サンズと量子力学とあなたの話   作:ふれれら

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SANS’thing BLUE TALE③Waterfall/Hotland

《第三章:WaterFall〜ウォーターフェル〜》

 

ザアザアと止めどなく落ちる滝の音。ぽろぽろと降り注ぐ雨の水滴。

エコーフラワーの音が反響する、美しく、穏やかで、神秘的な場所。

 

ここに響く、アンダインのピアノの音色が、大好きだった。

 

『ん、謎解き? まぁ、ここにピアノを置く口実だな!』

 

歯を見せてニィッと笑った彼女の、豪快でカラッとした、悪戯めいたまぶしい笑顔を、憶えている。

 

彼女の指が奏でる旋律は、荒々しい戦闘とは打って変わって、繊細で、美しく、大胆で、ドラマチックだった。

魔法より魔法みたいな、物語より物語みたいな、熱くキレイなメロディが、指先で次々に生まれて、響いて。

耳が、胸が、ソウルが震えて。ひとたび彼女が奏で出せば、ウォーターフェル中のモンスターが集まって聴き入った。

 

「……」

 

フリスクは、鍵盤に触れた。

ポロン、と黒鍵が鳴る。ポロン、と白鍵が歌う。

 

ピアノの奏で方を知らないフリスクに、あんな最高の歌は奏でられない。

 

「〜♪ ……〜♪」

 

Spear of Justice 正義の槍

 

彼女の十八番だった。まるで冒険譚みたいな、英雄譚みたいな、ドキドキして、ワクワクして、ハラハラするような。

この美しくカッコイイ旋律を奏でるアンダインの背中が好きだった。

 

「……〜♪ ……〜♪」

 

口ずさむと、鮮明によみがえった。

ポロン、ポロン、と黒い鍵盤の上に、涙が落ちる。

 

憶えている。惚れ惚れするほどカッコよくキマった、白のタキシードのアンダインを。

純白のウェディングドレスのアルフィーを抱き上げて、祝福の嵐の中で、彼女が最高に幸せそうに笑ったあの日を。

 

お色直しでウェディングドレスを着たアンダインが、美しく着飾って、ゆでだこみたいに真っ赤になって、ついには羞恥心に耐えきれずに暴れ出して、みんな手を叩いて笑ったあの日を。

 

こんなに鮮明に憶えているのに。

 

 

『フリスクー!! ありがとうなー!!』

 

 

二人のブーケトスが、色とりどりのカラフルな花束が、青空に舞い上がって

パピルスとサンズに挟まれたフリスクの腕の中に、ストンと落ちてきたあの日を。

 

両手を頬に当てて目をキラキラさせたパピルスと

とても優しい目をしたサンズに、祝福されながら

 

 

『ぜったいに幸せになれよー!! フリスクー!!』

 

 

 

そう笑ってくれた彼女を

こんなに、鮮明に、憶えているのに。

 

 

槍を構えた傷だらけの背中が、火の中で、逃げろと叫ぶ。

 

 

 

 

『両陛下亡き今、この馬鹿げた戦いを止められるのは、お前しかいないッ!』

『アンダインッ!!』

馬鹿弟子(パピルス)ッ! サンズッ!! 行けッ!!』

 

 

容赦なく襲う爆弾の熱風を、悪意に満ちた銃弾の嵐を弾き返しながら、槍が風を斬る。

一度は致命傷を受けながらも蘇ってみせた、真のヒーローたる彼女が

ニィッと笑って、血まみれで振り返った。

 

 

『……後を頼んだ、フリスクッ!』

『アンダインーーーーッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

フリスクは、ポロンポロンと鍵盤を押す手を止めた。

 

「………………」

 

次から次にあふれる涙を、必死に拭う。

 

「…………行かなきゃ」

 

 

絶対に幸せになると

必ず戦いを止めると 彼女に約束したから

 

「絶対……」

 

ピアノに触れるフリスクの胸に、強い決意が輝いた。

 

 

「絶対、誰も死ななくていい未来に」

 

 

 

それが、親善大使で、彼女の友達の

自分の果たすべき、最後の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

カタン、と背後で物音がして、フリスクはハッと振り返った。

ビクッと怖がって跳ねる、シャイレーンがそこにいた。

 

「あ……」

 

アンダインのピアノの音色に惹かれてやってきたのだと、すぐに分かった。

大好きな彼女だと思って近付いたら、見知らぬニンゲンがいて、驚いて固まっていることも。

 

目が合った。びっくりしたシャイレーンが、慌てて大声を出した。

魔法の乗った声が、フリスクに雨のように襲いかかる。

 

フリスクは、反射的に逃げようとして、ピアノの椅子に足を取られた。

「ーーッ!!」

 

転んだフリスクに、なすすべなく魔弾の嵐が襲いかかった。

 

 

「…………あ、れ…?」

 

 

背に降り注ぐ魔法の雨は

フリスクの背中を震わせるだけで、痛みは無かった。

 

「あ……」

 

フリスクは、パーカーを抱きしめた。

フリスクの全身に、シャイレーンの声が響く。

 

それが旋律だと。

さっきまでフリスクが口ずさんでいたメロディだと。

魔弾の振動を全身で受け止めて、やっと気付いた。

 

「……〜♪ ………」

 

フリスクは、そっと口ずさんでみた。

シャイレーンは、尾びれでビクッと跳ねた後、おそるおそる、旋律を重ねた。

 

二つの音色が重なり合って、歌が生まれる。

 

(知らなかった)

 

全身で受け止めた魔法の乗ったメロディは、フリスクの全身に雨のように降り注いで

まるで、大音量のコンサートの中にいるみたいに、フリスクの心を震わせた。

 

ニンゲンの体は魔法に弱い。

だから、こんなふうに魔法の旋律を、体で浴びたことなんてなかった。

 

(魔法って、こんなに、)

 

美しくて、あたたかいんだ。

 

 

ポロ、と頬を流れた涙は、感動だった。

フリスクは、いっそう、歌を重ねた。シャイレーンが、まるで、ドキドキするみたいに、歌を重ねた。

 

シャイレーンに笑いかけた。シャイレーンに「わらって」と伝えた。

 

魔法の旋律が、ウォーターフェル中に広がって

モンスターたちが、なんだなんだ、とゾロゾロ顔を出し始めた。

 

✳︎ ゲリラライブの 始まりだ!

 

 

旋律は、わっと喝采と歓声にあふれた。

シャイレーンが、美しい歌声を、朗々と響かせる。

 

フリスクは『Check』した。

シャイレーン。才能ある歌手。ただし、サポートシンガーが必要。

 

アーロンが最前列で、筋肉をピクピクさせながらピュウッと口笛を鳴らした。

その隣で、ウォッシュアが桜吹雪のように泡を吹き上げた。テミー達が「ホイ!」と楽しげに相槌を打っている。いつも川を渡らせてくれた黄色のアヒルも羽根を叩いて、ヒヤリハットを被ったナプスタブルークも音楽に合わせて身体を揺すっていた。

いつの間にか、あたりは超満員だった。

 

後ろで、サンズがトイレットペーパーで作ったチケットを売っている。

さらに歌い続けた。チケットは、ソールドアウトだ。

 

気分はまるで、ロックスター。

 

フリスクとシャイレーンは、顔を見合わせて、笑い合った。

愛らしい笑顔を振りまき、ウィンクもしてみせた。盛り上がりは、最高潮に達した。

 

 

 

アンコールまで歌い終わって、シャイレーンと二人、お辞儀をした。わっと大喝采が響いた。

 

「よかったぞいー!」

「サイコーだったぜー!」

「きゃわわ!」

「また歌ってくれー!」

 

語り合う言葉はなくとも、歌で確かに分かり合えた気がした。シャイレーンとも、集まったウォーターフェルのモンスターたちとも。

そうだった。自分は、こんな幸せな光景が見たかった。

地上で、あふれる光と、風と、太陽の中で。

 

シャイレーンがこちらを見て、はにかむように笑った。

跳ねたシャイレーンが、尾びれを向けた。フリスクの手のひらに、パチンッとハイタッチして、水路に消えた。

 

 

みんなを地上に連れていく。

フリスクの胸に輝く決意が、いっそう深まった。

 

 

いつの間にか、サンズはいなくなっていた。今もどこかで見守ってくれているのだと分かった。

「……ありがとう」

フリスクに魔法の音楽を教えてくれたパーカーを、ぎゅっと胸の前で握りしめて、先へ進んだ。

 

ただ、最後まで、この曲を愛するアンダインの姿が見えなかったことだけが、気がかりとして残った。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「そこのお若いの。目が真っ赤じゃよ。どうした、ん?」

 

優しい声だった。しわがれて、年老いた、あたたかで柔らかい声だった。フリスクはハッと顔を上げた。

懐かしいひとがそこにいた。亀の骨董品屋のガーソンお爺さんだった。

 

ぱしゃん、と水たまりが鳴った。

 

水鏡に映る自分は、うさぎみたいに真っ赤な目をしていた。

たくさん泣いて、たくさん目をこすったからかもしれない。

 

ガーソンはパチッとお茶目にウインクした。

 

「骨なんか引きずって……ほっほっ、どうした、誰か死んだか?」

 

冗談めかした軽快な声かけに、フリスクは、目をパチクリさせた。

パピルスが持たせてくれた骨を見て、フリスクは微笑んで、ぎゅっと抱きしめた。

 

「……お前さんは、ちいっと、誤解されやすそうじゃな?」

 

こっちへおいで。

お茶でも淹れよう。

 

フリスクは、迷わずついていった。

ガーソンは、曲がった腰の後ろで両手を組むと、ホッホッ、と好好爺じみて笑った。

 

「知らないモンスターについてっちゃいかんとママはゆーとらんかったか?」

 

知らないモンスターじゃないからいいのだ。

古い古い昔話を知っている、物知りのガーソンお爺さん。

このひとのお話も、フリスクはとても好きだった。

 

 

「ホッホッ、シャイレーンとの歌、聞いとったぞい。いいコンサートじゃったな」

 

コトン、とガーソンは湯呑みを置いた。温かい湯気が立つ。

 

「皆喜んどったなぁ。シャイレーンも元気になってよかったわい。あの子は姉を亡くしとってな、それから塞ぎがちじゃったんじゃが……良い顔をしとった。もう安心じゃな」

 

フリスクは、目をパチパチさせた。

知らなかった。『前』は、激しい歌の魔法から逃げるだけで必死だったから。

 

「あのピアノはアンダインが置いた物でな。シャイレーンと二人で、よく演奏しとったもんじゃよ。それも最近はご無沙汰じゃったからな、あの部屋に音楽が流れるのを、みんな今か今かと待っとったんじゃよ」

 

フリスクは、気がかりだったアンダインのことを訊ねた。

ガーソンは「ん? アンダインか? あの子はこの辺じゃちょっとしたヒーローじゃよ」と誇らしげに笑った。

 

「あの子が稚魚の頃から知っとるが、立派な成魚になったわい。ま、ヤンチャは稚魚の頃から変わっとらんようじゃが」

 

小さな頃のアンダインは、地上の戦いを生き抜いたガーソンに憧れていたそうだ。

まだ幼いアンダインの『戦士ごっこ』は、なまじ力があるせいで、そりゃあもう大変だったらしい。騒ぎを起こしては、見守る周囲をハラハラさせたそうだ。

 

「これがもう、稚魚の頃からはねっかえりでなぁ……」

 

あの勇ましいアンダインですら『あの子』扱いのガーソンお爺さんの軽快な語り口に、フリスクは、とても久しぶりに、心から笑えた気がした。

 

元気すぎる小さな彼女が目に浮かぶようだった。話の中の、フリスクとそう背丈も変わらなかった頃のアンダインに、会ってみたかった。フリスクにとっては、アンダインはいつだって頼れる姉さんだったから、幼い頃の話を聞くと少し不思議な感じだ。

そんな在りし日のアンダインが巻き起こす珍騒動について、ガーソンは笑いながら語った。

そうして、ひとしきり話し切ると、ガーソンはパチッと片目を開け、片眉を跳ね上げ、こうフリスクに訊ねた。

 

「お前さん、モンスターは好きか?」

 

フリスクは、笑った。

心から笑った。

 

「大好き」

 

胸の灯火が、フリスクを大切に温めてくれた。

 

「そうか。……お前さん、苦労したんじゃのう」

 

どっこいせ、とガーソンは腰を上げた。商品棚からいくつか見繕うと、フリスクの腕の中に持たせてくれた。

 

「ビチャビ(チャ)というんじゃ。持っておいき」

「!」

 

ガーソンの心遣いが嬉しくて、フリスクはパッと笑った。

次いで「あっ」と固まったフリスクは、慌ててポケットをひっくり返して、お金を探した。だが、ガーソンは「あーあー、いい、いい」と制止した。

「老いぼれの昔話に付き合ってくれた礼じゃよ。またおいで」

 

フリスクは、また来ると笑顔で約束した。

握った手は皺だらけで優しかった。ケツイがみなぎった。

 

 

 

 

「あー、やれやれ、肝が冷えたわい」

 

ふいー、と息を吐き出して、ガーソンは冷や汗の滲む額を拭った。

 

「身に纏った灰、手にしたモンスターの骨……ついに伝承に伝わりし『死の天使』のお目見えかと思うたわ。どうやら取り越し苦労らしいがの」

 

どっこいしょ、とガーソンは椅子の背に深く身を沈ませて、深く追想した。

 

「ワシらモンスターが地底に追いやられて幾星霜……地上の諍いから、長い歳月が流れた……今となっては、LOVEを持つ者は数少ない。共に戦場を駆けたワシとアズゴア……そして……」

 

正義の鉄槌、ガーソンのまぶたに。

幼い頃から見守ってきた、正義の槍をかざすアンダインの姿が思い浮かぶ。

 

「LOVEの高い者は、死の匂いを嗅ぎ取る……あの子の纏っている灰に気付ける者は、そう多くないじゃろうな」

 

 

子共が歩き去って行った道を、ガーソンは見やった。

 

 

「あやつが、見るべきものを見定め、道を(あやま)つことがなければ良いが……」

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

UNDINE The Undying(アンダイン・ザ・アンダイン)!!》

 

 

フリスクはガーソンの店から、抱えられるだけのビチャビ(チャ)を持って出てきた。

潜った地面から様子を窺いながら、フラウィは怪訝な顔をした。

 

(おかしいな)

 

この先にあるのは、アンダインの家、蒼く輝く鉱石の迷路、テミー村。

妙だった。ここまで来ているのに、アンダインが現れない。

 

(なんで? とっくに現れる頃なのに)

 

アンダインは、獲物を投槍で追い詰め、最終的にこの先の闘技場に現れる。

必ずそうなるように、事前にフラウィが『調()()()()』だった。

 

アンダインは強い。だからフラウィはヤツを殺すために、入念な下準備をしてきた。その一つがあの鎧だ。

 

この後、アンダインは、何キロもある重い鎧をつけて現れる。

強い彼女には本来、鎧など邪魔なだけだ。

重い装備で機動力を削ぎ、ホットランドまで逃げ切り、唯一の弱点の熱で弱ったところで闇討ちするのが最適解。そう導き出した。

それまで何回も仕留め損った。アイツは状況によっては女帝になるほどの器だ。ここで潰しておかないとマズイ。

 

だからフラウィは、他のロイヤルガードや町のモンスターを上手く誘導して、ロイヤルガード隊長に常に威厳を求めるように、そそのかした。

 

あの勇ましい鎧は、ロイヤルガードの権威の象徴だ。アンダインは最初は、格式ばった鎧を邪魔だと思っていたようだが、アイツは周囲の期待には必ず応える性格だ。

周囲に何かを大々的に示す必要があるとき。

そう、たとえば、必ず仕留めるべき相手──虐殺者、ニンゲン──と相対するときは、必ず鎧を付けるように誘導した。

 

その『調整』は、地底に子供が落ちてくるより前に終わっている。

だから、彼女は必ず、獲物を槍で狙って機動力を測り、最終的に闘技場で待ち構える。何万回と繰り返しても、彼女がそのやり方を崩したことは無かった。

 

 

なのに、アンダインが現れない。

嫌な予感がする。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

フリスクは、首を傾げた。

おかしい。アンダインが現れない。途中、彼女の家を窓からこっそり覗いてみても、誰もいなかった。静まり返ったアンダインの家は、暗く沈黙を返すだけだった。

(どうしたんだろう)

フリスクは心配だった。日付がズレたせいか、モンスターキッドとも会えていない。

 

前は、モンスターキッドがたびたび助けてくれた。

フリスクの背では登れない段差を超える時も、アンダインに槍を突きつけられた時も。美しい雨の中、傘をさして、二人で歩いた。

 

あの日、橋から落ちそうになったモンスターキッドを助けて、代わりにモンスターキッドはアンダインからフリスクを庇ってくれた。

モンスターキッドはアンダインに憧れていた。それでも、彼女に追われるフリスクを守ってくれた。

 

これからフリスクは、彼の助けなしで、アンダインと向き合わなくてはならない。

 

 

アンダイン。殺傷力の高い攻撃、決して停戦に耳を貸さない激しい闘争心、相手に塩を送り、正面から叩き潰す正義感。

総合して、不意打ちはない。

 

正面から戦えば、必ず負ける。それは、何回死んで繰り返しても同じだった。

最終的にフリスクが無事に済んだのは、グリーンアタックが切れた瞬間に、何とか逃げ切れたからだ。

 

ぎゅっ、とフリスクは、パピルスが貸してくれた骨を抱きしめた。

ガーソンおじいさんがくれたビチャビ(チャ)も飲んだ。体が軽い。

 

だいじょうぶ。

だいじょうぶ、きっと。

 

胸の中で、パピルスの笑顔が弾けた。

 

『アンダインも、ちょっと乱暴だけど、ホントは優しいよ。だから、だいじょうぶ』

 

 

俺サマとおんなじくらい、仲良くなれるよ───……

 

 

 

 

闘技場はこの先だった。

 

 

 

 

 

鍾乳洞の暗がりの奥で、地面からフラウィがひっそりと顔を出した。

奥の岩陰から、サンズが息を殺して様子を伺った。

 

 

 

 

アンダインは、山岳の頂上から名乗りを上げるはず。

だからフリスクも、フラウィも、サンズも、頭上ばかりを気にしていた。

 

 

その時だった。

黒い風が鳴いたのは。

 

 

 

 

「────ッ!!?」

 

 

 

風切り音に素早く反応できたのは、ビチャビ(チャ)のおかげだった。

フリスクは骨を抱えたまま、咄嗟に前に飛んだ。

 

 

一閃。

はためいたパーカーの背が、斬撃で、真っ二つに引き裂かれる。

 

 

(奇襲──ッ!?)

 

 

 

フラウィもサンズも目を疑った。

 

地面に頬をこすりつけたフリスクが、慌てて骨を引き上げた。

キンッ!と高い音を立てて、槍が弾かれる。その勢いで、フリスクが吹っ飛ばされた。

 

「ッ!!」

 

フリスクの首筋に、一筋の赤い線が走る。

にじむ血にフリスクはゾッとした。骨がなければ、今の一瞬で首を飛ばされていたかもしれない。

 

 

「ッアンダイン!」

 

 

慌てて振り返ったフリスクに、矢の嵐が降り注ぐ。

ヒュッ、と息を呑んだフリスクが、地を蹴った。

 

 

フリスクの羽織ったパーカーが、ジジッとにじむ。

 

最強の防御力9999の表示が歪み、『防御:???』に切り替わった。

 

 

闇の中から現れたアンダインは、地を這うような低音で唸った。

 

「────どこで奪った」

 

ヒュンッと振り回した槍が、フリスクの喉笛めがけて、突きつけられる。

 

「その骨を、どこで奪ったッ!!」

 

怒号にフリスクは混乱した。

 

アンダインは、激昂していた。

 

 

「す、スノーフルで、パピルスにっ」

 

震え声で必死に声をあげようとしたフリスクは、柄で腹を打たれて殴り飛ばされた。

地面に仰向けに叩き付けられて、ガンッと頭が揺れる。

「か、はっ…」

 

頭を打った衝撃で、目の前に星が散る。

アンダインに首を掴まれ、地に押し付けられた。動けない。

 

頸動脈と薄皮一枚の位置に、勢いよく槍が突き刺さる。

 

「殺して奪ったか」

「ち、ちが……っ!」

「ならばなぜ灰を浴びたッ!!」

 

恫喝だった。ビリビリ震えるような怒号だった。

 

「そのパーカー、サンズの物だな、誰の灰だ!」

 

「灰…!?」

「しらばっくれるなッ!!」

 

アンダインは激しく吠えた。その言葉の一撃が、槍より鋭くフリスクを刺し貫く。

 

「キサマにまとわりついているッ! その灰は誰のものかと聞いているッ!!」

 

 

ヒュッ、と息を呑んだ。

 

 

 

頭が真っ白になった。

 

かひゅ、と喉が鳴った。

息が吸えない。抱きしめたパーカーの裾が

ざらり、と逆立った気がした。

 

 

 

 

目の前がチカチカした。

よみがえる空爆の音、迫る銃声

 

knock(ノック) knock(ノック)…』

 

 

すがった腕の中で崩れた

 

『ああ……くそったれ、ごめんなフリスク』

 

 

大好きなサンズの

 

ざらりとした

灰の、感触

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュンッ

 

槍が下から上へ薙ぐ。

 

フリスクの鼻先で

パピルスの骨が、真っ二つに割られた。

 

「……っ!!」

 

 

回転した槍の柄が、真っ二つになった骨を天高く弾き飛ばす。

 

真ん中で分かれた骨は、宙でくるくる舞って、それぞれ地面に突き刺さった。

 

 

 

身を護るものはもう無かった。

 

 

 

 

喉笛に、槍の先端が押しつけられる。

血がにじむ。鋭い痛みに、フリスクは震えた。

 

「…ぁ…」

 

 

 

 

 

膨れ上がった殺気に

潜んだフラウィも、サンズも、瞬間的に『ヤバイ』と感じた。

 

 

 

 

「人殺しの釈明は聞かんッ」

 

 

 

 

フリスクの目が濁る。

 

 

 

 

 

 

みんなの死の重みが、泥のように足を絡め取る。

 

 

 

 

フラウィが青くなってツタを伸ばした。

サンズがシュンッと消えた。

 

 

 

高々と振り上げた槍が、喉を狙う。

 

「……ぁ……」

 

 

 

命を切り裂く一撃が迫る。

 

 

ヒュンッと風切音に

その瞬間

アンダインが、カッ、と鋭く顔を上げた。

 

 

 

二方向からの攻撃に

振り回した槍で、カカッ!と二連撃を素早く払い除け、弾き飛ばす。

 

投げ飛ばされ、叩き落とされ、地にグサッと突き刺さった二つの影は、真っ二つにされたパピルスの骨だった。

 

 

フラウィがツタを振り下ろしたまま

サンズが重力操作で手を突き出したまま

別々の方向から、二人同時に叫んだ。

 

「「────逃げろッ!!」」

 

 

その隙にハッと自分を取り戻したフリスクが

アンダインの脚の下から這い出して、ダッシュした。

 

 

「チッ!」

 

アンダインが両腕を振り払って槍を飛ばす。

物陰に隠れたフラウィとサンズの眼前に突き刺さった。

「「ッ!!」」

 

「逃すかッ!!」

 

アンダインが後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フリスクは走った。空から雨のように降る槍をかわしながら。

避けそびれた一投が、ガッと脇腹を掠める。

「っ…!」

 

パーカーが裂ける。灼熱の痛みが襲っても、止まってはいけない。足を止めれば未来はない。次の斬撃が迫る。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

息を切らし、必死に足を前に出す。

見えたのは、無人のサンズの見張り小屋。そして、ホットランドに向かう橋。

ここさえ抜ければ。

 

 

そう思った瞬間。

空からなだれ落ちる槍が、ズザザザザと大地に突き刺さった。フリスクの行く手を阻むように。

 

「ッ!!?」

ダメだ、ホットランド側に逃げられない。

 

完全に行く手を塞がれたフリスクは、壁のようにうず高く突き刺さった槍を拳で叩いた。びくともしない。

 

ガシャン、ガシャンと重い鎧の音がする。背後から恐ろしい追っ手が迫る。

フリスクは屋台の裏に逃げ込んだ。

 

「無駄だッ!」

 

体勢を低くしたアンダインが、スパンッと槍を横薙ぎに一閃。

無人の屋台は切り刻まれて、ガラガラと崩壊した。

 

 

切先が空を裂く。

風が戦慄(わなな)いた。

 

 

もう逃げ場は無い。

前にはアンダイン、後ろには槍の壁。

 

 

頭上で大きく振り回された槍が、一閃、振り下ろされる。

 

 

行く手を阻む槍の絶壁から

フリスクはとっさに、一本引き抜いた。

 

キンッ!

 

振り下ろされた槍を、両手で握った柄で受け止める。

重い一撃で、ビリビリと手が痺れた。握っていられない。

「……ッ!!」

 

アンダインの槍が、ぐるんっと回転して、フリスクの手にした柄を巻き込む。

一瞬で宙に巻き上げられて、武器から引き剥がされる。

 

「うぁっ!」

 

鮮やかすぎて、何が起きたか分からなかった。

 

フリスクの体が宙に浮く。

武器ごと巻き上げられて、一瞬で空に投げ出された。

 

空と地が逆さまになる。

重力の方向が分からない。

 

瞬間、背中から地面に叩きつけられた。背に走る激痛に「ゔ…ぁ…」とうめきながら、フリスクは震えた。

 

 

ぐるんぐるんと勢いを増す槍が、風を巻き込んで、大気を震わせる。

 

 

頭上でブンッと振り回した槍が、踏み込みと共に一閃、薙ぎ払われた。

地面に斬撃で深い傷跡が残る。

「動くな」

首筋と紙一重の位置に、鋭い穂先がピタリと当てがわれた。

 

はぁ…はぁ…とフリスクの荒い息の音だけがする。魔法の槍が、ジジッと歪んだ。

 

「地底全体が怯えているのを感じる」

 

低い、低い声だった。

怒気をはらんだ、恐ろしく凍った声だった。

 

「ニューホームとコアの住民を中心に、パニックが起きている。キサマが現れた頃からだ。怯え、泣き叫び、誰もが口を揃えて同じことを言う。『ニンゲンに殺される夢を見た』とな」

 

抑えた怒りか、ホットランド側から流れてくる熱気のせいか、アンダインの息もじわじわと上がる。

 

「わたしも見た。……大切な者たちが、目の前でニンゲンどもに虐殺される悪夢だっ!」

 

アンダインの瞳の奥に、アルフィーの悲鳴が過ぎる。

思い出すのもおぞましい、悲痛な断末魔だった。

 

「アレはただの夢ではない、そうだな? アレは現実に起こりうる、未来の警告…あるいは」

 

グイッと穂先が押し付けられる。

首筋に当てがわれた切先が、フリスクの顎を押し上げる。

 

「キサマらニンゲンが今から引き起こす惨劇、違うか」

「…ぁ…」

ツゥ…と血が滴って、槍が血を吸った。

 

「そんなことは、させはしない」

 

深い怨嗟の声だった。

 

「ニンゲンが地底を滅ぼすというのなら……」

 

アンダインは、槍を掲げた。

革命の旗頭のように。

 

「────その前に、我らがニンゲンを滅ぼすッ!!」

 

 

ガッと槍の尻がフリスクの鳩尾(みぞおち)を殴り付けた。

フリスクは「が、はっ…!」と胃液を吐き出した。

 

「吐け! キサマの仲間は、手下は何人いる!  ニンゲンどもは武器をどれほど持ってる!? 地底(ここ)に来た目的は偵察か!? とぼけても無駄だ! 答えろ!」

「か…は……ひゅ……」

 

 

手下なんていない

いるのは友だちだけだ

 

 

はくはくと、声の出ない喉を、音の無い空気だけが出入りする。

 

まともに口を利けないと見ると、アンダインはギンッと周囲を睨み、標的を変えた。

 

「こそこそ隠れて見ている連中がいるな!? コイツを殺されたくなければ出てこいッ!!」

 

 

 

怒号は広く響き渡った。

 

追い付いたフラウィもサンズも、物陰でギクリと肩を跳ねさせた。

 

 

フリスクをこの一本道に追い詰めながら、アンダインが空から広域に降り注がせた槍は、二人をたびたび斬りつけた。

近道を駆使するサンズは裾を少し斬られた程度で済んだが、フラウィは何発か掠って負傷していた。

 

(マズいな、出るべきか? いや、)

 

サンズは顔をしかめた。

フラウィはたらりと冷や汗を落とした。

 

(ダメだ、迂闊に出たら最後、二人まとめて殺されるのがオチだ!)

 

二人とも、隙を見てニンゲンを逃がす方法を探ったが、緊迫したアンダインには一分の油断も無い。

サンズもフラウィも息を殺した。

 

(どうする…!?)

 

張り詰めた空気の中、(いら)えが無いと見るや、アンダインは舌を打った。

 

「捨て駒か」

 

ぐるん、と片手で回転した槍の尻が、ガッ、と垂直にフリスクの腹に叩きつけられる。フリスクは「がっ…は…」と苦悶の声を上げた。

 

ギリギリギリ、と圧を掛けられて、フリスクが仰向けのまま胃液を吐いた。

「が…ごぼっ…」

 

息ができない。

 

顔が土気色になる。

フリスクの唇が、紫色になって

 

アンダイン、と彼女を呼ぶ名前すら

音にならなかった。

 

 

「ニンゲンは皆、殺す」

 

 

瞬間、右眼に、明確な殺意が宿った。

 

 

フリスクのソウルが緑色に染まった。逃げられない。

 

 

アンダインの瞳孔が、針のように細くなる。

刃を立てた槍が、ぐるん、振り上げられて

 

 

 

 

「一人目はキサマだ」

 

 

 

 

 

ヒュンッと空気を切り裂いた。

 

 

 

 

鋭い刃が、スローモーションのように迫る。

 

 

 

息ができない。

意識が遠のいて、ぼや、と視界がかすんだ。

 

(アン…ダイ…ン)

 

彼女の顔が、かすんで

 

フリスクの意識は、闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

ポロンポロンと軽やかにピアノを奏でる手が、止まる。

アンダインが、黒のタンクトップ姿で、「なに?」とフリスクを怪訝に振り返った。

 

「強くなりたい? 槍を? 教えてくれ?」

 

フリスクは暗い顔で、こくんと頷いた。

アンダインは、ほどいた赤い髪をガシガシと掻いて「ああ、この前の」と合点のいった顔をした。

 

 

地上に店を出したナイスクリーム屋に、モンスターキッドと遊びに行った日のことだった。

子供だけと侮られたのだろう、運悪くひったくりに遭ってしまったのだ。

 

『このっ! 返せ!』

 

モンスターキッドは果敢に戦ったが、バイクに乗った強盗犯の方が強かった。

フリスクのバッグは取り返せず、モンスターキッドは引きずられて、軽いすり傷を負った。

 

『おっと、ダメだぜ』

 

居合わせたサンズが、男を近道で飛ばした。

バイクから投げ出された男は、空中でもがいて、あえなく警官に捕まった。

常習犯だったらしく、サンズは後日、警察から感謝状が贈られたが、「あー、オイラの柄じゃないぜ」と言って表彰式から逃げてしまったらしい。

 

 

モンスターキッドの怪我は軽く済んだが、フリスクはとても落ち込んだ。

自分のために怪我をする友達を見るのは、とても辛い。

 

 

 

アンダインに、フリスクはしょんぼりと「足手まといになりたくない」と伝えた。

アンダインはしばらく、落ち込むフリスクをじっと見つめていたが、急に「よし」と立ち上がった。

 

「いいだろう! わたしが特訓してやる!」

 

 

 

 

アンダインは天に大きく拳を振り上げた。

 

「まずは、呼吸だ! 大きな声を出す練習! 腹に力入れろ! こうだ! アーーーッ!!」

 

アンダインの家のガラスがビリビリ震えた。

フリスクは、アンダインに倣って、「あーー!」と声を出した。

 

「もっと! もっとだ! アーーーッ!!」

「あーーっ!」

「よし、いいぞ! 次は体力! ダッシュだ!」

 

ウォーターフェルからホットランドを抜けて、ニューホームから地上まで、とにかくたくさん、たくさん走る。

 

この辺のモンスターはみんな、昼夜問わずアンダインの特訓と奇行に慣れているので、アンダインとフリスクが走っていても「ああ、またなんか始めたな」と誰も気にしなかった。

 

「走れ! 声出せ! アー!!」

「あーーーっ!!!」

「もっとだ! アーーーーーッ!!!」

「あーーーーーっ!!!」

 

ぜーはーぜーはー、とフリスクは地上の砂浜にうつ伏せで倒れ込んだ。

息ひとつ乱さないアンダインが「よし! 次だ!」と拳を前に突き出した。

 

「体が温まっただろう! もっとデカイ声を出してみろ! 夕陽に向かって叫べ! わたしの名前を呼んでみろ! 見本を見せてやる!」

 

すうぅぅぅぅと大量の空気を吸う音がして

 

「フリスクーーーーーー!!!」

 

ビリビリビリ、と鼓膜が痺れて、海が震えた。

 

「そら! やってみろ!!」

 

アンダインがビシッと夕陽を指をさした。

フリスクは大きく息を吸った。

 

「アンダインーっ!」

「小さい! もっと大きく!」

「アンダインーーっ!!!」

「もっと!! もっと大きく!!」

「アンダインーーーーーーっ!!!!!!!」

 

ぜーぜー…

 

限界まで声を絞り出したフリスクは、息を弾ませたまま、アンダインが黒いタンクトップの腰に手を当て、満足げに頷くのを見ていた。

 

 

「よし! 特訓終了!!!」

 

 

「……?  ……?????」

 

フリスクは、頭の上に疑問符をあふれさせた。

アンダインはまっすぐ仁王立ちしたまま、フリスクを真っ直ぐ視線で射抜いた。

 

 

 

「いいか、フリスク、よく聞け。お前はなぜ強くなりたい?」

 

夕陽に照らされたアンダインが、腰に手を当てて、フリスクをじっと見下ろした。

 

「強くなって見返したいのか? ムカつくやつ、ぶっとばしたいのか?」

 

フリスクは、少し考えて、ふるふると首を横に振った。

アンダインは、ゆっくりと頷いた。

 

 

「お前が武器を誰かに向けられるようなヤツじゃないのは、よく知ってる。自分に嘘をつくな、フリスク」

 

 

見下ろしたアンダインと、見上げたフリスクの瞳の中で、同じ光景が流れた。

 

かつてパピルスにお膳立てされた『デート』で。

思いっきり拳で殴ってみろと鼓舞したアンダインに、フリスクは、全力で、わずか1のダメージしか与えられないパンチをした。

 

 

「フリスク、お前がすべきなのは、戦うことじゃない。いざという時は、お前しかできないことをすればいい。何だか分かるか?」

 

フリスクはわからなくて顔を上げた。アンダインは、ニッと口角を上げた。

 

「簡単だ、困ったらわたしを呼べばいい!」

 

大きく目を見開いたフリスクの視界に

キラキラと、アンダインの笑顔が煌めいた。

 

「腹から声を出して、ひと言、こう言えばいい。『アンダイン、助けて!』とな!」

 

 

アンダインは腕を組み、堂々と仁王立ちして。

夕陽を浴びた、まぶしいヒーローが、ニカッと笑った。

 

 

「キサマには、最強のズッ友がついている!」

 

 

 

ひょいっとフリスクは、両脇を抱え上げられて、一瞬で担ぎ上げられた。

 

アンダインのたくましい腕で肩車されて、視界いっぱいに水平線が広がった。

 

 

 

地上の美しい夕陽が、キラキラと海に沈んでいく。

 

 

 

「だからお前は、ずっとそのままでいろ、フリスク。弱っちくて、けど、誰よりも優しく、心《ソウル》は強い、今のお前でな」

 

 

 

 

 

 

「ア……ダイ……ン」

 

フリスクの目尻を、涙が伝った。

 

「……け……て……!」

 

アンダインの手が止まる。

 

 

 

かすかな声を。

彼女は、聞き逃さなかった。

 

アンダインの身体を燃やすケツイが、ろうそくのようにゆらりと揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(っ……!! くそっ!)

 

見かねたサンズが、重力操作をアンダインに向けようとした瞬間だった。

 

 

陽炎のように、ゆらり、と

アンダインが振り上げた槍が歪んだ。

 

 

 

「……!」

 

 

カランカランッ、と大きな落下音がした。

 

 

 

 

 

アンダインが苦しげに片膝を折って、槍を取り落とした。

地に付いた腕で、かろうじて体を支えたアンダインが「くっ…!」と苦悶の声を上げた。

 

 

ジジッと魔法が歪んで、道を塞いでいた槍の壁が消える。

サンズは瞠目した。

 

(なんだ…!?)

 

フリスクは、喉を解放されて「ガハッ、ゴホッ!」と咳き込みながら、地面で体を丸めた。

 

フリスクのソウルを包む緑色の魔法(グリーン・アタック)が切れる。

見ていたフラウィが息を呑んだ。

 

(よくわからないけど、今だ!)

 

逃げるなら今しかない。

フリスクは、這うようによろよろと地面から起き上がって、涙がにじむ目で、アンダインを見上げた。

 

「アン……ダ……ン……」

 

 

かすれた喉でフリスクが呼ぶ。

アンダインは、鎧で膝を付いたまま、苦しげにうめいた。まるで、内側から焼く火に耐えかねるように。

 

「私は…負けはしない…!」

 

取り落とした槍を、固く掴み直して、地面につく。

 

 

ヒュー、ヒュー、と鎧の隙間から音がする。

視線の虚ろなアンダインの耳に、戦火の炎と爆撃音が響く。

 

 

アンダインの目の前に、ザァァァァ、と悪夢が広がった。

 

悪夢だ。恐ろしい悪夢。アルフィーを、アズゴアを、無惨に殺され、目の前で失う悪夢だった。

戦火の中、慟哭が響く。

 

 

「ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン…!」

 

ぎらり、と目が見開かれる。

 

「どれもこれも、ニンゲンが…!!」

 

 

アンダインの()()()()が輝く。

それを見たフリスクが、ヒュッと息を呑んだ。

 

 

「ウガアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

立ち上がったアンダインに、フリスクは、じり、じり、と後退した。

逃げ道は背後(うしろ)だった。なのに、フリスクは、走らずに叫んだ。

 

「アンダイン…ッ! ダメ、やめて…!」

 

物影からフラウィも、サンズも、息を呑んで見つめた。

 

(何やってるのっ!? グリーン・アタックはもう切れてる! 今走れば逃げ切れるって、知ってるはずなのに!)

 

(様子がおかしい…! アンダイン、アイツ、どうした…!?)

 

 

ポタ、ポタタ、と鎧の下から汗が滴る。

 

サンズは『ソレ』を見て、息を呑んだ。

アンダインの足元に垂れた汗は、白かった。

 

 

(アイツ、溶けてないか…!?)

 

 

「アンダインッ!! ダメッ!! やめてッ!! お願いッ!!」

「ぐ、ああああああああああ」

 

アンダインの絶叫が天を裂いた。

 

「ダメッ!! 敵を憎まないでッ! 自分を恨まないでッ!」

 

アンダインが、ぐらっと膝から崩れ落ちた。

地面に落下した甲冑が、ガシャーンッ!と音を立てる。

ヒュッ、とフリスクが悲鳴を呑み込んだ。

 

 

「アンダインッ!! 嫌ぁッ!!」

 

 

 

地に伏したアンダインに、フリスクは手を伸ばして駆け寄った。

 

 

「アンダインッ!! アンダインッ!! しっかりしてッ!!」

 

ピクリとも動かない鎧の継ぎ目に、必死で手を入れる。

鋼鉄の胸当てが、ガシャンと地に落ちた。

 

「死なないでっ! 溶けないでッ!! アンダインッ!!」

 

 

鎧の中から出た、気を失ったアンダインの体は、どろりと溶けかけていた。

つんざくような悲鳴が上がった。

 

 

「いやぁぁぁああ!! 助けてッ!! アンダインを助けてッ!! 誰かッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「助けてッ!! サンズッ!! フラウィおにいちゃんッ!! 誰かッ!!」

 

喉が裂けるような絶叫に、思わず飛び出しそうになったサンズも、フラウィも、たちまち硬直した。

 

(フラウィ!? 手紙の虐殺者か!!)

 

(ダメだ、サンズのヤツ、まだどこかにいるッ! 万が一射程に二人で入ったら、殺されるかも…!)

 

互いが互いを警戒して、動けない。

フリスクの悲鳴が長く尾を引く。

 

 

こんな絶叫の中でも、アンダインはピクリとも動かなかった。

 

 

「アン、ダイン…!」

 

ぽろぽろ、涙がアンダインの頬に落ちる。

降り注ぐ雫に、彼女は反応しない。

 

「アンダイン…!!」

 

『おい、フリスクっ! どうした!』

 

記憶の中の彼女が、ニッと歯を見せて笑った。

 

 

 

「……ッ……!!」

 

 

フリスクは、奥歯を割れんばかりに噛み締めると、目に決意を宿して、立ち上がった。

「アンダイン、今、助けるからっ…!!」

鎧を脱がせたフリスクが、小さな体でぐったりしたアンダインを背負う。

 

影で見ていたサンズが、ハッとして、隠れたまま重力操作を使った。

アンダインの体が軽くなる。何とか彼女を背負うことに成功したフリスクが、駆け出した。

フラウィは、あぜんと口を開けていたが、キッと前を睨むと、地面に潜り込んだ。

 

「はぁッ! はぁッ!!」

 

モンスター飴を、ガリッとかじる。

脇腹の傷の激痛が和らぐ。

 

「だいじょうぶ、今助けるから、だから…!」

 

騒ぎを聞きつけて来たのか、向こうから、RG−01とRG−02が、鎧をカシャカシャさせながら走ってくる。

「と、止まれ!」

「それ以上近づくと、」

 

「アンダインを助けてッ!!」

 

フリスクの剣幕に、二人がたじろいだ。

「お願いッ!! 早くッ!! アンダインがッ!!」

「姐さん!?」

 

RG−01もRG−02も、纏った鎧の下で顔を青ざめさせた。

想像だにしない惨状に凍り付いた二人に、フリスクが「早くッ!!」と叫んだ。

 

「こっちッ!!」

 

フリスクが指差す方へ、気圧されたロイヤルガード二人が、アンダインを横抱きにして走る。

 

「アルフィーッ!!」

 

鍵のかかったラボの入り口を、フリスクは必死に叩いた。

ゴンッ!ゴンッ!と拳が真っ赤になるまで。

 

「アルフィーッ!! 助けてッ!! アンダインがッ!! アルフィーッ!!」

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

遠くで誰かが呼んでいる。

だが、アルフィーは、誰の呼びかけにも答えたくなかった。

今日も徹夜で研究成果が出ないまま、アルフィーは力尽きて眠っていた。

 

 

『アルフィー』

 

夢の中で、呼びかける勇ましい声がした。

 

『アルフィー』

 

 

(アン、ダイン……?)

 

 

 

「アルフィー、ロイヤルガードとして、ひとつ確認したいんだが」

 

パチッ、とアルフィーは目を開けた。

一瞬、ここがどこか分からなくて、アルフィーは目を瞬かせた。

 

「あ、れ……?」

「アルフィー、大丈夫か」

「あ、ああ、ごめんなさい! ぼーっとしてて……な、なに?」

 

あの日、バリアが解かれ、魔法のように全てが解決した日。

アマルガムたちは、家族のもとに帰った。

 

アンダインが、アマルガムたちを見送り、勇ましい鎧をガシャガシャさせながら、アルフィーに走り寄って訊ねた。

 

「全員、それぞれの家へ送り届けたが……またアマルガム同士でくっついたりしないのか? 事故が起きる可能性は?」

「だ、だいじょうぶ、粘度を上げる薬を飲んでるから…!」

 

アンダインの疑問に、アルフィーは早口で説明した。

これ以上アマルガム同士が融合しないように、アマルガムの身体の粘度を上げる薬剤を研究し、投与していたこと。それ以上の融合や融解は止まったが、元には戻せなかったことを。

 

「こ、これ以上、融合が進むことは、無いの! か、彼らが、融合する前に、薬があれば良かったんだけど……開発できたのは、融合して、手遅れになってからで……間に合わなくて……その…わたしって、いつもグズで、遅くて……もっと早くやってれば、って、後悔してばかりで……」

 

だからアルフィーは、自分の研究は何ひとつ役に立たない失敗だと、自分は失敗作だと思っていた。

 

じっと見つめていたアンダインが、明るく笑ってバシッと、勢いよく背を叩いた。アルフィーはぴゃっと飛び上がった。

「まだ特訓が必要か?」

「け、けけけ、けっこうです……」

 

自信を付ける、という名目で、パピルスと地底中を走りながら、自分の良い所を叫ばされた特訓を思い出して、アルフィーは赤くなった。うっ、恥ずかしい。

 

「あ、アンダインは、すごいね。いつも堂々として、まっすぐ前を見て、後悔なんて無くて……わたし、わたしも、それができていたら……」

「アルフィー、それは違う。わたしにだって、後悔くらいある」

「えっ…!?」

 

アルフィーは、信じられない気持ちで、慌てて顔を上げた。

そんな自分を見返すアンダインの面差しは、その場しのぎの気休めではない、真剣で、重厚なものをはらんでいた。

 

「ひどい事故が起こる前に駆け付けていれば、とか、もっと強ければ犠牲を防げたかも、とか。……大事なヤツの苦悩に、もっと早く気付けていれば、とかな」

 

アンダインが、アルフィーの頭を、わしゃっと掻き回した。

無骨で大きな手のひらが、アルフィーを安心させる。

 

「力加減を間違って、槍で怪我させたことだってある。……アズゴアは、笑って許してくれたが……」

 

アルフィーは息を呑んだ。

アンダインの目には、悔いが滲んでいた。「王家を守るべきロイヤルガードとして、あるまじきことだ」と、そう明かしたアンダインの言葉は、激しい後悔で重かった。

 

「だが、俯いていては、皆を助けられない」

 

すっとアンダインは前を向いた。

彼女のまっすぐな横顔を、アルフィーは目を見開いて見つめた。

 

「アルフィー。お前の後悔を、私は決して軽んじない。だが、悔いがあるなら、歩みを止めてはダメだ」

 

アンダインは、アルフィーを振り返ると、真摯に続けた。

 

「私に槍があるように、お前には研究がある。やり方を間違えれば周囲を無為に傷付けることもあるだろう。だが、手に取ると決めたはずだ。だから──」

 

バシッ、とアルフィーの背を叩いて。

アンダインはニカッと笑った。

 

「いつか、お前の研究で、わたしのことも助けてくれ」

 

それまで、お前のことは、私が守る。

 

 

 

 

 

ゆるやかに夢から浮上して、アルフィーは、ぼうっとした。

 

(あれ、わたし今、なんの夢……)

 

 

「アルフィー、緊急事態だ、起きてくれ」

 

誰もいないはずの場所から急に声がして、アルフィーは夢から飛び起きた。

突っ伏していた机と椅子から転げ落ちて、「あいたっ!」とアルフィーが目を白黒させる。

 

顔を上げると、サンズが余裕の無い顔をして、そこにいた。

鍵は掛けておいたはずなのに。

 

「悪い。今すぐオモテを開けてくれ。アンダインが危ない」

「え、えっ!?」

 

見れば、ラボの玄関で、ドアを叩く音と、アルフィーを呼ぶ微かな声がする。

「ど、どどど、どういうこと……!? あれ!? サンズ!?」

 

振り返った時にはもう誰も居なかった。

アルフィーは、恐る恐る、ドアを開けた。

 

 

恐々と鍵を開けたアルフィーに、フリスクが縋り付いた。

 

「助けてッアンダインがッ!! アマルガムのッ!! おくすりッ!! 早くッ!!!」

「えっ、えっ……!?」

 

目を白黒させたアルフィーは、RG−01に横抱きにされたまま気を失うアンダインを見て、サァッと蒼白になった。

異常な発汗。指先から垂れる白い液体。肌の表面に波打つ、どろりと溶けた────

 

「アンダインッ!? ああ、なんてこと…!」

 

真っ青になったアルフィーが「は、早くラボの奥へッ!」と震え声を張り上げる。

 

ラボの中に消えていく、フリスクとアンダインとロイヤルガードたちを見送って。

物陰の向こうで、サンズが、黙り込んだまま、姿を消した。

 

喧騒の消えた一本道で、フリスクが道に落としたモンスター飴を、フラウィのツタが一つ、拾い上げて、ガリッと噛んだ。

ロイヤルガード達がいなくなった持ち場の影で、彼らを呼びに行っていたフラウィが、しばらくラボの方をじっと見て、しゅるんと地面に消えた。

 

 

 

to be continued Next:『しかして、薬は足りず』

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ダメ、足りない…!」

 

ありったけの薬を投与して、できたのは進行を遅らせることだけだった。

アンダインが宿す『ケツイ』が強すぎる。強烈すぎる生きる意志は、モンスターのもろい体には劇薬だ。

 

「ど、どうして、こんなことに…! い、命の危機に瀕することでもなければ、こんな強い『ケツイ』を、宿すはずがないのに…!」

 

寡黙なRG-02が、ためらいがちに、フリスクを疑う視線を向けた。

フリスクは、ガタガタ震えながら、自分の肩を抱いて、片時も離れずアンダインの側にいた。

 

「なぁ、アンタ、ちょい、聞きてーんだけど……」

 

RG-01が、ためらいがちに口を開いた。片手を立てて、そぉっと小声で耳打ちする。

 

「こんなこと、ホントは言いたかねーんだけど……通報があった『青いパーカーと横じまのシャツ着たニンゲン』って……その、お前だよな? まさか、その、ほら、アンダイン姐さんを、攻撃したりとか……」

 

フリスクが、ガバッと涙に濡れた顔を上げた。

ボロッとあふれた涙に、RG-01が怯んだ顔をした。

 

「……っ……ッ……!」

 

ぼろぼろ泣きながら、フリスクが口をパクパクさせて、声にならない嗚咽を漏らした。

RG-01が「ああああ!」と慌てふためいて、狼狽した。

 

「いやっ、わりっ、悪かった! そーだよな! アンタがやったんなら、必死に助けんのイミわかんねーし! 一応、聞いてみただけっつーか! なぁ!?」

 

RG-01の狼狽した視線を受けて、寡黙なRG-02が慌ててコクコクと頷いた。

 

「そのっ……アンダイン姐さん、朝から様子がおかしくて……なんか分かんねーけど、いつもよりすげえ怖くて、ニンゲンの通報を受けた途端、すっ飛んでっちまって……」

 

RG-01は、うろうろと彷徨った両手を、ぽん、と優しくフリスクの肩に置いた。

 

「ホントはオレら、アンタのことぶっ殺さないといけねーけど……アンタ、悪りぃヤツに見えねーし……その、襲ったりしねーからさ、何があったのか、オレらに話してくんね?」

 

フリスクはしゃくり上げながら、つっかえつっかえ、必死に話した。

 

闘技場前で不意打ちを受けたこと。逃げて逃げて、捕まって、トドメを刺される寸前に、アンダインが苦しみ出したこと。鎧からこぼれ落ちる白い汗に、溶けていると気付いたこと。

 

ニンゲンに殺される夢を見たと。

大切なひとたちが無惨に殺される夢を見たと言っていたこと。

 

アンダインは『前』に、フリスクたちを助けてくれたこと。瀕死の重傷を負いながら、溶けかけた身体を強い決意で繋ぎ止めて、ヒーローのように助けてくれたこと。それきりアンダインとは別れていたこと。

 

苦しみ方が、まるで『前』と同じで、だから溶けかけていると分かったこと。

鎧を脱がせて必死にここまで連れてきたこと。

 

「な、何でも、するから……っ! アンダインを助けて……!」

 

しゃくり上げるフリスクの、支離滅裂な、たどたどしい説明に、RG-01は根気よく付き合ってくれた。

泣きじゃくるフリスクの背を何度もさすりながら、途切れ途切れの言葉を懸命に聞き取ろうとする。

 

「ケツイ……過去に瀕死で宿した『ケツイ』の、暴走……? そんな事例はどこにも……でも、『ケツイ』は生きる強い意志……強い意志を生み出すのは、ソウル……いいえ、記憶……? ソウルの記憶の、暴走……?」

 

その横で、アルフィーは、ありったけの薬をアンダインに投与しながら、ブツブツと呟いた。

 

「サンプルから一度発生した『ケツイ』は、抽出しても消滅しない……逆に言えば、抽出しなければ消えないまま残って、やがて肉体を蝕む……? それなら……」

 

ハッとアルフィーが顔を上げた。

 

 

「! ケツイ抽出装置……!」

 

 

前任の天才科学者が残した、地下のラボの巨大な装置に思い至り、アルフィーはハッとした。

 

「そ、そうだわ、あれでアンダインの体から『ケツイ』を抜けば……」

 

ガタタ、とアルフィーは後ろにたじろいだ。

 

「だ、だめ…! ケツイは生きる強い意志…! し、失敗したら、助けるどころか、こ、こ、殺してしまうかも……!」

 

アルフィーはサァッと蒼白になった。

 

あの装置は、モンスター数百のソウルにも匹敵するほど強力な、ニンゲンの『ケツイ』を抜き取るためのものだ。

そのまま使っては、いくらアンダインといえど、『生きる意志』を吸われすぎて、死んでしまう。

 

「ど、どどど、どうしよう……! そ、そうだわ、しゅ、出力を1000分の1まで弱めて、調整して……ああ、ダメ! 今から急いで伝令を出しても……ニューホームまで半日……実験用のニンゲンのソウルを借りに行ってたら、ま、間に合わない……!」

 

もうまもなく、進行を遅らせている薬が切れる。

この薬はアルフィーのオリジナルだった。今から再生産しても、効果が切れる方が早い。そうなれば、一気に融解が進んで、アンダインの身体が崩壊する。

 

アルフィーの全身を、絶望が覆い尽くした。

目の前が真っ暗になって、ぐらりと卒倒しそうになったアルフィーの腕を

 

パシッと、誰かが掴んだ。

 

「…………て……」

 

アルフィーは、はっとして、ズレた眼鏡を直した。

腕を掴んでいたのは、先ほどまで泣いて震えていたはずの子どもだった。

 

「……やって! アンダインから『ケツイ』を抜いて!!」

「ま、待って、ダメなの、ダメなのよ、そもそも、調整用のソウルが無いと…!」

 

 

 

「────ソウルなら『ここ』にあるッ!!!!!!」

 

 

 

ビリビリ震えるような大声だった。

 

 

 

 

物陰に身を潜めていたサンズも、

アンダインの眠るベッドの下に潜んでいたフラウィも

絶句して、息を呑んだ。

 

 

 

フリスクが、キッと睨むように立ち上がる。

言葉を失ったアルフィーが、両腕をフリスクに掴まれて、震え上がった。

 

「あ、あなた、何を言ってるか分かってるの……? 成功するかも分からない実験のために、じ、自分のソウルを差し出すっていうの……?」

「でもっ! アンダインを助けるには、それしか!!!」

「け、『ケツイ』は生きる意志なの…っ! や、やりすぎたら、失敗したら、死んじゃうのよ!?」

 

声が裏返ったアルフィーに、子供が、すっと顔を上げた。

あまりにまっすぐな、澄んだ目だった。

 

「アルフィーを、信じる」

「ど、どうして…!? わ、わたしも、わたしでも、わたしを信じられないのに…っ!!」

「アルフィーを、信じるッ!!」

 

フリスクが、アルフィーの手を、強く、強く握った。

 

「アンダインなら、きっとそう言うッ!! アンダインを、アンダインを助けて!!」

「…………ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────いつか、お前の研究で、わたしのことも助けてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………生きたまま抽出装置を使うのは、激痛を伴うの。『生きる意志』を無理やり抜かれるのよ。想像を絶する苦痛だわ。それでも?」

「それでも」

「わたしは、ソウルの研究者なの。だから、わかるわ。あなたのソウル、とても弱ってる。実験で見た他のニンゲンのソウルと違う。『ケツイ』を少しでも抜かれたら、そのまま死んでしまうかも。それでも?」

「大丈夫」

 

フリスクの眼に、強いケツイが宿った。

 

「ぜったい、死なない。────アンダインを助けるまで、ぜったい、死なないッ!!!」

 

 

その瞬間。

そこにいた全員が、見た。

 

 

弱々しい輝きだったニンゲンのソウルが

まぶしく煌めいて、眼を焼き尽くさんばかりに、あふれ、鮮烈に光り輝いたのを。

 

 

 

「「「────────ッ!!」」」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

(こ、これが、い、生きたニンゲンのソウル……ッ!! 本物の、ケツイ……!!)

 

 

 

あまりにもまばゆく煌めくそのケツイに、アルフィーは、ごくん、と息を呑んだ。

奥歯を噛み締めて、震え出しそうになる足を叱咤する。アルフィーは声を上げた。

 

「わかったわ。い、今すぐ、地下のラボに一緒に来て…! 力を貸してっ!」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

炎のような灼熱が、アンダインの身体を焼いていた。

 

体が熱い。マグマに落ちたような高熱で、体が内側から溶けそうだ。

(熱い……あつい……!)

アンダインは、苦痛にうめいた。熱くて、何も考えられない。

胸を焼く衝動が、全てを殺し尽くせと叫び回る。

 

(か…は…っ!)

 

指先が溶けていく。

肩が崩れる。息が、できない。

 

(水を……だれか……)

 

崩れていく指先で、水を求めた。

 

(私は、まだ、死ぬわけには……!)

 

 

胸を焼き尽くす憎しみが、殺せ、殺せと叫ぶ。

愛する者を奪った奴らを、ニンゲンを殺せと。喉の奥が業火に焼かれる。舌が火で炙られて激痛を生む。

 

 

(私は……!)

 

 

 

焼きごてを無理やり押し付けられたような灼熱が、刺すような痛みを絶え間なく与えて、体をどろどろ溶かす。

まぶたの裏に、失われた、たくさんの守るべき者たちが

 

(アズゴア……パピルス……アル、フィー……)

 

 

 

指先が、どろりと崩れた。

 

 

 

(私は、ここで、死ぬのか……?)

 

 

 

意識が灰になっていく。

護るべき者たちが塵になっていく。

 

何もかも焼き尽くされて、思い出せない。

護るべき名前すら。

 

 

 

(いや、まだだ……あと、ひとり……)

 

 

 

 

もう一人いたはずだ。

仕えると決めたアズゴアのように。導くと決めたパピルスのように。愛すると誓ったアルフィーのように。

 

愛するすべてが灰になっても

もうひとり、護ってやると決めたヤツが。

 

 

 

 

 

(だれ、だ………だ、れ………)

 

 

 

 

崩れたはずの指先を、誰かが優しく拾い上げた。

 

 

 

灼熱が、波立つように引いていく。

喉を潤す、優しい水のように。

 

 

 

 

 

 

名前を呼ぶ声がする。

 

 

 

 

その小さな指先が、まだ間に合うとアンダインに語りかける。

ソウルを焼き尽くす憎しみが、吸い取られるように、消えていく。

 

 

 

アンダインの指に、優しい雫が落ちた。

 

 

 

(そうだ、まだ、お前が────)

 

 

 

 

 

火の中で泣いている

小さな子どもを、置いて逝くわけにはいかないと

 

 

 

 

(お前が、まだ、あの火の中に────)

 

 

 

そうケツイしたのだと、思い出した。

 

だから。

だから、決して、死ぬわけにはいかないと。

 

だから、たとえこの身が滅びても、わたしは、生きて、

 

 

おまえを

 

 

────……リ……ク………

 

 

 

 

紡ごうとした、名前を

自覚するより早く、アンダインは目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンダインが目を開けると、枕元でアンダインの手を握って、赤く泣き腫らした目で眠る子どもがいた。

体の熱さが引いている。

マグマみたいな熱の中で、ずっと声をかけ続けてくれた、アルフィーと幼い子供の声が、耳によみがえる。

 

「ああ、アンダイン…!」

 

そばで泣き崩れたアルフィーに、「……アル、フィー…」とかすれた声で応える。

 

「よかった…! もう大丈夫だから…!」

 

バタバタと薬を取りに戻ったアルフィーに、フリスクは、遅れて目を覚まして、飛び起きた。

 

「っ!! アンダインっ!」

 

かすれた声でうめくアンダインに、慌てて枕元のやかんを傾ける。

震えた手でコップに注がれた水が、つるりと手を滑らせて、アンダインの顔にビシャリとかかる。

 

それに、アンダインは。

ひどく懐かしい、友の面影を見た。

 

慌てて「ごめん!」と謝った子どもが、もう一度水を汲んで、アンダインの口許に持っていった。

こくん、と生き返るような水が、喉を通り抜ける。

 

「アンダイン…」

 

ボロボロと泣くフリスクに、アンダインは、うまく動かない体を、よじった。

 

「……わたしは、お前を殺そうとした」

 

かすかで、かすれた、かろうじて絞り出した声に、子どもが慌てて耳を寄せた。

 

「話も聞かず、ニンゲンは皆、同じだと……わたしは、ロイヤルガードの隊長、わたしが、わたしが必ず、ニンゲンから皆を、愛する者を守らねばと……」

 

フラフラとかすむ目が、ようやく、子どもの顔を捉える。

泣きはらして、痛々しい、すり傷だらけの顔がそこにあった。

 

「お前は、自分に槍を向けたものに、なぜ笑いかけられる? わたしは、……わたしは、お前を……」

 

フリスクは、ポロポロと涙を流しながら、アンダインの手を握って、微笑んだ。

いいよ、と唇が、泣きながら紡ぐ。

 

「生きて…いてくれたら…いいよ…それだけで…」

 

ポロポロ、優しい涙が絶え間なく生まれて、アンダインの手に落ちる。

その面差しに、アンダインは、深く息を吸い込んだ。

 

 

「不思議だ……お前とは初めて会った……そのはずだ……だが」

 

自然と湧き上がる気持ちのまま、にかっと、アンダインは笑った。

 

「お前と、もう一度、友達になりたい……そんな気持ちだ」

 

 

「────っ……!!!」

 

 

フリスクは、息を呑んだ。

その笑顔に、言葉に

 

涙でぐちゃぐちゃな顔で、一生懸命、笑い返した。

 

 

「うん、うん……! ともだちに、なって……もう一度……」

 

 

フリスクは、泣き崩れた。

長い長い、夜が明けた朝だった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

アルフィーは、これまで。

自分を、自分の研究を、誰の役にも立てない失敗作だと思って生きてきた。

アマルガムという途方も無い罪を生み出し、嘘で幾重にも塗り固めて誰からも隠してきた。

だが。

 

『助けてッ! アルフィー!! アマルガムのッ! おくすりッ!! 早くッ!!』

 

でも、それがあったから。

アマルガムの件があったから

アンダインを助けられた。これ以上溶けるのを防げた。崩壊を食い止められた。

 

アンダインがこれ以上溶けるのを防いだのは、失敗作だと思ってきた、アルフィーの研究だった。

 

『ソウルなら、ここにあるッ!!!』

『アルフィーを、信じる!! アンダインを、アンダインを助けてッ!!』

 

自分の研究に、アルフィーの嘘だらけの人生に。

(ソウル)を賭けて、全身全霊で応えてくれたひとがいる。

 

 

暗い闇の中に、光が差し込むようだった。

救われる思いだった。

 

もう、アルフィーは。

自分の人生を、ゴミだと蔑めなかった。

それは、こんなにも命がけで応えてくれた、その途方もない決意(ケツイ)に、あまりに失礼だったから。

 

 

 

まるで、深海から浮上したような思いだった。

アルフィーは、長らく自分が息をしていなかったのだと、ようやく気付いた。

 

 

 

「……っ…うん、間違いなく止まってる。もう、大丈夫だわ……!」

 

 

アンダインの足首を手に取って、アルフィーはそう答え、涙をこらえた。

 

ケツイによる肉体の崩壊は、足先から始まる。

アンダインの足が崩れ落ちる前に、止められて本当に良かった。

 

「体に違和感はある?」

「少し痺れはあるが……槍を持てないほどじゃないな」

 

朝の陽射しが差し込む中

アンダインは、拳を握って、グッと力こぶを作った。

 

「不思議だ。胸を食い荒らしていた苦しみが、ウソのように消えている」

 

アンダインは、ベッドに突っ伏したまま力尽きたように眠る、フリスクの毛布を引き上げて、小さな背中に手を置いた。

 

「あんなに苦しくて、憎かったのに。……今は、まるで逆だ」

「…ンダイン…」

 

ぼんやり薄目を開けたフリスクの、とろけた瞳は、まだ半分夢の中だった。

フリスクは、不明瞭な寝言を言った。

 

 

「……だいすきだよ……」

 

ふにゃり、と瞳が笑みでとろける。

 

「……ふたりの結婚式……また呼んでね……」

 

 

すう、と呼吸が深くなる。

そのまま、再び深い眠りに落ちていったフリスクを

見下ろしたまま、アンダインは目を細めた。

 

 

「こんな小さな体のどこに、あんな力が眠ってるんだろうな」

 

 

自分を殺そうとした相手まで

命がけで助けようとする、決意(ケツイ)

 

 

これほどソウルが消耗しても、折れない心。

 

崩壊していく身体を繋ぎ止めるのに必死で

この子供の叫びを、アンダインは聞き落とした。

 

 

崩壊しかけた自分の身体を必死に支えながら、時間が無いことを悟って、正々堂々の信念を捨てて背後から奇襲したにも関わらず。

卑怯だと責めることもせず、ただ、アンダインの無事を願った。自分の(ソウル)を賭けてまで。

 

 

そんな、あまりにも途方もなく、危うい、無防備な心。

そんな強さを宿すには、子供の体は、どこもかしこも、マシュマロのようにふわふわで、脆く、柔らかかった。

 

 

「ありがとう。お前たちのおかげだ」

「わ、わたしも、この子がいなかったら……こんな勇気、出せなかったよ……」

 

アルフィーは、胸の前で震える手を握って、ごくんと息を呑んだ。

 

 

「わ、わたし……治療が、落ち着いたら……真実を、国王に、話に行こうと思うの……」

 

 

この子供がなぜ、アルフィーの真実を、アマルガムのことを知っていたのかは分からない。

だが、地下のラボのケツイ抽出装置を、アマルガムたちを、治療の中で既にアンダインに見られている。ロイヤルガード隊長の地位は、アンダインの誇りだ。隠蔽に加担させて、その誇りを汚すわけにはいかない。決して。

 

「どんな罰も、う、受けるつもり……でも、貴女の治療のためにも、何とか研究を、つ、続けさせてもらえるように……」

「アルフィー、独りで抱え込むな」

 

アンダインは、震えるアルフィーの手に、上から手のひらを重ねた。

 

重ねた手の甲の表面は、溶けた名残で少し波打っている。だが、この程度で済んだのは、奇跡的なことだったのだ。

アルフィーとこの子供がいなければ、今頃アンダインは、塵と化していたか、他のアマルガムたちのようにぐちゃぐちゃになっていたかもしれない。

 

「地底のモンスターたちの未来を担う研究を、たった独りで背負わせてしまった私たちにも咎はある。お前が抱えている苦しみに、もっと早く気付けていたら……」

「う、うんん、うんん…! わ、わたしが、弱かったから…!」

 

アルフィーは泣き崩れた。その肩を、アンダインはぐっと抱き寄せた。

「アルフィー……」

「も、もう、逃げない…! 罪を償って、彼らを家族のもとに返して、もう二度と、こんなことが起きないように、ど、どんな形でも、研究を、つ、続ける…! 決めたの……!」

 

しゃくり上げながら、アルフィーは、つっかえつっかえ、必死に言い募った。

 

「ソウルまで、差し出して、こ、こんな小さな子が、あんなに頑張ったのに…! 大人のわたしが、に、逃げるわけにいかないから…だから…!」

 

限界まで消耗して、力尽きて、こんこんと子どもは眠り続けていた。

幼くまろい肩に纏うのは、ズタズタで、ボロ雑巾のようになっても、まだかすかな護りの力を感じさせる、薄布一枚と、灰の気配。

 

アンダインは、口をつぐんで、考え込んだ。

「…………」

「ね、熱が下がるまで、まだ大人しくしてて…! もう少ししたら、次の薬を持ってくるから…!」

「わかった。この痺れも、自然に消えるのか?」

「えっと、リハビリが必要で……」

「リハビリ? どんな?」

「た、たとえば、細かい手作業とか……」

「……手作業、か」

 

アンダインは、少し考えるそぶりを見せて「アルフィー」と顔を上げた。

 

「針と糸を貸してくれないか」

 

 

 

 

 

夕暮れの光が射す中、チクチクと、布に針を通す細やかな音がする。フリスクは、ぼんやりとまぶたを震わせて、次の瞬間、がばっと起き上がった。

「ア、アンダインっ!」

「大丈夫だ。少しそのまま待っていろ」

 

落ち着いた、穏やかな声音に、フリスクは、立ち上がりかけた腰を、また、ぺたんと椅子に落とした。

毛布を肩に掛けたまま、ベッドで起き上がったアンダインの手には、サンズのパーカーがあった。慣れた手つきで縫われていくそれに、フリスクは目をぱちくりさせた。

 

「意外か? 怪我の多い仕事だからな。このくらいは嫌でも慣れる」

 

こともなげに、アンダインはそう言った。

そうだ。だいぶガサツで大雑把なところもあるアンダインだが、ピアノを奏でる手つきは、とても繊細で柔らかかったことを思い出す。

アンダインが、ピッと糸を手慣れた手つきで噛んで、切る。

 

「すまなかった」

 

ぽん、と畳んで置かれたパーカーは、槍であちこちが裂けていて、丁寧に(つくろ)われていた。

特に、背中はバッサリと裂けていて、修繕されても、傷跡のように切り裂かれた跡が残っている。だが、その境目が極力薄くなるように、丹精に、心を込めて、縫い上げられていた。

 

フリスクは、じわりと目の端に涙を浮かべながら、ぎゅっとパーカーを抱きしめた。

 

「ありがとう……アンダイン……」

 

「その灰は……いや、」

アンダインは首を横に振った。

「私は、お前を信じると決めた。だから、もう余計な詮索はしない。それより、先にすべきことがある。そうだな?」

 

ピンと張り詰めた空気に、フリスクは向き直ってスッと背筋を伸ばした。

 

「アズゴアに会うんだな」

こくん、とフリスクは頷いた。

 

「双方、傷付く結果になるかもしれんぞ」

 

 

フリスクは、唇を引き結んで、顔を上げた。

決意(ケツイ)を新たにしたフリスクに、アンダインは「そうか」とゆっくり頷いた。

 

 

「なら、これを持っていけ」

 

 

アンダインが、手のひらを胸の前に掲げる。

手の中で、小さな青い光が、ゆっくり生まれた。

 

よく見れば、それは

蒼い槍──の形の、手のひらサイズの鍵だった。

 

「王宮のエレベーターの鍵だ。普段は隊長の私が管理している。ソイツを使えば、謁見室からコアに抜けられるようになっている」

 

アンダインは、魔法で出来たその青い鍵を、フリスクの手に持たせた。

 

「いいか、アズゴアとの話し合いが決裂したら、ソイツを使って逃げろ、という意味だ」

 

アンダインが、鍵とともに、フリスクの手のひらを、指先で押した。

逃げろ、を強調する彼女の指先は、まだ微熱があるのか、熱かった。

 

 

「私はロイヤルガード隊長、表立って庇ってやることはできないが……家を訪ねてきた友人を、匿ってやることくらいはできる」

 

 

まっすぐ告げたアンダインに、迷いは無かった。凛々しく、凛と澄んだ声が、フリスクを落ち着かせる。

 

「ゴミエリアを北に抜けた先の、三又の分かれ道の左が私の家だ」と、簡単に空中に地図を書いた。

アンダインの旧宅を知るフリスクは、記憶を辿りながら、こくんと頷いた。アルフィーとの新居に招かれる方がずっと多かったから、新鮮だった。

 

「幸い、ウォーターフェルには、人目につかない通路や隠し部屋がいくつもある。子供ひとり匿うくらい、簡単だ。だから、遠慮するんじゃないぞ。困ったら、逃げろ」

 

ひと言、ひと言、噛みしめるようにアンダインは告げた。

 

「大丈夫だ、私の槍から逃げおおせたヤツはお前が初めてだ。お前ならきっと逃げ切れる。だから────」

 

アンダインは、にかっと笑ってみせた。

 

「その時は、美味い紅茶を淹れてやる。約束だ」

「……!」

 

青い鍵を胸に抱いて、フリスクはアンダインに抱き付いた。

 

「うん…! ぜったい、ぜったい行くから…!」

 

よろけるように受け止めたアンダインの体は、熱かった。

いつだって、頑強に、ぴくりともふらつかずに受け止めてくれた彼女の厚い胸板を思って、フリスクは不安でギュッとしがみついた。

 

「だから、アンダインも、無事でいて……」

「心配ない。ここには、頼りになるアルフィーもいる。それに、」

 

アンダインは、フリスクの両肩に手を置いた。

 

「私は、『不死身のアンダイン(アンダイン・ザ・アンダイン)』だ。友を置いてはいかん」

「…!」

 

じわり、とフリスクの目に、涙が浮かんだ。

 

「うん、約束……約束だよ……! ぜったいだよ……!」

「お前は、変わってるな。これから自分が死ぬかもしれんという時に、他人の心配ばかりだ」

 

慰めるように、アンダインが、フリスクの背中を、ぽんぽんと優しく叩いた。

 

「お前なら、地底の未来を変えられるかもしれん。無事を祈っている」

 

 

「アンダイン、そろそろ次の注射の時間だから……」

「ああ、分かった」

 

奥から顔を見せ、薬を取りにすぐ踵を返そうとしたアルフィーの腕を、アンダインが掴んだ。アルフィーが、慌ててハッと振り返る。

 

「ど、どうしたの? どこか痛む!?」

「いや、そうじゃない、アルフィー、聞いてくれ。……手紙を書いていたんだ。お前に、どうしても伝えたいことがあって」

 

フリスクは、一瞬、足を止めて、大きく目を見開いた。

 

「だが、あいつの勇気を見ていたら……やっぱり、手紙より、直接言ったほうがいいと思ったんだ。本当に伝えたいことは、伝えられる内に、伝えなくてはいけないと」

 

 

フリスクは微笑んで、静かに、そっと二人のそばから離れる。

キュイン、と自動ドアが閉まって、ラボは静かになった。

 

 

「だから、アルフィー。よく聞いてくれ。私は、お前を────……」

 

 

 

 

続く言葉に、アルフィーは目を大きく見開いて

泣き崩れながら、頷いた。

 

 

▼Next:《Core〜コア中心部〜》

 

 

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