――私は、ソ連が作り出した生物兵器だ。
爆弾の悪魔の心臓を、特殊な手術により埋め込まれたひとでなし。
だから、任務遂行に私情を挟んだりなどしない。
敵には情けも容赦もなければ、必要とあらば無関係な一般市民の虐殺も辞さない。
血も涙もない、機械同然の
なのに、だというのに。
身体が勝手に…――
「レゼ!」
「わ、ホントに待ってた。デンジ君が店を出て、結構経つよ~?一体いつから居たんですかー」
片手を振りながら、白々しいセリフを吐く。
本当のところは、とっくにおおよそを把握していたから。
デンジ君が退店してすぐ、トイレ休憩の折に二道をこっそり抜け出して
足跡を追っていた私は、例の電話ボックスの前で既に待ちの姿勢へと移行した彼を
この目で、間違いなく、見つけてしまっていたから。
「店、出てからすぐだよすぐ。今日はずっと待つって言ったろ」
返ってきたのは、自分のために少なくない時間を使ってくれたという、完全に想定通りの答え。
気を抜くと緩んでいく頬が、煩わしくて堪らない。
これは、誰がどう考えたって大チャンスなのだ。
デンジ君は私に相当気を許している、その確信がある。
隙を見つける必要すらなく、人目のない時に首を落とすかへし折ってしまえば…。
(…鎖骨までガッシリした、いい首)
何を考えているのだ私は。
いや…そう、急所…急所の確認だ。
万一にも仕損じると、とても面倒なことになる。
ターゲットの観察は、暗殺に必要不可欠。
これは己に課せられたミッションのため、それ以上でも以下でもない。
「ふ~ん。まあ、いいでしょう!それで?これからどうするの、デンジ君?」
デンジ君は、握りこぶしを作って力強く宣言した。
「水族館に行く。俺ぁペンギンが見たくてよ…こないだ行った動物園にゃ居なくて――レゼ?」
「ちょ、ちょっと待って…あっハッハッハッハ!ひー、おなか痛い。苦しー!ハハハハハ…」
「笑いすぎだろ…」
「だっ、て。だって物凄いキリッとした顔で、そんなっ…小学生みたいなセリフ…ふっ!ッブ!!」
「あっ、ああ~!?言ったなコイツ!許さねぇ…せっかく抱っこできるトコに連れてこうとしてんのによぉ~」
「ハ…えーっ!それ、ホントに!?うわ、わわわ…デンジ殿、おみそれしたであります!すごく楽しみだよ!笑ったこと許して、このとーりっ!!」
「許しまァす!」
「手のひらドリルだ!コークスクリュー!」
…大人ぶってごめんってば。
私なんて、動物園にも水族館にも行ったことがない。
小学校にすら行ったことがないのだ。
楽しみなのは本当で――だから違う!違くて!
これは、これは作戦の一環で…!!
「調子狂うぜ…ったく」
自然とこちらに差し出された手を
何の疑いもなく、躊躇いもなく取ってしまった自分へ
確かに差していた嫌気は、今はもうアクリルガラスの遥か向こう側。
知識としてだけ叩き込まれていた数々の海洋生物は
圧倒的な実感と存在感を放ちつつも、私とデンジ君の時間を祝福して。
「エイの愛情表現って過激ですねぇ。オスがメスに嚙みつくんだって」
「うげ、痛そ~」
「デンジ君は私に噛みつきたい?」
「…俺ぁフツーにキスがしてぇよ」
「!!?」
彩って。
「はい、突然ですが問題です!これは何て読むでしょうか!?」
「はいはい!かいめんたいだろ!エロ女!」
「ブー、正解はかいめんるいでした!一体ナニを想像してたのかな~?」
「もう少しかてぇ性格。レゼと話しすんのは楽しいな!」
「!!?」
包み込んで。
「ジェンツーペンギン…かわいい~。あはは、意外とゴワゴワしてる!」
「な~。飼いてぇけど、カネが足んねー…」
「これだけしっかりお世話して、ようやくだもんね」
「まあ、今はいいや。それよか、レゼん喜ぶい~い顔が観れて満足だぜ?」
「!!?」
流石の私も、事ここに至っては認めざるを得ない。
私はあろうことか、デンジ君に溺れさせられていたのであると。
手をつないだ先、隣で歩くこの少年に
恋をしてしまったのだ、と。
*
――私は、地獄より生まれ出でた死の悪魔だ。
生きとし生ける、遍く存在の絶対的な天敵にして
生命に死を齎す権能の、制御すらままならない欠陥生物。
そのくせ、楽しみにしているのは愛する男との時間と学生生活と来た。
お笑い種もいいところである。
しかし、そんな私であっても。
コレは何かしらのイレギュラーが発生したのだ…ということくらい、分かる。
「デンジ君、今日で一週間か~。一見さんを1日も欠かさず通い詰めさせるなんて、私は罪な女ですねえ」
「レゼみてーな可愛い子が居る店には何度来ても飽きねぇよ」
「あ、褒めるのは顔だけなんだ?ふ~ん」
まず第一に、デンジ君とレゼちゃんの仲が良すぎる。
シー君から聞いていた話では、もっとこう…何と形容したものか。
少なくとも表面的には、純情な少年を毒牙にかける女スパイといった風な
分かりやすい光景が広がっているものとばかり考えていたのだけれども。
あれではまるで、付き合い始めたばかりのカップルのようではないか。
第二に、現在の状況だ。
今、私はカフェ向かいの路地にて、お時間よろしいですかと連れ出した張本人と対峙していた。
言うまでもなく、それはレゼちゃん。
嫌な汗を粒となるほどに流しながら、チョーカーのピンに右手をかけている。
危ないから手を離した方がいい、とは軽々に進言できる空気感ではない。
「…人間じゃないよね?貴女、何者??」
喉から必死に絞り出したような質問。
レゼちゃんの呼吸は乱れ、目もどこか焦点が合っていなかった。
嫌が応にも、立っているのがやっとだという印象を受ける。
「私は死の悪魔。シーちゃんって呼んで」
いつものいたずら心は封印した。
この時点で既に、という気はしなくもないが
冗談で話が拗れていくのは、御免故に。
しかし、レゼちゃんの顔色は悪くなっていく一方だ。
適当な嘘をついた方がよかったのかもしれない。
「は、ハハ…その自己紹介、全然面白くないよ」
「事実だから。安心して、危害を加えに来たわけじゃない」
「貴女も、チェンソーの悪魔の心臓を?」
「シーちゃんって呼んで」
「…シーちゃんも、チェンソーの悪魔の心臓を?」
「興味ない。用があるのは、レゼちゃんの方。」
彼女に一歩近づく。
見ると、両足は生まれたての小鹿のようだった。
本当は、距離を取りたくて取りたくて仕方がないだろう。
こちらを睨み続けるレゼちゃんに、私は続けた。
「私は、貴女の味方。それだけ伝えに来た」
「ッ!?…?…?????」
「驚かせてごめん。教えられなければ地球の形なんて分からないように、普通は私の気配に気づかないし。貴女は、相当な経験をしてきたんだと思う」
気づかれてしまったら、コレが当然の反応。
好きだとか嫌いだとかを論じる前に、誰も正気を保っていられない。
何を馬鹿なことをと思われるかもしれないが、嫌われることも全く悪くないではないか。
ソレは少なくとも、自分のことをしっかり見てくれた結果なのだから。
好きの反対は何とやらとは、本当に、よくも言語にしてくれたものだ。
何時まで経っても慣れない、慣れたくもない寂寥感に苛まれるものの
最近は直に凪いで行く感情であったから、私の心は総合的に穏やかであった。
ねえ、シー君。
貴方を想えば、貴方の傍なら、私は私のままでいられるんだ。
あの日、出会ってくれてありがとう…私を受け入れてくれて、ありがとう。
「代金はちゃんと置いてきたから。それじゃあね」
光に背を向け、闇へと身体を翻し
私は、最愛のひとの元へとひた走るのだった。
死の悪魔:最強の悪魔。それでも気になって振り返るとレゼが立ち往生していた。大慌てで蘇生した。
デンジ:原作主人公。パリィからの内臓攻撃しか決められない男。絶対に夢で終わらせない。
レゼ:ソ連からの刺客。観客をデンジにして映画館から叩き出すのが日課になりつつある。200億の女。