つまり、冗談に見えた「サンズの量子力学の本」は、彼が繰り返し読み込んだものであるとわかるのです。
サンズとパピルスの家には、リビングにジョークの本がある。
それを開くと量子力学の本が出てくるが、その中にはジョークの本があり、その中にはさらに量子力学の本が────あなたはそれ以上中を見るのをやめた。
あなたは、その本を、振ったり、ひっくり返したりしてみた。何も起きなかった。
サンズがそれを見て「なんだガキンチョ、コメディアン志望か?」と、ひょいっとその本を取り上げた。
あなたはサンズに、「量子力学とは何か教えてほしい」と伝えた。サンズは笑って「難しくて意味がわからねえって意味さ」と答えた。
あなたはサンズにもう一度、「量子力学とは何か教えてほしい」と伝えた。
サンズは「最高の子守唄だな。秒速で寝れる」と答えた。
あなたは少し考えて、サンズに「量子力学のどこが好きか教えてほしい」と伝えた。
サンズはテレビのリモコンを弄って「めんどくさがりのオイラが、そんな面倒な本が好きだと思うのか?」と肩をすくめた。
あなたは、サンズに「好きなものと嫌いなものは一緒にしないものだ」と伝えた。
サンズは驚きに見開き目を丸くしたと思うと、片目をすがめて「なかなか鋭いとこつくじゃねえか、ガキんちょ」とあなたの頭を撫でた。あなたは嬉しそうだ。
「そうだなぁ……」
サンズはテレビを切って、少し考えるそぶりをした。
あなたはじっと待ってみた。
サンズは台所の方に視線をやった。パピルスがルンルンと歌いながらスパゲッティを作っている。
「じゃあ、ちょ
スパゲッティができるまで、まだ時間がかかりそうだ。
【サンズと量子力学とあなたの話】
「この本には、
サンズはソファーに沈み込んで、あなたの頭を撫でた。
「不思議といっても、『もふもふうさちゃん』みたいなファンタジーじゃない。物語でも魔法でもないこと。宇宙とか、世界とか、時間について書かれてんのさ」
ひとことで言やぁ、ロマンだな。
サンズは肩をすくめたが、ジョークを言う時よりずっと柔らかで楽しげな仕草だった。
「と言っても、その本に書いてあるのは長ったらしい数式だけさ。宇宙はどんなもので出来てるのか、星はどうやって生まれたのか、宇宙まで行かずに実験と数式だけで証明してみせようってわけさ」
ガキの頃のオイラは、そういうもんを考えんのは嫌いじゃなかった。
サンズは、そう締めくくると
「ほら、もう充分ちょ
と台所の方を指す。
「たとえば、お前さんがアイツのスペシャルなスパゲッティに骨抜きにされちまう前に、……あー、スパゲッティから骨を抜くとか」
そう言って、骨入りの謎の鍋と化しているパピルスの料理風景を指した。
だが、あなたはそこに入るのは恐ろしすぎたので、首を横に振って、その本を指さした。
「なに? もっと詳しく知りたい? 物好きだな」
サンズは苦笑した。
サンズは、部屋の隅で犬に置き去りにされたボールを、ひょいっと重力操作で手元にやった。
「たとえば、だ。ここに小さなボールがあるだろ? コイツは半分に割ろうとしたら破裂しちまうな。だから絶対に一個だ」
サンズは、手に浮かべたボールを、ひょいっと投げた。
青い重力で、ボールは勢いよく壁にぶつかる。
犬に遊ばれて汚れていたのか、壁には丸い跡がボールひとつ分。
「ボールを一個投げたら、一個分の跡が残る、これは当たり前。だがこのボールを、目に見えねえくらい、うーんと小さく小さく小さくして、同じことをすると……なぜか、跡が二つになるのさ」
あなたは、目を丸くして、きょとんとした。
ボールを一個投げたら、壁に跡が二つ。
まるでなぞなぞのようだった。
あなたは「手品?」と尋ねた。サンズは笑った。
「そう、まるで手品だな。でもな、こいつの『タネ』が、未だに誰にも分からねえのさ」
1805年、トーマス・ヤングの二重スリット実験。1961年、クラウス・イェンソンによる初回実験。1974年、ピエール・ジョルジョ・メルリによる追試実験。
サンズは、あなたの知らない名前をするする挙げながら、あなたが生まれるより前の科学者の実験を挙げた。
「実験上は間違いないんだ。だが、『タネ』だけが分からねえのさ。さて、お前さんは、なぜ跡が二つだと思う?」
サンズに問いかけられて、あなたは首を捻った。なぞなぞやパズルみたいで面白かった。
「そうだな、せっかくの楽しいクイズだ。答えるチャンスは一回だけにしようぜ。ズルは無しだ。いいか?」
あなたは、ニコニコと頷いた。
サンズは「いい子だ」と微笑んだ。
「ヒントだ。このボールはな、誰かが観察してると、投げても跡が一個しか付かねえのさ。けど、そう、たとえば途中を箱で覆って
さあ、アンタは、なぜだと思う?
✳︎ あなたは、こたえた。
♡「誰かがこっそりもう一個ボールを投げた」
♡「ボールが分裂した」
◇ ◇ ◇
✳︎ あなたは「誰かがこっそりもう一個ボールを投げた」と答えた。
サンズは「悪くねえ着眼点だ、才能あるぜ」と褒めた。あなたは嬉しくなった。
「さて、じゃあ次の問題だ。『誰か』ってのは誰だろうな? ああ、真面目に聞いてるんだぜ? この家にはオイラとパピルスとお前さん。ボールを投げたのはオイラと──もうひとりは?」
あなたは、首を捻って、考え込んだ。
✳︎ あなたは、こたえた。
♡「ゴースト」
♡「犬」
♡「もう一人のサンズ」
◇ ◇ ◇
✳︎ あなたは、「ゴースト」と答えた。
サンズは吹き出した。
「面白い発想だが、あいにく
サンズは肩をすくめた。
「じゃあ、特別チャンスだ。もう一回だけ答えさせてやるよ」
✳︎あなたは、もう一度考え込んだ。
♡「犬」
♡「もう一人のサンズ」
◇ ◇ ◇
✳︎ あなたは、「犬」と答えた。
サンズは肩をすくめてウインクした。
「残念だが、
サンズは肩をすくめた。
「じゃあ、本当にラストチャンスだ。もう一回だけ答えさせてやるよ」
✳︎ あなたは、もう一度考え込んだ。
♡「ゴースト」
♡「もう一人のサンズ」
◇ ◇ ◇
あなたはふと閃いて、「!」と顔を輝かせた。
あなたはつま先立ちして、閃いたことをサンズに耳打ちした。
✳︎ あなたは「もう一人のサンズ」と答えてみることにした。
サンズは、目を見開いた。
「…………へえ? もう一人のオイラ、か。なかなか鋭いじゃねえか、ガキンチョ」
一瞬、サンズの声が冷たくなった気がしたが、気のせいだったかもしれない。
サンズは、あなたの頭を撫でた。褒められて、あなたは嬉しくなった。
「そう、仮説の一つは、『別世界の
こんなふうに、この世界と別の世界は、観測できない穴であちこちで繋がっていて、その穴を通り抜けられる物質がある、って仮説がある。
サンズはそう、解説を結んで、
「そうだな、
サンズは、パタン、と本を閉じた。
同時に、パピルスの声が「ニャハハハハハ! スパゲッティできたよー!!!!」とキーンと響き渡った。
「そら、オイラのリアルスターからお呼びだ。行こうぜ、ガキンチョ。まあ、味は……骨は拾ってやるさ」
それからは、あなたがいくら訊ねても、サンズはあの本の話はしなかった。
✳︎ あなたは不意に、もうひとつの答えの結果がどうしても知りたくなった。
✳︎サンズはラストチャンスだと言っていたが、もう一回だけ答えてみたくなった。
✳︎ 好奇心にしたがう?
♡「はい」 「いいえ」
◇ ◇ ◇
あなたはふと閃いて、「!」と顔を輝かせた。
あなたはつま先立ちして、閃いたことをサンズに耳打ちした。
✳︎ あなたは「ボールが分裂した」とサンズに伝えた。
「ほう? 魔法でこっそりボールが分裂して、また元に戻った? なかなか鋭いじゃねえか、ガキンチョ。才能あるぜ」
サンズに褒められて、あなたは嬉しくなった。
「そう、仮説の一つは、『分裂しないはずの
あなたは、なんだかワクワクしてきた。
サンズは、ふっと
「だから、科学者はこう結論づけたのさ。魔力を持たない、魔法を使えないはずの誰か────そう、たとえば、ニンゲン。ニンゲンは、ただ『
ゾワッ、とあなたの背中を、なぜか急に冷たい何かが這い寄った。
「コイツを観測者効果、という。────昔、この結果を引き起こすニンゲンの『何か』を調べ尽くした科学者がいた。アルフィーの前任、王国研究者の、ガスターという男だ。これを引き起こすニンゲンの力を、ガスターは『ケツイ』と名付けた……」
スリッパを履いているはずの足音が、コツ、コツ、と固く響き、ゆっくりと近付いてくる。
普段なら、サンズがその重い足音を「骨だけに」などと茶化すのに、サンズは一向に茶化さなかった。
「ニンゲンは、モンスターよりはるかに強い『ケツイ』を持っていて────ただ
地上の科学者が『観測者効果』を証明できなかったのは、ニンゲンとモンスターで異なる実験結果が出ると知らなかったからだ。
サンズはそう、淡々と結んだ。
「なら、次に調べるのは、ニンゲンの『観測者効果』が、何をどこまで弄れるのか、だ。結果は、『全て』だった。特に顕著だったのは、時空間における第四要素────時間、だった」
サンズが、あなたの頭を撫で──いや、わしづかんだ。
「ダメだぜ、
✳︎ あなたは、急に恐ろしくなって、電源を落とした。目の前が、真っ暗になった。
[chapter:サンズと量子力学と
◇ ◇ ◇
✳︎ サンズの家には、ジョークの本がある。あなたはそれを────調べなかった。
背後でサンズが、少し遠くからあなたを見ていた。
「そうそう、人の好きな
パタン、とサンズの部屋のドアが閉まった。
✳︎ かぎが かかっている。