植物っぽい種族になって麦わらの一味の船に乗ろう! 作:九条空
今日も今日とて日光を食んでいると、いつも通りではない騒がしさに気づいた。
久しぶりに目を開いてみると、目の前で巨大なチューリップがうごめいている。
それ自体はいつも通りだった。あれはよく動くチューリップで、自立歩行までしてみせる種類だからだ。
問題はチューリップの花弁の中から人間の足が飛び出しているということだ。
このチューリップはクリオネのように花弁を開き、パクリと生き物を捕食する。
だから人が食われるのもおかしなことではないが、そもそもこの島に人がいるというのがおかしなことだった。
ぼくは腕を伸ばし、食われかけの人間の足をひっぱった。
チューリップから抵抗されるが、「そこをなんとか」と説得して花弁を離してもらう。
ずるりと吐き出された人間は消化液でぬるぬるになっていたが、まだ骨にはなっていなかった。
「歩くきのこについてったら花に食われた、おっもしれェ~!」
食われていた人間と言えば、危機感も何もなく大笑いしている。
チューリップがぺっと吐き出した帽子を受け取って、人間の頭に乗せてやると、どことなく見覚えのある姿な気がした。
「この島は危ないよお。人食い植物がいっぱいいるからねえ」
不思議な既視感について考えたいところだが、それよりも優先されるのは忠告だ。
この島は植物にとっては天国のような場所だが、それ以外の生き物にとっては地獄だ。
種を弾丸のように射出し、飛ぶ鳥を打ち落として捕食する百合。
トラバサミのように葉を閉じ、兎などを食べるオジギソウ。
ユニークで、動物にとっては有害な植物がやまほど生息している。
人間は麦わら帽子を被り直しながら、ぼくに尋ねた。
「お前人食うのか?」
「ぼくは食べないよお」
ぼくは地面から生えている。
上半身は人に見えるが、下半身は植物に見えるだろう。
この島に多く生息している人食い植物とは違って、ぼくは光合成で充分だ。
というか、種族的には植物よりも人間に近い――らしい。
この体に生まれてから、人間と喋ったこともなかったので、自認は完全に植物だった。
ただ、目の前で人間が死にそうになっていれば、助けなきゃなあと思う程度には、人の心ってやつは残っていた。
それにしても、人間の声を聞いたことはあっても、この島で人間の実物を見るのは初だ。
ぼくのところに来る前に、食人植物に食べられてしまうというか……あるいはもっと賢明な人間は、食べられる前に逃げ出している。
「ええと……人間は船に乗ってきたんだよねえ? そこまで送っていくよお」
「おれはルフィだ! 船に戻る前に飯を取って帰らねェと。もうはらへってよォ~」
「そっかあ、人間ってごはん食べなきゃいけないんだっけえ」
人間だった頃の記憶は遠く、この植物に刻まれた先祖の記憶よりも思い出しにくいので、人間とはこうだったといちいち再確認しなければならなかった。
ぼくは再び腕を
これは種族的な特技の一つだ。伸ばした腕で、様々な種類の果実を急激に育てる。
りんご、みかん、桃、アセロラ、キウイ、ザクロ、さくらんぼ――たしかこのあたりは人間が食べられる果樹だったはずだ。
彼らにとっての毒があるとかで食べられないのなら、本人が判断してくれるだろう。
もっと色々成らせることもできたが、腕が長くなりすぎては採集も大変だろうという配慮である。
「どうぞお。食べていいよお、ルフィ」
言い切らないうち、驚くべき速さで全部の果物をもぎ、ルフィはそのすべてを口の中に突っ込んだ。
両頬がハムスターの頬袋のように膨らんでいる。人間の顔ってとっても伸びるんだなあ。
咀嚼も一瞬で、ごくんと飲み込んだそれらはルフィのお腹を一瞬にして巨大にした。
「ごちそうさまでした。うまかった! お前、イイ奴だなぁ~!」
「そうお? ごはんくれるからって人についてくのはよくないって聞いたよ」
「飯くれるやつはみんなイイ奴だ!」
その信念は誘拐が簡単そうだなあ。心配だ。
世の中には悪い人たちであふれているという。
ルフィが乗って来た船というのも奴隷船だったりしないだろうか。実は逃げ出して来ていたり?
「おなかが膨れたなら送っていくよお。船も見たいし」
危なそうな船だったらルフィを乗せるのはやめよう。
この島は人間にとっては危険だが、ぼくがいれば守ってやれるだろう。
ルフィは消化も早いらしく、さっきまで膨らんでいた腹部はすっかり凹んで元通りになっていた。
人間ってこうだったっけ?
おぼろげな記憶が違和感を訴えたが、顔の周りにキラキラを飛ばしたルフィがぼくを見てくるので、それ以上考えられなかった。
「おい木! お前おれの仲間になってくれよ! 一緒に海賊やろう!」
木と呼ばれたのは別に良い、正しいからだ。
だが海賊というのは――ぼくは首をゆっくり横に傾けた。
これが人間における「よくわかっていない」ときのジェスチャーだったはずだ。
「……海賊ってなんだっけ?」
「海賊知らねェのか!? 海でいちばん自由なやつらだ! 船乗って冒険すんだ」
「ええ? じゃあヤダよお」
「なんでだ、楽しいぞ、冒険!」
「ふかふかの土が好きなんだもん。船にはないでしょお」
「サニー号にはあるぞ。ナミのみかんの木があるからな」
「へええ。うーん、それでもなあ。船は揺れるよねえ。動かない地面のが好きだなあ」
ぼくは会話の途中でルフィの体をひょいと持ち上げ、肩車をしてあげた。
ルフィの方が背が高いので、背負うのでは足を引きずってしまいそうだったからだ。
「でもきみの話はおもしろいねえ。もっと聞きたいなあ。船に着くまでおしゃべりしてよお」
「おう、いいぞ!」
何年振りかわからないほど久しぶりに、ぼくは自分の根っこを地面から引っ張り出した。
根を人間の足の形に変えて地面を踏みしめる。歩くってこんな感じだったっけ。
ルフィを肩車したまんま、海岸に向かって歩く。
どこの海岸に船が止まっているかわからないが、この島はそれほど大きくない。
まだ停泊しているのなら、ぐるっと回れば、ルフィの船がいつかは見つかるだろう。
ルフィの話はことのほか面白く、空島の話を聞きながらぼくがうんうんと頷いていたあたりの頃。
「ルフィ、遅かったな。今サンジが人食い花でBBQの準備してるとこだぞ」
ようやくルフィが乗って来たらしい船を見つけると、人間が他にもいっぱいいた。
この島では馴染みのない火の臭いがする。
誰も泣き叫んでいないし、呑気にご飯を食べているみたいだし、きっと全員無事なのだろう。
この島には好戦的な人食い植物も多いので、彼らはかなり強いらしい。
「わあ~、ルフィの仲間ってたくましいんだねえ」
「おう!」
ぼくが述べた感想に対し、自分が褒められたように喜ぶルフィを見て、彼が乗ってきたのは奴隷船じゃないと確信が持てた。
ここまでルフィを送ったのは要らぬお節介だったようだ。……いや、最初はチューリップに丸かじりされていたし、必要だったかな?
焼かれた食材の刺さった串を持ってちょこちょこ近づいてきた毛むくじゃらの生き物を見て、ぼくは言った。
「おいしそうだねえ」
「おう、サンジの飯はうまいぞ!」
「いや、きみが」
「おれかァ!?」
喋るとは思っていなかったのでちょっと驚いたが、喋る植物がいるのだし、喋る動物などいくらでもいるだろう。
「お、おおおおおれは食ってもおいしくねェぞッ!」
「ぼくは食べないよお。この島にいる植物はきみみたいなのが好物だろうなあって。食べられないように気をつけなねえ」
小さくて丸くて食べられやすそうだ。
善意で言ったつもりだったが、喋る動物と鼻の長い人間が肩を寄せ合って震え始めてしまった。
串焼きをガツガツ食べていた緑の頭をした人間がぼくに目を向ける。
「そいつは島の住民か?」
「新しい仲間だ!」
了承した覚えはないが、ルフィの中ではすっかりそういうことになっているらしい。
「なるって言ってないよお」
ルフィの仲間だって、こうも急に仲間が増えては困るだろう。
ぼくの予想を裏切り、緑の彼は難色を示さなかった。
「おう、そうか」
そんなあっさり。
「そんなあっさり!?」
「ちょっとゾロ、なに認めてんのよ!?」
ぼくと同じことを思ったらしい人間もいた。
「ルフィの諦めの悪さなら知ってんだろ」
その言葉で確かに……と皆を唸らせられるくらいには、ルフィには前科があるようだ。
「災難だったな、ウチの船長に目ェつけられるとは。諦めたほうが良いぜ」
「ええ~? 困ったなあ……」
ルフィが誘拐でもされているのではないかと心配してついてきてみれば、ぼくのほうが誘拐される危機なのかもしれなかった。
BBQのソースで口の周りをべたべたにした骸骨が近づいてきて、ぼくに言った。
「いやあ、私のときを思い出しますねえ。ところでお嬢さん。パンツ、見せていただいてよろしいですか?」
「はいてません」
途端、盛り上がる骸骨とコック。何?
まず骸骨が動いて喋っているのも何?
動く動物や植物がいるのなら、動く死体もいるのか、そうか。世界は広いなあ。
ぼくの体にはところどころ葉っぱや花が生え、皮膚が樹皮のようになっている部分もあれど、おおよその見た目は人間である。
そして人間は服を着る、という常識はかろうじて覚えていた。
だからぼくは服を着ている。蔓で編み、葉花で装飾したものだ。
光合成をするときは地面に植わるために足を根に変え、腰のあたりまで木のようになるので、不便がないようにスカートの形だ。
一般にこういう服はワンピースと言われるのだったか。
パンツを履いたら光合成に不便なので、当然履いていない。そこでぼくはハッとした。
今ぼくが着ているのはワンピース――ONEPIECEだ。
変な思い出し方をしてしまった。
そうか、あー、ルフィ、海賊王、悪魔の実、あ~。
遠く記憶の向こうにあった知識が、ぼんやりと思い出されてくる。
植物になると時の流れがゆっくりで、思考回路ものんびりになってしまうのだ。
そうか。ここがお話の中で、彼らが主人公だというのなら、船に乗るのもいいのかもしれない。
主人公の近くは危険だが、同時に安全だとも思うんだよな。
もし世界が滅ぶのなら、その危機を救う機会を与えられるのは主人公たちだろう。
ぼくに与えられた使命は、できる限り長く生きることだ。
この島にいる限り、それなりに達成できるだろう。
誰にも見つからないことを祈り、自分よりも強い人間に誘拐されないことを願い続けるだけの日々に戻るだけだ。
だが、それでは不足しているのではないかと感じていたのも事実。
「熱いのはBBQのせいじゃなく、あなたのような女神が突然現れたからです――一皿いかがですか」
コック――サンジが、たぶん食事を勧めてくれたらしい。半分以上何を言っているのかわからなかった。
渡された皿の上に乗っているものには見覚えがある。崖の上に生えていた、牙のある野菜たちだ。
「ぼくそういうの食べたことないなあ」
「BBQ初めてか?」
「いやあ、食事をしたことがない」
「なにィーッ!? お前人生の半分損してるぞッ!」
人生の半分損している構文だ。どことなく聞き覚えがある。
「もう半分は宴と冒険だ」
「それもやったことないなあ」
「全部損してるじゃねェか!」
ルフィは大変ショックを受けた顔で串焼きを頬張っている。
食べるのはやめないらしい。食事が人生の半分だというのなら、その態度が正しいのかもしれなかった。
ぼくとルフィのやりとりに、緑頭の――ゾロが怪訝な顔をした。
「飯食わずに生きていけるわけねェだろ」
「いやこいつ木なんだよ」
「はァ?」
いけない。ルフィは真実を語っているが、ぼくの生態が大変に不思議なことと、ルフィの説明がド下手であることが相まって、突然意味の分からないことを言い出したと思われている。
これではルフィの船長としての威厳が失われてしまうかもしれない。
彼の船に乗りたいかもしれないと思い始めたのに、自分をきっかけに船の人間関係を壊してしまうのはよろしくない。
「はい、木だよお」
「ぎゃあーっ! 腕が木になったァーッ!」
ルフィの言うことは真実である、とフォローするために腕を幹に変えると、鼻の長い――ウソップに化け物を見たかのようなリアクションをされた。
ええっ、そうなるんだ。人間の感情って不思議でよくわからない。
「ししっ。な? おもしれェだろ?」
まるで自分のことのように自慢げにするルフィを見て、ぼくは不思議な気分になった。
これがなんという名前の感情かはわからなかったが、悪い気はしない。
「悪魔の実の能力者か!?」
「違うよお」
こういうことができるようになる悪魔の実もきっと存在するだろうが、ぼくのこれは生まれつきだ。
背中に羽が生えている人間や、額に角が生えている人間がいるように、個性の範疇である。
「人間じゃねェってことか?」
「いやお前も言えたことじゃねェだろ」
改造人間フランキーがサンジにツッコミを受けている。
「ヨホホホ! やはり世界にはいろんな方がいらっしゃいますねェ」
「おれ、植物になれる人間なんて初めて見たぞ」
「いやお前らも……まあいい」
ぼくの種族に対する驚きをあらわにしたブルックとチョッパーに、サンジはツッコミかけるが、最後まで言うことはなかった。
彼らがぼくのような生き物を見るのが初めてであるように、ぼくも彼らのような生き物を見るのは初めてだし、おあいこだろう。
「光合成で済むから、ものを食べたことがない」
「口があんなら食えんだろ」
ゾロはぼくの口におにぎりを突っ込んできた。
突然のことだったが、反射的に齧る。これは前世の慣習だったかもしれない。
ぱりっと音がした。海苔が裂け、あたたかい米粒の束が、舌の上にふわりと広がる。
その瞬間、体にひとしずく、朝露が落ちたような感覚が走った。
米は、まるで柔らかく実った種子が陽を浴びて開いた瞬間のよう。
噛むごとに、微かな甘みと、土のような安心感が舌に溶けていく。
それは大地の記憶だった。
中から現れた梅干しは、鋭く、懐かしかった。
雷鳴のあとの清涼な空気のように、鮮やかで、澄んでいた。
酸味が体の奥を叩き、眠っていた感情の種が芽を出しそうになる。
そうだった。人間は、人は、こんなものを作れる生き物だった。
口から食べ物を食べることで、体の奥に、名前のないあたたかさを灯すことができる。
おにぎりは、やさしい木漏れ日のような味だった。
「おいしい」
色々なことが脳内を駆け巡ったが、口から出てきたのはその単語だけだった。
髪にいくつか成っていた蕾が開花し、さまざまな色と種類の花を咲かせる。
ぼくらの種族は感情によって花をつけるのだ。
たいていの場合は嬉しい時だけれど、怒った時にはサボテンとかが生えることもある。
頭のてっぺんに生えたたんぽぽをルフィに突かれながら、ぼくは言った。
「船乗るう」
「ンな簡単に!?」
おにぎりを食べただけで考えを一変させたぼくにウソップは驚いたが、ぼくにとってはそれほどの衝撃だった。
この島にいてはもう二度とこれが食べられない。
それはぼくにとって、この島が天国から地獄に一変するほどのことだった。
「あなたのためならなんだって作りますよ、レディ♡」
ルフィほどは頬が伸びないので、おにぎりを一気には頬張れない。
ゆっくり咀嚼しながら、コック――サンジの言葉に首を傾げる。
「れでぃ? しゆうどうしゅだよ」
短く説明して、再びおにぎりを頬張ったが、短い説明で理解できたものはほとんどいなかったらしい。
たった一人理解したらしい黒髪の美女――ロビンが、ぼくの言葉を補足してくれた。
「
「簡単に言うと?」
「男だし女よ」
「すげェ~! どっちもか!?」
ルフィは感嘆の声を上げ、即座にぼくのワンピースをがばりとめくった。ひとつなぎの財宝はこの中にはないよ。
「なにしとんじゃ!」
即座にナミがルフィをぶん殴った。
人間のルールを忘れかけているぼくにもわかる。セクハラだ。
そそくさと近づいてきたサンジがルフィにこそこそと話しかける。
「どうだった……!?」
「うーん……?」
たんこぶを作ったルフィは腕を組んで唸った。
あれ? ぼくの体って、そんなに難解だっただろうか。
人間の体というものの記憶も曖昧になってきているので、自分の体のおかしい部分は判断がつかない。
一方、ルフィのリアクションを見たナミは冷静だった。
「ってなると女部屋に配置すべきか男部屋に配置すべきか悩むわね」
「アーウ! 光合成するなら日の当たる場所じゃなきゃ休めねェんじゃねェか? 船尾デッキに花壇を増設するか」
「植物を基準に考えんなら、まずは生まれ育った土地の土を持っていくべきだな。掘って袋に詰めとこう」
フランキーとウソップが、ぼくが船に乗るために必要なことを相談し始めた。
皆、なんて切り替えが早いんだろう。おにぎり食べて即乗船を決めたぼくに言えたことではないかもしれないが。
誰か一人くらい、ぼくが仲間になることについて反対してもいいものだけれどな、と思った頃。
ロビンが、謎めいた微笑みと共にぼくに言った。
「あなたのような種族について書かれていた本を読んだことがあるわ。乱獲され絶滅したと記載されていたはずだけれど、生き残りがいたのね」
「まあねえ、今はほんとにぼくひとりかも」
この世界にはいろんな種族が存在しているが、ほとんど絶滅しかけている種族というのも珍しくはない。
ぼくのご先祖様から受け継いだ記憶によれば――世界はかなり殺伐としている。
思考回路も気質ものんびりとしているぼくらの種族では、生き残るのは難しかったのだろう。
彼女は博識だから、ぼくよりもぼくの種族に詳しいのかもしれない。
これから同じ船に乗るのなら、もう少し詳しく教えてくれるだろうか。
微笑みをそのままに、ロビンは物騒な話を続けた。
「彼らを見つけて政府に知らせれば、報奨金は1億ベリーと言われているわね」
「歓迎するわ!」
「おい」
目をベリーの形にしたナミが態度を豹変させたので、ウソップがつっこんだ。
ベリー、この世界のお金だ。このあたりに関してもすっかり忘れていた。
「お金……人間ってそれが欲しくてがんばるんだっけえ。じゃあぼくが船に乗ったら迷惑かなあ? ぼくらの種族が誘拐されたとき、この島は半分以上燃えちゃったしねえ」
「おれたち強えから大丈夫だ!」
「そっかあ。じゃあよろしくねえ」
そうして、ぼくは麦わらの一味になったのである。