ダンジョンに裏ボスが潜んでいるのは間違っているだろうか   作:蒼井千

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狂騒の前兆

 

「あはははっ、いやー朝から説教されるなんて、うちの主神さまも運がないね」

 

 少女の楽しげ声がメインストリートに響く。

 今朝のやり取りを後から聞いたリゼは、巻き込まれなくてラッキーだったと笑いを溢していた。

 

「運が悪いもなにも自業自得です。仮にも貞淑を司る神なんですから、もっと慎みというものを示していただかないと」

 

 当時者のレイナは眉はしかめている。主神はファミリアの象徴でもあるのだ。オラリオでこれからやっていくためにも威厳は必要だろう。

 他のファミリアに侮られればそれだけ不利益を(こうむ)る可能性もあるのだから。

 

「まあまあ、あんまり固すぎても疲れちゃうし、あたしは好きだよ。今のアテナさま」

 

「それについては否定しません」

 

 宥めながらの主張にレイナも反論はしなかった。困った面はあれど眷属想いの主神であるのはよく知っている。方向性が明後日へ向かうのは玉に傷だがそれは確かだ。

 

「あとはこっちをなんとかしなくちゃね」

 

 リゼは黒髪の少年へ視線を移す。もう一人の仲間は朝から肩を落としてしまっていた。読もうとした本が(まき)になればそうもなる。

 

「ほら、クロ! 元気だして! なんなら抱きしめてあげるよ?」

 

「大丈夫……」

 

 とても平気には見えないが、リゼの提案をさらりとスルーする程度には受け答えできるようだ。

 

 とはいえ、これから向かうのは命の危険が伴う場所。戦闘にまで引きずるような事はないとわかっているがフォローは必要だろう。

 レイナも本の内容はともかく、少年がファミリアのために学ぼうとしてくれてのはわかっていた。

 

「その、ごめんなさい。クロ。いきなり取り上げたりして……」

 

 おずおずとレイナは謝罪する。本を燃やしたのは後悔していないが、もっと穏便な方法もあったはずだ。

 

 そうしなかったのは想像してしまったから。

 少年が親しげに見知らぬ女性と話す姿を見たくなかったという私的な理由。

 

 けしてクロの頑張りを否定したかったわけではなかった。

 

「うんん、ぼくもごめん。レイナがちゃんと話してくれたのに」

 

 後ろめたさから身を縮こませる少女へクロは頭を下げた。レイナは意味もなくあんなことはしない。理由も聞いて納得したのに引きずるのは違うだろう。

 

 謝罪し合い互いに顔色を伺うように視線を上げると、同じようにする相手と目が合った。

 しばし見つめ合い無言の時間が過ぎていく。そのまましばらくして二人とも小さく笑みを溢した。

 鏡合わせみたいな状況に可笑しさを覚えて。

 

「もーう。ふたりだけ楽しそうに、あたしも混ぜろー!」

 

「きゃ!」

 

「ぐぇ」

 

 そんな二人へのけ者にされた少女が抱きつく。レイナは驚き、首に入ったクロが潰れた声を上げる。それでも少しすると三人して笑い合う。その頃にはすっかりいつも通りの雰囲気に戻っていた。

 

「よし、それじゃあ今日も頑張ろー! 目指せ新階層!」

 

「ええ」

 

「ん、了解」

 

 リゼと掛け声にレイナとクロがそれぞれ応えると、三人一緒に歩きだす。

 

 目指すはバベル。その地下に広がる『迷宮』へ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 『迷宮(ダンジョン)』六階層。大きく四つに分けられた区分では上層の中間域にあたる。そこがクロたちの戦場だった。

 

『グルァ!』

 

「おっと」

 

 モンスターの攻撃をリゼは軽やかに躱す。

 犬頭のモンスター『コボルト』がたたらを踏み、少女の槍が振るわれる。

 

『ギャンッ!』

 

 細腕からは信じられない勢いで頭部を殴りつけられコボルトは絶命。そのまま灰と化した。

 

 まずは一匹。残りは五。

 

 振り抜いた所へ左右から二匹。目を血走らせ牙を剥き出しに襲いくる。

 

「ガッ!?」

 

「グギャ!?」

 

 槍の勢いを保ったまま回転し、まとめて壁に叩きつけ潰す。あと三匹。

 

 しかし、残りのコボルトたちはリゼを迂回して背後へ駆けていく。

 

「そっち行った! それで全部だよ!」

 

「ん」

 

 周囲の索敵結果を手短に伝えると中衛に控えていた少年が応えた。

 

 殺意を滲ませた咆哮を上げ少年へ迫りくるコボルト。

 

 真っ直ぐ直進する三匹を見やり剣を抜き一閃。

 先行していたコボルトを狙った一撃は首を捉え見事に斬り落とす。

 その光景に動揺した二匹へ踏み込み、一匹を上段から斬り伏せ、返す刀で下段から逆袈裟(けさ)にもう一匹を斬り飛ばす。

 血飛沫を上げ灰となるのを見届け、クロはゆっくりと構えを解いた。

 

「勝ったー!」

 

「勝利」

 

 駆け寄ってきたリゼとハイタッチを交わすとクロは先の戦闘を振り返る。

 

「陣形もちゃんと機能してた」

 

「前衛と中衛の面目躍如だね。クロとあたしで仕留め切れたし良かったよ」

 

 この通路は二人が並んで得物を振るうには狭い。まずはリゼが先陣を切り、取りこぼしをクロが仕留める手筈だったがうまくいった。

 

 問題があるとすれば。

 

「けど、レイナの獲物がなくなっちゃたか」

 

 リゼが口にした通り、後衛の彼女の相手がいなかったことだ。

 

「わたしは大丈夫ですよ。ここで魔法を使う訳にもいきませんし」

 

「それはそうだけど……」

 

 今いる場所はひとの往来が比較的多い道だ。レイナの魔法は出来るだけひと目につけさせたくない。  

 となれば、しばらく戦闘に参加するのは難しい。

 

「むしろ、お役に立てないどころか手間を掛けさせているのはこっちです」

 

 そのためにふたりはルートの外れを選んで進んでくれている。文句などなく申し訳なさが募るばかりだ。ただでさえ自分の力のせいで不自由を強いているのに。

 思わずローブのフードを掴む。顔を晒さないようにするために被っているそれを。

 

「本当にごめんな──」

 

「ストップ」

 

 謝罪を口にしかけて止められる。顔を向ければクロが真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「前も言った。迷惑なんて思ってないし、迷惑だったとしても掛けてくれて構わない。その程度も許されない訳ないでしょう。ぼくたち家族だよ」

 

 クロはどこまでも真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

 そこに嘘などありはしないと。

 

「困ってるなら手を貸すし、困った時は手を借りる。それだけのこと」

 

「そうそう。レイナもあたしたちが困ったら助けてくれればそれで問題なし!」

 

 口々に紡がれるそれぞれの言葉にレイナは顔を俯かせた。 

 

 本当にこのふたりには敵わない。

 

 自分にはもったいない家族だと思いながらもそれは呑み込む。それこそ彼等に失礼というものだ。伝えるならば──

 

「ありがとう」

 

 一言。ふたりと同じように真っ直ぐな言葉を。

 

 それに対しクロとリゼは笑顔を浮かべた。

 

「「どういたしまして」」

 

 家族の想いを受けとるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

 

 

 

 

 

「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 

 男の絶叫が『迷宮』内に木霊(こだま)した。

 

 

 

「チクショウ! 何としても止めろ! 上にだけは(・・・・・)行かせるなッ!!」

 

 

 

 オラリオが誇る双璧が一角、【ロキ・ファミリア】の上級冒険者は悲鳴のような叫びを上げる。

 

 

 目の前の悪夢を振り払うように。

 

 

「ミノタウロスを止めろおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 

 

 上層目指し我先にと駆ける怪物。

 

 

 

 『ミノタウロス』

 

 

 

 中層最強(・・・・)のモンスター。

 

 

 それが大群を成し上層へ雪崩れ込む。

 

 

 悪夢が始まろうとしていた。

 

 

 

 




 
 クロ  Lv.1

 レイナ Lv.1

 リゼ  Lv.1
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