ダンジョンに裏ボスが潜んでいるのは間違っているだろうか 作:蒼井千
正方形に開けた十数
クロは黒の戦闘服に青い軽鎧を纏い、手甲を着けている。武器は片手剣と投擲用の短剣が四本。
リゼは同じく戦闘服の上に赤い軽鎧と足には脚甲。得物は槍、予備に短剣が一振。
そしてレイナ。魔導士用の白のローブ。主武装の金属性の杖は魔法石が埋め込まれ先端が刃となった物。一応、短剣もあるがあくまでも護身用だ。
全員ここまで負傷もなく来れたため装備の損耗もない。ポーチの各種ポーションも手付かずのまま残っている。ほぼ万全の状態で挑めるのはありがたかった。
「レイナ、リゼ。準備はいい?」
「はい」
「こっちも大丈夫」
クロの確認にリゼとレイナが応える。二人とも問題なさそうだ。
それを見てクロは広間の中央へ立つ。リゼもその隣へ。最奥にはレイナが控える。
策は頭に入れた。後は実行するのみ。
そこへ地響きが近づく。地面を踏み荒らす無数の足音は徐々に大きくなり、獣の唸りと叫びが混ざりだす。付随するのは獣臭と血錆の匂い。
接近する気配に三人は武器を握り直す。
緊張に渇く喉を自覚しつつも無視。ここからが本番だと気を引き締める。
「リゼ、全力でいくよ」
「うん!」
前衛の二人が声を掛け合った時、それは姿を現した。
暗緑色の肌に醜悪な容貌。『ゴブリン』。
迷宮内でも最弱のモンスター。普段であれば取るに足らない雑兵もいいところだろう。
だが、入り口から覗く光景に三人は息を呑んだ。
前の者を押し退けるように我先にと怪物たちが殺到していた。『ゴブリン』だけではない、『コボルト』に大きな単眼を血走らせた蛙『フロッグ・シューター』、全身が影の様に黒い人型の『ウォーシャドウ』。
そしてその奥に覗く赤黒い外骨殻。この階層に本来いないはずのモンスター、『新米殺し』の異名を持つ『キラーアント』。
それらが群れをなして雪崩れ込み殺意を叩きつけてくる。
それが開戦の合図となった。
「【クリアヴォルト】!」
蒼い光が閃く。
鋭角な線条を描き先団に到達した瞬間、寒気宿す冷光が炸裂した。
たった一言で放たれた魔法。
【クリアヴォルト】それこそクロが持つ魔法の名。
手や武器から凍てつく
雷速の冷気は先頭のモンスターを撃ち抜き氷像に変えると、雷撃が迸り体を粉々に砕け散らせる。それを皮切りにして次々と氷雷はモンスター達を貫いていく。
魔法の常識を置き去りとする詠唱なき奇跡。
不可避の速度で対象を捕らえ、防がれようと凍てつく冷気と雷が行動を封じる無慈悲な宣告。
まだ息のあるモンスターたちは動きを鈍らせ、押し寄せる後続を塞き止めた。
それを見て狼人の少女が前に踏み出し、
「【
短く紡がれた言葉を火種に炎が呼び込まれ、紅き炎が少女を着飾り
「やあああああああああああッ!!」
鬨の声を上げリゼは突撃を敢行する。
氷ついたゴブリンを踏み越えてきたフロッグ・シューターの一つ目を炎槍が刺し貫く。串刺しにされ焼かれるモンスターをそのままに槍を持ち上げると下段に叩きつけた。直後、轟音と共に大地が揺れる。フロッグ・シューターを鎚代わりにした殴打は周囲のモンスターをまとめて潰し焼き尽くす。
【フラムベルジュ】
リゼが誇る炎の
槍が振るわれる度、モンスターは次々と火達磨と化し息絶えていく。
しかし、さすがに数が多過ぎる。抜け出したキラーアント焼けるのも厭わず爪を振り下ろす。リゼは回避し事なきを得たが、キラーアントは続けて攻撃しようと爪を振るう。
だが、爪がリゼに届くことはなく空しく空を切る。当然だ、腕の先の爪は既に焼け落ちていたのだから。
肉体の異常に気づき呆然と腕を見るキラーアント。その隙を見逃さずリゼは槍で打ち払った。転倒しそれでも立ち上がろうとしたキラーアントの頭部を、炎を纏った脚は堅牢な外骨格ごと枯れ木のように踏み砕く。本来なら堅牢なはずの外骨格はその用をなしていなかった。
彼女の炎はただ焼くのではない、触れたもの蝕み損傷を加速させる
『
傷を増やし出血を強いる炎の爪牙こそが彼女の魔法。
そこに『スキル』による強化が上乗せされることにより敵を噛み砕く
槍を振るう度、モンスターの体が千切れ飛ぶ。
ゴブリンの頭を殴り砕き、コボルトの心臓を貫き、ウォーシャドウを影ごと焼き殺す。まさしく蹂躙と言うべき様相。しかし────
「ああもう! キリがない!」
モンスターの波は収まらない。
既に三十は討ち取ったというのに一向に減る様子がない。それどころか戦闘開始時より数は増え勢いも増してすらいた。
これだけ同胞がやられれば、モンスターといえど怯むはずだ。だが、モンスターたちはより必死の形相で襲いかかってくる。
まるで何かに追い立てられ蜘蛛の糸に群がるかのような様に、リゼは恐怖を抱く。
それでも応戦するが抑えきれるような数ではなかった。どうしても取りこぼしが出てしまう。
まさに今、彼女の防衛線を抜け出したコボルトたちがいた。
数にして十匹の群れ。半開きの口から血の混じる涎を溢しながら広間の最奥を目指し駆けてくいく。
だが、前衛はリゼだけではない。
「【クリアヴォルト】」
静かに紡がれた言葉。
それを引き金に放たれた魔法はコボルトを襲う。雷鳴の唸りが肉を裂き、半数を瞬く間に灰へと変える。
そして閃光に足が止まった残敵へ黒髪の剣士が斬りかかった。もっとも手前の一匹に近づき首をはねる。
次に標的としたのは奥の二匹。視界を取り戻しかけていたコボルトたちを刺突で仕留めると即座に反転、残りを背後から斬り伏せた。
手間取ることなくモンスターを殲滅させたクロは、剣の血を払い次に備える。
リゼが十全に戦えるようクロは背後で遊撃と支援に徹していた。彼女の魔法は強力だが効果範囲は広くない。加えて近づけば味方にも被害が及ぶ。
クロならそれらを踏まえて戦闘を行えた。
リゼの範囲外で控えあぶれたモンスターを確実に処理していく。
炎の側であれば魔法で、接近してくれば剣で。
中近距離に対応出来る少年は遊撃として適役だった。
冷静に淡々と己が役目をこなしていく。
普段の無邪気さは鳴りを潜め、冷たさすら覚える有り様は少年が戦闘に集中している証。
前線で暴れる少女とは対照的な姿。
リゼが力強く猛々しい業火のような戦い方なのに対して少年は静寂。
立ち位置を定め、一線を越えた者を血に沈めると静かに定位置に戻る。騒乱の渦中に剣の清音が駆ける度、沈黙が騒音を掻き消す。
二人の活躍により一匹、また一匹と着実にモンスターの屍を積み重ねていく。灰から零れ落ちた魔石が辺り一帯に無造作に転がる。
数えるのも馬鹿らしい数。それがどれだけの怪物を倒したかを物語る。
だというのに、視界からモンスターが消えない、いなくならない。
「しつこいなあ、いい加減にしてよ!」
ウォーシャドウの魔石を破壊しながらリゼが悪態をつく。少女の顔には拭いきれない疲労が浮かんでいた。
戦い始めから前線を支え続けているのだ。いくら体力に自信があるリゼでも無尽蔵に動けるわけがない。体力が消耗すれば必然、動きは鈍っていく。
現に彼女は少なくない傷を負っている。打撲に擦過傷。左脚の脚甲は破損し、服も食い千切られたのか右袖が消失している。
このままではいずれ崩れる。
「リゼ! 下がって!」
そう判断したクロは後退を指示すると駆け出した。入れ違うようにリゼが槍を横薙ぎ、モンスターを吹き飛ばし下がってくる。
「前はぼくが抑える。それまで回復とレイナをお願い」
「任せて!」
声を交わし少年は魔法で牽制しつつモンスターへ切り込んだ。氷ついたフロッグ・シューターを足場に跳び、雷撃に麻痺するウォーシャドウを仕留める。
モンスターも黙ってはいない。硬直から復帰すると獲物を喰い殺そうと襲いかかる。目前に迫る爪をクロは剣で切り落とし後方へ跳びと再び【クリアヴォルト】で動きを阻害。氷ついたモンスターを壁にして囲まれないよう立ち回り、首を落としていく。
少年にリゼのような戦い方はできない。乱戦に有効な魔法もないクロは技と戦法でモンスターを翻弄する。動きを止め、間隙を作り、一対多の状況に持ち込ませない。そうしてクロは防衛線を維持していた。だが────
〝そろそろまずい〟
冷静な思考が風向きの悪さを訴える。
倒した数は優に百を越えた。体力は削られ魔法の連続行使で精神力も底が見え始めている。
なのに怪物たちの底は見えない。『怪物の宴』だと仮定してもこんなのは異常だ。階層中のモンスターが集ってきているかと錯覚しそうになる。
クロたちは知る由もないことだが、その所感はあながち間違っていなかった。
違うのは理由。
モンスターたちは集まっているのではない。とある怪物から逃げてきたということ。そして今も追い立てられているということは、その脅威が迫っているということであり。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
この場に到来するということに他ならない。
雄叫びが轟いた。狂える猛失の咆哮が。
それを耳にした瞬間、先の喧騒が嘘のように引いていく。ひとも怪物もすべからく戦慄が支配する。
「なんでここに……」
静まり返った空間に、クロの声だけ取り残され反響した。
牛頭人躯の怪物。『ミノタウロス』
いま、迷宮の悪意が牙を剥く。
【フラムベルジュ】
◈付与魔法
◈炎属性
◈
◈灼烈鍵:【猛哮】