……?」

 

 “教会”の中でも秘中の秘である異端審問官という立場にあっても尚、セオは崇敬の対象となる。ニイナの恐縮しきった態度でそれが見て取れた。

 おっかなびっくり尋ねられて、セオとツアワリが顔を見合わせる。

 

「それを話すと長くなると言いますか……」

「ええと、何て言えばいいのか……」

 

 セオはシンプルに長い話になるから、端的な表現がわからなかったのだろう。

 ツアワリはと言うと、“教会”の重要な立場にあるニイナに、“教会”保護下にあったセオが何故その保護から外れ、“教会”組織の一員であるツアワリと共に居るのかを端的に説明するとどうなるか──予想が付いたからこその困惑だった。

 二人の視線がすっと横に逸れて、こちらに集中する。ニイナの視線も自然と集う。

 

「ンフフ」

 

 ぼけっと頬杖を突いて観察するに留めていたところを、満面の笑みに変えて見せる。すると童顔の女が分かりやすく表情を変えた。睨みつける目つきと共に、明確な敵意に。

 

「まさか金猫、あんた……」

「あ、あのねニイナ。ノヴァクさんはその、ええと、何というか……」

「──はいはい! 私がやりました! セオさんの誘拐犯でーす!」

 

 ツアワリ必死の擁護をぶち壊す勢いで声を張り、両手でブイサインを見せつける。額に手を当てる少女の反応が面白かった。

 

「……誘拐だと?」

 

 “誘拐”というワードに、異端審問官の顔が強張る。

 口内で奥歯を嚙み締めたのか、顎回りに震えが奔る──同時に、座ったままの姿勢でいる女の全身から、強烈な“圧”が吹き荒れた。それは決して錯覚などでは無い。人間の姿をして、異常な体重をした女の、凄まじく高い密度の肉体。意識して緩めていた各部位を力ませるだけで尋常の人間は気圧される。

 ノヴァク・金猫は知っている。

 ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーは、ノーモーションでマッハ0.11まで加速できる膂力の持ち主だと。座った姿勢のままだろうとこちらの首を五指で千切り取るなど容易い、まさしく暴力の化身だ。

 

「……楽しそうなことしてるみたいだな、金猫(アウェリ)

「うん。セオさんが楽しく過ごせるように努力してるよ漁火(イサリビ)

 

 こちらが笑えば、ニイナはしかめっ面になった。

 少女二人は、大人の女二人が薄皮一枚下に押しやった様々な悪感情を感じ取っているのか、ノヴァクとニイナを交互に見やることしか出来ない。大人二人のやり取りから知己の仲だったことは明白だが、それを問うことも出来ないほどの剣呑さがここにはあった。

 

「あんた何でこんなとこ居るの? スイレンの護衛はどうしたのさ」

「ちょっと色々あって。暇を出された」

「ふーん。失職中かー」

「む……クビではない。ガタイがよくて目立つから邪魔だって言われた」

「やいニート!」

「ニートじゃないぞ」

「むっしょくゥー!」

「無職でもないぞ」

「住所不定の根無し草のぺんぺん草ァ!」

「草じゃないぞ」

 

 煽りに煽るもニイナは腕組をして目を瞑るばかりだ。

 両手の人差し指でニイナを指差しながらケラケラ笑っていると、その失礼極まる仕草を見たセオが首を傾げながら口を開いた。やや、緊張を滲ませながら。

 

「あの、ノバさん」

「ん? なーにセオさん」

「住所不定無職なのはノバさんも同じですよね?」

「スゥーッ」

 

 心の痛い部分を突かれて変な息の吸い方になった。

 隙を晒した敵にニイナが口端を鋭くする。 

 

「やいニート」

「ニートじゃないし」

「無職」

「無職の何が悪い」

「住所不定の根無し草のぺんぺん草」

「……もうやめよう、この話はここで終わり。はいおしまい! 私も漁火もぺんぺん草!」

 

 両手を叩き合わせてもうこの話はおしまいだと宣言すると、場の空気もずいぶん和んだ様子だった。先ほどまで喉音一つ鳴らせないとでも言いたげに緊張しきっていたツアワリも、少し肩の力を抜いて会話に参加する。

 

「ノヴァクさんって……ニイナと知り合いだったんですか?」

「知り合いー??? 漁火と私がー?」

「ツアワリ。私とそいつがまるで仲が良いみたいに言うのは、ちょっと違う。うん、だいぶ違うぞ」

 

 キッと睨んでくる童顔垂れ目に、キッ──! とそれより強い目力を込めて睨み返す。

 まるで野良犬同士が威嚇し合うような二人の態度に、セオが頬を膨らませた。

 

「何かあったのですか? 不和はいけませんよ」

「うーん。不和っていうか……ほら。見てよ、この女と私をさ」

 

 ツアワリもセオも、改めて女二人を交互に見やる。

 

「この女、身長193cm、体重456kgの怪物」

「体重456kg……」

「骨を重金属製に置き換えてるんです。筋肉もほぼ全て筋密度を跳ね上げた教会謹製の人工筋肉で、体重はそのせいです。決して私が人の十倍飯を食うからとかそういう理由じゃありません」

 

 この世界の技術は均一な進化を遂げていない。

 衛星軌道上の神によってエネルギー・食糧・インフラの生活必須要素が満たされ続けるために技術発展への意識が世界全体で低いのだ。情報・交通両面がさして進歩しないことも大きい──一部の天才が技術的特異点を生み出しても、それが星中に行き渡らないで失伝してしまう。そんな人類はしかし、星の中で唯一神に祝福され続ける“人間”というものにだけは興味を持っていた。

 星における唯一の世界規模組織“教会”が生体化学技術を異常なほど発展させたのはそのせいだ。

 

「か弱い私、身長163cm、体重48kgの犯罪者」

「か弱い?」

「か弱い?」

「か弱い?」

「……か弱くて弱っちい私! ──そこの3人同じ向きに首をかしげるな! 身長163cm、体重48kgの超優良健康貧弱犯罪者だよ!」

「優良?」

「健康?」

「貧弱?」

「もういいよそういうの!」

 

 人のことを何だと思っているのか。ぷりぷり頬を膨らませながらも話を続ける。

 

「それはもうわるーい犯罪者な私ですから? 私を見つけた異端審問官がやることなんて決まってるよね。──セオさんは漁火が昔、私に何をしたと思う?」

「うーん。……追いかけっこ、ですか?」

「ンフフ素敵な言い回しだね。そう、『追いかけっこ』をさせられたんだ。何年も」

 

 罪に名前を与えられても、罰を与える執行機関がこの星には存在しない。社会の基礎部を支えるのは各々の善性だけ。殺人も経済活動も禁止されてしまうと人は歯抜け状態になるのだろう。平和な世界にはそも(・・)そも(・・)罪の(・・)名さ(・・)え知(・・)らな(・・)い人(・・)がほ(・・)とん(・・)どだ(・・)

 主席司祭であるツアワリ・桜花が“誘拐”という言葉をノヴァク達と出会うまで知らなかったように。

 

「犯罪者」

 

 執行機関が無いとはいえ、犯罪者は極めて少数ながら存在する。それこそノヴァク・金猫のように。だから執行機関ではなく、執行者(・・・)もまた少数ながら存在した。

 それが今目の前にいる異端審問官、ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリーだ。

 ノヴァクは昔、ニイナと命がけの『追いかけっこ』をした経験がある。追う側は常にニイナで、追われる側は常にノヴァクだった。

 

「今がただの休戦中だってことも忘れた? いつ『追いかけっこ』を再開しても構わないぞ」

「ンフ。その気なら剣を抜いて見せなよ異端審問官(スレイヴイレスパースリー)

「勿論構わない。この距離は既に私の間合いだ、いつでも抜ける、いつでも切れるぞ」

 

 無手のニイナは自信漲る様子でそう言い放つ。セオとツアワリが思わずと言った様子で回りを見回しているが、勿論剣の類はどこにもない。

 女の言葉が嘘など一かけらも混ざっていない、真実その通りの意味を持つことをノヴァクだけは理解している。

 ――剣は、脊椎に埋まっているのだ。

 

「私の初速をあんたに捉えきれるかな」

「おやおやー? まさか私が全ての手札を見せたと思ってらっしゃる? 残念だなー脳まで筋肉漁火ちゃんには理解できない技術がたくさんあるんだよなー」

 

 まさに売り言葉に買い言葉。こめかみに青筋を浮かべて挑発的に笑うニイナに、こちらも恐らく同じような表情をしている。険悪一歩手前で口喧嘩をしている大人二人に、四人の中で一番背の低い少女が嘆息した。

 

「だめですよ、お食事中に喧嘩なんて」

「む」

「ぐ」

 

 14歳の少女が放つ、極めて短い叱責の一言。声音が平淡なのはセオが本気で──本気に近い形で怒っていると、ノヴァクは一年ほどの付き合いで理解している。

 丁寧な躾が成された犬みたいに黙ってしまった金眼の女に、ニイナも崇敬対象のセオの本気度を察して黙りこくる。

 

「セオ様の仰る通りです。どのような諍いがあったのか知りませんけど、二人とも私の知り合いです。同じ食卓に着いているのに険悪なムードを出されると美味しいお料理も味が悪くなるんですよ!」

「むむ」

「ぐぐ」

 

 同じく14歳の少女が放つ、くどくどした説教。いつもよりきつい口調で言われてニイナが明確に弱り切った顔をした。垂れ目の童顔だからか本当に大型犬みたいだ。

 

「ニイナ! どうしてそう喧嘩腰なの? そんなんじゃお友達できないっていつも言ってるじゃない!」

「ぐぐぐッ」

「ノバさんノバさん。私、ノバさんが人に辛く当たるところはあまり見たくありません」

「むむむッ」

 

 見た。14歳の少女に説教されて言い返す言葉もないニイナを。

 見られた。悲し気に言う14歳の少女に言い返す言葉もない姿を。

 二人の女の視線が交わり──動き出すのは同時だった。

 

「誠にごめんなさいでしたッ!」

「私も大変悪かったですッ!」

 

 テーブルに両手を突き、頭を勢いよく下げ合う。しかし二人の少女はそれで納得しなかった。

 

「──仲直りの握手をしてください!」

「──さあ、今ここで!」

 

 ニイナが顔を上げる。ヤケクソ混じりに眦を釣り上げている。

 女の瞳に映るこちらの顔も同じようなものだった。

 

「ごめんね!!!!」

「いいよ!!!!」

 

 キレ気味に吼え合い、手と手をがっちりと結んだ。

 

「ちょっと、手! 手がミシミシ鳴ってるんだけど……!?」

「ミシミシ鳴らしてるからだぞ……!」

「──ツアワリちゃん! 漁火が! 漁火が仲直りする気全然ないんだけど!」

「ぬぁっ……!? 金猫あんた、年下の女の子に縋るなんて情けないと思わないのか!?」

「ンフフぺんぺん草にプライドがあるとでも……!?」

「ニイナもノヴァクさんも、ちゃんと大人らしくしてください」

「はい」

「はい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そんなこんなでナルティバティの戻りを待つ間、店主の居ない食堂で四人はお茶を飲んでいた。ニイナは「食中休憩だな」とか意味不明なことを言っていたが、あれだけ大量に食べたものが納まっているはずの腹部が少しも膨らんでいないのはどういう奇跡の結果なのだろうか。

 他愛ない雑談が途切れた頃を見計らって、ノヴァクはニイナに目を向けた。

 

「で? 私に何の用?」

 

 言葉は端的で、その意味は受け取り手に委ねられる形をしていた。視線の矛先──異端審問官は言い繕う。

 

「別にお前に用があったわけじゃないぞ。私はツアワリの顔を見たくてだな……」

「下手な嘘つく必要あるの?」

「……」

「異端審問官で? 神事監察官で? 上位聖職者掛け持ちしてる? 枢機卿ともあろうお方が? ツアワリちゃんの顔を見るためだけに来るわけないじゃん」

 

 ニイナという女は異端審問官でもあるが、神事が滞りなく完遂されたことを見届ける“神事監察官”という上位聖職者の役職も兼任している。それは女がスレイヴイレスパースリーであるからこそ獲得した異常性に由来する、長い経験の持ち主だから、という所が大きい。

 ニイナ・漁火=スレイヴイレスパースリー。

 幼い顔つきで、垂れ目をした、20代程度の見た目。

 身長193cm、体重456kg、実年齢39歳(・・・)。豊富な経験から枢機卿団入りした“教会”の重鎮、それがニイナ・漁火という女だ。

 

「スレイヴイレスパースリー。犯罪者に何の用?」

 

 言葉に、観念した様子でニイナが一度目を瞑る。

 

「……やれやれ。嫌だな。だからあんたは嫌なんだ。なんでもお見通しみたいに推理して、常にそれは正解だった」

「ンフフ正直に白状しな! やっぱり私に用があったんでしょ!」

「ああそうだ。私がツアワリを探していたのはその通りだが、ツアワリの下で暮らしているあんたに用事があったんだ」

 

 ややあって瞼を上げると、女は静かに言った。

 

「……罪を犯せる者(・・・・・・)と書いて犯罪者と呼ぶ。それはつまり、この世界の常識や倫理観、道徳、教義の一切を無視できる異常者の証だ。私達にはない思想と着眼点を持ち、各々が禄でもない“何か”を隠している」

 

 人を殺せず、殺してまで得ようとするモノなど存在しないほど物質的に満たされた世界。

 神々による祝福を一身に受け取る人々の中には、不和や諍いから衝動的に人を殺そうとする者がいるかもしれない──しかしノヴァク・金猫は知っている。出来ない(・・・・)のだと。この星に住む人々は皆が皆、理性を重んじ、根本的に善人だ。

 でなければ、大系化された法もなく、基盤を維持するための治安機構も執行機関も存在しないで成立する人間社会などあり得ないのだから。

 

「……大抵の犯罪者に対しある程度の理解を示す“教会”も、あんたにだけはどうすればいいのかが分からなかった」

 

 そんな善人だらけの世界で、そもそも犯罪者という烙印は、理性(・・)に基(・・)づき(・・)明確(・・)な目(・・)標意(・・)識を(・・)以て(・・)犯罪(・・)行為(・・)を選(・・)べる者(・・・)を指す。

 ──異端審問官は一際怜悧な眼差しを浮かべて見せた。

 女の視線に、剣のような鋭さが乗っている。

 

 

 

「ありとあらゆる軽犯罪。重犯罪の代表例としては、爆発物作成、神殿爆破、兵器製造隠匿所持、貨幣製造、反神主義の提唱、教義分裂教唆、あげくに“聖者(インペリア)”の誘拐まで。

 ──前科359犯。

 息をするように罪を犯せる人類史の異物、ノヴァク・金猫」

 

 

 

 ツアワリが目を瞠り、セオは静かにこちらを見つめる。

 二人の視線に込められたもの、想いはさておき。

 まずは異端審問官がわざわざ出向いてきた厄介な用事をどうにかすべきだろう。

 

「そんなあんただからこそ、“教会”から正式なオーダーだ」

 

 ……なるほど。よほど“教会”は困り果てているらしい。

 でなければ“教会”の使者役を、“教会”の最上位意思決定機関である枢機卿団のメンバーが務めているはずがない。

 

「――密室殺人事件を解決しろ」

 

 へえ、と思わず口から声音が漏れた。

 人が人を殺せない世界だ。

 神《真理大数11/12(イレニトエル)》が“聖者(インペリア)”を創り、星を作り、その上で地に満たした“人間”達──神は生まれたばかりの人類に対し、真っ先に禁止したのだ。

 人が人を殺してはならないと。

 その不文律が破られることはこの1977年のうち、一度として無かった。

 

「金猫。……あんたは人が人を殺せると、本気で思う?」

 

 半信半疑の声音は酷く小さく、自らの根底が揺らいでいることを隠しきれていなかった。

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