青い光が、艦橋の外に見える。別働隊の送してくる映像。右手側に現れた光点はあまりに唐突で、そして強烈でもあった。漆黒の宇宙に浮かぶ星々を飲み込むように膨れ上がる蒼光。
それは、宇宙そのものが爆ぜる光景だった。
映像が途絶する。別働隊が、何らの応答も寄越さなくなる。事態の確認を命じたゴーランドは、すぐにその答えを知った。
別働隊が"大砲”に呑み込まれ、消滅。
「馬鹿な」
意識を超えたところで口走っていた。"ヤマト"は跳躍を終えたばかりで、発射態勢すら取っていない。そもそも方向が違う。何より、以前"ヤマト"が使用した際の映像記録より、威力の及ぶ範囲が遥かに大きい。
全ては事実だった。別働隊は右側面から"大砲"の一撃を食らい、宇宙創生を極小規模で再現したような火球の中に全艦が沈んだ。
「敵が動きます」
顔を白くしたままの艦橋要員が、引き攣った声でそう告げる。"ヤマト"以下敵艦隊が、岩盤に覆われたテレザートを沿うように迂回し、こちらの背後を突くように動き出していた。
「……よかろう」
戦力の半数を刹那で喪失したという途方もない現実を突きつけられたゴーランドは、却って心身を賦活化させた。主君の不敵な笑みを目の当たりにした幕僚達が、生気を取り戻す。
「永きガトランティスの戦史において、最大にして最強の手柄首が迫っておる。 皆、奮ってこれを討ち取り、武名の輝きを永遠のものとしようではないか!」
戦に全てを擲つ武人の本能を剥き出しにした艦隊の鯨波が、音のない宇宙を揺るがした。素早く回頭し、敵と正反対の針路を取って進む。
真っ先に"ヤマト"とぶつかる先頭を征くのは、言わずもがな"ゴーランド"だった。
飛翔体多数接近の警告音。ミサイルだ。惑星の向こう側の相手を狙える手段はそれしかない。間もなく飛び込んできたミサイルの群れを、対空ミサイルと輪胴砲塔の斉射で片端から叩き落とす。
黒煙を突っ切ろうとしたその時、緋色の軌跡が右隣のミサイル戦艦の艦橋を貫いた。
一瞬の忘我を経て、ゴーランドはその正体に気づく。砲弾。直撃すれば重戦艦すら葬る威力を有する、原始的にして厄介な"ヤマト"の兵器。重力の影響を受けて放物線を描くことは知っているが、無重力の宇宙空間で何故惑星の向こう側を狙える?
いや、重力源ならばあるではないか。テレザートのコスモウェーブを遮断するための、高密度の岩盤。その重力を利するために、"ヤマト"はテレザート沿いに進んでいたのだ。
砲弾の雨に撃ち倒される味方の残骸を踏み越え、ミサイル艦隊は進む。直撃弾を食らった超巨大ミサイルが暴発し、十隻あまりの味方が一時に四散する光景も、一度や二度のものではない。
正面に"ヤマト"らを望んだ時、ゴーランドの魔下は既に三分の一にまで削ぎ落とされていた。
敵は横列に構え、正面火力を惜しげもなく発揮できる態勢を整えつつある。十三隻。"ヤマト"がここに来て以来、見たこともない敵の姿がある。直線的な輪郭の戦艦と思しき艦。艦首で大口を開けているのは、隔壁らしきもので真中が分たれているが、紛れもなく"大砲"だった。
別働隊を吹き飛ばしたのはあの艦で間違いない。斥候が発見できなかったこと、"大砲”を放ったと思しき位置から鑑みるに、あれは元々ガミラスの開拓惑星近傍に潜んでいたのだ。
ガミラス残存艦隊を叩くと見せかけ、"ヤマト"を強襲した時、注意の全てが"ヤマト"に向いたゴーランドに、それを発見できる可能性などなかった。
それを目敏く察知した"ヤマト"は、来たる決戦に向けて、あの戦艦を隠し通していたのだ。使いたくなる瞬間などいくらでもあったであろうに。
それを思い知らされた時、負けを認めそうになった自分を知覚し、ゴーランドは足を踏みしめた。
陣を敷き直した"ヤマト"艦隊の攻撃が始まった。迸る青い光条が彼我の距離を飛び越えて殺到する。負けじと"ゴーランド"も三連装のミサイルを立て続けに放ち、麾下がそれに続く。各ビーム砲も遊ばせることはない。光と光、弾体と弾体が交差して宇宙の一角を切り刻んだ。
地球艦隊が相手となると、やはり兵装の射程差が泣き所となる。あちらには長大な射程を誇る陽電子砲があるのだ。砲撃を続けながら間合いを取られると、一方的に撃たれ続けることになりかねない。距離が空くだけ、艦隊の主力兵器であるミサイルが落とされる確率も高くなる。
前に進み続けるしかなかった。一歩進むたび、致命の一撃が飛んでくるのを知りながら。
一隻、また一隻。前のめりのままビームに射抜かれ、爆散した残骸のみが執念と共に飛ぶ。爆風の齎す揺動を感じるたび、ゴーランドは己の手足が崩れ去ってゆくのを実感した。
足が、止まる。"ゴーランド”の船足が上がらなくなった。より前に出ねばならないというのに。モニターに目をやれば、艦上の砲塔は大半が砕けるか燃え落ちていた。両舷の発射管も直撃弾を食らい、どす黒い煙を吐いている。
度重なる被弾で、動力路が寸断されているに違いない。エンジンノズルは光を失い、"ゴーランド"は慣性のまま漂い続け、沈められるか、柄ち果てるかを選ぶしかない。
ゴーランドの胸中に染み渡ってくるもの。それは諦念だった。
突然の衝撃は、そんなゴーランドに喝を入れるかのようでもあった。"ゴーランド"の後方、一隻のミサイル戦艦が鏡合わせのように後ろからぶつかっている。
それは船体の各所に罅が走り、複眼も光を失い、艦橋構造物も立ち昇る炎に焼かれていた。"ゴーカソス"。
「ノル」
火災に襲われる艦橋に立ち、顔を媒で汚しながら、笑いかけてくるノルの顔を幻視する。いや、幻ではない。ゴーランドは確かに見た。
超巨大ミサイルの安全装置が外される。"ゴーカソス"のものだ。それは敵とは真逆の方向を向いている。今、二隻のミサイル戦艦が背中合わせとなっていた。
「よせ、やめろ」
迸る噴射炎。超巨大ミサイルを放ったことによる強烈な反動が、"ゴーカソス"を大きく押し出す。制動装置をわざと解除しているのか。"ゴーカソス"と接している"ゴーランド"もまた、大きく動き始めた。"ヤマト"のいる方へ。
炎の華が咲く。嗚呼、とゴーランドが呻く目の前で、"ゴーカソス"は別れを告げるように宇宙から解き放たれてゆく。あれだけ滅多撃ちにされた船体で、強烈な反動を受け切れる筈がなかった。
「何故だ」
崩れ落ちそうになる体を支えながら、ゴーランドは呟いた。
「何故、息子が親より先に逝く」
私は今、何と言ったのだ。息子?機械的に培養されたクローンのことを、息子と呼んだのか。
そうだ。ノルは息子だった。未来の自分だった。ゴーランドは今、全てを認められる境地に在る。ノルは不孝を働きながらも、己を"ヤマト"に向けて送り出したのだ。
「行く……ぞ!」
ゴーランドは全てに向かって言った。ノルに、残る味方に、敵に、自分自身に。
敵の砲撃が全て、突貫する"ゴーランド"に集中する。僅かでも進ませてはならぬと、本能で察しているに違いない。ビームが、魚雷が、ほぼ全ての兵装を封じられた"ゴーランド"の船体を挟る。
それでよい。最後に残った切札、超巨大ミサイルを"ヤマト"にぶつけさえすれば。近づいてくる、その姿。待っていろ。動くなよ。超巨大ミサイルの安全装置を外す。大きくなった。"ヤマト"の影が。
青い光の鎧を纏った"ヤマト”が、艦首から突っ込んでくる。めり込んでくる"ヤマト"の艦首。激甚な衝撃が"ゴーランド"の舳先を左に逸らす。
超巨大ミサイルが、虚空へと飛び去っていった。
沈黙の中で、ゴーランドは目を伏せた。情動と言うべきものが胸中で暴れている。水。両日から血ではない液体が侃々と流れ出す。
「すまぬ、ノル」
それだけを、言った。
「いいのです」
はっとして、ゴーランドは面を上げた。そこにある訳もない、永遠に失われたはずの温もりを、ゴーランドはすぐ側に感じる。
青い光を湛える砲門が、目の前にあった。
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死闘の最後を締め括る茶番を目の当たりにしたズォーダーは、己の顔から笑みが消えていることに気がついた。
ゴーランドはきわめて優秀な爪牙だった。元より実戦指揮においては非の打ち所がない、最高傑作と謳われていたのがタイプ・ゴーランドである。
ズォーダー直属の諜報体を近辺に幾つも送り込んではいたが、監視ではなく、その采配をつぶさに観察するという意味の方が遥かに大きかった。
だのに、最後の最後に届いたものがこれだ。"製造"された己のクローンを息子と呼び、剰え落涙して許しを乞うとは。第八機動艦隊の暴走などとは比べ物にならない。
やはり、"ヤマト"なのか。テレサの声を聞き、反乱まで起こして地球を旅 立った艦。あの艦がガトランティスと接触する都度、断ち切ったはずの汚染が広がっているとしか思えない。白色彗星の真の主たる"白銀の巫女"までも。
背後からの気配。その男は超常の力を使うまでもなく、ズォーダーの心を識る。
「あの艦は関係ない」
四ツ目のゴーグルに覆われたガイレーンの顔を、ズォーダーは一瞥もしない。
「"ヤマト"は己に秘めたるもので他者を染める伝道師にあらず、宇宙の神秘に 導かれし一介の巡礼者。ゴーランドは己が内に眠る何かに、己自身で辿り着いたのです」
「造られし命の内に何がある訳もない。空だ。故に我らは与えられた。使命を、戦う術を」
「与えられたものなど問題ではありませぬ。意味を与えられるまでもなく、我らは人の形をしている。人の言葉を紡ぐ。人としての心を」
「くどい」
乱暴な所作でズォーダーは玉座に腰掛けた。繰り返される呼びかけを全て無視していると、小さな溜息を残してガイレーンは立ち去った。
再び、一人きりである。ズォーダーは下ろした瞼をしばらく上げる気にもならなかった。
彗星を御する旋律は、聴こえてこない。