[第23話] CHAIN SAW BRAT
(私は何なのだろう?)
支配の悪魔ことナユタは、アキの自宅にて自問していた。
当然、辞書的な意味でというのならば分かり切った話だ。
地獄より現世に舞い戻った支配の悪魔。
黙示録の4騎士に名を連ねる強大な存在の一柱。
前世はマキマを名乗る内閣官房長官直属のデビルハンター。
あどけない容姿とは裏腹に成熟した頭の中で渦巻くのは、もっと観念的な命題である。
言語化するのであれば、どこぞの児童向けヒーローを表現した歌詞が近い。
生まれた理由は?
生きる目的は?
幸せや喜びを感じるモノは???
何も分からないなりに、彼女の胸をザワつかせる存在が居た。
今、彼女の身体の下でやや苦しそうに寝息を立てている人間…人間?だ。
保護者としての役割を与えられたらしい、妙な髪形の男とは別の――いわば兄のような男。
チェンソーの悪魔を心臓代わりにしており、何かしらの理由でマキマへ引導を渡した張本人。
奇妙な言い回しではあるけれども、自身の仇とも言えるコレが気になって仕方ない。
「…」
そして今日、とうとうナユタは好奇心に屈した。
早川家の玄関でチャイムを鳴らしてから、数えて37日。
純度100パーセントの悪魔としては、相当に理性を働かせた方であると言える。
擦過による金属音を極限まで抑えつつ、生成した鎖を静かにデンジの頭へと接続。
支配の権能を直接行使するのではなく、記憶のトレースを図ったナユタだったが
「!!?」
幸か不幸か、それにより全てを知ることと相成った。
最初に視えたのは4騎士特有の、あの瞳。
視線を通じて、情報の濁流が脳内へと殺到する。
パワーの血液に宿る力を最期の本能にて乗っ取る形で保持していた
支配の悪魔としてではなく、マキマとしての意識と記憶が全開放されていく。
そこへすかさず、この世界線におけるデンジの刺激的な半生が叩き込まれる。
ナユタの人格と情緒は良い意味でも悪い意味でも、それはもうグッチャグチャのズルズルに融解した。
聞く者がいっそ色さえ感じるほどの悲鳴を、よくぞ上げなかったものだと自賛しながら
ナユタでもなく、支配の悪魔でもなく、無論マキマでもなく
一人の幼女が、花のトーンを辺り一面へ処理されたと幻視するほど、満開の笑顔を晒していた。
(そういう、ことだったのか…)
身も蓋もないことを言ってしまうと、ナユタはずっと不安だったのだ。
顕現してすぐに異国へと拉致されたかと思えば、扱き使われるでもなく人並みの生活が保障され
何よりも、生まれついての呪いであり望みでもあった、対等な関係と混じりけの無い抱擁が
一度に、いとも容易く手に入ってしまったものだから、裏の思惑をずっと恐れていた。
その全てが、杞憂だったと分からせられたのであればさもありなん。
さらにナユタ…いや、支配の悪魔は少なくとも平均以上にクレバーだった。
金の卵を産むガチョウを、締めて腹を捌くなどという愚行は絶対に犯さない。
マキマに対して語られた平行世界における己の最期は――今となっては、なぞれもしないだろうが――
ヒロイックであり悲劇的であり、ウケこそ良さそうなものの、やはり死んでしまったら終わりだ。
たった一人で、親しい者たちに知られることもなく息絶えるなど、真っ平ごめんだと支配の悪魔は考える。
(運よくだけど、前の私は最高に上手くやったんだ。絶頂のままに死んで、今はただのマキマになってデンジの中で…デンジを…羨ましい!!)
かといって、"そうならないように"、庇護を求めて媚びへつらうのは違う。
それでは対等でなくなってしまう、支配側の立場が被支配側に反転しただけの関係だからだ。
肝要なのは背中を預け合うこと、マキマの忘れ形見だというアドバンテージを最大限に活用しなくては等々
火照り汗ばむ身体を抑えながら、集中を切らすことなく算盤を弾いていく。
羨ましいで終わらせない、自分であればもっと上にある天国を掴める、と悪魔が気炎を上げるのは滑稽なのだろうか?
(けど、今くらいは…)
鼻先へ呼吸を感じるほどに顔を近づけると、ナユタはぎゅっと両目を閉じた。
(いいよね、甘えても)
間髪入れずに行われたのは、デンジの頬へと小さな唇が触れるか触れないかほどの可愛らしいキス。
「姫野ちゃんやレゼちゃん、"私"にも負けないくらい、愛で繋がり合っちゃうもんね」
*
「仰る通りっ…仰る通りです!私は今、感動しています…!私は日本のっ、人類のためにも…!もっと長く生き…!世界を正しい方向へ導かなければ…!」
何と忌まわしいたわごとなのだろう。
眼前の老醜が発する音声信号を、強制的に日本語へ変換せんとする己の言語野は
いくら不快感を抱いたところで切り離すわけにもいかないため、こうして心中で毒づく他ないのだが。
私――三船フミコ――は、とにかくうんざりしていた。
この瞬間にも制服を脱ぎ捨てて、チェンソーマンの手を引いて、ライダーたちの元へと全速力で駆け込みたいくらいだ。
もちろん分かってはいる、22のうら若き乙女とはいえ私もそこまでガキではない。
このまま指を咥えているだけでは、来年の7月に恐怖の大魔王が降臨して…全てが終わってしまうのだから。
食らった悪魔の名前と紐づく概念を、記憶や歴史からも葬り去るというチェンソーマン。
彼がまだ公安に従順である内に、公安の手が及ぶ場所に在る内に
何とか利用、可能であれば穏便な形でヒトの未来のため役立ってもらおうという大義には疑問などない。
問題は、その対象――チェンソーマンに食べてもらいたい悪魔の方にある。
根源的恐怖の名を冠しながらも、人類へ対し比較的友好的な態度を見せているから
下手に交渉などして機嫌を損ねた場合の損失が計り知れない、とはいえ。
そもそも数字だけを鑑みたコストパフォーマンスの上では、破格の契約を提示されているから
個人ではなく国家として考えた場合には許容範囲に収まる尊い犠牲だ、とはいえ。
(私だってドン引きっすよ。生贄になる子供たちへ懺悔するでもなく、運命を共にする漢気を見せるでもなく。悪魔の腰掛け椅子に成り下がった老い先短いジジイが自分だけは助かりたい一心で発する、悲劇のヒーロー気取りで泣きながら延命を正当化する薄汚さが鼓膜へこびり付くだけの鳴き声なんて)
ぶっちゃけた話、この状況で無表情を保てている自信がない。
ついつい嫌悪感丸出しの顔を晒してしまってはいないか、気になるところではあったのだけれども
幸い、老いの悪魔はただただ気味の悪い笑みを湛えるだけだ。
少なくとも不興を買ってはいなかろう、との希望的観測を新たにしたその時
彼(?)は誰に話しかける風でもなく、しかし独り言というには余りにも堂々と口を開いていた。
「僕にはずっと、生きている実感が無かった。頭の中にはいつも靄がかかっていて…気づいた時には年単位で体感時間がスキップされているのもしょっちゅうさ。好奇心を刺激される事象が無いわけじゃないけど、生き永らえる目的とするには余りにか細い話。つまり、僕は何とかして自分を終わらせたかったんだな」
一息。
「だけど、僕は強すぎた。死にたくても死ねないから、死んだように生きるしかなかったんだ。だから、僕はきっとボケていたんだと思う。こんなに簡単なことを見落としていただなんて」
老いの悪魔が提示した契約は、自身が無抵抗でチェンソーマンに食べられることと引き換えに
日本国籍を持つ0~9歳の子供1万人を、鏡の前で死なせること。
大広間の空気がどこまでも凪いで、底なしに淀んでいくのを
変わらず黙って観測を続ける以外に、私へ残された選択肢などありはしなかった。
デンジ:原作主人公。寝てるだけでアイデアロールを誘発する魔王。歩くネクロノミコン。
ナユタ:支配の悪魔。毒電波を受信した。もっと頭にシルバー(アルミホイル)巻くとかさ!
三船 フミコ:7課のデビルハンター。22歳のJKコスは犯罪じゃね?エロ同人界隈が誇る富江。
老いの悪魔:根源的恐怖の悪魔。Ⅴ.Ⅱに肖像権の侵害を訴えている。丸眼鏡の旦那が天敵。
長谷川 タダシ:元財務大臣。