テレザート近傍に進出して三日が経過した。
長距離ミサイルを迎撃したのを初の交戦記録とは言い難いかもしれないが、敵ミサイル戦艦の火力の高さは十分に窺い知れる。思い切って前進して迎撃しなければ、ミサイルの飽和攻撃を浴びて沈んでいてもおかしくはなかった。
テレザートの正面に布陣する敵、数段に構えられたミサイル戦艦の艦列を見て古代が連想したのは、深い水堀を四方に穿つ中世日本の城郭だった。エネルギー 流の渡渉を図って押し流される敵を捉えれば、剣山の如く搭載されたミサイルが 一斉に飛び出して、敵が蒸発するまで火力をぶつけることをやめないだろう。
曲げて波動砲を使おうにも、背後にテレザートがある限りそれも叶わない。 "蛮族"らしからぬ狡智の匂いを古代は嗅ぎ取った気がした。ここは軽挙を戒めて敵の動静を注視し、反攻の機を慎重に窺う他ない。
「2時より敵ミサイル近づく。数、十二。主砲射程圏内まで……」
戦域に点在する重巡洋艦……これもミサイル兵装特化の改装型である……からの威力偵察は断続的に続いている。
一隻や二隻で近づいてくるもの、十数隻で隊形を組んでエネルギー流を渡ってくるもの。ミサイルを放つだけ放つと、恐らくはこちらの追撃を期待しながら退いてゆく。
ショックカノンの閃光が副砲から迸り、迫るミサイルを悉く叩き落とす。敵は早くも素敵範囲から立ち去っていた。エネルギー流に負けない航行を可能とする技術を、ガトランティスは有しているようだ。
エネルギー流は四次元時空にも影響を及ぼしているらしく、ワープアウト可能な宙域はきわめて少なく、かつ狭い。 現在"ヤマト"のいる一帯、テレザートの裏側、そして本流と支流の分岐宙点である。
「真田さんと向後について詰めてくる。ここは任せた」
南部、北野ら戦術科員にはただ一つの命令を下してある。敵が"ヤマト"の一定範囲内に接近しない限り追撃しないこと。これは現時点において墨守されており、撃破したのは深入りしてきた五隻の巡洋艦に留まる。
彼らも、艦内の皆も小功を誇る気分ではいられないだろう。絶後の大艦隊を擁する白色彗星が、確かに地球へと向かっている。一刻も早くテレザートを解放し、 地球へ戻りたいと考えるのが当然だ。艦内に動揺どころか不満の声すら上がっていないのも、艦長となった土方の貫禄のおかげだと、古代は思う。
「それは君自身と部下に対する過小評価ではないかな」
作戦の機密について共有する唯一の人間として、古代は真田を選んだ。技術分野において艦内どころか地球一と評して過言ではない人物だし、沈着で口も固い人品は相談相手にうってつけだった。
「この艦のクルーであれば、膠着において己を律する理性と責任感は当然持っていることだろう。そして何より、戦術長として航海を成功に導いた君の指揮を頼しているんだ」
賞賛されるのは嬉しいが、これといった妙案が浮かんでいる訳でもない。悩む古代に真田が提示したのは、ここから少し離れた宙域にあるガミラスの開拓惑星のことだった。
「地球の艦隊がいると?」
「ドレッドノート級の改装計画。波動砲艦隊構想にそぐうものでないこともあって、進捗はきわめて僅かだがね。航海が公認されたタイミングで、当該艦および護衛の艦隊をこちらへ向かわせたんだ。責任者の認可は得ている」
実験艦とその護衛を務める艦隊を、戦地に動かす権限が真田にあるのだろうか。その疑問を質そうとする直前に古代は気づく。
「そう、責任者とは他ならぬ私だよ。波動砲を撃てればそれでよし、という思想は、地球そのものの高転びを招きかねないからね」
未だ正式な艦名すらない、艤装途中のD級戦艦は空母機能の実装を想定され、"H型"の仮称を与えられているという。
「未来を拓くのは血の通わない戦闘マシーンじゃない。仮にも"ヤマト"の副長として、人の力で動かす艦の可能性を知っているつもりだ。……些か感傷的な話だが」
兄の一番の親友だった男が照れたように微笑むのを見て、"ヤマト"の波動砲を復活させることを告げられた日を古代は思い出した。約束を違える葛藤が自分一人のものだと思い込んでいた未熟さを、改めて恥じる。
「ところで、一帯のエネルギー流についてだ。関わりがあるかはまだ何とも言え んが、どうも恒星に不自然な反応が見受けられる」
そんな自分を信じ、支えてくれる皆がいる。当たり前を当たり前とできない中でも、戦う道を見出すことはできるはずだった。
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戦うために生まれたガトランティスに、摂食するための口、消化を行う器官が残っている理由をゴーランドは知らない。
戦闘中、その暇が無い時は補給用カプセルを飲むだけで済ませることも珍しくなく、苦でもない。食事とは専ら、ノルと話す時を設ける口実であった。
たかだかクローン体を相手に何故そこまで気を回すのか、己のことながらゴーランドは不思議に思う。大帝の悲願たる覇道の成就、その礎となる次代の育成。食事を共にするなど、果たしてその範疇に含まれるのだろうか。
「動きませんね、"ヤマト"は」
骨の付いた獣の肉を片手に、ノルは呟いた。ミサイル戦艦の艦内に食堂などという施設は無いし、食事のための机や椅子などもない。外を見渡せる展望エリアの一角に腰掛け、二人の間に肉を載せた皿を置いているのみである。
"ヤマト"がテレザートの目前に迫って暫く経つ。地球人の単位で言えば、およそ一週間。それが長いか短いか、ガトランティスにはいまいち判断がつかないが、母星が侵攻を受けようとしている現在、それは時間の浪費に他ならないはずだ。
重巡をけしかけての度重なる挑発にも、"ヤマト"はまるで動こうとしない。こちらの威容に恐れをなしているのか、それとも何か企図するところがあるのか。
増援がないか、斥候を欠かしてはいないが、何らの報告も来ていない。
「ノル、お前ならば"ヤマト"を動かすのに如何なる手段をもってする?」
ゴーランドとしてはちょっとした戯れのつもりだったが、ノルは真剣な顔で考え込んでいる。
「緒戦が水入りとなったため、ガミラスの残存艦艇が未だ戦場におります。それを叩くというのは如何でしょうか」
「同盟国の艦隊を襲い、"ヤマト"に渡渉あるいは跳躍を強いて、待ち受けるということだな?」
「左様です」
人間であるための弱みにつけ込むのは悪くないが、経験の乏しさ故の虫の良さがある。"ヤマト"がガミラス艦隊を見捨てる決断を下せば、それなりの戦力が主戦場から引き剥がされるのみとなってしまう。
そもそも友軍を救うというのならば、"ヤマト"がいる宙域に逃げ込むよう要請すればいいだけの話だ。
「申し訳ありません。まだ甘さが拭いきれないようです」
「……と、そのように敵も考えるであろうな」
当惑するノルに最後の肉を押しつけると、手と口の脂を拭って展望エリアを後にする。
「食い終わればすぐ中に戻れ。軍議だ」
それから僅かに後。ゴーランドとノルを上座に、各分艦隊および旗艦の艦長が、戦術図を映し出す卓を囲んだ。
「出陣である」
湧き立つ雰囲気が満座を包む。戦塵の匂いもない対陣に早くも倦んでいるらしかった。指揮官としての自制心をプログラムされた彼らをしてこうなのだから、末端の兵士は尚更であろう。
「まず我らは艦隊の一部を割いてガミラスの残兵に当てる。同盟国の軍勢を叩き、"ヤマト"を救援に向かわせるためだ」
この言葉には首を傾げる者も少なからずいた。戦の妨げとあれば容赦なく仲間を切り捨て、それを甘んじて受け入れる彼らに理解し難いのは無理もない。
「しかしこれは見せかけであり、ここまで辿り着いた将が惑わされることもあるまい。"ヤマト"が動くことはないだろう」
その裏をかく。それこそが作戦の眼目だった。対岸に誘っていると見せて、動かない"ヤマト"を二方向から強襲する。テレザートに残った部隊と、ガミラスの残存戦力を叩く部隊。"ヤマト"の正面と左方からだ。
"ヤマト"がテレザートの後方にワープする場合に備え、重巡の一部を残しておくことも決まった。
「そして最後に、ガミラスの残兵に攻撃をかける一隊だが」
ゴーランドの掌がノルの背を張った。もとより伸ばしていた背筋が仰反る。
「これなるノルに戦艦"ゴーカソス"と重巡十隻を預けるものとする」
ノルがぎょっと目を見開く様に、一同のどよめきが重なった。いよいよか、との声も聞こえてくる。"ゴーカソス"は予備戦力として与えられていたミサイル戦艦で、未だ乗り手がいない。ノルにとっては初の座乗艦となる。
「陽動といえ、敵は容赦なくお前を殺しに来る。未来のゴーランドとして乗り越えてみせよ」
唐突に告げられた初陣に狼狽していたノルの顔に、艦列に連なることを許された高揚が広がりつつあった。分艦隊の司令達も、未来の主君に対して親しげに声をかけ、肩を叩いて激励している。
「……お任せください。ガトランティスとして、身命は惜しみません」
「命を賭けるような敵でもない」
幼生体故の甘さも、戦場の死臭を嗅げば一時に砕け散るだろう。
僅かでも大帝のお役に立つ将になれ。ゴーランドは何故か、ぶっきらぼうにそう思った。