ダンジョンに裏ボスが潜んでいるのは間違っているだろうか   作:蒼井千

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迫る脅威

 

 最初に気づいたのはリゼだった。

 

 もともと狩猟を生業とする一族の出である彼女は、狩人としての技能を活かしパーティーの斥候を担っている。

 

 だからこそ、誰よりも早くその異変を感じ取ることができた。

 

「止まって」

 

 片手で後ろの二人を制し、歩みを止める。

 突然の指示。しかし、リゼが目を瞑り五感に集中しているのを見て、直ぐ様クロとレイナは息を潜めた。彼女が警戒する何かが起こっていると。そして────

 

『───ヴ───ォ』

 

「ッ!」

 

 低く響く声を聞いた。地の底を這う様な声を。

 途端、リゼが怖気立つと後ろへ振り返った。

 

「ふたりとも、引き返すよ」

 

 焦燥を浮かべた顔で告げられる撤退。

 それを受けて二人も表情も強ばらせた。

 

「何があったの?」

 

「ごめん、詳しくは分からない。聞いたことない声だったから。ただ、すごく怖いのがいる」

 

 クロが尋ねると返ってきたのは詳細不明の情報。だが、クロもレイナも不信感を抱くことはなかった。野生の獣より感覚の鋭い彼女が恐怖を覚えたなら根拠として十分過ぎた。

 

「わかった、先導はお願い。ぼくは後ろに回るから。レイナもいい?」

 

「ええ」

 

 リゼの提案に二人は頷くと隊列を反転させる。

 先頭に索敵に優れたリゼ、最後尾に殿のクロ、間に魔導士のレイナという配置でもと来た道を引き返していく。

 ここはメインルートからかなり逸れている。撤退を決めた以上、早く戻らなければ。

 

 足早に然れど警戒を払うのを忘れず、岩壁が続く通路を進んでいく。しかし、しばらくしてリゼの足が再び止まった。

 

「うそ……」

 

「リゼ!」

 

 無意識にリゼの声が漏れる。次いでクロの声に弾かれたように後ろへ振り返った。通路はいまだ薄暗く闇の奥は見通せない。けれども、洞窟内を反響する無数の足音が先にいる存在を暗示させる。

 背後の気配に気付いた剣士は既に武器を構え闇へ目を向けていた。

 

「後ろから来てる! 一匹じゃない。モンスターの群れだ」

 

 告げられたのは多数の怪物の来襲。ダンジョンで異変が起きているいま、相手をしている暇はない。だが────

 

「クロ、レイナ」

 

 リゼが硬い声で二人の名を呼ぶ。焦りと困惑が浮かぶその声音で二人は状況の変化を悟る。それも悪い方向に。

 

「前からも来てる。音が多すぎて数え切れない」

 

 もたらされた凶報は事態の深刻さを彼等に自覚させた。  

 ほぼ一本道の通路。前後から怪物の群れ。つまりは────逃げ場がない。

 

「ッ、リゼ、敵が来るまで後どれくらいある?」

 

 自分たちが置かれた状況を理解したクロは直ぐに行動を開始した。まずは残りの猶予を確認する。

 問われたリゼは視線を通路へ向けたまま答えを返す。

 

「たぶん五分もない」

 

「モンスターの種類は?」

 

「なんとか聞き取れたのはゴブリンとコボルト。けど他はダメ、分からない。後ろも同じ」

 

 クロは報告の内容を吟味する。自分たちの『ステイスタス』と実力ならゴブリンとコボルトを複数相手にしても余裕で対処できる。

 けれど今回は数が多すぎる。それに他のモンスターも混ざっている可能性が高い。

 

 掃討して進むのは難しい上に、手間取れば反対側から襲撃を受けることになる。狭い通路で怪物の群れに挟み撃ちなど自殺行為だ。早晩、押し潰される。

 

 となれば取れる策は一つ。

 

「レイナ、リゼ、聞いて。この先の左側に広間があったはず。そこで敵を迎え撃とう」

 

 クロは方針を決めると二人へ提案した。

 早急な突破が不可能である以上、迎撃するしかないが、ここでは挟撃される。

 ならば入り口が一方に限定される広間の方が戦い易い。

 

 説明を聞きリゼは頷くが、レイナは懸念を口した。

 

「けどクロ、あそこは入り口が一つしかありません。入ったらモンスターを倒さなければ出られないのですよ」

 

 確かに後ろを気にしなくて済むが、それは同時に逃げ場がないということ。自ら袋小路へ飛び入る行為だ。レイナが不安を覚えるのも当然といえる。

 

「そうだね、だけどそこならぼくもリゼも思いっきり戦える。何より勝機がある」

 

 そうしてクロは彼女へ真剣な顔を向けた。

 

「レイナ。きみがこの作戦の(かなめ)だ」

 

 かけられた言葉を理解するのにレイナは少しの間を要した。そして意味を把握すると小さく声を漏らした。

 

「わたしが……」

 

 レイナは固唾を飲む。自分が要と言われ、期待されて喜ぶより先に不安が押し寄せてきた。

 

 それは自分の肩に二人の命運がかかっているということ。失敗すれば二人を失う、考えただけで手が震える。

 

 彼女にとってそれは耐え難い恐怖だった。自分にとって二人は何者にも代えられない光だ。暖かくて優しい居場所をくれた恩人であり家族。それがレイナにとっての二人だった。

 

 だからこそ恐怖で足が竦んでしまう。

 

 そんな少女の手を暖かなものが包み込んだ。

 自分より一回り大きな手の感触に顔を上げれば、少年が蒼い目で少女を見つめていた。

 

「レイナなら出来る」

 

 不安を溶かすように優しくけれどはっきりと少年は断言した。レイナなら成し遂げられると少年は確信している。   

仲間のために立ち上がれる人間だと知っているのだから。

 

「レイナなら出来るよ。だから前は任せて。敵をきみに近づけさせたりしない」

 

「あたしもいるしね。一匹だって通してやんないよ」

 

 繰り返すようにクロが告げ、リゼも任せろとばかりに槍を振るう。

 

 『だからレイナも信じて、自分のことを』

 

 声なき励ましがレイナには確かに聞こえた気がした。

 それでもまだ不安はある。けれど二人は信じてくれている。

 

 ならそれに応えたい。

 

「わかりました。わたしも必ずふたりを守ります」

 

 自らを振るい立たせるようにレイナは宣言した。

 その目を見て二人もしっかりと頷いた。もう大丈夫だと。

 

「よし、じゃあ行こう。作戦は走りながら話す」

 

「うん、先導するね」

 

「はい、お願いします」

 

クロの号令にリゼとレイナがそれぞれ応え走り出す。

 

必ず生きて帰ると決意を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

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