自称探偵は今日も戯ける。 作:アホ体験
あれは、ある暑い夏の日の事だった。
僕の人生を根元から変えた──捻じ曲げたとも言うかもしれないが──
“自称”探偵、
「ふぅ、一旦ここで休憩でもしようかな。」
僕の名前は
小さい頃に両親が他界して、引き取られた叔父夫婦に育てて貰い、二年前に高校生になった事を契機に一人暮らしを始めている。
叔父も叔母も少し癖があるけれど、とてもいい人だ。
そんな叔父夫婦から、一つの連絡があった。
叔父の父──つまり僕の祖父にあたる人が病で倒れて、もう長くないかもしれないとの事だ。
あまり父方の祖父とは関わりが無いけれど、両親が生きていた頃に何度か会った記憶もあるし、最後の恩返しとして孫の顔を見せに行こうとなった訳である。
残念な事に叔父夫婦は現在イギリスへ旅行中であり、帰ってくるまで少し時間がかかるかもしれないとの事で祖父の家へと一緒に行く事や顔合わせは難しいとの事。
だがまあ、毎年夏休みと年末年始などの大きな休みの度に帰省しているので、少し寂しいがしょうがない事だろう。
そんな祖父の家は山の奥にある。叔母からメールで送られて来た衛星地図を何度も見直したので間違いない。
元々財閥関係の家系でお金には困っていなかった様で、家というよりもお屋敷と言った感じらしい。それにお手伝いさんも数人雇っているらしく、まるで貴族の様だな……なんて思う程の暮らしぶりだそう。
にしたって、こんなに山奥に家を建てるのは止めて欲しい。
かれこれ二時間程歩いて来たが、ようやっと折り返し地点だ。こんなことならタクシー代をケチらずに乗ってくれば良かった。
そんなこんなで冒頭へと戻る訳だ。
近くのちょうど良く木陰になっている石の上に腰掛けて、ナイロン製のリュックに入れて置いたプラスチック容器の水筒を取り出す。ジョギングの時等にも使っていて、かれこれ五年程の付き合いだ。
「それにしても、暑すぎるな。まだ六月下旬だぞ?やはり地球温暖化の影響は年々増しているとこの身を以てひしひしと感じざるおえないよ……」
あまりの暑さに空中へと語りかけてしまう。
こんな独り言のせいでまた無駄な二酸化炭素を排出してしまった事に気付き、空回る口を再び水筒で塞ぐ。
「ああ、まったくだね。ここ数年の夏は正に異常気象だよ。江戸時代の時なんて玄関先に水を撒いておけば一日中涼しかった物だったのだけれどね。自然豊かな山の中でもこれなんだ、帝都……ではもう無いのだったね。東京の方では車に乗った人間が蒸し焼きにでもなっているだろう」
突然僕の背後に現れたかと思うと、ペラペラと口先を風車の様に回して長々と喋りだす。悠々と語る様子は正に余裕と言うべき物で、全てが戯れ言の様。
そんな彼女の格好は、冬だと言うのに首元に血のように真っ赤なマフラーを巻いて、頭には黒色のキャスケット帽がのっかっている──所々大正浪漫を感じさせる装いだ。
また、全身を黒で固めた彼女の所々には赤の差し色があり、赤い裏地の黒スカートが彼女を女性だと表現する唯一の要素だと言って良いほどに、性別を超えたある種の不気味さを感じさせていた。
手に持った赤い持ち手の一本杖には相当の年季が感じられ、未だ少女の様にも見える彼女とのアンバランスさがいっそう不気味さと魅力を引き立てている。
貴女は誰なのか──その問を声として出力するよりも早く、謎の人物は戯ける。
「年をとると話が長くなってしまうと言うのはまったく以てその通りだった様だね……。すまない、自己紹介が遅れてしまった」
「私の名前は
「ああ、そうだった……!
巫山戯ているような声色で言葉を付け足した彼女──いや、遊里道さんはこれまた巫山戯た様な肩書きと不思議な名前を教えてくれた。
ここは取り敢えず、僕も挨拶を返しておくのが礼儀だろう。
「僕の名前は
「私もそうだが、キミも随分と変わった名前だね。ここでであったのも何かの縁だ……どうだろう、私の乗ってきたタクシーに一緒に乗っていかないかい?キミの行き先も八代邸だろう?」
遊里道さんはタクシーに乗ってきてたのか。なら汗の一つもかいていないのにも説明がつく。
にしたって、こんな暑い日にマフラーは無いと思うけれど。
遊里道さんの言うとおり、せっかくの縁だ。乗せていって貰おう。
僕の分のお金は持ってきているし、足りるだろう。
「では、よろしくお願いします。こんな炎天下にあと二時間も歩くなんて御免ですしね」
「まったく以て同意するよ。それじゃあ、行こうか。待たせている運転手が痺れを切らして帰ってしまう前に。」
遊里道さんはクツクツと笑って、タクシーがあるであろう方向へと歩き始める。
「そうだ」
遊里道さんが立ち止まり、こちらへと振り返る。
「随分と洒落ている眼鏡だね。まったく、苦労しただろう?」
「なっ……!?」
「何度も立ち止まらせてしまい、悪かったね。今度こそ行こうか。」
『なんだか底知れない、変な人と縁を結んでしまった様だ』
この時の僕はその評価が間違っている事をまだ知らない。気付かない。
遊里道 遊戯は、変な人ではなく、
「ハッハッハッ!
「私は
「本当にお前はいつも面白い事を言う! ……よし、決めたぞ游游。我は少しの間この『たくしぃ』の運転手に興じてみることとしよう!」
狭いタクシーの中で、屈強な中華系イケメンと謎の年齢不詳系美少女が楽しそうに談話に花を咲かせている中、場違い感が否めない一般人の僕。
変わり者には叔父夫婦のお陰で慣れているとは言え、これまた癖の強い人だ。
この中華系イケメンの名前は
僕はエイセイさんと、そのまま呼んでいる。何でも中国──本人は秦だとか言っていた──で偉い人だったらしいが……そんな人と友人で、しかもタクシーの運転手をさせられる遊里道さんの正体の謎が更に深まるばかりだ。
「のう夕沂、お前の生きている意味はなんだ?」
いつの間にか遊里道さんとの話が終わっていたのか、エイセイさんが突然そんな事を聞いてくる。
「そうですね…………恩に報いる為、ですかね」
「ほう……」
言外に続きを促され、言葉を続ける。
「僕の両親は僕の小さい頃に死んじゃって、それで今の叔父夫婦に引き取られたんですよ。その頃の僕、両親が死んだショックで外になんて出たくないし、ご飯もマトモに食べられない、なんて状況で引き籠もってたんです。」
まあ、ありふれた悲劇のありふれた被害者になってしまったというだけの話。
だが、ありふれていようといまいと僕にとっては人生最大の不幸で悲劇であることに変わりは無い。
「そうさな……辛かっただろうが、それ以外にもある。だろう?」
「あはは、そうですね。確かにこれで全てならここまでの大きな恩は感じていないでしょうね」
それは、僕の生まれつきの“体質”と言う物が大きく関係している。
「信じて貰えないかもしれないですけど。オカルトっぽく言うならば
「信じよう、それで?」
「僕の眼を見た人は、僕に好感を抱いてしまうんです。印象も過程も意思も全て関係無く。僕が望ま無くとも。」
最初は気付かなかった。
少し両親の愛情が大きいだけ、ただ周りよりも友達が多いだけ、他人よりも人に好かれやすい容姿や性格なだけ。
そんな風に思っていた。
でも違った。
みんな、僕の事を
空っぽの愛情を、僕の目は植え付けてしまうのだ。
「それに気付いてからはもう思い出したくもない程に恐ろしい日々でしたよ。僕の近くにいる人間がみんな人間に見えなかったですね」
あれはそう、人というよりも──
「人形、だね。」
遊里道さんが続ける。
「無条件に愛される人間は、自分が無条件に愛されることを前提として生きている。
でも、キミの様に無条件に愛されることをどうしても心で受け止めきれない、愛情ノイローゼ……はたまた愛情アレルギーとでも言おうか?
まあ、そう言った愛情に恐怖を抱いてしまった人間はどう足掻いてもマトモには生きていけなくなるだろうね。もって3年……いや、2年かな
だって、死ぬまで自分は
この世界で
私個人としては、お人形遊びも案外悪くないと思うけれどね」
相変わらず、口を開けば滝の様に言葉が流れでる人だ。
エイセイさんもやれやれと言った動作で深くため息を吐き出している。
「すまない、私も少し思うところがあって話の腰を折ってしまったよ。さあ、続きをどうぞ?」
ケロッとした顔で、僕の話の続きを乞うてきた遊里道さんの言葉を聞いて、もともとは自分が会話の主導権を握っていたのだと思い出した。
次は遊里道さんに横入りされないようにと頭の中で最低限の事柄だけをまとめて、簡潔に伝えることにした。
「続きからの流れを簡潔にまとめて伝えると、僕が心に壁を作った事で僕の事を好きな人達が僕を自分だけのものにしようと、争った結果両親が死亡。
その後に引き籠もり状態だった僕を引き取ってくれた叔父夫婦に、この邪視の力を抑える眼鏡を貰ったり、親身に寄り添って貰ったりして今に至るって感じですかね」
遊里道さんとは違い、静かに聞いてくれていたエイセイさんが顔をあげて蕩々と語り始める。
「游游の悪癖で、話の腰を折られ、大事な部分が縮められたが……まあ赦す。我は寛大なのでな!
そして夕沂、我の
我の素晴らしき宮殿を建設するための従業員として雇って「お、着いたみたいだよ」
だんだんと、この二人のノリが分かってきた。
それに、やっぱり遊里道さんは空気が読めず、間が悪いと言うことも。
「それじゃあ行こうか、夕沂クン」
「えっ? あっはい」
突然タクシーのパーキングブレーキのレバーを引いて、無理矢理車を停車させた遊里道さんは、驚くほどの速さで車外へと脱出。
助手席の背もたれに顔をぶつけ、突然の事にまだ呆けている僕の事など知ったこっちゃないと言った様に後部座席の僕も車外へと引っ張りだした。
「あっ! 待て游游! 我の褒美の話がまだ終わっていないぞ!!」
「ごめんね、
「…………はぁ、しょうがない。我は寛容だ、故に今回は赦す。次は許さんぞ、斬首だ」
「ヤられるならもっとマイナーな処刑方法が良いな。1番楽しいやつでお願いするよ」
「やはりお前は面白い! よかろう、とびっきりの処刑方法を見つけてきてやる!! 我の処刑まで死ぬなよ、游游!! ハッハッハッハッハッ! ハーッハッハッハッハッハッ!!」
なんだかとても物騒な掛け合いと笑い声を残して、エイセイさんは嵐の様に去って行った。
「えいっ。起きたまえよ、キミ」
未だに呆然としている僕の頭に、遊里道さんは背伸びをしながらチョップを入れる。
「お、起きてます……起きてますよ。ハイ……」
「う~ん、駄目だね。あと30分は置いておこう。キミは再起動が早いからね、それだけあれば十分だろう」
遊里道 遊戯は、館を見上げる。
館の名は、
日々、怪事の絶えないと噂の幽霊館。
「ふふっ、久し振りの再開だね
遊里道 遊戯は、戯ける場所を選ばない。
今宵は幽霊館で1つの狂言を回す。
これから始まる演目は、幽霊館密室殺人。
「……なんてね。行こうか、夕沂クン」
↓簡易メモ(おもろことば)