7月、審判の日。
いくら絶大な信頼のおける存在が"大丈夫だ"と触れ回った所で、多くの一般人は死刑執行を待つ囚人の心境であった。
生物である以上、死とは生まれたその瞬間から切り離すことのできない概念ではあるのだけれども。
何のかんの言っても怖いものは怖いのだ…蜘蛛恐怖症の人間へ、益虫だからとかヒトに攻撃することはほぼないからとかを説いても暖簾に腕押しであるように。
とはいえ、宇枝が講じたこの回りくどく長期的な死の悪魔弱体化作戦は、確かに実を結んでいた。
"本当に恐ろしいのは、死ではなく飢餓だとかの苦痛を伴う過程"――多くのヒトが未だに死を恐れ続ける一方で、少なくないヒトがこう考え始めたのである。
ある意味当然のロジックではあるのだが、そうは言っても切り分けて扱うことが出来る者など令和の世でも一体何人いることやら。
"死んだら自分が消滅することになるから怖い"?そもそもそうなるかどうかのエビデンスが存在しない、等のツッコミはさておき
ソレにしても恐怖の対象は自我の消失であろう、死ぬまでもなく例えば痴呆症を患っても同じことが起こるのだから。
某麻雀漫画のラスボスが地獄にて閻魔大王に告げられた脅し文句は、特殊な状況下における例外というワケではない。
死とは、生物に許された最後の救いの…蜘蛛の糸なのであるからして。
致命傷を負って(負い続けて)も楽になる権利を剝奪された原作第二部の展開は、正にこの世へ顕現した地獄だ。
もちろん、平行世界の出来事を把握している存在はライダー教会幹部らのように一握りの層ではある。
しかし、そのようなIFを敢えて聞かされるまでもなく、発想の下地を与えれば辿り着くことは容易な結論であったし
背中を軽く押すように下地を煽るスピーカーも、説得力のオマケ付きで備えられていたものだから
死に対する恐怖が絶対的にも相対的にも薄れたのは、右足を出したら左手が前に出てくるような話だった。
そして、ついにその時は来る。
1999年7月7日午前4時56分9秒、太陽表面の黒点にてスーパーフレア発生。
同日午前5時4分13秒、地球に大量のX線が照射、デリンジャー現象による通信障害拡大。
同日午前5時26分4秒、地球に無数の高エネルギー粒子が飛来、プロトンによるオゾン層浸食開始。
同日午前5時55分5秒――
*
1999年7月9日午前6時16分16秒、超規模の磁気嵐が地球を依然として蹂躙、正常動作をしていた最後の人工衛星沈黙。
「シーちゃん」
「まだ、大丈夫。決定的な破局が始まっていない。けど、時間の問題…かも」
同日午後2時40分10秒、スーパーフレアの恐怖が上昇、火の悪魔と契約者の強化確認。
「うわぁ。ドアノブ、握りつぶしちゃった。これ、ヤバいよねー…色んな意味で」
「大人しくしてろよな、頼むぜ。美女を切り刻むなんて勿体ねぇーからよ」
「っ美女!!?や、やだなもうデンジ君!こんな時に…何も出てこないよ?」
「…ツッコむトコ、そこか?」
同日午後9時20分00秒、稼働を強行していた中国の原子力発電所が冷却機能を喪失、メルトダウンによる放射性物質汚染。
「そこまで馬鹿になれとは言ってない」
「…教会に抱き込んでもらって正解でしたね、クァンシ様」
「言わんこっちゃない」
「ハロウィン!」
「…」
同日午後10時59分14秒、香港へ核爆弾の悪魔が出現すると同時に自爆、被害甚大。
「チェンソーマンに、吐き出させなくてよかったよ。無秩序な殺戮には吐き気がする」
「同感。ヨルの考えてること、少しは"分かる"ようになってきたけど…アレはダメだね。気持ち悪い」
1999年7月10日午前4時10分46秒、地球上の全電力網完全寸断、人類を熱と冷気と飢餓が覆い始める。
同日午前4時29分30秒、ドイツに闇の悪魔が出現、被害甚大。
同日午前5時39分40秒、ソ連に闇の悪魔が出現、被害甚大。
「ざまあみろ」
同日午前5時55分10秒、日本にバッタの悪魔が出現、飢餓の悪魔がこれを撃滅。
「能力の高い私が、何でこんな雑用を…ギヴヴ」
同日午前8時10分43秒、闇の悪魔を落下の悪魔が追跡開始、索敵範囲を大気圏外にまで伸長。
同日午前8時45分43秒、闇の悪魔を落下の悪魔が目視、宇宙空間にて監視体制構築。
(どさくさに紛れて、チェンソーマンを直接どうこうするおつもりですね?残念ですが…おや??)
同日午前9時31分28秒、大型オゾンホール多数形成、世界各地で同時多発的被曝被害進行。
同日午後2時08分24秒、スーパーフレアの恐怖が更に上昇、火の悪魔の契約者が変身。
「多分、そろそろだね。面倒…だとかも言ってられないか」
「ああ、ここが正念場だ」
同日午後3時15分25秒、火の悪魔の契約者以外の人間が変身、地球全土に連鎖。
「…お姉ちゃん」
「大丈夫!大丈夫だって、ナユタちゃん。デンジ君たちが…絶対上手くやってくれるよ」
同日午後4時22分19秒、人類の死に対する恐怖が頂点に到達、死の悪魔が能力――
*
「シーちゃん!!!!!」
局所的な地震が発生しているのではなく、これは大気が振動しているのだ。
さながら、夜の女神の名を冠するエイリアンが地上へ降臨したかのように。
まともな神経の持ち主ではただただ即死していくだけであろう、激烈なプレッシャーの中で
俺は必死に彼女の名前を叫び、力の限り抱きしめていた。
油断してると意識が飛びそうだ…死に対する恐怖でと言うよりは、死の持つ比類なき"暴力"が強制的に持っていこうとしている感覚がある。
今日のためだけに、無理を通してでも出来ることは全てやってきた。
だというのに…空の雲を引きちぎらんばかりの、この天文学的出力と来たら。
人類の死因の25パーセントを消し去った後だとはとても思えない、概念そのものをポジティブに汚染しつくした後だとはとても思えない。
最愛の嫁のやんちゃっぷりに絶頂感すら覚えながらも、一方で確かな手ごたえも感じていた。
何故なら、"他ならぬシーちゃん本人が必死の抵抗を見せていたから"だ。
「ギリ、ギリ…本当に。お願い、そ…のまま…私、をっ。シー君、私を…離さないようにして…!」
言うまでもなく、原作には能力の発動プロセスが描写されていない。
そんな事態になった時は、デ〇ルマンじみた(打ち切り)バッドエンド一直線なのだから
きっと、俺が完結を見届けていたとしても観測することはなかったと思われるが…。
(あの原作者ならやりかねない、とかいう身も蓋もないツッコミはNGであるよ、キミ。)
ともあれ、こうして首の皮一枚で抑え込んでいる事実こそが肝要と言える。
もしこの力が何の対策もなしに制御できる性質のモノであったのならば、原作で暗躍を繰り返す必要などなかったのだから。
推論の域を出ないものの、一旦発火を許したが最後――問答無用で全人類を即死させる、その手の力場が形成されていたハズだ。
そういうワケで、現在の状況へいっそ安堵する俺に別の疑念が沸き上がる。
インフルエンザに罹患した者へ触れたならば同様の感想を抱くのであろうか、何故かシーちゃんの身体が熱い。
莫大なエネルギーの放出先を無理に失わせているため、熱を持ってもおかしくないと最初は考えたのだが。
(その場合、規模感的に俺なんかは蒸発しちまってもおかしくないんだけどな。何か別の原因があって然るべきで…)
「…シーちゃん?」
「もっと!!」
「まさかとは思うけど、制御フェーズはとっくに終わってて。その可愛らしい華奢な身体をへし折る程の抱擁を、俺から受けたいがために演技してるとか。いや、まさかね!」
「――…」
数秒の沈黙後。
こちらを振り向いた夜の女神は、悪戯っぽくべっと舌を出していた。
同日午後4時22分19秒、人類の死に対する恐怖が頂点に到達、死の悪魔が能力発動を完全自制。
記録、三船フミコ。
スーパーフレアにより通信途絶