【嘘つき協奏曲~地底より愛を込めて】
何もかも順調な、暖かな日だった。
地上に移転する準備がほとんど終わった王立研究所、通称「Lab」に、珍しい客がやってきた。
モンスターとニンゲンのセカイの架け橋となった親善大使、フリスクだった。
「よ、よくきたわね! お、お茶、お茶どこだったかしら…!?」
アルフィーは慌ててデスクの資料をひっくり返し、蹴つまづいて床にべちゃりと潰れた。
ただでさえ雑多だった研究所は、移転準備でさらにぐちゃぐちゃになっている。フリスクは、いつもと同じ少し読み取りにくいほのかな笑顔のまま、転んだアルフィーに慌てて首を横に振った。お茶は不要ということらしい。いい大人が子どもに気を使わせてしまった。泣きたい。
「ご、ごめんなさいね、移転の準備はほとんど終わったんだけど、し、私物の整理がまだで散らかってて……それにミュウミュウのビデオに傷とか付いたら困、あっ、そんなことどうでもいいよね! どうしたの?」
脱線しそうになった話を軌道修正して、ちょこんと向かいの椅子に座ったフリスクを見る。
フリスクは、少し困ったように首を傾げながら、アルフィーに聞きたいことがあって来た、と伝えてきた。
親善大使としての活動の一環かと思ったが、そういう場合はきちんと事前にオファーがあるので、個人的な用事なのだろう。
「わ、わたしに? なにかしら、わたしに答えられるようなことならいいけど……あっ、もしかして、この前オススメしたミュウミュウの続き、見たくなった!?」
アルフィーは布教チャンスの到来にソワソワしたが、フリスクは首をふるふると横に振った。残念だが、違うらしい。
フリスクは、少し困ったように、しばらく言い淀んでいたが、スッと顔を上げると、まっすぐアルフィーを見た。
サンズとアルフィーは昔から仲良しなんだよね。ナイショにした方がいい?
その質問は、予想のどれとも違って、アルフィーはソウルが口から飛び出そうになった。
椅子から転げ落ちたアルフィーに、フリスクが、あわわ、と心配げに駆け寄った。
フリスクは困ったように、やっぱり、聞かれたくないことだった? と気遣うような視線を向けた。
こんな態度ではどう見ても肯定に違いなかったが、差し出された小さな手に、アルフィーは「だ、大丈夫…」と答え、滝のような汗で、ずり落ちた眼鏡を引き上げながら、「ど、どうしてそう思ったの?
フリスクは首を横に振って、ゆっくりと、ポツポツと語った。
地下世界に落ちてきたばかりの頃のことを。
トリエルから、外に出れば王様に殺されると聞き、遺跡を出てからずっと怖くて警戒していたこと。
だから、遺跡の出口に仕掛けられた隠しカメラに、すぐ気付いたこと。
サンズが現れたこと。ブービークッションに引っかかって緊張がほどけたこと。初めて会った遺跡の外のモンスターのサンズが好意的で、とても安心したこと。
ここまでは、アルフィーも知っている話だった。なにせ、低木の茂みに隠したその監視カメラのドアップの顔の映像に度肝を抜かれ、慌てて『ニンゲンの出現』をサンズに伝えたのは、アルフィーだからだ。スノーフルに仕掛けられた他の八個の監視カメラには、気付かなかったようだが。
フリスクはとつとつと言葉を繋いだ。
サンズが見張り小屋の仕事をさぼりがちなのは本人やパピルスから聞いたが、でも、サンズが現れた場所は見張り小屋よりずっと手前で、現れるのが早すぎると気付いたこと。だから隠しカメラを仕掛けたのはサンズだと考えたこと。
だから、サンズがサボりがちなのは表面だけで、監視カメラでずっと入念に監視していたのを、隠しているだけだと気付いたこと。
そのフリスクの言葉は、誰を責めるようなこともない、ほんとうにただ、パズルを解くような、シンプルなものだった。
だから逆に、アルフィーは滝のように汗がぶわっと出た。それは、つまり。
「そ、それに気付いたのは……いつ……?」
フリスクは答えた。スノーフルでパピルスにあってすぐ、と。
アルフィーは青くなった。なんということだろう、この子は、最初からサンズの嘘に気付いていた? 他の九個の監視カメラを探す様子がないから、サンズをまったく警戒していないものだと思っていた。アルフィーは見立てが的外れだったと知って蒼白になった。
フリスクは続けた。
やがて、この国にとってバリアを破るのがどれほど重要か、ニンゲンを捕まえる仕事がどれほど重大か知ったこと。
そんな重要な仕事を、さぼりがちなサンズに任せて誰も本気で咎めないのはおかしいとすぐわかったこと。
ホットランドまでたどり着いて、このラボの自分が映った監視カメラを目撃して、謎が氷解したこと。
サンズはグリルビースの人気者で、ホテルでもお笑いの公演をしていて、他にもいくつも見張りの仕事を掛け持ちしていて、四六時中監視カメラを見張っている時間はないと気付いたこと。だが、ニンゲンが現れないか見張るのは、とてもとても重要な仕事のはずだと考えたこと。
ということは、監視カメラで見張っていたのは別のモンスターで、そのモンスターがサンズに教え、サンズが「近道」で急行したのだと気付いたこと。そう考えるとサンズ以上に見張りの適任はいないし、協力者がアルフィーだと気付くのは簡単だったことを言い添えた。
何もかもバレていたのだ。
青くなったアルフィーをよそに、フリスクは淡々と続けた。その口調は、穏やかなくらいだった。
そういえば、スノーフルの防衛装置は、アルフィー製だとパピルスが言っていたのを思い出したこと。
パピルスがアルフィーを「アンダーネットで出会ったアンダインの友達で、まだ会ったことはない」と話すのを聞いて、アルフィーがあそこに防衛装置を設置したのはアンダインの友達だからだけでなく、サンズの弟と知っていたから、より協力的で親切だったのではないかと思ったこと。
もしかしたら、弟を想ったサンズの優しい頼みですらあったのかもしれない、と。
アルフィーは、ごくんと生唾を飲み込んだ。
「し、知らなかった……フリスク、あなた、とても……とても頭が良いのね……」
アルフィーは、幼い子供だと侮っていた驕りを突きつけられたような思いだった。震えを抑えながらそう返事をしたアルフィーに、フリスクは、きょとん、として苦笑した。
フリスクは、首を横に振った。自分はおっちょこちょいで、ちょっぴりアホだと思う、と言い添えた。
確かに、フリスクは弾幕を避けるのが下手で(何度もうっかり自分から突撃していた)、パズルを解くのだって上手じゃなかった(困って手当たり次第にボタンを押していた)。
誰にでも友好的で優しく、心の強さが際立つが、頭脳は年齢相応の子どもだと、アルフィーは思っていた。
そう、だから、メタトンに「台本」をお願いしたのだ。アルフィーが子どもに協力し、メタトンに「敵」をお願いする芝居の「台本」を。
アルフィーは震え上がった。どうしてこんなに聡い子供に、あんな芝居をしようなんて思ったんだろう。
それでは、この子は、アルフィーがした穴だらけの「芝居」に、とっくに気付いていたのではないか。そういえば、アルフィーが青とオレンジのレーザーの指示を間違ったとき、この子は怪我ひとつせずに突破した。まるで、アルフィーが「間違い」を教えるかもしれないと、知ってたみたいに────。
血の気が引いたアルフィーに、フリスクは、困ったように首を傾げて、ゆっくりとアルフィーの名前を二度呼んだ。
「だいじょうぶ?」と、聞いているだけ落ち着くような、優しくまろやかな呼びかけだった。
アルフィーはハッとして、震えている場合ではないと気付いた。
「ご、ごめんなさいフリスク…わ、わたし、アナタにたくさんウソを……」
「……?」
フリスクは首を傾げて、目をパチパチしたと思うと、怒ってないよ、と声にした。
ありがとう、アルフィー。とフリスクは続けた。アルフィーは「え…? な、なにが?」と尋ねた。フリスクは答えた。
ともだちになろうとしてくれて、ありがとう。
アルフィーのウソがあったから、アルフィーやメタトンと、ともだちになれた。と。
アルフィーは、その言葉に。
どうしようもなく、胸を打たれた。
「っ……」
アマルガムの実験に失敗してから、アルフィーの日々は恐怖とウソとごまかしだらけだった。
今、こうして、ウソをやめることができたのは、すべて支えてくれる友人たちのおかげだった。フリスクとアンダインとパピルスが、あのウソで塗り固めたドアから連れ出してくれた。
(ああ…)
アルフィーは、思い違いに気付いた。
ちがう、この子の頭が良いのではない。
子どもはみんな、大人のウソを見抜くのだ。
アルフィーは、長い引きこもり生活で、そんな当たり前のことを忘れてしまっていたのだ。
嘘で塗り固めた毎日の中で、アニメのフィクションだけがアルフィーの安らぎだった。
とっくにおかしくなっていたのだ。自分で作った台本で、テレビの中の登場人物に自分も入ろうなんて、そんなことのために幼い子どもを攻撃できるくらい。
そんなアルフィーの身勝手のために、メタトンに嘘を吐かせ、子どもの味方のふりをして、たくさん攻撃させた。わたしはいつだって卑怯者だった。
「……ごめんなさい……」
アルフィーは、自分のしたことに顔を覆った。
フリスクは、慌てた。だいじょうぶだよ、おこってないよ、と。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
怖かっただろう。恐ろしかっただろう。
王にいずれ殺される命だからと、まるで子どもをフィクションのように見ていた。そんなはずがなかったのに。
泣き崩れたアルフィーに、フリスクは慌てて、何度も何度も「こわくないよ」と言った。
繰り返し謝るアルフィーに、こわくない、こわくないよ、と、慌てたフリスクは繰り返した。
ああ、ほら。わたしと違ってウソが下手な子どもが、口を滑らせた。
こわくない、
◇ ◇ ◇
たくさん泣いて、たくさん謝って、べしょべしょになったアルフィーが冷静になったのは、もう地上では陽が傾く頃だった。
今はトリエルと共に地上にいる幼いフリスクに、夜道を歩かせるのはマズイ。アルフィーは慌てた。
「たいへん…!」
フリスクは、にこりと笑って、だいじょうぶ、と携帯を取り出した。
心配性のトリエルママに電話するのだろう。今から帰るとフリスクが通話している間に、アルフィーはようやく冷静になった。
(ど、どどど、どうしよう……わたしが地上まで送ってあげられればいいけど、わたしはフリスクと
頭を抱えて無駄にウロウロしたアルフィーは、ふと。
冷蔵庫の向こうの扉の奥に、影がさしているのに、気付いた。
(……!)
そうだ、フリスクは最初に、何を自分に聞きに来たと言っていただろう。
そう、そうだ、途中からすっかり自分の過去の過ちに気を取られて、フリスクの話を遮ってしまった。
そうだ、最初、フリスクは────。
サンズとアルフィーは昔から仲良しなんだよね。ナイショにした方がいい?
ピッ、と電話を切ったフリスクに、アルフィーは
考えて考えて考えて。
ごくん、と唾を飲み込んで、おそるおそる尋ねた。
「ねえ、フリスク。あなたがどうして、その……わたしとサンズが知り合いかもしれないと思ったのかは、よく分かったわ。じゃあ、どうしてそれを、『ナイショにした方がいいかも』と思ったの? フリスクは、それをわたしに聞きに来たのよね?」
アルフィーは、静まり返ったラボに、ゆっくりと響くように。
慎重に、言葉を選んで、尋ねた。
フリスクは、きょとんと振り返って、小首を傾げ、にこりと微笑んだ。
それは、アルフィーがサンズとの関係をパピルスに聞かれて言葉に詰まったとき
すかさずサンズが「オイラのことはみんな知ってるさ」と助け舟を出したからだという。
最初は、地上に出れるという祝杯ムードに水を差さないための、サンズの優しさだと思ったこと。
サンズがニンゲンを監視していたのも、アルフィーが協力者だったのも、フリスクはずっと前から知っている。
でも、それを今ここで話しても、誰もきっと楽しくないから、優しくごまかしてくれたのかな、と思ったと。
でも、地上に出て落ち着いた頃、ふと気付いた。
それだけなら、サンズとアルフィーが知り合いなのを、アルフィーと友達になりたがっていたパピルスに長らく隠す必要がないことに。
だから、何か、別に事情があるのかな、と思ったのだという。
サンズは優しいから、サンズの嘘はいつも優しいから。
理由はわからないが、きっとほんとうのことは、ナイショにした方がいいのだと思ったのだという。
フリスクは、小首を傾げて、ことり、と困ったようにアルフィーを見た。
でも、それをサンズに伝えるべきか
それとも、気付かなかったふりをした方がいいのか
どちらの方が、
分からなかったから、アルフィーに聞いてみようと思ったのだという。
めいわくだったかな、と眉を落としたフリスクに
アルフィーは、つい口を挟みがちな自分の口をじっと固く結んで。
慎重に、慎重に耳を傾けて。
フリスクが話し切った、その言葉に。とても深い感慨を、覚えた。
「
ウソも隠しごとも気付かないふりも、いつだって優しい。
自分を守る卑怯な嘘しか吐いて来なかったアルフィーとは、見たくないものを見ようとしなかったアルフィーとは、こんなにも違う。
「その、フリスク。違うのよ、ぜんぜん、そう、ぜんぜん! 迷惑じゃないわ。あなたが一生懸命考えて、聴きに来てくれて、嬉しい。でも、その、訊かれたことには、その……うまく言えないの、ごめんなさい」
頭を下げたアルフィーに、フリスクは慌てて両手と首をぶんぶん振った。
アルフィーは、物音ひとつしない静かなラボで、一生懸命、一生懸命、考えた言葉を、贈った。
静かなラボに、響くように。
「
フリスクは、アルフィーの言葉に目を丸くして、はにかんだように微笑んだ。
フリスクが去った、自動扉のこちら側で。
アルフィーは、ゆっくり振り返った。
冷蔵庫の向こうの扉から、ピンクのスリッパがはみ出している。
小脇にポペトチッスプを抱えたサンズが、のっそりと顔を出した。
「……よっ!」
軽快に片手を上げたサンズが、いつもと同じ、あの明るい笑みでアルフィーにそう声を掛けた。
見ているこちらまで明るくなるような軽やかさだった。アルフィーは笑い返そうとして、さっきまで泣いて泣いて顔がガビガビになっていることに気付いた。慌てて顔を拭おうとしたら、上からふわりとタオルが降ってきた。
「あー、ポペトチッスプが食いたくてさ。つまみ食いしてたら汚れたから勝手にタオル借りたぜ、めんどくさがりのオイラの代わりに仕舞っといてくれよ」
アルフィーの頭を優しく覆った清潔なタオルに、アルフィーは俯いて、タオルの両端をぎゅっと握った。
泣き顔を優しく隠してくれたタオルは、もちろん汚れひとつない。
「ふ、ふふ、またポペト? 地上には、美味しいものがいっぱいあるのに!」
たまーにジャンクなものが食いたくなるんだよ。とサンズはうそぶいた。
優しいひとたちだった。
ウソだらけの、優しいひとたちだった。
親善大使として一生懸命に日々を走っているフリスクだが、ニンゲンとモンスターの間にはまだ問題も多い。
彼がこっそり付いているなら夜道もひと安心だ。アルフィーは地上までフリスクを送ってやるわけにいかない事情があるから、本当に良かった。
サンズは、「あー……」とポリポリ肩を掻いて、がらんとした研究所を見回した。
「そういや、引っ越し先は、もう決まったか?」
「ええ。アンダインと相談して決めたの。海辺の静かな町よ」
「そりゃいい、最高だ。そう、なにせ……家が燃えてもすぐ消せるからな」
ウィンクしたサンズに、アルフィーは笑い声を上げた。
アマルガムを生み出した責任を問われ、アルフィーは王宮科学者の地位を追われることになった。
政治へ戻ったトリエル王妃のひと声で、アルフィーはクビになった。
当然だった。アルフィーがしでかした失敗は、何も解決していない。王家は、アマルガム化したモンスターが生活に戻れるよう何とか苦心しているが、根本的な問題が解決しなくては軋轢は解消されないままだった。
アルフィーはクビになった。同時に、抱え切れない重責から解放され、全てから離れた休息を許された。
その全てが、アズゴア・トリエル両陛下の計らいだった。アルフィーはアズゴアから、気付いてやれなくてすまなかったと謝罪され、「このままゆっくり休んでいいんだよ」と優しく抱きしめられた。
何年ぶりか思い出せないほどの休息をしばらく取った後、アルフィーは外には小鳥がさえずること、花が咲き乱れていることを思い出した。深海から顔を出したような目覚めだった。
アルフィーは再び人目を避けて王宮に登上した。
アルフィーは、この先の人生を、アマルガムの問題を少しでも解決するための研究に費やすと決めた。
『ほんとうに、いいのかい?』
アズゴア王は、そうアルフィーに声を掛けてくれた。アルフィーは、震える両手をぎゅっと握りしめて、まっすぐ王を見上げた。
『はい』
アルフィーはもう、隣にいてくれる
謁見室まで密かに手引きしてくれたのは、隣にいるアンダインだった。槍を手に跪いたまま、じっとしていたアンダインが、カツン、と武器を置き、両陛下に平伏した。
アンダインは、惚れ惚れするような凛々しい片膝立ちで、深く深く両陛下に頭を下げた。
『
アンダインは、ロイヤル・ガードの隊長という輝かしい地位を辞する意だった。
『訳を訊いてもいいかい?』
アルフィーの隣に並ぶアンダインに、アズゴアが、とても穏やかにそう声を掛けた。
まるで自分の子どもに向けるような、何もかも分かっている優しい眼だった。
アンダインは、拳を地に付いたまま、まっすぐ顔を上げた。
『いかに
謁見室に降り注ぐ地上の陽射しが、アンダインの決意を照らしていた。
アルフィーがこれから往くのは、日陰の道だ。
アマルガムの研究は、王家が被害者の救済のために力を注ぐべき案件でもある。だから王家はアルフィーを密かに金銭的に支援するが、成果の全ては生涯決して表沙汰になることはない。アルフィーが科学者として名を残すことは二度とない。
王宮を追われたことになっているアルフィーの隣に、王家直属のロイヤルガードの隊長が立つのは公私ともに障りがある。
これからニンゲンのセカイと外交を行うのだ、代表となる隊長がアンダインのままでは、日陰を往くアルフィーに余計な注目が行く。
アズゴアの目が、優しく細まった。
アンダインは幼い頃からアズゴアに師事している。その関係性は、師弟以上に父親のようだった。アズゴアは全てのモンスターに優しく、誰に対しても父だった。
アズゴアは王座を降りて、金色の花の咲き誇る地面を、ゆっくりと歩み寄った。
アンダイン、そしてアルフィーの肩に手を置いた王は、王に似つかわしくない優しげな微笑みで、「大きくなったねえ」と深く感慨した。
『ロイヤル・ガード隊長、アンダインに命じる。すべてのモンスターの幸せがわたしの望みだ。……必ず幸せにおなり』
◇ ◇ ◇
多くの優しさに支えられ、今アルフィーはここにいる。
取り返しのつかないことをたくさんした。だが、後悔して目を塞いでいるばかりでは、何も未来は変わらない。
アルフィーがこれから進むのは、償いの道だ。
だが、王の最後の命を叶えるには、それだけではダメなのだと、アンダインが教えてくれた。わたしは独りじゃない。
「だから、だいじょうぶよ」
「ソイツは良かった。そう、目標も大事だが、それだけだと疲れちまうぜ。ほどほどにサボるのが生きる
冗談めかしてサンズが肩をすくめた。安心したようなサンズに、ずいぶん心配をかけてしまったことをアルフィーは実感する。
「じゃ、ポペトチッスプも補充したし、オイラ、そろそろ行くわ」
そろそろフリスクを追わなければ。フリスクが警備の薄い地上に出る前に「近道」しなければならない。
無人になるこのラボをサンズが訪れるのは、これが最後になるだろう。アルフィーが地上に出るまでに、話せる機会も。
サンズが、頭の後ろを掻いて、少し逡巡した。
くるりと振り返ったサンズが、ポケットに手を突っ込んでから、ゆっくりと顔を上げた。とても真剣な表情だった。
「あー、そうだな、これは、できればでいいんだが、……またラボに、ポペトチッスプの自販機置いてくれよ」
アルフィーは目を丸くして、ふっと双眸を緩めた。
アルフィーは、噛みしめるように「ありがとう」と告げた。彼は本当に優しくて、いいひとだった。
サンズの優しさに触れて、アルフィーはふと、まだアンダインにも言っていないことが胸にせりあがって、この際だ、正直に言ってしまおうか、と迷った。
挙動不審のアルフィーに、サンズは笑みを絶やさず、ただ待っていた。全身がジョークでできているような彼なのに、こういう時だけは決して茶化さない。
「その、笑わないで聞いてくれる?」
チラリと顔をうかがったアルフィーに、サンズが「もちろんだ、なにせオイラはこんなに真面目で勤勉なスケルトンだからな」と大嘘を並べた。おかげでアルフィーの方が笑ってしまった。
「きっとずっと先のことになるけど……研究成果が出て余裕ができたら、その……トリエル王妃のように、子どもたちを教えてみたいの……」
サンズが目を丸くした。
あんまり長いこと黙り込んでいるものだから、直球で笑われるよりずっと恥ずかしくなって、「に、似合わないよね! わたしったら!」とアルフィーは真っ赤になってパタパタ無意味に手で仰いだ。サンズは、「いや、」とひと言つぶやいたあと、また黙りこくって、ふっと微笑んだ。
「きっと似合うぜ。アンタは良い先生になるさ」
そう、きっと、あんぽんたんなガキンチョどもが通う、クセの強い学校で────。
◇ ◇ ◇
サンズは手をひと振りして、シュンッと消えた。
子どもが、地上に出るために、最後の回廊に差し掛かった。
夕陽の美しい光が降り注ぐ回廊で、サンズは、あの時と逆に、背後から近寄った。
「おい、挨拶も無しか?」
子どもの肩が跳ねた。振り返らないのをいいことに、サンズは真面目くさった声で、笑いをこらえた。
「こっちを向いて握手しろ」
差し出した左手に、子どもがぱっと振り返って、ぎゅうっと握った。間抜けなブービー音が、美しい回廊に響き渡って、子どもが爆笑した。
サンズは片眉を下げて、笑った。子どもは、パッと華やぐような笑顔だった。
このセカイはかつて、何度もループした。
何者かが時間を巻き戻し、好き勝手に弄んでいたことは、研究の結果が間違いなく示している。
サンズに完全な記憶はないが、虐殺が行われていたことも把握している。
サンズが監視する中で、子どもは何度も死にかけて時間を巻き戻した。
だから、過去に行われた大規模な時空干渉も虐殺も、このニンゲンの仕業だと断定するのは当然だった。
だが、蓋を開けてみれば、過去に何度も取り返しのつかないほど時間を巻き戻していたのは
もし、最初からサンズが、子どもに手を貸していたら────
子どもは、あんなに何度も死ぬことなく、未来に進めていただろう。無意味な仮定だ。むしろ、トリエルの約束がなければ、サンズはとっくに子どもをロイヤルガードに捕らえさせていただろう。そのチャンスは、いくらでもあった。今考えるとゾッとする。
とっくに未来を諦めていたサンズが、子どもを信じるまで。
サンズは何度も子どもを試した。試し続けた。それと同じ数だけ子どもは死にかけた。
ようやくサンズが、信じられるようになるまで────審判まで、あれほど時間が掛かってしまった。それを、サンズは、後悔している。
今、サンズが子どもの護衛をしているのは、そんな理由もある。
いちばんは、この優しい友人にこれ以上の苦難が降りかからないのを、祈ってのことだ。
ただ、ひとつ。
サンズには、実は今でも、ひとつだけ、わからないことがある。
時間軸をループしたことがないはずのニンゲンが
サンズのことを、知っていたようなそぶりがあることだ。
「なあ、フリスク」
美しい回廊に似合わないブービー音に爆笑していた子どもが、きょとん、と目を丸くした。
子どもの横顔に、美しい光が降り注いでいる。
「アンタ、初めて会った時から、オイラを知ってたろ。どうしてなのか、聞いていいか」
子どもが、目を丸くして、後ろめたそうに、目を逸らした。
そう、この顔だ。子どもは間違いなくサンズを知っていた。
時間軸を弄って、虐殺後に初対面を装っているのだと、サンズが誤解を深めることになった一因でもある。
子どもは、サンズに左手を握られたまま、うろうろと視線を彷徨わせて、小さく、ごめんね、と謝罪した。
実は、トリエルの日記を盗み見たのだという。
「!」
サンズは、驚きに目をみはった。
子どもは、申し訳なさそうに、ポツポツと答えた。
地底に落ちて、トリエルに保護された直後、ここがどこかもわからなくて、心細くて、とにかく周囲を調べたこと。
置いてある本や、モノ、片っ端から調べた。生きるために必要なことだったから。その時、トリエルが置きっぱなしにした日記に気付いた。
ひとの日記を勝手に見るのはよくないことだけど、見ず知らずの世界に急に落ちてきた自分にとっては、貴重な情報源だったから、ごめんなさい、って、思いながら読んでみたこと。
そこには、赤で印が付けてあって
「スケルトンは どうして ともだちが ほしかった?」
「さみしさが 骨身に沁みたから…」と書いてあった。他にも骨に引っかけたジョークがたくさん並んでた。それを、憶えていたのだという。
サンズは肩を跳ねさせた。あまりに身に覚えがあったからだ。
出会ってすぐ、ブービークッションや、パピルスとのジョークの応酬を見て、「ともだちがほしかった さみしかったスケルトン」は、サンズだと思ったこと。
遺跡を出た直後、隠しカメラの存在に気付いた。
だから隠しカメラを設置したのはサンズだと思った。隠しカメラの場所から移動してすぐ、最初に現れたのがサンズだから。
でも、そのサンズが、怖くない、ニンゲンを捕まえるなんてめんどくさい、そんなふうに言ってくれたから。だから、トリエルママの日記に書かれた「寂しさが骨身に染みた」のは彼だと思って、ならきっと、優しい人のはずだと思ったこと。
サンズは、無いはずの血がすぅっと下がる感覚に襲われた。
それが本当なら、サンズは、本当に取り返しのつかない思い違いをしていたことになる。
子どもは、たどたどしく続けた。
寂しいって感じるのは、誰かを大切にできるってことだから。
だから、きっとだいじょうぶだ。きっと優しいひとだ。だから仲良くなりたい。そう思ったこと。
でも、日記を勝手に盗み見たのが後ろめたくて、言えなかったのだと。
トリエルママとサンズの間だけの思い出を、盗み見て、ごめんなさい、と。
子どもは、審判を待つ罪人のような顔をして、小さくなった。
サンズは、片手で額を覆って、「あーーー」と呻いた。
「完敗だ、フリスク」
きょとん、と目を丸くした子どもに、サンズは頭をぽんぽんと撫でてやった。
この優しい子どもに、何度も死にかけなきゃいけないほどの罪なんて、最初から無かった。
「大丈夫だ。アンタはいい子だ。オイラが保証する」
今この審判の間で裁かれるべきは、幼いこの子ではなく、絶望に足をすくわれてずっと見て見ぬふりを続けていたサンズの方だ。
だが、謝ったところで、無かったことになりはしない。なら、決して優しくはない自分に、できるのは。
「オイラはアンタを信じてるよ」
そう、心から伝え続けることだけだ。
大きく目を見開いた子どもが、ふにゃりと笑み崩れた。
サンズに未来を信じさせてくれた友人は、相変わらず少しだけ泣きそうな、優しい優しい子どもだった。
【嘘つき協奏曲~地底より愛を込めて】
以下、詳細なネタバレ(サンズ研究者説について)
◼︎アルフィーのラボにあるドッグフード(アマルガム用と思われる)の袋ですが、実はパピルスに電話すると「サンズの部屋にあった物と同じ」だと教えてもらえます。
真実のラボにあるポペトチッスプがサンズの冷蔵庫にあることも踏まえると、少なくともサンズはアルフィーのラボをたびたび訪れていたこと、もしかして真実のラボのことも知っていた可能性もあると推測できます。
◼︎日本語版では削除された要素ですが、英語版では当時、「報告書」は、「大文字を省略し、小文字しか使わない」という英語特有の表記がサンズの口調にそっくりだったため、サンズとアルフィーが書いたものだと推測されていました。
※正規日本語版で、ガスターとアルフィーが書いたと分かる記載になったため、その表記は『アルフィーが走り書きして省略を多用した結果、サンズの口調に似た』というミスリードだったと思われる。
◼︎Gルートのサンズのセリフのニュアンスも若干違い、英語版に準拠した非正規日本語版は「俺達は研究によって時空における大規模な異常を観測した」だったのに対し、正規日本語版は「時空に大規模な歪みが発生しているらしい」に留まっており、「サンズが研究によって自ら観測した」のニュアンスがぼかされています。
◼︎つまり「サンズ研究者説」も「アルフィーと同僚だった説」も、英語版では「ほぼ公式かも」と言えるレベルでかなり信憑性が高かったのですが、日本語版で出た追加情報によって、逆に断定できないように変更されています。日本語版が出た現在は、サンズの隠し部屋の装置やGルートのセリフ、量子力学の本やガスターブラスター、アルフィーとの関係や監視カメラの裏事情の憶測などから断片的に推理できるのみです。
◼︎今回の物語は、その辺りを踏まえ、英語版の情報も日本語版の追加情報も、どちらにも決して矛盾が出ない物語を組むことにしました。その辺りも楽しんで頂けたらいいな。
次作 →《外は猛吹雪だが、今日はステキな日》