【短編】彼女とするはずだったキスシーンを、代役にされた

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本編

 ライトがついて、舞台全体が見渡せるようになった。

 練習のときには近く感じた客席も、どこか遠く感じる。

 

 俺――波来(なみき)拓馬(たくま)は劇に集中した。

 さぁ、第一声を出そう。

 

「い……イリア?」

 

 物語は魔法が発達した世界――。

 旅の道中、とある街で幼少期に友達だった女の子と出会うシーンから始まる。

 

 今見ている観客は、これからどんな展開が待ち受けているのか知らない。

 去年の文化祭みたいに有名な物語のオマージュをしているなら、「あーね、知ってる知ってる」と言う人もいるだろう。

 しかし、今年は文芸部の女子が書いてくれたオリジナルストーリーをすることになっている。

 

 軸はしっかりしていながら、高校生にウケるような物語。

 上から目線かもしれないが、それが一番最初に台本が配られたときの感想だった。

 

 高校生にウケるってどんなことかと言えば、一言で表せば恋愛だ。

 そのせいで、このクラスで唯一のカップルである俺と彼女である桜庭(さくらば)美優(みゆ)は主人公とヒロインをすることになった。

 何を思ったのか、台本にはキスシーンが含まれていたのだから仕方ない。

 

「もしかして、ルーク?」

「あぁそうだ。久しぶり、まさかこんなところで出会うなんて……」

「ほんものだ……。会えて嬉しい、本当に信じられない――」

 

 目の前にいる、今にも泣きそうな少女がヒロイン。

 しかし彼女は美優ではない。

 一昨日、美優は階段で足を踏み外して転けてしまい、舞台に出られなくなってしまった。

 だから代役として、セリフは全て覚えているという、この台本を書いてくれた廣田(ひろた)さんがヒロインをすることになった。

 

「ルーク、お願いがあるの」

 

 そう言って、廣田さんは俺の手を両手で包んでくる。

 見つめ合うために顔を上げると、ものすごい視線を感じた。

 廣田さんの頭越し、舞台袖から服の裾を握る美優がこちらをみつめている。

 多分許してくれるのだろうし、そういう訳じゃないのだが、なんだか浮気しているような気分になる。

 

 廣田さんの手は熱くて、汗が滲んでいた。

 それはただ照明の光で暑いだけではない。

 代役とは思えないほどの演技力で誤解していたけど、廣田さんも緊張している。

 

 

 そして25分ほどが経ち、物語はフィナーレへと向かっている。

 ここまで目立った間違いや失敗もなく、会場の熱気も最大といったところだ。

 

 二人で目的を達成して、喜びを分かち合う場面。

 ここでイリアが告白をして、冒頭にも言ったキスシーンになる。

 

「ねぇ、ルーク。私たちってさ、なんだか似てない?」

「…………?」

 

 意味のわからない振りをする。

 練習でなんども聞いたから告白の前触れだと分かるが、初見では全く気付けないだろう。

 

「同じところで生まれたでしょ」

「あぁ」

「なに考えてるか、互いに分かるじゃん」

「まぁな」

「お互いのこと、色々知ってるでしょ」

「あぁ」

「お互いのこと、好きでしょ」

「あぁ。…………ぇっ?」

 

 唐突なその言葉に、思わず俺――ルークは反応してしまう。

 イリアは微笑んで、俺に近づいてハグをしてきた。

 俺は舞台端に見える美優に申し訳なく思いながら、イリアを抱き返す。

 

 美優以外の女子とここまで触れ合ったのは初めてだ。

 しかも、身体――主に胸あたりのボリュームが美優よりも良くて心地よい。

 

 目の前の彼女を、ただの物語上のイリアとは考えられない。

 俺からすれば、廣田さんに抱かれているに違いない。

 

「ルーク、好きだよ」

 

 ありきたりだけど気持ちが一番伝わる言葉。

 それを聞いた美優は、顔を顰めていた。

 彼氏が他の女にそんなことを言われているなんて、嫌に決まっているだろう。

 

 俺も、廣田さんよりも美優が良かった。

 これには異論ない。

 しかし、これは演劇であり、言うしかない。

 

「オレも好きだよ。イリア」

 

 事前にした廣田さんとの打ち合わせでは、している風にしておく――ということになっている。

 身体同士はすでに密着していて、良いのか疑問に思うほどなのだが。

 

 なにをしている風にする?

 それはもちろん、キスシーンのことだ。

 

 顔が近付いてくる。

 廣田さんはあまりクラスで目立って持て囃されるような人ではないが、顔立ちはしっかりと整っていて可愛らしい。

 

 廣田さんは顔を少しだけ斜めらせて、鼻と鼻がぶつかるのを避けた。

 そこまでする必要はない気がしたけど、口と口が当たらなければ良いだけの話。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 …………っん?

 

 俺の唇に、なにかがぶつかった感覚がした。

 もしかして、距離感に失敗して当たってしまったのかもしれない。

 すぐ離れたし、そうだろう。

 

 そう思ったのに……。

 

 しかし、廣田さんが上気していた。

 唇を舐める仕草も、なんだか妖艶としている。

 

 そして再び、廣田さんの顔が勢いよく近づいてきた。

 止める気もないぐらいのスピードで、完全にキスをした。

 

 観客がどよめいた。

 学校内でこんなことをしたら、こうなるのは当たり前だけど、俺はそれと違う意味が含まれている気がした。

 同級生では、俺と美優の交際関係を知っている人が一定数いる。

 その人たちからすれば、違う女とキスをして、浮気をしているということになる。

 

 …………そうか。

 俺は今、浮気、あるいは浮気に近しいものをしたのか。

 

 背後からでよく見えなかったはずだが、会場の様子と俺の顔を見て分かったのだろう、美優は目元を触っていた。

 その刹那、美優の瞳が輝いて、俯いた。

 

 廣田さんは正反対で、まっすぐ俺の方を見つめてくる。

 伝えたい言葉が伝わってしまい、俺の頭はぐしゃぐしゃになった。

 

 そこから幕が降りるまでの間のことは、よく覚えていない。

 

   / / / / /

 

 劇が終わり、俺たちのクラスは一段落ついた。

 他のクラスがしている展示や模擬店に、みんな歩き出した。

 しかし俺は、美優に呼ばれたから教室に残ったままでいる。

 

「ねぇ、拓馬――」

 

 美優の言葉の裏に苛立ちが隠れているのは、明白だ。

 この次になにを言われるのかは、もちろんすぐに分かった。

 

「ごめん……」

 

 無意識のうちに、美優になにか言われる前に俺は謝っていた。

 俺からした訳でもないし、廣田が強制的にやってきたのだから、俺は悪くないはずなのに、なぜか謝っていた。

 こんな事態を事前に防げなかったのがダメだ――と言われるかもしれないが、そんなことできないに決まっている。

 

「ごめんってことは、菜美(なみ)とキスしたってのは本当ってこと? はぁ……なんで」

「いや、あれはだな……」

 

 言い訳しようとすると、美優の目が鋭くなって俺に刺さる。

 ちなみに、菜美とは廣田さんの下の名前だ。

 

 もしどんな理由があろうとも、美優が他のクラスメイトとキスしていたら、俺は嫌。

 だから、美優の気持ちは充分分かっているつもり――。

 

 でも伝えるべきことは伝えようと、俺は口を開く。

 

「廣田さんとはするつもりなんてなくて、振りをする予定だったんだよ」

「言ってたね。私はそれでも嫌って言ったけど――」

「…………」

 

 なにを言っても、俺が悪いに違いない。

 

「俺は廣田さんとキスしたくなかった」

 

 信じてくれるとかじゃなくて、これを認めてくれるかが問題だった。

 

 しかし美優は無言でどこかに行ってしまった。

 一緒に文化祭を回ろうという約束も、ないものになってしまった。

 

 

 美優と付き合い始めたのは一年前――。

 文化祭最終日の後、誰もいない校舎の一角に呼ばれ、美優に告白をされてはじまった。

 そこから約一年間、放課後を一緒に勉強して過ごしたり、さまざまな場所に月1ぐらいでデートしたりした。

 

 二ヶ月くらいで手を繋ぎ、

 四ヶ月くらいでハグをして、

 半年くらいでキスをした。

 それ以上のことは、なにもしていない。

 キスだって特別なときしかしないし、俺は割り切っている。

 

 したいのか、したくないのか、と聞かれれば答えにくいのだけれど、美優がそういうスタンスらしいから仕方ない。

 

 だからこそ、美優は俺が考える以上に辛かったのかもしれない。

 

   / / / / /

 

 美優が去ったと思えば、なぜか再び扉が開いた。

 俺しかいない教室に入ってきたのは廣田さんだった。

 

「波来くん、もしかして彼女とケンカしちゃった? 桜庭さんがすごい勢いで出てきたけど」

 

 そうに決まっているだろ――。

 元凶は廣田さんなんだし、それぐらい分かるはずだ。

 もしかすると……いや絶対、廣田さんはわざと言っている。

 そうに違いない。

 

「なんで、あんなことしたんだよ。俺に彼女がいるの知ってるんだろ」

 

 俺が廣田さんを問い詰めるのが、美優が俺を問い詰めるのに似ている気がして、少し聞きづらく感じた。

 

「波来くんなら、言わなくても分かるでしょ」

「…………なるほど」

 

 その言い方なら、完全にそういうことだろう。

 それなら、なんて不器用な告白なのかと思ってしまう。

 直接言ってくれる方が、俺としても断りやすかった。

 

「私って、波来くんが思ってるよりも軽い女だよ」

 

 そんな自分を下げることを言ってくる意味がわからない。

 

「でも、一途だから、波来くんに対してだけ軽いのかも――」

「……ごめん」

「ん? なにが?」

「廣田さんと付き合うことはできない」

 

 俺がなにかおかしなことを言ったのかと思うほど、教室がシーンと静まり返った。

 

「波来くんは桜庭さんとどこまでしたの?」

「なんでそんなことを言わないと……」

「ね、お願い――」

 

 廣田さんには、すごい目力があった。

 

「キスまでしかしてない」

「そっか、じゃあ私と一緒だ」

「廣田さんと美優は……、一緒じゃない」

 

 行為では同じだけど、意味では違うはずだ――と自分に言い聞かせた。

 

「でも桜庭さんとは、キスまでしかできてないんだよね」

「あぁ」

「しか――ってことは、もっとしたいけどできてないってこと?」

「…………」

 

 そういうことだ――とは言えない。

 

「私なら、いくらでもして良いよ。美優では、したくてもできないんじゃない?」

 

 繋がりがよく分からない話に、俺は困惑してしまう。

 しかし、心が揺れなかった訳ではない。

 男なのだから――したい。

 

「どう? 桜庭さんと付き合ったままでも良いよ」

「それは……できない」

 

 ありえないほど小さな声で返した。

 

「私、そこまで悪くはないと思うだけど」

 

 俺は廣田さんにハグされた。

 胸を突き出して、俺に当てている。

 それが分かるくらいに、柔らかさと弾力を感じた。

 

「波来くんが桜庭さんと付き合って、負けたって思った。でも、一年間考えに考えて、気づいたんだ」

「…………」

 

 廣田さんの語りに夢中になっていたのは、声が心地よかったからでもある。

 

「桜庭さんは、波来くんの欲に応えられていないんだって。これなら私は勝つことができるなって」

 

 私って、えっちな女の子なんだよ――。

 耳元で囁かれたそのセリフは、俺の耳をくすぐるだけでなく、俺の心にまで触れてくる。

 

 …………。

 

「廣田さん、俺には美優がいるんだ」

 

 やっと出た言葉が、美優を選んでよかった。

 口にするまで、自分でもなにを言い出すのか決められなかった。

 

「別にいいよ」

「……ごめん」

 

 廣田さんがただの告白をしたかったのは、俺のことをよく知っているからだろう。

 話を聞いている限り、一年以上は好かれているようだし。

 

「いつでも声かけてね、次は波来くんからだよ」

 

 俺は教室を飛び出して、美優を探しに行く。

 

 

 校舎内や外を30分ほど探したが、美優は見つからない。

 ばったり会ったクラスメイトに聞いても、知らない――とか、見てない――とかが帰ってくるだけ。

 

 他の人に聞くんじゃなくて、俺自身が考えるべきだ。

 

 こういうとき、思い出の場所にいるというのがよくある。

 そう思って、俺は校舎の人気のない一角へとやって来た。

 

「……美優」

 

 やはりそこに突っ立っていた美優に、俺は話しづらさもありながら呼び掛けた。

 美優はこちらを振り返り、素っ気ない顔を見せた。

 

「なに? 菜美と、教室でお盛んしてたんじゃないの?」

「いや、してない」

 

 側から見たら、そう捉えられても仕方ない様子だったかも知れないが、俺はそんなつもりない。

 

「私よりも、ああいう子の方が好きなんでしょ」

「違う。そんな訳ない」

「じゃあ、好きじゃなくても、ちっとも良いとは思わないの?」

「それは……」

 

 そんな聞き方をするのはズルい。

 美優だって、嫌な回答が返ってくると分かっているのに、そう聞かないでほしい。

 

「結局、そうなんでしょ――」

 

 美優が俯いて、暗い雰囲気を纏わせた。

 

「それなら……。明日まで、待ってほしい」

「なんで?」

「今の俺は冷静じゃない。廣田さんにあんなことをされて、俺も正直言って驚いたし、動揺してる部分もある。そりゃあ……」

 

 俺がある言葉を言いかけると、美優が顔を上げて、鋭い目で見てきた。

 その目で俺はハッと気づいて、言うのをやめた。

 

 なんてことを、美優に言おうとしてたんだよ――。

 

「とにかく、この場で言っても本当として伝わらないと思う。だから、明日の朝には言うから、そのとき信じて欲しい。ちゃんと()()()を言葉にできるように、もう一晩だけ考えさせてほしい」

 

 お願い――と付け加えて言うと、3秒の間の後、美優が軽く頷いた。

 イエスと捉えていいだろう。

 

 美優と一緒に文化祭を回って、いつの間にか仲直りしてしまおうだなんて、思考力のない馬鹿なことを考えても無駄だった。

 そんな都合のいい展開はありえない。

 

 それじゃあ――と去っていった美優の背中が、非常に遠かった。

 俺一人しかいないこの場所は、賑やかな外とは正反対で、物音すらもしない。

 こんな所にいたくなくて、俺はどこかへと歩き出した。

 

 …………。

 

 俺はこの日の夜、色々と考えた。

 夕食を食べるときも、お風呂に入るときも、ベットに寝転んだときも――。

 

 幸せになる言葉を、美優が求めている訳ではない。

 率直な美優への言葉を待っているのだ。

 

 俺は本当の美優への愛――好きを考えてみる。

 

 それは、別の欲にかき消されるほど安いものか?

 

 違うだろ。

 そんな訳がないじゃないか――。

 

 深夜2時を過ぎる直前、俺は結論に至った。

 夜でテンションがおかしくなっていた、なんてことはない。

 冷静沈着に考えた結果だ。

 

   / / / / /

 

 翌日、文化祭の熱気も残る朝の教室――。

 俺は決心して、一つの席に向かった。

 

「俺、しっかりと考えたんだ。昨日のは、俺が間違えてたって気づけた」

 

 その席に座るカノジョは、ただ俺を見つめる。

 

「俺が本当に好きなのは……」

 

 カノジョは席を立ち上がった。

 

「本当?」

「もちろん」

 

 俺たちを見つめるクラスメイトの中、一人だけ下を向いていた。

 俺はすぐに目を逸らしたかった。




 一言で言えば、愛と性の物語ですかね。
 どちらを選ぶも自由、明言しません。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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