"ゴーカソス"の艦橋で自分が出した指示を、ノルは殆ど思い出せない。対照的に、目の前に広がっていた光景は幾度となく去来するのだ。
それはどこまでも生々しく、ともすれば体験したその時より明確な輪郭を持っていながら、他人が見た夢を覗き見しているような気さえする。突然降りかかっだ重責が見せた、幻ではないかとすら思う。
ゴーランドも幼生期を終えて間もない頃は、こうした変調と戦っていたのだろうか。
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ガミラスの残存艦隊を撃ち倒している間も、頭の中を占めていたのは、ゴーランド率いる本隊の戦況だった。よもや"ヤマト"に返り討ちにされることはないにしろ、注意せずにはいられない。
唐突に戦域に現れたのは、"ゴーカソス"に倍する艦容を持つ敵の旗艦だった。"ヤマト"の主砲すら弾き返す、堅牢な物理装甲を艦首に備えた弩級戦艦。交戦記録にある物は赤や黒の船体色だったが、目の前の敵は他のガミラス艦と同じ深緑の船体をしていた。
"ゴーカソス"と磨下の重巡全ての発射管を開いて先制攻撃を仕掛けた直後、敵の主砲が咆哮する。放たれる赤い巨柱の発する熱波に帰られ、ミサイルのほぼ全てが敵に達することなく消える。
距離を詰めようと加速を始めたところへ、襲いかかってくる第二射。火線に貫かれた二隻の重巡が轟沈するのを見て、ノルは赫となった。あの巨艦を沈めれば即ち勝ち、それができねば、死。それしかないと思い定める。
突撃。第三射が来る前に、相手の眼前に踏み込む。秒を追うごとに船足は上がり、視界が巨艦の影に覆われてゆく。
鼻面同士をぶっつけた。超巨大ミサイルと正面装甲が、硬度を競うように火花を散らす。突き上げてくる揺動をスラスターで押さえつける"ゴーカソス"の艦橋に、ノルの声が轟いた。
「放て!奴を壁に叩きつけろっ」
燗々とする噴射炎と共に、二発の超巨大ミサイルが飛翔を始めた。弾頭を巨艦に深々と食い込ませながらだ。推進装置を艦首に装着させられた巨艦が、己が意思に反して急速逆進を始める。その先にあるのは、どこまでも広がる星空ではない。
巨艦が艦尾から岩塊に衝突し、戦場を揺るがす激震を呼んだ。ガミラスの堡塁の残骸だった。衝撃に打ち据えられ、巨艦は意識が飛んだように動かない。船体の各所に鱗が入っている。
機を見定めての、全艦によるミサイル斉射。鏃のように尖った弾頭を持つ、徹甲ミサイルだ。舷側の罅を抉りながら突き刺さり、砲塔を吹き飛ばし、食い込んだままの超巨大ミサイルを穿つ。活火山と化した巨艦から噴き出す炎が止むことはない。
円盤のような艦橋が燃え落ちる船体を離れ、逃げ去ろうとする。"ゴーカソス"の艦橋ミサイルが、その背を狙い澄ましていた。
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かくしてノルは手柄首を上げたのだが、全体の戦況は彼に喜ぶ暇を与えなかった。
ゴーランドの強襲策は"ヤマト"を捉えることに失敗。それどころか、河を下った"ヤマト"の突貫で、後方に留め置いていた部隊が壊滅したのである。
自分の与る戦場ばかりを見て一喜一憂していた己が、情けなくて仕方がなかった。磨下の重巡だけでもテレザート方面に急行させれば。そんな由ないことまで考えた。
「思い上がるな。一人の采配で戦場を覆すほど、お前はまだ大きくはない」
率直なところを吐露した際のゴーランドの返答がそれで、これはまさしく道理である。
ノルが気になったのは、そう口にしたゴーランドが、いつにも増して疲れているように見えたことだ。総身の湛える武人らしい覇気に、翳りとでも言うべきものがある。
一連の戦闘を経て、再び膠着状態が訪れた。艦隊はテレザートの正面に戻り、"ヤマト"は恒星の近辺を遊弋している。重巡での挑発も引き続き行なっていた。
だが、“ヤマト"の手にかかり沈められる重巡の数が、既に先日の三倍にも達している。"ヤマト"は攻め来ていない。不用意に突出する味方が増えているのだ。ゴーランドの懊悩は、その辺りに原因があると見ていいだろう。
哨戒を兼ね、"ゴーカソス"を定期的に駆けさせていた。艦橋の窓に映り込む己の姿。初陣に先立ち、ゴーランドと揃える形で頭を剃り上げていた。姿形は近づいても、その重荷を真に理解できる日は遠い。
代々の股肱にして、武術の師でもあるザバイバルが言っていたことを思い出す。
「守備が任となれば、ままならぬことも多いもの。ましてテレザートからのエネルギーは、白色彗星の生命線故に」
さらに、そのエネルギーを伝達する装置が恒星に仕組まれている。"ヤマト"がそれを嗅ぎつけたらしきことは、一つの現実として受け入れざるを得ないだろう。重巡の無謀な突出も、ゴーランドの苦渋も、それに端を発しているに違いない。
「クローニングを行うだけでは、そうした苦悩まで次代に伝えられない。まぁ、これは救いであるかもしれませんがな」
ゴーランドの苦しみは、重圧は、ノル自身の意思で理解せねばならないのだ。次のゴーランドとして。ただ背を追うばかりでは、そこに行き着くことは叶わないだろう。
ノルの沈思する"ゴーカソス"の艦橋は、静寂に満ちていた。
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二十日。テレザートを目の前にして、それだけの日数が経過している。
「古代戦術長、入ります」
二十日前より腰が据わっている、艦長室に入ってきた古代を見て、土方はそう思った。寸法の合わない服を着ていくうちに馴染んでゆくようなもので、収まるべきに収まったとも言える。
「よくやっているようだな。敵が浮き足立っているのは、俺にもよく分かる」
「恐れ入ります。それもこれも、皆がじて従ってくれたおかげです」
長い対時といっても、やるべきことは多かった。
地球を飛び出してからガトランティスとの戦闘の連続、そして敵の牙城である白色彗星との遭遇を経て、ここまで来たのだ。補修を要する箇所は、数え上げるのが馬鹿らしくなるぐらい多い。
停泊してるようなもんなのに、甲板作業員は却って忙しくなっているのだから堪らない。学帆長の榎本などは笑いながらぼやいていた。
付近に駐留していた艦隊と合流し、恒星で何らかの調査と作業も行われている。 真田の指揮によるものだ。どうやら、これがガトランティスの焦燥を誘う大きな要因らしく、敵のミサイル巡洋艦が無謀にも突出する頻度が高くなっている。
「決戦も近いな」
「はい。いよいよです」
穏やかに笑う古代の顔に、何か微妙な色が揺蕩っているのを土方は見て取った。質そうかと一瞬思ったが、自分から何事かを打ち明けてきそうな気配がある。そして、そうなった。
「土方艦長、自分は貴方にお伝えしておきたいことがあります」
「作戦に係ることを、俺に諮る必要はないが」
「これは作戦に関わることではないのです」
一瞬だけ日を伏せ、古代は口を開いた。
「自分は作戦を通て……彼らに、ガトランティスに心があるかを知ろうとしたんです」
「なに」
土方は咄嗟に言葉が出なかった。脳裏にあるのは、「降伏」という言葉の意味すら知らないガトランティスの指揮官が、こちらを嘲る顔。
「詳しく聞かせてもらおう」
「ガトランティスが、地球人やガミラスのメンタリティで測ることのできない存在だということは、敵からも味方からも幾度となく聞いてきました」
土方がそうだし、斉藤もそうだ。ガトランティスのスパイと思しき桂木透子、何より敵の首たる"大帝"ズォーダーとも古代は言葉を交わしている。
「でも、それが事実だとすれば、この戦いはいずれかを根絶させるまで終わらないことになる。それに勝ち抜くことは、負けて滅びることと何が違うのでしょうか」
古代は恐れているのだ。終わりの見えない戦火の深淵に地球が沈むのを。波動砲を封印する約束を守ることで、その恐れと必死に戦おうとしてきたのか。
あるいは心の底の底で、勝利など糞でも食らえとすら思っているのかもしれない。神を見出せないガトランティスの心を、どこかでじようとしている。
「それで、お前はどう見る」
「自分は確かに見ました。戦闘展開がままならない焦りを、戦うことすらできない不満を。それはいかにも、人間らしい心に違いないでしょう?」
語るべきことを語り終え、古代は微かに脱力して目を伏せる。土方はその肩に手を置き、笑いかけた。
「重ねて言うが、今回の作戦は全てお前に任せる。好きなようにやれ、最後まで」
心の中で、亡き旧友に語りかける。沖田。お前の育てた男は、深いところでお前の心を継いでいるぞ。
翌日。ガトランティスが動いた。
艦隊を二分している。一方はテレザートの上流、もう一方は支流を挟んだ下流に陣を敷いていた。
"ヤマト"がワープアウト可能な二つのエリア、そのどちらに現れても挟撃ができる位置にある。波動砲で狙おうとすれば、急速に肉薄されてミサイルの飽和攻撃を食らうだろう。重厚かつ隙のない構えだ。
だが、土方には分かる。これが積極でなく消極の結果だと。ともすれば暴走しかねないミサイル巡洋艦を集中制御しようとして、遊びに乏しい窮屈な隊形になっている。
古代の見出した心の隙が、そこにはあった。
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"ゴーランド"の艦橋で瞑目し、気を高める。それは戦に先立つゴーランドの習慣だが、今回ばかりは不本意さが心にこびりつく。
これはゴーランドの戦ではない、と。
恒星に対する敵の働きかけも、それに対する重巡の反応も、ゴーランドの予想すら超えるものだった。手を摂いて恒星の供給システムを破壊されれば、テレザートを押さえる意味の大半が失われる。迎撃するための戦力も漸減している。
"ヤマト"の好計により仕組まれた開戦。強いられる戦は、ゴーランドの戦ではなかった。
されど望もうとそうでなくとも、道の先に戦のみが待つということになれば、 勝利の果実を得ないまま終わるわけにはいかない。それは大帝の勅命であり、累代のゴーランドとしての矜持であった。
二つに分けた艦隊の本隊をゴーランドは自ら率いて、テレザートの上流、大河が大きく湾曲する一帯に進出した。別働隊はテレザートを挟んで対角線上、支流の対岸に在る。
テレザートの背後、本流と支流の境目、"ヤマト"がいずれに現れようとも、ミサイルの豪雨を両側面から叩き込める位置だ。
"大砲”を使ってくるならば、こちらから強襲して揉み潰す。先日のように急流 を下るならば、こちらは逆に遡って乱戦に持ち込むまで。"ヤマト"が恒星の側に移ってから、地球方面への斥候も盛んに出していたが、増援の気配はない。
どのように出てこようと、ゴーランドには打ち破ってみせる自信があった。瞼を上げる。窓の外、代々育て上げてきた自慢のミサイル艦隊。ミサイルの牙を"ヤマト"に突き立てる瞬間を、今か今かと待ち侘びていた。
ゴーランドが決戦の臍を固めたことで、澱んでいた士気も高まりを取り戻している。
無意識のうちに、それを探していた。"ゴーカソス"。分艦隊の一指揮官として、今回は己の側に置いている。
出陣の前に、話をした。交わした言葉は常と何も変わらない。ただ、己を擬して剃り上げたノルの頭を見、ゴーランドは形容し難い微妙な思いを抱いていた。
目の前の若造が、自分を継ぐ。当たり前の事実に対し、何故か困惑を覚えるのだ。何より度し難いのは、それが不快とは程遠いものだったことである。
挨拶を残して乗艦してゆくノルの背に、何か言いたいことがあった気がする。だが、そんなものはいつまで経っても浮かんでくることはない。
注意を喚起する瞥告音が艦橋に響く。床候に出ていた攻撃機には、余のことがない限り、以下の命令のみを履行するように命じてある。 "ヤマト"が跳躍する瞬間を逃さぬこと。
「臨戦態勢!」
全艦隊の発射管が一斉に開く気配。"ヤマト"が出現すれば、間を置かずに全弾を叩き込んで、四方から串刺しにする。その機を逃さないことだ。
どこに来る。どちらに。そこに来たお前は、埋める骨すらも蒸発して失われるのだ。
空間の裂け目が連星となって煌めく。氷を纏いながら現れる幾つもの艦影。先頭には、やはり奴がいた。
「"ヤマト"を捕捉。随伴艦合わせ、計十二隻」
本流と支流の分岐。"ヤマト"、そして先だっての戦で横槍を入れてきた艦隊。全ての敵がその宙点に集結している。
戦の果ては、そこにある。闘志溢れる目を見開いたゴーランドは、超巨大ミサイルの発射を下命しようとした。
光が、見えた。