サンズと量子力学とあなたの話   作:ふれれら

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SANS’thing BLUE TALE④Core

《第五章:Core〜コア心臓部〜》

 

キュイン、とラボの自動ドアが開くと、目の前に片手を上げたサンズがいた。

「よう、がきんちょ。忙しそうだな?」

フリスクは、意表をつかれて、目をパチパチした。

 

「サ…ンズ?」

 

サンズと『前』に再会した場所は、ここじゃない。

ずっと先の、ホットドック売りの屋台、それからメタホテルの前だった。急にラボの前に現れるなんて、わざわざ迎えに来てくれたのだろうか。

 

ホットランドの景色を背に、へっへ、と笑うサンズを見て、フリスクの脳裏に、ぶわりと記憶がよみがえった。

思い出の中のサンズが悪戯めいて笑う。

『こっちだよ。オイラ、近道知ってんだ』

 

そうだ、あの時は。

ホテルの裏道から、レストランの中まで近道で跳んで、そこでトリエルママの話を聞いたのだ。

 

ホットランドの熱い風が、サンズとフリスクの間に、ザァァァァァ、と流れた。

おもむろに会話の火蓋を切ったサンズのセリフが、記憶と重なる。

 

『コアへ行くんだって? その前に、オイラと飯でも食わないか?』

「コアへ行くんだって? その前に────……」

 

サンズは、不意に途中で黙り込み、悪戯っぽくウィンクした。

「あー、その顔は、……オイラがどこに誘おうとしてるか、わかってるって顔だな?」

 

お見通しだという顔をしたサンズが、フリスクに肩をすくめながら、笑った。

 

shall we(おへんじは)?」

 

まるでダンスに誘うように、気取って一礼をしたサンズに、フリスクはパッと満面の笑みを浮かべた。

答えなんて決まっている。

 

Sure(よろこんで)!」

 

サンズは返答を聞き届けると、わずかな間も無く、素早く近道した。

シュン、と消えた二人の姿に、隠れ、地面に潜んでいたフラウィが、「あっ!!」と慌てて駆け寄った。

 

「くそっ、やられた!」

 

急に現れて、行き先も告げずに近道したから、どこへ行ったのか分からなかった。

「くそっ、出し抜かれた! アイツ、そのために…!」

フラウィは地団駄を踏んで、再びしゅるんと地面に滑り込んで、闇雲に二人を探した。

 

 

 

 

 

「そうか、おばさんとの約束は、前のオイラからもう聞いたんだな」

 

レストランのワイングラスが、氷でカラン、と高く鳴る。

雰囲気たっぷりの暗い間接照明の中、テーブルを挟んで、あちらとこちら、サンズとフリスクは、二人きりだった。

 

「長々と同じ話はしない主義なんだ。柄じゃないしな。あいにくオイラは怠け骨(ルーズ・ボーン)なんだ」

 

茶化すような口ぶりに反して、サンズの声は、ひどく重たく、低かった。

普段のおちゃらけた軽快さを、どこかに置き去りにしたみたいに。

 

ホットランドの茹だるような熱気をさます冷房で、空気はひどく凍えていた。

 

「じゃあ、別な話をしよう。アンタに聞きたいことがあったんだ」

 

本題だった。サンズが暗い瞳孔のまま、顔を上げる。

テーブルの向こう側でフリスクが、緊張でごくんと生唾を飲んだ。

 

「なあ、アンタ、どうしてそんなに頑張れるんだ? アンダインは本気だった。一歩間違えれば、アンタはあの槍で真っ二つだっただろう」

 

サンズは、見定めるように、暗い瞳孔で、ニンゲンを覗き込んだ。

 

席にちょこんと小さな手足で座る子どもは、幼なげで、いとけなかった。

細くて、脆くて、とてもあんな強い決意で、自分を殺そうとしたアンダインを救ったようには見えなかった。

 

サンズは、ゆっくりと口を開いた。

燭台のろうそくが、ゆらり、揺らぐ。

 

これだけは、どうしても聞きたかった。

 

 

「絶望がアンタを支配した時、何がアンタを立ち上がらせたんだ?」

 

 

ジジ、とロウソクの火が芯を焦がした。

 

オレンジ色の灯が、目を丸くしたニンゲンの顔を照らす。

ニンゲンは、そんなことを訊かれるなんて、少しも思わなかったみたいに、言葉を忘れたようだった。

子供の丸い瞳に、ろうそくの炎が映り込んで、ゆらゆらと勇気(オレンジ)の色に揺れた。

 

うまく言えない何かを懸命に言葉にしようと、口を開けたり、閉じたりを繰り返したが、ニンゲンは結局、何も言わず、微笑んだ。

ニンゲンは、ぎゅっと大切そうにパーカーの裾を握って、まっすぐ顔を上げた。

 

 

「みんなが、いたから」

 

 

ニンゲンは、それだけ告げた。

だから。

 

────サンズの心は、決まった。

 

 

 

 

「……へへ……へへへ、ははっ」

 

サンズは、片手で顔を覆って、笑い出した。

ニンゲンは、よくわからない、といった様子で、笑うサンズをポカンと見ていた。

 

「オイラの負けだ。アンタの勝ち……いや、アンタに賭けたやつらの勝ち、だな」

 

パチン、とサンズが指を鳴らして、ウェイターを呼んだ。差し出された伝票(チェック)に、手慣れた様子で素早くサインする。

 

「実は、アンタを心配するお節介な男に、頼まれててさ。審判は、アンタが『真実のラボ』にたどり着くまで待ってくれってな」

「……!!」

 

トントン、とサンズが自身のパーカーの肩を指先でノックするので、フリスクは、それが誰を指すか、意味に気付いて、息を呑んだ。

肩に掛かったパーカーを、フリスクはぎゅっと握った。

 

「EXPとLOVEの話はもう聞いたな?」

 

カタン、と席を立ったサンズに、フリスクは、目を回したみたいに、混乱した顔をした。

 

「え、え?」

 

サンズは笑った。

 

 

 

「そう、つまり、早い話が……オイラは、アンタに賭けてみるよ」

 

 

 

フリスクは、息を呑んだ。

心臓がどくんと大きく音を立てる。

 

 

「この先、コアは複雑な迷路になってる。さて、アンタには道案内が必要だな。だが、アルフィーは、アンダインに付きっきりで、それどころじゃなさそうだ」

 

持って回ったような言い回しをしながら、サンズが肩越しに振り返って、パチリとウィンクした。

 

「だが、ちょうど、道案内にピッタリなモンスターがいるな? アンタにとっておきの近道を教えてやれる、頼りになるモンスターがさ」

 

まるで稲妻に打たれたように、フリスクは自分がすべきことがわかった。

理解した。アルフィーが動けない今、誰と組んでコアを抜けるべきなのか。

 

 

「ちょうどオイラも、コアを調べなきゃならない。さて、一緒に来るかい?」

 

 

フリスクは、瞳に決意を乗せて、こくんと頷いた。

サンズが笑って、スッと()()()()()()()()

 

「!!」

 

フリスクは、限界まで目を見開いた。

 

 

「……一応、な。落ちたら危ないからさ」

 

 

差し出された優しい手に、フリスクは泣きそうになった。

 

フリスクは、飛びつくみたいに、サンズの手を取った。サンズは、穏やかに目を細めて、次の瞬間、暗いレストランには誰も居なくなった。

 

 

 

《Next:サンズの道案内で、コアを突破せよ》

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

《審判者と、審判の先へ》

 

マグマは高熱のエネルギーを孕み、まばゆく光り輝いている。

まるで熱されたガラスのように、溶けた鉄のように、赤く輝いている。ゴゴゴ、と地響きが遠い。

 

 

サンズが近道でシュンッと音を立てて降り立ったのは、一見何もない三叉路だった。

フリスクはトトト、と勢い余ってよろけ立って、道の真ん中で、手を引かれたまま、キョロキョロした。

 

「ここ、ホットランドの……?」

「その様子じゃ、ホテルの隠し看板には気付かなかったみたいだな」

 

え、とフリスクが疑問の声をかすかに漏らした。

 

「メタホテルの客室の廊下の奥、暗闇の向こう側……」

 

サンズは、フリスクの手を引いたまま、T字路をまっすぐ歩いた。そう、()()()()だ。

 

遥か下で、ゴポゴポ、と灼熱の溶岩が沸騰する。

 

「隠し廊下の暗がりのいちばん奥に、ぽつんと置かれた看板には、こう書かれてる。『絵を習いたい方へ、2階のお絵かき教室へお越しください!』ってな」

 

カツン、とサンズが行き止まりで足を止めた。

 

「そう、ココが『2階』だ」

 

足の下はマグマだった。

サンズが手を引いて、何も無い先へ、足を踏み出す。

 

「!!」

 

フリスクが、反射的にギュッと目をつぶった。

「離すなよ?」と低音のささやきが、耳朶に吹き込まれる。

 

空を切り溶岩に落下するはずのフリスクの足は、空中で、カツン、と固いものを踏んだ。

 

「!!」

 

フリスクは、驚いて目を開けた。

 

空中に立っていた。

足の下に、透明な床がある。先程まで、無かったはずだ。

 

「隠し通路…!」

「ソウルに反応して床が現れる仕組みなんだ」

 

フリスクは目を丸くした。

それは、つまり。

 

「ソウルに?」

「ああ。ソウルが無きゃ、真っ逆さま……なんてこともあるかもな? ま、そんな生き物がいれば、だが」

 

サンズの声は低く、瞳は青かった。

 

サンズはこんなふうに時折、試すような物言いをする。

だが、それを苦しいとは、もう思わなかった。

 

 

────アンタに賭けてみるよ

 

 

フリスクは、その言葉だけ、大切に胸に抱きかかえた。

ギュッとサンズの手を強く握る。サンズが、ふっと穏やかに笑った。

 

 

 

「そう、いい子だ。そのまま、手を離すなよ? この先は、特殊な場所でさ。コアの防犯システムが作動してて────ショートカットも重力操作も使えない。落ちたら助けられないからさ」

 

 

 

 

 

 

自分もフラウィも、この先を知らない。

ここから先は、完全に、未知の世界だった。

 

 

 

 

 

看板が立っている。

 

お絵かきクラブ:集合場所

次のクラスは、10月10日、8:00PM から

 

 

 

 

行き止まりだった。

 

浮き島のように、通路のない向こう側に、サボテンが三本、立っている。

 

 

 

「行き止まり……?」

「そう見えるだろ? けどな、向こうに足場がいくつもあるってことは────通れるってことなんだよ」

 

 

 

そう言ったサンズと、フリスクの背後で、何かが突如現れる気配がした。

 

フリスクは、何か巨大な気配に、後ろを振り返って、次の瞬間、大きく瞠目した。

 

 

 

そこには、巨大なブラスターが

今にも火を噴きそうに

空中で、巨大な存在感を撒き散らしていた。

 

 

 

フリスクの腕をグイッと引いたサンズが、ブラスターに飛び乗る。

慌ててしがみ付いたフリスクを、サンズは強く掴んで支えた。

 

 

 

「正しいヤツが、正しい方法で向かえば、な? 関係者以外立入禁止(スタッフ・オンリー)ってヤツさ」

 

 

黄色い『KEEP OUT!!』のテープの封鎖を飛び越えて、爆発的にブラスターが飛んだ。

 

 

 

「……!!」

「しっかり掴まってろよ?」

 

フリスクは、きゃあ、とはしゃいだ声を上げた。

沸騰する赤いマグマを派手に巻き上げながら、コアの最深部に向かって飛んでいく。

 

「わぁっ…!」

「コアまで一直線だ。一番奥の心臓部には、このルートでしか行けない仕組みになってる」

 

 

遠くまで広がる真っ赤なマグマの海。噴き上がる火柱。

溶けた炎がじっくりと大地を焦がしていく。

 

 

頬を高揚させて、ブラスターに乗ったまま、ギュッとサンズの背に捕まるフリスクに、サンズが「へへ」と笑った。

 

「とっておきの『近道』は、お気に召したようだな、そりゃ何よりだな?」

 

サンズは不意に、怪物の頭みたいなブラスターを指して、フリスクに尋ねた。

 

「こいつが怖くないのか?」

 

サンズの青い目が問う。フリスクはきょとんと首を傾げ、答えた。

 

「サンズが守ってくれるから、大丈夫」

「……へへ」

 

サンズは、青い瞳をすっと奥に追いやり、いつもの穏やかな白色で答えた。

 

「お前さん、変わってるな? 普通、少しは怖がるモンだぜ?」

 

サンズが一緒にいてくれるのに、怖いことなんて何も無かった。

 

フリスクは、ギュッと、強くしがみついた。ずっと遠かった背中が、こんなに近い。

それだけで、こんなに勇気が湧いてくる。どんな危険が待っていても、怖くない。

 

未知のコア心臓部は、目の前だった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「あっ……!」

 

アルフィーは、作業テーブルの上に置きっぱなしになった、その残骸を見て、声を上げた。

 

「どうした、アルフィー?」

「く、薬を打った直後は、寝てなくちゃダメ、アンダイン! えっと、あの子、先に進むのに、困ってるんじゃないかと、思って……」

 

それは、旧式の携帯電話の残骸だった。

RG−01とRG−02が、闘技場の先に放置されたアンダインの鎧と共に回収してきたものだ。

 

アンダインが、「ああ…」と納得したように頷いた。本気で殺す気だったアンダインの槍の前では、懐に入れた携帯など紙くずに等しい。見るも無惨に粉々だった。無理もない。

 

「な、直してあげようと、思ってたんだけど……アンダインの注射の方で、頭がいっぱいで……今気付いて……」

「直せるのか?」

「な、内部メモリが無事だったから……連絡先は消えてなくて、えっと……データだけ抜き取って、別の機械に流し込むだけなら、簡単だから……」

「そうか。私にはさっぱりだ。すごいな、アルフィーは」

 

褒められて真っ赤に茹で上がったアルフィーは、照れ隠しなのか物凄い早口でジェットパックへの変形機能について熱心に語り出したが、早口すぎてアンダインにはさっぱり分からなかった。ゆっくり話されても分かる自信はないが。

 

アンダインは、ピリッと肌を刺す感覚に、顔を上げた。

窓の外を睨むアンダインに、アルフィーが「ご、ごめん、つまらなかったよね!? わたし、夢中になると、つい止まらなくって」と慌て出すので、アンダインは「いや、そうじゃない」と首を横に振った。

 

アンダインは、戦士の勘とでも言うべき何かが、警鐘を鳴らすのを感じた。

 

「大地が、震えている……?」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴ、とまるで遠い稲光のような音がした。

壮大な地響きだった。

 

大地が赤と黄金で染め上がっていた。

溶岩は、血のように赤く、太陽のように眩かった。

溶け出した黄金が、赤く熱されて、どろり、どろりとあふれる。

歩くよりも遅い速度でゆっくりと流れる。

 

(これが、コアの音……)

 

圧倒される。これが、至近距離で聞く、マグマの音だった。

重たい海のような音がする。岩で出来た赤黒い海が、重くゆっくりと波打つ音がする。

 

溶けた炎が、じっくりと大地を舐る。

絶え間なく響き続ける地鳴りは、流れる溶岩の足音だった。

 

滅びが近付く音がする。

 

溶岩の熱で、ゆっくりと大地が崩壊していく音は、どこか世界の終焉を思わせる。

マグマはゆっくりと流動する。なだらかな速度で、歩くよりゆっくりと、しかし確実に背後に這い寄ってくる。

 

溶岩の音

巨大な歯車が動き続けるような地響き

噴き出す蒸気の音

氷岩が運び込まれて次々に溶ける音

 

コアは、地底の巨大な心臓だった。

 

大地の息吹。惑星(ほし)の胎動。

溶岩はまさしく、地底の命を繋ぐ血脈だった。

 

 

「……!」

 

間近で、ゴウ、と白い蒸気が噴き上がる。

サンズはブラスターを旋回させ、水蒸気の柱を難なくかわした。

 

真っ白な蒸気を噴き上げるコアを前に、フリスクは、ドクン、と動悸を感じた。

思えば、こんなふうにコアを近くで見たことはなかった。

稼働するコアの遠望を、フリスクが最後に見たのは、ずっと前。フリスクの生きた時間軸では、とうに機能を停止してしまったからだ。

 

「あっ……!」

 

サンズに伝えなければならないことを思い出して、フリスクはハッとした。

「あ、あのね、その、コアが…!」

「停止するって話か?」

 

フリスクは驚いて目を丸くした。サンズは肩越しに「へへ」と笑った。

 

「どうやらアタリみたいだな」

 

二人を乗せたブラスターが、ゆるりと旋回する。

はるか下方、揺れるマグマの中に浮き島が見えた。パイプが複雑に組み合わさった巨大な機械が、ドクンドクンと、黒い煙を吐き出している。

 

「ここは心臓部ポイント31261026、まだかすかな兆候だが……確かに故障がある。このまま放置すれば、停止は免れないだろうな」

 

サンズは、ブラスターの先を引き上げて、グンッと再上昇した。

 

「おおかた、予想は付いてるが……アンタの記憶では、コアの故障を放置すると、どうなった?」

「コアが爆発して、暴走して、あちこちでマグマが噴き出して、みんな、その前に、地上に避難できたけど……」

「オイラの見解も同じだな。コアはイビト山の火山活動を制御して、噴火を防ぐ働きもある。止まれば地底は終わりだろうな。まるで未来から来たみたいだ。タイムトラベラー、ってヤツだな」

「信じてくれるの?」

「にわかには信じがたいが、これだけ証拠が揃っちゃな」

 

サンズの口ぶりは軽快で、パチン、と茶目っ気たっぷりなウィンクがフリスクに与えられた。

 

信じてもらえて、フリスクは、ほっと息を吐き出した。

深刻な事態も、こんなふうに軽く受け止めてもらえると、何とかなりそうに思える。それがサンズの優しい気遣いだと、フリスクには分かった。

フリスクはぎゅっとサンズの背中に顔をうずめた。

「ありがとう……」

「礼を言うのは、まだ早いぜ。どうやら、思ったより深刻そうだ」

 

サンズは、次に見えてきた浮き島を見下ろして、ぐっと眉間にシワを寄せ、表情を厳しくした。先ほどより二回り巨大な機械が、黒い煙を吐いている。

 

ガリガリと削るような、酷い金属故障音(ノッキング)がした。

 

「思ったより進行が早いな。数日前より、故障の範囲が広くなってる」

「まずいの?」

「まずいな。急いで手を付けないと、間に合わなくなる」

 

ぐん、と船首を下げて、ブラスターが急落する。

自由落下に近い重力で、ぶわりと髪が逆立った。

 

「わっ…!」

「手を離すなよ」

 

マグマに近いところまで下がって、一気に加速する。

赤い溶岩を巻き上げながら、ブラスターが噴射する。熱線が流れ星のように尾を引いた。

 

「サンズ、直せるの?」

「アンタの協力があればな」

 

フリスクは、目をぱちくりさせた。

 

「どうしよう、コアのこと、何も知らない……」

「いや、必要なのは知識じゃない。アンタのその決意(ケツイ)さ」

 

いたいけに小首を傾げたフリスクの胸で、トクンと赤いソウルが脈動した。

 

「ケツイ?」

「ああ。ケツイは、ニンゲンの強力なソウルが生み出す、強い意志の力だ」

 

サンズの指が、フリスクの心臓(ソウル)を指差す。

サンズが落としたのは、科学者じみた、理論整然とした声だった。

 

「存在を定義する力。事象を観測し、固定する力。願えば、死さえも覆し、時間軸さえも逆流させ、固定する。その本質は、()()()()()()()()()()()()()()()()点にある。いわゆる、シュレディンガーの猫だな」

「…? ???」

 

フリスクは、一生懸命、サンズの言っていることを理解しようと努めたが、話していることの十分の一も分からなかった。

 

サンズは、目を回しているフリスクに気付くと、苦笑した。

 

「悪い悪い。説明を少し急ぎ過ぎたみたいだ。奥に着くには、まだ時間があるし……」

 

あやすような口調で、サンズはゆっくりと口火を切った。

 

「じゃあ、到着するまで……少し、オイラの昔話でも、聞いていくかい?」

「サンズの?」

 

サンズの背中にしがみついたまま、フリスクは、目を輝かせた。

サンズは肩越しに振り返ると、パチリと茶目っ気を含ませてウィンクした。

 

「ホントは、オイラの『トリプルシークレットパスワード』を知ってるヤツにしか、教えないんだが……パスワードが無くたって、アンタが時間旅行者(タイムトラベラー)なのは、もう疑いようがないしな」

 

 

サンズは、読み聞かせでもするような、夜より深い声で語り出した。

 

 

 

 

 

 

《Once upon a time 〜 むかし、むかし〜》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、何から話そうか…

 

オイラがアルフィーと昔から知り合いだって、前のオイラは話したかい?

 

 

パピルスがまだ赤ん(ボーン)だったぐらい、うんと昔の話さ。

 

コアは、前にも一度、停止の危機に陥ったことがある。

そいつを救ったのは、ガスターという男だった。

 

ガスターはコアを発明した科学者だ。ラボの前任者さ。オイラもアルフィーも、アイツの部下だった時期がある。

オイラとアルフィーは、アイツの薫陶(くんとう)を受けた者同士で、同僚で、ひと言で言えば、仲間──みたいなものだったかもしれない。

 

表沙汰にはなってない話さ。

アルフィーはガスターの後任だが、ずっと後で他所から招かれて無関係ってことになってるし、オイラも表向きラボには居なかったことになってる。

 

そうだな、最初から、ゆっくり話そうか。

……ここまで来れば、盗み聞きもできないしな。

 

 

 

 

遠い昔、モンスターとニンゲンは戦争をして、モンスターは地底に追いやられた。

 

 

 

外に出るには、地底を覆う「バリア」を破壊しなきゃならない。

「バリア」を壊すには、ニンゲンのタマシイが七つ必要だ。ここまでは、アンタも知ってるよな。

 

けど、オイラたちは、何も最初から、ニンゲンを殺してタマシイを奪おうなんて物騒なこと考えてたわけじゃない。

最初は、誰の犠牲もなく、モンスターだけで、バリアを壊そうとしたさ。

 

けど、上手くいかなかった。

モンスターは歳を取ると、やがて「動かなく」なって、まもなく塵になって死ぬ。そして体が塵になると、タマシイもすぐに消えてしまう場合がほとんどなんだ。

 

ニンゲンとモンスターじゃ、タマシイの強さが違う。

成功したとしても、途方もないほど多くのモンスターのタマシイが必要になるだろう。

 

だが、ニンゲンみたいに、体が死んでも、タマシイがずっと残りさえすれば。

 

そうすれば、ニンゲンのタマシイを集めなくても、モンスターのタマシイをたくさん集めて、誰も犠牲にせず、バリアを破壊できるかもしれない。

 

オイラとアルフィーは、そんな研究をしてた時期がある。

遠い昔の話さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はるか昔の話だ。

最初のニンゲンが死んで、王さまと王妃さまの息子も死んで……地底は、絶望に覆われた。

 

だって、そうだろ? 王家は、最初のニンゲンを、ほんとうの家族みたいに、大切にした。

ニンゲンと、モンスターは、決して分かり合えないと言われてたのに、二人は、兄弟みたいに仲が良かったんだ。

 

その姿は、象徴だった。

いつか、モンスターとニンゲンは、和解して……真の平和と、地上の自由が、もたらされる。

それが夢物語じゃないと、最初のニンゲンと王さまたちの息子は、証明したんだからな。

 

地底は、希望に包まれた。

……最初のニンゲンが『病気』で死んで、王さまの息子が、ニンゲンに殺されるまでは、な。

 

モンスターのタマシイは、愛と思いやりと希望で出来ている。

裏を返せば「希望を持てない」ってことは、モンスターをひどく弱らせる。とても危険だ。

 

そう、地底の全ての民は、危機に瀕していた。希望が持てなくなったからだ。

 

王さまは、決心した。

落ちてきたニンゲンを殺して「七つのタマシイを集めて、バリアを破壊する」と、地底に希望を与えるために、そう発表したけど……問題は、そう簡単じゃなかった。

 

ニンゲンのタマシイは、強すぎて……王さまでも、七つ全てを受け入れるのは、非常に危険だった。

王さまも、ホントは分かってた。けど、絶望に覆われた地底を勇気づけるには、それしか手が無かったんだろうな。

 

もし、王が決断してなかったら、地底は絶望で荒れて、すさんで……限られた資源を分け合うのではなく、()()()()()()()()()になってたかもな。

 

ウォーターフェルの壁画は見たかい?

ああ、その壁画さ。恐ろしい化け物が、描かれてただろ?

 

アレが、タマシイを取り込んだ、怪物。

ニンゲンでもモンスターでもない、バケモノの姿だ。

一歩間違えれば、王さまもあんな姿になるかも、なんて……王さまだけが最後の希望な、国民を前に、とても、口には出せないよな?

 

 

タマシイだけ集めてハイ終わり、ってわけにはいかなかった。

けど、王さまは、国民のためを思って、それを伏せ、ニンゲンのタマシイを集め続けた。

 

 

優しい王さまは、地底に落ちたニンゲンを殺しながら、同時に、これ以上の犠牲が出ないよう祈ってた。

そして、その方法を探すよう、密かに、ある男に命じたのさ。

 

それが、王宮科学者、ガスターだった。

 

ガスターは正真正銘の天才だった。

地底が閉ざされ、まだ真っ暗だった頃──そう、オイラが生まれるより、王さまの息子が生まれるより、この地底のほとんどのモンスターが生まれるより、もっと大昔──王命に応え、マグマを利用して、地底全部のエネルギーを賄う装置を作ったのも、ガスターだった。

 

コアがなければ、地底はもっと早く滅びていただろう。

その功績は、あまりにも偉大すぎて、規格外すぎて……政治的には、とても危険だった。

 

だって、そうだろ?

ただでさえ、オイラたちモンスターは、地底の少ない資源を分かち合い、争わず、王の下で団結しなければいけないのに……そんな、地底を救った、奇跡みたいな偉業を成したのが、王でない誰か、なんて……

 

そんなの、国が分裂するキッカケを、作るようなものだろ?

 

そして、ガスターは、王さまより、それを良く分かっていた。

王さまへの忠誠心か、単に研究しか興味なかったのか、分からないが……ガスターの功績を讃えようとした王に、ガスターは、こう進言した。

 

コアの功績も、他の発明も。これまでも、この先も。

ガスターの存在は徹底的に伏せ、「王命で動いた科学者」がしたと、それだけ発表すべきだ、と。

 

そうすれば、国民の多くは、地底を救った、王さまの先見性だけに、感謝するだろうと。

ガスターの存在は、あまりに危険で、知られるべきではないと、そう進言したらしい。

 

王さまは「そういうわけには」って、ずいぶん悩んだらしいが、結局、道理はアイツにあって、ガスターの提案を受け入れた。

 

今でも、ほとんどの民は、『王さまの命令で動いた、何十人もの科学者が協力して、コアを発明した』と思ってる。

実際は、他の連中は雑用くらいで、まさか天才がほぼ一人で成し遂げたなんて、知らないのさ。

 

実際、伏せてたのは正解だっただろうな。

……アイツが死んで、地底がパニックにならなかったのも、誰も「王宮科学者とラボ」の実情を知らなかったからさ。

 

 

話を戻そうか。国王は、天才科学者ガスターに命じた。

 

ひとつ、ニンゲンのタマシイの代わりを探すこと。

ふたつ、国王が危険を犯さずに済む、別の方法を見つけること。

 

 

ガスターは様々な実験をした。

成功した実験も、失敗した実験も、山ほどある。ケツイ抽出装置も、その過程で生まれた。

 

アイツが天才だったことは認めるが、道徳的には、だいぶマッドサイエンティスト寄りだったと思うぜ。

 

何せ、ニンゲンのソウルを、複製(コピー)する実験どころか、死んだソウルを無理やり別の体に宿らせて蘇らせる理論とか、ニンゲンのソウルに匹敵するような、そんな強力なモンスターのソウルを新しく『()()()()』研究まで────……

 

あー……いや……なんでもない。

途中までいちばん上手くいってたのは、ソウルから『ケツイ』を抽出する実験だった。

 

運命を変えたいという強い気持ち。生き続けたいという意志。

ニンゲンのソウルが、死後も消えないのは、この『ケツイ』があるからだと、ガスターは結論づけた。

……当時、オイラとアルフィーは、その実験を手伝ってた、ラボの何人かの内の、ひとりだったんだ。

 

ガスターは、こう仮説を立てた。

ニンゲンのソウルから抽出した『ケツイ』を、モンスターに注入すれば……

モンスターのソウルも、消えなくなるんじゃないか?

 

王さまは地底にお触れを出した。

『動かなくなった』モンスターの体を提供するように、と。

 

まもなく塵になる、死を目前とした意識のないモンスターたちが、ラボにやってきた。

ガスターは、その死体を使って、いくつかの実験を経て、『ケツイ』をモンスターに注入する方法も割り出した。

 

さぁ、いよいよ、『ケツイ』を注入する、って時だった。

 

 

 

コアが停止の危機に陥った。

そう、それが、崩壊の始まりだった。

 

 

 

 

 

他のすべての実験は、何もかも緊急停止だった。

だって、そうだろ? バリアを壊す前に、地底が滅びちゃ、話にならない。

オイラも、アルフィーも、他の連中も────みんな真っ青になって、必死に、故障の原因を、突き止めようとしたさ。

 

でも、コア自体が、アイツの発明品なんだ。

結局、仕組みをいちばん分かってたのはアイツで、アイツ以上に、コアのことがわかるやつなんて、いるわけなかったんだ。

 

アイツは、コアを調べ上げて、ひと言、こう言ったよ。

 

「実に、興味深い。絶好の、実験の機会だ」

 

 

 

 

そして、アイツは、コアの心臓部のマグマの中に、落ちた。

 

 

 

 

オレたちは、何が起きたか、わからなかったよ。

 

コアを直しに行ったはずの、アイツは戻って来なかった。

訳がわからない内に、コアの故障は、何も無かったみたいに復旧した。

 

地底は救われた。滅亡寸前だったことなんて、オレたち以外、知らないまま、何もかも日常に紛れていった。

 

 

残された研究員は、みんな、あぜんとして……アイツが途中で、何かの事故に遭ったんだと考えた。

 

 

ラボは当然、混乱して……けど、まだみんな、ギリギリ支え合って、協力し合いながら、道を模索してた。

 

コップの水が、限界まで、注がれて

少し、盛り上がったまま、ギリギリこぼれないみたいに

 

あの頃のラボは、限界まで引き絞られた糸みたいだった。

コア故障の原因の解明、再発の予防、国王の命令、中断したままの実験、アイツがいなくなったって、やることは山積みだったんだ。

 

 

けど、何の道標もなく、いきなり放り出されたんだ。

ラボは、急に船長がいなくなった船みたいな状態で、いつ沈むかわからない、ギリギリの状態だった。

 

せめて、何かヒントが無いかって

アイツの残した機材やデスクなんかを、家探しした日だった。

 

 

ガスターの遺した記録が見つかった。

 

 

遺書なんて、可愛げのあるもんじゃない。

それは、膨大な資料と、演算結果だった。

 

 

 

 

 

コアは、主にマグマの熱を、水蒸気やいくつかの気体の加熱に利用して、蒸気タービン──エンジンみたいに、回転する装置を動かして発電する、地熱発電の一種だ。

 

けど、当然、建てたら建てっぱなしってわけにはいかない。

二十四時間の監視、メンテナンス、発電した電気や熱の再分配、過加熱の冷却……そういう、小さな街ひとつに匹敵するような、とんでもない人手を、本来必要とするはずのものなんだ。

けど、コアには、軽作業用の仕事をしてる数人のモンスターがいるだけで、大事な部分はほとんど自動で動いてる。

 

コアは、ただの地熱発電なんかじゃない。

それ自体が、膨大な演算結果を弾き出す、スパコンみたいなもので、複雑に絡んだ工程を自ら監視し、修繕箇所を洗い出して、自ら運用し、最終的な指令を出す、そんな、とんでもない、ひとつの巨大なカラクリなんだ。

 

コアの故障は、心臓部のマザーコンピューターのエラーだった。

 

原因は、本来存在しないはずの、エネルギーロスだった。

コアのシステムは、発電したエネルギーを、地底の隅々まで、効率的に、無駄なく分配するように、できていたけど、いつの間にか、エネルギーをいくら注ぎ込んでも、跡形もなく不自然に消えてしまう、そんなホットスポットが地底に生まれてた。

 

まるで、バケツに空いた穴みたいに、どんなにエネルギーを注いでも消えてしまう。

コアは、そこにエネルギーを過剰に供給しようとして、電力の過集中を起こしてた。それがエラーの原因だった。

 

 

ガスターはその『穴』を。

並行世界に繋がる『次元の狭間』だと結論付けた。

 

 

少し、難しい話になるが、『力学エネルギーの喪失(ロス)』イコール『並行世界の証明』って説は、量子力学の分野では、ずいぶん昔から議論されてたことなんだ。

 

たとえば、天体から発生するエネルギーのひとつに、重力がある。

けど、本来重力ってのは、地球の大きさに比べて、なぜか著しく小さい。

仮に、磁石だったら。手のひらサイズでも、逆さにすれば、簡単に重力に逆らってくっつくだろ?

それに引き換え、重力ってのは『地球サイズ』を用意してやっと、手のひらサイズの磁石に負けるような力しかない。

けど、それは本来ありえないはずなんだ。

 

だから、地上の科学者は、こう結論づけた。

生まれた本来の重力は、『どこかに逃げてる』はずだ、ってな。

 

この『どこかに消えた重力エネルギー』のことを、重力波という。

これが初観測されたのは、奇しくも2015年9月14日(王立記念日の前日)のことだ。

 

並行世界(パラレルワールド)みたいな別宇宙に、観測困難なほど微小な『穴』から流出してる、って説が有力だ。

つまり、ガスターは、コアで観測されたエネルギーロスも、これに類する並行世界(パラレルワールド)の証明だと考えた。

 

 

ガスターは、千載一遇のチャンスだと考えた。

そう、つまり『穴』を通って、並行世界(パラレルワールド)に抜けて、もう一度、別の地点へ、戻ることが、できれば?

 

『穴』は存在する。エネルギーが逃げてるってことは、間違いなくバリアの影響を受けない抜け道ってことだ。

そう、バリアを壊さずとも、『穴』を通って、外に出られるかもしれない。

 

 

そして、ガスターは入念に計算して

コアにできた、その『穴』に身を投じた。

 

 

アイツの計算では、並行世界(パラレルワールド)に抜けた後、戻って来れるはずだった。

 

 

そうさ、アレは、偶然の事故なんかじゃなかった。

ガスターは自分の身で実験したんだ。

 

 

 

実験は失敗だった。

アイツはバラバラになって、コアを動かし続ける機構の一部になった。

 

 

だが、アイツの残した資料の中には、そうなっちまった時の対処法が残されてた。

それでも実験が続くように。

 

アイツはこうなるかもしれないってわかってた。

オイラたちの気持ちなんか、置いてきぼりでさ

 

くそったれ

 

 

 

 

ガスターは跡形もなく消え去った。時空の彼方に消し飛んだ。

 

散り散りになった後、セカイを漂って……

通り抜けた『穴』の向こうから、今もオレたちを観測してる。

「実に、実に、興味深い」なんて言いながらな。

 

 

なんで、そんなこと分かるかって?

アイツが消えた後、一度だけ

『あっち』から、コンタクトがあったんだよ。

 

 

 

 

報告書No.17 なんてふざけたタイトルの

文字通り、向こうからの『報告』がな

 

 

 

暗く、暗く、さらに暗く

闇は濃度を増していく

影は次第に深く染み入る

フォトンの数値はマイナス表示

次なる実験

これは

実に実に

興味深い

 

……キミたち二人は、どう思う?

 

ってさ

 

 

 

 

この「光子(フォトン)」が「マイナス」とは、「反光子」っていう「時間の流れが逆流している物理学的な証拠」を実際に観測したという意味で……

つまり、アイツは、時間の流れを超越した、別の宇宙から、こちらを今も観測してる、って意味になる。

 

アイツが残した観測機も、演算結果も、間違いなくそれを裏付けてた。

 

その事実が判明した、直後

 

 

 

 

風船が割れるみたいに

ラボは、決壊した。

 

 

 

 

 

ラボは真っ二つに割れた。

ガスターの回収に全人員を注ぐべきだって意見と、危険すぎるから後を追うべきではないという意見は、真っ向から対立した。

 

ガスターさえ戻ってくれば地底の全ての問題が解決するって妄信も、残された自分たちだけで地底の未来を担えるって過信も、どっちも正気とは思えなかった。

 

結局、三人ほど、……不完全な理論のまま、アイツの後を追って消息不明になった。

ラボの連中は、多かれ少なかれ、ガスターの天才性に惹かれて集まった集団だったからな。無理もなかった。

 

ラボは、方向性の違いで、空中分解した。

 

分裂と、衝突と、疲弊を繰り返しながら、……結局、一人、また一人と、ラボを辞め、散り散りになった。

結局、最後まで残ったのは、逃げ続けたオイラと、逃げそびれたアルフィーだけだった。

 

 

残された研究は大きく分けて二つ。

オイラは「時空の歪みと並行世界」の研究の方を、アルフィーは「ソウル」の研究の方を引き継いだ。

 

 

オイラは過去を、アルフィーは未来を取ったと言い換えてもいい。

アルフィーは、地底の未来を助けるために、ラボに戻ったが、オイラは……手分けして、ガスターや消えた連中を追ったと言えば聞こえはいいが、結局、使命も責任も何もかも、アルフィーに押し付けたようなもんさ。

 

 

そして、ツケを払う時はすぐに来た。

 

 

ケツイは諸刃の剣。

モンスターの体は、強烈なケツイを宿すと、溶けてしまう。

 

それが分かった時には、いろんなことが手遅れだった。

 

 

 

アルフィーのケツイ注入実験は失敗し

アマルガムを生み出した責任に、たった独りで、押し潰されたアルフィーは

 

 

後を追うように、コアのマグマを前にして、消息不明になった。

 

 

 

オイラがそれを知った時には、どうやらもう手遅れだった、らしい。

地底のどこを探しても、アルフィーはいなかった、……と、確かに記録に残ってる。

 

なぜ伝聞かって?

そう、つまり、ぜんぶ『なかったこと』になったからさ。

 

アルフィーが、アマルガムの実験に絶望してた頃、こっちの時空の歪みの実験の方も、絶望的な状況だった。

 

 

そう、この頃だった。

ガスターの痕跡を、時空の歪みを、観測してたオレは

 

時間が何度も繰り返され、知らない間に巻き戻って

繰り返されるたび、虐殺される犠牲者が、どんどん増えていってる証拠を、ついに掴んだ。

 

 

 

 

 

 

時空に、大規模な歪みが発生しているらしい

時間の流れが、メチャクチャに、とんで…止まって…また動いて…

そして突然、全てが終わりを迎えるんだ

 

 

へへへ…

それって、()()()()の仕業なんだろ?

 

 

 

 

 

 

これでも、怠け骨(ルーズ・ボーン)にしては、色々、がんばったんだぜ?

 

アルフィーが早まらないように、何度もラボに通って励ましたり、一緒にアマルガムを世話して解決策を探したり、逆に最後まで隠蔽する手伝いをしてみたり

虐殺者を探したり、虐殺者を説得してみたり、虐殺を止めるために戦ったり

他にも、数え切れないくらい、何度も、何度も、何度もさ

 

 

ま、憶えてることも、憶えてないことも

半々ってところだが

 

結局、こうして、何もなかったみたいに

ここにいるってことは、その数だけ失敗したって証拠だろうな

オレには何も変えられなかった

 

 

 

 

アンタのお仲間には、分からないんだろうな

ある日、突然、なんの前触れもなく…何もかもがリセットされる…

それを知りながら、生きていく気持ちなんて

 

オレはとっくに諦めた

もう地上に戻りたいと思うことも、なくなった

だって、もし、戻れたって……すぐに、また、ここへ戻されるんだろ?

記憶を消されてさ

 

そんなだから……正直、何をやっても、やる気が出ない

……ま、それも、なまけるための口実なのかもしれないけどな

自分でも、よくわからないよ

 

ただ、ひとつ、わかるのは────……

 

 

 

「アンタが現れて、ぜんぶ変わったってことだ、フリスク」

 

 

 

 

フリスクの手を慎重に引いて、ブラスターから地面へ、ふわりと危なげなくサンズは降り立った。

 

 

 

「命より大切なソウルを投げ出して、アンタはモンスターに応えてくれた」

 

 

 

まるで、ひどく大事なものを、仕舞い込むみたいに

サンズは、繋いだフリスクの手を、コツンと額に抱いた。

 

 

 

「感謝してる。虐殺は止まって、アンダインは助かって、アルフィーも生きてて、パピルスはアンタをまたウチに呼ぶためにスパゲッティを笑顔で練習してる」

 

雨のように優しく、声が降り注ぐ。

 

「それを、簡単な道のりだったなんて、思わない」

 

思い定めた何かを、じっくり見定めるみたいに、サンズは、言葉を継いだ。

 

「だったら、オレたちモンスターも、……命より大事な何かで、応えるべきだろ」

 

誓いのこもった、真摯な声だった。

 

「あいにく、オイラには、差し出せるものなんて、何もないが……いつまでも、アンタの事情だけこっちが知ってるのは、不公平だろ。アンタには……そろそろ、真実を知ってもらってもいい頃だ」

 

 

 

 

サンズに、大事に手を繋がれたまま

フリスクは、ボロボロと泣いた。

 

泣いて、泣いてしゃくり上げた。

サンズは苦笑を落として、「ホント、泣かせてばっかだな」と、フリスクの目元を拭った。

 

「あーあ、オイラ、コメディアンなのに、泣かれてばっかで、自信無くすぜ。何がそんなに悲しいんだい?」

 

フリスクは「ひっく」としゃくり上げた。

 

「し、しらな、知らなかっ……サンズ、ずっと、独りで、戦って……ひっく……なのに、ずっと、笑って……!」

 

 

片目だけ驚いたように開けたサンズは、「驚いたな」と呟いた。

 

「アンタ、オイラのために泣いてるのかい?」

 

まるで、あきれたみたいに、優しい苦笑を落とした。

 

「アンタは、どうにも、優しすぎるな」

 

 

 

サンズの優しい指先が、フリスクの目尻をさらっていく。

柔らかいミトンの手袋が、フリスクの涙を吸った。

 

「そんなに擦ったら、目が赤くなっちまうぜ」と、なだめるような優しい声が、雨のようにフリスクに降り注いだ。

その優しさが、もっと目に沁みて、涙が止まらなかった。

 

 

 

「コアを救うには、アンタの協力が必要だ。何の事情も知らせないまま、力だけ貸してもらおうなんて、そんなの、虫が良すぎるだろ?」

 

 

 

サンズは、フリスクが落ち着くまで、辛抱強く待って、ゆっくりと話した。

 

 

「さっきも説明したが、コアの異常の原因はオーバーヒートだ。完全な機能停止に陥る前に、できるだけ早く緊急停止して、システムを組み替えて、再起動する必要がある」

 

フリスクは涙を拭いながら、こくんと頷いた。サンズは声を低めた。

 

 

「問題は、そのために必要な停止キーを、アイツが持ったままってことだ」

 

 

こっちの世界と向こうは、文字通り『次元』が違う。

 

『次元』って言って、わかるか?

たとえば、オイラたちの生きている地球(ほし)があって、自由に時間を弄れる力があるとしても────時間の止まっている地球と、時間が動いてる地球は、どのみち、同時に存在できないよな?

 

つまり、本来、絶対に交われないのが『次元が違う』ってことなんだ。

 

だから、ガスターがいくら、次元の向こうからこっちを観測してたって、せいぜい、『穴』から逆流するわずかなエネルギーの強弱……つまり0と1の二進数、モールス、そんな暗号を介した、少しのメッセージぐらいで

 

アイツが、こちらに何を顕現させようとしても

受け取ろうとした瞬間、霧散してしまうんだ。

 

 

だから、アンタの力が必要なんだ。

 

 

「量子力学の二重スリット実験、って聞いたことあるか?」

 

サンズは、指先でくるりと、(ボール)を描いた。

 

「簡単に言うと、目に見えないバラバラの小さな粒子(ボール)たちは、『観測する』というニンゲンの意思で一つに収束し……やがて、『観測』が消えると、再び霧散する、って仮説を実証した実験さ」

 

気持ちひとつで、容易に物理現象まで書き換える、ニンゲンの意思の力。

サンズはフリスクの胸の中心を指差した。

 

「そう、聞き覚えがあるよな? ニンゲンの強い意志、ケツイの力だ」

 

フリスクの胸の中で、トクン、とソウルが脈打った。

 

「ニンゲンの意志は強い。ソウルが放つ強い決意(ケツイ)は、それだけで重力波や時間軸に影響する。アンタの決意(ケツイ)があれば、霧散したアイツの存在そのものを、……一瞬だけ、収束させられるかもしれない」

 

サンズの声は、終わり際に、かすかに掠れた。サンズをよく知る者にしか分からない程度の、ひどくかすかな震えだった。

それは、期待や希望が裏切られることへの恐れであり、普段飄々とした態度を崩さないサンズにとって、それほどまでに重大ということだった。

 

「アイツが、地底なんか滅んでもいいと思ってなければ、今頃、最適な停止コードとパッチと物理キーを組み上げて、いつも通り観察しながら、……こっちが受け取るチャンスを、待ってるはずだ」

 

続けたサンズの声には、疑いや迷いを捨て去った、確固たる確信があった。

 

「一瞬でいい。アンタが、真に、この地底を救いたいと、その強い意志(ケツイ)で、願ってくれるなら────最適な観測位置を計算して、キーを回収してみせる。力を貸して欲しい」

 

サンズは、懐から、一枚の写真を取り出すと、フリスクに手渡した。

 

 

✳︎ 見たことのない人たちと 一緒に写ったサンズの写真だ。

✳︎ サンズは 幸せそうだ。

 

 

サンズは、写真の中の、白衣を着た男性を、指さした。

 

 

「そいつが、W.D.(ウィンディン)ガスター、ラボの前任者だ」

 

 

 

 

まるで、ヒビの入ったガイコツのような見た目をした、モンスターだった。

 

背はスラリと高く、黒いスーツに白いシャツ、その上から白衣を着た知的な雰囲気で、どことなく底知れない印象を受ける。

特徴的なのは、黒いスーツの先から出た、白い手の甲の真ん中に、丸い穴がぽっかり浮かんでいることだった。

 

フリスクは、小首を傾げた。

 

白くて丸い顔を、スケルトンのようだと思った第一印象のせいだろうか。

写真のサンズと同じ、白衣だからか。それとも、知的で底知れない印象のせいだろうか。

 

フリスクは、不思議と、その男性を、サンズに似ていると感じた。

 

「似てる? オイラとガスターが?」

 

フリスクは、その印象を、サンズに伝えた。

サンズは、目を丸くして、固まったかと思うと、くしゃりと、一瞬だけ泣きそうな顔をした。

 

 

「……アンタ、おかしなヤツだな。ハッキリ言って、似てないって、100人集めたら、99人は言うと思うぜ」

 

 

だが、フリスクは、そう感じたのだ。

 

確かに、改めて眺めてみると、そこまで似ていないかもしれない。

人のカタチに近いモンスターは少なくて、そう見えただけかもしれない。

骸骨のように見えた頭部は、写真だけではよく分からなかった。

 

けど、サンズが、見たことのない顔をしたから。

初めて見たこの写真の人を、『サンズの大事なひと』だとフリスクは思った。

フリスクは、涙を拭って、頷いた。

 

 

フリスクは「サンズの大事なひとを助ける手伝いをさせて欲しい」と伝えた。

 

「……ありがとな」

 

サンズは、ひどく複雑な眼をした。

置き去りにした郷愁を目の当たりにしたような、言葉にならない何かを噛み締めて、目尻を落とす。

 

「奥に、ソウルの周波数を記録する装置を用意してある。行こう」

 

 

フリスクは先に進んだ。

幸せそうなサンズの写真に、ケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イビト山はマグマが噴き出す活火山だ。コアは、火山活動を監視制御して、噴火を防ぐ役目もある。暴走したが最後、災害級の噴火や水蒸気爆発に巻き込まれて、地底はあっという間にお陀仏だな」

 

サンズに強く手を握られたまま、フリスクは奥へ進んだ。

溶岩が、ゴポリ、ゴポリと、足下で勢いを増した。

 

「コアが果たす役目は大きい。溶岩は地底の生命線だ。噴火の危険(リスク)と常に隣り合わせながら、マグマがなければ生きられない。それが地底の現状なんだ」

 

蒸すように暑い。ポタ、ポタ、と汗が噴き出す。

服がびっしょり濡れるくらい汗だくなフリスクに対して、サンズは汗一つ掻いていなかった。スケルトンは暑さに強い。

 

「地上と違って、地底には広大な熱エネルギーをもたらす太陽が無い。地底においては、このマグマこそが太陽だとも言える。その背景もあって、モンスターの多くはマグマを肯定的に捉えているが」

 

淡々と話すサンズの声には、緊張があった。

ぐっとサンズの手の力が強まる。

 

「マグマは好きじゃない。オイラたちスケルトンは暑さに強いから、作業こそ困らないが……」

 

フリスクは息が上がった。奥に進むほど、焼けるようにひどく熱い。

サンズは足を止め、パーカーのフードを引っ張って、フリスクの頭を覆うように被せた。

肌が焦げるような熱が、少しだけ和らぐ。

 

「ありがと、サンズ……」

 

汗を拭おうとして、フリスクは軽く手を緩めたが、サンズが上から強く握り返した。

 

「手を離さないでくれ。ここじゃ、近道も重力操作も使えない。マグマに落ちたら助からない。……万が一にも、アイツやアルフィーみたいに、アンタを連れていかれたくない」

 

 

フリスクは、目を見開いて、はにかんだ。

 

サンズが優しいモンスターなのは知っていたけれど、優しさはいつだって冗談でくるまれていて、こんなふうに面と向かって真剣に心配されると、こそばゆかった。

 

フリスクは、照れくささを抑えて、一生懸命、真剣にこくんと頷いた。

サンズが流し目で振り返りながら「いい子だ」と目元を和らげた。

 

 

サンズがスッと前を指さす。細い電極がたくさん繋がった機械が置かれていた。

 

「見えるか? ソウルの周波数を記録する装置だ。まず、アンタのソウルの記録を取ってから、数日かけて周波数を調整して、……!?」

 

 

その時だった。

激しい爆発音がして、グラッと地面が揺れた。

 

ガッとサンズがフリスクの腕を掴んだ。

「!?」

「伏せろ!!」

 

轟音。

背後で炸裂音がして、サンズがフリスクを押し退けた。

 

「怪我は!?」

「だ、いじょうぶ…!」

 

フリスクは、少し擦りむいた頬を拭いながら、顔を上げた。

 

「地震…?」

「いや」

 

サンズは、大きく上を仰いだ。

 

「嘘だろ、オイ……」

 

 

火花が空気を走る。

フリスクは、大気を灰が舞っていることに気付いた。

 

 

ゴウ、と大地の裂け目から、爆発的に溶岩が噴き出した。

 

 

「地殻変動……イビト山の噴火だ」

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「何だ!? 最後のニンゲンの出現、王都のパニックの次は、噴火だと!? いったいどうなってる!?」

 

緊急連絡を受けた携帯を握り潰しかねない勢いで、アンダインは叫んで、ベッドから跳ね起きた。

ぐらっと足下がふらついて、「ぐ…!」と片膝を付く。床に崩れ落ちたアンダインに、アルフィーが慌てて駆け寄った。

 

「アンダイン! まだ無理よ!」

「は……ロイヤルガード隊長の私が、今動かんでどうするっ…!」

 

アルフィーに肩を貸されたアンダインは、噴き上がる溶岩とパニックを見上げながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「このままでは、地底が滅びる」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「こっちだ、逃げろ!!」

 

爆発音がした。

炎を纏った岩が、巨大な隕石のように降り注ぐ。

 

サンズに手を引かれ

ヒュ、とフリスクの喉が悲鳴を上げた。

 

サンズが腕を振り上げた。腕の先で、巨大な骨が出現した。

火炎岩の流星が、骨に弾かれて轟音を立てる。

 

「くっ…!」

 

瞬時に顕現したブラスターが四体、熱線を一斉放射した。

粉砕した岩の破片を、サンズが骨で打ち返してフリスクを庇う。キン、キンッ!と高い音が弾ける。

 

ドドドド、とおびただしい数の骨が、瞬時に地面から突き出て、壁を作った。

 

「……!」

「下がってろ!」

 

骨が盾になって、フリスクを爆発から守る。

骨のバリケードの向こうで、地面が爆発した。

 

「ぐっ……!」

 

骨の壁ごしにも、痺れるような振動が伝わってきた。

 

「な、にが、起きてるの…!?」

臨界点突破(メルトダウン)、暴走だ…!」

 

 

 

────コアは、噴火を防ぐ役目もある

────暴走したが最後、地底はあっという間にお陀仏だな

 

 

 

 

遠くで、またマグマが爆発した。

鼓膜が破裂しそうな爆音が飛び交う。

 

「くっ…!」

「ど、どうして!? コアの爆発は、何年も先のはずじゃ…!」

「『向こう』と『こっち』じゃ時間の流れが違う! 『前』の暴走が五十年後でも、今回もそうとは……!」

 

近くのパイプが破裂して、水が噴き出した。

一瞬で加熱された水が、霧のように広がる。

 

「ぐっ…! いくらなんでも早すぎる! 何でよりによって、今…! まさか、ケツイを宿すニンゲンが来たことで、コアの心臓部に何か影響が…!?」

 

水蒸気の爆発からフリスクを庇いながら、サンズは舌打ちした。

 

「くそっ、緊急冷却装置も追い付いてないのか…!? このままじゃ熱暴走でシステムが焼き切れる方が早い、なんとかスプリンクラーを避けて避難路に戻って、」

「……か、ひゅ」

 

フリスクは、耐えかねて、震える両膝を折った。

 

「!? オイ、どうした!?」

「はっ…はっ…はっ…! かはっ…!」

 

フリスクは怯えた目を見開いた。

 

「……ぁ………かはっ……」

ガタガタ、と奥歯が鳴る。

 

爆弾と地雷の爆発音は、文字通りフリスクの地雷だった。

降り注ぐ爆弾の音も、炸裂弾の爆音も、閃光弾のフラッシュも、何もかもフリスクから、友達を奪う恐ろしいものだった。

 

「……ィ……ォィ……オイッ、走れ! 聞こえないのか!?」

「かひゅ、ヒュー…ヒュッ…!」

 

目の前がチカチカして、溶岩が緑色に点滅する。

 

ぐらん、と景色が回った。

瞬間、サンズの手が、素早くフリスクの口を覆った。

 

 

サンズの手が、倒れたフリスクの後頭部を支える。

ミトンの感触が、口を覆って、フリスクの吐き出した浅い息を吸って膨らんで、しぼむ。

 

「アンタのことは、オイラが何としても無事に逃す」

 

サンズのその低い声だけは、爆発音の中でもよく通って聴こえた。

 

「帰り道を塞がれちまった。だが、迂回すればまだ間に合う。大丈夫だ、地図なら完璧に頭に入ってる、落ち着いて、深呼吸しろ。そう、いい子だ」

 

早鐘を打つ心臓が、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

「よく聞いてくれ。オレたちには二つの道がある。このまま避難するか、命がけでコアを止めに戻るかだ」

 

 

フリスクの唇に押し当てられた、ミトン越しの固い指の骨の感触が、震えるフリスクを落ち着ける。

視界の色が、緑から正常に戻ってくる。

 

 

 

「……止め、なきゃ」

 

コアを止めなければ、いずれにせよ地底が滅ぶ。

逃げても同じだ。なら、一縷の望みに賭けるしない。

 

サンズは、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 

「悪いな、こんなつもりじゃなかったんだが、結果的に、どこよりも危険な場所に、アンタを誘導しちまったみたいだ」

 

 

 

背後で爆発し、間欠泉のように噴き上がる、マグマの火柱。

来た道は塞がれ、溶岩に覆われ、橋は崩れ落ちた。

 

もう、後には戻れない。

 

 

「へへ…どうやら、地底の命運ってヤツは、オイラとアンタに託されちまったらしいな」

 

 

フリスクは、ふらついた足を必死に踏みしめて、よろりと立ち上がった。

サンズは、二人を守っていた骨の壁を消して、ブラスターを呼び出した。

 

「ヒーローなんざ、柄じゃないが……デートに付き合ってもらうぜ。噴火の嵐の中をドライブだ。最高(ホット)だろ?」

 

ブラスターに飛び乗る。

 

 

「コアを止めるぞ。アンタの決意を見せてくれ」

 

ブラスターが、瞬間、ゆらぐような高熱を吐き出して、宙を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

地底の空が震えている。町中で悲鳴がこだまする。

噴火と停電で町にパニックが起こる中、パピルスは、上を見上げた。

 

「にいちゃん……」

 

握りしめた携帯は、雑音しか返さなかった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ゴウッと熱線が閃光を散らしながら噴出した。

降り注ぐ火焔石を、ブラスターで撃ち抜いて飛ぶ。

 

鉄パイプの迷路を潜り抜けながら、高速で上下左右に飛び回る。

噴き出る水蒸気、散布する消火剤の泡、鳴り響く警報、赤く点滅する警告灯。

 

EMERGENCY!! EMERGENCY!!(緊急事態、緊急事態)

 

サイレンの音が鳴り響く。

 

「は、一撃でも食らったらアウトだな…!」

 

パイプの迷路を脱出する。

ぐるん、重力に逆らって飛ぶブラスターが、目の前に襲う火焔石を焼き払って進む。

 

爆発する火山岩、焼き払うブラスターの一閃。

砕け散る岩。細かい破片が溶岩へ落ちていく。

 

大気を覆う高熱に、息が上がる。

 

「もう少しだ!」

 

サンズが上から押さえつけたフードが、フリスクを熱から庇う。

 

 

ぐんっと重力に逆らって加速する。

火山岩の流星群を、抜けて

 

「よし、抜けた…!」

 

 

ふっと広がる、火山の裾野。

火の気が引いていく。波立つように熱が消えた。

 

あたりを覆う、灰の気配。

 

 

 

そこは、まるで台風の目のように、噴火と火の粉の嵐から、逃れていた。

不自然に火の粉が避けている。この辺り一帯だけ、そういう保護魔法が掛かっているのかもしれない、とフリスクは気付いた。

火山灰が静かに降り注ぐ。

 

「灰…」

 

サンズが、反射的に顔をしかめた。

灰に対する忌諱は、モンスターなら誰しも根深く存在する。

 

 

 

サンズにしがみ付いたフリスクの手が、恐怖で細かく震える。

赤いサイレンも、緊急事態の警告灯も、遠くでまだ鳴っている。

 

サンズが振り返って、優しく励ますように言葉を重ねた。

 

「大丈夫だ、いざとなったら、アンタだけでも絶対に逃してやるから」

 

ちがう、ちがうよ、サンズ

 

ぎゅっと握ったサンズに、青くなった唇はうまく答えられない。

フリスクが怖いのは、死んでもやり直せる自分じゃなくて。

 

 

「……がきんちょ?」

 

 

そのとき

なにかチカッと光った気がして、フリスクは振り向いた。

 

 

 

 

セーブポイントだ。

金色の十字光が輝いている。

 

「あ……」

 

フリスクは、反射的に、それに手を伸ばした。

何も見えないサンズが怪訝そうに眉間を寄せた。

 

「……おい、どうし……?」

 

 

黄金の光に指先が触れる刹那

誰かに背後から、nope(ダメだよ)、と言われた気がした。

 

 

「え…?」

 

 

ふっと、セカイが闇に覆われた。

両眼を誰かに塞がれたみたいな、ブチッと電源を落とされたみたいな、唐突な闇の訪れだった。

 

 

どぷん、と全身が、闇に包まれたのを感じる。

 

しがみ付いたサンズの背も、乗っていたはずのブラスターも、何も感じられない。

急に虚空に放り出されたフリスクは、全くの無の中にいた。

 

「…!? !?」

 

フリスクは混乱して、もがいた。

身体が、うまく動かない。

 

フリスクは必死に、もっと、もがいた。

なにも おこらなかった。

 

たすけを よんだ

だれも こなかった

 

フリスクは、既視感を感じた。

いつだったか、真っ暗な虚空に急に投げ出されて、もがいても身体がうまく動かない、こんなことが、前にもあった気がした。

 

いつ、どこだった、だろう?

 

頭が、ぼーっとしてきた。

上も下も、よく、わからない。

 

身体に、力が入らない。

まるで、闇の中に、おぼれるみたいに

意識が、ゆっくりと、指先を離れていくのを感じた。

 

 

「……ィ……ォィ………」

 

 

遠くで、誰かが呼ぶ声がする。

 

 

「………ォィ……ッ! …っかり…しろ!」

 

 

 

暗がりに沈んでいく手を、グッと掴まれて

フリスクは、ハッと目を覚ました。

 

 

「……がきんちょッ……!」

 

サンズ、と答えようとしたが、うまく声が出ない。

サンズの声が、ノイズの向こうに遠くにかすれる。

 

「……っ! ………は…………じげ……はざま……ッ……ダメだ……セーブ……ロ……ド……ッ……」

 

 

 

 

 

唯一聞き取れたのは、セーブロードという言葉だけ。

その時、フリスクは、思い出した。

 

そうだ、ここは、アズリエルと戦った、あの時に似ている。

 

真っ暗な空間の中で、うまく動けないまま

流れ星の攻撃が雨のように降り注ぐセカイで

必死にもがいて、ともだちを救おうとした、あの時と。

 

 

 

「……っかり……しろ!」

 

 

息を吸って、サンズの名前を呼んだ。

声がかすれて、闇に吸い込まれていく。

 

「……クソッ…!」

 

サンズの腕が、声が、真っ暗な闇に飲み込まれていく。

 

 

「……ケ……イを……ケツイ、……持ち続……ろ……っ! 諦め……な……!」

 

 

闇に飲み込まれるサンズの手が、指先をぷつりと離れて、とぷん、とフリスクは闇に浸かった。

 

 

(……ぁ……)

 

重力の方向がわからない。

 

(……サン、ズ……?)

 

指先が、大事なひとを探して、彷徨う。

だが、呼んだ名前は音にならず、なにも おこらなかった。

 

 

頭が、ぼーっとしてきた。

 

じぶんは、どうして、ここにいたんだっけ

 

 

目の前に、「FIGHT」「SAVE」「ITEM」「MARCY」の文字が浮き上がった。

フリスクは、手を伸ばした。指先が「SAVE」に触れる。

 

 

 

 

✳︎ まだSAVEすべきひとが残っている

 

 

 

 

救わなければならない誰かが、まだ残っているようだ。

でも だれを…?

……

 

 

ぐるん、とセカイが回った。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

────灰色の、色を失ったモンスターが、じっとこちらを見ていた。

 

ザザッと、砂嵐みたいなノイズがする。

背の低い灰色のモンスターが、丸い顔で、大きな両目を見開きながら、口を開いた。

 

 

 

前任者のドクター××××は、あまりに偉大すぎた。

しかし彼は、道半ばにして、命を落としたのだ。

 

ある日、みずからの発明品の中に落ち、帰らぬひとに……

 

 

 

────ザザッ、と酷いノイズがした。

 

 

 

 

キミも おなじまつろをたどるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

ザザッとノイズが酷くなった。

 

灰色の、色を失った

首を長く伸ばしたヘビのようなモンスターが、ニヤッと笑った。

 

 

彼の凄さは想像も出来ないくらいさ。

だけどな、彼の人生は…かなり早い結末を迎えた。

 

ある日、実験に失敗して、そして……

 

まぁ、こんな話するもんじゃないな。

 

だってさ、彼が聞いてるのにこんな話するなんて失礼だろ。

 

 

 

色を失ったモンスターは消えた。

ザザッと酷いノイズがする。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

ノイズが酷い。

 

灰色のフードを被った、顔の見えないモンスターが、口元だけでニィッと笑った。

 

 

 

 

 

先代のW.D.×××は?

 

突然去ったよ、跡形もなく。

時空と空間を超えて、散らばったらしくてさ。

 

はは、知りたさげだね。

なぜそう言えるかって?

 

ここにあるのさ、彼のカケラが。

 

 

 

 

 

 

色を失ったモンスターが持つナニカに

ノイズが、フリスクの身体を侵食した。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「クソッ!!」

 

掴みそびれた子どものやわい指先。

幻を握りしめて、サンズは、拳を膝に打ち付けた。

 

「なんだ、今、何が起きた……!?」

 

一瞬のことだった。

ニンゲンが何かに気を取られた次の瞬間、子供はサンズの背を離れて、急にどこかへ落下した。

固く掴んでいたはずの腕は、ノイズに侵食されるみたいに掠れて、サンズの手をすり抜けてしまった。まるで、誰かに、虚空へ引きずり込まれたみたいに。

 

「あれ、は……次元の裂け目、か……!?」

 

下はマグマだが、落ちた先は溶岩じゃない。何もない虚空に、吸い込まれるように消えたのを見た。

急いで追って虚空に突っ込んだ自分の腕が、虚無の中に消えるのをサンズは見た。伸ばした手に子どもの指先が掠って、掴みそびれたと思った次の瞬間には、虚空の裂け目は閉じてしまった。

 

「どうする…!?」

 

ブラスターで旋回しながら、サンズは背筋が凍るような思いだった。

頭の中で、警告(サイレン)がガンガン鳴る。

 

生身で時空の狭間に落ちたとしたら、長くは保たない。

 

次元と次元の間にある虚空、どこでもない場所。時空の狭間は、存在そのものが揺らぐ場所だ。

いくらモンスターに比べて強靭な体を持つニンゲンといえど、一度(ひとたび)決意が揺らげば、あっという間にソウルと体の結びつきが絶たれて、肉体が散り散りに霧散してしまうだろう。

 

そうなれば、助からない。

そうして、二度と帰らぬ人となった、ドクター・ガスターと同じように。

 

「……また、なのか? クソッ!」

 

絶望がサンズのソウルを満たした。

瞳孔の奥がチカチカする。レストランで微笑んだ子どもの笑みが、サンズの瞳孔の奥で訴えた。

また、これを失うぞ、と。

 

「なんで、今度こそって、思った途端……!」

 

目の前が、絶望で暗くけぶる。

サンズは、ガリ、と爪先を頭蓋に立てた。

 

「くそ、何か、方法は……!?」

 

サンズの瞳孔の奥で、子どもがいとけなく微笑んだ。

古くてボロボロのパーカーを、ぎゅっと、宝物みたいに握って。

 

「待てよ、パーカー……!?」

 

サンズは、自分の胸を見下ろした。

 

肋骨の下で、ソウルがドクンと輝く。

まるで何かのバグのように、HP1未満となった自分のソウルが。

 

「別れたソウルとソウルは、引き合う……!」

 

まるで、電撃が走ったようだった。サンズはハッとして、考えを必死にまとめた。

 

「そうだ、ソウルはひとつに戻ろうとするはずだ。限界まで消耗すればするほど、致命傷を負えば負うほど…!」

 

優れた頭脳が、確率とリスクの天秤を瞬時に計算する。

脳裏を走ったひらめきが、サンズにこの方法しかないと訴えた。だが、あまりにリスクが高すぎる。成功したとしても。

 

「……っ……」

 

サンズは、ためらうように、束の間、ぎゅっと目を閉じた。

 

「もし」

 

閉ざされた眼窩の奥で、パピルスの無邪気な笑顔が、サンズに笑いかけた。

 

(ここで、お前のともだち、見捨てたら?)

 

愛してやまないリアルスターのまばゆい声が、にいちゃん、と。

無限大の信頼で、サンズを明るく呼んだ。

 

 

サンズは決心した目をして

ぐるん、とブラスターを旋回させた。

 

迷った時間は刹那だった。

 

「顔向け、できないよな……っ! くそっ……! 上手くいけよ……っ!」

 

降り注ぐ、マグマの噴火の岩の前に

自分の身をさらした。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

溺れた闇の中から、不思議な音がした。どこか少し幾何学的な、信号のような何かだった。

それが、声だと気付いたのは、何度も呼びかけられた後だった。

 

 ⚐☼☼✡(すまなかったね)

 

ソウルに、ゆっくりと雪崩れ込んでくる、音が

不思議と、フリスクに、意味を伝えた。

 

まるで、手話みたいに、頭に流れ込んでくる、手の形と記号が

ソウルに沁み入るたびに、フリスクの知る文字に置き変わっていく。

 

Your SAVE is instinctive. If you make it a "Save point", it will be fatal to your escape. It's a little overbearing, but I let it go.

(キミたちの「SAVE」は、本能的なものだが、あそこを「セーブポイント」にすると、脱出に致命的となる可能性があったのでね。少々強引だが、止めさせてもらった)

 

フリスクは、ぼんやりと目を開けた。

 

フリスクのまぶたを、誰かの手が覆っている。

その手は、丸い穴が空いていて、手の向こう側に、ぼんやりとした白いナニカが、いるのが分かった。

 

(実に、実に、興味深い。すぐに次の実験を行いたいが、……そうもいかないようだ)

 

フリスクを覆っている手の他に、空中に、さらに別の手が、浮かんで

フリスクの両腕の中に、冷たい金属で出来た何かを、持たせた。

 

手の中で、誰とも違う魔法の気配がする。

 

(キミの目的のものはそれだ。だが、キミがこちら側に残るなら歓迎しよう。器として)

 

フリスクは、なんだか、急にひどくソウルが冷たくなった気がして

反射的に、その「ナニカ」に、首を横に振って、NOを伝えた。

 

(そうか、それは残念だ)

 

フリスクの顔を覆っていた、不思議な手が、離れていく。

 

(よろしい。では、送り出そう)

 

遠くに、誰かが立っていた。

 

どこか少し、恐ろしい

先ほどまで、白いナニカだった誰かだった。

 

(協力に感謝する)

 

白くぼんやりした輪郭が、だんだんとハッキリしていく。

 

 

 

パックリと割れた、切り傷が

まるで、涙の跡のような、モンスターだった。

 

 

 

「あ……」

 

このひとだ。

フリスクの脳裏に、笑っていたサンズの、幸せそうな写真が、ふっと浮かんだ。

 

フリスクは、手を伸ばした。

ゆっくりと指先が、「SAVE」のボタンに、掛かろうとした。

 

そのとき。

フリスクの手の甲に、だれかの手が置かれ、そっと制止された。

 

Fallen Child(おちてきた こども)よ、わたしに「SAVE」は不要だ)

 

フリスクの指先で、虹色に輝く「SAVE」が、再び色を失い、すっと息を潜めた。

 

(それは、今キミを必要とする者のところへ)

 

 

 

手が離れていく。

 

 

 

そのひとは、再び闇の中に溶けて消えていった。

 

 

 

(────あの子たちに、よろしく)

 

 

 

男は、もう、そこにはいなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

骨の固い感触が、ガッとフリスクを受け止めた。

 

ふっと目覚めたフリスクは、サンズの固い腕の中でぼんやり目を開けた。

「……ぁ……鍵ッ…!」

ハッとして、バッと顔を上げる。

固く握ったフリスクの手には、四角い棒状の金属が、キラリと光ってそこにあった。

 

(夢じゃない)

 

誰とも違う魔法の気配がそこにある。フリスクはホッとして、力を抜いた。

 

「サンズ…っ見て、これ、鍵……!」

「……………………」

 

サンズは顔を伏せたまま、何も答えなかった。

 

「…………サンズ?」

 

ぐらっ、とサンズの身体が、傾いた。

 

ブラスターが地面に激突する。

 

「!?」

 

ブラスターが地面に派手に擦れて、火花を散らして、不時着するみたいに止まる。

サンズと共に地面に投げ出されたフリスクは、強く抱きしめられたサンズの腕の中で、「っ…!」と激しい衝撃に耐えた。

 

「サン、…ズ…! サンズっ!?」

「ぐ……」

 

サンズが、地面に倒れたまま、うめき声を上げた。

フリスクを固く抱いたサンズは、見れば服は黒焦げで、ボロボロだった。煤けた異臭がする。

 

「サンズっ!?」

「……へへ、少し、やりすぎたかな」

 

ゲホッ、と重い咳が吐き出されて、ビチャッと赤い何かが、フリスクの頬に生温かく飛んだ。

 

「え……?」

 

ぬるりとした頬に手を当てて、呆然と、フリスクは茫然自失した。

フリスクの手は、真っ赤だった。

「あ……」

フリスクはガタガタ震えた。

フリスクを腕に抱いた、サンズの大怪我。サンズは伏せたまま動かない。フリスクの意識がない間、きっと庇ってくれたのだとフリスクは思った。

 

なら、これは、この怪我は。

フリスクのせいだ。

 

「やだ…!」

サンズに縋り付いた。

「やだ、サンズ、やだ…っ!」

 

サンズが、はく、と苦しげに口を動かした。

 

「怪我、無いか……?」

 

こんなボロボロの状態で、第一声が、そんな言葉だったから。

フリスクは、ヒュ、と悲鳴を呑み込んで、「や……、やだ…っ!」と泣いて縋り付くことしかできなかった。

 

ザザッ、と視界が歪む。

 

空爆の音がする。

フラウィが、トリエルが、アズゴアが、アンダインが、パピルスが、サンズが。

みんな、フリスクを庇って、灰になった。

 

「やだ…」

 

今際のみんなの声がする。

 

『フリスク』

『フリスクっ』

『フリスク…』

『フリスク!』

 

「やだ……わたしなら死んでもやり直せる…っ」

 

パキッ、と

胸の中心で、ソウルにヒビが入る音がした。

 

「そんな物のために、死なないで、置いていかないで…っ!」

 

 

は、とサンズの呼吸が、力なく震えた。

 

「そんな、哀しいこと……言う、なよ」

ゲホッとサンズが吐いたのは、真っ赤な鮮血だった。

 

「死んで痛くない命なんて、無いだろ」

 

細い指先が、血の付いたフリスクの頬をかすって、ふらりと揺れる。

 

「前のオイラがなに言ったか知らないが、」

 

「生き返るから死んでもいいなんて、アンタをそんなふうに見れないよ」

 

「アンタだって、」

 

眼窩の白が、焦点を失って、ゆらりと揺れる。

 

「アンタのその力で生き返れるオレたちを、」

 

死んでもいいなんて

思えないくせに

 

 

「サンズ、やだ…!」

「そう怒るなよ、パピルス…」

 

ゆら、とサンズの指先が、虚空を彷徨った。

フリスクは息を呑んだ。

 

「めずらしく、にいちゃん、がんばったんだから、さ…」

 

焦点の合わない、ぼやけた白い瞳孔に

フリスクは、サンズの意識がもう、ほとんど無いことを知った。

 

ひゅ、と悲鳴を飲み込んで

ゆらゆらと弟を探す指先を、慌てて両手で握った。

「サンズ…! やだぁ…!」

「おまえ……が……笑って……られるようにって……」

 

サンズの瞳孔が、ふっと光を失った。

 

「泣くなよ、パピルス……」

 

 

後はもう、真っ暗な眼窩だけが

何も答えなかった。

 

 

 

 

「……サンズ……?」

 

 

サンズはピクリとも動かない。

 

 

「サンズ……? ね、サンズ……起きて……」

 

 

ゆすっても、サンズは動かない。

カラ、と揺れた肋骨が空虚な音を立てるだけだ。

 

 

 

 

すくいあげた指先が、パタン、とあっけなく落ちた。

 

「サンズ?」

 

落ちた指は動かない。

眼窩は真っ暗なままだった。

 

「……サン、ズ?」

 

 

 

 

ソウルの感じられない体は、嘘みたいに軽かった。

 

茫然としたフリスクの呼びかけに、反応はない。

動かない骨の体は、屍と呼ぶに相応しかった。

 

 

 

ゴウゴウと、溶岩の波が近付いて来る。

マグマは間近までゆっくりと迫り、退路を塞いでいた。

 

 

 

フリスクの手から、握りしめていたカギが、力なく滑り落ちる。

カギは、地面に落下することなく、空中で停止して、光を放った。

 

魔法を纏った鍵は、羽根を持つようになめらかに虚空を滑った。

黒煙を吐き出す装置の(うろ)に、がごん、とひとりでに嵌まって

 

誰かが見えない手で引くみたいに、がごん、とはまり込んで、レバーのように、ぐいっと引かれた。

 

避難してください、避難してください、と壊れたレコードのように繰り返していた合成音声が

「コア、緊急停止します」とアナウンスする。

 

 

C()omputer system of O()bserver R()edistribute E()nergie: CORE ,pouse now.

(地底エネルギー再配分監視システム──コア──、緊急停止します)

 

 

 

 

暴走したコアは、波引くように停止して、赤いサイレンは止まって、緑色のグリーンサインが広がっていく。

 

 

 

 

 

後には、浮き島の周囲をぐるりと取り囲むように

ギリギリまで押し寄せる、破滅的なマグマの足音だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

地面に落ちたブラスターは、先ほどまでの空中戦が嘘のように

まるで岩になったみたいに、ぴくりとも動かなかった。

 

フリスクひとりでは飛べない。

溶岩に囲まれた島の真ん中で、揺り動かしたサンズは目覚めない。

サンズの服の裾を引く。魂の抜けたように軽い体が、ずり、ずり、と地を引きずったが、サンズは反応しなかった。

 

「やだ……」

 

サンズは動かない。

『動かなくなった』モンスターは、やがて灰になる。

 

「助けて……」

 

縋り付いたサンズの胸骨に、涙が、ポタッと当たって弾けた。

 

 

「助けて……サンズを助けて……ッ!! 誰かぁ……ッ!!」

 

 

マグマの地鳴りだけが響く中

絶叫は、誰にも届かず潰えて消える

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

そこに

 

カツンッ!

高らかと降り立つ、ハイヒールの音が、響くまでは。

 

ぶわりと、熱い一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

「ヒーローは遅れてやってくるもの、さ!!」

 

 

フリスクは、ハッと涙あふれる顔を上げた。

 

鮮やかなピンクのハイヒール。

伸縮自在のスラリとした手足と、機械で出来た身体。

 

前髪をさらりとマグマの熱風に流して

絶体絶命のピンチに、彼は、パチンとウィンクした。

 

 

「Oh YESSSSS!! ボクが来たよ、子猫ちゃん!」

 

 

燃えたぎる溶岩のステージに

キラリ、まばゆいスポットライトが、輝いた気がした。

 

 

「メタトン…!!」

 

フリスクは、叫んで、目を丸くした。

キメポーズをしたメタトンが、「よく頑張ったね、子猫ちゃん!」とフリスクの手をすくいあげる。まるでダンスを申し込むみたいに。

 

「どうやって…!」

「もちろん、飛んできたのさ! ジェットパックでね!」

 

メタトンの長い両腕が、フリスクとサンズを、すくいあげる。

ぐるぐる巻きで、素早く抱えられて、足が宙に浮く。

 

負傷したサンズと、フリスクを連れて、メタトンは急いでその場を離脱した。

 

「どうして場所が分かったかって? フッ、それはもちろん、天才的頭脳を持つドクター・アルフィーのおかげさ!」

 

火の粉舞い散る中を、まるで紙吹雪の中にいるみたいに迷わず飛ぶ。

メタトンが、茶目っ気たっぷりに、ぱちんとウィンクした。

 

「ニューホームへ向かうには、コアを通らなきゃならない。なのに、コアのあらゆる場所に設置された監視カメラに、なぜかキミは一度も映らなかった! だからドクター・アルフィーは考えたのさ。そう、つまり逆……唯一、監視カメラの目が届かない、この隠し通路の向こうにいるんじゃないかってね!」

 

ぐるぐる巻きに固定されたフリスクに向かって、メタトンは星が散るような軽やかなウィンクを何度も飛ばした。

 

「そうしたら、案の定、この大爆発さ! キミがここに居たらタダでは済まない、だからボクが迎えに来たのさ。この、1000℃のマグマにも耐えられる、鋼鉄のスーパーボディを持つボクがね!」

 

隕石みたいな炎を避け、ジェット噴射で縦横無尽に踊るように飛びながら、メタトンが誇らしげに胸を張る。

 

「メタトン緊急ニュースの真っ最中に、ドクターアルフィーから連絡が来てね。何もかも途中で放り出して、キミを助けに来たってわけさ」

「どうして…?」

 

フリスクは、思わず疑問を口にしていた。

メタトンはスーパーヒーローだけど、この時間軸ではフリスクを知らないはずだ。

 

華麗に火の粉を避けてキメ顔をしていたメタトンは、スッと静かに目を細めた。

 

「……ドクター・アルフィーには、ボクの夢を叶えてもらった借りがあるからね」

 

メタトンは一転して酷く静かに言葉を重ねた。

 

「ボクらは友人で、夢を語り合って、この素晴らしいボディを作ってもらったけど……」

 

メタトンの秀麗な横顔に、ぐっと眉間に皺が寄る。

 

「……ドクター・アルフィーが、何かに悩んでたのは、気付いてたんだ。でもボクは、暗い悩み事とか、うんざりする愚痴とか、そういう華やかじゃないことは大嫌いでね! ストレスはお肌の大敵さ! スターはいつも笑顔で輝いていないと!」

 

きらきらとキメ顔をするメタトンの表情が、次いで、ふっと曇った。

 

「でも、ドクターアルフィーはボクの夢を叶えてくれた恩人で、友人だ。彼女がどんなにイケていなくても……そんな彼女に、ボクの態度は、ひどく不誠実だった」

 

真剣な表情で、メタトンはスッと前を向く。

 

「そんな彼女が、必死に頼んで、ここに向かってくれって。ここにいる彼女の友人を助けてくれって」

 

風を切るジェット噴射の中で、メタトンのその声は、とても、とても真摯に響いた。

 

「そんな必死な、ファンの頼みを断るなんて、スターじゃないだろ?」

 

 

「だから、これはドクターアルフィーと……ボクの友達に笑顔を取り戻してくれたキミへの、恩返しってところさ」

 

じわっと滲む、安堵の嬉し涙が、メタトンの優しい鋼鉄の腕に落ちた。

「メタトン…アルフィー…」

「泣かないで、子猫ちゃん」

優しいハスキーボイスが耳朶に吹き込まれる。

 

「もう心配ない。メタトンのヒーローショーを見る時は、笑顔で。そうだろ?」

 

フリスクは、泣き崩れた目をぐいぐい拭って、一生懸命にぱっと笑った。

メタトンがスターの笑顔で「そう、いい笑顔だ!」と笑い返した。

 

ゴウッ、とメタトンの背中で、ジェット噴射が火を吹く。

噴火するマグマを蹴散らしながら、華麗なる死闘が幕を開けた。

 

「さて、カメラが無いのが、残念だけど……スーパースター・メタトンの大冒険活劇ショー、お見せするとしようか!!」

 

 

 

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【速報】俺氏モブつきんちゅになる(作者:月面の蟹)(原作:超かぐや姫!)

モブつきんちゅになった俺氏のお話。▼ただし役職はかぐやの付き人(記憶取り戻し後も含む)とする。


総合評価:7739/評価:8.94/短編:10話/更新日時:2026年04月09日(木) 08:00 小説情報

ハスターなオリ主とジョジョ3部(作者:ラムセス_)(原作:ジョジョの奇妙な冒険)

旧支配者ハスターになった転生者が、ジョジョ3部世界をクルセイダーズ入りして人間のふりしながら頑張って抜け出そうとする話。▼拙作「ハスターなオリ主と米花町」のスピンオフ。▼なるべく本編を読まなくても読めるようにするつもり。▼本編「ハスターなオリ主と米花町」▼https://syosetu.org/novel/384972/


総合評価:11297/評価:8.68/完結:39話/更新日時:2026年03月27日(金) 10:22 小説情報

帝国にこき使われてます。(作者:未履修くん)(原作:葬送のフリーレン)

正直に言うと、帝国でのんびり魔法を開発して、のんびり暮らしたいと思う原作未履修のオリ主の話。▼ただ、無自覚なのがマジでタチ悪い。▼※帝国に関する独自設定がかなり強めなので、苦手な人はブラウザバック推奨です。▼※アンチ・ヘイトは保険。▼


総合評価:11310/評価:8.67/連載:10話/更新日時:2025年12月31日(水) 18:52 小説情報

すべてを失って身売りした少女にすべてを与えてみた結果(作者:ヤンデレすこすこ侍)(オリジナルファンタジー/コメディ)

転生したら全てを持っていた。▼転生先は大国アズヴォルデ帝国の第三皇子だった。▼ふ~ははははっ! これで好き放題出来る!▼あんなことや、こんなことを、好き勝手にやらせていただく!▼そう息巻いて過ごすこと十五年。▼俺は早速飢え始めていた。▼つまらない。▼つまらないのだ!▼何もかもを手に入れてしまって、何にも充足感を得られない!▼金も名誉も地位も力も、全てを持って…


総合評価:24742/評価:8.93/連載:20話/更新日時:2026年04月29日(水) 12:00 小説情報


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