パピルスが、「ニュエ!?」と鋭く叫んだ。
「ふ、────フリスク、モンスターキッド、あぶないのだッ!!!」
割れる氷、崩れる足もと。伸ばされた腕。
飛び込んだパピルスと、フリスクとモンスターキッドは、悲鳴を上げる間もなく
崩れた足場と共に、崖から落下した。
後には、ズシンという重い落下音と、誰もいなくなった冷たい空気、そして。
はためく、オレンジ色のスノーボールの旗だけが残された。
【UNDERTALE After 2nd〜スノーフルの崖〜】
それは、少しの悪い偶然が、いくつも重なって起きた事故だった。
「あちゃー、柵がもろくなってるッス」
スノーフルの森、スノーボール広場にて。
この辺りの見回りを担当しているイヌッスとイヌッサの犬夫婦が、匂いで周囲を点検している時、それは発覚した。
「ふしぎッス、今までこんなことなかったのに」
「あれじゃないかい、ほら、地上に出られるようになってから、急に温かくなったり天気が変になったりしたッサ」
「あー、この前の吹雪、大変だったッス」
八人目のニンゲン、フリスクが地底に落ちてきたことをキッカケに起きた事件は、バリアが壊れ、
少しずつ地上への移住の準備が進む地底では、あれから少しずつ、多くのことが変わった。数百年に渡って万年常冬だったスノーフルの気候変動も、そのひとつだった。
地上から吹き込む温かい風によって、スノーフルには「春」と言える季節がやってきた。
といっても、常に真冬の気候であるスノーフルの春は、真昼のわずかな時間に、手袋なしで手がかじかまなくなる程度の温かさだったが、それでも常冬に生きる住民にとってはひどく新鮮だった。
だが、喜ばしい変化は、常に良いものだけを連れてくるわけではない。
固く凍った丈夫な木の柵が、温かさによって湿って脆くなる。そうして柵が崩れたのだ。
だが、スノーフルの住民は、何百年もの間、温かさがもたらす自然な劣化現象に馴染みがなかった。
だから。匂いに敏感な代わりに、もともと視力がほとんど役に立たない犬夫婦は。
柵が劣化して変質した匂いには気付けても。
地面が、脆く、なっていることまでは。
すぐ注意が及ばなかった。
どこかで、ピシッと、小さな亀裂の入る音がした。
「どうするッサ?」
「あー、子どもたちが悪戯しない内に、新しい柵を作った方が良いと思うッス」
「そうだね、じゃあ、アタシらの斧の出番ッサ」
犬夫婦は、見張り小屋から看板を取ってきて、立ち入り禁止の看板を立てて、持ち場を離れた。
斧を持って森の奥へと向かった犬夫婦の、後方で。
そこに、雪解けで重くなった木に積もった雪が、ドサドサッと音を立てて落ちてきた。立ち入り禁止の看板は雪に埋もれ、見えなくなった。これがひとつ目の悪い偶然だった。
その日、フリスクは、モンスターキッドと遊ぶ約束をしていた。
地上への移住は少しずつ進んでいるが、それは主に、地上のルールを充分に理解できる賢い老モンスターや、先遣隊となる自分の身を護れる若く強いモンスターが中心だ。
つまり、子どもは、待機列のいちばん後ろ。となれば、好奇心旺盛な子どもたちが、地上のことが知りたくて、親善大使のフリスクに殺到するのは当然だった。
おかげでフリスクはどこに行っても人気者で、フリスクも親善大使として、一生懸命に地上のことを伝えて回った。
だから、自分のほうが先にフリスクの友だちになったのに、と。忙しくて最近ちっともフリスクに遊んでもらえないモンスターキッドがヘソを曲げたのも、無理からぬことだった。
フリスクは幼いが、ぶすっと膨れたモンスターキッドの気持ちが分かるくらいには大人だった。
トリエルママに頼んで久しぶりにゆっくりお休みを手に入れたフリスクは、モンスターキッドと約束したのだ。今日は一日中、モンスターキッドとスノーボールでたくさん勝負をすると。
モンスター同士で、コミュニケーションとして気軽に行われる「魔力の弾幕」の応酬は、ニンゲンのフリスクには致命傷となる。地上との交流が進む地底では、それが新しい常識として浸透し、フリスクが急に襲われることは無くなった。
だからフリスクは、好戦的なモンスターたちと、何か代わりの勝負をすることがとても多かった。だからその日、スノーフルで馴染み深い、スノーボール対決が選ばれたのも、自然な流れだったのだ。
これが二つ目の悪い偶然だった。
三つ目、これは本当に間が悪かった。
サンズは、その日、ホットランドやMETAホテルでの他の仕事を抜け、スノーフルにいた。
なぜなら、サンズは、スノーフルの温暖化と地崩れの関連に、いち早く目星を付けていたからだ。イヌッスとイヌッサの夫婦にそれとなく見回りを提案したのもサンズだった。
犬夫婦の見張り小屋の東、スノーフルの森は、サンズの持ち場だ。
だがここは、「いせき」と「スノーフル」を繋ぐ第一関門、つまり「現れるかもしれないニンゲンの監視」の場所で、地上が解放された今となっては、サンズの仕事は、正真正銘、無いも同然だった。
前はサボれば弟から小言もあったが、最近はそれもなくなったので、サンズはここのところ堂々とグリルビーズに通っていた。だから、今日シフトから外れるメンバーがいつ頃グリルビーズに集まるかも、かなり正確に見当がついた。
サンズは少し考えて、今日の巡回の担当であるイヌッスとイヌッサの夫婦だけでなく、スノーフルの全てのロイヤルガード所属に、それとなく地盤の安全確認を促したほうが良さそうだと判断した。
「あー、そろそろレッサードッグたちがグリルビーズに来る頃だな、行くか」
犬夫婦がスノーフルの森、つまりサンズの見張り小屋方面に向かった頃。
サンズは「近道」を使い、グリルビーズに飛んだ。つまり、入れ違いにならないはずの一本道で、入れ違いとなった。
もし、サンズがあと少し「近道」を使うのが遅ければ。
サンズは劣化した柵の話を聞き、持ち場を離れた犬夫婦に代わって、念のためスノーボール広場に向かったはずだ。
そうして、このあと起こることに、いち早く気付けたはずだった。
これが第三の悪い偶然だった。
こうして、様々な悪い偶然が重なって、フリスクとモンスターキッドは、立ち入り禁止のはずの見張り不在のスノーボール広場に入り込み、誰からも地盤の緩みを忠告されないまま、遊び始めた。
どこかで、ピシリ、ピシリと、ひび割れるような不吉な音が、はしゃぐフリスクとモンスターキッドの笑い声にかき消された。
──────ピシッ、ピシッ
◇ ◇ ◇
「おや、パピルスじゃないか。元気かい?」
「おはよう! オレさま、すっごく元気だぞ!」
うさ耳のおかみさんは、いつも通り腕を組んで、店屋に相応わしいニカッとした笑みで、パピルスに「今日はどこに遊びに行くんだい?」と声を掛けた。
「オレさま、遊びに行くんじゃなくて、パズルの点検をしに行くのだ!」
「おや? スノーフルの森のパズルは、いらなくなったんじゃないのかい?」
「ニンゲンは捕まえなくて良くなったけど、パズルはみんなだいすきだからな! これからも遊べるようにちゃんと点検しないと!」
ニコニコとパピルスがそう告げた。
「それに、パズルで遊ぶ子が、あぶなくないように、場所を少しずらした方がいいと思って! にいちゃんが昨日『スノーフルも温かくなったから、もしかして、崖が崩れやすくなってるかも』って言ってたから!」
「えっ、そうなのかい!?」
店屋のおかみさんが、眉をひそめた。
「そりゃ、困ったね……実はね、そうとは知らなくて、さっき、フリスクとモンスターキッドに、今日は絶好のスノーボール日和だって言っちまったんだよ」
パピルスが目を丸くした。
店屋のおかみさんが、手を頬につけて、思案げにした。
「広場の崖には柵があるし、犬夫婦も見張ってるから大丈夫だと思うけど……パピルス、アンタ、パズルのついでにちょっと様子を見てきてくれないかい」
「わかった! まかせて!」
パピルスは、胸を張った。
ドン、と頼もしく拳を胸に置くと、一目散に駆け出した。
(フリスクもモンスターキッドも、しんぱいだ)
スノーフルの森には、いくつも崖があるが、スノーボール広場の崖がいちばん距離が近い。
スノーボールのコースは滑りやすいから、ゴールへ勢い余って崖の方へ滑り込んでしまう子どもは結構いる。
だが、背の高い柵があるから、もし崖の方に滑り込んでしまっても、そう簡単に落ちたりしないようになっている。
けど、なんだか。
パピルスはイヤな予感がした。
だから、パピルスは、本当に早く、早く走った。
息を切らせて駆け込んだスノーボール広場で。
フリスクとモンスターキッドの勝負は、白熱していた。
(いたっ!)
フリスクがオフェンス、モンスターキッドがディフェンスだった。
突進してくるモンスターキッドをかわしながら、フリスクがスノーボールを蹴り入れて、オレンジ色の旗が立つ。
「あーっ!! やられた!!」
数秒遅れで、防御に失敗したモンスターキッドが、足を滑らせて転んだ。
勢いそのままに、モンスターキッドの頭が、フリスクの方へすっ飛んだ。
フリスクはみぞおちに頭突きを食らって「うっ」と声を出した。そして、二人とも、もつれあうように、スノーボールのコースから外れて、崖の方に滑り込んだ。
「!! えっ!?」
二人を受け止めてくれるはずだった柵が、バキリ、と嫌な音を立てて割れる。
そうして、二人は、柵の外に押し出された。
パピルスが、「ニュエ!?」と鋭く叫んだ。
「ふ、────フリスク、モンスターキッド、あぶないのだッ!!!」
割れる氷、崩れる足もと。伸ばされた腕。
飛び込んだパピルスと、フリスクとモンスターキッドは、悲鳴を上げる間もなく
崩れた足場と共に、崖から落下した。
◇ ◇ ◇
────しっかりするんだ、×××……ケツイを力にかえるんだ!
激痛に混濁したおぼろな意識の底で
アズゴア王の言葉が、耳を震わせた気がした。
フリスクは、無意識に手を伸ばし、金色の光に触れた。
「SAVE」の力がなだれ込んで、傷が癒えていく。
そして、無意識の「SAVE」の後に、フリスクは目を覚ました。
モンスターキッドが泣いている。
パピルスに抱え込まれたフリスクとモンスターキッドは、優しいパピルスの腕の中で目覚めた。
だが、パピルスは、ピクリとも動かなかった。
スノーボール広場は、はるか上だった。
三人とも崖に生えた樹に引っかかって、かろうじて下に墜落しないでいる状態だった。
宙吊りになった足下で、尖った岩が剥き出しになっている。フリスクは、ゾッと息を呑んだ。
見上げれば、断崖絶壁からは、数本の折れた骨が突き出ており、それが落下の勢いを緩めたようだ。パピルスが落下しながら出したものに違いなかった。
「ご、ごめん、ごめんよ、おいらが転んだばっかりに…!」
ポロポロと泣くモンスターキッドが、震えている。
「動いちゃダメだ、フリスク……」
かき消えそうな小さな声で、パピルスがそう言った。
フリスクとモンスターキッドを庇って抱え込んだまま、パピルスは二人を守ってズタボロだった。
三人が引っかかった樹の根元。
崖の小さな穴から、チュウッとネズミの声がした。
そこに、金色の十字光があった。
フリスクは、自分の脇腹に手をやった。
えぐれたように、服が裂けている。落下の際に、岩か鋭利な木が貫いたらしかった。もうろうとした意識で感じた激痛の正体を知って、フリスクは青くなった。
ここに運良くセーブポイントがなければ、下手をすれば落下するまでもなく即死だったかもしれない。パピルスが身をもって庇ってくれたおかげで、この程度で済んだのだ。
でも、代わりにパピルスが。
かろうじて木に引っかかっているパピルスが、モンスターキッドの呼びかけにもフリスクの呼びかけにも答えず、目を閉じる。その後は、どれほど声をかけても、目覚めなかった。
フリスクは、ヒュッと息を呑んだ。
パピルスが目覚めない。今すぐ助けを呼ばなくては。
フリスクは、上に向かって、大声で助けを呼んだ。
✳︎ 誰も来ない。地上が遠すぎる。
「ど、どどど、どうしよう、パピルス、動かなくなっちゃった…!」
パピルスを尊敬するモンスターキッドが、今にも失神しそうな真っ青な顔で震えた。
「ね、ねえちゃんが言ってた、モンスターは、灰になる前に、『動かなくなる』って…」
その言葉を聞いて、フリスクはゾッとした。
そうだ、
フリスクは慌ててポケットに手を入れ、空っぽに気付き愕然とした。
そうだ、モンスターキッドと遊ぶ前に、持っていたシナモンキーもスパイダードーナツも、潰れて割れてしまうからと、近くに荷物と一緒に置きっぱなしにしてしまった。
これでは、パピルスを助けられない。どうしよう。
みし、と低い音が鳴る。
ミシミシ、と三人を支えている木に、亀裂が入っていく。
「──────ッ!!!」
三人分の体重で、バキリと木が真っ二つに割れて
ソウルが割れる音がした。
◇ ◇ ◇
その瞬間、ビリッ、と激震が走った。
グリルビーズで、サンズが顔を上げた。
(なん、だ?)
ビリビリと背中が震えるような、強烈な悪寒だった。
(この、感覚は)
フリスクが地底に現れるより前、サンズたちの未来を奪い続けた力に似ている。
まるで、『虫の知らせ』のように、誰かの死を伝えるものだった。
ヒュッとサンズは息を呑んだ。
「ッ…!」
サンズは、蒼白になって、一瞬で自宅へ飛んだ。グリルビーに声を掛ける余裕すらなくて、無銭飲食になっていることを気に掛ける暇もなかった。
「パ、パピルス! おい、どこだ、パピルスッ!」
そう叫んだ。だが、シン……と静まり返った自宅は、何も返さなかった。
「は…」
サンズは、真っ青な顔のまま、誰もいないパピルスの部屋で立ち尽くした。
ジジッ、とセカイが歪む。
濁流のように景色がなだれ落ちて、ぐらりと眩暈がサンズを襲う。
(やばい、だめだ意識が、落ちる)
セカイの逆流に、サンズは飲み込まれ、何もわからなくなった。
◇ ◇ ◇
【フリスク、二周目】
フリスクは、目覚めた。
「ごめんよ、おいらが転んだばっかりに…!」
「動いちゃダメだ、フリスク……」
崖の小さな穴から、ネズミの声がした。
フリスクは、そこに金色の十字光があるのを知っていた。
フリスクは、ヒュッと息を呑んだ。これを見るのは、二度目だった。
三人で落下した瞬間、胸を貫いた鋭い岩の感覚を憶えている。
フリスクは、上に向かって、大声で助けを呼んだ。
✳︎ 誰も来ない。地上が遠すぎる。
フリスクは、ガタガタと震えた。
どうしよう、どうしよう。
このままだと、あとちょっとで樹が折れて、三人とも────。
崖の岩肌を見上げて、フリスクは
子どもの自分にも掴まれそうな、デコボコがあることに気付いた。
「────っ」
モンスターキッドは手がないから登れない。
自分がやるしかない。
✳︎あなたはケツイに満たされた。
フリスクは、パピルスの腕の中から抜け出して、崖にしがみ付いた。
「ふ、フリスク!?」
モンスターキッドが、パピルスの腕の中で声を上げた。
一歩、二歩。フリスクは、崖を登った。
フリスクは振り返った。気を失ったパピルスと、動けないモンスターキッドは、まだ木に引っかかったままだ。
フリスク一人分の体重が消えたから、木が折れずに済んでいるのだ。
ほっ、とフリスクは息を吐いた。冷たい空気が、フリスクの肺を凍らせる。
みし、とわずかに木が軋む音がした。フリスクは青くなった。ダメだ、いつまで保つか分からない。
フリスクは、上に向かって、大声で助けを呼んだ。
✳︎ 誰も来ない。地上が遠すぎる。
ダメだ、やるしかない。崖を登って、助けを呼ばなくては。
一歩、二歩。必死に手を伸ばして、登れそうなデコボコに手を伸ばす。
三歩、四歩。少しずつパピルスたちが遠くなる。モンスターキッドが息を呑んで見守っている気配を感じる。
五歩、六歩。冷たい風で、手がかじかむ。
七歩、手をかけたデコボコが
ガラリ、と崩れた。
「────ッ!!」
身体が宙に浮く。絶望でヒュ、と喉が鳴る。
フリスクは落下し
岩で貫かれる激痛で
ソウルが割れる音がした。
◇ ◇ ◇
【サンズ、二周目】
その瞬間、ビリッ、と激震が走った。
グリルビーズで、サンズが顔を上げた。
(なん、だ?)
ビリビリと背中が震えるような、強烈な悪寒だった。
(この、感覚は)
フリスクが地底に現れるより前、サンズたちの未来を奪い続けた力に似ている。
ヒュッとサンズは息を呑んだ。
(いや、待て、この感覚、……はじめてじゃ、ない……!?)
強烈な既視感に、サンズは頭を殴られた。
わずかな間隔で起こる複数回の時間遡行、これは。
「ッ…!」
サンズは、蒼白になって、パピルスがいるはずの自宅に飛ぼうとした。
だが、寸前で思いとどまり、震えながら、別の場所に飛んだ。
「パ、パピルス! おい、どこだ、パピルスッ!」
そう叫んだ。だが、シン……と静まり返った雪原は、何も返さなかった。
「は…」
サンズは、真っ青な顔のまま、スノーフルとウォーターフェルの狭間の平原で、崩れ落ちた。
地面には、パピルスの橙のスカーフバンダナも、衣装も無かった。灰も無い。
だが、サンズの胸は、恐怖と不安で嵐のように荒れていた。
ジジッ、とセカイが歪む。
濁流のように景色がなだれ落ちて、ぐらりと眩暈がサンズを襲う。
(やばい、だめだ意識が、落ちる)
セカイの逆流に、サンズは飲み込まれ、何もわからなくなった。
◇ ◇ ◇
【フリスク、三周目】
フリスクは、目覚めた。
「ごめんよ、おいらが転んだばっかりに…!」
「動いちゃダメだ、フリスク……」
崖の小さな穴から、ネズミの声がした。
フリスクは、そこに金色の十字光があると知っている。
フリスクは、ヒュッと息を呑んだ。三度目だった。
胸を貫いた、鋭い岩の激痛を憶えている。
フリスクは、恐怖でガタガタ震える間もなく、崖のデコボコに手をかけた。
自分が助けを呼ばなくては。
一歩、二歩。デコボコに必死に手を伸ばす。
三歩、四歩。少しずつパピルスたちが遠くなる。
五歩、六歩。冷たい風で、手がかじかむ。
七歩、アレは罠だ。
手をかけた瞬間、デコボコが崩れる。
フリスクは、ぶるり、と震えた。
フリスクは、上に向かって、大声で助けを呼んだ。
✳︎ 誰も来ない。地上が遠すぎる。
まだダメだ。もっと登らなくては。
でも、手の届くところに、登れるデコボコがない。
フリスクはあたりを見渡した。
フリスクの幼い手では、届きそうにないような
ずっと遠くに、ひとつだけ。
崖に突き刺さったままの、折れた骨。
パピルスが落下の際に出したものだ。
アレに、飛び移れれば。
フリスクは、恐怖で震えた。
でも、下には、ともだちのパピルスとモンスターキッドが。助けなくちゃ。
フリスクは、足を大きく振って、飛び移った。
下でモンスターキッドが悲鳴を上げた。
フリスクの右手は、骨に、
届かず、空を切った。
「────ッ!!」
絶望でヒュ、と喉が鳴る。
フリスクは落下し
岩で貫かれる激痛で
ソウルが割れる音がした。
◇ ◇ ◇
【サンズ、三周目】
グリルビーズで、サンズが顔を上げた。
ビリビリと背中が震えるような、強烈な悪寒だった。
(この、感覚は)
フリスクが地底に現れるより前、サンズたちの未来を奪い続けた力に似ている。
ヒュッとサンズは息を呑んだ。
(いや、……はじめてじゃない……!?)
強烈な既視感に、サンズは頭を殴られた。
(待て、これは、何回目だ…!? 一、二、……三!? なんだ、何が起きてる!?)
サンズは、反射的に自宅のパピルスのもとに飛ぼうとして、寸前で思い止まった。
そして、急き立てる恐怖を必死で抑えて、スノーフルとウォーターフェルの境に飛ぼうとする自分を律する。
(落ち着け、そうじゃない、パピルスは、無事だ、
凍り付きそうな恐怖と戦いながら、急に立ち上がったまま微動だにしないサンズに。
グリルビーとRed birdが怪訝に、心配げな声をサンズに掛ける。
その時、サンズのポケットで、大きな音が鳴った。
サンズは、肩を跳ねさせた。
コール音だった。通知画面に『トリィ』と書かれている。
サンズは、震える手で、通知を取った。
携帯電話から、『サンズッ!』とトリエルの切迫した声がした。
『ああ、よかった繋がって! ごめんなさい、なぜか、急に不安になって、電話も繋がらないから、どうしていいか』
トリエルは混乱していた。まるで、今のサンズのように。
サンズは、固唾を飲んで、「トリィ、落ち着いて話してくれ。────何があったんだ?」と問いかけた。
『ああサンズ! 我が子を見なかっ────
フリスクに何があったかサンズが知るより早く、ぐらりと眩暈がサンズを襲う。
(だめだ意識が、落ちる)
アイツを、フリスクを。
オイラたちのともだちを。
助けなければ。
(待ってくれ、あとすこし────)
サンズのその意志ごと、セカイは暗転し、『なかったこと』になった。
(くそったれ)
◇ ◇ ◇
【フリスク、四周目】
フリスクは、目覚めた。
「ごめんよ、おいらが転んだばっかりに…!」
「動いちゃダメだ、フリスク……」
崖の小さな穴から、ネズミの声がした。
フリスクは、そこに金色の十字光があるのを知っている。
フリスクは、ヒュッと息を呑んだ。四度目だった。
胸を貫いた、鋭い岩の激痛を憶えている。
フリスクは、恐怖でガタガタ震える間もなく、崖のデコボコに手をかけた。
自分が助けを呼ばなくては。
一歩、二歩。デコボコに必死に手を伸ばす。
三歩、四歩。少しずつパピルスたちが遠くなる。
五歩、六歩。冷たい風で、手がかじかむ。
七歩、アレは罠だ。
手をかけた瞬間、デコボコが崩れる。
崖に刺さった、折れた骨。アレに飛び移るしかない。
フリスクは、恐怖で震えることも許されない。
下には、ともだちのパピルスとモンスターキッドがいる。
フリスクは、足を大きく振って、飛び移った。
下でモンスターキッドが悲鳴を上げた。
フリスクの右手は、骨に、
届かず、空を切った。
胸を岩が貫く激痛に、血を吐いた瞬間
遠のく意識の底で、アズリエルの声がよみがえった。
────キミが死ぬたびに、キミはセカイから忘れられていく……
いやだ
たすけて
◇ ◇ ◇
【サンズ、四周目】
グリルビーズで、サンズが顔を上げた。
ビリビリと背中が震えるような、強烈な悪寒だった。
(この、感覚は)
(いや、はじめてじゃない……!? 何回目だ…!? 一、二、三……四!? オレはどれだけ助け損ねたんだ!?)
ヒュッとサンズは息を呑んだ。
(セーブロードの持ち主に何かあったんだ。そうだ、早くパピルスとニンゲンを助けないと────)
サンズは、立ち上がったまま、凍りついた。
(待て、
その時、サンズのポケットで、大きな音が鳴った。
携帯の画面に、『アンダイン』と書かれている。
サンズは、急いで通知を取った。
携帯電話から、『おい、サンズ!』とアンダインの声がした。
『急にアイツとパピルス用のティーカップが割れたんだ。嫌な予感がする。どっちも電話に出ないんだ。お前、アイツらがどこにいるか知らないか!?』
思考がぼやける。
大事なはずのともだちの顔が、思い出せない。
「アンダイン、アイツの、名前って」
『あ゛あ゛!?』
アンダインが電話口で低音で唸った。
割れたカップに書かれた名前を見ている気配がする。
『こんな時に何を言ってる! フリスクのことだ!』
重い布を取り払うみたいに
思考のモヤが晴れるのを感じた。
(そうだ、フリスク────!!)
そうだフリスクが
今いる場所さえ分かれば。
◇ ◇ ◇
【フリスク、
フリスクは、目覚めた。
「ごめんよ、おいらが転んだばっかりに…!」
「動いちゃダメだ、…………」
かき消えそうな小さな声で、パピルスがそう言った。
崖の小さな穴から、ネズミの声がした。
フリスクは、そこに金色の十字光があるのを知っている。
フリスクは、ヒュッと息を呑んだ。五度目だ。
ガクガク震えて、手に力が入らない。
自分が助けを呼ばなくては。
でも、怖い、怖い、死ぬたびに激痛がする。死ぬたびにみんなから忘れられていく気がする。
どうしよう。
震えて、力が入らない。
「……フリスク」
パピルスが、小さな声で、名前を呼んだ。
フリスクは、ハッとした。
パピルスが、苦しげに、かすかな声で、何かを言っている。フリスクは耳を寄せた。
「ニャハ、だいじょうぶだぞ、フリスク…」
パピルスが、震えるフリスクの手を握った。
「こわくないぞ、オレさま、いっしょにいるからな…」
フリスクは、胸に勇気が満ちるのを感じた。
「────っ」
気を失ったパピルスの手に、鮮やかなオレンジ色のグローブ。
オレンジ色は勇気の色。みしり、と木が軋む中、フリスクは、パピルスの手から、グローブを抜き取った。
✳︎ あなたは じょうぶなグローブを てにいれた。
フリスクは、パピルスの首から、スカーフバンダナをするりと抜いた。首に巻く。
✳︎あなたは いさましいバンダナを てにいれた。
震えが止まった。行かなきゃ。
自分が、ともだちをたすけるんだ。
✳︎あなたは 強い決意で 満たされた。
一歩、二歩。デコボコに必死に手を伸ばす。
三歩、四歩。
五歩、六歩。冷たい風が吹いた。
だが、じょうぶなグローブのおかげで、手がかじかまない。
崖に刺さったままの、折れた骨、アレに飛び移る。
オレンジ色は勇気の色。
フリスクは、首に巻いた、いさましいバンダナを、ぎゅっと握った。
勢いよくフリスクは飛んだ。
バンダナがたなびく。
フリスクの右手は、骨に、
ついに届いた。
「────!」
やった!
フリスクは、骨にぶら下がって、次のデコボコに手を伸ばした。
八歩、九歩。ケガをしそうな鋭いデコボコも、厚いグローブのおかけで、だいじょうぶ。
十歩、十一歩、十二歩。一歩ずつ、地上が近くなる。
フリスクは、息を切らした。
今なら、地上に声が届くかもしれない!
「
ガラッ、崩れる足元
宙に浮くフリスク
「
ガッ!とフリスクの服の背が掴まれる。
「よくがんばった、フリスク!」
フリスクは顔を上げた。
崖に突き刺した骨を掴んで
宙吊りになったサンズが、フリスクをしっかと傍に抱えていた。
「〜〜〜〜っ! サンズッ!」
「もう大丈夫だ!」
サンズが、足元に瞬時に骨を出す。
崖に足場を作ったサンズが、フリスクを傍に抱えたまま、崖下に手をかざした。
気を失ったパピルスと、震えるモンスターキッドが、青い光に包まれる。
重力操作でふわりと浮かぶ二人。
フリスクを傍に抱え、二人を引き上げながら、サンズがシュンッと消えた。
四人が消えた足の下で、ガラガラと木が墜落する音がした。間一髪だった。
フリスクは、気付くと崖上にいた。
集まってくるロイヤルガードたち、手当てされるパピルス。モンスターキッドの泣き声が広場に響く。
腰が抜け、ぺたり、と座り込んだフリスクに
サンズが、ぽすっ、とハグを贈った。
「もう大丈夫だ、フリスク。……がんばったな」
フリスクは、安心して、ボロボロと泣いた。
うわぁぁあんと、フリスクの泣き声が、スノーボール広場に長く尾を引いた。
◇ ◇ ◇
【サンズ、
グリルビーズで
サンズが五度、覚醒する瞬間だった。
叫びがサンズの耳を貫いた。
────スノーボールの旗の崖下ッ!!!!
カッと青い眼を見開いたサンズは、跳んだ。
その瞬間、消えるグリルビーズに
一瞬、緑色のツタが────
◇ ◇ ◇
泣きじゃくるフリスクを受け止め、サンズは、何度もフリスクの背をさすった。
「大丈夫、こわくない、こわくない」
フリスクの涙は止まらなかった。フリスクをなぐさめながら、サンズは横たわる弟の隣に座り込んだ。パピルスがふるりと目を開ける。
「よお、兄弟」
「にいちゃ…」
ニェヘヘ、と力なく笑ったパピルスが、横たわったまま兄を見上げる。
「信じてたよ…」
「遅くなって悪かった」
頭を撫でられたパピルスが「ニェヘヘ…」と目を閉じた。
「ごめんね、フリスク、モンスターキッド。オレさま、ちょっと休むね…心配ないからな…」
最後まで二人を気遣いながら、限界だったのだろう、パピルスが、すうっと再び眠りに落ちる。
フリスクとモンスターキッドが、両脇から泣きながらパピルスの裾にぎゅうっと縋りついた。
ロイヤルガードの面々が、手早く怪我人に手当てをしながら、連絡をしたり、壊れた柵の辺りを閉鎖したりしている。
パタパタと周囲が騒がしくなる中、サンズは、怪我モンスター用の担架の準備ができるまで、弟の頭を撫で続けた。
(よくがんばったなぁ、パピルス)
モンスターキッドに怪我はないようだ。
助かる最後の瞬間まで、パピルスが抱え込んで庇っていたからだろう。
「お前は最高にクールだよ」
けど、もうこんな
にいちゃん
重く吐き出した息が、白く溶けて消える頃。
慌ただしく担架が出入りするスノーボール広場で
しゅるり、
と密やかな音がした。
担架に乗せられる弟の頭を撫でながら、サンズは蒼く光る片目で、静かにソレを追った。
「よし、パピルス、運ぶッスよ。サンズ、お前も一緒に────」
振り返ったイヌッサが、消えた匂いに、首を傾げた。
「……あれ? サンズ…?」
◇ ◇ ◇
そろり、とその場から逃げようとしていた緑色のツタを捕まえて、サンズが凄んだ。
「よう。忙しそうだな」
ビクッと、フラウィが跳ねて、ソロソロと振り返った。
青い眼でフラウィを見るサンズに、フラウィがたじろぐ。
「な、なななな、なんだよ! 離せってば!」
「聞きたいことがある。……フリスクたちは何回死んだ」
フラウィが、ぴくっと反応して、逃げるのをやめた。
「……パピルスは一回、フリスクは四回だよ」
サンズは沈黙を返した。
重い足音が響く。
近付いてくるサンズにフラウィは、ビクッと、目を閉じた。
すれ違いざまに、サンズは、フラウィの頭に、ぽん、と手を置いた。
「ありがとな。オイラのだいじな弟と友だち、助けてくれて」
は、と息を吐き出したフラウィが、顔を上げる。
「……なんだよそれ」
ガバッとフラウィは振り返った。
フラウィは、泣きそうな顔をしていた。
「なんだよそれ! 一回、たかが一回助けたくらいでさぁ! ボクがお前の弟、何回殺したと思ってんの!? 知ってんだろ! オイ!」
サンズは振り返らなかった。
ポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと去るサンズに、フラウィは「ハ、ハハ」と顔を歪ませた。
「ハハ、そうだ、助けるんじゃなくて、どうせ繰り返すならもっと遊んでおけば良かった……お前の弟とトモダチ、わざと助けたり、わざと突き落としてやったりしてさぁ! もっと遊べば良かった! なあ!」
サンズが、青い眼でギロッと振り返った。
フラウィが、ヒュッと息を呑む。
サンズの背後には、瞬時に現れたブラスターが、苛烈な火を口に宿している。
もうセーブもロードも使えないフラウィを消し炭にするには、充分すぎる火力だった。
「『このオレ』は、お前と戦った記憶は無いがな、────推測するに、『他のオレ』はこう言ったんじゃないか?」
フラウィは震えながら、だがブラスターを睨んだままだった。
サンズが、そら恐ろしいほどの沈黙の後、ゆっくり、口を開いた。
苛烈な炎を前に、フラウィは、ギュッと目をつぶった。
憶えている。散々殺しまくったフラウィの前に立ちはだかって、ある世界線でサンズはこう言った。
(きょうみたいな日には、おまえみたいなやつは)
じごくでもえてしまえばいい、と。
だが、サンズが口にした言葉は。
「『なあ、努力すれば、誰でもいいひとになれると思うか? 救いようのない悪党でも、変われると思うか?』」
フラウィは、目を見開き、顔を上げた。
そこには、サンズが、ブラスターを消して
いつもの穏やかな目で、ただ、優しげにフラウィを見つめ、立っていた。
サンズは、笑うように目を閉じると、くるりと背を向け、シュン、と消えた。
あとには、フラウィだけが残された。
「……なんだよ、それ」
フラウィに与えられた優しい『
ポタ、と雫がひとつぶ、地に落ちた。
「バッカじゃないの。お前もアイツも、そんなだから、────そんなだから」
フラウィは、ツタを激しく地面に叩きつけた。
「お前がそんなだから! あんなに強いのに! 誰より強いのに!! 攻撃も防御も1のままで! 諦めたふりで、結局さいごのさいごまで諦められなくって! どうしても誰も傷付けられなくて、悪党でも見限れなくて!!」
何度も、何度も、フラウィは地面に激しくツタを叩きつけた。
「だから! けっきょく、ボクとおなじで、誰も救えなかったんだろ!! なのに、なんで……!! なんで優しくするんだよぉ……なんで……」
ツタを地面に力なく落として
しおしおと、しおれた。
「優しくされたって、今さら、変われるわけないだろ……」
ボタボタと地面に雫が落ちた。
「ボクにはタマシイが無いんだ、優しくされたって変われないんだ! 愛されたって、思いやりをもらったって、希望をもらったって、変われないんだ、変われるわけないんだ、なのに…!」
ボタボタ、ボタボタ。
雫は際限なく生まれて、吸い込まれて消えていく。
フラウィはしゃくり上げた。
「……こんな力、欲しいなんて頼んでない。花にしてくれなんて、生き返らせろなんて頼んでない。ボクだって、最初は、あの力を、いいことだけに使ったんだ…!」
タマシイの欠けたバケモノの叫びは、ひとのいない洞窟に反響して、消えた。
はあ、はあ、とフラウィが息を切らした。
フリスクと最後に話した日。
フラウィは──アズリエルは。こう言った。
自分が一緒に地上に行けば、タマシイの無い自分は、キミを不快にさせると思う、と。
その判断が、間違っていたとは思わない。
「ねえフリスク……ボクは優しくなれない、キミみたいに生きられない。ボクのこと、わかってくれるのはキミだけさ……けど、」
フラウィは、上を見上げた。
「けど、全部あきらめてボクとおんなじになって欲しいと思いながら、同じくらいキミがキミのままであることを願ってる……」
地上の光が、キラキラとフラウィの上に降り注いでいる。
「キミがあの力を悪用することを願いながら、同じだけ生涯よいことだけに使って欲しいと祈ってる」
ボクは
力を正しく使うキミしか、抱きしめないアイツとは。
フラウィは、涙をツタで拭うと
振り返って、ぽつんと、最後に言葉を落とした。
「キミを見てるよ。この先も、キミが生涯いいひとでも、────救いようのない悪人でも、キミの味方さ」
そうして、フラウィはどこかへ消えた。
◇ ◇ ◇
《エピローグ》
頭に包帯を巻いたパピルスが「あっ」と明るく笑った。
「フリスク! モンスターキッド!」
ニコニコしながら元気に手をブンブンするパピルスに、フリスクとモンスターキッドが駆け寄って、ぎゅうっとしがみ付いた。
「どーしたの? 甘えんぼさんだな。オレさまこんなに元気なのに、何も心配することないんだぞ」
パピルスの声はとても優しく、安堵させるみたいに柔らかかった。
いつもの派手なバトルスーツを脱いだ、ラフな白いシャツ姿のパピルスは見慣れなくて、少し不安だった。
パピルスはすっかり元気そうだが、家のソファで足を伸ばし、毛布に包まれ、楽な姿勢を取ったままじっとしている。
モンスターの怪我はすぐ治るが、ソウルにヒビが入りかけるほど重症だと、
その状態で何度も怪我を繰り返すと、本当に
「二人とも、お見舞いにきてくれたんだな! オレさま嬉しいぞ!」
パピルスはそう言って、ニコニコしていた。
周囲にはたくさんの見舞いの品が並んでいる。
二度目の怪我に備えて、回復する食べ物を贈るのがモンスター式のお見舞いだ。
スノーフルの住民からバビコやシナモンキー、グリルビーズの面々からハンバーガーとポテト、アンダインから紅茶とふじりんご、アルフィーからカップ麺、トリエルからかたつむりパイ。
ずらりと並んだ品々が、いかに多くのモンスターからパピルスが愛されているか、象徴していた。
「お、おいら、その、これ!」
モンスターキッドが首から下げた『モンスターあめ』を詰めた袋を差し出すと、パピルスが嬉しそうに「モンスターあめだ! 嬉しいぞ!」と撫で撫でした。
「オレさま、食べるまで大事にポケットに入れとくね。そしたら、どんなときでも元気になって、へっちゃらだからさ!」
モンスターキッドは目をキラキラさせた。
憧れのヒーローが、自分のプレゼントをいつも懐に持っていてくれるという。
パピルスに憧れているモンスターキッドにとって、これほど嬉しい言葉もなかった。
「う、うん!!!!」
モンスターキッドは、照れくさくなったのか、「お、お大事に!!!!!」と叫んで真っ赤になって家の外に駆け出してしまった。
残されたフリスクは、ママと一緒に練習したバタースコッチシナモンパイを渡した。
「わ! ありがとう! オレさますっごく嬉しいぞ!」
嬉しそうに受け取ったパピルスが、頭をなでなでしてくれたが、フリスクの心は晴れなかった。
自分を庇ってパピルスが落ちてしまったせいで、パピルスが危険な目にあってしまった。
最初の一回目。あのとき、自分と一緒に落ちたパピルスやモンスターキッドは無事だったのだろうか。ソウルが割れてしまったフリスクにはわからない。
モンスターは人間と違って、悪意ある攻撃に弱い代わりに、物理的な打撃に強いから、もしかしたら、パピルスとモンスターキッドは何とか無事だったかもしれない。
でも、もしかしたら。
パピルスは自分を助けようとしたせいで───
俯いたフリスクに、パピルスは告げた。
「それは違うぞ、フリスク」
フリスクは顔を跳ね上げた。
パピルスの優しい眼差しが、フリスクを見下ろしていた。
「フリスク、『自分のせい』って顔してる。フリスクの良くない癖だな!」
パピルスが、ニカッと笑った。
きらめく星のような、優しく包み込む夜のような笑顔だった。
「ともだちを助けるのは当然だよ! オレさま、もっともっと強くなるもんね! だから、大丈夫だぞ、フリスク。なんにも心配することないよぉ!」
パピルスがニコニコしながら、フリスクを手招いた。
手袋のないパピルスの手の骨は、すごく細い。パピルスは指先で、ちょいちょい、とフリスクを引き寄せる。
近付いたフリスクに、ふわっと夕陽色が広がった。
(あ……)
フリスクの首に、きゅっと結ばれたオレンジ色のスカーフ。
「げんきだして、フリスク」
パピルスがぎゅっとフリスクにハグを贈った。
「あのね、オレさまのカッコイイ、バトルスーツあるでしょ、あれね、実はにいちゃんが作ったんだ」
フリスクは目を見開いた。
こしょこしょ、と内緒話をするみたいに、パピルスが小さな声でささやいた。
「オレさまのベッドの車も、実はにいちゃんがゴミ捨て場の車のパーツで作ってくれたんだぞ。にいちゃん怠けん
パピルスはニコニコ言葉を繋いだ。
「オレさまの宝物!
ぜったい茶化してくるから、言わないけど!
パピルスはそう言って「ニャハハ!」と笑った。
「だから、それ、フリスクにあげる! 今それが必要なのは、オレさまよりフリスクな気がするから」
フリスクは、巻かれたスカーフに触れていると、夕陽に当たるみたいに、ポカポカと胸が温かくなるのを感じた。
「だいじょうぶ! オレさま、予備があるから!」とパピルスはニコニコした。夕焼けみたいにきらきらした、優しい笑顔だった。
「うん…!」
フリスクは、スカーフをギュッと抱きしめて、笑顔で踵を返した。
「あっ、おかえり、にいちゃん!」
「おう、ただいま、パピルス」
パピルスがソファの上で、ニコニコとサンズを出迎えた。
サンズの引っ提げた買い物袋が揺れる。地上は品揃えが良くて助かる。
今日の昼食は、恐竜の卵入りオートミール。
じっとしなければならない弟の代わりに、しばらく怠けん
サンズは、ふと動きを止めた。
スリッパの先に、花弁が一枚、落ちていることに気付いたからだ。
山になった見舞いの品の中に、サンズが家を開ける前は無かったはずのものが一つ、ひっそりと紛れ込んでいる。
「……パピルス、それ、どうした?」
赤いリボンの巻かれた、一輪の金色の花に、パピルスがニコニコしながら「えーっとねー」と笑った。
「ニェヘヘー、ナイショ!」
嬉しげなパピルスに。
サンズは「へへっ」と目を閉じて笑った。
「そーかい。ナイショじゃ、しょうがないな」
アンタがどう思ってるか知らないが。
もう充分、変わり始めてるさ。
金の花弁の持ち主へ、そうサンズは心の中で声をかけた。
【UNDERTALE After 2nd 〜スノーフルの崖〜】
◇ ◇ ◇
《オマケ:後日談》
「よう、フリスク」と上からサンズの声がした。
二階のベランダから、サンズが手を振っていた。シュンッと姿が消えて、パッと目の前に現れる。
サンズが少し目を見開いて、「それ、どうした?」と訊ねるので、フリスクはスカーフに触れて、パピルスがくれた大事な宝物、と答えた。
「そうか……」
「?」
黙り込んだサンズに、フリスクは首を傾げて、「サンズ?」と呼びかけた。
「いや、」
はためく夕陽色のスカーフに
サンズは目を細めた。
「さすが兄弟。……いい加減、覚悟決めろってことかもな」
「……?」
サンズは「いいや、」と首を横に振った。
「こっちの話さ。それより、地上まで送ってくぜ」
サンズがそう言うので、フリスクはホッとして、差し出された手を取った。
シュンッとスノーフルの雪景色が消える。
だが、着いたのは、地上への道があるニューホームではなく、美しい鉱石に彩られた水路だった。
サンズが地上ではなく、ウォーターフェルに跳んだことを知り、フリスクは「……???」と首を傾げ、サンズを振り返った。
いつの間にか少し距離を取っていたサンズの手には、フリスクが持っていたはずのスパイダードーナツがあった。
あっ、とポケットを押さえたフリスクは、ポケットから食べ物がごっそり抜かれたことに気付いた。
取り返そうとしたフリスクは、ひょいっとかわされた。
「へっへ、いつの間にこんな食いしん
ひょいっ、ひょいっ。フリスクをかわすサンズの手に、どんどん積み上がっていく食べ物。それに反して軽くなっていくポケット。魔法か手品のようだ。フリスクが「か、返して!」と手を伸ばしても、するりと逃げられる。鬼ごっこみたいに、どんなに追いかけてもサンズが捕まえられない。
「シナモンキー、バビコ、グラマーバーガー、スパイダードーナツに、おっと、こりゃクモの
サンズが器用に片手に積み上げた食べ物がぐらぐらタワーを作る。
フリスクがぷんすこしてグーをブンブンさせると、サンズが「へっへ」と笑いながら「分かった分かった、からかいすぎたぜ」と降参のポーズをした。
「そう怒るなよ。お詫びにいいモノやるからさ」
ぽん、とフリスクの手に置かれたのは、布袋だった。「押してみろ」とサンズが言うので押してみる。
ブブーーーッとブービー音が派手に鳴った。ブーブークッションだった。
フリスクが「サンズ〜!」とジタバタするとサンズがケラケラ笑って「おおっと間違えた、こっちこっち」と悪びれず、別の物を置いてきた。
四角い、手のひら大のキーホルダーのような何かだった。スイッチがある。
「押してみろ」とサンズが言うので、フリスクは疑いのまなざしを向けた。
サンズはニヤニヤしている。フリスクはぷっくり膨れて、ヤケになって力いっぱいボタンを押した。
大きな派手な音が鳴った。だが、今度は、サンズのポケットからだった。
派手なブザー警告音に、フリスクはビックリして跳ね上がった。
サンズは、ポケットから、のっそりと携帯を取り出した。
フリスクに差し出された携帯は、強烈なブザー音を発している。
画面に「Fri.Waterfell.room88」という文字と、地図とマークが表示されていた。フリスクたちがいるこの部屋の位置だった。
サンズは警告音を切った。サンズはフリスクの手を取って、びっくりして握りしめていたキーホルダーのような何かを、くるりとひっくり返す。
裏には、メタトンをかたどった、愛嬌ある絵が描かれていた。ミニメタトンの背面にスイッチがある、そんなキーホルダーだった。
「お子さまには、防犯ブザーが必要だと思ってさ」
サンズがフリスクの手を取って、もう一回、それを押させる。
再びサンズの携帯から派手な警告音が鳴って、画面にフリスクの今いる位置を表示した。
「アルフィー製さ。トリィとアンダインが同じ
フリスクは、大きく目を見開いて、固まった。
握りしめたフリスクの手の甲に、サンズがミトンに包まれた手を重ねて「いいか、フリスク」と、ゆっくり言い聞かせるように言葉を添えた。
「『また』とか『どうしよう』とか、子どものアンタが怖がる必要は無い。そいつは、オイラたち大人の仕事だ」
ポケットにぎゅうぎゅうに詰めた食べ物の理由を言い当てられて、フリスクは、ぽろりと一粒、涙を落とした。
怖かった。
あのまま、何回も死んで、死んで、死んで、ずっと抜け出せないんじゃないかと思った。
フリスクは、パピルスが巻いてくれた、オレンジ色の勇気のスカーフをギュッと握りしめた。
自分もパピルスもモンスターキッドも、みんないっしょに死んじゃうって、誰にも声が届かないんじゃないかって。
助かったのに、まだ怖くて、怖くて、怖くて、しかたなかった。
『また』があったら『どうしよう』って、怖くて怖くて眠れなかった。
「今もトリィやアンダインたちが、アンタを心配してる。アンタの
ぼろぼろ涙を流すフリスクが、膝から崩れ落ちた。
サンズが小さな体を受け止めて、ぽんぽんと背を叩いた。
「あーあ」とサンズが苦笑する。「コメディアンなのに、なんか、泣かせてばっかりだ」と。
「これからもアンタは好きな所に行って、好きにしたらいい。で、困ったらそのボタンを押せばいいんだ」
アンタはソレだけ考えてればいいさ、とサンズが言葉を継いだ。
「オイラ、いい『近道』知ってんだ。しってるだろ? だからさ、すぐ飛んでいくよ」
サンズの言葉とパピルスのスカーフ、みんなの優しさが、フリスクの胸を、安堵で満たしていく。
フリスクは、震える手で、ミニメタトンをぎゅっと握りしめた。
「フリスク、オイラたちみんな、アンタの味方だ。だから、もうこっそり隠れて泣いたりするな」
フリスクは、声を上げて泣いた。
エコーフラワーが、フリスクの泣き声を静かに聴いていた。
サンズは、泣き疲れたフリスクを背中にひょいっと背負い上げた。
すぅすぅと眠るフリスクには、うっすらと隈がある。こうして気が抜けるまで眠れなかったのだろう。
昨晩、トリエルからサンズに電話があったのは、真夜中に近い時間のことだった。
我が子がベッドで震えている。どうやら繰り返し怖い夢を見ているようだと。
話したがらないので今日まで黙って見守っていたが、今夜は見かねて一緒に寝て、ようやく寝ついたところだと。
サンズはその電話を受けて、やっぱりか、と思った。
崖から落下しかけただけでも恐ろしいだろうに、フリスクは恐らく四回は実際に墜落死を経験している。トリィにそこまで告げるのは酷だと思って黙っていたが、賢い
パピルスの見舞いに来るのも怖かったはずだ。ニューホームからスノーフルまで行くにはいくつも高所を通らなければならない。
「アンタはどうも、ガマン強すぎるな」
泣きぬれたまま眠るフリスクに、サンズがそう小さく声を掛けた。
「……」
サンズは静かに、ゆっくりと目を閉じた。
サンズには、もうずいぶん前から、焼き付いて消えない光景がある。
雪原の真ん中で、弟の灰が散り、夕陽色のスカーフだけが地面に残る。そんな悪夢だ。
「……」
フリスクの首に、夕陽色のスカーフが揺れている。
サンズにとって、これは約束の証だった。
約束が苦手なサンズの、絶望的で臆病な、一方的な誓いだ。
この子が失われれば、サンズは再び、雪原に取り残されたスカーフを見なければならない。
たとえ、何度なかったことになったとしても。
今回の事故を受け、スノーフルでは今、柵を二重にする工事が準備中だった。
崖下には巨大な
アズゴア、トリエル両陛下だけでなく、ロイヤルガードたちや街の大人たちも、どうするべきか真剣に話し合っている。
フリスクが死と引き換えに消し去った『悪夢』を、二度と現実にしないために。
『また』は無い。起こさせない。
守りたいものばかり増えていく。
リセットの無い未来を生きるということは、そういうことだった。
「…………やっぱりさ、…………オレには責任が重すぎるよ」
けど、もう。
そうも言ってられないよなぁ。なあ、兄弟。
フリスクを背負って、サンズは踵を返し、今度こそ地上へ飛んだ。
ウォーターフェルのエコーフラワーが、美しい景色の中でゆらゆら揺れた。
すてられたキッシュは。
まだ隠し部屋に置かれたまま。