◎ シャーレの部室
とある日の夜、シャーレのオフィスにて。二つのグラスがコツンとぶつかる音がした。
「かぁ〜んっっぱっ〜い!!」
「…かんぱーい」
片方のグラスに注がれているのは泡立ったビール。もう片方…つまり俺の手に握られているのはコーラの入ったグラスだ。
テーブルにはエンジェル24で買った色々なおつまみが置いてある。定番な枝豆にポテチ、レジ横の揚げ物などなど…
「なんだよ〜!テンション低いぞ〜!」
と、まだ酒を飲んでもいないのにテンションバリ高で肩を組んでくる先生。色々と当たるので少しヤバい…つーか普通にうぜー
「まったく、なんでこうなったかなぁ…」
はい!と言うわけで回想すたーてぃん!
―――――
数時間前
「せんせー、その書類くれ」
「あ…これね、はいどうぞ」
「あざっすー」
窓から綺麗な青空とそこに浮かぶ白い雲を覗ける真っ昼間、俺は先生と変わらず書類仕事に明け暮れていた。
「はぁ…」
溜息を吐いたのは先生だ。吐いた息には疲労と眠気が詰まっている。チラッと先生を見てみると、瞼は薄く開かれているだけで少しフラついているようだった。
もう三徹ほどしているので限界が近いのだろう。俺もチェンソーマンとしての耐久力がなきゃとっくにぶっ倒れている量だ。クソ眠ぃ…
「むぅ…ぬぅ…」
と、俺も霞む目を擦って書類と向かい合っている最中、先生が何か唸っていた。判断に迷う書類でもあったのか…取り敢えずほっとく。めんどいし…
「ぬぅ…ぐぐ…」
カリカリ
目を閉じ、頭を掻く先生。
「あぁ、もう…!」
カタカタ
ペンを机に当てて膝を震わしている。さっきまでの眠気はどこへやら…と言いたいところだが、むしろ、眠気が一周して限界突破でもしたのかのように勢い良く立ち上がって…
そして数秒後
「酒飲みたーーーい!!!」
「えぇ…」
こんなに溜めて言うのがそれかよ
―――――
ってなわけで、先生は連邦生徒会の上層部…つまるところリンちゃんに直談判して明日の休みを得たのである。
「今夜は飲んで飲んで飲み倒して、明日はずぅぅっと寝ようね!デンジ!」
「俺は酒飲めねぇし、明日は普通に家に帰るわ」
何故俺が明日も先生といる前提になってんだよ。
つーか、俺も最近はマンション帰れてねぇしなぁ…ゴミ出しって何曜日だっけか…
「むぅッ!折角の休日を寝ずに過ごすなんてバカだよっ、おバカさんだよっ!」
「………」
…うわぁ…うぜぇ…
夜の飲み会…飲み会でいいのか、これ…が始まってから一時間程度しか経ってないのに、先生のウザさは尋常ではない。どんだけストレス溜めてんだよ。
……いやこれは連邦生徒会のせいでもあるか…
「反応が悪いなぁ…あっ、今私のこと酒カスって思ったでしょ!?」
「…うぜぇ」
「あっ、言った!言っちゃった!もう許しませんよー!」
うぜぇ!それとうるさい!あとシャツ一枚しか着てないのに絡んでくるな!
「暑いんだよ!引っ付いてくんな!」
「離れませーん!デンジが私を可愛いって言うまでやめませーん!」
テーブルを越して俺の身体に引っ付いてくる先生を引き離そうとジタバタしてみる。だが酔った先生の力は意外に強く、無理やり引き剥がすのも怪我をさせそうでやりにくい…
「私だって日々頑張ってるんですー!ちょっとは褒めたっていいじゃん!」
「ぬぐっ…それは…」
まぁ、正直、先生はもっと褒められ讃えられていいと思う。キヴォトスに生きる全ての生徒のために朝も昼も夜も寝ずに働いているのだ。そりゃ、少しくらいいい思いしたって、罰は当たらねぇと思うけどよ
「だからって俺に当たんのはどうなんだよ…」
「うぅ…だって素直に甘えられるのなんてデンジくらいしかいないし…」
と、涙目になりつつ上目遣いをしてくる先生。や、やめてくれぇ…俺はそういうの苦手なんだよ…
「ああっもう…たく…」
でもしょうがない。誰にだってガス抜きは必要だろ。先生はちょっと頻度が少なすぎたくらいだ。
「こっちゃ来い来い」
「わ…」
先生を抱き上げてシャーレの部室を出た。
◎ シャーレの部室・休憩室
やって来たのはシャーレの部室、その隣にある休憩室だ。いくつかのベッドやぬいぐるみ、毛布が何枚か置いてある。
ぶっちゃけた話、この部屋を使ったことはあまりない。先生は基本的に無休だし、俺も先生が一人で働いている間に何もせず休憩するってのは気分が悪い。
なので滅多に入らないこの休憩室だが、ようやく出番が来たわけだ。
さっそく、ベッドに先生をそっと降ろして布団をかけてやる。今日はできるだけ早く眠ってもらおう。
「先生、酒飲みすぎ。今日はもう寝とけ」
「え〜…私はまだまだいけますよぉ…」
顔真っ赤にして言われても説得力ねぇんだわ。さっきの暴れようでよく言えたもんだぜ。
「寝とけ寝とけ。明日休みだからって吐かれるまで飲まれても困るンだよ」
と言うわけで休憩室を出ようと先生に背を向ける。酔った先生を相手にすんのもめんどいし、態々側にいてまで見守るモンでもないだろ。
ふぅ…さっさと後片付けして家に帰ろう。暫く帰っていないので色々と掃除しなきゃいけない。前に帰ったのは二週間ほど前だったような…埃が怖いなぁ…
「ぁ…いっちゃやだぁ…」
「…」
先生の弱々しい指が袖に触れる。さっきまでの元気はどこへやら、赤子のように緩やかな声と動作だった。ただ離さないように精一杯の力を込めていることは表情から伝わった。すっげぇ振り払いずらい…
「…まぁ、少しだけならいいか」
「ほ、ほんとう…?」
「本当はダメなことなんだからチョットだけな」
さっきまでは帰る気満々だったのに…泣き出しそうになっている先生を見て簡単に意思を変えた自分が憎いぃ…
不服ではありつつも、今更断っても流れかねないので素直に先生の隣に寝転ぶ。一人用のベッドは先生と二人で寝転ぶには狭く、身動きも取りづらい。というか先生の顔が近い…
「…流石に恥ずいからむこう向いてくんね?」
「え〜…このままはダメ?」
ダメなもんはダメである。自覚があるのかないのかは分からないが、先生はツラがいい。手を出すとかそんなつもりは毛頭ないが、見ているとチョットだけドキッとしてしまう。
「先生がなんもしねーなら俺からそっぽ向いてやる」
「あ、ちょっと〜」
ベッドの上、身体を回して先生に背中を向ける。そのまま目を閉じて寝ようとする。先生が寝たら出ればいいだろ…
「むぅ…でも、いいよ」
先生の小さい手が背中に触れた。そしてこれまた小さい声で細くつぶやく。
「一緒にいてくれるだけで…いいよ…」
その言葉に僅かに驚く。なんというか…あまり、そういう言葉を受け取ったことがないもんだから…なんて言うべきかよく分からない。
「…そういうとこだぞ、先生」
やっぱこの人のこういうところは苦手だ…でも、それを悪くないと思う俺がいることが不思議でならねぇや…
てかやべ…
―――――
朝、窓の外では小鳥のさえずりが響いている。暖かく、しかして空気は涼やかな、そんな春の朝だ。
「むぅ…ふぁ〜」
欠伸をしながら身体を起こし、ボンヤリとした頭のまま窓の外を見つめる。思い返すのは昨日のこと。
「あれ…えっと…昨日は…」
昨日は…そう、シャーレで初めての飲み会をしていたっけ。半ば無理やりに休みを勝ち取り、デンジと二人でお酒を飲んだりおつまみを食べたり…
「うぅ…頭痛い…」
昨日どれだけ飲んだったけ…あんまり覚えていない。兎に角たくさん飲んで兎に角たくさんおつまみを食べたことは覚えてるけど、それ以外は…と言うかなんで私は休憩室のベッドに…?
疑問を抱えたまま、ふとベッドを見下ろす。丁度私の隣の位置、毛布が人一人分ほど膨らんでいる。毛布を捲ってみると…
「ッデ、デンジ〜!?」
金髪のヤンチャそうな少年、見慣れた彼がスヤスヤと寝ていた。これってぇ…!
「やっちゃったぁ…!」
両手で顔を塞いで天を仰ぐ。起きたばかりの身体が緊張で固まって顔が赤くなる感覚がある。
ダメでしょ!生徒と同衾なんて!それもお酒の勢いで…?先生失格じゃん!
「うぅ…」
体育座りをして膝を顔を埋める。先生としての責務・責任…それを放り出してしまった情けなさが恥ずかしい…
「い、いや…まだ確証は…」
もしかしたらただ添い寝しただけかもしれない…いや、それもそれで問題だけどっ!昨日のことをどうにか思い出そうと、頭をグリグリと指で押しながら思案する。
「ぐぬぬ…やっぱり思い出せない…」
昨日の記憶はどれだけ探ってもシャーレの部室、そのオフィスでデンジとご飯を食べたところまでだ。どうして二人で寝ていたのか、実際に何があったのかは思い出せない。
ただ…
「…温かったな」
一つだけ、温かなものがあった。心が安らいで、ポカポカとして…久しぶりに熟睡できた気がする。これもデンジがいたお陰…なのだろうか。
「はぁ~…まずは起こして話を聞いてから、かな。」
最悪、土下座して責任取ろう…
そうして、私は眠っているデンジの肩に手を触れた。
そんな、なんてこともない…とは言えないけれど、爽やかな朝が今日も始まった。
なお、別に何事もなかったことを知った先生は安堵の息を吐いた模様。