呪いの悪魔ことカースに尋ねて帰って来る数字は、あくまで契約者の寿命だ。
具体的には、肉体の活動が心不全等で自然停止するまでの猶予期間が提示されるのであって
偶然突っ込んできた魔人が運転する車に撥ねられてお陀仏になる、というような最期を
命日よりも前に迎える可能性が否定されているわけでは、全くない。
だから、未来の悪魔が宣うところの最悪な死へいつでも抗う…最低でも受け入れる用意を、しているつもりではあった。
「…」
今日がその、予言の日だとでも言うのだろうか。
昨日の業務終了間際、先生の頭越しで下された密命に俺は耳を疑った。
平たく言えば、チェンソーの武器人間の目の前で支配の悪魔を可能な限り惨たらしく殺害しろ、とのお達しだ。
その後、黒いチェンソーの武器人間への形態変化を確認次第すぐに連絡を入れろ…とも。
覚悟はしていたが、重すぎる現実に打ちのめされそうになる。
(何となく、だが。推察は出来る。上の狙いは恐らく、チェンソーマンとかいう悪魔そのものだ。先生がわざとらしく零していた、あの話。デンジの絶望をトリガーに覚醒する、とは聞いた…利用目的までは分からんな)
公安の周到さと悪辣さには、いっそ惚れ惚れする程だ。
俺が大人しく命令に従うのであればそれで良し、逆らうのであれば今度は俺がデンジの前で惨殺されるのだろう。
どちらへ転んでもいいように、既に状況が出来上がってしまっている。
それでも、腹はとっくに決まっていた。
ナユタを殺すのも自分が殺されるのも、断固拒否する――具体的なプランは、何もないのだけれども。
「へい、人間君。探したよ、久しぶり」
自室のベッドに横たわりながら決意を新たにしていると、不意に窓の外から声がした。
「お前…」
すっかり未来の悪魔の定位置と化してしまった場所に、いつの間にか座り込んでいたのは天使の悪魔だ。
スペースとしては狭い場所だから、鬱陶しそうに両の翼を畳みながら問いかけてくる。
「邪魔したんなら謝っとく。ナユタちゃんを殺すための仕込みでもしてた?」
「何のことだか知らんが、俺に用があるんじゃないのか?冷やかしに来ただけならとっとと――」
「ああ、ちょっと頼みがあってね。君にとって悪い話じゃないハズさ」
「…話だけは聞いてやる」
俺の武器について、今更ながらに何か忠告でもしに来たのだろうかと予想を立てるが
話とは、明後日の方向へと特大アーチを描くモノだった。
「僕から悪魔が絡む資金不正運用の内部告発を受けた、とか。まあ、理由は何でもいいんだけど…これから、君の臨時バディも一緒に、僕とライダー教会へカチコミして欲しいんだ」
「は?」
「うん、分かるよ。かったるいのはかったるいし、僕も面倒で仕方ないけど他に適任が居ないんだって…ホントかなぁ?」
そこじゃねえ。
俺は思わず、こめかみを抑えて唸った。
「お前今なんつった?コベニとお前と俺でライダー教会へカチコミ?何がどうしてそうなるんだ?????」
「はぁ…だから、理由は何でもいいって言ったじゃない。君が報告する時、困らないようなヤツを適当にでっち上げれば?」
噴出し続ける疑問符の中で、お構いなしに天使の悪魔は続ける。
「ナユタちゃんと…あと2人のことが心配なら、安心して。矢と爆弾がずーっと目を光らせてるから」
ここでようやく得心が行った。
コイツが俺に何をさせようとしているのか、きっとその全てを。
「…初めて悪魔とダチ、なりたいと思ったぜ」
「残念でした。発案者はウチの総帥と副総帥なんだなコレが。それに、パワーちゃんたちと仲良く暮らしてたのはどこの誰だったっけ?」
*
前にも思ったことだが、やっぱりマキマちゃんの目が無いのは本当にぬるくてやり易い。
事前に作戦を(複数)練っておくのではなく、情報を抜いてからの立案が間に合ってしまうのだから。
加えて、組織自体には実質的な不死性であったり超反応からの致死的な即応性であったりが無い。
ドクトリンは電撃戦からの一撃必殺をマストに構築せずともよいため、柔軟さの確保も容易というワケだ。
…無論、油断など微塵もないしする気もないが。
「老いは落下が対応する、けど。負けることはないにしても、きっと釘付けにされるハズ。シー君、地獄が召喚されたらどうする?」
「天使くんにフルパワーで暴れてもらうさ。岸辺くんが死んでも動かさないだろうし、あんまり心配はしてないけど」
一息。
「5課の武器人間たちを引っこ抜けなかったのは痛いなー。管轄が違ったから、岸辺くん相手のようにいかなかったのは苦い記憶だよホント。ほぼ確で投入されてくるぜ、連中」
「地獄が仮想敵でないなら、それこそ天使に相手をさせればいい。色々条件が重なったとはいえ、"レゼちゃんを一方的に無力化した"んでしょ?最悪は私が動くから、その後でシー君が歯や腕を海にでも捨ててしまえばオーケー」
「いやシーちゃん、それが問題。これで遊撃戦力はゼロだ。公安の隠し札に1枚でもえっぐいのがあったら、それで俺たちの処理能力がパンクしちまう」
「…あ」
「アサちゃんにはアキくんをマークさせとかなきゃね。今、キガちゃんが居たらな…最低限の保険にはなるのに」
「ごめん。あの子が何をやっているのか、私は知らないから…」
飢餓の悪魔――コアリクイ、チェンソーマン時空のちいかわ、4騎士の中で一番会話が通じなさそうな女etc。
コレは大体のファンが持つ共通認識であろう、クァンシちゃんとは別ベクトルで出演先を間違えた娘。
この飽食の時代に在って、同情したくなる程度には圧倒的弱体化を食らっていそうなモノなのだが。
生命力を吸収するという凶悪無比な権能は未だ健在であり、タフさの1点においてはマキマちゃんを凌駕する。
正攻法で彼女を排除したいならば、日本人どころか地球上の全生命体を皆殺しにしなければならないのだから。
「シーちゃんが知らないなら誰も知らない、か。終盤で急にひょっこり現れた上に、何のバックボーンも示唆されないような悪魔じゃお手上げだよお手上げ」
誰も知らない、少女の行方ってか…やかましいわ。
消去法的に、当てになりそうな人材はヒロフミくんぐらいしか残っていない。
しかし、こちらはこちらで目下問題を抱えていた。
何故なら、彼は危惧している公安の隠し札第一候補だからである。
未だ囲い込まれていないとの楽観思考を以てしても、キガちゃんと同じくコンタクトが取れないからである。
「何とかして、最低でもあと1枚。カードが、欲しい、ところ…なんだけどなっ!」
「んっ…産むことも、出来るけど…?」
「ぁ…マ、マジ!!?」
「マジ。これだけヤッてれば、自然の摂理。そも、そも…ぉっ、死は終わりだけを意味しないって教えてくれたのは、シー君…だよっ」
「死ぬほど嬉しい、けど。扱き使うために産むのは、ちょっとね…力だって、っぅ…無いだろうし…!」
同時に果てると、体液という体液でぐっしょりのシーちゃんがしなだれかかってきた。
無表情で上気する頬と毛の張り付く瑞々しい唇が、この上なく艶めかしい。
堪らず、俺は無言で力強く抱きしめる。
「はぁ、はぁ…言われてみれば、そうかも。前言撤回する。まずは、愛情を注ぐのが先…それにこの子、本当に怖がられ始めたばかりみたいだし…ふうっ。」
「名前を訊いても、いい?」
「ん…私は初耳だけど。ケムトレイルの悪魔、だって。シー君は、聞いたことある?」
「あるよ…うわー、わ~…すっげ。これ以上ないくらい、シーちゃんと俺の子じゃん…――」
その時だった。
のぼせ上った頭を、雷光が貫く。
そうだ、こちらには残っているじゃないか。
誰も知らない、隠し札がたった1枚だけ。