彼が地に落ちて、残された者の独り言   作:koe1

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高層マンションから転落死した造園会社社長の葬儀での、幹部社員の独り言です。


彼が地に落ちて、残された者の独り言

-とある造園会社の幹部社員の視線から-

 

 

自宅マンションのベランダから転落して亡くなられた社長の葬式はしめやかにおこなわれている。

憔悴しきった先代社長の奥様であり、社長のお母様は、身内での密葬を望まれたが、先代社長の弟・・・つまり亡くなった当代社長の叔父にあたる方より『あいつの死はあいつだけのものじゃない。社長ならば会社というものがついている。俺も辛いが社葬という形にしないとまずい』という説得を受け、社葬という形でおこなわれている。

とはいえお母様の希望により、一般社員の参列はなくし、部長支部長以上の幹部社員や重役のみが列席という、社葬としての形がギリギリとれる小規模な形でおこなわれている。

しかしそれでも千葉県内にそれなりの地盤を持つ会社の宿命から参列者は多い。

 

警察の検証によると、遺書はなく、社長宅がある高層マンションの部屋に出入りした者もなく、個人的トラブルも確認されず、社長宅のベランダに大量の空になったワイン瓶とグラスがあり、さらに当人の遺体からかなりのアルコールが検出されたことから、事件性のない、酒に酔った上での転落という事故死の可能性が高いと判断されたことが叔父にあたる方より会社の幹部には伝えられた。

ただ身近で社長の最近の様子を見ていた私達総務部や一部の重役は、明瞭な意思を持っていないにしろ突発的な自殺ではないかと思っているが、流石にそれを口に出すことはない。

なにせここは葬儀の場であるし、それに社長は社内でそれなり以上に慕われていた。

私も・・・確かに時折しか出社されない等、言いたいことは色々とあるが、なんだかんだいってもそれなり以上に慕っており、慕っていた人を貶すようなことはしたくない。

 

ただ社長は、大なり小なりの違いはあるにしても、社内の大半からそれなりに慕われていることに気がついていなかった節がある。

たとえば、先代社長・・・・当代社長の父にあたる方が急に倒れられ、社長が勤めていた広告代理店を辞めて、株主総会(とはいえ社長の身内だけが株を持っている親族企業なのなので、総会といえるかどうかは疑問ではあるが)を経て我が社の社長に就任した直後、色々な新事業に手を出し、ことごとく失敗し、それなりの損害が会社に出たことがあった。

しかしそれも『それなり』でしかなかった。

社長の様子から、その『損害』をだいぶ気にしていたようではあったが、複数ある支社はどこも閉鎖されず、社員の誰もリストラもされず、多いとはいえないものの少ないともいえない給料がカットされることもなかった。

要はその程度の損害でしかなかった。

わかりやすく言うのならば『会社の口座の金額が一時的にガンガン減ったが、信用は一切失われず、銀行からの融資も個人担保を要求されることなく継続しておこなわれたし、融資の返済も問題なくおこなわれていた』という程度の損害だった。

もし社長が、ご自身が考えているような損害であったのならば、支店のどこかは閉鎖され、社員のリストラもしなくてはならず、給料はカットされていただろうが、繰り返しだがそんなことはなかった。

それなのに社長はずっとそれを引きずっていた気がする。

重役の方達が何度も、それとなく問題ないことを言葉や雰囲気で伝えたりしていたが、どうも社長には全く通じていなかった。

社長が気がついていたかどうかわからないが、我が社は個人造園業としてスタートした先々代社長の事業が、腕の良さから口コミで段々と広がっていき、あまりの依頼の多さに1人では手に負えなくなった先々代社長が回りの他の園芸職人さん達に声をかけていったのがきっかけであり、なし崩し的に会社組織となってしまったものだ。

そして会社として組織されたあとに、今でも重役の方の一部が語るバブル崩壊を経験しているのだ。

正直、私もバブル崩壊に巻き込まれた口で、俗にいう『氷河期世代』で、当時は全く就職先が全くなかった。

それなのに当時のこの会社に、我が社に新卒として入社できた。

つまりだ、バブル経済崩壊で真っ先に削られるものの1つである園芸関係・・・庭園維持管理費が大幅に減らされている中にもかかわらず、新卒を採る余裕があったのだ、当時の我が社には。

それがどんなに凄いことか今にするととてもよくわかる。

実際、私の大学同期の半分近くは正規雇用されず、格安の非正規雇用で使い倒され、今でも正規雇用の道はなく、苦しんでいるのもいるぐらいだ。

それなのに私は大学を卒業し、新卒として採用された。

それは先々代社長の努力と、大学を卒業して我が社に入った、私と同期といえる先代社長の尽力の結果といえるものだった。

そして、ある程度の立場になってから当時の我が社の状況を知った私をはじめとして、当時苦しんだ今の重役達、そして大株主である先代社長の奥様からしてみると、社長が新事業に手を出して失敗した損害は『それなり』でしかない損害だったのだが、繰り返しだが社長はずっと気にされていたようだった。

 

そして社長が手を出した新事業の失敗では実は良いこともあった。

こちらも社長は全く気がついていないようだが、我が社にとって素晴らしい利点があったのだ。

どんな小さい組織であれ、ある程度の無能はどうしても発生する。

どんなに選別しても発生してしまうのだ。

ただ人事も担当している総務部の立場からすると『無能』はまだ使い道があるのだ。

しかし『無能』のさらに上をいく『働き者の無能』は本当にどうしようもないのだ。

そんな『働き者の無能』のせいで、社内の雰囲気等が悪くなっていく。

しかし社長が手を出した数々の新事業が我が社を『働き者の無能』から救った。

そもそも『働き者の無能』は自身の能力ですら把握していないものばかりだ。

なので、重要な仕事を与えられる能力がないのにすら気がつかず、自身が存在すると思い込んでいる素晴らしい能力に見合った仕事を与えられないことに対して、不平不満を回りに垂れ流し、社内の雰囲気等を悪くしていく害悪でしかなかった。

しかしそんな者達にとって『新社長が立ち上げた新事業』とは『誰も気がつかない素晴らしい自分の能力を見せつけて出世する絶好の機会』となったのだ。

そして彼らは自ら社長の(成功の見込みが小さかった)新事業の担当者として名乗りを上げて、社長自ら新事業の責任者として任命され、見事に討ち死にしていったのだ。

彼らが会社に与えた『個人からすると莫大な損害』の責任を取るため、自己陶酔の中で自主退職していく様子は、人事に関わる私としては心の中で喝采をあげているほどだった。

しかし社長はそれすら大変気にされていた。

会社組織としては体の良い厄介払いだったのだが、社長は社員が辞めていくのを大変気にしている方だと後になって気がついたが、

それに気がついてからは、私をはじめとして回り者は、少なくとも『働き者の無能』の退職に関しては気にしないように繰り返し言ったのだが、社長にそれが伝わっている様子はあまりなく、そのダメージが少しずつ貯まっているのも感じた。

 

そして社長は社員に・・・少なくとも社長の姿を見ることができる本社の人間には慕われていた。

先々代社長に恩があり、先代社長の下で会社が発展拡大する様子を見ていた重役の方達は慕っていた。

もちろん親族内で株を持ち合っている親族経営という中小企業にありがちな状況では、どうあがいても親族がいる間は・・・親族が社長を引き受ける活力がある状況では、外様が社長になることができない。

ならば社内での立場を維持するために、会社の業績を最低でも維持することは当然のことだといえるし、心の中では社長のことをどう思っていたかはわからないが、少なくとも誰にもわかる形で社長のことを軽視したり、侮辱する取締役や幹部社員は誰ひとりとしていなかった。

これも社長御本人には伝わっていないようであったが・・・。

 

社長は一般社員にも慕われていた。

なにせ社長は、住宅こそ高層マンションに住んでいたが、それは社長としての会社規模からみて適正額な役員報酬と、一般社員からするとわからない株主報酬を合わせたもので入手したものであり、よく聞く、社員から不平不満が出るほどの会社規模からすると不適切な額の役員報酬をもらっていたわけではなかった。

そして時折耳にする『経費で高級乗用車を社用車として購入し、それを社長だけが乗り回す』こともなかった。

もちろん社長も自家用車を持っていたが、それは自費で購入した車だった。

なので会社の経費で購入された不釣り合いな高級車を乗り回している社長は存在せず、それを目にして不平不満の声をあげる社員というものも存在しなかった。

まぁ腕時計に関してはそれなり以上の物を複数もたれていたが、会社の経費で購入したものではないし、気がついていた一般社員も少なかったからこれもまた問題ない。

もっとも社長の時計コレクションに気がついていた時計好きのとある男性社員は飲み会になると、『一度で良いから社長の腕時計コレクションを拝見したい!』と、妬みではなく趣味人の興味心から言っていたが、彼が悪口を言わなかったことや、社長が時計自慢をしていなかったこともあり、時計をきっかけにして社長の悪評が広がることもなかった。

本社の一般は社員を総じて言えば、社長という高給取りという立場へのやっかみが多少あったとしても、社長の人間性自体を嫌うという者はいないといっても過言でなかった。

特に女子社員達からするとそうだった。

なにせ社長で、まだ30代前半で、独身で、セクハラなんて一切しない、見た目もそれなりの男性だ。

玉の輿を夢も見る。

となければ嫌われないために、回りのライバルの『密告』を防ぐために、他の社員と社長の悪口を言うはずもない。

本心は兎も角としてだが。

 

あと社長が、少なくとも本社の人間に慕われている最大の理由として、社長がおこなったセクハラに対する断固とした処置があった。

偏見かもしれないが、中小企業でセクハラなんかがあったとしても、大抵の場合は無視されただろう。

実際セクハラを察知していた私達総務部もそれに対してどう処置するか迷い、被害者が声を上げていなかったことを幸いとして放置していた。

しかしそのセクハラを知った社長は、普段の彼をある程度知っている幹部社員や重役陣からすると驚くべき事に断固とした処置を下したのだ。

ただ断固たる処置としても加害者を首にするという急進的な行動ではない。

被害者、加害者両人から聞き取りの上で、幹部社員以上を対象としたセクハラ防止講習実施を指示しただけだ。

しかし中小企業としては驚くべき対応といっていい。

実際、それによって私達が察知していたが何も対応することをしていなかったセクハラはぴたっと止まり、後に判明した各支社で発生していたセクハラも完全に止まった。

女子社員からすると拍手喝采だったろうし、調査したところ、本社だけではなく各支社でも実際にそうだった。

しかし社長の逆玉を狙っていた女子社員からすると、被害に遭っていた女性社員は『社長の目にとまった』とされてしまい、正面切った虐めこそなかったものの、男性社員からすると止めづらい嫌がらせをされ続けた結果、結局辞めてしまった。

さらに質の悪いことに、嫌がらせをしていた逆玉を狙っている女子社員達は、他の見た目麗しい女子社員に対して『退職した彼女は実はそれほどセクハラを嫌がっていなかった』という話しを広げ、見た目麗しい女性陣の社長株を下げつ、自分の逆玉の可能性を少しでもあげようと懸命の努力をしていた。

それを『見た目麗しい』三沢君から伝えられたとき、そのことが社長の耳に入ったらと考えると『少なくとも君たちが逆玉に乗る可能性はないから安心して欲しい』と忠告に行きそうになってしまった。

そして『玉の輿立候補者』達の流言が耳に入っていたかまではわからないが、セクハラ被害者である彼女の退職を伝えたときの社長の目は忘れられない。

 

 

そんな社長が亡くなってしまった。

我が社はどうなるのか・・・。

重役陣は差はあれど、全員が衝撃を受けている。

未だに誰ひとりとして『致し方ない。ならば私が社長になる』と、小さい声すら上げないほどだ。

お母様の様子から、彼女が社長になることもないだろう。

逆に夫と独り息子を奪ったこの会社から縁を切ってしまうかも入れない。

となると社長は誰になるのか。

我が社はどうなってしまうのか。

弔問の受付をしているにもかかわらず、頭はずっとそのことを考えてしまっている。

本当に我が社はどうなってしまうのだろう・・・。

 

 




本編には全く及びませんが、『汝、暗君を愛せよ』の二次創作である『下野した暗君』です。

なお執筆者は私ではなく、オルクセン王国史の二次創作である『秋津洲国における魔種族、魔獣報告』の作者である知人です。

彼もオルクセン同様に、暗君に脳を焼かれました。
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