ダンジョンに裏ボスが潜んでいるのは間違っているだろうか   作:蒼井千

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そのファミリアの名は

 

 『迷宮都市オラリオ』。

 

 『世界の中心』、『英雄の都』、様々な呼び名を持つ地であり、この世に唯一存在する『迷宮(ダンジョン)』を地下に抱える大都市。

 

 周囲を囲う見上げる程の白い市壁は外敵はもとより、内に潜む怪物たちを抑えるためのもの。

 戦いとなれば人類最後の防衛線として矢面に立つことを運命づけられている。

 

 しかし、そこに住まう人々に悲壮感はない。

 むしろ地上のどんな国よりも活気に満ち溢れていた。

 

 何故ならば、ここには『迷宮』に挑む勇士たちがいる。

 

 

 『冒険者』

 

 

 『神の恩恵』を受け『迷宮』に潜り、怪物と戦い、それらを糧に更なる成長を遂げる者。

 

 只人(ただびと)を凌駕する彼等は日々『迷宮』へ挑み、都市に様々な恩恵をもたらす。

 モンスターが落とす魔石や素材、『迷宮』内でのみ採取できる鉱石に植物。

 

 それらを求め世界中から多くの人々が集まり交易が生まれ、莫大な富を築いている。

  『冒険者』と恩恵を与える神々、そして彼等の生活を支える住人たちによって構成された都市。

 

 

 富を、名声を、力を、未知を、夢を。

 

 

 あらゆるものを叶えうる可能性に満ちた新天地。

 

 

 それこそが『迷宮都市オラリオ』である。

 

 

 

 その中のとある家屋。

 八方位に放射状に敷かれたメインストリートにより、八つの区画に分けられた内の南西に位置にある二階建てのごくごく普通の建物の一室で、一人の少年が眠っていた。

 

 まだ早朝とあってか目覚める様子はなく、穏やかな寝息を立てている。

 すると、そこへ扉を開け静かに入室する者がいた。

 小柄な人影は音を立てないよう寝台に歩みよると少年へ声をかける。

 

「クロ、起きて。そろそろ朝食の時間よ」

 

 澄んだ鈴のような声音が耳朶を揺らし、少年はゆっくりと瞼を開く。聞き馴染んだ声へ顔を向けると、その姿が視界に入る。

 

 月の光を溶かし込んだ銀糸の髪に夜明け前よりなお深い瑠璃の瞳。息を呑むような美しいエルフの少女がこちらを覗き込んでいた。

 

「おはよう。レイナ」

 

「ええ、おはよう。クロ」

 

 眠たげな少年の挨拶にエルフの少女は小さく笑う。

 

「もうみんな起きてくるはずだから、クロも支度したら下に降りてきて」

 

「うん。ありがとう」

 

 クロと呼ばれた少年のお礼を聞くとレイナは部屋から退室していく。食事の準備の続きをしにいったようだ。

 少年も起き上がると支度を整え始めた。服を着替え顔を洗い一階へと降りていく。

 

 が、途中で背中に軽い衝撃が襲う。伸びた腕が首もとに回され、そのまま引き寄せられた。

 

「おっはよー! クロも起きたんだ」

 

「いまさっき。おはよう、リゼ」

 

 陽気な声と共に抱きつく人物に少年はのんびりと応じた。彼女が抱きつくのはいつものことだ。横顔を見ればご機嫌な様子で頬を緩めている。

 

「やっぱりこれやると一日がはじまった気がするよー」

 

「そう? ならもういい?」

 

「あと五分!」

 

「却下」

 

 狼人(ウェアウルフ)の証である紅い髪から覗く獣耳を立て、尻尾を揺らしながらの要求をクロはすげなく断った。レイナが朝食を用意してくれているはずなのだ。せっかく起こしもらったのに遅れる訳にはいかない。

 

 それでも離れない少女を仕方なく引きずるようにずるずる歩く。

 

「あ、クロ……とリゼはもう少しかかりそうね。もう出来るから座っててくれる」

 

 食堂へ入るとレイナが二人を迎えてくれる。

 クロと背中に張り付くリゼを見て事情を察してくれたらしい。

 いつもは一つ年上の年長者として自分たちを引っ張ってくれる彼女だが、朝に弱いのは皆が知るところだった。

 

「ありがと。それじゃあ本でも読んでるね。手伝うことがあったら言って」

 

「あとは盛り付けぐらいだから、大丈夫よ」

 

 リゼを椅子に座らせつつクロは少女の様子を伺う。一通りの調理は済んでいるのを確認し、昨夜読めなかった本に目を通そうと机の上に置く────

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 前に冷たい声が響く。声の主を見ると、レイナが声と同じく冷たい目を向けていた。

 

 いや、正確には机に置かれた本。その表紙にだ。

 

 

 

『週刊女性を口説こう! 応用編3』

 

 

 

「それは……何?」

 

「この本? 昨日貰ったんだ。これを読めばギルドでの買い取り額を上げられるんだって」

 

 『どうすごいでしょう』と言いたげな顔の少年にレイナは無言で近づくと本を掴む。そして───────────────────────────────────────────────────────────────……………………………………

 

 

 

 

 

「えい」

 

 

 

 台所の(かまど)に容赦なく放り投げた。相手の書籍を竈の炎へシュゥゥゥーッ!!超!エキサイティング!!

 

 

 

「ああああああああああッ!!」

 

 止める間もなく行われた凶行に書籍を焚べ られた少年の叫びが響き渡る。一方、レイナはそんなことには頓着せず少年へと顔を向けた。

 

 ゴミは片付けたが、まだ問題は片付いていないのだ。

 

「それで、そのゴミを持ち込んだのは誰ですか?」

 

 見当はつきながらもレイナは少年を問い詰めた。こんな箸にも棒にもかからないような物を渡す神物(・・)など、ひとりしか思いつかない。

 

「うぅぅ、アテ(ねえ)だけど……」

 

「あら、朝から元気ね。どうかしたのかしら?」

 

 悲しげに肩を落とす少年から告げられたのは予想通りの名。そしてタイミングが良いのか悪いのか、その神物が顔を出した。

 

 白。

 

 彼女の印象を一言で現すならそれが適切だろう。

 肌は透き通るように白く、腰まで伸びる髪は新雪を思わせる純白。女性らしい起伏に富んだ身を包む、真珠色のベールを幾重にも重ねたかのような衣装がより一層その印象を強めている。唯一の例外は二つ、深い湖面を写し込んだ碧い瞳が知性の輝きを放っている。

 

 まさしく人外の美。街中で出会えば一目で人々の心を奪うだろう女神が立っていた。 

 

 だが、ここにいる者たちにとっては彼女の美も日常の一部。頼もしくも手のかかる家族であり愛すべき主神だ。

 

 

 

 もっとも、それ故に神といえど逃がすつもりはなかったが。

 

 

 

「おはようございます。アテナ様。ところで、つかぬことをお聞きしますが、クロに渡した書籍についてご説明いただけますか?」

 

 丁寧でありながら有無を言わさぬ圧に、アテナと呼ばれた女神の表情が凍りついた。

 助けを求めるように周囲を見渡すが、クロはいまだ落ち込んでおりリゼは夢の世界に旅立っている。孤立無援であった。

 

「えっと、違うのよレイナ。ほら、クロに人との関わり方を学んで欲しかったというか……そのためにも保険体育的なのは必要だと思って……ね?」

 

「ほけんたいいくとやらが何かは知りませんが、あれがその内容に不適切なのはわかります。ですので」

 

 

 

────少しお話いたしましょう。

 

 

 

 それはそれは見惚れるような笑みだったという。絶対零度の瞳さえなければの話だが。

 

 

 

 彼等はアテナファミリア。

 オラリオの迷宮に挑む、新進気鋭の主神と眷属たちである。

 

 

 





・アテナファミリア

・主神:アテナ

・眷属:クロ、レイナ、リゼ
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