ピンクの悪魔 作:星の悪魔
あまねく悪魔という存在は、生まれつき名前を持って生まれてくる。
なぜなら彼らは、人間が特定の存在、物、概念、事象、現象に恐怖を抱くことによって誕生するからだ。
生まれた悪魔はその名が恐怖されていればいるほどその力を増す。
だから、”銃の悪魔”や”死の悪魔”、”支配の悪魔”などといった存在は文句なしに強いだろうし、直接は人を殺すためにできた訳ではないが人を殺すこともできる”針の悪魔”や”車の悪魔”なども、そこそこ以上に強いだろう。
では”コーヒーの悪魔”がいたとしたらどうだろう?
多くの社会人が朝に飲んでいるコーヒーのどこが怖いのだろう?
カフェイン中毒? いや、それなら恐れられるのは”コーヒーの悪魔”ではなく”カフェインの悪魔”だろうし、それも中毒を恐れる人は多くないから弱いだろう。
人の恐怖によって増減する悪魔の強さは相当にピンキリだ。
でも人からの恐怖がその強さに見合っていない悪魔だっている。
地獄の悪魔たちが恐れている、地獄のヒーローがそうだ。
その名は”チェンソーマン”。名が冠する通り”チェンソーの悪魔”だ。
チェンソーもまた人を殺すことのできるものだが、人がそこまで強い恐怖を抱いているかと言われれば違うだろう。しかし彼は地獄で悪魔達にすら恐怖されている悪魔だ。
チェンソーマンと同様に、地獄で恐れられている悪魔が一匹いる。
丸い胴体に手と足が付いた、人とかけ離れたシルエット。
身体は小さく20㎝程度だが、伸縮自在で形状変化もおてのもの。
そして冠する名に相応しいピンクの胴体。
それが地獄において悪魔達が恐怖するもう一つの悪魔、”ピンクの悪魔”。
またの名を”カービィ”。
なぜ”ピンク”という人に恐怖されるはずのない存在が、地獄にて悪魔を幾つも屠るほどに強いのかは誰も知らない。
★
某年11月18日午前10時
『銃の悪魔』の誕生、出現を確認
出現と同時に能力を使用、移動を開始
以下銃の悪魔挙動記録
───日本に26秒上陸 5万7912人死亡
───アメリカ124秒上陸 54万8012人死亡
───カナダ7秒上陸 8481人死亡
───ハワイ0.7秒上陸 780人死亡
───中国37秒上陸 31万6932人死亡
───ソ連210秒上陸 15万5302人死亡
───メキシコ2秒上陸 6088人死亡
───インド15秒上陸 2万9950人死亡
───
──
─
───10時47分04秒 銃の悪魔、大西洋上にて停止
───10時47分06秒 大西洋上空にて謎の飛行物体の飛来を確認
───10時47分07秒 銃の悪魔、飛行物体に向け能力発動 余波によりスペイン、ポルトガル、イギリス、アイルランド、アメリカ、カナダ …… …… コンゴ共和国にて合計で85万6360人死亡
───10時47分22秒 銃の悪魔、能力を停止
───10時47分23秒 飛行物体の銃の悪魔への落下を確認 銃の悪魔の損傷率35%を確認
───10時47分25秒 飛行物体から悪魔の出現を確認
───10時47分26秒 新たな悪魔 銃の悪魔への攻撃を開始 以下攻撃方法 ビーム、剣、炎、氷、カッター、レーザー、電撃、針、石、タイヤ、竜巻、爆弾、捕食、銃
───10時48分12秒 銃の悪魔の沈黙を確認
───10時48分14秒03 新たな悪魔 飛行物体へ再搭乗
───10時48分14秒38 飛行物体を完全にロスト 光速を超える速度での移動を確認
───現場に到着したソ連軍、銃の悪魔の肉片が再集合しようとすることを確認
───アメリカ軍、中国軍などと協議し、銃の悪魔の肉片を分割統治することを決定
───新たに出現し、銃の悪魔を撃破した悪魔については協議中
11月20日
───新たな悪魔の仮呼称をその身体的特徴から”ピンクの悪魔”とする
───”ピンクの悪魔”は銃の悪魔を撃破したことから、非常に強力な”根源的恐怖の悪魔”である可能性が示唆される
───全世界の大半のデビルハンターの目的が ”銃の悪魔の討伐””ピンクの悪魔の捜索” となる
───1996年4月27日15時23分 ”ピンクの悪魔”と思われる個体、日本某所にて再確認
───東京デビルハンター 公安対魔特異1課隊長岸辺を派遣
───16時27分43秒 岸辺、”ピンクの悪魔”と接触 戦闘は発生せず
───16時29分12秒 ”ピンクの悪魔”、抵抗することなく岸辺によって捕獲
──―5月12日現在 ”ピンクの悪魔”と契約したデビルハンター 0名
★
公安の施設地下には、これまで公安が生け捕りにしてきた悪魔達が収監されている。
気が遠くなるほど長い時間をかけ、エレベーターリフトで地下に降りていくのは、公安対魔特異4課に所属する早川アキ。
彼がデビルハンターになった理由は”銃の悪魔の討伐”。彼もまたあの13年前の被害者の一人だった。
そんなアキがここへやってきたのには2つの理由がある。
一つ、『銃の悪魔』を撃破せしめた存在である『ピンクの悪魔』に対面するため
二つ、その『ピンクの悪魔』と契約するため
早川アキは直近に起きた公安対魔特異課への襲撃によって同僚を多く失い、自らも重傷を負ったばかりか、元々の契約悪魔である狐の悪魔からは契約破棄を言い渡され、呪いの悪魔には対価を払えなくなった。
先日、未来の悪魔と契約したが、銃の悪魔を討伐するのにそれだけでは不足しているのは誰の目にも明らかであったし、早川アキ自身もそれを自覚していた。
「来たか」
ピンクの悪魔の収監されている部屋の前まで来ると、そこには新たに公安対魔特異4課隊長になった岸辺がいた。
アキが来ることを予想していたのだろう岸辺は、スキットルに入っているウイスキーを一呷りしてから告げた。
「分かっているだろうが、『ピンクの悪魔』とまともに契約できるとは思わないことだ」
「契約の対価が重いであろうことは理解しています」
「違う。……まあいい。見てみれば分かる」
岸辺はそういうと、扉を無造作に開けた。その時にアキは気づいた。この扉は大したセキュリティも、強度もしていないことを。銃の悪魔を撃破した悪魔を収監するにしては随分と不用心だ。
部屋に入ったアキは、初めてピンクの悪魔を目にした。
体長20㎝程度の小さな、丸い生き物。丸に手足が生えただけのような見た目で、その名の通りピンク色を基調とした体色だ。
「悪魔は人間に近い容姿であるほど、人間に友好的だと言われている。特異4課の『天使の悪魔』のようにな」
「ピンクの悪魔はおおよそ”人間”とは似ても似つかぬ姿をしている。初めて目にした時、コイツは”悪魔”らしい”悪魔”だろうと俺は予想した」
「だが違った。コイツは例外的に人間に極めて友好的で──―人懐っこい悪魔だ」
アキは自分の何分の一かの体長しかない悪魔を見下ろした。対するピンクの悪魔は、丸い体についた大きな目を輝かせてアキを見つめ返す。
どうやら岸辺の言う通りに悪意や敵意はないように感じられた。
「ピンクの悪魔、俺と契約をしろ。望む対価はなんだ」
手っ取り早く力を貸してほしいアキは、こちらを覗き込むピンクの悪魔に対して契約の是非を問う。
しかし、帰ってきたのは沈黙。
「……契約する気がないのか?」
アキのその問いに答えたのはピンクの悪魔ではなく、アキの背後にいる岸辺だった。
「分からない。契約する気がないのか、それとも気はあるが言葉を認識できていないのか」
「地獄じゃどうか知らないが、悪魔もこの世に存在する限りは成長する。そして成長と共に知性をつけて能力を強くしていく」
「ちょっと待て。それならコイツはそこそこ以上に知性を持ってないとおかしくないか」
アキは岸辺の言葉の矛盾を指摘する。
ピンクの悪魔の存在を確認した初めての事例は13年前だ。しかもその時に銃の悪魔を圧倒している以上、かなりの年月を経た悪魔でないとおかしいのである。
「ああ、それは俺も思った。だが、コイツが同一個体であるという確証は誰も持てていない。悪魔は輪廻転生をするという話を聞いたことがある」
「もしくは、知性が無い程に弱い悪魔かだな。弱い悪魔は言葉を発することができない。この間討伐したフグの悪魔は喋らなかっただろう?」
「銃の悪魔を圧倒するほどの悪魔が弱い……?」
確かにコイツは強そうな見た目をしていない。強力な悪魔は大抵が巨大であることが多いし、その観点から見てもピンクの悪魔は弱い悪魔の条件に当てはまる。
だが、脳がそれを拒絶する。
本当にこんなヤツに銃の悪魔は倒されたのか? と。
「そう、その1点だけが俺も気になった。だから俺はアルコールでイカれた脳をフル回転して考えた」
「こいつは『ピンクの悪魔』という名前ではないから、『ピンクの悪魔』と呼ばれて自分のことだと認識していないんじゃないかとな」
早川アキは絶句すると同時に、納得もしてしまった。
『ピンクの悪魔』という名は、銃の悪魔を圧倒した際の記録に基づいてつけられた名であり、正式名称ではない。公安の解析班ですら、これを判明できていない。
だからこの悪魔の本当の名は他にあり、人類はそれを知らない。
そしてこの悪魔は『ピンクの悪魔』という名称が自分のものだと認識できていない。
だから『ピンクの悪魔』と契約できた人間は未だにいない。
代償の大きさだの、能力の扱いやすさだの、人間に対する友好度など関係ない。
ただただ、お互いの認識が合っていないがために契約が成立していない。
早川アキは回れ右をして部屋から出るべく動きだす。
特異4課は間もなく襲撃犯のアジトへの強襲を実行する。その前の戦力増強と考えていたが、期待から外れてしまった。
もう時間を無駄にすることはできない。
だが、早川アキはその時ポケットにしまっていた”とあるもの”を落としてしまった。
入院中の見舞い品として置かれていた果物。
デンジとパワーによって根こそぎ食われてしまった中、彼らが唯一残していった一つ。
赤い、立派なリンゴがポケットから零れ落ちた。
ピンクの悪魔はそれを認めると口を大きく開き、驚異的な肺活量によって辺り一面を吸い込んだ。
瞬間、竜巻の最中とすら錯覚するほどの突風と吸引力をアキと岸辺は感じた。
周囲の砂埃と共にポケットから零れ落ちたリンゴは瞬く間に悪魔の口の中に収まり、それと同時に吸い込みは終った。
呆気に取られるアキと、警戒の色を見せる岸辺。
そんな中、ピンクの悪魔は頬っぺたを輝かせてリンゴを咀嚼して飲み込むと、アキに向かって飛びついた。
驚きながら戦闘態勢を取ろうとした岸辺をアキは右手で制止する。未来の悪魔が住む眼で見えたのは、攻撃の意思ではなかった。
ピンクの悪魔はアキの胸元に飛びつくと頬ずりをしてから肩に飛び移り、そのまま離れない。
「契約……してくれたのか?」
アキの問いにピンクの悪魔はニコと笑った。
だが、ワクワクしているという感情がどこか伝わってくる表情をしているのは分かった。
「食事と引き換えに力を貸す……そういう契約でいいのか?」
ピンクの悪魔は言葉こそ発しない。だが、一際目を輝かせた後に、こくりと頷いた。