サンズと量子力学とあなたの話   作:ふれれら

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フリスクが本格ハードモードの先へ進む物語です。
過酷なUndertaleAUに刺激を受けて作り上げた我が家のオリジナルAU。



SANS'thing BLUE TALE①Ruins

 

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フリスク。この名前は、地獄へのいりぐち────

どこかで誰かが、そう言ってドアを開けた。

 

 

 

 

《SANS’thing BLUE TALE〜サンズ・シング・ブルーテイル》

 

 

 

 

「古く長く使われるモノは、良いもんさ」

 

サンズが話す昔話が大好きだった。

モンスターの世界の知らない物語を聞くたび、フリスクはたまらなくワクワクした。

 

「長く大切にされたってことは、モンスターの魂の一部が宿ってるってことなんだ。そう、つまり────優しさとか、愛とか、希望ってことだ」

 

暖かいグリルビーズでおいしいものを食べながら、サンズが教えてくれる友達(モンスター)たちの話。

それが何より嬉しくて、どきどきして、幸せな時間だった。

 

「なぁフリスク、モンスターが生前、大切にしてたものに遺灰を撒くのは知ってるだろ? あれはな、大切にしたものには、優しさや希望、つまり魂の一部が沁み込んでるって考えなんだ。だから、魂を失って、灰になったモンスターも、生前大事にしてたものに灰を撒けば、優しさや希望、魂の一部を取り戻せる。そういうふうに、昔から考えられてきたのさ。それがモンスター式の弔いなんだ」

 

わしゃわしゃと幼いフリスクの髪を掻きまわす、サンズの落ち着いた声が好きだった。

たくさんの友達の中でも、サンズの語り口はいっとう興味深くて面白い。

 

「だから、モンスターはみんな、古い物を大切に扱う。少しだけくたびれた、長く使い込まれたものに愛着を持ってる。そこが、新しいもの好きなニンゲンとは、少し違うかもしれないな」

 

地上に出られるようになったばかりの頃だった。

めまぐるしく移り変わる流行と文化に、多くのモンスターが目を回していたことを思い出す。

確かに比べてみるとニンゲンの方が、ずっと多くのものを消費しては捨てる文化だ。

 

「それに、根拠もある。古くから使い込まれた、長く身に着けているものほど、魔法を弾く力が強いのさ」

「!」

 

それを聞いてフリスクは、異次元ボックスの中にずらりと並んだ防具を思い出した。

後から知ったことだが、フリスクを助けてくれたこれらの物たちはどれも、先に落ちてきた子どもたちの遺留品だったらしい。

それを知った今は手放して、弔った品々だ。

 

遺跡で最初に見つけた色褪せたリボン。防御は+3だった。

ウォーターフェルで見つけたおふるのチュチュ、防御は+10だった。

ホットランドで見つけた汚れたエプロン、防御は+11だった。

 

最初に落ちた遺跡から、遠くへ行けば行くほど。

つまり、ニンゲンの子供が地底で『長く身に付けていた』ほど、防御力が確かに高かった。

 

「大事に使い古された物ほど、アンタをよく守ってくれる。もちろん、子供(アンタ)を守ってくれるような、とびきり気持ちのこもった物じゃないとな」

 

サンズは優しく語り聞かせた。幼子をあやすような口調だった。

物を大事にする大切さを説くような、穏やかで優しい言葉の雨だった。

 

フリスクは、かつて首から下げていた、防御力99のハートのロケットを思い出す。

あれには、最初のニンゲンに幸あれと願った、アズゴアとトリエルとアズリエルの百年分の祈りが、しかと込められていた。

それも、今は手放して弔った。地上に出てニンゲン式の弔い方を学んだアズゴアたちが、金色の花の下に埋葬したから。

 

「長く身に付けた、子供(ニンゲン)の幸福を祈った、古く大切にされた物は魔法を弾くんだ。それが、大昔からのルールなのさ」

 

フリスクは、サンズの話が大好きだった。本当に本当に、大好きだった。ずっと聞いていたかった。

物知りなサンズが口角を上げて、まだ聴き足りないフリスクの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「さて、そろそろ寄り道も終わりだ。パピルスが張り切ってるからな」

 

 

きらきらと春の陽射しが降り注ぐ鮮やかな地上の青空の下で。

桜舞う中、みんなでピクニックした、あの日の幸福な光景が、鮮やかに目に浮かぶ。

 

ジジッと思い出が歪む。不協和音が入り込んで、幸せな光景にノイズが入る。

 

 

晴れやかな青い空は、恐ろしいほど赤い空へ。

空爆の音がする。

 

 

─────knock(ノック)knock(ノック)……

 

コンコンと、扉を叩くように。

まどろみの外から、必死にフリスクを呼ぶ声がする。

フリスクは、目覚めた。

 

「……knock(ノック)knock(ノック)、結婚式にピッタリなモンスターって、だぁれだ?」

 

サンズの声に、フリスクはのろのろと目を開けた。けほっと小さな咳を吐き出して、「knock knock」と返す。

「だぁれ?」

「そう、それはもちろん────スケルトン、つまりオイラさ」

 

小さなフリスクの身体を、両腕で抱き上げながら、サンズはウィンクした。

 

something blue(サムシング・ブルー)って知ってるだろ。ほら、花嫁に贈る四つの験担ぎさ」

 

古い物(オールド)新しい物(ニュー)借りた物(ボロード)、そして────青い物(ブルー)

 

「ぜんぶ身に付けた花嫁は、最高に幸せになれるってヤツさ。その点オイラは、結婚式に呼ぶにはピッタリだと思わないか、なぁ?」

 

フリスクは、もう感覚の無い両脚を、サンズに抱えられながら、くすくすと笑った。

血の滲んだ腹は、サンズのパーカーが隠してくれた。

 

✳︎ あなたは ピッタリだとサンズに伝えた。

 

「へっへ、そうだろ? なにせ、オイラひとり居れば、花嫁は幸せ確定だ。(ソイツ)はなかなか年季物だし、借り物で、見ての通り青いしな」

 

フリスクの小さな体を、サンズのパーカーが守るように包み込んでいた。フリスクを抱えたまま、サンズは火の海を走った。

 

フリスクは、サンズの口調を真似て、「それに、Older man(おじさん)だし?」と笑った。

サンズは「バカ言え、New guy(おにいちゃん)だ。あー、まぁ、……モンスターの時間では」と付け加えて肩をすくめた。

どちらも気付いている。自分たちが共に過ごしてきた長い長い時間が、ニンゲン基準ではとっくに若者の域を越えていることに。

 

轟々と街が燃えている。

 

「つまり、Something Blue(サムシング・ブルー)ならぬ、Sans'thing Blue(サンズシング・ブルー)ってわけさ。サイコーに縁起がいいだろ? つまり、アンタは絶対幸せになれるってことだ」

 

ツクテーン、と茶化してみせる、その横顔に、汗がにじんで、息が切れる。

Something(サムシング)サム's thing(一般的な男性名)を引っかけて、サムの物(サムシング)よりサンズの物(サムシング)の方が縁起物だというダジャレだった。

 

絶望的な、こんな時まで。くだらないジョークでフリスクを励まそうとする、サンズの途方もない優しさだった。

 

「だから、そうだな────ああ、ホントは、それこそいつかアンタの結婚式にでも披露しようと思ってたんだが、なかなか上手くいかないもんだ」

 

サンズが、息を切らせながら、懸命にフリスクに笑ってみせる。ショートカットの魔法を限界まで連発しすぎて、もう自分の足で走るしかないほど疲弊しているということだった。

笑い返したいのに、目がかすんでよく見えない。上手く合わない焦点に、サンズの顔が歪む。

 

「大丈夫だ、フリスク。必ずアンタを安全なとこまで送ってやる。その傷だって、何か食べればすぐ治るさ、だから、まだ諦め────」

 

その刹那。

重い銃声がドンッ、とサンズの胸を貫いた。

 

サンズは、限界まで目を見開いて、たちまち膝から崩れ落ちた。

振り向いた後ろに、兵士がひとり、『バケモノめ!』と気が狂ったように叫んでいた。

 

サンズは固く歯を食いしばって、左手を振った。青色の重力操作で吹っ飛ばされた兵士が、瓦礫に頭を打ってがくんと気絶する。トドメを刺そうと思えばできるのに、サンズは決してそれ以上攻撃しようとしなかった。

 

「……へっへ、しくじったみたいだ。ごめんよ、フリスク」

 

サンズの指先が、ざらりと崩れ始めた。

モンスターは、悪意ある攻撃に耐えられない。

 

最期の力を振り絞って、サンズが片手を振る。燃える街が消えて、廃屋が現れる。

勢いよく倒れ込んだサンズが、自分の体を下敷きに地面との激突からフリスクを庇った。

 

ほとんど気を失いかけていたフリスクは、ハッと目を見開いて、崩れ落ちたサンズに「サンズッ!?」と叫んだ。

 

「へっへ…」

 

ごろりと地面に身体を横たえたサンズが、さっきまでとは逆に、フリスクの小さな腕の中で見上げた。

力が入らなくてフリスクも立てない。血を失いすぎた。

 

「ああ……くそったれ、ごめんなフリスク、これだから、約束はきらいなんだ」

 

フラウィも、トリエルも、アズゴアも、メタトンも、アルフィーも、アンダインも、パピルスも、もういない。

最後のひとりになったサンズが倒れては、フリスクを護れない。

 

「アンタを託されたのに、ああ…ゲホッ、くそっ……よく聞け、フリスク。どうやらオレたちは、決意ってものをしなきゃいけないらしい。そう、具体的には────リセットってヤツだ」

 

サンズの足が崩れ始めている。灰になる寸前だった。もうわずかな時間も無い。

 

「聞いてくれ、オイラたちの最高の親友(ベストフレンド)、フリスク。アンタだけでも引き返すんだ」

 

フリスクは、血の滲んだ腹を押さえてボロボロ泣きながら、固唾を呑んでサンズの最期の言葉に耳を澄ませた。

 

「ニンゲンとモンスターの戦争が起きる前まで、ぜんぶ巻き戻すんだ。オイラたちモンスター全員が、それを願ってる。辛い選択をさせて悪い、フリスク。アンタを忘れちまうのだけが心残りだが────」

 

フリスクは、ごめん、ごめんなさい、と。

サンズに縋って泣いた。

 

「なぁ、オイラたち、地上で一緒にいろんなものを見たよな。夕陽や、夜明け、満月に、流星群、虹や、蜃気楼、海も、砂漠も────その全部が、間違いなんて思わない」

 

サンズの細い指先が、縋って泣くフリスクの頭にそっと添えられた。

 

「アンタが地上に導いてくれたこと、感謝してる。きっとみんなもだ。だから────アンタのせいじゃないんだ」

 

ボロボロ泣くフリスクに、諭すようにサンズが言葉を重ねた。

サンズへ、雨のように涙が降り注ぐ。

 

「この結末になったのは、アンタのせいじゃない。誰のことも憎んじゃダメだ。わかるか? 自分のこともだ」

 

サンズが、左手をフリスクに重ねた。

崩れかけた細い指が、フリスクを惜しんだ。

 

「できれば、優しいアンタのまま、もう一度オイラたちと友達になって欲しい」

 

 

泣き縋ったサンズの身体が

ザァァァ、と崩れて灰になる音がして

最後の友だちを喪ったフリスクの(ソウル)は、砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供がひとり、金色の花畑に(うず)もれて、目を覚ました。

 

フラウィはついに落ちてきた八人目のニンゲンに、下卑な笑みを隠しながらにじり寄った。

カモにしてやるつもりだった。

 

Howdy(ハロー)! ボクはフラウィ、おはなのフラ、」

 

あたかも無害そうに笑いかけた瞬間、子供は────フラウィを抱きしめた。

 

「えっ、はっ!?」

 

仲良しカプセルと称した弾幕をぶつけるのも忘れて、フラウィは、戸惑いに硬直する他なかった。

 

ニンゲンの子供は、フラウィを力いっぱい抱きしめたまま、泣いて泣いてフラウィの名前を叫んだ。

何度も、何度も、愛する家族にするように、無二の親友にするみたいに、フラウィを全身で固く抱きしめた。抱きしめ続けた。

 

「ちょ、離してよ! なに!? 気持ち悪いんだけど!?」

 

見知らぬ子供はフラウィを離さなかった。離したくないと、ハグし続けた。

もがいたフラウィは、顔を歪めて「離せってば!」とツタで子供を乱暴に振り払った。

 

突き飛ばされた子供が体勢を崩し、金色の花畑の中に倒れる。ぜーぜーとフラウィは息を荒げた。

 

「お前、初めてじゃないな…!? ロード……いや、リセットか!?」

 

フラウィは鋭く弾幕を飛ばした。

手加減も忘れて、本気でソウルを砕きに行った一撃だった。

 

 

そこまでは、『いつもと同じ』と言えただろう。

だが、そのリセットは。

 

ひとつだけ、他と違うところがあった。

 

「えっ……!?」

弾幕は命中した。した、はずだった。

だが、それは全て、当たる前に弾かれた。子供はダメージひとつ負っていない。

「バカな、そんなはず…!」

 

今度こそ、本気で弾幕を投げ付けた。

キンッと魔法は弾かれた。

ニンゲンの子供は棒立ちだった。何もしなかった。────肩に掛けられた、古いパーカーを握りしめること以外。

 

フラウィが『Check』して、ギョッとした。

 

✳︎ 青くて古い借り物のパーカー。百年着た普通(おニュー)の服。

✳︎ 持ち主は長いこと、ニンゲンを護りたいと願っていたようだ。

 

「防御……9999!?」

 

フリスクの両肩を、青いパーカーが包んでいた。

横じま模様のシャツの上に、青いパーカーを握りしめたまま、フリスクはボロボロ泣き続けた。

 

 

「なんだよそれ……お前、誰なんだよ!」

 

棘だらけのツタを向けるフラウィに、フリスクは、涙に濡れた顔で、泣きながら笑いかけた。

 

Your Best friend,Flowy(きみの永遠のともだちだよ、フラウィ)

 

 

 

《SANS’thing BLUE TALE:防御9999フリスクが走る二週目Pルート》

 

 

 

 

これは、幸せを祈るSans'thing Blue(サムシング・ブルー)とフリスクの、過酷な物語(ハードモード)だ。

 

 

 

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◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

次の時間軸のオレへ

 

 

 

これがオレの目に止まったということは、大規模なリセットが起きたということだろう。オレは今、疑心暗鬼で頭がいっぱいだろうな。今この瞬間もこの手紙の真偽に、慎重に目を光らせてるはずだ。つまり、最初に本題に入る。

 

五十二年後、西暦2×××年、コアが停止する。

ポイント31261026を調べろ。故障が見つかるはずだ。それでこの文章の真偽がわかるだろう。

だが、コアに今すぐ近道したい気持ちは抑えて、まずこの手紙を最後まで読んで欲しい。誰にも知られず、慎重に事を運ばなければならないと分かるはずだ。

 

まず、誤解を解くところから始めなきゃな。

地底に落ちてきたニンゲン、フリスクは虐殺者じゃない。善良で、心優しい、オレたちの真の友だ。オレたちはみんな、心からアイツを愛している。

 

フラウィと名乗ってる黄色い花が、真の虐殺者だ。

セーブロードリセットの権限でオレたちを弄んでいたのはヤツだ。だが、フリスクが地底に落ちてきた時、後で説明するが、セーブロードリセットの権限はフリスクに移行している。

 

おっと、早とちりは良くないぜ。これを知ったオレは、「今なら虐殺者を始末できる」ってことに気付いちまうだろうな? けど、それは最悪の選択だ。いいか、冷静に最後まで読むんだ。

 

結論から言う。フラウィを始末しても、フリスクを殺してタマシイを奪っても、バリアは破壊できない。七つのニンゲンのタマシイは強すぎて、王を以ってしても、受け止め切れないんだ。それができるのは、空の器、フラウィだけだ。

バリアを破壊するには、ヤツの協力が必要だ。アイツは未来に必要なんだ。()()()()()()も。だから、早まったことはするんじゃない。いいな。

 

最後に落ちてきた子供──フリスクは。あの力を、誰かを苦しめるような真似には決して使わなかった。文字通り、たとえ何度、自分が死ぬような目にあっても、だ。

アイツは真の平和主義者(パシフィスト)で、心優しいお人好しなんだ。オレたちの時間軸では、アイツのその姿が、フラウィを変えた。

この時間軸に、虐殺者はもういない。

いるのは、ソウルレス故に道を踏み外した償い花と、空の器に愛と思いやりと希望を注ぎ続けた優しい天使だけだ。

救いようのない悪党でも変われる。努力さえすれば、誰でもいいひとになれる。

信じられないだろうが、本当のことだ。リアルスターの信念は間違っていない。それを信じて欲しい。

 

フリスクのおかげで、オレたちは、この百年近く、本当に幸福に生きてきた。

オレが最後に隠し部屋の資料を更新した日付は八十三年も前だ。それだけで、どれほど幸福に生きてこれたのか、わかってもらえると思う。

 

この手紙を残すことにしたのは、情勢がきな臭くなってきたからだ。

そう、つまり────もうすぐニンゲンの国とモンスターの戦争が起きそうなんだ。

 

リセットが起きたとしたら、それは不測の事態で、不可抗力だ。フリスクのせいじゃない。

最悪で致命的な何かが起きたということなんだ。

 

オレたちは誰も、フリスクの犠牲を望まなかった。だから、たとえ誰が失われても、自分を救うためだけにリセットを使うなと、オレたちは入念にフリスクを説き伏せた。そう、たとえば────約束した全員が、アイツと永遠の別れを経験した、なんてことがなければ、だ。

つまり、これを次のオレが読んでるということは────まぁ、そういうことだ。

 

だから、いちばん傷ついているアイツを、よりによってオレが責め立てないように心から祈る。

アイツは誰より運が悪くて、心からオレたちの友達だっただけなんだ。頼むよ。

 

どうか、アイツを守ってやって欲しい。

ズタズタなはずのアイツの心が折れないように、目指す未来を掴めるように。

アイツが本気で走るのは、いつだってオレたちモンスターのためだ。

おばさんとの約束以上に、だ。どうかアイツを、何としても『真に一度も死なせず』に地上に送り出して欲しい。

なぜなら、アイツは────魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)なんだ。

 

これに関する詳細は別にまとめた。ノートNo.1904がそれだ。

知っての通り、王様と王妃様はモンスターの中でも寿命が著しく長い。まだモンスターが地上にいた頃、広大な土地に魔力があふれていた時代に、地上の魔力を多大に吸収した結果だと言われている。膨大な魔力を体に蓄積して放出し切れない期間が続くと、外見年齢の進行が著しく減速することまでは分かってるんだ。

これが魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)。その性質は先天的なもので、遺伝することまでは分かっている。

 

そして、王妃の愛娘、フリスクも。

何の因果か、同じ性質を持っていることが後に分かった。

 

知っての通り、モンスターの身体は魔法で構成されていて、バリアを通過できない。つまり、そこから導き出されるバリアの本質とは、《魔力の堰き止め》にある。

モンスターが地上を追われて数百年、バリア内に限界まで堰き止められた魔力は、極限の飽和状態だった。

 

水が高い所から低い所に流れるように、磁石に砂鉄が吸い寄せられるように、魔力はより親和性の強い方へ流れる性質を持ってる。

そこにある日、突然創り出された、ソウルを持たない空っぽの器、フラウィ。

バリア内の膨大な魔力は、一瞬にしてそいつに雪崩れ込んだ。それが、時間軸を逆流させるほどの破格の魔力の正体だ。

つまり、虐殺者に時間軸を弄くる最悪な力を与えてしまったのは、この特殊なイビト山の性質そのものだったんだ。

 

そんな中、ある日、そいつより魔力への親和性が高いニンゲンの子供が地底に落ちてきた。

虐殺者と子供が出会った瞬間、バリア内に堰き止められた膨大な魔法の奔流は、子供へ雪崩れ込んだ。

時間軸を巻き戻す魔法と一緒に。

 

そう、フラウィからフリスクへ、セーブロードリセットの権限が移行したのはそのせいだ。

フリスクは死ぬたびに、バリア内に閉じ込められた膨大な魔法の奔流を、無限に体に蓄積してしまっている。おまけにモンスターと違って、ニンゲンのフリスクには、弾幕で魔法を発散させる術がない。本当なら、より魔法の力が流れやすい方向へ消えて行くべきところだが……フリスクは、魔力との親和性が、あまりにも良すぎた。

 

だから、まもなく魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)を発症して、外見年齢が止まった。そのまま寿命がモンスターに寄ってしまって、────……それが、崩壊の始まりだった。

不老不死を求める地上の連中に目を付けられたんだ。

それが戦争の引き金になっちまった。

 

オレたちが気付いた時には、もう遅かった。

フラウィのヤツが自分を犠牲にしてフリスクを救わなけりゃ、今頃オレたちは、アイツを失った悲しみに暮れていたはずだ。

 

これをオレが読んでいる今ならまだ、フリスクはリセットで膨大な魔力を使い尽くした直後だろう。つまり、アイツが一度でも死んでしまえば、たとえ『なかったこと』になったとしても、アイツの未来も、多くのモンスターの運命も、否応なく狂ってしまう。

だが、これをうかつに他言してしまえば────アイツにどんな恐ろしいことが起きるか、オレなら分かるだろう?

 

フリスクが先に進もうとしないなら、どうか見守ってやって欲しい。それは、アイツの心に休息が必要という証だ。

フリスクが先に進むと決めたなら、どうかアイツがアルフィーを変えるまで見守ってくれ。

アイツは、アルフィーの真実を知っている。

オレには救えなかったが、アイツならアルフィーを救えるはずだ。そして、コアの修理も、魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)についても、アルフィーの協力が不可欠だ。

コアの件はそれまで他言するな。既に小さな誤差は起きているはずだが、アルフィーを救うなら、アイツにとって不測の事態は少ない方がいい。

だから、どれほどアイツを信じられなかったとしても、アイツが真実のラボにたどり着くまで、審判を下すのは待って欲しい。

 

オレたちは、アイツを信じている。

アイツが立ち上がるなら、きっと目指す先は今よりも良い未来だと信じている。

 

だから、アイツに未来を託す。

 

だが、もし上手くいかなかったとしても────オレたちは、充分に長い間、アイツから幸せな時間をもらった。

 

険しい道になるだろう。だからどうか、アイツを守ってやってくれ。もう二度と傍にいてやれないオレたちの代わりに。

 

これを読んでいる次のオレが

今のオレたちと同じぐらい、アイツを愛せる日が来ることを祈る。

 

2×××年9月14日、リアルスターとジョークとアイツの未来をこよなく愛するオレより。

 

 

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・Pルート後にニンゲンとモンスターの戦争が起きてしまったAU。

・フリスクが親善大使として働いて数年、セーブロードの弊害(魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア))で「フリスクの成長が極端に遅い」とようやく気付いた頃には、『モンスターは不老不死の方法を隠している』という誤解が広まり、戦争のキッカケになってしまった。

・現在、地上に出て百年だが、フリスクはまだ子供の見た目で、心も相応の幼さ。時間の体感はモンスターに近しい。

・このフリスクはセーブロードリセットを自由に扱えず、死ぬことでしか発動できない。

・サンズたちはそれをわかっていたので、戦争が始まった時も、自殺でリセットを使わないようフリスクを説得し、守った。しかし、ニンゲン側は、不老不死の手段としてフリスクを手に入れようと躍起になり、戦争は激化。

・モンスター側で最も『悪意』に敏感だったフラウィが、フリスクを逃がして最初に犠牲になった。それを皮切りに、フリスクの研究を担当していたアルフィーと彼女を護ったアンダイン、メディアを使って非戦を訴え続けたメタトン、停戦協定を結ぶために奔走したアズゴア王とトリエル王妃が次々に犠牲となり、ニンゲン側の一方的な虐殺(地上のニンゲンによるGルート)の様相を呈するようになる。

・アズゴア王とトリエル王妃亡き今、停戦協定を結べる代表者は、彼らの子、フリスクしかいない。その判断の下、アンダインたちロイヤルガードに命懸けでフリスクを託されたパピルスとサンズは、何とかフリスクを逃がそうとするが、途中で空爆に巻き込まれかけた子供を助けてパピルスが犠牲になる。

・ついにサンズとフリスクだけになってしまった二人は逃げ続けたが、フリスクが負傷し、サンズが寝る間もなく近道を連発して逃げ回り、疲労が極致に至って判断が鈍ったところを銃で撃たれ、冒頭に至る。

(Gルートにおけるサンズの殺し方=限界まで疲弊させてウトウトさせ、不意打ちする、である)

・このAUにおいて、セーブロードは「バリア内に数百年堰き止められた魔力がフラウィ→フリスクへなだれ込んで可能となった時空逆流魔法」という解釈で、モンスターと違って魔力を発散する方法がないフリスクは、この百年で膨大な魔力を体に貯め込んでおり、百年ぶりの「リセット」の発動は、地上と地下の全てを巻き込む莫大な時間逆流となった。

・これに、逆流直前にフリスクが握りしめていたサンズのパーカーが巻き込まれ、これを百年身に付けていたサンズが「フリスクを護ろうとし続けていた」という結果、最強の防具として機能。ハードモードが開始する。

・地下に数年いた最初のニンゲンの防具が防御99なので、モンスター全員分の想いを託されて走ったサンズの百年なら百倍の9999なのは相応の数値。ただし、万能ではない。弾くのはあくまで魔法攻撃で、取り押さえて物理的に剥ぎ取ってしまえば簡単にフリスクを殺せる。たとえばアンダインの槍で袈裟斬りにしてしまえば、なすすべなくパーカーは真っ二つだ。

・だが、心の拠り所のパーカーが失われた瞬間、フリスクの心は完全に折れる。これは一度きりの奇跡で、リセットしてもパーカーは元に戻らない。時にフリスクは、自分の身よりパーカーを守ろうとするだろう。

・モンスターたちは全員戦争でニンゲンに殺されているので、覚えてないなりに、ニンゲンへの攻撃は激化する。だからハードモードが発生するのだ。

 

・このフリスクのゴールは「ハードモードを生き抜き、戦争の起きないPルートにみんなを導く」だ。

 

 

 

 

《クリア条件》

 

・ノーデスで平和主義クリアし

・NルートでPルートラスボス(フラウィ)とGルートラスボス(サンズ)の心を開き

・バリアを破壊して地上に出ること

 

シンプルだが、ハードモードに相応しい超難易度だ。

 

①バリアを破壊せよ。

 

・このルートは「将来的にコアが停止して地底世界が壊滅する」というNルートAUの隣に危うく存在する。

・フリスクは「コア故障前に地上への移住が完了し、ことなきを得た」という未来の事実を知っている。

 

つまり「戦争回避のために地底で暮らし続ける」という手は使えない。バリア破壊は必須だ。

 

②ノーデスでクリアせよ。

 

・フリスクが「魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)」で歳を取らなかったのが、戦争の引き金のひとつ。これはセーブロードリセットの弊害で、何度も死んでやり直したせい。

 

つまりフリスクは、戦争回避のため、ハードモードを「ノーデス」でクリアしなければならない。

 

③NルートでPルートラスボス(フラウィ)とGルートラスボス(サンズ)を同時攻略せよ。

 

・フラウィはモンスター側の中で最も悪意に敏感だったため、戦争で奇襲されたフリスクを助けることができた。

・しかし、フラウィを失ったモンスターたちは、ニンゲンの強烈な悪意が想像できず、常に後手に回り「地上のニンゲンによるGルート」を防げなかった。

 

つまり、フラウィの存在は、戦争回避に必須だ。フラウィの心を真に開かなければ、地底に未来はない。

 

・しかし、フラウィが心を開いたのは「何度も死んでリセットを繰り返し、セカイから忘れられていく」というフラウィと同じ状況にも関わらず「諦めない、MERCY(みのがす)し続ける、フラウィにさえも」という姿が共感を呼んだから。

 

・つまり、ノーデス・ノーロードでフラウィの心を開くのは至難の業。フラウィの心を開くには、フラウィと共に過ごさなければならない。

 

・しかし、フラウィ(Gルート未完遂)と共に過ごすということは、サンズの信頼が得られないということだ。

 

・Nルートは「フラウィがGルート完遂手前でサンズに殺され何度もリセットを繰り返した後」の話。つまりサンズはセーブロードリセットを持つフリスクを「Gルートを歩いておいてリセットで何もかもなかったことにした、最悪の虐殺者(ジェノサイダー)」だと誤解した状態で始まる。

サンズの信頼を得るには、最後の回廊まで進み、平和主義を証明し、審判を受ける必要がある。

 

つまり、「ハードモードの無血クリア」が必要だ。

 

・サンズは、フラウィと共に過ごすフリスクを「フラウィによるGルートの協力者」だと誤解する。その状態で何を言っても、サンズの心には響かないだろう。

・しかし、フリスクの「魔力過剰供給症(マギア・オーバーサプリア)」を解決するには、サンズの心からの協力が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「まあまあ、これはどういうことかしら?」

トリエルが頬に手を添えて、のほほんと首を傾げた。

 

いたいけな子供にぎゅうぎゅうに抱きしめられたまま、こっちが聞きたいよ、とフラウィは内心毒づいた。

 

 

ここは本来、トリエルの炎の魔法で追い払われるはずの場面だ。『お花のフラウィ』は火を嫌う。

 

だが、フラウィが投げ付けた弾幕は、無力なはずの子供に傷一つ負わせられなかった。あのパーカーが全部弾いてしまうからだ。

 

防御力9999だって?

とんでもなかった。はっきり言って歯が立たない。

 

だから怪我ひとつ無い子供が、泣きながらフラウィを抱きしめて離さないので、トリエルが近付いてくるまでフラウィにはどうしようもなかったのだ。

トリエルは寄る辺ない子供に微笑みかけた。

 

「こっちへいらっしゃい、my child(我が子よ)。お友達のお花と一緒にね」

 

 

《第一章:Ruins〜いせき〜》

 

 

数ある周回(リセット)の中でも、こんな展開は無かった。

フラウィがニンゲンと一緒に、トリエルに家に招かれる、なんてことは。

 

温かな暖炉の燃える『ホーム』で、トリエルは少し火を弱めた。ニンゲンの腕の中で大人しくする他ないフラウィが、跳ねる火を怖がらないようにということだろう。あいにく、暖炉の火を怖がるような可愛げを、フラウィは持ち合わせていないが。

 

「さあ、ここを使って。おともだちのお花にも、何かちょうどいい寝床を用意しましょうね。植木鉢にリクエストはあるかしら?」

 

息子(フラウィ)を忘れたトリエルが、優しくそう微笑みかける。

何度も虐殺とリセットを繰り返したフラウィが、この時間軸で王妃に忘れられたのは、とっくにわかりきっていたが、どうにも複雑だった。フラウィはぷいっとそっぽを向いた。

 

泣きじゃくるニンゲンは、トリエルに優しく手を引かれ、子供部屋の布団に潜り込んだ。

だが、子供は、トリエルの手を離さなかった。フラウィのことも。

 

「あらあら、大丈夫よ、我が子。お買い物をしてくるだけですからね」

 

ぎゅう、と手を離さない子供が、枕にうずもれて「ママ…」と小さく泣いた。

トリエルが、優しく目を細めて、あどけない子供の頭を撫でる。

「まあ、嬉しいわ。そうね、ママと呼んでくれていいのよ。パイが焼き上がるのを待っていてね、きっと大好きだと思うわ」

 

トリエルが何度も子供の頭を撫でる。

ぎゅうっと手を離そうとしない子供が、ポロポロ泣きながら「ママ…ごめんなさい…ごめんなさい…」と謝ってますます泣いた。

 

「まあ、そんなに泣いたら目が溶けちゃうわ。怖くありませんよ」

 

トリエルはそう言って、子供が落ち着くまでじっと忍耐強く待った。

幼い子供はますます泣いた。涙がぼとぼと枕に吸い込まれていく。

焦れたフラウィが、いい加減口を挟もうかと思った頃、トリエルが「不思議ねえ」と感慨深げに言った。

 

「かたつむりパイを焼いてあげようと思ったのだけど、なぜかしら、あなたは、そう、バタースコッチシナモンパイの方が好きね? なんだかそんな気がするわ」

 

フラウィはその言葉にはっとして、驚いた顔をした。トリエルが子供のつむじを撫でた。

 

「実はね、ちょっと材料を切らしていて、かたつむりパイならすぐ焼けるのだけど……お買い物をしなくっちゃ。さあ、この手を離して、あなたの好きなバタースコッチシナモンパイを私に焼かせてくれる? わたしの生きがいなのよ」

 

幼い子供は、ポロポロ泣いた顔を枕に埋めて、名残惜しそうに手を離した。現金な子供に、トリエルが微笑ましそうに笑った。

 

「いってきますね、我が子。おともだちと仲良くね」

 

パタン、とドアが閉められて、部屋が優しい闇に覆われた。

 

フラウィは、なんとも言えない顔をして、子供の腕から這い出した。

 

「なに? あのおばさん、死んだの?」

 

ピクッと、子供の小さな肩が跳ねた。

初対面のはずのトリエルを、ああも泣きながら引き留めれば、知らないなりに予想できることだが、子供はまるで特別な力で見透かされたみたいに、肩を震わせた。

フラウィは、調子を狂わされた腹いせに、思いっきり顔を歪めて嘲笑した。

 

「わかった、キミが殺したんだろ!」

 

それが、この子供にとって、どれほど残酷な言葉か知らず、平然と刃を投げ付けた。

 

「みーんな死んで、後悔して全部リセットして戻ってきたんだろ! いいね、そうでなくっちゃ!」

 

まるでステキなアイディアでも閃いたみたいに、フラウィは続けた。

高らかに嘲笑しながら、ペラペラと言葉を紡ぐフラウィに、フリスクは俯いた。

 

「何もかもやり直して、ぜんぶ忘れられた気分はどう? 最高だろ? バカだね、『あの力』を使えるのはボクらだけ! ここではボクらが神さまなんだ、どう傷付けて遊んだっていいんだよ!」

 

フラウィは上機嫌だった。俯く子どもの顔を笑いながら覗き込んだ。

 

「いいよ、一緒に遊んであげる! 次はどうする? いっそ全部とトモダチになって、その後ぜんぶ殺してみよっか? ふふ、キミもすぐにわかるさ、ボクらのことが分かるのは、ボクらだけなのさ! この素晴らしい力を持ってる限りね! さぁ、何から始め────」

 

子どもは、ふわりとフラウィを抱きしめた。

 

「え、なに、」

「……約束したんだ」

 

約束したんだ。キミがぜんぶ忘れても。

何度思いやりを忘れ(ソウルレスにもどっ)ても、また(ソウル)が満ちるまで、(ソウル)を取り戻すまで、何度だってキミに愛と思いやりと希望を注ぐって。

 

 

I miss you,Flowy(きみがいなきゃ寂しいよ、フラウィ)

 

 

 

あのね、と子どもは泣きそうな震え声でささやいた。

 

アンダインは、負けず嫌いもここまで極めれば大したもんだってカラカラ笑ってた。アンタほどじゃないよ単細胞って憎まれ口叩いてた。

パピルスは、お花ちゃんは寂しんぼだから、パーティは最初に呼んであげないとね!って言ってた。真っ赤になってツタ振り回して怒ってた。

サンズは、同じ兄貴としてたまには(ハナ)し相手になってやってもいいぜ、花だけに。って言ってた。うっさいブラコン!ってあっかんべーしてたけど、そっちも大概だろってやり込められてた。

メタトンは、ボクには敵わないけどフォトジェニックだね!今度また一緒にステージに出ないかい!ってウィンクしてた。にべにもなく断ってたけど。

 

「ずっと、二人ぼっちじゃなかったよ。みんなフラウィを、キミを分かってくれてたよ」

 

 

「……なにそれ」

 

バシッとツタで、子どもの手を弾いた。

 

「なにそれ! 知らない! そんなの知らない!!」

 

 

カァッと頭に血が昇るみたいだった。

 

フラウィはダッと逃走した。

「まって」と、子どもは後を追った。「いかないで」と悲痛な声が無人の遺跡に響く。

 

子供が、はぁ、はぁ、と息を切らせた。

追いかけっこの末にたどり着いたのは、遺跡の出口の通路だった。

行き止まりだった。そこに立つフラウィは、子供に背を向けたまま、低い声を出した。

 

「誰がお前なんか信じるもんか」

フラウィは顔を歪めて、唸るように言った。

「お前がのんきに不殺(ころさず)なんてできるのは、これがお前にとってゲームだからだ! だからのんきに説得なんかできるんだ!」

 

フラウィが振り返って叫ぶ。

埃っぽい遺跡の壁が、ビリビリ震えた。

 

「防御力9999じゃ、誰もお前を傷つけられない! 安全な所から手を伸ばしてるから、ボクを説得なんかする余裕がある! そうだろ!? この世は殺すか殺されるかだ! 殺られないって分かってるから、殺さないなんてバカな選択肢が取れる!」

悔しさで歯軋りするみたいに、フラウィは吠えた。

「そいつを脱いで、それでも同じことが言えるなら、考えてやってもいいけどね! 嘘じゃないなら脱いでみろよ、この臆病者!」

 

無人の遺跡に、フラウィの叫びがこだました。

 

反響する声が、エコーして、遠退いて、消える頃。

はぁッ、はぁッと肩で息を切らしたフラウィに、黙っていた子供が「泣かないで」と両腕を広げた。

 

 

いとけない子どもは、そっと目を細めた。

ゆっくりパーカーを脱いで、畳んで、両腕を広げて、震え声で笑って

 

 

Hug me(ハグして)

 

 

だから、迷わず────ズタズタにしてやった。

 

 

 

 

 

 

「バッカじゃないの?」

 

フラウィが勝ち誇って高らかに嘲笑した。

下品な嘲り笑いがギャハハと、遺跡の壁に反響して木霊する。

 

傷付けられるってわかってたくせに、バカなヤツ!

 

 

「なぁにが『泣かないで』だよ! 誰が泣いてるように見えるって? キミってほんとバカなんだね! あんな言葉ひとつで騙されて! それさえ脱げばこっちのものだ!」

 

子供はHP残り1で、地に倒れ伏したまま身じろぎもしない。あの程度で気を失ったらしい。

ボロ雑巾みたいに動かない。歪な笑い声が遺跡にケタケタ響く。

 

「ま、どうせセーブロードの権限はキミが持ってるんだ。トドメは刺さないであげるよ。無駄なコトはしないさ、また一からおばさんの話に付き合うのも面倒だもの」

 

憂さを晴らしてすっかり気が晴れ、フラウィはこの場を後にしようと機嫌良く背を向けた。

引っ込めようとしたツタを、ピクッと動いた子供の小さな手が掴むまでは。

 

「……離せよ」

 

イライラして、低くドスを効かせた。

邪魔な子供は、小さな掠れ声で「……ぃ……で……」と何かを訴えていた。

 

「ぃ……か…………ぃ……で………」

 

 

いかないで

いかないで、……フラウィ……おにいちゃ……

 

 

ドクン、と無いはずのソウルの脈動を感じた。

 

 

 

「は…?」

 

フラウィはフリーズした。

 

「なにそれ、ボクのこと?」

 

 

 

ボロ雑巾みたいな子供は答えない。

 

 

 

「……何とか言えよ、おい」

 

 

 

子供は答えない。

 

 

 

「オイ、何とか言えって、言ってるだろッ!」

 

 

 

子供は答えない。

 

 

「────ッ!」

 

 

子供は手を離さない。

 

フラウィは、カッとして、棘だらけのツタを振り上げた。

 

 

 

振り下ろしたツタが、子供を力任せに殴りつける刹那。

 

 

バシッと、何かがツタを弾いた気がした。

 

 

 

 

────やめて!

 

 

 

 

倒れたニンゲンの傍に、こちらを睨む『ボク』がいた。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

幻だ。そのはずだ。

幻の自分(フラウィ)が、ツタで守るみたいにニンゲンを覆って、こっちを睨んでいる。

 

胸がざわめいた。

まるで、ありもしないソウルのカケラが光ってるみたいに。

 

 

幻のフラウィは、いたわるみたいに、そっとツタで子供を撫でた。

子供は反応しない。ニンゲンの髪は揺れない。

 

自分にしか見えていないのだ。

 

『もうやめようよ』

 

幻がそう口をきいた。

 

『こんなことしても、意味ないよ』

 

 

「……うるさい」

 

 

『もうわかってるだろ? 奪っても殺しても、空っぽは消えないって。少しの愉悦があるだけだ』

 

「うるさい」

 

 

『ねえ、ボクが本当に欲しかったのは────』

 

「うるさいッ!!!!」

 

振り上げたツタを突き刺した。幻がツタをすり抜けた。

幻は消えない。こっちをじっと見ている。子供を愛おしそうに守ったまま。

 

「ちがう、違う違う違うッ!!」

 

体の半分が引き裂かれて痛むみたいだった。

無いはずのソウルがどくどく疼く。

 

頭を抱えて、振り乱して叫んだ。

「お前なんかボクじゃない!」

 

幻が、憐れむように目を細めた。

 

 

子供が落としたパーカーが目に入る。

Check、持ち主は、長らくニンゲンを護ろうと────

 

 

カッと頭に血が上った。

 

(魔法がダメなら、直接、破って……!)

 

 

壊してやる。

パーカーをビリビリに破ってやろうと、鋭いツタをドリルみたいに突き立てようとした。

 

咄嗟のことだった。

ニンゲンが、飛び起きて、パーカーを庇って、抱きしめた。

幻が息を呑んだ。

 

『わっ! バカ!』

 

 

ツタが、背中を貫く。

ズブリと肉を貫く感触がして

自分の中の何かが悲鳴を上げた。

 

────フリスクッ!!

 

 

「みん、な」

 

こぽっ。口から、赤い血があふれた。

吐血したまま虚ろな目で、ニンゲンは唇だけ動かした。

 

ふ、ら、うぃ、

 

綺麗なガラス玉みたいな瞳の中で、ゆらりと揺れた自分が息を止めた。

 

 

 

 

「お、に…ちゃ、」

 

シン…

 

 

音が絶えた。

静寂が周囲を包んだ。

 

 

「え……?」

 

 

 

ニンゲンは血を流したまま、ピクリとも動かなかった。

 

子供の胸で、赤いソウルが、沈黙している。

 

 

リセットが、発動しない。

 

 

「…………え?」

 

 

 

赤いソウルが、血を流していた。

決意の赤が、どんどん失われて、色が薄くなっていく。

 

桃色から、白へ。

 

 

 

 

ゾワッと、悪寒がはい上がった。

 

 

 

『早くケガをッ!!!!』

 

 

 

幻が叫んで、ハッと自分を取り戻した。

フラウィは、たじろぐみたいに、そこから逃げた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

ホームに戻っても誰もいない。

ホームは店まで遠い。トリエルは不在だ。

こんなときに、いちばん必要なパイが無い。

 

(バタースコッチパイ、かたつむりパイ……! くそっ、無い!)

 

キッチンを漁っても見つからない。

 

ツタを伸ばせるだけ伸ばして、あちこちひっくり返してめちゃくちゃに家探しする。

 

バンッと開け放った冷蔵庫の奥に、ぽつん、とひとつ。

最初のニンゲンの好物だった────

 

(あった! チョコレートッ!)

 

フラウィはそれを引っ掴んで、とんぼ返りした。

 

血を流す子供は、死体のようにピクリとも動かずそこにいた。

 

「食べてッ!」

 

ぐったり動かない子供の口に突っ込んだ。

血と混ざって、こぽっと音がする。

 

シュッと消えたチョコレート。

背中の傷は、塞がっていた。

 

最後に血反吐をゲホッと力無く吐き出して、やがて子供の呼吸は安定した。

 

「は……」

 

力が抜けて、へなへなとフラウィは座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

気を失った子供はベッドに寝かせた。

 

意識の無い子供の上には、ポップ画面が見える。

『SAVE・LOAD・RESET』と。

 

力は消えていない。

なら、なぜ致命傷を受けてもリセットが発動しなかったのか。

 

(……わかってる)

 

この子、決意(ケツイ)が折れかけてる。

 

(ケツイは、生きたいって強い気持ちだ。この子、限界なんだ。リセット前に『生きたい』って思えないくらい辛いことがあったってことなんだ)

 

セーブロードリセットの発動には、ケツイが必要だ。

力があっても、引き金を引けなきゃ意味がない。

ケツイ、というトリガーを引くための意思の力が足りなくて、致命傷でも力が発動しなかったんだ。

 

もし、このパーカーが無かったら。

 

(最初のボクの弾幕で、終わってたかも……)

 

フラウィはうなだれた。

 

 

 

「……パーカー、サンズ(アイツ)のだよね」

 

防御9999。

防御99の『ハートのロケット』の100倍の力を持つ青い防具。

 

防具は古い物ほど力が強い。過ごした年数が、込められた思いが強いほど、強い力を発揮する。

最初のニンゲンが地底にいたのは数年だった。

 

「一年や二年じゃない、ずっと先の未来から来たってことだよね。きっと、こいつに託された祈りはモンスター1体分じゃない。なんとなく感じるんだ。たぶん、未来のボクも……」

 

 

幻は、じっと、フラウィを見ていた。

大事な子供にピッタリ寄り添うみたいに。

 

フラウィはもう分かっていた。

幽霊(ゴースト)でもモンスターでもない。フラウィの中のぼんやりした記憶のカケラが、忘れたソウルが、見せる幻だ。

 

他のみんなが、リセットされても少しだけ前の時間軸を憶えているように。

フラウィの中にも、愛あるソウルのカケラが残ってる。そういうことだった。

 

 

フラウィは、パーカーに託された自分の願いを、敏感に感じ取って、それを否定したかった。

だから破こうとした。なのに。

 

 

「……なんだよ、優しいふりなんかして」

 

肩を震わすみたいに、フラウィは震えた。

 

「ホントは自分がいちばん可愛いんだろ? 自分さえ良きゃ、誰を殺したって何も感じない! 知ってんだぞ、ボクなんだから!!!」

 

透明な幻は、じっと黙って答えなかった。

 

「なんだよ、まるでソウルがあるふりなんかしちゃってさ!! ボクは死んでるんだ! ソウルなんかあるわけない!」

 

 

悲鳴じみた声を上げたフラウィに、幻がゆっくり口を開いた。

 

 

確かにボクはソウルレスだけど────

 

 

幻が、ツタを伸ばして

守るみたいに子供を覆った。

 

 

(ソウル)を分けてくれるひとなら、ここにいる』

 

 

 

幻は、子供を抱きしめるみたいに、空気に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

取り残されたフラウィは、ぼうぜんと

 

「なんだよ、それ……」

 

ポタ、ポタ、と頬を伝う何かに

胸をせりあげる何かに

 

立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

「泣かないで……」

 

いとけない声が上がって、幼い子供が、目を覚ました。

 

たくさん血を失ったからだろう、くったりしたまま、のろのろと手を伸ばした。

 

 

 

Hug me(ハグして)…」

 

 

バカだ。こいつ、どうしようもなくバカなんだ。

広げた両腕で、フラウィを待ってる。

 

 

「……見てわからないの? 棘だらけだよ」

 

 

子供は、ただ待っていた。

 

 

「死にかけたって分かってる? ゲームじゃないんだ、今度こそ死ぬよ?」

 

 

子供は、ただ待っていた。

 

 

「なんで? 訳がわからないよ、バカなの? なんで、……なん、で」

 

 

子供は、ただ待っていた。

フリスクの頬を、透明な涙が伝った。

 

 

 

 

「もう、独りにしないで…」

 

 

 

 

 

ノロノロと近付いたフラウィが、縋るみたいに抱きすくめられる。

子供のからだは、ひなたの匂いがした。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

《Ruins〜エピローグ》

 

だいぶ血を失ったからだろう。

青白い顔で、子どもは、フラウィを抱きしめたまま、くったりとしていた。

 

根負けした。

 

フラウィは、細っこい腕で抱きすくめられたまま、子供部屋の布団の中で、されるままだった。

振りほどくのは簡単だ。でも、フラウィは結局、一晩近くそこにいた。

 

 

「……ねえ、なんで諦めたの」

 

そうフラウィは尋ねた。いとけない子供がきょとんと顔を上げた。血を失って疲れたのだろう、眠そうにパチパチ瞬く。

 

「リセットしたってことは、やり直そうって思ったってことでしょ。まだケツイは折れてなかったはずだよ。なんで、ボクに殺されて、諦めようと思ったの」

 

聞かれた子供は、困ったみたいに、叱られたみたいに、首を縮めた。

 

あげてもいいかな、と思ったの。

 

そう言って、いたいけな子供は枕に顔を押し付けた。

 

自分の命は、フラウィがくれたから。

フラウィが命と引き換えに助けてくれたものだから。

だから、あげてもいいかなと思ったの。それでフラウィが寂しくないなら、(ソウル)ごとぜんぶあげてもいいかなって、思ったの。

 

そう、ぽつり、ぽつりと言葉を落としながら、子供は後ろめたそうな顔をして、枕に顔をうずめた。

 

「ごめんね、フラウィ」

 

生きてずっと愛をあげるって約束したのに、途中で投げ出そうとして、ごめん、と。

 

どんな告白より途方もない謝罪をされて、フラウィは、果てのない海に投げ出されたような気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

ここにいるフラウィは、『虐殺(ジェノサイド)ルート』を『未完遂』で『リセットした』直後だった。

何度も挑戦したが、どうしても最後のサンズが倒せない。

フラウィは結局、何度繰り返しても審判者に勝てなかった。

 

時期を見計らっていた途中だった。

今まででいちばん長く、誰も殺さず『様子見』した周回(リセット)だった。今度こそまだ見ぬ虐殺(ジェノサイド)ルートを完遂するため、入念に準備して、これから動き出そうと、その直前だった。

 

地上から、八番目のニンゲンが落ちてきて。

突然セーブもロードもリセットもできなくなる、その瞬間まで。

 

(……ゲームじゃないんだ)

 

そう感じたのは、何十年ぶりだった。

 

今、権限(リセット)を持っているのはこの子だ。

もしこの子が権限(リセット)を持ったまま死ねば、二度とフラウィに権限(リセット)が戻らない可能性がある。だから二度とこの子には会えない。

もしこの子が死んで権限(リセット)がフラウィに戻っても、フラウィのセーブポイントは、この子が落ちてくるずっと前。つまり、また地底に落ちてきても、リセットされたこの子はフラウィを知らない。途方もない未来を生きた子供じゃない。

 

だから二度とこの子には会えない。

自分を殺しかけたフラウィにハグを求める、バカな今のこの子には二度と会えない。

 

(……ゲームじゃ、ないんだ)

 

そう感じたのは、いつぶりか、思い出せないほどだった。

フラウィにとって、長らく現実はゲームだった。リセットのたび、何もかもやり直してきた。何度だって繰り返して、殺したり殺されたり遊んできた。

 

でも、この子には二度と会えない。

リセットしても、しなくても、この子には二度と会えないんだ。

 

そう気付いた瞬間、その途方もなさに、ぶるりと全身が震えた。

なんだか、空っぽなはずの器の中に、冷たい風が吹き込むみたいだった。

 

この子は、これから、殺されるための旅に出るのに。

殺された他の六人のように、アズゴア王に、アンダインに、多くのモンスターたちに、理不尽に殺されるための旅に出るのに。

そうしたら、この子には二度と会えないのか。

 

「……ねえ、やめようよ」

 

気付いたら口から勝手に言葉が飛び出していた。

あどけなく子供は首を傾げた。フラウィは、俯いて、言い募った。

 

「ずっと(ここ)にいればいい。あのおばさんは退屈だけどキミを殺したりしないし、安全だよ」

 

いとけない子供は目を丸くした。

フラウィは、自分がこんなことを言うなんて思ってもみなくて、でも、口から勝手に言葉が飛び出るのをやめられなかった。

 

「わざわざ自分から殺されにいくことないさ。この辺りはほとんど廃墟だけど、ずっと奥には店もあるし、たまにクモのドーナツみたいに外から物も入ってくる。生きていくには困らないさ。それにほら、ボクは物知りだから、なんだって教えてあげれるし……」

 

フラウィは、しどろもどろになりながら、必死に言い縋った。

あどけない子供は、そっと目を細めた。ハチミツをとろりと煮詰めたような、とても優しい目をしていた。

 

「あのね、」といたいけな子供は、ぎゅっとフラウィのツタを握った。

「このままだと、コアが止まってしまうんだ」と。

 

そしたら、地底で生きていくのが、とても難しくなる。

みんな、真っ暗で、冷たい場所で、ずっと生きなきゃいけなくなる。死んじゃうモンスターもたくさんいるはずだ。

だから、いかなきゃ。

 

幼く柔らかな声で、そのいとけなさに不釣り合いなケツイを滲ませながら、まだ青白いまま子供は言った。

 

「っ、そんなの、ボクらに関係ないよっ! ボクらは何度もやり直せるんだから、もしホントにコアが止まったら時間を戻せばいい! そうだよ、ゆっくり休めば、きっとまたセーブもロードもリセットもできるようになるさ!」

 

なんだか、泣きそうな声になっていく自分が、自分でコントロールできなくて。

フラウィは俯いた。

 

「だから、ずっと、ボクと……遊んでよ……」

 

あどけない子供は、そっとフラウィに触れて、ぎゅっと抱きしめた。

耳元で与えられる「だいすきだよ、フラウィ」に、忘れた何かが疼く。

 

 

あのね、フラウィ、とその子がささやいた。

フラウィは、愛情あふれるトリエルママといても、自分(ソウル)を取り戻せなかったと言っていた、と。

 

フラウィは、ピクッと花びらを揺らした。事実だ。

どうやら未来の自分は、とんでもなくおしゃべりだったらしい。

 

「……ああ、そうさ、あのおばさんは役立たずだった! でも、キミは違う、きっと、キミは……」

 

いとけない子供は、ぎゅうっとフラウィを抱きしめたまま、「違うよ、フラウィ」と柔らかな声を落とした。

 

きっと、ママと同じだ。

フラウィにはきっと、自分だけじゃ足りない。

 

一人じゃダメなんだ。きっと自分ひとりで愛を注いでも、いつか足りなくなる日が来る。

フラウィが取り戻したソウルは、自分だけじゃなく、いろんなモンスターに分けてもらったものだよ。

だから、キミが自分を取り戻せるように、外に出なくちゃ。

 

モンスターのタマシイは、愛と思いやりと希望でできてる。

モンスターぜんぶのタマシイを集めれば、ニンゲンのソウルにだって負けないよ。

だいじょうぶ、世界は広いよ。

フラウィを好きになってくれるひとに、きっとたくさん出会えるよ。

 

 

「いっしょにいこう、フラウィ」

 

 

もう一度、ともだちになるって、約束したんだ。

みんなが待ってる。

 

 

 

 

シロップ漬けのリンゴより、ハチミツ漬けのミカンより、甘い言葉だった。

 

途方もなく甘くて、甘くて、おぼれそうな。

希望に浸かった愛の言葉だった。

 

 

 

否定するのは簡単だった。

 

外の世界ってそんなに良い?

なら、どうしてキミの決意はそんなに折れそうなの?

 

外の世界で、生きたいって思えないほど辛いことがあったんじゃないの?

そんな優しい世界なら、キミの時間軸でどうしてボクやおばさんは死んだんだい?

 

ボクはバカじゃない。わかるよ。

ウソなんだろ?

結局、殺すか殺されるかなんだ。

 

 

ぜんぶ、拒絶するのは簡単だけど。

砂糖におぼれるのは心地よくて。

 

フラウィは結局、口に出さず、いたいけな子供の腕に収まったままでいた。

 

泣きぬれた子どもの薄い色のソウルが

少しずつ赤を取り戻していくまで。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんって、なに」

 

結局、フラウィが口にしたのはこれだけだった。

いとけない子どもは、目をパチパチして、微笑んで、ぎゅっと抱きしめた。

 

トリエルの我が子だから、フラウィはおにいちゃん。

 

そう呼んでいいって、言ってくれた。

少しだけ震える声で、そう微笑む子どものいじらしさに。

 

「……好きにしたら」

 

フラウィのその言葉を、宝石みたいに抱きしめて、あどけない子供がまた泣いた。

 

たじろいだフラウィが「な、泣くなよ、もう、うっとおしいなぁ……花に塩水は天敵なんだよ? 知らないの? バカなの?」というので、子供はますます泣いた。

同じように慰めてくれた前の時間軸の「フラウィお兄ちゃん」を思い出して、さらに泣いた。

 

 

 

ねえ未来のボクって、どんな感じだったの

あんまり詳しく教えると、ボクの悪い癖が出るから教えないでって言ってた。

なにそれ、未来のボク性格悪っ

ふふ、あはは

 

 

結局、眠気に負けた子供が眠りに落ちるまで。

そうして二人、子ども部屋の布団の中で、一緒にいた。

 

子供の眠気に引きずられて、フラウィも眠りに落ちた。ベッドで寝るなんてひさしぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────よく聞いて。フリスクの殺し方を伝えたい。

 

ソレをサンズに教えたのは、フラウィだった。

ある日、何かを決意したような目で、フラウィはサンズをひと気のない所に呼び出した。

「……」

サンズの片眼が青く光った。低い、とても低い声で、サンズは、嵐の中で平静を保つみたいに、カケラも目は笑わないまま、歯を見せて笑った。

「ソイツは穏やかじゃないな」

くるりと背を向けたサンズが、派手に肩をくすめて見せた。

 

「あー、今のはちょっと笑えないぜ? お前さんが悪趣味(あくしゅみ)なのは知ってるが、だからって同意(あくしゅ)しようとは思わないな。そういうブラックジョークは趣味じゃない。笑わせたいなら悪手(あくしゅ)ってもんさ。さっさと忘れてベッドに戻るんだな、ガキ」

 

話を強引に打ち切ろうとしたサンズに「真面目な話なんだ!」とフラウィは俯いて叫んだ。

 

「……死ねなかったんだ」

フラウィは俯いて身を震わせた。

「死ねなかったんだ! 全部、ぜんぶ、あの頃のボクに思いつける限り、最良のハッピーエンドだった! 満足できたわけじゃなかったけど、あのまま塵になるのも悪くないかなって思えるような、そんな終わりだった! ボクはソウルレスだからソウルより先に器に限界が来て、もう目覚めないまま灰になるはずだった!! なのに目を開けたら全部リセットされて、誰からも忘れられて遺跡で目が覚めた!!」

 

空気が音を立てて凍り付いた。サンズが息を呑む気配がした。フラウィは叫んだ。

 

「生きたいって気持ちは本能だ。眠る瞬間に幸せって思えたらそれだけでいい。でも、何度も何度も繰り返せば地獄だ。どんなに終わりたくても戻されるんだ、フリスクにあんな想いを独りでさせられないッ!」

 

サンズは血の気の引いた顔をしていた。

吹き出した汗が、頭蓋骨を滑り落ちる。

 

「だからオレの手でアイツを看取れってか? ……冗談キツイぜ」

「もうきっと、ボクが今以上に愛を持てる時間軸(タイムライン)なんて二度と無い。だから今しかないんだ、次のボクはきっとお前を信じない!」

 

はぁはぁと息を荒げたフラウィと、石のように黙り込んだサンズとの間で、痛いほどの沈黙が落ちた。

フラウィは体を震わせた。

 

「フリスクがもう一度戻りたいならそれでもいいよ。けど、戻りたくもないのに戻らされるのは可哀想だ。あの無限ループにフリスクを独りで置いていくのは嫌だ……」

 

フラウィは、しおしおとうなだれた。

 

「だから、セーブロードリセットの権限を持ってても死ねる方法を、この時間軸に残さなきゃ……」

 

 

 

サンズがごくりと息を呑む音がした。

 

「方法が、あるんだな?」

「簡単だよ、苦しくないし、辛くもないはずだ」

 

フラウィは噛み締めるみたいに、ひと言ずつ告げた。

 

「方法を聞けば、なんでボクが自力で実行できなかったか、わかるはずだよ。いつか、フリスクがループを手放してもいいって思えるくらい幸せな終わりを迎えられたら、そのとき実行してほしい。ボクがそこにいる保証はないから……」

 

指折り数えるみたいに、フラウィは一人ずつ挙げた。

 

「実行できるのは、お前と、パピルス、アンダイン、マフェットの四人。うまくすればアルフィーも。けど、アズゴアとトリエル、メタトンは無理だよ。他のロイヤルガードの連中も含めて、他のモンスターたちじゃできない。ボクにも無理だ」

 

サンズが慌てて遮って、口を挟んだ。

 

「待て、わかってるのか? 全部忘れるわけじゃないんだ。そう、つまり、次のオレが────そいつを最悪の形で使わない保証がない」

 

出会ったばかりの、審判を受ける前のフリスクを。

償いの道を歩き始める前のフラウィを。

 

次の時間軸の自分が

その方法で害さない保証が無いのなら。

 

「いいや、お前はしないよ」

 

フラウィは、少し体を震わせて、キッと睨むみたいに顔を上げた。

 

「お前にフリスクが殺せるもんか。それができるなら、お前はもっと上手くやれてた。弟の灰が積み重なる前にね」

 

あえて辛辣な言葉を選んだ。サンズは虚な瞳孔を暗くして、フラウィを無言で見下ろしたが、その冷気に震えながらも、フラウィは引かなかった。

 

「いつだって最後の一人はお前だった。アンダインに伝えるのは危険だ。お花畑(パピルス)にはできっこない。なら、お前しかいないんだ。そうだろ」

 

サンズは、真っ暗な目で、じっとたたずんでいた。

 

責任重大だな

オレには責任が重すぎる

 

サンズの声は闇を覗くようだった。

 

 

「方法は────………」

 

 

 

 

 

 

 

 

フラウィは、汗だくでハッと目を覚ました。

飛び起きた。

 

 

隣には、すうすうと眠る子どもがいた。

ベッド脇には、眠っている間に置かれたのであろう、トリエルのバタースコッチシナモンパイが優しく甘い香りを漂わせていた。

 

(今の、夢……?)

 

いや、ただの夢じゃない。

フラウィはゾッとして震え上がった。

 

(ダメだ! アイツの射程に二人で入るわけにいかない!)

 

ブラスターの射程に一緒に入ったら終わりだ。

アレはきっと未来(まえ)の時間軸のボクだ。なんてことしてくれたんだ、前のサンズは自分たちの殺し方を知っている!

 

今回のサンズがどこまで覚えているか分からない。だが、だからこそ恐ろしい。

ひとつ前の周回で、サンズがフラウィを焼き払ったブラスターの熱を、鮮明に思い出してフラウィは震え上がった。

 

 

────いっしょにいこう、フラウィ

 

 

眠る子どもが昨晩告げた言葉を思い出す。

 

(ダメだ、いっしょに行けない……!)

 

遺跡(ルインズ)から一歩でも出れば、そこはサンズの監視下だ。

フラウィは子どもの腕から抜け出して、誰もが寝静まる遺跡に立つと、方針を固めた。

 

 

 

翌朝、ぐっすり眠ったフリスクは、フラウィと遺跡めぐりをすることになった。

「でも、」

「いいから! 一日くらい良いでしょ!」

フラウィはフリスクをぐいぐい引っ張った。

本当は目覚めてすぐスノーフルへ出発していたはずだが、二人はホームからパズルあふれる遺跡へ、来た道を逆行した。

 

「モンスターあめ! 取れるだけ取って!」

そう言ってフラウィは、ポケットに詰められるだけ詰めさせた。

「でも、みんなの分が……」

「いいから!」

 

次はスパイダードーナツだった。

これが無いとマフェットと停戦するのが難しくなる。

 

「わっ、マフェットのドーナツ…!」

「途中で使っちゃダメだよ。彼女、これ持ってると機嫌良くなるから」

「! う、うん」

「……」

 

よだれを垂らしている子供のために、結局もう一個買った。

 

フラウィが昨日血を流させてしまったせいか、子どもの足取りは頼りなくよたついていて、お世辞にも機敏とは言えない。

 

この子では彼女の攻略は難しいだろう。

パーカーがなければ良いカモだ。

 

子どもは、まるでひよこみたいに、トコトコとフラウィの後を着いて来て、にぱっと笑った。フラウィと一緒にいるのが、嬉しくて仕方ないという顔だった。

 

度重なる周回(リセット)で手に入れた情報を元に、効果的な攻略法を教え込む。

ぼうきれの使い方もみっちり仕込んだ。これでスノーフルのロイヤルガードの連中は大丈夫だ。ぼうきれをうまく使えば即停戦できる。

 

(問題はアンダインだな。アイツは頑固だし、自分の目で見たものしか信じないタイプだ。下手な策は逆効果になりかねないし、パーカーを破かれたら……)

 

気がかりなのはそれだけじゃない。

 

行きはトリエルが睨みをきかせていたから誰も襲ってこなかったが、どうにも様子がおかしい。

 

(……いったい、どういうこと?)

 

行く先々で遺跡に現れたのは、進化したモンスターたちだった。

 

「ファイナルフロギー? ナキムシャ? コアにいるはずの連中がどうして……」

 

いったい、何が起きてるんだ?

 

ファイナルフロギーは、コアに出没するフロギーたちカエルモンスターのボスだ。

遺跡(ルインズ)には廃墟らしく外と繋がる城壁の小さな穴が複数あり、ニンゲンが潜り抜けられるほどではないが、フロギーやドーナツを持ったクモたちが通れる程度の抜け穴は存在する。

 

それゆえに、遺跡(ルインズ)は、大きなモンスターから逃げる、小さくて弱いモンスターの避難所として機能している部分がある。

 

(なんで急にコアから引き上げて来たんだ? 今までこんなことなかったのに)

 

まるで、何かに追われて逃げてきたみたいだ。

 

(やっぱりだ。みんな妙に殺気立ってる。こんなの初めてだ)

 

 

どのモンスターも、最初からニンゲンへの攻撃が苛烈だった。

パーカーがなければ大怪我だっただろう。

 

まるで、地底全体が、何かに怯えてるみたいだった。

いったい地上で、何があったんだろう。

 

それを確かめるだけでも、地上を見てみる価値がある。予測できないことは、それだけでフラウィをワクワクさせた。

 

予測不可能。最高の響きだ。

こんなこと、今まで無かった。セーブデータの時間が999時間でカンストして飽きるほど遊んできたのに。

 

ああ、もっと遊びたい!

もっと色々試して、ぜんぶの反応を引き出して弄びたい!

 

笑い出しそうな気持ちを抑えて「いけない、いけない」と無害な顔を取り繕う。

 

焦りは禁物だ。

フラウィの手元には、いちばん予測不可能なこの子がいる。それを観察してからでも遅くない。

やり直しはきかないのだから。

 

「フラウィ!」

 

無傷で帰宅した子どもが、笑顔で駆け込んでくる。

考えをまとめたくて部屋で一人でじっとしていたフラウィは顔を上げた。悔しいが、トリエルが用意した植木鉢はベストフィットした。

 

「これ、あげる!」

 

子どもが差し出したのは、食べ飽きたはずのバタースコッチシナモンパイだった。

けど、トリエルが作り慣れたものにしては、少し小ぶりで拙くて、香りが違う。

 

「……もしかしてそれ、キミが作ったの?」

 

あどけない子どもが笑顔でこくこく頷いた。

ニンゲンは魔法が使えないから、トリエルママの火の魔法を借りながら、一緒に作ったのだと。

 

「……」

 

フラウィは、ひとくちだけ、かじってみた。

いつもと少し違う、愛の味だった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

一方、その頃。スノーフルでは。

 

「にいちゃーん!!!!! 起きて!!!!」

 

早朝からド派手な声が響く。

爆音で叩き起こされたサンズは、ベッドから転げ落ち、半分夢の中に片足を突っ込んだまま、弟に小脇に抱えられて爆速で家を飛び出した。

 

「にいちゃん!!!! 今日!!!! ニンゲン!!! ニンゲンが来る気がする!!! 何だか凄く!!! 来る気がする!!!」

 

 

そんなこんなで、スノーフルの森のパズル広場で、サンズとパピルスは並んで待っていた。

 

だが、思い出して欲しい。

フリスクは確かに今日スノーフルに来るはずだったが、『フラウィと遺跡巡りで一日延期した』ことを。

 

サンズとパピルスは待ちぼうけだった。

 

 

in 早朝

 

「にいちゃん! ニンゲン! 来ないね!」

「そうだな」

 

in 昼過ぎ

 

「にいちゃん! ニンゲン! 来ないね!」

「そうだな」

 

in 夕方

 

「にいちゃん! ニンゲン! 来ないね!」

「そうだな」

 

in 夜

 

「にいちゃん! ニンゲン! ……来なかったね!!!!!」

「これがホントの待ちボーンけってか?」

 

\ツクテーン/

 

 

フリスクはあったかいお布団でぬくぬく寝た。

 

 

 

▼Next:《snowdin〜スノーフル〜》

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