地獄のヒーローになった男、青春に憧れる。   作:ナマエナガ

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勘を取り戻すために書いてみた番外編その①。なお、その②があるかは不明な模様。


番外編
とある梔子ユメの平凡な一日


 

◎ DU地区・とあるアパートの一室

 

ヂリリリ!ヂリリリ!

 

「う、うーん…」

 

朝日が入り込む寝室。僅かに空いた窓から入り込む風がカーテンを揺らし、朝特有の少し冷えた空気が少女の頬を撫でる。

 

小さな唸り声を出しながら顔を上げた少女は、近くで鳴る目覚まし時計に手を伸ばして目覚ましのチャイムを止めた。

 

「うぅ…ふぁ〜…もう朝…?」

 

少女は緩やかな動きで布団から這い出ると眩い光が入り込んでくる窓を見つめて呟いた。まだ意識が覚醒しきっていない彼女は、ボンヤリとした頭で動き出した。

 

「七時半…七時半!?わ、わぁ!!大変!早く行かないと!」

 

少女は時刻を確認すると慌てたように部屋を飛び出た。少し前まで朧気だった意識も既に起き上がり、まるで遅刻寸前のサラリーマンのようにも見える。

 

「え、えぇっと!この書類と…あとあの書類も…!」

 

少女は昨夜やったまま放置していた書類を乱雑に…でも最低限の清潔さは保つように鞄に入れると今度は着替えを始めた。

 

「制服…と、あとネクタイも…靴下はこの棚に入れたっけ…」

 

少女はパジャマを脱ぎ、連邦生徒会の制服に着替えると鏡の前に立って自らの装いを確認する。クルリと回ったりして全体の様子を見ると鞄を持って玄関で靴を履き…

 

「よし…!それじゃ、行ってきまーす!」

 

元気な声と共に、私は…梔子ユメは、アパートを飛び出した。

 

◎ 連邦生徒会・執務室

 

「ご、ごめんなさーい!遅刻して…」

 

「していませんよ。ギリギリ三分セーフです。」

 

連邦生徒会の本部に駆け込んだ私を迎えてくれたのは首席行政官たる七神リンちゃんだった。

 

「そ、そっかぁ…良かったぁ…」

 

安堵の息が溢れ出る。連邦生徒会は多忙なもので一分一秒の遅刻でえ損害に繋がることもあるから、ギリギリで間に合ったことに上気していた心臓が穏やかになっていく。

 

「それではユメさん、今日も業務を始めますよ」

 

アビドス高校を卒業し、連邦生徒会で働き始めて数ヶ月…私は多忙ながらも楽しい日々を送っていた。

 

―――――

 

「ユメさん、この書類をお願いします。それとあの書類も…」

 

「分かったよ、リンちゃん!これと…あと、これだね!」

 

「リンちゃんはやめてください。それとその書類についてですが…」

 

私はリンちゃんから書類の説明を受けながら、一枚一枚出来るだけ丁寧に書類を捌いていく。

 

数ヶ月前まで慣れないことばかりでてんやわんやだったけど、少しずつ仕事をしていく内にスムーズに仕事を進められるようになった。自らの変化がなんだか可笑しくて、嬉しいような寂しいような…なんだが複雑な気持ちだ。

 

「にしても、今日も仕事多いなぁ…」

 

「先生がいない分もこちらで処理しなければいけませんからね。本当に、帰ってきたときは…」

 

わ、わぁ…リンちゃんの顔が凄いことになってる…美人が怒ると怖いなぁ…先生が帰ってきたら大変なことになりそうだね…

 

軽く一息ついてリンちゃんから視線を外し、ペラペラと机の上に積まれた書類を見やる。

 

アビドス高校を卒業し連邦生徒会に加入した私がなぜ首席行政官であるリンちゃんと仕事をしているのか…それを、書類を捌きつつも改めて思い出す。

 

そもそも、私がなぜアビドス高校を卒業後に連邦生徒会に所属したのか…それはもちろん、アビドスを救うためだ。

 

今まで私たちは何度も連邦生徒会に救援のメッセージを送っていた。だが、今のキヴォトスにとってアビドスは救う必要の低い…あまり認めたくはないけれど、救う価値の低い土地だった。

 

進むばかりの砂漠化、変化の多い気候、それによって進行した人口減少。仕方ないことではあるけれど、他の地域と比べて優先順位が下になるのは必然だった。

 

だからだろう。どれだけメッセージを送れどもマトモな救援は来ることはなく…その現状を変えるため、アビドスのことを知ってもらうため、私は連邦生徒会にやって来たのだ。

 

連邦生徒会に入ったばかりの私は「私がアビドスを救うんだ!」と気合を入れていた。記憶を失った私からすれば思い出は少ないけれど、それでも"私"が私として生きた初めての場所だったから…だから、どうしてもアビドスを守りたかった。

 

そして、私が連邦生徒会で、対策委員会の皆がアビドスで分かれてそれぞれアビドスを救うために頑張るのだと。

 

だが、それも空回りの日々が多かった。

 

私は、二年前からの記憶がない。私を助けてくれたとある大人…黒服さんから聞いてみれば、どうやら私はヘルメット団の襲撃によって後頭部を狙撃され、記憶を失ったそうだ。

 

後輩であるホシノちゃんにも聞いてみたけれど、似たような返事が返ってきた。

 

そんな私にとって、この世界のものは全て初めて見るものばかりで…どうしても、他の生徒と比べて能力に差があった。

 

アビドスでの生活で書類仕事は少しばかりしていたけれど、難しいものはホシノちゃんがほとんどやっていて、私は判子を押すだけという事が多かった。

 

だから、皆との差をどうにか埋めようと努力して…そうして、私は徐々に連邦生徒会に受け入れられていったと思う。

 

ドジばかりしていた私を馬鹿にしていた子がアドバイスをくれるようになり、少しずつ手助けしてくれるようになった。遠巻きに見ていた子が少しずつ話しかけてくるようになり、今では仲の良い後輩先輩のようになっている。

 

「まったく、先生という人は…グチグチグチグチ」

 

ふと、横目で仕事をしているリンちゃんの顔を覗き込む。相変わらずストレスと疲労に心配をまわって苦笑いが浮かんでしまう。

 

私は気付けば首席行政官であるリンちゃんの補佐役…と言うほどの立場でもないけれど、リンちゃんのお手伝い役のようなことをしていた。

 

「ふぅ…ユメさん、そろそろ休憩しましょうか。丁度お昼の時間ですし」

 

「そうだね!リンちゃんもお疲れ様。ご飯どこで食べよっか?」

 

リンちゃんと共に席を立って執務室を出る。

 

執務室に残るのは大量の書類。窓から入り込む僅かな風がそれらを揺らし…一枚の書類を机からヒラリと落とした。その書類には金髪の少年が写っていて…

 

きっと、それが私にとって重要な運命の相手だと気付くことはなく、私はこれからの昼食に胸を躍らせた。

 

◎ DU地区付近・とある新規開店のカフェ

 

カランカラン♪

 

「いらっしゃいませー!あちらの席にどうぞ!」

 

店内に踏み込んで聞こえてきたのは綺麗な鈴の音と店員さんの元気な声だった。

 

柔らかな日差しがステンドグラスを通して店内に入り込む。温かな空気が漂う店内で私はリンちゃんと席を共にし…

 

「ん〜!このナポリタン、すっごく美味しいよ!」

 

「ユメさん、はしゃぎ過ぎですよ。連邦生徒会の者として、規律を守り…」

 

「規律を守るのも大切だけど、息抜きも必要だよ。ほら、あ~んっ」

 

「し、仕方ないですね…今回だけですよ?あ~ん…美味ひいです…

 

私は、リンちゃんと共に昼食を取っていた。ここは最近できたばかりのカフェで、ここらでは少し有名なお店だったのだ。

 

最近は仕事も立て込んでいたし、リンちゃんと一緒に昼食を取るというのも久しぶりで今の私はどこか浮足立って見えてしまうかもしれない。

 

な、なんだか恥ずかしいなぁ…私って皆より年上だけど、はしゃぎ過ぎて年齢の割に子供っぽく見えるときがあるらしいし…この前ホシノちゃんと会ったときも…

 

『ユメ先輩は変わらないね〜。おじさんちょっと羨ましいくらいですよ〜』

 

だなんて言われてしまったっけ。

 

『只今より始まるのはチェンソーマン特集第4弾!ゲストとして彼の調査を続けているヴァルキューレ警察学校の尾刃カンナさんを…』

 

そんなとき、ふと天井付近に置かれていたテレビに目がいった。

 

「リンちゃん、チェンソーマン特集だって。凄いよねぇ、一年くらい前からずっと報道されてるけどまだ活躍してるんだもん」

 

「そのお陰で私たち連邦生徒会の仕事も増えているのですが…」

 

私の呟きにリンちゃんが呆れたようにジッとした目で返してきた。リンちゃんからすればチェンソーマンなんて厄介事の種だろうからなぁ…

 

「でも、私はなんだか嫌いになれないんだ。なんでか分からないけど…でも、絶対に嫌いにはなれないって…そう、思ってる」

 

「?それはまた…ユメさんは、チェンソーマンに助けられた体験でもあるんですか?」

 

「ううん。そういう訳じゃないけど…でも、彼の声が…」

 

そう、チェンソーマンの声。それが何故か胸に響くのだ。素顔も素性も知らないけれど、この声を私は何処かで聞いたことがある。あるはずだ。

 

恐らく、記憶を失う前の私…私ではない梔子ユメが縁を持っていたのだろう。

 

「チェンソーマンに会えれば…」

 

会えれば、知れるのだろうか。教えてくれるのだろうか。貴方のことを、私のことを。

 

ずっと、私は知りたかった。過去の私を。梔子ユメのことを。

 

ホシノちゃんに過去の私のことを聞いても、あまり教えてくれない。

 

きっと、今の私を尊重してくれているのだろう。ホシノちゃんは適当に見えるけど頭が良くて責任感もある優しい子だから、黙ってくれているのだと思う。

 

それでも、私には責任があると思う。梔子ユメの後を継ぐ者として、梔子ユメを背負う者として。

 

そして、いつか私がその責務を全うできたなら…私は名前がほしい。私だけの名前が、梔子ユメではない。"私"の名前が欲しい。

 

……だなんて、言ってしまったら怒られちゃうかな。ホシノちゃんからすれば唯一の先輩である梔子ユメの身体を使っている他人に過ぎない私が、梔子ユメを捨てて新たな名前を欲しがるなんて。

 

だから、まだこの思いはしまっておく。ちゃんとホシノちゃんとお話して、喧嘩して、仲直りして…その末に、私は"私"の思いを告げなければいけない。

 

それが、私が果たすべきせめてもの贖罪になるのだと思う。

 

「ユメさん、そろそろ戻りましょうか。業務はまだ山のように残っていますし、今夜も徹夜になりそうですし…」

 

「あ、あはは…今日もかぁ…帰りにエナドリ買ってかないとだね…」

 

リンちゃんの声と共に立ち上がる。お会計を済ませて外に出れば、まだ青い空があった。

 

輝くような太陽と、青い空。それらを彩るように浮かぶ曇と飛び交う鳥たち。やはり私は、この景色が好きだ。

 

やっぱりあのお店、またホシノちゃん達と一緒に行こうかなぁ。ランチも美味しかったし、お店も綺麗だったし…

 

ルンルン気分で足を進める。隣にいるリンちゃんがなんだか変な人でも見るような目をしているけど気にしない。今はこの楽しい気分に浸っていたい気持ちなのだ。

 

そうやって、私は連邦生徒会の執務室に舞い戻った。

 

◎ 連邦生徒会・執務室

 

「うへ~…リンぢゃーん…疲れだよ゛〜」

 

「まだ書類は残っているんですよ。はい、次はこの書類を…」

 

ルンルン気分で執務室に戻った私を出迎えたのは圧倒的な激務だった!

 

うへ~もう無理だよ〜…あれから四時間もやってるのに減らない…全然減らない…むしろ書類多くなってない?さっきとかまた山が一つ追加されてしまったんだけど!?

 

うぅ…少し休みたい…

 

「…って、あれ?」

 

と、机に突伏していると床に落ちた一枚の書類を見つけた。

 

「なんだろう、これ…」

 

いつ落っことしたのかな…重要な書類だったらリンちゃんに怒られちゃうかも…!

 

そぉ〜っと、リンちゃんに見られないように書類を拾う。書類の内容を見てみれば、そこには一人の生徒の情報が載っていた。

 

「えっと…シャーレの新入部員について?」

 

「ユメさん、聞いていますか…って、それ、どうかしたんですか?」

 

私の持っていた書類をリンちゃんが覗き込んでくる。

 

「書類落ちてて、それを拾ったらこれが…」

 

「あぁ、シャーレの部員についてのですね。名前は…」

 

名前は、デンジ。金髪の髪。それなりに引き締まった身体。ヤンチャそうな目つき。なんだか不良っぽく見えるけど…

 

「経歴が怪しい…というより、謎の多い生徒なので、注意するべき生徒としてマークしていました」

 

「そうなの?別に変なところなんて…」

 

改めて書類を見る。えぇっと…学校はシャーレの部室近くの私立高校。中学も普通に通ってるし…

 

「彼にはヘイローがありません。特に優れた能力がない彼が、この超銃社会のキヴォトスで無傷でいること…それ自体が、怪しさの原因となっていす」

 

あ…そっか。よく書類を見れば、彼にはヘイローがない。普通ならすぐに気付くことなんだけど…なんでだろう?全く違和感を覚えなかった。まるで、彼にはヘイローがないことが当然かのように思えて…

 

「かと言って、特に不良行為も見受けられないので何もしていませんが…ユメさん?」

 

デンジ…デンジ君。彼の顔を見ると、なんだか胸がザワつく。チェンソーマンの声を聞いたときと似たような…忘れてはいけないと、無意識に思ってしまう、不思議な感覚。

 

この子も…何か私と縁があったのかな。まさかデンジ君がチェンソーマンだなんてことは…ないか。シャーレに話題沸騰中の怪人がいた…なんて、連邦生徒会がキヴォトス中からバッシングを受けてしまう。

 

今はアビドスの方に先生と行ってるみたいだけど…いつか会えないかなぁ…基本的に仕事で忙しい私だけど、シャーレにいるならお仕事の中でも会えるよね。

 

「ん〜!割と休めたかなぁ…リンちゃん、そろそろお仕事に戻ろっか」

 

「はぁ…まぁ、ユメさんがそう言うのなら構いませんが…」

 

――ただ、デンジさんの書類を眺めていたユメさんの表情が、あまりにも優しく見えたもので…

私は、僅かな驚きを感じつつも自らの仕事へと意識を向けた。




ちょっとした設定開示〜!

まず、記憶を失う前と後のユメ先輩では記憶を失った後のユメ先輩の方がスペック高いです。何も覚えていない分、知識の吸収が早くて連邦生徒会の仕事もそこそこ出来るようになりました。まぁドジだったり天然グセがあることは変わりませんが

つーかユメ先輩に対するリンちゃんの口調ってコレでいいんすかね…違和感あるかもしれませんがご容赦ください…
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