そういえばハロウィンが近づいてきましたね。ハロウィンハロウィン!ハロハロウィン!ハロウィン!
――久々に、三人で撮った写真を見つけた。
私と彼を両腕で抱き締めて笑顔を浮かべるユメ先輩。恥ずかしそうに頬を赤らめる昔の私と、ユメ先輩の胸に鼻の下を伸ばしている彼。
思えば、色々なことがあった。もう彼はいないけれど、日々は少しずつ進んでいく。なんだか寂しい気もするけど、それでも私は進まなければいけない。
彼の命を、無駄にしないために。
だからだろうか、私は久々にここに足を運んだ。目の前には、仮初のお墓。せめてもの償いとして作った、彼のお墓。
「デンジ、アビドス高校に新入生が来たんだよ。シロコちゃんとノノミちゃんって言ってね。凄い良い子たちなんだ。」
聞こえているだろうか。ちゃんと、天国にいる彼にまで届けられているだろうか。
空は夕暮れに照らされて、オレンジ色に広がっている。彼のお墓が静かに照らされて、砂漠特有の静けさもあって神聖に映る。
「でね、ユメ先輩が大はしゃぎで出迎えて入学初日からパーティーをやったんだ。シロコちゃんとノノミちゃんも最初は戸惑ってたけど、最後には皆で沢山遊んでね…」
あのときのユメ先輩は凄かったなぁ…私たちしかいない学校に、二人も新入生が来て嬉しかったんだろう。事実、私もはしゃいでしまった。
「それでね…それ、で…ね…」
……なんで、今更悲しくなるのかな。
もう戻れないのに。もう引き返せるわけじゃないのに。なのに、なのに…
「ここに、デンジがいればなぁ…」
私が殺したくせに、私が見捨てたくせに、何を言っているんだろう。全てはもう手遅れだ。彼が死に、アビドスの抱える借金は大幅に減った。
私たち生徒会…もとい、対策委員会の負担も、同様に減った。去年までは予想できないほどに、借金返済は楽になった。
「…私が死んだら、ちゃんとデンジのところに行くからね。それまで…少しだけ待ってて」
今でも覚えている。忘れられるはずもない、忘れてはいけない記憶。暖かく、穏やかで優しい時間だった。そして、今でも夢に見るあの光景。
私のショットガンが銃弾を吐き出し、彼の背中を撃ち貫く。私の指が引き金を引き、血の匂いが鼻に突き抜ける。
まるで呪いのように、私の脳裏に焼き付けられたその光景。
それを、私は忘れない。きっと、いつまでも…私は忘れない。あの日々を、彼のことを、彼の笑顔を、彼の優しさを…
私は、死ぬまで…いや、死んでも忘れないと、心底から誓ったのだから。
それは、まだ誰も傷ついていなかった頃の話。笑って、喧嘩して、また笑い合って……
そんな、何でもない一日が永遠に続くと信じていた、あの頃のこと。
◎ アクアリウム
「デンジ、ユメ先輩!アレ見てください!鯨ですよ、鯨!」
俺とユメ先輩が並んで歩いている少し先でホシノがぴょんぴょん跳ねながら楽しげに声を上げた。
「お〜!おっきいね!ホシノちゃん!」
「ですよね!しかも大きいだけじゃなくて、鯨が発する鳴音は言葉じゃ表せられないほど美しい旋律で…!」
大きな水槽を眺めるホシノの隣にユメ先輩が駆け寄り、仲よく談笑していた。ホシノは冷めやらぬ興奮そのままにお魚トークを白熱させている。
「デンジも来てください!沢山お魚がいますよ!」
ホシノとユメ先輩と出会って1週間ほど。共に借金返済の為にバイトしたり、ヘルメット団と戦っている間にそれなりの信頼を得ることができた。
「おう!今行くぜ」
そういや、デンジも原作で水族館デートしてたっけ。
アサが長々とヒトデの知識を語るけど、長すぎて飽きに飽きたデンジがペンギンを見に行こうとしたとき、悪魔に襲われた。
「デンジ!あの魚はですね!」
俺がデンジではないからか、それともホシノがアサとは違って心底楽しそうに解説してくれるからか、俺も結構水族館を楽しめている。
……俺ぁさ。胸は大きい方がいいと思うし、身長もそれなりにあった方がいいかなって思うんだが…
なんか、最近ホシノがすっげぇ可愛く見えるんだよなぁ…
「ホシノちゃん、デンジ君。私ちょっとお花摘みに行ってくるね。」
「わかったスよ。待ってるんでいってらっしゃーい」
ユメ先輩がトイレに向かって俺とホシノが残る。
なんか…ちょっとドキドキしてきた…!ホシノって小柄だけど可愛いし、ツンとした目元が今みたいにキラキラ光るギャップもまた…
「あ、あの…デンジは、楽しんでますか?」
水槽を眺めていたホシノは二人きりになった途端、頬を赤らめて上目遣いで見つめてきた。
「お、おう…そりゃ、楽しんでるよ…」
俺つい照れてしまい、頬が赤くなる。それを隠したくて顔を逸らすけど、ホシノはゆっくりと距離を詰めてきて俺の裾をそっと握った。
「あの…今夜、二人で出かけませんか?天気予報だと今日は珍しく満開の星空が見えるそうで…その、デ、デートと言うわけではないんですけど…」
ホ、ホシノが、俺をデートに誘ってる…!モジモジした言い方に赤い頬。恥ずかしさ故か俯いた顔は耳まで真っ赤になっている。
これさ…確実に俺のこと好きじゃん!!
「い、行くぜ!行く、絶対に行く!」
ホシノに向き合ってそう叫ぶ。するとホシノも顔を上げて優しく微笑んでくれた。
「それなら、よかったです…二人で、行きましょうね」
ゆっくりと、俺の手を握るホシノ。なんだか自然と距離が更に近くなって、お互いの瞳を見つめ合う。
「デンジ、私は…」
「ホシノちゃーん、デンジくーん!遅れてごめんねー!」
うおお!!!ユメ先輩!今いい雰囲気だったのにぃ!!ちょっと久々に怒っちまいますよ!?
「あれ?どうしちゃったの二人とも、顔赤くしちゃって」
雰囲気がぶち壊れたお陰か、俺とホシノはお互いに恥ずかしさが再燃してきて顔を逸らしてしまった。距離も再びできてしまい、そこにユメ先輩が入り込む。
「なんだかよく分からないけど…ほら!行こっ!」
ユメ先輩が俺の手とホシノの手を取って歩き出す。とても楽しそうに、満開の笑顔で先頭を歩んでいる。
さっきは何だかイラついてしまったが…なんだかな、これがユメ先輩なんだと思える。笑顔で優しくてどこか抜けてて世話が焼ける。
でも…それが可愛らしくて愛おしい。
ホシノも似たようなことを思ったのかユメ先輩の背中を優しく見つめて微笑んでいる。
改めて、三人でアクアリウムを楽しんだのだった。
◎ アビドス砂漠・郊外
アクアリウムから数時間後。気付けば夜を迎え、ユメ先輩とホシノは家に帰った。これから俺とホシノは改めて砂漠で合流し、夜空を眺める予定だ。
うぅ…今更ながら緊張してきたぜ。誰かとデートなんて初めてだし、めちゃくちゃドキドキしてきた…!
合流地点に着くと、まだホシノは来ていないようで、静かな風が吹き抜けるだけである。
「ホシノが来る前に準備くらいはしとかねぇとな」
星空を眺める、という約束だがそのまま立って見上げるのも砂上に横たわるわけにもいかない。というわけで持参してきたシートとマットを敷く。
俺は基本的にアビドス高校の適当な教室で寝ているのだが、このシートとマットは学校での生活中に見つけて引っ張ってきたやつである。
少し早いが、ホシノが来る前に寝転んで星空を堪能してみようか…
「綺麗なもンだな…」
アビドスは荒廃している分、人口の光がなくて普段から星が見やすい。今日は特に天候がよく、拍車をかけて星が見やすくなっていた。
輝く星々。キラキラと小さな点々が光輝き、闇が広がるだけの空を綺麗に彩っている。その自然の輝きに、思わず見惚れてしまった。
「すいません!遅れてしまいました!」
そうして星を眺めているとホシノがやってきた。体を起こしてホシノを見やる。
白い綺麗なワンピース。その上から暖かそうなカーディガンを羽織っている。肩には鯨のポーチが掛けれている。
不意に、その可愛さにドキッとした。
「気にしちゃねぇから、ほら隣」
ポンポンと隣のマットを叩いてホシノに促す。ホシノは優しげな微笑みを浮かべて俺の隣に座り込んだ。
ポーチから水筒と紙コップを取り出すと温かなお茶を注いで俺に差し出した。
「冷え込むと思ったので温かいの用意してきました。どうぞ」
「サンキュー、ありがたく頂くぜ」
ちびちびとお茶を飲みながらホシノと共に星空を見上げる。温かなお茶と静かな砂漠、輝く星々のお陰か心は信じられないほどに落ち着いている。
「デンジがアビドス高校に入学して1週間経ちましたが…どうですか?」
「どうって…楽しくてしょうがねぇよ。ホシノとユメ先輩と沢山頑張って、沢山はしゃいで…昔とは比べ物にならねぇくらいに幸せだ」
「そう、ですか…」
む、なんかホシノが黙り込んでしまった。なんか変なこと言ったかな。
「あの…昔のデンジはどんな人だったんですか?」
「昔の俺?なんでそんなこと…」
唐突なホシノの問いに思ったままの疑問を口にする。まぁ、前世の話はしたことなかったけど、そんなに俺のことが気になるのかな…
それは、それで…ちっとばかし嬉しい気もするけど…
「少し考えてみたんです。私はデンジのことをどれだけ知っているかなって……
それで、表面的なことは知っているけど、好きなものや嫌いなもの、何が得意で何が苦手か――そういうこと、あんまり知らないなぁって」
「だから、もっと知りたいと思ったんです。デンジのことを」
………これさ
「俺のこと好きじゃん…」
「は、はぁ!?なんでそうなるんですか!?」
いやだってさぁ!好きじゃない男にこんなこと言う女のコいますぅ!?いないだろ!
「も、もう…!デンジのそういうところは嫌いです…!」
ホシノは頬を赤らめて膝を抱え込んでしまった。その姿も可愛らしくてつい頬が緩む。
「まぁ、でも…俺も、ホシノのことは好きだよ」
あぁ、俺はきっとホシノもユメ先輩も大好きなんだ。このキヴォトスで忙しくも平和な時間を過ごせているのは二人のお陰だ。二人がアビドスにいたから…二人が俺を拾ってくれたから、俺はここにいる。
「ホシノにもユメ先輩にもすっげ~感謝してる。だから…俺はここが大好きだ」
マットに再び寝転んで星々を見上げる。この景色さえも、ホシノとユメ先輩が与えてくれたものだと思うと、宝物のように思える。
すると、ホシノは俺の言葉を聞いてゆっくりと膝から顔を上げた。
「そういうところは…結構好きですよ」
ホシノもマットに寝転がると二人で星々を見上げる。ゆっくりとホシノは俺の手を握って俺に顔を向けた。
「どうします?今度はユメ先輩と来ますか?」
「…いんや、ここはホシノとだけがいいや。ここは…この星空だけは、ホシノとだけがいい。」
俺も、ホシノの手を握り返す。夜の砂漠は寒いはずなのに、なぜだか暖かくて仕方ない。
そうやって、俺たちの夜は過ぎていった。
◎ アビドス高校・生徒会室
――夜の砂漠デートから数日。
「もう!何やってるんですか!!」
「ホ、ホシノちゃん、ごめんね。私のせいで…」
経緯は簡単だ。ユメ先輩が怪しい話にひっかかり、それを俺とホシノが引き留めはしたが、無駄なお金と時間を使うことになってしまった。
それだけのこと、まぁ、割とあることだ。
だが、ホシノはアクアリウムに星空デートなど、気が緩んでいたところにやってきたトラブルにいつも以上の苛立ちを抱えたらしい。
「ごめんじゃありません!なんで毎回毎回騙されるんですか!?」
「そ、それは…」
ホシノがユメ先輩に怒るのも理解できる。ユメ先輩は天然な所もあるし、聡明さでいえばホシノには劣る。だけど…
「ホシノ、言い過ぎだ!ユメ先輩だってわざとじゃなかったんだし…」
「わざとでなければ許されるとでも!?」
怒るホシノは勢いをそのままにユメ先輩に苛立ちをぶつける。
「こんな体たらくで『夢と希望に満ちたアビドス』なんてよく言えたものですね……
はぁ、もう一人で勝手にやってください!」
「ホ、ホシノちゃん…?」
「もう付き合っていられません!生徒会は終わりです!ユメ先輩なんて知りません!」
生徒会室を飛び出すホシノ。あんまりの言いようにその背中を追いかけようとするが…
「ホシノ!」
「いいよ!デンジ君…いいよ…私が悪いから」
ユメ先輩は悲しそうに目尻を下げながらも俺の動きを止めた。静かに悔いるように俯いて、立ち尽くしている。
「…俺は、ユメ先輩のこともホシノのことも大好きッス。だから、ユメ先輩のことを悪いだなんて、思いませんよ」
ふぅ、と一息ついて歩き出す。落ち着かせた頭で考える。取り敢えずホシノと話し合ってユメ先輩と仲直りしてもらおう。ホシノの発言は勢いのせいで出てきただけで本心じゃないはずだ。
なら、きっと仲直りできる。
そう思って俺は生徒会室から出てホシノを探しに行った。
でも、きっとそれが行けなかったんだろう。そのせいで、ユメ先輩は……
◎ アビドス高校・グランド
「ホシノ!ここに居たのか…」
「デンジ…何か用ですか?ユメ先輩に謝れとか言われても、私は謝りませんよ。」
ホシノは今まさに帰ろうとしていたのかグランドにいた。相変わらずの様子でツンとした言葉を返してくる。
「謝れって言いに来たわけじゃねぇよ。ただ…きっと、誰も悪くないって思っただけだ」
「誰も悪くないだなんて…ユメ先輩がまんまと罠にひっかかったからこうなったんですよ?今回はユメ先輩が悪いです」
そうなのかもしれない、と自分でも思う。でも、俺はユメ先輩が好きだ。だから、ユメ先輩を庇い立てるように思いつく限りを口にした。
「それこそ詐欺やってる企業のが悪いだろ。ホシノのそれは、騙される方が悪いって言ってるようなモンだぜ」
「それは…」
言い淀み俯くホシノ。ホシノは唇を噛みしめたまま、俯いた顔を上げなかった。その肩が、ほんのわずかに震えているように見える。
「それはわかっています…!でも、その度に皆が迷惑して…!ユメ先輩が一番傷つく!もうそんなの嫌なんですよ!」
風が砂を巻き上げ、二人の間を通り抜ける。やっぱり、ホシノはユメ先輩が大好きなんだな…だからこそ、心底から怒ってるし、優しさが裏返ってしまう。
「俺もさ、ユメ先輩にはちっとばかり怒るべきところはあると思うぜ。バカだし、天然だし、騙されやすいし…でもさ、俺はそういうところも大好きだ。ホシノだって、そうだったろ?」
「……!!」
静かに、ホシノが息を呑む。そうだ、俺たちは結局何があってもユメ先輩が大好きなんだ。頼りないけど優しくて頼もしくて…不思議と共にいたくなる。そんな人だから、俺もホシノもアビドスに居続ける。
「だから、明日…ちゃんと話し合おうぜ。ユメ先輩だって、ホシノに悪気はなかってわかってる。」
俺の言葉を聞いて、ホシノはゆっくりと顔を上げた。小さく微笑んで、静かに口を開く。
「そう…ですね。私も怒りすぎましたし…明日、ちゃんと話してみます」
その言葉に頷いて背を向ける。
「俺は生徒会室に戻るけど…帰り道、気をつけろよ」
「言われるまでもありません。デンジも、また明日」
手を振って別れる俺たち。
俺はまさか、これが二人で笑い合う最後の日になるだなんて、思ってもなかった。
◎ アビドス生徒会室
「ユメ先輩、戻ったスよー」
ってありゃ?ユメ先輩がいない…トイレにでも行ったのかな。それとも帰っちまったのか…
「ユメ先輩ー、いないんすかー?」
そうしてユメ先輩を探しているとき、机の上に置いてある手紙を見つけた。
「『いつもありがとう、ホシノちゃん、デンジ君!!お元気でね!!』……は?」
なんだよ、この手紙…いつもありがとう?お元気でね?どういうことだよ、ユメ先輩…!
「ユメ先輩!」
生徒会室を飛び出して校内を駆け回る。まだ何処かにいるのかもしれない、まだ近くにいるはずだ…!
「クッソ!ここも違うか!」
だが、いくつもの教室を巡り、校内を探してもユメ先輩は何処にもいなかった。焦った俺はスマホを取り出し、グランドに出る。
「ユメ先輩、出ろ…出ろ!」
ヴヴ……ヴヴ……
一向にユメ先輩は電話に出ない。俺は一旦電話は諦めてアビドス砂漠へと向かいながらホシノに電話をかけようとする。
取り敢えず二人でユメ先輩を探すんだ。そうすりゃ、きっとすぐに見つかる。だってユメ先輩だ。あの人が俺らを置いて学校を去るだなんてことはしない。
「でも…」
本当に、ホシノに電話していいのか?
きっと、ホシノはユメ先輩がいなくなったとこを知れば大きく悔いるだろう。責任を自分に押し付けて、ずっと後悔してしまう。
それは、それは…嫌だ。ユメ先輩が見つからないのも嫌だけど、ホシノが後悔して心に傷を残すのも嫌だ。
「あぁ!クッソ!俺ってバカだ!」
二人で探せばいいのに、俺はスマホをしまっちまった。自分一人で探そうとしてる!
「ユメ先輩ー!!」
それから、俺はユメ先輩が見つかるまでアビドスを走り回った。
◎ アビドス砂漠・郊外
「ユメ先輩!どこっスかー!」
気付けば、とんでもないくらいに走っていた。アビドス高校からどれだけ走っただろう?日は徐々に登ってきており、ゆっくりと朝が来ている。
早く、早く見つけねぇと…!クッソ!今更ホシノを呼ばなかったことを悔いるなんて…!
「っ…!あれは!」
緑に近い水色の髪。それが地面に倒れ込んでいる。よくよく見ればまだ胸は上下していて、生きていることを示している。
「ユメ先輩!」
「……デンジ、君…?」
名前を呼んで倒れる彼女に駆け寄る。
倒れ伏したユメ先輩は酷く衰弱しているようで、渇いた唇とカサカサの肌が見苦しい。
「なんで、デンジ君が…」
「なんでもなにも!ユメ先輩が突然いなくなっまからに決まってるでしょ!」
持ってきた水筒を取り出し、ユメ先輩の唇に当てる。ユメ先輩は少しづつ水を飲み込んでくれて、喉がゆっくりと動いている。
「もう、帰りましょうぜ…俺もホシノも、ユメ先輩が大好きッス。だから、また…三人で生徒会やりましょ」
「……そう、だね。ごめんね、突然いなくなって…ごめんね…!」
ユメ先輩は泣きながら微笑んだ。そんなユメ先輩の肩を支えるように立ち上がって帰路を歩む。
「そんじゃ、帰りましょ」
「うん…私も、ホシノちゃんとしっかりお話をするよ」
ようやくだ。ようやく日常に戻れる。ようやく三人で平和な日々が、戻って来る。
――本当に?
何かだ。何が、来る。俺の勘がさっきから囁いてる。俺の胸の中でずっとモヤモヤしてる。ここには、何がいる。
「……っ!砂嵐…!」
突然、砂漠に砂嵐が吹き付ける。俺はユメ先輩を強く抱き締めて、離れないように身をかがめる。
「デンジ君…!」
ユメ先輩の苦しげな声が小さく響く。吹き付ける砂が肌に痛くて小さな傷が出来上がる。よくやく砂嵐がおさまると、ゆっくりと顔をあげる。
「…なんだぁ、ありゃ…」
「…なんなの、あれ…」
それは、ヘビのようにであり、鯨のようにも見える白い巨大。大きなヘイローが頭上に浮かんでいる。全長数十メートル、もしかしたら百メートルを超えるかもしれない。
「デ、デンジ君…逃げよう…アレが何なのか分からないけど、逃げないと…!」
あぁ、確かにそうするべきだ。アレの正体は分からないが、もし敵だったら俺たちなんて瞬殺だろう。
だけど…
「もう無駄みたいっスよ…アレ、こっち見てます」
もう既にアレは俺たちを認識していた。俺たちを睨み、静かにその巨体を動かして向かってきている。
俺は震える足をなんとか誤魔化して立ち上がる。
「……ユメ先輩、逃げてくれ。なんとか時間稼ぎくらいにゃなると思うからさ」
「何言ってるの!?ダメだよ!一緒に逃げよう!」
それはできない。アレは明確に俺たちを狙ってる。二人で逃げたって諸共やれるだけだ。なら…
「ユメ先輩、やっぱそれはダメだ。だから、先にユメ先輩が逃げてくれ。地図とコンパスはこれを」
ぽいっとユメ先輩に地図とコンパスを投げ渡す。ユメ先輩はそれを受け取り、胸元でギュッと抱き締めつつも涙目で俺を見上げている。
「デンジ君…!」
「ユメ先輩、俺が戻ったらご褒美くださいよ。」
…俺は、死ぬのだろうか。あんな、マジのバケモノを相手にして生き残れるだろうか。
チェンソーマンである俺は基本的に死なない。心臓がぶち抜かれない限り、血を飲めば回復できる。でも、あの巨体にとってはそれもあってないようなもんだろう。
「俺が戻ったらユメ先輩の胸ぇ、揉ませてくださいよ。俺、ずっとユメ先輩の胸揉んでみたかったんで」
ユメ先輩は俺の言葉に目を見開いて驚いた。涙を流しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「うん…いっぱい、デンジ君が満足するまで揉ませてあげるよ…だから、帰ってきてね…!」
駆け出すユメ先輩。アビドス高校に向かって弱々しくも走り出す。それを見送って、俺は白ヘビ野郎と向かい合う。
「俺ぁよ。デンジとは違って戦うのは好きじゃねぇ。痛いし苦しいし、誰かを傷つけると俺が悪者みたいに思えちまうからなぁ…」
「でもよぉ…!」
シャツのボタンの合間から手を伸ばして胸のスターターを引き出す。輪っかに指をかけて出来るだけ自分を鼓舞するように笑う。
「テメェみたいなヘビ野郎はよぉ…!」
スターターを、強く引っ張る。
「三枚おろしがお似合いだぜぇ!!」
ヴヴン!!
赤いチェンソーと白い預言者が向かい合う。衝突は、もう間もなく始まる。それを止められるものは、誰もいない。
ちなみにデンジ君が持ってるスマホはユメ先輩とホシノと働いて買ったやつです。アビドスの学生証も貰えたんでバイトしてましたね。